クソッタレの神への反逆   作:山田ヘイタロウ

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第2話

 何故か基地の中にあるライブハウスのような場所は賑わいを見せていた。

「エレオノーラ! 今日もかわいいよ!」

 最前列で叫ぶ男は臆面もなく、そして満面の笑みを浮かべてペンライトを振るう。それを見たエレオノーラも笑顔で手を振った。

「エレオノーラ、最高かよ……!」

 涙を流しそうなほどに感極まった顔をするが彼の周りにいる誰もが気にかけない。いつものことだからだ。そして、この後に起こることも想像がついている。

「全く、エドガーって最低だと思わない?」

 彼は左隣にいる男性に声をかける。声をかけられた男性は突然のことではあったが、それに答えなければならない。何故ならば声をかけてきたのはレジスタンスの幹部。つまりは男性の上司であったからだ。

「そ、そうですね」

「いやぁ、全くもって最低だよね! あんなに可愛いエレオノーラに対して素っ気無いし。どう言う世界で生きてきたんだろうね!」

 レジスタンスの幹部になることが出来るのは元々、天使であった者のみ。つまりはこの男も元天使である。

「あ、もしかしてアイツはロリコンなのかな! だってカルラをおんぶしてたりして鼻の下伸ばしてるし! だとしたら、犯罪者だね!」

 大声で勝手に盛り上がる彼に左隣にいた男性は機嫌を損なわないように相槌を打っていた。

「ねぇ、ちゃんと聞いてるかい?」

 彼はどこか疑わしげに尋ねる。

「お前こそエレオノーラの歌聞いてるのかよ?」

 突然に背後から声が聞こえて、彼は振り返る。そこには呆れたような顔をして、アイマスクをつけたカルラを背負ったエドガーが立っている。

「あ、エドガー! 君も来たんだね?」

「おい、さっきまで何話してた?」

 そう聞かれて彼は視線を逸らした。

「まあ、エドガー。ほらエレオノーラのライブなんだし、一緒に楽しもうよ!」

 そう言って彼は持っていたペンライトの二本のうちの一本をエドガーに渡す。

「なあ、もうエレオノーラ歌ってないと思うんだが?」

 音楽だけが流れて、エレオノーラの元気な声が響かない。エドガーは右手の人差し指でステージに立っているエレオノーラを指差した。

 ステージの上にいるエレオノーラは頬を膨らませていた。

「ああっ、エレオノーラ! 何で歌わないんだい!」

「いつもいつも! クラウスは邪魔ばっかりっ!」

「え、嘘! 邪魔? それはエドガーだろう……?」

 クラウスと呼ばれた青年は信じられないと言うように尋ねる。

「それに何、その格好!」

「これは僕の特製エレオノーラパーカーだよ!」

 彼の着ていたパーカーにはエレオノーラの顔写真が貼られている。それを見たエドガーの口からは「うわぁ」と引き気味な声が漏れていた。

「クラウスはもう来ないで!」

「そ、そんな。エレオノーラの歌っているときに見える汗ばんだお臍を見れないなんて! 僕は何を楽しみに生きていけばいいんだ……!」

 余りにも最低な発言が聞こえたが、エレオノーラにもエドガーにもクラウスが臍フェチであると言うことは分かりきっていたために、その発言に詳しく触れることはない。

「くそ! これもエドガーのせいだ!」

 そう叫びながら、クラウスはこの会場から走り去ってしまった。

「……はあ」

 エレオノーラの溜息を吐く音が響いた。観客は皆、同情の視線をエレオノーラに向ける。

 変な男に好かれたものだ、と。

「エレオノーラ。クラウスは大丈夫なのか?」

 あの変態は突発的に妙なことをやらかしかねない。それこそ、基地の外に出て単独で天使を相手取ることも考えられる。

「別に大丈夫じゃない? 私と違って弱いわけじゃないし……」

 エレオノーラは若干の自虐をしながらそう呟く。

 彼女自身も弱さを自覚している。だから、常に基地の中に篭っているのだ。

「それにクラウスなら、悲しみとかをバネにして八つ当たり気味に天使を倒しそうだよ」

 それもそうかもしれない。

 ただ、クラウス一人で行かせては何だか危ない気もする。何せ、宣戦布告をしてしまったのだから、『神』だって警戒をするかもしれない。そう予感したエドガーは眠ったままのカルラをエレオノーラに預けてクラウスが出て行った扉の方へ向かう。

