そしてついに、ようやく長かったスペースゴジラ戦が決着。
ここからいろんな人たちがヒャッハーしはじめます。
◆4◆
みんな違ってみんな良い――誰もがそう謳うようだけど、そんなの欺瞞じゃないのかとずっと私は疑っていたのだ。
多様な解釈で満ちるがゆえに誰一人としてのびのび生きていけないこの苦界を、一つの祈りでまとめ上げて救いたい。その祈りの透明さは、まるでかつての三枝未希のよう。
人にはそれぞれの経験があって立場があって価値観がある。守りたいものも人それぞれ。多様な解釈に満ちた世界はとても素晴らしいものだけれど、同じくらいに矛盾に満ちて息苦しい。
君の解釈は私の解釈と違うけれども、それも良いねだなんて理想論だ。少なくとも今の世界じゃ叶わない。
しかし、だったら話は簡単だ。
より正しく、強く、輝かしく、決して変わることのない不変の解釈を見つけ出して、みんなに教えてあげればいい。その共有幻想の先に苦しみも悲しみもない筈だ。
そしてソテイラという少女は、怪獣という概念に”それ”を見出した。
力強い存在感、なににも縛られない自由意思。
狂ったように暴れて街を破壊するが、気まぐれに人を助けて恵みをもたらしもする。
環境を破壊する人類種こそ星の病原菌という名目で大量虐殺を繰り返して、その舌の根も乾かないうちにいやいや人間もまた星の重要な構成要素だろうと擁護する。
争うものもいれば眠るものもいて、下劣な畜生なのに高潔で慈悲深くて、人知を超えた神かと思えばあっさり人の手に討たれる脆弱なモンスターだったりする。
主義主張は支離滅裂で、一貫性なんて欠片もない。なのに常に一定の筋が通っていて、矛盾と整合性が違和感なく両立している。単純な善悪で語れるものじゃない。とても物理的に成り立たなそうな外見は奇妙で滑稽なのに、合理を超えた美質に満ちている。
イデオロギーこそ様々だろうけれども、あの混沌とした存在に魅了されない人間などいるはずもない。意味不明だからこそ尊いのだ。方向性の多少の違いはあれど、五四年の悪夢を知る人もVS世代もそれは変わらないはず。
あの父でさえ、ゴジラという名前に
その気づきを世界に広げることで、みんなが仲良くなれるはずだ。
届くだろうか、叶うだろうか。それでもいつかきっと実現すると信じて、一五の少女は立ち上がる。その過程は苦しいことばかりだったけど、海千山千のしたたか者の巣窟に向けて訴えかけてきたのだ。
「なのにどうして、私はこんな……」
四肢を瓦礫に押しつぶされて、呆けたように無力を呟く。
突然のスペースゴジラの襲来により、彼女たち”
聞きたくない、知りたくない、分かりたくない――心は悲痛に叫ぶのに、皮肉にも彼女の優れた感知能力は現状の最悪具合をこと細やかに伝えてくるのだ。
”
そしてなにより、そんなことより。
既に
最期になにか託して逝ったことは察していたが、その切なる祈りの具体的内容がなんだったのかまでは読み取れず、そんな自分の無能にまた絶望してしまう。
要するに、それが少女の限界だったとでもいうのか。いや、違う。
「負けて、たまるか……っ!」
血を吐きながら、途切れ気味の意識の中で叫ぶ。
私はかつての三枝未希のようになるんだと。
誰もが彼女の掲げる祈りは狂気だと誹るけど、それでもその純なる思いだけは本物なのだ。そこに悪意など欠片もない。
祈りは届かなくて、天に伸ばす手も失われていても――
『解釈違いを抱えたままにするからそうなる』
瞬間、唸りにも似た凶猛な声がソテイラの頭の中で刺し貫くように響いた。
瞠目と困惑の中、少女の理解を待つことなく視界が暗転する。血の赤と瓦礫の灰色から、煙のように漂う謎めいた空間が広がった。
一瞬死の間際の走馬灯かと思うほど実存感が欠けた領域だが、奇妙なほど鋭敏になった感覚がそれが現実だと訴えかける。
時間の整合性から切り離されたその場所は、確かにこの世に物理的に存在する座標ではなかった。察するに、怪獣との交信すら可能とする少女の超能力が生み出した仮想的なテレパシー空間だろう。
よって声の主も自然と察せられた。
この一帯の領域においてソテイラと匹敵する超能力を扱う人物となると自ずと限られる。
明暗も広狭も定かでない空間の先に、向かい合う形でこちらを睨む少女の輪郭が浮かび上がってくる。
パネト・ヘイトスピーチ――会話したのはわずかな数分に満たず、すれ違った程度の面識でしかないのにあまりにも強烈な印象をソテイラに残した人物である。
「貴女は……」
「海の底でくたばっていたわけだが、あまりに不快な妄言が聞こえてきたものでな。気付けとしちゃ具合が良かったから、感謝の意味を込めて声をかけてやったよ」
