殺滅のソテイラ   作:すかろく

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第9話 劫火の魔王◆

◆1◆

 

 光すら通らぬ宇宙空間の闇を凝縮したが如き暗黒星(ブラックホール)が、怒涛となって駆け抜ける。

 

 光も空間も時間も、捉えた全てを問答無用で捻じ曲げる。

 その重力の波動に補足されたが最期、星すら影も残さず圧壊される。

 

 圧縮された超重力の塊――結晶の魔獣(スペースゴジラ)

 

 空間を捩じ切り、星から星まで、星系から星系までを秒で詰めていく。見かけ上の速さは最早光速を遥か彼方に置き去りにしていて、なおかつもっともっとと加速し続けているのは一体どういう理屈なのだろう。

 

「□□□……ッ!!」

 

 縦に長細いクリスタルの瞳孔が愉悦の色に染まった。三十年間に及んだ誰の得にもならない旅路に、ようやく終わりが訪れたのだ。

 都合数千回目の空間湾曲(ワープホール)による時空跳躍の果てに、遂にスペースゴジラは此度の殺戮行脚の終着点――銀河系の端を漂う青い星を捉えたのだった。

 

 両手をランスのような形状に変形させ、竜巻のように纏わせた総重力をその矛先に収束させる。地球を百度は粉砕するに足る――ただ一個の怪獣を抹殺するには、あまりにも過分な威力が怒涛となって渦を巻く。

 

「□□□□□□□□□□□□□――ッ!!」

 

 狂気とも愉悦とも評せない、叫喚。

 

 音の通らぬ宇宙空間を直に震わせる唸りと共に、開き切っていないワープホールを無理やりにこじ開けた。在るべき整合性を失って砕ける空間。当然そんなものは一顧だにせず、穴の向こうの景色へとその身を乗り出した。

 

 そして――視界一面に広がるのは三十年かけて目指した青い星。まさに万感の思いで見つめるべき光景だろう。

 しかしこの瞬間、スペースゴジラの意識は全く別のものに()()()()()()()()()

 

「――――」

 

 凍てつく極寒に、降り注ぐ放射線。大気の消失は呼吸の不能だけでなく、水分の加速度的な蒸発と臓腑への深刻なダメージに直結する。何れの要素一つ取っても生命活動への深刻な妨げとなるのは明白だ。

 大抵の極限環境なら涼しい顔で踏破するのが怪獣という生き物だが、これほどの悪条件なると話は別である。単独での宇宙空間での活動が可能な怪獣は、広い銀河にあっても数少ない。

 

 そして当然のことながら。

 まるで地球を背後に守るように凝然と宇宙空間に立ちふさがる、圧倒的な闘気の塊――ゴジラはそれができる存在だった。

 数十キロメートルの距離を挟み、宇宙空間で睨み合う両者。

 どちらも臨戦態勢なのは同様で、しかし互いに向け合う情動のベクトルが決定的に真逆だった。

 

 一方は、ただひたすらな憤怒。

 煮えたぎる怒りが熱の噴流となって、周囲空間を煙のように歪めている。

 己の縄張りに安易に踏み込まれたが故か、自分の姿形が気安く模倣されたが故か。それとも、これが幼少の己に屈辱を与えたモノと同一存在であることを察したが故なのか。

 おそらく、どれも的外れなのだろう。

 これは、そんな言語化できる程度の低い怒りではない。もっともっと根本的で壊滅的な怒りを、”敵”に向けていた。

 

 しかしもう一方はというと、こちらはただ純粋な愉悦と興奮の念を滾らせていた。

 無限の闘争を希求し、強敵を滅ぼす果てを延々希うのがこの怪獣だ。向けられる殺意と怒りの桁に奮い立つことはあっても、臆することはあり得ない。

 これほどの獲物は数百年ぶりである――刹那、忘我してしまうほどにスペースゴジラは狂悦してしまって。

 そして当然のことながら、その隙を見逃すゴジラではない。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!!」

 

 

 名乗り(ゴング)代わりの凄絶な咆哮と共に、煌々と灼熱する漆黒の拳が暗黒天体を向かえ撃った。

 

