殺滅のソテイラ   作:すかろく

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自分の作品の続きは自分で書かないと読めないのって結構キツイっすね(´・ω・`)


 


第12話 殺滅の飛翔

◆1◆

 

 それは、一九五四年のことであった。

 

 

 国を、命を、怒りの炎で燃やし尽くそうとした魔王がこの星に現れたのだ。

 

 なぜ己などが生まれたのだ。我のごとき畜生を目覚めさせたお前たち(人類)とは、なんと度し難き存在なのか。

 必ず滅する生かしておけぬ。

 望むものは、すべての殺滅。

 そんな魔王の怒りと炎が天地に満ちた夏の日のこと。

 魔王は一人の男によって討たれることとなる。

 

 英雄の名は芹沢大助。

 天才的な物理学者であり、戦火と不正義を誰よりも憎んだ聖人であり、それ以上にただ誰かを愛した只人だ。

 英雄であると同時に神殺しの罪人にもなってしまった男は、その対価を払うと言い残して魔王と共に海に没した。いささか早急すぎる結論にも感じられるが、彼がなにより罪深いと判じたのはその手段だったのだ。

 

 オキシジェンデストロイヤー――水中酸素破壊剤など呼ばれたこともあるようだが、その実態はそんな生易しい次元には留まらない。

 

 魔王を融解させるにとどまらず、ついでとばかりに東京湾一帯の生態系を崩壊させてしまったその威力。しかしそれすら表層ですらないのだ。

 

 水中の酸素を破壊して生物を窒息死させる悪魔の兵器だと? 間抜けが、牙を抜いたにも程がある。その気になればこの星の大気組成に不可逆的な完全破壊すらもたらすのがその真価なのだ。殺戮能力という一点で語るのならば、もはや魔王のそれと大差はない。

 

 用途の如何に関係なく、もはやその存在自体が世界に恐怖と混乱をもたらすだろう。人の手に余るのは火を見るよりも明らかで、だからこそ芹沢博士は開発手段の永遠の封印――つまり自死という道を選んだのだ。

 

 悲劇の英雄として教科書の一ページに刻まれた男の切なる祈り……しかしそれも、忘れ去られて久しいものだ。

 

 オキシジェンデストロイヤーの再現に繋がる研究は、現在そのレベルを問わずに世界中で禁止されている。もたらしうる悲劇を考えれば当然の措置だろうが、律儀にそれを守る国などあるわけがなかった。

 しかし先行きの見えない軍拡競争の真っ只中にあって、確たる戦力を求める流れをいったい誰に責められようか。ましてやそれが、あのゴジラを一度は滅ぼした兵器ともなれば論に及ばずというやつで。

 

 なにより所詮は半世紀以上前の発明である以上、金と人に糸目をつけなければ再現など容易い――誰もが内心そう高を括っていたのも、その流れに拍車をかけたといえよう。

 

 そうした諸国の皮算用は、しかしあっさり御破産となる。

 

 ミクロオキシジェンなる理屈には辿り着けても、そこから兵器(カタチ)にするまでの関門が高すぎるのだ。技術の問題なのか知見の問題なのかすら判然としないがゆえに、その糸口さえも掴めない。

 ついにはオキシジェンデストロイヤーの存在すら疑われだす始末で……

 

 間違いなく言えることは、オキシジェンデストロイヤー”再”開発史とは芹沢博士が如何に不世出の天才であったかを再確認するだけの徒労だったということ。

 

 その、はずだったのだが。

 

 

「――どうか黒木特将、今一度ご再考をッ!!」

 

 

 総理執務室の扉から黒木翔が顔を覗かせた瞬間、皆が流れ込むように彼に詰め寄っていく。一人や二人という話ではない。

 霞ヶ関の若手議員に官僚たち、士官たち――皆がいわゆる次代のホープと呼ばれる存在だ。せっかくの仕立てのよいスーツを乱しながら、顔を悲痛に歪めて食いしばるような声を上げている。立場や所属は違えども、抱く思いはきっと同じなのだろう。

 

 よりにもよって、この火急の事態下で肝心要の総理大臣は執務室に閉じこもるという事態も彼らの不安を煽っていた。

 黒木翔がふらりと官邸に現れたのは、そんな時である。

 外界を拒絶するように閉切られた宰相の間に黒木だけが招かれ、その後数分と経たずに下されたのが件の兵器使用の下知。

 たかが一軍属に過ぎない黒木が総理との間でいったい如何なる密約を交わしたというのか。思惑は不明だったが、ろくなものでないことだけははっきりしている。

 