「え、ちょっと……!」

「悪いな。カルラのことは任せた」

 返答も聞かずにその場から去ってしまう。

「……起きてるでしょ」

「…………」

 カルラは何も答えない。

 眠っているのだし、答えるのもおかしな話だ。そんな言い訳をカルラは脳内でしていた。

「ったく、クラウスはどこに行ったんだか」

 基地の中を探し回るがどこにもクラウスの姿は見当たらない。あの恥ずかしい格好で外に出たのかと思うと、頭を抱えたくなる。

「ん、エドガー?」

「ジョセフ。なあ、クラウスを見なかったか?」

 エドガーは突然出会したジョセフにそう尋ねると、ああと頷いた。

「さっき走って行ったけど」

「どこにだ?」

 そう尋ねると扉の方へ指を指す。

「多分、外に出たぞ」

 その言葉を聞いて、やはりかと納得する。

「……一人で?」

「まあ、一人だろうな」

 はあ。

 溜息を吐いてエドガーは扉の方へと向かう。

「ん、お前も行くのか?」

「宣戦布告しちまっただろ? なら、天使の脅威も増大してるはずだ」

 基地の外にはレジスタンスの足取りを掴もうと天使が大量にいるかもしれない。クラウスがレジスタンスの主要メンバーだったとしても必ず勝てる保証はない。

 敵は全員、能力を持っているのだから。

「クラウスを一人のままにさせたら、まずいかも知れないしな」

 宣戦布告してすぐにメンバーを欠くなど間抜けにも程がある。

「なら、俺も行く。俺とクラウスは能力的にはそれなりに相性がいいからな。それに面白そうだ」

「アイツは大体みんなと能力の相性いいだろ。……性格は最悪だけどな」

 エドガーのその言葉にジョセフも苦笑いする。

 あの変態は仲間でなければ関わりたくもないような存在であったのだ。それは厄介者だらけのレジスタンスのメンバーの共通認識である。

 

 

 

 

「ふ、天使諸君。僕はクラウス! クラウス・シュナイダー」

 そう意気揚々と挨拶をする顔立ちの整った赤髪の男に天使たちは呆気にとられていた。

 何故か。

 それは彼の着ているパーカーに原因があった。

「き、貴様……。何だ、その服は」

 その中の一人がクラウスの着ているパーカーに指を指しながら尋ねる。それに対しても何故か自信満々といった様子でクラウスは答える。

 言うなれば、天狗になっていた。

「ふ、これは僕の溢れる想いを形にしただけだよ! ……ところで君たちに尋ねたい」

 ちなみにこのクラウスという男。このパーカーの下は裸である。

 理由としては服だとしてもエレオノーラのことを感じていたいという、変態的欲求に基づくものである。

「な、何だ……?」

 何故かそう受け答えをしてしまっていた。

 どうしてかは分からないが、公務としては人の言葉をしっかり聞かなければならないとでも思ったのだろうか。それとも呆気にとられすぎて思考能力を奪われてしまっていたのだろうか。

「ーー君たちは何フェチだい?」

 その瞬間にピシリと空間が凍ったような気がした。しかし、それを耳を傾けてくれているとクラウスは捉えたのか饒舌に語り始める。

「僕はね臍フェチなんだ……。チラリと覗く臍も、大胆に晒された臍も、どっちも好きだ。小麦色の肌の臍も、色白の臍も、黒色の肌の臍も全てが好きだ! 汗ばんだような臍も、お風呂上がりの臍も、普段の臍も! 予想だにしない瞬間に見える臍も、まるで最初から見せようとして太陽が眩しく照らし出す海に並ぶ臍も大好きだっ……! でも、やっぱり僕はエレオノーラの臍が一番好きだ! つまりだね、僕は……」

