雲が赤みがかかった黒色へと変色していく。まさに終末。世界の終わりだった。
「裕二さん。私達…あの時、あんな風にじゃなくて、違う出会い方してれば、どうなってたと思う?」
美優は、微笑みながら彼に言った。裕二は照れながら口を開く。
「……美優さんと付き合ってた……かな」
予想外の反応に美優は顔を火照らした。
「も……もう! 裕二さんったら……」
彼よりも照れる美優。裕二はそれを笑ってみていた。世界の終わりが近いかもしれないのに、避難所にいる人々は落ち着いた表情だ。今更喚いて抗っても無駄だと、皆思っているのだろう。
「さぁ、これからどうするイレギオンズ……人類の可能性はこんな物ではない筈だ」
赤衣の男が避難所の中心に座り歯を見せて笑っていた。
「隊が……全滅だと?」
「はい。正体不明のモンスターは、仕留める事は疎かその姿を確認する事もできませんでした……」
帰還したヘリコプターの乗組員達は、イレギオンズ総司令官へ頭を下げた。残っているイレギオンズはほんの僅かしかいない。これであのミラボレアスに対抗できるかと言われれば、無理があるだろう。
「もう……駄目なのか……こんな人数では、モンスターを退ける事すら……我々の負けだ……」
「司令官!! こんな所で諦めれば……! 死んだ仲間達はなんと言うと思いますか?!」
一人の隊員が総司令官に詰め寄った。
「まだこの施設には撃龍槍があり、物資も戦える程には揃っています!! 敵がどれだけ強大であろうとここまで来たなら、最後まで抗うべきです!!」
彼は全てを言い切ったあと、息を大きく吐いた。総司令官は彼の肩を持って静止する。
「……その通りだ。私が間違っていたよ。“
しばらく経って、司令官は彼にそう言った。
「総員、戦闘の準備を整えろ」
「ハッ!!」
「さぁ、試練の時間だ。人類よ」
「この絶望的な状況下で、お前たちは何を選択する?」
「大人しく死ぬか、抗って死ぬか……幸いな事に選択肢は2つある。好きなほうを選ぶがいい」
赤衣の男が立ち上がって、美優の方を見ながら言ってくる。真剣な眼差しで彼女を見ている。黙っている訳にもいかなかったが、何を返せば良いのか分からなかった。
「答えろ。抗うか、抗わないか。答えは二つだ」
ついさっきまで離れていた男は瞬間的に美優の目の前に現れたかと思えば、すぐに消えた。
「どうした……?」
「え……あ、いや。別に何でもないよ。」
至近距離で話していたのにも関わらず、裕二にはあの声が聞こえなかったようだった。人生最初で最後の、狐に化かされた体験をした。
「総司令官!! 何かが……何かがとてつもない速さで接近しています!!」
「ついに来たのか……」
赤い空を映し出す海の上を、黒き影が通り過ぎていく。影はバンギルガの港で静止し、咆哮を上げた。
やがて、迎撃施設に黒龍 ミラボレアスがその姿を現した。
「奴が……」
「こいつが俺達の仲間を……!」
イレギオンズの隊員達は圧巻した。その姿に、人類を焼き尽くすその龍の姿に。
「人類の全てを懸けて抗え!! 作戦開始!!」
総司令官の命を懸けた叫びと共に、イレギオンズの隊員達が一斉に動き始める。作戦の第一段階は、ミラボレアスの動きを拘束することから始めなければならない。迎撃施設には合計三つの撃龍槍が用意されてあるが、その内二つは使い捨てで、使えばすぐに壊れるであろう物だ。確実に当てれば、その分大ダメージを与えられる。隊員達はアサルトライフルの弾丸を放ちながらミラボレアスを拘束装置へと誘導していく。拘束装置が作動すれば強固なワイヤーが対象を長時間拘束してくれる。最も、それが奴に効くかどうか別として だ。
「こっちだ!!」
一人の隊員が手榴弾をミラボレアスへ向かって放り投げる。転がる手榴弾に連れられ、奴が拘束装置の設置場所へ移動した。
「ワイヤー! 放て!!」
数本のワイヤーがミラボレアスを穿ち、やがてその動きを止めた。
「撃龍槍! 撃〜〜!!」
三本の撃龍槍が、ミラボレアスの胴体を深く突き刺した。血の雨が辺りに降り注ぎ、地面を紅く染め上げた。二本の槍は、ミラボレアスを貫いた瞬間に砕け散り、残された槍は残り一つとなってしまった。しかし、先程の攻撃でミラボレアスに多大な損傷を負わせる事には成功した。勝機は十分にある。
「作戦の第ニ段階に取りかかれ!!」