 怪獣殺滅のためとはいえ、このタイミングでオキシジェンデストロイヤーを起動させるなど正気の判断ではない。

 

 そもそも日本政府が――いや特生自衛隊が秘密裏に禁断の兵器の復活に成功させていたこと自体が、多くの者にとって寝耳に水だ。

 

 どう好意的に解釈したところで、これが文民統制(シビリアンコントロール)原則の崩壊なのは動かない。軍人の暴走という絵面は先の大戦のそれとなんら大差ないだろう。

 非常事態下での混乱に付け込み、秘密裏に開発中だった兵器を使用――後々の発言権と存在感を強めようというのが内に秘めたる魂胆か。

 

 ――東京湾沿いの民間人の避難は全く進んでいないこの現状、被害の見通しが立たない中でオキシジェンデストロイヤーの空中起動などありえない。

 ――人道に反するというだけでなく、国際社会からの孤立も招くだろう。

 ――そもそも怪獣同士が潰しあってくれている状況にあえて首を突っ込む利点はあるのか。

 ――前提としてあの常軌を逸した怪獣たちに、半世紀前の遺物が通用するのか?

 

 指摘や懸念は至って妥当としか言いようがない。文官ですら理解できる暴挙。いったい後で国民と諸国にどう釈明するつもりなのか。それともまさか、先々のことなど端から勘定に入れていないのか。

 

 しかしそうした声に対して、氷をそのまま彫り込んだような無表情はぴくりとも動かない。蟻のように群がる若者たちに一瞥すらくれず進んでいく黒木だったが、不意にその足が止まった。

 

「赤坂秀樹……か」

「はい」

 

 神経質とか堅物とか、そういう類の言葉を直立させたような男である。四角い銀縁眼鏡に堅くセットされた七三分けが印象的で、細身ではあるが頼りない印象はまったくない。

 

「……現在両怪獣は中間圏を超え、その戦闘領域は月周回移動圏にまで達しているとのことです。特生自衛隊謹製の禁断の兵器とやらの出来栄えが如何程かは存じ上げませんが、はてさてそれをどう運用して戦果を挙げるつもりなのか?」

 

 騒ぎ立てるばかりだった者たちが途端に溶け入るように静まり返っていく。それだけでこの場の彼の立場が察せられるというものだ。

 

「宇宙怪獣などゴジラと潰し合わせておけば良いのです。どうしても戦いに介入したいのならば、むしろ()()()()()()()()べきでしょう」

 

 瞬間、冷たく細められる老将の双眸。

 それに気づくことなく、淀みなく語られる道理の言葉。

 

「むしろ特生自衛隊――それを率いる黒木特将がすべきは、Gフォースを始めとする他軍隊との協調、そして民間人の避難に努めること。つまり迅速速やかに東京の街の収拾をつけることにほかならない」

 

 同意を示すように周囲も頷いていく。

 しかし――

 

「今一度再考を願いたい。まだ笑えない冗談で済みます。さあ、どうか――」

「笑えない建前はやめろ」

 

 乾ききった声が遮った。

 

「……なにやらもっともらしい言葉を並べているが、要するに小癪な方便だ。理で私を説得しようと思ったのなら、もう少し言葉は選ぶべきだな若輩」

 

 まるで初めて意味のあるものを映したと言いたげな冷たい眼光。その確かな圧を前に、赤坂秀樹は――ヒデキは気圧される。

 

 ああ()()()、と。

 

 立場を問わず、この世代の人間はしばしばそういう眼をする。

 それは多くの場合において、彼らがゴジラについて語っている時だ。こちらを憐れむような視線は、まるで自分だけが知っている真実(ゴジラ)をおまえに啓蒙してやろうと言わんばかりで……

 言葉にできない異様な凄み。それを前にして言い返してしまう空気の読めない命知らずなど、ヒデキが知る限り一人しかいない。

 

「理に訴え私を説得するつもりだったようだが、そんな小癪な方便で堅められた論で、私が動くとでも思ったのか。餓鬼の腹芸など透けて見えるぞ。

 おまえたちが真に懸念していることは端から()()()()()でなく……矢口蘭堂のことなのは承知している」

 

 狼狽した瞬きは秘めていたものを言い当てられたゆえなのか。ヒデキを始めとして其の場にいた者たちは、皆揃って口を噤んでいく。

 

「それは……いや、今奴が戦場に巻き込まれていることはこちらも承知しておりますが……」

 

