殺滅のソテイラ   作:すかろく

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お久しぶりです、あまりの遅筆に死にそうになりました。
17000文字もあるので時間があるときに読んでいただければ。

3、4000文字くらいのをこまめに仕上げられる速筆力と構成力が欲しい


第11話 大罪の鼓動◆

◆0◆

 

 スペースゴジラ――その襲撃は、必ずしも前触れのないものだったわけではない。

 

 

 前提として、暗黒巨星(ブラックホール)に匹敵する超質量が地球に迫れば、その予兆は自然と大きいものとなる。そもそも星系から星系へと跳躍を重ねる瞬間移動の余波が矮小なものに留まるはずもないのだ。

 人間の技術レベルでそれを感知できなかったことは仕方がないとしても、怪獣の第六感でそれを感知できないなどあり得ない。 

 

 ましてやそれが女王の権能――宇宙の彼方は勿論のこと、過去や未来まで見通すモスラの千里眼がその前兆を見逃すはずがない。

 連戦を重ねて疲弊していたとはいえ、モスラの神域の力は健在だ。実際スペースゴジラの脅威が地球に迫っていること自体は小美人(コスモス)とて正しく予知できていた。

 

 見誤ったのは、猶予の有無。

 

 彼女たちの想定では宇宙大怪獣との戦端の火蓋が切って落とされるまでは、一〇年以上の猶予が存在するはずだった。

 そもそもが小美人(コスモス)が長年避けていた市井の人間たちと積極的に交わるようになった一因がそこにあった。やがてこの星に現れる大いなる存在との戦の備え。迷妄を続ける人類種を、その時正しく導ける“■■”の覚醒を待ち続けた。

 もしそれが可能であったならば魔王(ゴジラ)との連携もあり得たのかもしれないが……孤高と断絶という彼の者の在り方を鑑みた上で、その選択肢は端から排除していた。

 

 すべては魔晶の襲来までに充分な時間があると判断したからこそ。

 

 ならば想定よりエックスデイが早まった理由とはなんなのか。スペースゴジラの実力が想定を超えていたからか。上質な獲物を前にした戦意の高ぶりの桁が違っていたからか。それともあるいは……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真実はもう誰にも解らないが、誤断のツケは高くついたということだけは確かだった。

 

 

「――キュイーッ!!」

 

 

 太平洋の海の上、苦しげに唄いながら飛翔するモスラ。絞り出すように翼を上下させる必死な姿からは、空を揺蕩う優雅な印象を見出すことなどできやしない。

 

 存在するだけで星の運行に不可逆的な崩壊を齎す重力の塊。そんなものが地球の大地を踏みしめれば果たしてどうなってしまうのか。ちっぽけな星が石ころサイズにまで圧縮されるのに一秒とてかからないはずだ。

 しかし幸か不幸か、「対等の土俵で勝負する」という魔晶の信条故にそこまでの惨状には至っていない。相手が十全に力をふるう環境(バトルフィールド)すら破壊してしまえば、対等もなにもあったものではないからだ。

 

 しかしその「配慮」が及ぶ範囲とはあくまでも敵手のみ。その他の地上生命にどれだけの被害が及ぼうと知ったことではなく――だからこそ現状()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()モスラの働きによるものだ。

 

 海を、星を抱きこむように広げられたモスラの巨翼――それが大きく羽ばたくたびに、周囲に金色の鱗粉が舞い散った。それはすぐさま虹色の波紋に変わっていき、闇一色に染まろうとする世界に抗うかのように水平線の向こうまで広がる。

 

 残り僅かな命を削り、崩れゆく地球環境を持ちうる全霊で押しとどめているのだ。文字通りに星の苦痛を肩代わりしている女王は、体の中で飛び跳ねる苦痛を外へ逃がそうとするかのように華奢な身を悶えさせていた。

 

 それを見守る小美人(コスモス)も、平静の体を保ててはいたが既に限界が近づいているのは間違いなくて――

 

「モル」

「ロラ」

 

 しかし二人の表情に悲嘆の色はさほど見られなかった。

 

 予期していた苦難に対してなんら役に立たなかった事実には、確かに忸怩たる思いを抱かざるを得ない。

 しかし、そもそもとっくの昔に滅んだ種族が小美人(コスモス)なのだ。多くの同胞がこの世を去った一方で彼女たちだけが死に損ない、この数万年間隠者の如く隠れ潜んで生きてきた。

 そんな己が訳知り顔で世界を導くというのが土台不自然でしかなく、ゆえに今を生きる者たちを信じて託すことこそが正道であるとも理解している。

 負け戦とわかっていながら敢えて進むこともまた知的生命の道――その真理を彼女たちも理解していたのだから。

 

「ハルオ・サカキ様――もう少しだけ貴方とお話ししたかったのですが、どうやら時間のようです」

「無念は残りますが……いいえ、言葉は届かなくても祈りは必ず通じると信じています」

 

 おめおめと生き残った果てに死に場所を探していたのは自分たちも同じだったのかもしれないと、妖精たちは苦笑する。

 

「どうか、つまらない自虐に惑わされないで。貴方が忘れてしまった真実を、今一度思い出してほしい」

「どれだけ時間がかかったとしても、貴方ならばきっとランドウ様と共に答えにたどり着く」

 

 比翼連理の妖精の体が薄らいでいく。その身体が金の粒子になって世界に溶けていく。

 

「「――そんな貴方だから好きになったのだと、■■■もそう申しておりましたことですし」」

 

 過去にも未来にも通ずる神眼は、既にこの混沌色の決戦の一端を見通している。

 

 例えばそれは、分を弁えない戦いに挑む狂気の少女の真実であり。

 例えばそれは、あまりに純すぎる祈りを抱える少女の真実である。

 