 両者を隔てる空間が、まるで陽炎のように融解することで引き起こる疑似的な瞬間移動。狂喜乱舞する重力の檻を潜り抜け、壊滅的熱量が込められた全力の拳がスペースゴジラの顔面に真っ直ぐ突き刺さる。

 

「――――□、」

 

 血しぶき代わりの結晶の破片をまき散らしながら、暗黒天体の総体が大きく仰け反った。抵抗など断じて許さぬと、続く隕石の如き轟拳をゴジラは絶え間なく叩きつけていく。

 

 

 同じ土俵、対等の条件で勝利してこそ真の最強? ――知らん失せろよさっさと死ね。

 

 

 放射熱拳(アトミック・パンチ)――フルパワーが圧縮された全霊の拳打。術理としてはただそれだけで単純なものだが、込められている熱量(エネルギー)がひたすらに意味不明だった。

 

 狂ったように上昇を続ける熱核エネルギーは、とっくの昔に水爆のそれを超えている。腕が煌々と燃えているのは錯覚ではなく、狂ったような核融合反応が引き起こされているからだ。これはもう太陽で殴っているといっても過言でない。

 

 笑えてくるのは、これがまだ上限ではないということだろう。

 燃え上がる殺意と比例して、なおも天井知らずに膨れ上がっていく熱核エネルギーは太陽フレアの領域にすら達しようとしていた。並の怪獣ならば、余波が掠めただけで影も残さず蒸発するのは間違いなくて……

 

 そして当然のことながら、スペースゴジラなる怪獣は並ではない。

 煌びやかな結晶は煤け果て、総体の半分は消し炭にされている。しかし後退しない。全身を滅多打ちにされてなおその狂悦は揺らがない。

 

「□□□□□□□□□□□□――!!」

 

 ドロドロと融解する空間に轟く歓喜の咆哮。拳の大輪を切り裂くようにして放たれた白銀の一閃が、僅かな隙をついてゴジラの右腕を切り落とした。反撃はそれに留まることなく、お返しだと言わんばかりの続く連撃が左腕、右足、左足を吹き飛ばしてしまう。無敵のゴジラの肉体が、あっくなく四散していく。

 

 舞い上がった四肢がエネルギー制御能を失い、中空で連鎖的に核爆発を引き起こすが歯牙にもかけない。返す刺突で黒鉄の胴体を貫き、見るも無残な達磨になり果てた怪獣王を高々と持ち上げた。

 文字通りに槍玉といった具合で、まるでトロフィーを掲げるが如き動作だった。そしてその例えは概ね当たっている。

 

 よくやった、其方は強い。しかし勝ったのは当方であると謳い上げながら、無機質な結晶の頬を表情鮮やかに歪めるスペースゴジラ。

 

 後はこのランスに全霊の重力を叩きこめば、それで終わりだ。形も残さず粉砕される。得難い獲物と見込んだ割にはあっさりとした結末であったが、それはそれというものだろう。

 どうも足元に広がる青い星にはまだまだ喰らい甲斐のある獲物――極彩色の怪獣(モスラ)――がいるようなので、既に興味の対象はそちらに移っていた。

 

 抵抗すらできず項垂れる哀れな獲物に再び視線を向けて――

 

 

 そこで初めて、結晶の化外は硬直した。

 

 

 歯を剥き、唸りをあげる獲物。

 それは屈辱に震えるが故ではない。だって爛々と瞬く狂眼は、己の劣勢など欠片も認めてなどいないのだから。

 手足が無いと? だからどうした――身共は負けぬ、身共は退かぬ。仮に心臓を潰されようが脳髄を粉砕されようが、もう怪獣王は止まらない。

 

 悪寒、圧倒的な戦慄に掻き立てられるようにスペースゴジラがとどめを急いだその瞬間だった。

 なんの兆候も前触れもなく、黒鉄の胴体に突き刺さっていたランスが溶解した。

 

 先程の比ではなく、瞬間的にコンマ数秒で上昇していく周囲温度。数千度、数万度、更に超えてもっともっと桁外れに――熱源は言うまでもなくゴジラであり、その総身は既に赤熱化していた。

 

 それと共鳴して、王冠(背鰭)が嘶くように光熱に歪む。

 赤く煌々と、燃え上がる肉体。

 しかしこれを、太陽のようだとは形容したくない。

 もっと絶望的で、とても救いようがないほどの――

 