総司令官の言葉と共に、隊員達の動きが変わる。第2段階は複数の隊員が惹きつけている間に、配備されているたった一つのミニガンタレットを乱射する、といった内容だ。物資が限られているなかで、どれだけ与えられるダメージを与えられるかに人類の存亡が懸かっていた。地上の隊員はアサルトライフルを撃ち続け、ミラボレアスの気を引く。その間、ミニガンの腕に自信のある隊員がタレットに搭乗し、標準を奴の頭部に合わせる。その瞬間、ミラボレアスが隊員に向かって炎のブレスを放った。隊員達は消し炭となり、標準に合わさっていた頭部も動いてしまった。
「クソッ……あの野郎」
隊員はミニガンを殴って歯を食いしばり、再び標準を覗く。
戦場から少し離れた避難所。そこからは最後の闘いがよく見える。
「あれが……ミラボレアス……」
美優は生唾を飲んだ。覚悟はできた筈だったが、あんな炎に焼き尽くされて死ぬのは、やはり恐ろしくてたまらない。身体が自然と震えてくる。恐怖と同時に、あの赤衣の男の言葉も思い浮かんだ。
『抗うか、抗わないか。答えは二つだ。』
抗うか、抗わないか。潔く死ぬか、最期の時まで悪あがきをするか。初めに言われた時は“抗わない”と答えそうになったが、今の彼女ならば“抗う”と答えるだろう。最期まで抗い、生きようとし続けるのが生命。自分も一つの生命として、抗おうと思えたからだ。
「美優さん……? 大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
心配する彼の言葉に、彼女は笑顔で返してみせた。
何かの足音がする、地面を叩きつけるように力強く、小刻みに鳴る足音。それは次第に近くなっていき、消えたと思えば、避難所の屋根を破いて、巨大な何かが人々を踏み潰した。4足歩行で、全身を紫の鱗で覆い、首と頭部の付け根から髭のように鱗が伸びている。尻尾は全て鱗で覆い尽くされており、それは鋭く、返り血を浴びたかのように先端が紅く煮えたぎっている。口から炎を漏らしたそのモンスターは咆哮を上げる。
“ギァァァァァァァァァァァァァァァウゥゥ”
耳を劈く咆哮を聞いた途端、生き残った人々は建物から飛び出す。逃げ遅れた人に対し、尻尾の鱗を刃のようにして展開させ地面に思い切り叩きつけた。さらに、地面をえぐり取り、それに炎を纏わせ尻尾をぶつけて火球を放つ。直撃した人は無残な姿へと変えられてしまった。
「なんてモンスターなの……」
あまりに残虐なモンスターを前に、美優は棒立ちしてしまっていた。
「美優さん!!」
裕二が美優を押して突き飛ばす。美優が裕二の姿を見た頃には、彼の身体を、放たれた火球が砕いていた。
「裕二さん……!!」
身体を砕かれた彼を見て、一粒の涙を溢した。それ以上溢れるのを堪えて、全力で逃げる。しかし、モンスターはそれを逃がすはずもない。モンスターは再び火球を放った。美優は幾度となく見てきたイレギオンズの隊員を真似て、転がって回避を試みる。直撃は免れたが、完全に追い込まれてしまった。さらに火球が放たれる。美優にはその火球が遅く見え、決断の時間は十分にあった。背後の海に辛うじて飛び込む。火花と水しぶきが同時に飛び交うと、そのモンスターは生き残った人間を始末しに駆けていった。
ミラボレアスは、圧倒的だった。全て順調に進んでいると思われた作戦も、今やイレギオンズが壊滅状態に追い込まれた事によって、遂行不可能になっている。瓦礫に足を挟まれた望が、アサルトライフルの銃口をミラボレアスに向ける。
「絶対に……諦めない。兄さんが繋いだこの命……絶対に……」
望はそう言い放つと、ミラボレアスの尻尾に叩きつけられて死んだ。最後の隊員だった。
「そう……か。私も、もう終わりなのか」
総司令は高台からゆっくり、ゆっくりと降り、ミラボレアスに近づく。
「皆の所へ行くとしよう」
司令官は、炎に包まれながらも安らかな顔で死んでいった。ついに、戦える者は誰もいなくなってしまった。
ミラボレアスは飛び立ち、紅く染まった空を舞う。日本列島は変わり果てている。道路はビルの残骸で埋め尽くされ、行き場を失った人間の亡骸が転がっている。自分が焼き尽くしたその大陸を見ながら、黒龍は何処か遠くへと飛び去っていった――
紅く染まった空が晴れ、陽の光が大陸を照らす。かつては人間が栄えたその地も、全てモンスターのものとなった。これからは、新たな生命が、その大地を創り上げていくのだろう。
The End