「不安は残りますが、”新たな巫女の器”は既にある」

「今を生きる貴女たちこそが、救世主(ソテイラ)として時代を切り開いてほしい」

 

 だからこそ、この先に待ち受ける運命とは、決してそう悪いものじゃないと悟っていたのだ。

 数万年を彷徨い続けた先史時代最後の生き証人は、そうして安らかな笑顔で逝ったのだった。

 

 

 

 

 一方上空では、そんな感傷こそが脆弱の証明とばかりに燃える焔が一つ。

 怪獣王ゴジラ――この三◯年間を通して実に様々な”敵”と相対してきた魔王。

 

 そこにはゴジラより巨大な怪獣や長命な怪獣など幾らでもいたし、残虐さや狡猾さに長けたものだって沢山いた。中には物量や特殊能力で勝負してきた変わり種だっていたし、単純に膂力や速度(基本スペック)で上回っていたものを含めればもう数えきれない。

 

 戴冠して間もなき若き怪獣王にとっては、むしろそういった存在のほうが遥かに多くて――そこには楽な戦いなど一度としてなかった。

 手足が千切れて内臓が零れて頭蓋が砕けて、この宇宙には己より格上の存在のほうが遥かに多いのだと突きつけられる。しかしその度に、だからどうしたという殺滅の咆哮が天地に轟いた。そうして勝ち残ったのがどちらかなど言うまでもないことだ。

 

 だが、そんな三〇年に及ぶ戦いの歴史を紐解いても「その全て」を併せ持つ存在など例がない。

 つまり、より巨大で長命で残虐で狡猾で特化型の異能を有していて、おまけに全ての基本スペックで己の上を行くという……

 千年を超えて戦い続け、千を超える星を粉砕してきた暴性の化身。この三〇年間で最大の脅威――それがスペースゴジラだ。

 

 しかし、それがどうしたというのだ。

 戦いを続ければいつかはそんな存在とかち合うのは自然なことで、それはもう早いか遅いかという問題でしかない。

 

 

 むしろ()()()()として申し分ない。

 その在り方と性質は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 この世ならざる者への殺滅の誓い。呪わしいほど壊滅的な焔に囲まれながら、魔王は高らかに吠え上げる。

 その視界に人間たち(小さきもの)の動向など欠片も映っていない。

 

 それはなにも人間たちを無力と軽んじているが故ではない。己の戦を通して彼らを巻き込まないという誓いは、都合が悪くなれば破り捨てるような程度の低い縛りではないのだ。

 ……だがその一方で、彼らを庇護されるだけの無力な脆弱種と扱っているわけでもなかった。この後に及んで右往左往するばかりで何の存在感も示さない人間たち。そんな彼らの真価を知るからこそ、敢えて放置という道を選んでいる。

 

 

 

 ――ヒトなる者とはなんなのか。ゴジラの名で呼ばれた者なら皆、ヒト以上にそれを理解しているのだから。

 

 

 

◆1◆

 

 後に東京SOSなどと呼ばれることとなる事変は、人間たちの存在を完全に置き去りにしながら新たな局面へと突入していく。

 一体何がどうなっているのか。大半はその全容を把握できないでいたが、実のところ構造そのものは非常にシンプルだ。

 

 要は力比べなのである。

 己と比する実力者を求めた宇宙怪獣が地球にやってきて、それをゴジラが向かい撃つ。果たして最後に立っているのはゴジラなのか、それともスペースゴジラなのかという壮絶なデスマッチ。

 規模や程度は並外れているが、構造自体はこの三〇年間で地球上で何度も繰り返されてきたものと大差ない。

 

 人口密集地に近すぎるだの防衛戦力に欠けているだのと……そういう些末な政治的問題の類で事態を複雑にしているのは人間の勝手な都合だ。そもそも現状において舞台に上がることすらできていないのだから。勝ったほうが人類最大の敵になる、などと嘯くことすらできやしない。

 

 だからここで問題なのは。

 

one will fall(勝つのはどちらか)、だランドウ。それは即ち黒鉄の赫怒が打ち砕くのか、あるいは白銀の狂気が捻じ伏せるのか」

「……要はカギを握っているのはあくまでも怪獣たちだってことか」

 

 気に食わないなと毒つく俺に対して、朱に染まった口元を困ったように歪めながらハルオは肩をすくめた。その顔は真っ赤に染まっている。彼自身の血ではなく、周囲で倒れている暴漢たちを殴り倒した際の返り血だ。

 

 ……数刻前のこと、不意を突くような宇宙怪獣の襲来。

 ()()に近かった建物から次々に倒壊していき、あちこちから赤い塵の雲が立ち昇る。倒壊する建物から必死で飛び出した瞬間のことだ。

 

 立ち昂る焔に照らされたビル街の合間。遠くに垣間見える小さな影が、俺の視界に入り込んだ。

 

 東京湾の向こうの海。彼我の距離はあまりに大きく、幻影のように揺らぐ暗闇の中で姿形こそ判然としないが、見誤るなどあり得ない。

 視界に入った瞬間、眼球に亀裂が走ったと錯覚するほどの絶望的な存在感。

 

「あ、れが」

 

 目眩、吐き気。魂が砕けそうになる。舌が切なくもつれていく。

 天が裂けるだの海が割れるだの、()()()()()の異常じゃない。

 

「――怪獣」

 

 その怪獣は、白かった。

 一切の混じりない純粋な白銀の色をしているようだった。

 全体像こそはっきり見えないが、鋭い鉱石が折り重なってできた造形は、この世のものとは思えないほど美しく完成されていて。

 だからこそ、恐ろしい。

 