 力が溢れる。火柱が上がる。

 狂気に達した神通力が、焔となってゴジラの口腔に圧縮された。

 

 我こそがこの銀河における絶対で不変の唯一であると謳い上げながら轟々と燃え上がる怒りが、殺滅の放射熱線となってスペースゴジラを呑み込んでいく。

 

 

 凄まじい、光、衝撃――――

 

 

 そして暴発する核エネルギーの濁流に弾き飛ばされるようにして、スペースゴジラは地球に落下していったのだった。

 

 

◆2◆

 

 割れ砕けた天蓋からまるで隕石のようなそれが、音速を遥かに超えた速度で落ちてきた。煙を上げながら墜落してくるそれが怪獣――スペースゴジラであることを認識できた者は、果たして地上に存在しただろうか。

 

 扇風機の羽のようにきりもみ回転し、途中で掠めた富士山の山頂を粉砕し、東京湾の海に落水する。

 一瞬の静寂の後、東京の街を揺るがす地響きと共に凄まじい津波が発生した。先刻の聖者の海割りの如き光景と似て、しかしその規模は先程の比ではない。

 

 文字通り、東京湾は形を変えていた。

 

 荒れ狂うような津波は湾を囲む地形を例外なく粉砕していて、東京港をはじめとする埋め立て地は影も残さず海の藻屑となり果てている。地図を過去のものとする、まさに壊滅的被害であった。

 海上ですら”これ”なのだ。これがもし、地上に落下していたら……そう思うとぞっとしてしまう。

 

 しかし逆に言えば。

 これはまるで、ゴジラがそう意図したかのように――つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()標的を撃ち抜いたのではと、勘ぐれなくはなかった。

 

 真実は誰にもわからないが、それを気にする者はここにはいない。何故なら……

 

 未だ渦を巻き荒波の様相を呈していた海面を切り裂き、海上からその身を出したのは百二十メートルに至る白金の巨体――スペースゴジラ。

 

 圧倒的な偉容。百メートル級を超える怪獣がその姿を衆目に曝したのは、この三十年間で初めてだ。これが上級――否、特級というべき異次元の領域。

 

 目撃した全ての人間達が神威に打たれたように跪き、発狂したように滂沱の涙を流すのも無理はない。

 

 何せ、その身は無傷であった。無事だった。

 

 撃ち抜かれ、焼き尽くされた総身の再生は既に完了していた。

 幾千年もの戦いの果てに、暗黒天体にすら匹敵する質量を手に入れてしまったのがこの化外なのだ。百二十メートルの体躯は”敵”に合わせるために()()()スケールダウンさせたものでしかない。

 総体を粉砕するかに見えた一撃も、実のところスペースゴジラからすれば蚊に刺された程度の痛みだ。

 

 とはいえ、先程の小競り合いにおいて後れを取ったのは間違いない。

 度し難いぞ油断した。

 だが当方は生きている。其方もまた生きているなら再戦が適おう。

 

 先程の黒星を都合よく忘却の彼方に追いやると、獰猛な唸り声と共にスペースゴジラは双眸を天に向けた。雨のように降り続く水飛沫を鬱陶しそうに尻尾を払うだけでまとめて霧散させながら、まさしく数百年ぶりの好敵手に思いを馳せる。

 

 何をしている早く来い、手足を落とされた程度でどうにかなる存在ではあるまいに。

 来ないならばこちらから――背部のスパイク状結晶が、眩いばかりの白銀に瞬いた。

 

 それに伴って大気が海水が空間が――形のあるなしに関わらず、周囲に存在するもの総てが異質に変貌していく。位相がずれる。密度が変わる。明らかに周りと比べて()()()()()()()

 

 そうだ、先刻と同等規模の圧倒的な力を、よりにもよって地上で振るおうとしているのだ。

 そんなことをすれば、周囲環境にどれだけの壊滅的被害がまき散らされるかは火を見るよりも明らかであり、当然のことながらそんなことに頓着する存在ではない。

 

 直接その光景を目の当たりにしていなくても、濃厚な破滅の気配は海を山を越えて全ての人間に行き届いてしまう。この瞬間、関東圏内に存在する総ての人間が、前代未聞の同時多発的な恐慌状態に陥った。