 取ってつけたような煮え切らない返答。

 殺気立っていた渡り廊下に束の間おさまりの悪い空気が流れていくが、当然それに黒木が構うことなどありはしない。冷厳な無表情を動かすことなく、隙間なく押し寄せてきた若者達をじろりと見回していく。

 

 立場や所属が違う――どころかその多くは本来は利害すら相反する者たちだった。

 

 平時であれば顔を合わせるたびにいがみ合っているはずの者たちが、心を同じくして一堂に会している。それがただ一人の男のためなのだという事実を、どう解釈するべきなのか。

 

「立場が危うくなることなど端から承知で、これだけの人間が直訴してきたわけか。……聞き及んでいた以上の人望だな矢口蘭堂。なるほど、つまりはこれが――」

 

 掠れた声で、誰にともなく。

 気鋭の若者を羨むような言葉は、才気溢れていた在りし日の若き己に想いを馳せるものなのか。

 いや違う。字面こそ羨望のそれに近いのだが、込められている実感はそんなものではない。むしろこれは()()()の類か。

 

 深くしかめた顔を左右に振り、やり切れないとばかりに表情を苦くした黒木は……

 

 

「――“小美人(コスモス)”の言う“■■”の器というやつなのか」

 

 

 独り言のように、そんな意味不明なことを呟いたのだ。

 

「なにを……?」

 

 ヒデキだけではなく、その場の者達が皆そろって眉を顰める。黒く塗り潰されたその言葉が判然としなかったのは、単純に声が掠れていたから――では、ない。

 戸惑うのは自分だけではないと互いの表情から察せられたからこそ、その困惑は深まっていく。

 不思議なことにこれだけの数がいながら、誰も()()()()()()()聞き取ることができなかったのだ。まるで、始めからそれを指し示すべき音が欠落しているかのように……

 

「……最初の質問にだけは答えてやろう。オキシジェンデストロイヤーの射出にはディメンションタイドを使う。怪獣どもの戦闘域がどこまで及んでいようが、最終的な決着の際に必ず地球に接近するタイミングがあるだろう。そこを狙う。

 おまえ達の懸念が如何程なのかは知ったことではないが、いずれにせよ戦いはここで決着する。忌々しい怪獣どもにここで引導を渡してやろう」

 

 突き放すような冷たい声にはっとした時には、もう黒木は背を返して歩き始めようとしていた。

 起動させるのは遥か上空だから安心しろ、とでも言いたいのだろうが……こちらが言いたいことはそんなことではないのにと歯噛みする。そもそも使うこと自体を考え直して欲しいのだ。

 

 これだけ説得しても耳に届かぬというなら、もはや情に訴える他にない。

 

「東京湾沿い一帯には、貴方のご息女も……黒木ソテイラさんもいるのでしょう! よくもそんな――」

「……ソテイラ?」

 

 不仲とは聞いていたが親子の情は人並みにはあるはずだろう。そう噛みつく泣訴を前にして、なぜか黒木はまるで聞き馴染みのない名を耳にしたかのような顔をして。

 

「ソテイラ、ソテイラ――ああ、なるほど私の娘か」

 

 噛み締めるようにゆっくりと、途切れ気味に、そう紡いた。

 枯れ果てた無表情が、そこでどういうわけなのかなんとも言えない微苦笑に変わる。態度の軟化と言うにはあまりにもな変転は、いやいっそ不気味ですらあって……

 

「そうだな……ああ、なるほど娘を引き合いに出せば、確かに普通は揺らぐものかもしれんな。

 ……しかし私は軍人だ。”敵”を滅ぼすことこそが私の本分だ。家族がいたからなんだという、それが銃口を避ける理由にはならん」

「そんな……」

 

 冷厳に切って捨てた一瞬、言いようのない含みを感じたのは気のせいか。……それを確かめる間もなくずんずんと黒木は進んでいってしまう。話はこれで終わりだと語るその背中はどんな言葉よりも克明に、戦慄するほど圧倒的な拒絶の念を放っている。

 

「……そうまでしてゴジラを”敵”と憎むのか」

 

 それ以外は考えられない。

 戦略とか大義、あるいは市井の安寧とか国家の防衛。軍人として真っ当な責務を差し置いて、きっと彼の眼中にはゴジラ抹殺以外にないのだ。そしてその動機(モチベーション)はなんなのかといえば、常軌を逸したゴジラへの執着心としか若者たちには解釈できない。

 