 これが、一◯◯メートル級の怪獣。

 ガバラだのエビラだの、数値のスケールを大きくしただけの巨大生物とは次元が違う。

 その存在自体が根本的に宇宙の法則に反し過ぎている、そういうものだと直感する。

 

 白銀の悪魔はぶるりと身を一つ震わせて、ゆっくりと上体を持ち上げながら咆哮した、ようであった。

 ようであった、というのは単純に衝撃が凄まじすぎて音として認識できなかったのだ。

 魔的な衝撃波が津波のように押し寄せて、それに捕らわれた瞬間に誰も彼もが恐怖に呑み込まれていく。東京の街は比喩ではなく文字通りに絶叫した。

 

 それから逃れようと一瞬目を強く瞑ってしまい、そして次の瞬間視界に入りこんできた光景。それは狂乱のまま暴徒と化した人々が、雪崩のように襲い掛かってくるという代物だった。

 

 言葉など明らかに通じない有様に、ただ呆然と立ちすみ――次の瞬間。

 

「すまん、遅れた」

 

 背後から聞こえた言葉と共に、颯爽と飛び出してきたハルオ。鎧袖一触とはこのことか、鮮やかに暴徒たちをなぎ倒す。

 呻き声を上げながら道路に伸びている連中を遠慮なく踏みつけながら、奴は呆然と尻もちをついたままの俺に手を差し伸べてきた。

 

「仮にも軍属が民間人に手を出すなよ……」

 

 助けられた身分の癖に、混乱のままそんなことを言ってしまうのは何故なのか。気まずさに思わず視線を脇に逸らしてしまって、けれどハルオはそんな俺の内心の葛藤を見透かすように小さく苦笑する。

 

「気絶させただけだ。おまえは度胸はあるんだから、次は身体は鍛えるところからだな。()()()()()()()話になるが」

「政治家に殴る蹴るが必要になるのか?」

「常に話し合いが有効とは限らないからな……。諭し諭される関係を前提として初めてそれが成り立つ。話を聞かない奴は実際世の中多いし、そもそもそれ以上に()()()()()()()()()()()()()()()だって沢山いる。良くも悪くもそういう保守的な一面は誰しも持っているし、それならもう先にぶん殴って黙らせてから自分の主張を通したほうがずっとマシだったんじゃないかと……そういう後悔は多いからな」

 

 地面に横たわる連中に一瞥をくれながら()()()を語るハルオ。その瞳はなにかを懐かしんでいるのか悲しんでいるのか、不思議な色を帯びていた。

 こいつはどういう訳なのか、時折そんな顔をする。

 決まってそれは自分の経験則なるものを語っている時で、俺はその真意を聞き出したいと思いながらいつも踏み込めないでいる。そんなことをすれば、この立ち枯れた老木のような男が消えてしまうのではという根拠のない畏れがあって……

 

「妙な話を聞かせてしまったな。

 要は切羽詰まった状況だとカリスマも肩書きもなんの意味もないから、いざという手段は多いに越したことはないってことだよ。だから頑張れランドウ。

 なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「またおまえはそんなことを……こんな時まで」

 

 そうして最後は、いつもこんな風に俺のことをすごい奴だと持ち上げる言葉で締めるのだ。慰めでもご機嫌取りでもない、まったく素面の超大真面目に。

 この非常時でもぶれることない通常運転(マイペース)な背中。しかしそこにいつもとは違う雰囲気を感じるのは錯覚だろうか。

 

 それに踵を返したその一瞬、右目が金色に光っていたし……金色?

 

「おい、ハルオ――」

「だからこそ、まずはこの状況を生きて切り抜けるところからだな。それにどうだ、少しは落ち着いただろう?」

「……なに?」

 

 疲れた顔に皮肉っぽい笑み。振り返って浮かべている表情はいつものそれとなんら変わらなかったから……俺は確かな違和感を捨ておいてしまった。

 

 なにせこいつの通り、先ほどまで俺たちを押し殺さんばかりに降り注いでいた重圧が確かに薄れている。苦しみがないと言えば嘘になるが、それでも呼吸ができないというほどではない。そこらで転がっている連中の顔も、少しは安らかななものになっている。

 

「これは一体、どういう……?」

 

 東京湾の向こうの状況はビル街の陰に隠れているので確認できないが、事態が好転した……なんてご都合のよろしい展開はありえないだろう。

 

 しかしスペースゴジラを囲る状況に、なにやら大きな変化が発生したのは間違いないのだ。

 なぜなら確かに感じられる戦意、殺意というものが、明らかに()()()()()()()()()()のだから。

 

「おそらく、パネトだ。あいつが単騎でスペースゴジラに挑み、その気を引きつけている」

「ありえない」

 

 考えるより先に言葉が出た。

 なんだそれは、馬鹿なのか?