 そう言って一旦、彼は話を区切り、ふと微笑むと話を続けた。

「ーーエレオノーラの臍フェチと言うことだ」

 この話を聞いても天使の多くは呆然として居るばかりだ。

「ご清聴、ありがとう」

 そう言って綺麗に整った礼をする。

「さて、君たちは気がついたはずだ」

 何に。

 クラウスの変態性にか。

 天使たちは何かを感じ取り構える。

「僕がただの臍フェチではないってことに」

 それはさっきも聞いた。

 エレオノーラの、と付くのだろう。その程度だと思っていた。違う。

 それだけではない。

「君たち、身体に何か異和感を覚えないかい……?」

 その質問をされて首を傾げるものが何人か。クラウスはゆっくりと銃を取り出して構える。

「銃を取り出してみるといい」

 挑発的にクラウスが笑う。天使たちは敵対心を感じ取り銃を取り出そうとするが、“あまりの重たさ”に取り落としてしまう。

「君たちは今、箸も持てないほどに弱体化して居る」

 クラウスはゆっくりと彼らに近づいていく。

「クソ! どうなってるんだ!」

 天使は驚愕の声を上げる。

 その声を聞いてエドガーとジョセフがその戦場に向かう。辿り着いたときには既にクラウスによる蹂躙が始まっていた。

「どうする? 戻るか?」

 その様子を見れば、クラウスが負ける要素はないように思える。全ての天使は銃を握ることができないほどに弱体化しており、蹴り飛ばされたり、銃で殴られたり、打たれたりとまるで無双するようにクラウスは暴れている。