老人(貴方たち)の世代がゴジラに執着し続けるのは仕方がないことだと思う。しかしその感情論を国家戦略の秤に乗せられては困るのだ……ッ!」

 

 三〇年以上前の遺恨を、いったいいつまで引きずるつもりなのだ。

 なにがたちが悪いって、”これ”が黒木に限った話でないということ。今なお引きこもる片桐総理も、Gフォースの麻生司令も……()()()()の人間ならば、誰しもが()()なのだ。

 栄光の時代(バーサス世代)だかなんだか知らないが、その影を永遠と追い続ける呪われた者たち。彼らの知るゴジラと()()()()()はまったくの別物だというのに、未だに同一視がやめられない。ゴジラという忌み名に囚われ続けている。

 

 無力感のまま、誰かがぽつりと呟いた。

 

「……ゴジラは我々人間を守るために死力を尽くして()()()()()のに……その返礼がこれなのですか特将。こんな道の、いったいどこに人類の誇りがあるというのか」

 

 その非難の言葉は、必ずしも黒木に向けたものというわけではなかった。低く抑えた声は無力な己を自嘲するような響きを伴っていて、むしろ黒木に届いたかどうかすら怪しい。

 もはや先を行く黒木に追いすがる気力すら湧いてこない。疲れたようなため息ととも遠ざかっていく黒木の背中をただ見つめている。

 

 ……もし、もしこの時黒木に追いすがる者があったなら、その顔を覗き込む者があったなら、いったいどれほどの衝撃を受けたことだろう。

 

 色味をなくした無表情。しかし憤怒なのか慟哭なのか、そこから呪わしくあふれる凄絶な一念はなんなのか。

 もしそこに暴性が宿ったならば、怪獣だってぶち殺してやるという眼光。怒りに心を燃やしているのはどうやら間違いないが、ではしかし、いったいなにに?

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考えられるとすれば、それこそ先ほど若者たちが放った言葉しかないのだろう。だが、どうしてそれで。どんな罵倒も泣訴も冷たく振り払ってみせた男が、若者たちとの価値観の断絶(ジェネレーションギャップ)程度の話でそこまで憤るのものなのか?

 

「……偏見がないのは好ましいが、先入観がなさすぎるというのもまた問題だな」

 

 食いしばられた口元から掠れた声が隙間風のように漏れ出る。

 

 宇宙怪獣の対処はゴジラに任せろ? ゴジラの援護? いやいや、なにを言っているのだおまえ達は馬鹿なのか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほど黒木を囲んでいた若者たちは、一番の年配であっても三〇半ばにすら届かないくらいだった。

 要するに彼らは人類がこの星を統べる霊長であった時代を知らない世代で、そうであるがゆえに絶対存在(ゴジラ)に生殺与奪の権を握られる現状に不満や疑問を抱けない。……いやむしろ、どちらかといえばそんなゴジラに対して好意的な念すら持っているのだろう。

 

 なにしろ、人類を脅かす恐ろしい外敵は、無敵のヒーローゴジラが倒してくれるというファンタジーを無邪気に信じているのだから。

 

 その脳に砂糖を塗したような暢気な認識を正してやろう、などとは特には考えない。ゴジラが人類を守ってくれる――なるほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、ならばはたしてゴジラの本質とはなんなのか。

 自分たちバーサス世代にとっては不俱戴天の宿敵で、彼ら令和の若者にとっては弱者(人類)を守護するヒーローだろう。一方で五四年の悪夢を知る世代だったなら、口にするのも呪わしい悪魔に他なるまい。

 

 つまり人の認識や価値観の変容に応じて、ゴジラの姿は今までもそしてこれからも移り変わるということだが……

 なんだそれは? なんなのだ?

 こちらの心の持ちようで姿形を変えてしまう、そんな曖昧な存在がゴジラの正体だとでも言いたいのか? そんな頼りのない風見鶏が、黒木が生涯をかけて戦ってきた仇敵の正体なのか?