 

 スコップ一つで山を崩しますというほうがまだ現実的に感じられた。

 「気を引きつけている」などと小綺麗にまとめるならまるで自己犠牲のようだが、真実はまるで真逆だろう。それで勝手に自滅するのは大いに結構。しかし怪獣を無意味に刺激して目も当てられない大惨事になる――とは少しも懸念はできないものなのか。

 

 これで間違いなく、あいつは死ぬ。

 あの業深い女にはお似合いな結末だという一方で、こんな呆気ない最期など似つかわしくないという屈折した思いもあって。

 そんな複雑な内心を誤魔化すように早口で毒ついた。

 

「……正気じゃないし馬鹿げてる。どうしてそこまでして怪獣を憎みきれるんだ」

 

 あまりにも苛烈で極端な在り方は、つい数刻前まで隣に立っていた少女とも通じるものがある。

 

 黒木ソテイラ――”怪獣共存派(コスモス)”の主柱(カリスマ)である少女。理想に殉ずる乙女の、いっそ狂的とすら思える信念の程が忘れられない。

 

 折れそうな細い肩に、すぐに涙を浮かべてしまう弱々しい心。あんな少女が世界的な組織の主柱(カリスマ)として活躍していることがずっと不思議だったが、なるほど今なら疑問を挟む余地はなかった。

 

 つい数刻前まで”赤イ竹(レッド・バンブー)”と”怪獣共存派(コスモス)”の協議の場であった市民ホールは、比較的「震源」に近かったこともあって既に跡形もなく崩れ去っている。倒壊する建物から逃れようと必死にソテイラの手を引き駆けていたが、気が付けば彼女とは別れてしまい、この有様に至るというわけだ。

 もう生きているのか、死んでいるのか……所詮は生身の人間だ。仮に建物の倒壊から逃れたとしても、その先に待っているのは暴徒の群れ。少なくとも危機的状態にあることは想像に難くない。

 

 いやしかし、それでも――もし彼女がパネトの”同類”だとするならば。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはなにも、護衛対象を見失った責任を回避するための都合のいい空想、などではない。

 

 パネトも含めて、彼女たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()という奇妙な予感があるのだ。

 確信というほどの根拠はなくて、そもそもこれをどう表現するべきかもわからないが……

 

「それで、これからどうするんだ」

「……えっ?」

 

 ハルオの静かな、しかし鋭い声にはっとする。

 疲れ果てた表情に薄い微笑み。浮かべる表情はいつものそれだが、その射抜くような瞳だけがまったく違った。まるで、俺の底を見極めようとしているような……

 

「なんであれ現状、パネトが時間を稼いでいるのは確かだ。なら動けるのは今しかないぞ。所属を考えれば俺はおまえに従うのが妥当だろうからな、指示を頼む」

「あ、あぁ……そうだな」

 

 極めて妥当な提言であった。

 

 外部との連絡がつかない以上、今は現場判断で動く他にない。

 ならば急拵えであろうとも、現場の指揮系統の確立が最優先となる。そして何事も()()というものが肝心だ。官邸から出向してきた調整管轄官という役回りを鑑みれば、この場でまず指針を出すのは俺になる。

 

「よし、まずは――」

 

 そうしてなにをするべきなのか纏めようとして、言葉に詰まってしまったのはなぜなのか。

 

 

 だって、なあ、おい。

 ここで――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 人知の及ばぬ怪獣たち。外部との連絡もとれず、救助要請も出せないこの現状。俺たち二人でなにができる? なにをする?

 

 スペースゴジラに特攻をかけているパネトの救援? 無理だできるわけがないだろう。

 

 ならば、はぐれたソテイラの救助に向かうのか? だが、今もなお彼女が生きているだろうという直観は、根拠のない俺の勝手な予想に過ぎない。この非常時に優先して選ぶべき道とは思えない。それよりも――

 

 辺りを見回す。圧し潰された瓦礫の下から広がる血だまり。遠くで木霊する罵声と悲鳴。今もなお危険にさらされている人がいるのなら、まずは目の前の人々を一人でも救うことこそが正義じゃないのか。

 

 だが俺がどれだけ足掻いたところで、ここで救える人なんてたかが知れている。その上で何千何万という人々の中から、助けるべき人をいったいどうやって選別する? 仮に選んたとして、助けた後はどうする? 隠れる? 逃げる? 果たしてどこに? どうやって?

 優先するべきものがなにかが分からない。

 そもそも、こうして頭に浮かんだ選択肢のすべてがハルオの腕っぷしなしには実現しない。先行きの見えないこの危機的状況では、己の安全を確保することすら危ういのだから。

 

 そうして状況を整理するなら、今はとにかく遠くに逃げて身の安全を確保するという消極的な一手しか選べない。

 

 違う――そんなことよりも、そもそも。

 

「……ぁ」

「ゆっくりでいいぞ。なんでも構わないから、思うことを言ってみろよ」

 

 なにか言わなければならないのに舌がもつれて言葉にならず、いつもの癖でハルオに縋るように視線をやってしまう自分を嫌悪する。

 

「俺、は……」

「悪いな。追い詰めてしまったか」

 

 そんなつもりじゃなかったと、微苦笑を浮かべるハルオ。

 違う、そうじゃないんだ。

 自分の無力と不覚語は受け入れられても、この男に失望されることだけは耐え難い。

 

「俺は……おまえに命令できるような人間じゃない。そんな能力はないし、そもそも官邸からの出向官なんて立場も、俺の意思で掴んだものじゃない」

 

 常日頃から世界のあり方に不満を抱きながらも、結局は周りの意思に従い続けた果てが今の俺だ。

 これは違う、こうじゃないと迷妄を続けても解決には至らず、理想を希いながらも自身の主体性が根本的に欠落している。

 

 だから上っ面を一たび引き剥がされてしまえば、後に晒されるのはこの期に及んで危機を打破する指針(モチベーション)すら持たない小人物だ。

 

 そう気が付いてしまった瞬間から、己の能無しを責め立てる言葉が堰を切って漏れ出ていく。

 

「……パネトもそうだし、ソテイラもきっとそうだろう。

 彼女たちには信念と覚悟がある。実績だって間違いない。比べて俺の情けなさはなんなんだ。いつも……稚内でもそうだ。巻き込まれた異常事態にリアクション芸人の如く狼狽してばかり。

 その癖にこれが許せない俺には合わないと批評家気取りで、信念と覚悟がある女の足を引っ張ることしかしていない」

 