「これはエレオノーラに嫌われた分……。これはエドガーがエレオノーラの魅力に気がつかない分……。これは他のみんながエレオノーラの臍を見て欲情していた分……」

 本当に八つ当たりのように、天使の集団を薙ぎ倒していた。

「相変わらずのキモさだな……」

 その様子を見ていたジョセフがそう呟く。

「まあ、必要あるかどうかは分からんが手伝うか……」

 そう言ってジョセフは脅威的な速度で突っ込んでいく。ジョセフの膂力により、天使の集団は大型車に撥ねられたかのように吹き飛んでいく。

 それは天使たちが弱体化しているおかげもあるのだろう。

「あれ、ジョセフ?」

 天使が吹き飛んでいく様子を見てクラウスはジョセフの存在に気がついた。

「手伝いに来たぜ」

「別に頼んでないけど、僕はドミニクみたいな恩知らずじゃないからありがとうと言っておくよ!」

 そう言って、銃を撃ち放ち、天使を一人ずつ無力化させて行く。

「まさか、ジョセフ一人で来たわけじゃないだろう?」

 そう尋ねながらも挟撃の要領で敵を倒して行く。

「アルフレッドかい? それともカルラ? カルラは面倒くさがりだから来ないと思うけど。ドミニクだって馴れ合いは嫌いだよね」

「……エドガーとだよ」

 ジョセフがそう答えた瞬間に二つの銃声が同時に鳴り響いた。一つはジョセフの正面から、もう一つはジョセフの背後から。

「うげぇ、よりにもよってエドガーかい……」

 はあ、とわかりやすく落ち込んだような表情を浮かべる。

「いやぁ、別に嫌いじゃないさ。嫌いじゃないけど、ちょっとだけ骨が折れないかなと、そう思っているだけさ……」

 そう言いながらクラウスはすぐ近くにいた天使の右腕の骨をへし折った。

「ぐあっ……!」

 そんな短い呻き声をあげながら蹲った天使をクラウスは蹴り飛ばす。エドガーの方向に。

「チッ……」

 それを最小限の動きでエドガーが避ける。

 そして、すぐに銃を撃ち放つ。

 最後に残っていた天使に当たって、勝負がついた。

「まあ、さっきのは僕も悪かったよ。悪かったね。これからは仲良くしようね」

 そう言ってクラウスは完璧で、気持ちの悪い笑みを浮かべながら右手を差し出す。その手をエドガーは握ることも、弾くこともしない。

「ああ、やっぱり君とは仲良くできない」

 残念がるようにクラウスは呟いた。

「脇フェチの君とはね……」

 右手を取り下げた。

「何、当然のように俺を脇フェチにしてやがる」

「違うのかい?」

「……だとしてもお前ほど病的でもないからな」

 それだけ言ってエドガーが背中を向けると、クラウスはジョセフを見る。

「ジョセフなら臍の良さ、分かってくれるだろう?」

 ジョセフは首を横に振る。それによりクラウスは残念そうな顔をする。

「ーーさて、実力を見せてくれ……」

 そんな声がすぐ近くから響いた。

 クラウスとジョセフ、エドガーの間から。それを認識した瞬間にエドガーは一つの考えが頭に浮かんだ。

 これはまずい。

 避けられない。何せ、相手がどれほどの実力を持つのかもわからない。だが、一瞬にしてこの場に現れたことからも、相当な実力を持っていることは確信できる。

「クラウス!」

 エドガーがそう叫ぶと、一瞬にしてクラウスも能力の発動を試みる。

「ぐっ……!」

 しかし、クラウスは吹き飛ばされ、そのすぐ後にはエドガーも吹き飛ばされる。ジョセフだけが身体能力によってその攻撃を凌いでいた。

「おいおい、せっかち過ぎねぇか?」

 ミドルキックを両腕を交差させて掴み、攻撃をしてきた男を振り投げる。

 その男は黒色の大きな外套を身に纏い、フードをかぶっていたが、ジョセフが投げた拍子にそのフードが脱げる。

 そこから現れたのは傷だらけの顔をした白髪の男だ。悲惨な顔が年齢を悟らせない。

「ジョセフ・ヴォルフーー、私が最も警戒するべき相手か……」

 白髪の男はジョセフを睨みつけながら、剣を抜き出す。時代錯誤もいいところだ。剣を使うなど酔狂な男だ。

 だが、その男が放つ殺気は並大抵のものではない。

「名前を覚えていてくれてありがたいが、生憎、俺はオマエの名前を知らないな」

 冗談まじりにジョセフが口にすると、男はより低く構えて、答える。

「私はノイマン。覚えずとも構わん」

 そう言ってノイマンはジョセフに斬りかかる。

「くそ速ぇ……!」

 そう文句を言いながらもジョセフは、初めの袈裟斬りを避け、続く切り上げも危なげなく避ける。

 しかし、それだけではノイマンの攻撃は終わらない。

 止まることを知らずに連撃を繰り出す。縦切り。横切り。刺突。全ての技が達人級。

 エドガーは隙を見てノイマンに銃撃を加えるが、全てを切り伏せられる。

「嘘だろ……」

 まるで映画のワンシーン。信じられない光景だった。撃ち放った弾丸は四発。全てがノイマンの身体に向かっていたはずだ。時速は大凡にして八百キロメートルを超える速度。それに反応するなど。

「俺と同じ能力……?」

 エドガーがそう疑うが、それを隣に立っていたクラウスが否定する。

「違う」

 理由は単純で、クラウスだからこそすぐに気がついた。この場にいたクラウス以外が自発的に気がつくことはできなかった。

「彼は脳にチップが埋め込まれていない……」

 チップ。

 それは神が統制する世界で、人間であるためのもの。

 天使は能力を手に入れられる強化チップを埋め込まれている。精神作用の能力も、クラウスの能力もチップに作用させ能力を引き起こしているに過ぎない。

 つまり、チップが埋め込まれていない人間が存在していれば、それ以上にないほどにアルフレッドなどの精神作用系能力者に対する脅威となり得るのだ。

 自己完結型のエドガーやジョセフが対処するのが最適解。そのはずなのだが。

「まあ、僕には何もできないってことさ」

 溜息まじりにクラウスがそう言った。

 追い込まれたジョセフがビルの壁を背にしているのがエドガー達の目に見えた。

 ノイマンはそんなジョセフに躊躇いも、遠慮もなく斬りかかる。それを横に転がることで避けると、振り下ろされた剣がビルの壁を紙切れのように切り裂いた。

「ただの剣じゃないんだな……」

 あれだけの切れ味。

 剣を使うものの腕にもよるのだろうか。ただ、そうだとしても切れ味が鋭すぎる。

「高周波ブレードってやつか」

 その光景はジョセフも見ていた。自分が背にしていた壁が呆気なく切り裂かれる。

 そんなもの焦るに決まっている。

「撤退だ!」

 エドガーがノイマンに向かって銃弾を撃ち放ち、時間を稼ぐ。

 その隙にジョセフが近づいてきてエドガーとクラウスを拾い上げる。その瞬間にエドガーはスタングレネードのピンを引き抜き、放り投げる。

 閃光がビル街を支配する。

 流石のノイマンも人間ではあったようで、目が焼かれる。

「チッ……」

 そんな舌打ちが聞こえたかと思うと、エドガーのすぐ横から叫び声が聞こえた。

「あああああっ! 僕の目が、目がああああ!」

 どうやら、スタングレネードはクラウスに効果抜群だったようだ。

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