 

 人によって解釈(ゴジラ)が違うこと。あるいは時代ととも解釈(ゴジラ)が移り変わっていくこと。

 なにやらそれを多様性と尊ぶ風潮が、確かに世にはあるらしいが――所詮はそんなもの、ただの迷走を好意的に持ち上げた方便にすぎない。

 

「この星が怪獣たちの所有物であること、人間がそこに間借りしている端役に過ぎないことは認めよう。しかし不確かな存在を王と崇めることはできん。我々にも貫き通したい意地の一つや二つはあるのだ」

 

 いったい、誰になにを言っているのか。それが禁断の兵器を使うこととなんの関係があるのか。濁りきった瞳からはその真意を伺い知ることはできない。

 

 魔王が新生してから三〇年。

 役者は入れ替わり、舞台もずいぶん様変わりした。変り果てたのは環境だけではなく、なにより黒木自身がそうなのだろう。肉体的に老け込んだというだけの話をしているのではない。

 

 暗い双眸をそのまま廊下の窓に移していく。方角的にはまっすぐ東京湾に向けられていて、地獄の窯をひっくり返した惨状は当然黒木とて把握はしている。把握はしているが、若者たちと違ってその現状に欠片の危機感も抱いていないというだけのこと。

 

 

 

「さあどう動くのだ、ハルオ・サカキよ」

 

 

 

◆2◆

 

 火山の爆発のような噴流を繰り返した熱雲がだいぶ沈静化に向かったことで、夜空はあるべき荘厳な沈黙を取り戻した。しかし事態が収束に向かっているかといえば実態は真逆。というよりも斜め上に突き抜けているのが現状の正しい表現だろう。

 

「どうなっているんだ」

 

 事態の異常を再確認するだけの無意味な空言は、本日いったい何度目なのか。

 

 相変わらず電波状態は不安定で、ヒデキとの通話は強制的に終了してしまった。暗転した画面をぼんやり見つめながら、俺は先ほどの会話を想起する。

 

 禁断の兵器とやらが起動すると聞いて真っ先に抱いた感情は、事態の収拾に努めぬ輩に対する苛立ち――ではなく、どちらかといえば()()だった。

 

 直近にした魔晶(スペースゴジラ)の存在感には、確かに多大な絶望感や無力感を掻き立てられた。けれども、それは抗いようのない天災に対してヒトが抱くものに近いのだ。

 拳一つで星を砕く化け物に対して抱くのは恐怖よりも……曲がりなりにも“赤イ竹(レッド・バンブー)”の人間が言うのもなんだが――むしろ畏怖や畏敬の類だ。言ってしまえばファンタジー。

 

 むしろ同じ人間のほうがよほど不快な情動を煽ってくるし、戦場の実感を生々しく伝えてくる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが恐怖を呼ぶ。

 

 もしこれが怪獣の切った張った(プロレス)だったなら、一つの現象としてむしろ線引きができる――対処できるかは別として――というのは発見だった。無論、だからどうしたという話だが。

 

 ちなみにハルオはというと、相も変わらず奇妙な沈黙を保ったまま。赤熱した夜空――正確にはそこから透けて見える戦場を凝然と睨みつけている。

 ひり付くような無表情は如何にも沈着を保っていますという風情だが、付き合いの長い俺だからこそ、内心決して穏やかではないことを察していた。

 

「……怪獣をここで殺すこと自体は興味がないのかもしれないな」

「は?」

 

 唐突な呟きに反応が遅れる。

 視線を夜空に釘付けにしたままのハルオが言葉を続けた。

 

「オキシジェンデストロイヤーの使用についての話だ。現物を見ていない以上なんとも推測しづらいが、政治的にも戦略的にも唐突すぎるし良手とも思えん。うまく言えないが、()()()使()()()()()()()()()()()()()印象を受けてな」

 

 ただの感想といえばそうなのだが、現状への拭えない違和感をハルオの言葉は明解に言い表していた。……いやしかし、だからなんだっていうんだ?

 

「だからなんだっていうんだ?」

「……断言できる根拠はなにもないが、すべきことがはっきりしているのだけはありがたい」

「え?」

 

 不安になることはなにもないのだとと手をひらひらさせながら。

 

「黒木特将とやらの思惑がなんであれ、俺の最優先はおまえの生存一択だ。俺のことは捨て石とする前提で、今は生き残ることだけ考えろ。ヒデキたちたちだってそれを望んでるだろうし――」

「なに言ってんだ、おまえ」

 

 考えるより先にハルオの言葉を遮った。

 

 当然のことのように自分の生存を度外視する発言は、冗談や例え話のそれじゃない。

 しかも遮られたことに素で困惑していやがるから堪らない。ハルオの中ではきっと当たり前に理屈が通っているのだろう。それで俺が納得すると信じているのか。

 

「思わせぶりなことばかり言わないでくれよ。頼むから説明してくれ。勝手な期待を託して勝手に満足して……それで死なれたらそれこそ堪らない」

「ランドウ……?」

 

 衝動のまま飛び出したのが縋るような物言いだったのは意図したわけではないのだが、そうすることで己の蟠り(わだかまり)が明確になっていく。

 