 こんな言葉を並べたところで、果たしてなんの意味があるというのだ。

 少なくとも状況の好転に繋がらないことは間違いなく、どころか限られた時間を刻々と潰す最悪手。それがわかっていながら、生産性のない自虐の言葉は止まらない。

 

「今ならよくわかる。苛烈で極端だけれども、きっと、ああいうのを“主役”と呼ぶんだ。俺はなんの役にも立たない脇役がいいところで――」

「昔の話をしよう」

 

 俺の自虐を突然に遮ったのは、ハルオの静かな声だった。

 あまりにも唐突すぎる流れに戸惑ったものの、黙って先を促してやるとハルオはぽつりぽつりと漏らすように続けていく。

 

「かつて俺はゴジラを……怪獣どもを両親の仇だの、諸悪の根源だの、世界の歪みだのと、まぁとにかくひたすら憎み続けたことがある」

「おまえが?」

「思い出したくもない黒歴史だ。周りを最悪の形で巻き込みながら単騎でゴジラに突っ込んだこともあったかな……」

 

 この立ち枯れたような男に、そんなふうに心を黒く燃やした時期があったとは驚きだった。いやむしろ、そうやって燃え尽きた成れの果てがこの男の正体なのかもしれなかったが。

 

「俺の怪獣への憎しみもゴジラを滅ぼすという誓いも、全ては俺だけのエゴでしかないのに、その頃の俺はそれを人類全体の総意だとすり替えて騒ぎ立てていた。俺の“祈り”で人類を救うのだと猛進していた。周囲もそんな俺を真に受けて、ただの凡人を持ち上げてしまった。

 まったく、ありえないくらいに間抜けな話だろ?」

 

 自嘲のような独白は、しかし怪獣殺滅を掲げて世界を駆けずり回る”赤イ竹(レッド・バンブー)”所属の人間が言っても矛盾しかない。一体いつの話をしているのか。なんの話をしているのか――問い詰めたい気持ちは多分にあったがぐっとそれを堪える。

 

 ハルオが言いたいことは、きっとそういう次元の話ではないから。

 

 主役の器でないことを嘆く凡人が俺だとするなら、()()()()()()()()()()()()()()()と信じ込んでしまった凡人がハルオなのだ、と。

 

「……そのようだな」

 

 望まれているのは安易な否定や慰めでもないとも理解していたからこそ、端的な言葉で返してやる。

 向こうもそれは了承済みだと言わんばかりの苦笑を返してきて。

 

「昔の俺と、今のおまえ。どちらがより間抜けか……というのはひとまず置いておくとして、おまえは勘違いを二つほどしている」

「勘違い……?」

 

 話の流れが全く読めない。込み上げてくる困惑のまま身を乗り出した俺に、まぁ聞けよと開いた手のひらで制してからハルオは続けた。

 

「おまえは自分に信念や覚悟がないことを嘆いているが、逆に言えばそれさえあれば舞台に立てるとでも言いたげだな。甘えるなよ、そんなものがないと前に進めませんなどというのはただの言い訳だ。そんな抽象的な指針の有無に関係なく、やるべきことは黙ってやるのが大人というものだろう」

 

 切って捨てるような厳しい言葉は、不思議と反発を抱くことなく素直に聞き入ってしまう重みがあった。内容こそ厳しく責め立てるものだったがその声音は優しく、なによりその大半がハルオ自身に向けられた戒めなのだと察せられたからだろうか。

 

「覚悟や信念がある――なるほどそれはとても立派なことだが、だからといって別にそれがそいつらの正当性に繋がるわけではないし、そいつらがおまえより優先されなければならない理由にもならん。

 しつこいようだが、甘えるな。前にも言ったが、強くなれランドウ――おまえが蹲ることしかできないのは、端的に今のおまえが弱いからだ。

 そして二つ目だが――」

 

 そこまで言って、ハルオは急に言葉を噤んだのだ。

 やおら姿勢を正したかと思うと、石火の勢いで振り返る。

 

「これは――」

 

 刺し殺すような鋭い瞳を空に向けるハルオにつられて視線を持ち上げ、絶句する。

 

 スペースゴジラ襲来により、空間の在るべき整合性が失われたことで宇宙空間が鏡のように映し出されていた上空。星もなければ月もない。一条の光すら許さない暗闇一色に沈んでいた天蓋が。

 

 赤い。

 ただ、赤い。

 

 空の彼方までを覆い尽くしているのは赤い噴流。雲とも煙ともつかない怒涛が鼓動するように渦を巻いている。

 

 奇妙なのは、これほどの異常でありながら脅威というものがまるで感じられないことだ。

 半ば灼熱地獄の様相を呈しているのに、そこには音もなければ熱もなく、そもそも実存感というものが欠けている。壊滅的な現象なのは間違いないはずのに、ハルオに促されるまでまったく気がつかなかった。

 

 そして竜巻の中心に浮かびあがる黒点――まるでもう一つの太陽のようなそれが、なににも増して不気味だった。

 

 黒点などと言っても、ただ暗いのとはまるで違う。

 周囲の熱も光も渦巻くそれらが、まるで貪り喰われるがごとくその黒点に吸い込まれているのだ。熱も光もあらゆる力も、あるいは空そのものも――込められたエネルギー量は果たしてどれほどなのか、しかしそこから圧というべきものがまるで感じられない。

 

 だからこそ不吉で、なによりも恐ろしい。

 

「これは、いったい……」

「ゴジラだ」

「ゴジラ……ああなるほど」

 

 この端的な会話で、この現象のすべてに説明がついてしまうことに呆れるほかない。

 自虐すら忘れてただ呆然と立ちすくむ俺の耳に、ぽつりと漏らすような声が入り込んだ。

 