 幸か不幸かと問われれば、間違いなくこれは最悪だ。最早逃げ場などどこにもないし、抵抗するなどありえない。気が付かないまま即死した方が遥かに幸福だっただろう。

 

 嗚呼しかし、それも当然のことだ。

 

 ()()()()()()()()、主役としてスポットライトを浴びるのはあくまでも怪獣たちであり、人間など視界にすら映らぬ端役にすぎない。怪獣に踏みつぶされるのか焼き尽くされるのか、彼らに与えられた結末はそうであるべきだ。

 人間(キャラクター)に、個性など必要ない。

 人間(キャラクター)に、ドラマなど必要ない。

 

 

 大地諸共粉砕する重力波の怒涛が天に向かって大解放されようとした、次の瞬間だった。

 

 

 

 

『見敵殺滅、死ねよ怪獣滅べよ怪獣――』

 

 

 

 

 だからこそなのか――条理を踏みつける見敵殺滅の具現として、その少女が突撃したのは。

 

 今まさに極大の暴威、生けるブラックホールの具現と化していたスペースゴジラに、迷うことなく突撃する機影が一つ。

 異形の黒い甲冑、人の形をした機構兵。パワードスーツ・ジェットジャガー。羅刹のような咆哮をあげるそれが、ジェット噴射の勢いで真っ直ぐに百二十メートルの巨体に突貫したのだ!

 

『死ね。死ね、死ねェ、死ねェえええ!! 失せて消えろよ視界に入るな、気持ち悪いんだよ塵屑がァ――!!』

 

 爆発するかのような衝撃音。

 手にした長物を何度も何度も巨体に叩きつけようとして、その度に近づくことすらできずに吹き飛ばされる。

 超重力の檻の洗礼によって、全身の装甲を壮絶にひしゃげさせて。

 中身がどうなっているかなど想像したくもない有様で、それでも逃げることなく突貫している。

 

 その光景を眺めていた全ての者が、恐怖すら忘れて絶句する。

 目を疑うとはこのことだ。

 一体お前は、何を考えているのだと。

 彼我の実力差は言うまでもない。身の程知らずと呼ぶことすら生温い。事実、傷一つつけられていない。

 

 当のスペースゴジラですら、戸惑うように動きを止めてしまったほどの意味不明。一周回ってそれが狙いだったのではと逆張りしたくなるのだが、救いがたいことにそうではない。

 

 この身一つの人間は、本気の本気でこの怪獣をぶち殺してやると単騎で息巻いているのだ――!

 

 状況が輪をかけて常軌を逸しすぎている。意味不明過ぎて死にたくなる。ある意味これも、天地が崩壊するような光景ということになるのだろうか。

 だってそうだろう。

 力や大きさだけでない。吐く息が、鼓動が、その全てが、生きてきた重みが決定的に違うのだ。指先一つ動かすまでもなく、視線を向けただけで即死する。まさしく神としか言いようない存在に、何故戦おうと思えるのだ。

 

 

 

 一体お前は何を考えているのだ、答えてみろ。パネト・ヘイトスピーチよッ!!

 

 

『それが、どうしたァ――ッ!!』

 

 

 振り上げた長物を、割れよ砕けよと全霊の力を込めて叩きつける。

 

『――知ったことかよ怪獣は死ねぇ! 怪獣は滅べぇ! 同じものを愛せず、同じものを憎めないッ! 共に生きていけない、オレとは違う、即ち”敵”ッ! それを滅ぼすのに理由がいるかァ!』

 

 

 舞台に上がるべきですらない人間が、憎悪と殺意にまかせて主役を駆逐するという、解釈違いのこの状況。正気でないのは間違いない。

 

 ……とはいえ、どれだけ吠えようと精神力だけで神には敵うわけもなく。

 最早パネトは重力の濁流にもみくちゃにされていて、今やその影すら無い。水面に浮かぶ枯葉の方がまだ救いがあるというものだろう。

 

 もう残っているのは、怪獣は死ねという呪わしい叫びの木霊ばかりだ。

 

 

 

 虚しい無力な怒りは水平線の向こうまで届き――遥か彼方、北の海。

 

 力なく浮かび上がるバトラの亡骸が、その”祈り”に応えるようにゆっくりと浮上していた。

 

 

 

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