 俺を気遣っている、助けたい。それらが裏のない本心だと伝わってきて――それはなるほどまったくありがたいことなのだが、しかし同時にこいつは俺の感情を一切斟酌してはいない。

 言って聞かせる言葉には常に上から目線の響きが伴っていて、だから不満と反発心が膨れ上がる。

 

「おまえが言ってるのは俺に友達を見捨ててまで生き残ろうとするそんな見下げ果てた男になれってことなんだよ。死んでもいいだなんて頼むから二度と――……」

 

 考えなしにまくし立てたがしかし、頭の昂りは一気に醒めることになった。

 ……なんというのかきょとんとした、あるいは困ったような、とにかく困惑気な顔をハルオがしていたから。どういうことだと思い返して、そこでまさか、おいおい待てよと。

 

「ちょっと待て、俺たちは友達……だよな?」

「えっ」

「えっ」

 

 頼むからそこは素直に頷けハルオ。

 そこが俺の勘違いだったら、俺はとんでもなく恥ずかしい奴じゃないか。

 神妙な顔で凝視してくるハルオに、羞恥の冷や汗が止まらない。

 なんとも言えない沈黙を続けるハルオだったが――やがて、小さく肩を揺らしながら。

 

「――ははっ」

 

 抑えるような笑声だったのが、やがてこらえきれぬと息さえ漏らす有様に変わっていく。なんだそれは失笑か? ぶん殴るぞ?

 

 火急の事態に似合わぬ間の抜けた空気が流れていき、知らぬ間に肩の力が抜けていた。

 

「なんだよ急に……」

「いやいや敵わないなと思ってな――そういうことを素面で言ってのける奴だから、おまえには多くの人が付いていくんだな。()()()()()()()()()()()()

「どういう意味だ」

「いやだから……まったく、おまえがそんな鈍感だから、さっきのヒデキみたいに俺が見当はずれの嫉妬を向けられることになる。少しは勘弁してくれ」

 

 長身を屈めて俺の顔を覗き込むハルオが、そんな意味の分からないことを言うのだ。

 疲れたようなため息は見慣れたものだが、呆れたように口元をへの字に曲げた顔はいつものハルオじゃない。馬鹿にしているのかと食ってかかろうとした俺を、広げた片手で制しながら。

 

「おまえをどこかで見縊っていたことに謝罪しよう。

 ……だからもう、おまえも殊更自分を貶めるのはやめないか。さっきの電話、ヒデキだけじゃない、きっとみんなが立場が悪くなることなど端から承知で黒木に直談判しにいったんだよ。おまえのためにだ。わかるか? おまえは二度とつまらない自虐に走らないと誓え。それはヒデキたちを踏みにじる行為だし、おまえ自身のためにならんし……あとついでに、おまえを()と見込んだ俺への侮辱だ」

 ……腑に落ちないことは多いし、これで納得したかと言われれば嘘だ。

 

 しかしこれが間違いなくこいつの本心の言葉である以上、不承不承ながらも頷くしかなかった。向こうも弁えたように小さく微苦笑した後、一転、険しく目を吊り上げ海を睨み付ける。刺し殺すような視線は、そこに全ての元凶があるといわんばかりだ。

 

 そしてわずかな逡巡の後、なんの前置きもなく。

 

「ランドウ、つい先刻だが”小美人(コスモス)”が死んだ」

「……は?」

 

 あまりにも唐突に、そんな爆弾発言をかましやがったのだ。

 声を上げるのは寸でで堪えた。事態の混乱に狼狽えるのはもうやめるんだ。

 

「……つまりそれは、あのモスラも死んだってことなのか?」

「依り代を失えば力を失い、形すらも維持できない。誰かの解釈(祈り)を糧とする、()()()()()()()()()()モスラは」

 

 なぜそれをおまえが把握できているのか、気になることは山ほどあるが、今は”それ”ではないと自省する。後で根掘り葉掘りと聞き出してやるから覚悟しとけよ。

 

 ……しかし黒木翔の暴挙に続いて、悪いことというのはこんなに立て続けに起こるものなのか。それとも現状から逆算して考察すればこれも妥当な結果か。

 

 そもそもスペースゴジラとは、暗黒巨星(ブラックホール)が長い年月の果てに怪獣に成り果てた存在だ。

 星系すら容易く呑み干してしまう化け物の接近を許した時点で、この地球がまともな球形を成していたことが奇跡だろう。命がけで地球環境を保護する何者かがいたとするのが自然である。そしてそんな貧乏くじを進んで引き受ける存在なんて、思い当たるのはモスラしかない。

 

 ああ、なんだよそれは――虚しすぎる。

 こんなものが一〇〇メートル級の神獣の末路として相応しいのか?