「ゴジラ、ゴジラ……まったく、俺もおまえもあれから随分様変わりしたわけだが……ふん、やはりこの響きは好きになれんな」

 

 隣のハルオに視線をやれば、浮かべているのは苦々しい渋面。好ましくない展開に苦慮しているのか、それともこの常軌を逸した展開を前に恐れ慄いているのか。真意を読むことはできなかったが、ああ、しかしなんだろう。

 その貌はどこか憎からず思う旧友に再会した際の、あの素直になれないしかめっ面にも見えるようで……

 

「さっきの話の続きだが」

「あぁ?」

「おまえの二つ目の勘違いだ。おまえはパネトやソテイラがこの世界の主役に位置すると思っているようだが、それが完全に的外れだと言っている。どこまで行こうが結局のところ、この星の主役は怪獣たちだ。俺たち人間はそこに間借りさせて貰っているにすぎない現状を、まずは認める必要がある」

「……は?」

 

 それではまるで、人間種の敗北宣言に等しいものではないか。ハルオの口から飛び出した思いもよらない内容に、一瞬思考が止まったのも無理もなく。

 しかしそんな俺の理解を待つことなく、人智を超えた完全生物同士の戦いは次の段階へと移っていく。

 

「――□□□□□□□□□□□□□□□ッ!!」

 

 度外れた咆哮が東京湾から轟いた。比喩ではなく文字通りに天地を砕くそれを前にして、俺の意識は赤熱の天蓋からそちらに釘付けにされる。

 時間を稼いでいたらしいパネトは、果たしてどうなってしまったのだろう。思考の隅に少しだけよぎった疑問はしかし、目の前の具体的な脅威を前に後回しにせざるを得なかった。

 

 陰になっていた建造物が、微塵となって一直線に砕け散っていくのだ。

 そうして白日に晒されたのが至上の戦意。地獄的に濃度を増していくそれは、その余波だけで東京の街を大きく陥没させていく。

 

 だがこれは、なにも直接俺たちに害を為すことを目的とした暴威ではないとも理解していた。

 スペースゴジラの、その血の通わぬ眼球が恍惚と見つめる先――おどろに燃える灼熱の中心で渦を巻く黒点。それが鈍く瞬くたびに、軋るような呪うような、凍てつくような殺意が津波のように天から降り注ぐ。

 

 そこでようやく、気がついた。

 

 あれが、ゴジラだ。

 あれこそがゴジラなのだ。

 あの黒い太陽そのものが、ゴジラのなり果てた姿なのだと理解した。

 

 見上げる白銀の魔晶と、見下ろす黒鉄の魔王。数刻前とは真逆の構図を展開しながらも、催される演目はなんらとして変化はない。

 

 

「――□□□□□□□□□□□□□□□ッ!!」

「――■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 One will fall――死ぬのはおまえだ。

 

 再戦のゴングがここに鳴らされた。

 

 

◆2◆

 

 繰り返される自滅必須の大爆発。四肢と頭蓋が弾け飛び、その度に体内から吹き出した漆黒の核エネルギーが魔王の肉体を新たな次元へと昇華させていく。

 結果として魔王が発している圧は、先刻とはまるで別次元の領域に到達していた。

 留まることを知らない連鎖的な進化と覚醒は、魔晶との力量差を着実に埋めている。もはやその肉体は原型を留めてすらいなかったが、それに頓着するような魔王ではない。この傾向を維持することができたなら天秤が逆転する可能性も大いにありうる。

 

 それを察せない魔晶ではなく、それに慄くような魔晶でもなかった。

 獰猛に、嬉し気に、晴れ晴れと――敵を称える豪放磊落な哄笑が轟いた。

 

 爆発する衝撃波。成層圏を超えてオゾン層を超えて、白銀の魔晶は一心不乱に宇宙空間へと突撃する。

 先程の脆弱種(人間の少女)のことなど既に記憶から抜け落ちている。今求めるものはただ一つ。

 

 嗚呼、これほどの敵手は何百年ぶりだろうか――否、後にも先にもこれほどの難関は現れまい。我が行脚はさてはこの瞬間のためにあったのやも知れぬとすら思案してしまうほど。それほどまでに眼前の好敵手の様相は信じがたいものがあった。

 

 空間を砕き、因果を殺す。

 音速の数千億倍という理屈を置き去りにした速度で猛進する灼熱の弾丸が、星すら蒸発させる熱量を拳に込めて天から落下してくるのだ。これに心躍らずしてなんとする。

 

 しかし億度にすら達する火球が生成されれば、仮にそれが一瞬であっても周囲に――特に地球環境に甚大な被害が及ぶのは想像に難くない。それでいてさほどの影響が及んでいないのは、偏に魔王の信念ゆえだ。

 

 地球に住まう小さきもの(人間)たちを、断じて己の戦いに巻き込まない――物理を曲げる決死の信念が、本来拡散していく熱エネルギーを圧縮という形で押し留めている。

 ……もはや強者(ゴジラ)による弱者(人間)への奉仕とすら解釈できてしまうこの構図。この三〇年間決して破られることのなかった誓いは、怪獣の存在意義に真っ向から違反していた。

 

 遠くの海での女王(モスラ)の尽力については魔王も感知はしていたが、当てになどしていないし興味もない。己の誓いを貫く過程で他者の助力を期待するなど惰弱な者がすることで、故にこそ決戦は宇宙空間で、尚且つ短期決戦で済ませるべきだと認識していた。

 

 そうした魔王の切迫した事情を魔晶も()()()()()()()()()()()()

 

