「……なんで……何がどうなって……」
香織は混乱していた。たった今自分は、奈落の底へ落ちたハジメの元へ向かおうとするのを、幼馴染達に抑えられていたはずだ。いつの間にか意識を失っていたことも不思議だが、目を覚ましてみれば自分が眠っていたのは学校の保健室であった。
トータスでの日々が単なる夢であったとはとても思えない。だがそれならば、何故自分は地球へ戻ってきているのか。
「……南雲くん……南雲くんは!?」
そうだ。自分が地球へ戻ってきたならばハジメは?奈落の底へ落ちたハジメは一体どうなった?
それを思い出した香織の目に入ってきた光景。
「……ぁ……」
それを見た香織は歓喜のあまり擦れたような声しか出せなかった。
隣のベッドには南雲ハジメが眠っていた。
程なく目を覚ましたハジメに問いかけ確認できた。
二人はトータスに召喚されてから、ハジメが奈落に落ちるまでの記憶を持っていたこと。
また養護教諭に確認したところ、体調が優れなかったハジメに香織が付き添い、二人とも眠ってしまったとのことだ。クラスメイトのことも確認してみたが、特別何もなかったという。
肝心の日付はトータスに召喚された日であった。
単なる夢であったのか、過去に戻ったのか、平行世界での事を夢として体験したのか。
どれが正しいのか、間違っているのか。確かめようのないことだった。
そう結論付けた所で、香織はある決心をした。
一度ハジメを失った経験から、香織は明確にハジメへの好意を自覚した。
その上で今、ハジメは無事な姿で香織の目の前にいる。
香織は自分の気持ちを抑えようとは思えなかった。
「南雲くん……」
「はい……」
真剣な表情で自身を見つめてくる香織に、ハジメは目を逸らせなかった。
「私はあなたが好きです」
潤んだ瞳と熱を帯びた声に思わず鼓動が跳ねる。
「初めて見た時からずっと好きです」
お互いの重ねられた手が途轍もなく熱く感じる。
「南雲くん……ううん、ハジメくん……どうか私と……」
ハジメはゴクリと唾を飲み込む。そして香織はその言葉を口にする。
「私と結婚して一生傍にいてください!」
「……えっ?」
「……えっ?」
香織が口にしたのはプロポーズの言葉だった。それもさらっと一生なんて重い言葉まで付けてしまった。それを自覚した香織の顔が青ざめていく。いくら何でも恋人を通り越していきなり結婚なんて、心優しいハジメであっても受け入れがたいだろう。
失敗してしまった。そう思った香織は涙が溢れるのを抑えられなかった。
それを見たハジメは、そんな涙は流せたくないと強く思った。
向けられる好意が若干重い気がしないでもないが、香織に守って欲しいと言っておいて、無茶をした挙句奈落へ落ちてしまったのだ。香織にとってそれがどんなに辛かったか。
それだけ自分を思ってくれる香織を悲しませたくはなかった。
「……香織さん」
「……っ、はい……」
「結婚を前提に僕と付き合ってください」
彼女は真剣に自分を思ってくれている。ならば自分はどうなのか。恋人にはなれても結婚は出来ないと言うのか。それはとても不誠実だと思った。これに応えるなら彼女の人生を背負う覚悟が必要だと思った。その覚悟は意外なほどにすんなり決まった。
「……はい!」
香織の涙は悲しみのものではなくなっていた。
二人の距離は自然と縮まり唇を合わせる。
「…………」
雫はその様子を気配を消しながら頬を赤らめて見ていた。