 

 ”小美人(コスモス)”にしたってそうだろう。想像もつかない先史時代からなんの見返りも求めず人類を見守り続けた結末が、こんなものでよかったのか……?

 

「……くそっ、今はそんなことはどうでもいいだろ」

 

 感傷的な気分に浸れるだけだいぶ余裕があるといえるか。

 それが理解っていないハルオではないだろうし、敢えてここで伝えてきたのは「今の俺なら大丈夫だ」という信頼の証だからだろう。それを裏切るわけにはいかない。

 

「なにか策があるんだな、ハルオ」

「これが策といえるものなら良かったがな」

 

 低く漏れた声に隣を見やれば、まさに苦虫を嚙み潰したような顔があった。そこでようやく俺は、ハルオの心を波立たせているのが、なにかしらへの苛立ちであると理解する。

 

「後は残された者に任せましょうなどと勝手に満足されて逝かれても困るだけなんだがな……いや、()()()()()()()()()()ことはもちろん承知しているが」

 

 それは皮肉なのか自嘲なのか。小さな呻きの底に図りれないものを滲ませながら、ハルオは水平線の彼方を睨み付けていた。つられて俺も、そちらの方角に目を凝らす。

 やがて静まり返った闇の中から浮かび上がってきたものに困惑して、次の刹那にそれは驚愕に変わった。

 

 虹だ――虹が広がっている。

 七色に輝く光の波がゆっくりと広がっている。

 

 闇色の水平線を覆うようなそれは面積を広げ、今や東京湾一帯を覆いつくすほどの勢いと化している。

 異様な超常現象ではあるが、不思議とそこから害意や攻性という意図はまるで感じられなかった。むしろこれは守護や浄化という属性に分類されるものなのは明らかだ。

 

 これはまさか――

 

「モスラの……鱗粉か!?」

 

 モスラは死んだんじゃなかったのか!?

 

「形を維持できないだけでその魂は残っている。入れ物がなければ消えていくだけだが、幸か不幸かここには()()()()()()()()()()()()

 

 相変わらず謎めいた言動ではあったが、それに反応する余裕などない。

 

 これを斃れたモスラが人類のために再起したと解釈するのならば、間違いなくこれ以上にない展開の筈なのだ。憐れで卑小な人間のためにご都合がいい奇跡が起こったのだと。

 

 ああなのに、なのになんで――絵の具が水に広がっていくような光景に、言いようのない不吉を感じるのはなぜなんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なにかが違う、そうじゃないだろ解釈違いだ。今ならまだ取り返しがつく。核ミサイルでも撃ち込んで燃やし尽くすべきだそうしよう!

 

 だってこんなの――ッ!!!

 

 不意に、ただ広がるばかりだった鱗粉が蠢いた。

 薄く均等だった光がところどころに集まることで濃淡が生まれ、やがてゆっくりとそれらが隆起する。そこかしこで触手のようにぬらりと立ち上がり、やがて何条にも織り重なって芋虫の形を中空に描き出した。

 

「……なんだあれは?」

「あれは芋虫だな」

 

 見りゃわかんだよそんなこと。

 

 産まれるべき時を逸した未熟児のように弱々しく、まるで命の瑞々しさなど感じない。例えるなら潰れたチョココロネか。

 息をすることすら苦痛を生むのか、光の芋虫は絞り出すようにのたうって――やがて求めるものを見つけたかのように、上空の一点に向かって飛び上がっていく。

 

 その先に何があるのか。視線を空に投げ――重く積み重なった灰褐色の雲の中、その奥に“何か”がいる。

「……蝶?」

 最初に俺は、それがモスラに見えた。

 影になって判然としないが、細い肢体に長細い六本の足、そして広げられた()()()は――いや、違う!