 わざわざ魔王の誘いに乗ったのがなによりの証左である。

 戦略的には地上で小さきもの(人間)どもを人質にとり、じわじわと長期戦で弄ることが良策なのだが、そんなものはまさしく三下の所業。魔晶が望む毀損なき勝利と程遠い。

 

 好敵手が全霊を出せる対等の土俵がそこにあるというのなら迷うことなく飛び込むし、無いというなら用意するのが魔晶の王道。

 

 とはいえ勝負の行方は別の話だ。

 土俵には乗ってやりはしたが、以降の主導権まで譲ったつもりはない。一撃で決めたいというならそうさせてみろよと、渦巻く超重力が再度の咆哮。

 戦いとは熾烈であるほどよく、長いほどよいのだ。果し合いが刹那で決着など空気が読めないにもほどがある。魔晶が望むのはあくまでも長期戦だ。

 

 なにより好敵手が己をさしおき脆弱種(知的生命)風情にかまけているのは頂けない。

 多少強引にでもこちらを振り向かせて見せようとも。つれない想い人の気を引くために、魔晶もまたその全霊の一端を解放した。

 

 突如として世界に亀裂が走る。宇宙空間を割り砕くように出現した巨大な結晶が、まるで樹木のように広がっていく。

 末端の枝葉であってもその径は高層ビルにすら匹敵する規格外の大樹は、時空を突き破る勢いでなおも歪な成長を続けている。

 

 無造作に振るうだけで星すら容易く粉砕するのは想像に難くなく――しかしこれはただの質量兵器としての運用を想定した構えにあらず。

 

 枝分かれを繰り返し、四方八方に剣呑な鋭さを伸ばしていく結晶。

 ()()()()()()()()()()()、いったい誰に想像できるのだろう。

 

 

 一撃で万回殺すと?

 なるほど承知した――ではこちらは一億発だ。

 

 

 瞬間、宇宙広域に広がった億の枝葉が一気に火を噴いた。

 

 ホーミングゴースト――高加速させた結晶体を純粋な質量弾として相手に叩き込む絶技。先代のゴジラも大いに苦しめた技ではあるが、まさかこれが同じ系統の技だとは誰にも言えやしない。質的にも量的にも、比較可能な次元というものを致命的なほどに逸している。

 なにせ一発だけでも大陸をも轟沈させる攻撃が、億の津波となって魔王に押し寄せているのだ。並みの怪獣ならその余波だけで塵も残さず蒸発するだろう集中砲火。

 しかも魔晶はなにを血迷ったのか、興が乗ったと言わんばかりに続いて第二陣の掃射すら叩き込む始末で。

 強烈に意味の分からない非常識な火力には、恐怖や絶望を超えてある種の清々しさすら感じられてくる。

 

 初撃でこれほどの威力を放つことは、長期戦を望む魔晶の思惑に反するものだ。しかし我が全霊で必滅しろという嚇怒と、この程度で終わってくれるなよという期待は魔晶の中では()()()()()()()()()()()()()()。矛盾を孕みながらも、どこまでいっても無垢で清らかで……だからこそ恐ろしい。

 こんな破壊的衝動に耐えられる生命はこの太陽系に存在しえないだろう――()()()()()()

 

 際限なく降り注ぐ結晶群を前にしても、魔王の闘気は欠片も揺らがなかった。

 魔王があくまでも短期決戦を望むのならば、元よりやるべきことなど一つしかない。己の全力をあるがまま、真っ向勝負で叩きつけるのみ。一撃で万回殺すという決意に、下方修正などはあり得ない。

 勝算などは端からどうでもいいことで、己の意思一つで宇宙すらも粉砕できると魔王は信じているのだから。

 

 果てを知らぬとばかりに上昇していく熱量。超新星爆発にすら匹敵する異形のプラズマエネルギーが王冠(背鰭)で生成され、そのたびに魔王の両拳に収束されていった。

 

 狂ったように肥大化を続ける拳。だが彼我の実力差の天秤が傾くには至らず、億に至る剣群を撃墜するには今のところ力不足。

 それでも突撃することに躊躇など微塵もなく――

 

「――――■■■■ッッ!!」

 

 何万乗にも束ねられた超高密度の放射線で形成された巨大な拳が、そうして流星群と激突した。

 

 破壊、轟音、そして絶叫。

 音の響かぬ宇宙空間で、しかし確かにそれは届いたのだ。あるいはもしや、もう耐えきれないという太陽系そのもの断末魔だったのかもしれない。

 

 最初の激突で数万の結晶が塵も残さず蒸発して、押し負けることなく続く二撃目が今度は数十万の刺突を粉砕する。三撃目は数百万を、そして最後の四撃目は数千万――

 

 未だ天秤は傾かないが、はっきりしていることはただ一つ。

 

 

 

 彼らこそがこの物語の主役。世界の主賓に他ならない。彼らの演舞の邪魔立てするものなどいない――()()()()

 

 

 

◆3◆

 

 

 なにもかもが荒唐無稽で、人の理解を超えている。

 もしこの状況を俯瞰的に眺めることができる者がいたならば、もはやその者には喜劇とすら映ったかもしれない。

 少なくとも、俺にはもう意味不明だった。

 

 この世界の主役は怪獣たち――ハルオの言葉が俺の頭の中でぐるぐると木霊している。俺やハルオは勿論のこと、そしてあのパネトもソテイラもこの世界の脇役に過ぎないのだとするのなら、じゃあ俺たちは何のためにここにいるんだ?

 誰か(怪獣)の顔色を伺い続けて世界の片隅で埃を食って生きることが、俺たちに許された唯一の自由だとでもいうのか。

 きっとハルオが言いたかったことはそういうことじゃないと理解っていながらも、救いがたいことばかり考えてしまうのがやめられない。自覚しながらもやめられず、そんな自分をさらに嫌悪するという負のスパイラル。

 

 ……どうやら怪獣たちの戦闘は宇宙空間に移ったらしく、その影響もあって先ほどまで東京の街を沈めていた押し殺すような地獄的圧力がなくなっていた。

 街はなんとか落ち着きを取り戻したようで、それはあの暴徒たちも同様だ。

 

 しかし俺はといえば自虐をこねくり回す余裕もなく、呆けたままただ空を見上げるのみだった。隣でハルオが何事か喋っているようだが耳にも入らない。

 

 そんな俺を目覚めさせたのが唐突な電子音だった。前触れのない響きに狼狽すれば、隣のハルオが黙って俺の懐を指さす。それでようやく俺の鈍い頭は、通信網が回復したことで外部との通信が可能になった事実に思い至った。

 覚束ない指先でスマートフォンを操作すれば、画面に表示されているのは思いもよらない名前。

 

「……ヒデキ、どうして」

「お前のことが心配だったからに決まっている。仮にも幼馴染なんだから」

 

 赤坂秀樹――俺の二つ年上の幼馴染。

 東大法学部を主席卒業後に外務省入り。数年後には東京八区から出馬予定で将来の大臣候補とまでされている、要するにいけ好かないエリート様だ。

 正直こんな時に話したい相手ではないのだが、無視してやるわけにもいかないのだろう。少し迷ってからハルオに促されるまま通話ボタンをタップしてやると、瞬間、ざわめき混じりの掠れた罵声がやかましく響いた。

 

『――ランドウ、ランドウかッ!?』

「俺の番号にかけたのなら俺に決まってるだろ……」

 

 官邸からでもかけているのか、ただならぬ具合の声。

 なるほどこの状況で慌てるのも当然だが……察するに向こうも今まさに収集不可能な混乱に忙殺されているのは間違いないだろうに。俺如きの安否確認を優先する事情があるのか。

 

『暢気に構えている場合じゃない! なんでもいいから今すぐにそこから離れろ! 可能な限り遠くまで!』

「……はっ? いやなんだよ唐突に……」

 

 鉄面皮の皮肉屋には似合わない切羽詰まった様子の声に、俺は戸惑うばかりだ。

 なるほど戦場となったこの街が危険だというのは確かだろうが、しかし今更過ぎる話だろう。既に怪獣たちが主戦場を宇宙に移そうとしているというのなら、むしろ最悪の状況は脱したと判断するべきなのに。

 

「ヒデキ、なにが起こった」

 

 困惑で言葉が出ない俺を見かねてハルオが代われば、息をのむ気配と続く舌打ちが一つ。

 

『畜生、ハルオも一緒か……ッ! ランドウおまえはいつもそうだ! 付き合う人間を間違える! だから今回もこうなったッ!』

 

 泣いているのか、唸っているのか――受話器を強く握りしめる気配すら伝わってくるようで。そのただ事ではない様子に思わずハルオに目をやってしまう。

 

「まずはおまえが落ち着けヒデキ、危機はなんだ。何が起ころうとしている」

 

 こみ上げるものを必死に抑えるような、深い息を吐く音。

 ややあって嫌悪を隠そうともしない声が通話口から響いた。

 

『ハルオ……俺はおまえのことが憎たらしくてたまらない。”赤イ竹(レッド・バンブー)”という組織自体がクソなのはさておき、その中でも知ったような顔をしながら妙な価値観をランドウに吹き込み続けるおまえがなにより胡散臭い』

「耳が痛いな、まるで否定できん――それで、俺はなにをすればいい。なにからランドウを守ればいいんだ?」

『……話が早いのだけは助かる。ランドウも聞け、伝えるべきは二つある。まず一つ――稚内でバトラが復活した。東京の街に直進しているらしい。目的は不明だ、迎撃できるだけの余裕はない』

「はぁ?」

 

 それは、まるで予想だにしていない情報だった。

 バトラ、バトラ――海から引きずり出されて以降、稚内事変の混乱ゆえにあれから一ヶ月も放置されていた腐乱死体が、今更蘇って何を為そうというのだ。それがどういう意味合いを持つことになるのかすら、まるで判断できない。

 しかしハルオはといえば、それで大体察したと言わんばかりの訳知り顔で……

 

「なるほどな――それで、もう一つはなんだ? 察するに、そちらが本題だろう」

『嗚呼……畜生がッ』

 

 言わなければならないことは決まっているのに、言葉が見つからないがゆえの獣めいた呻き。

 

『ランドウ……おまえの親父が……』

「……親父?」

「片桐総理のことか」

 

 気遣わしげにこちらを見やるハルオ。

 

 それは、今この世で一番忘れていたかった男の名前なのは間違いなかった。

 俺があの家を飛び出した直接の原因で、()()()()()()()()()と思いながら未だに超えられずにいる呪縛。

 

 落ち着いて聞けよ、という前置きと共に。

 

 

『特生自衛隊の黒木翔が、オキシジェンデストロイヤーの使用を申請した』

「――は?」

『それだけじゃない、あろうことか……おまえの親父は、そいつを東京の街でぶっ放つことを許可しやがった。怪獣どもを諸共に殺滅するつもりだ――ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 水面下で復活させていた禁断の兵器。

 ”敵”を滅ぼすためなら何を失っても構わない。迷妄を続ける人類は、ついにその狂気の片鱗をむき出しにした。

 

 

 躊躇なく繰り広げられる罪業(カルマ)が積み上げられては塔を成し、それが怪獣()の喉笛にまで届くまであと少し、もう少し――

 

 

 








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