 暗雲を引き裂くようにして現れたその姿。

 墓標のように折り重なった刃で形成されたような剣呑な身は、見間違えるはずもない。

 

 あれは――

 

「バトラなのかッ!?」

 

 そうだ、なぜ忘れていたんだ。

 オキシジェンデストロイヤーのあまりのインパクトで忘れていたが、稚内から復活したこの怪獣が真っすぐこちらに向かっていると聞いていたじゃないか。

 

「――”■■■■(キュイー)”――ッ!!」

 

 獰猛な唸り声を嘶かせて、バトラは芋虫に向かって一直線に飛んでいく。それに伴って発生する猛烈な烈風に、目を覆わずにはいられないほどの粉塵。しかし両者が脇目も振らず一直線に、迷うことなく空中で激突したのははっきり見えた。

 

 先史時代から続く両者の因縁については、俺だって概要程度は知っている。だからてっきり、これは好敵手との決着だけでも実地でつけてやるという意気込みなのろうかかと思ったのだ。

 足を絡めながら互いの胴と額をぶつけ合って空中を旋回する姿は、まるで力比べに興じているようだったから……しかし俺はすぐさまその解釈がまったくの見当はずれだったことを理解した。

 

 むしろ逆――両者は今、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手を取り合う両者の境目が徐々に曖昧になっていく。あるべき形が溶けて無くなっていく。疲弊した(モスラ)(バトラ)が自らの肉を食わせているのか、あるいは仮初の復活を遂げた(バトラ)(モスラ)が己の命を与えているのか。その真実はわからないが――黒と白、破壊と守護。相反する二つの属性を背負った者が混じり合う様は神々しくも悍ましい。

 

 だが、なぜ。

 なぜ今このタイミングでこんなことが引き起こされる。誰かの解釈(祈り)を糧にする怪獣だというのならば、この現象を主導している者たちがいるはずだ。それははたして――

 

「――パネト、ソテイラ……ッ!?」

 

 寄りしえとするべき小美人(コスモス)の死によって肉体が塵と化し、後は魂が消え去るだけだったモスラ。しかし偶然なのかあるいは必然なのか、この街には特急の例外が用意されていた。

 ベクトルこそ正反対ではあるが、高位なレベルで怪獣との交信を可能とする人類最高峰の超能力適性を持った少女たちのことである。

 

『ぶち殺してやる叩き殺してやる、気色が悪いぞ怪獣どもめが』

 

 荒れ行く海から、声がした。氷点下を突き抜ける冷たさと、煮え滾る熱さを両立させた殺意に満ちた声だった。

 

『私の祈りが、どうかみんなに届きますように――』

 

 崩れ行く街からも、声がした。暖かく地を満たすような優しさを感じるが、それは同時に照らすものをじわりと腐敗させる苦熱でもあった。

 

 殺意と融和、怪獣への憎しみと怪獣への慈愛。目指す地平こそまるで違うのだろうが、その祈りに怪獣が関わること自体はまったく同じ。相反する祈りは、思えば不吉という一点では極めて相似していた。

 

 ならばこれは――”解釈の一致”とでも表現するべきなのか。

 怪獣(モスラ)すら染め上げてしまうほどの凶念が折り重なって、物理的に新たな怪獣として新生させる。

 同時に”怪獣とはこういうものだ”、”怪獣とはこうあるべきだ”――そういう俺たち人間の解釈が切り刻むように否定されていく。その血を吐くような不快感は、素面で耐えられるようなものじゃない。

 そうかハルオ、おまえを苛立たせていたものは、これだったんだな。

 

「よく見ておくんだ、ランドウ」

 

 ハルオが短く呟いた。

 

「――これもまた解釈(ゴジラ)の一つなんだ」

 

 鳴動する圧力に、次いで眼が眩むほどの閃光。

 瞬間、その向こう側からあらゆる解釈を引き裂く”灰色”の翼が見上げた大空に広がった。関東平野を一抱きできるほどの巨翼の圧力は、魔王のそれに勝るとも劣らない。

 

 バトラなのかモスラなのか、あるいはどちらでもないのか。魂を砕く獰猛さと跪きたくなる聖性が歪に両立した名もなき怪獣。烈風と共に空の高み――魔王と魔晶が争う戦場へと飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は怪獣のもので、そして人は王者に支配されるペットに過ぎない。

 

 ならば、どうする。

 狂信に走るのか迷妄に走るのか、あるいは己自身もまた怪獣となりはてるのか。

 

 混迷する物語は、ついに解釈違いという刃を我々に振り上げる――

 

 




とりあえず次回更新でスペゴジ戦に決着。
そして次の話で第1章完結という予定です。



あまりの遅筆具合に情けない限りですが、マイペースにのんびり更新していきたいなと考えています。執筆モチベがメッチャ向上しますので感想とかいただけると幸いです。お気軽に投げていただければ。

……基本アイタタタでニチャついた返信しかできませんが大目に見ていただければ幸いです。

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