低く抑えた声で不敵に言い放つ少女を、ただ呆然と見つめるばかりだった。
足を乱雑に放り出して挑むようにこちらを睨むその姿。そこだけ切り取るならば豪胆な佇まいだが、その惨憺たる満身創痍から勇姿など欠片も見出せない。ソテイラも大概重症ではあるが、パネトのそれはその比ではないのだ。
両の手足は根元から千切れかかり、全身の皮膚が青黒く変色している。そもそも座り込んでいるのも、もはや立っていることすら満足にできないからだ。砕けた頭蓋から脳漿と目玉の片方が吐瀉物のように零れ落ちて、下顎に至っては関節が千切れてだらりと垂れ下がっている有様。
全身をずたずたに引き裂かれたその姿は、百人いればその全員が死に体と判断するだろう。不敵な台詞を吐いていい状態では断じてない。
精神感応が辛うじて仮想上の会話が成り立たせているだけで、現実の彼女はおそらく意識すらあるまい。
「生身で怪獣に挑むなんて無茶をするからそうなるのに……」
現状に耳をふさぐばかりだったソテイラも、パネトの愚挙については細やかに把握していた。
”
だとしても単騎で、それも丸腰で挑んだ愚行はどうとも説明できやしない。宇宙開闢以来前人未到の暴挙なのは間違いないが、そんな
現在両怪獣は宇宙空間で
わかっていないはずもない。なのに――
「まさか貴女、そんな身体でまだ……?」
「殺すべき敵はそこにいるんだ。むしろ退く理由がどこにあるのかが知りてぇな」
辛うじて無事なもう片方の眼球はいまだ煌々と瞬き、今からゴジラとスペースゴジラの両方を相手取ってやっても構わないと言わんばかりの闘志を燃やしている。
こんなご時世だ。死を賭してなお怪獣を憎む姿勢そのものは珍しくはない。
……しかしそんな破滅的な生き方も、どうしても貫きたい信念や叶えたい理想があるからこそ成り立つものだ。これだけ叩きのめされてなおブレることなく敵に挑み続けるなど、手段と目的を履き違えているとしか言いようがない。
意識は途切れ、もはや戦うために必要な力や手段など持ち合わせていないのは明白なのに。
狂っているとかそういう類の言葉を投げることすら救いがたく、馬鹿馬鹿しい。
なんと見下げ果てた人間だろうか。自分のことを棚に上げて少女は心底不思議だった。
なのに、嗚呼どうしてか。
「こうしている間にもたかが石ころとクソトカゲが好き放題暴れている事実そのものが不快極まる。嗚呼、むしろ憂うとすれば……やつらごときに手間取っている現状の情けなさこそかな」
――
立場や価値観があまりに断絶した存在を前にして、恐怖でも嫌悪でもなく不思議な興奮が鎌首をもたげている。
あるいはこの時の流れの止まった世界で彼女の狂気を解すことが自分の役割なのかもしれない。そんな奇妙な使命感さえ湧いてきて……
唇を湿らせて言葉を選ぶようにゆっくりと。
「……どうしてそこまで偏執的に怪獣を憎むのですか。そうして戦い続ける中では誰も彼もが苦しみ不信に喘ぐばかりでしょう。むしろ怪獣という絶対的な存在に祈りを込めて、そこに救いを見出すのが私の解釈です」
「雑に語るな」
祈りを込めて投げかける言葉は、しかし短い言葉で冷たく切って捨てられる。
「現状おまえ一人すら救えていない祈りとやらに、いったいなんの救いを見出せと?」
「……話は最後まで聞いてください。ゴジラを含めて、確かに大半の怪獣は人類の生存とは相いれない存在なのは事実でしょう。だからといって彼らは滅ぼさなければならない存在だと思考停止するのも好ましくない」
聞く耳持たぬ拒絶の言葉に対して、思いのほかソテイラは冷静だった。
今までソテイラに叩きつけられてきた罵倒の中でも、こんなものは
今のところ既知を超えた展開でないことへの微妙な落胆と、ならばこちらから価値観を覆してその呆気にとられた間抜け面を見てやるという昂りのまま……
「そもそも人類にとっての勝利条件はなんですか? 多大な犠牲を払ってこの地上から怪獣を一掃して、霊長の地位を確立すれば勝利ですか?
大事なのは、まず生きて次代に思いを繋ぐこと。幸福に生きることです。人類の尊厳や繁栄というのはその先にある話です。私の父もそうですが、盲目に勘違いしているのはむしろあなた方のような人種。
世界はどう在るべきか、怪獣と人間はどういう関係なのかを今一度私は――」
「”再解釈”か」
熱を上げる語りを冷たく遮ったのは、まさにソテイラが口にしようとした単語だった。
なるほど通好みの
「自称違いの分かる玄人どもは、いつも得意げに”再解釈”なんて言葉を並べやがる。たかが見る角度を変えただけで世を変えられると本気で酔えているなら、おめでたすぎてなにも言えねぇ」
……ソテイラの”再解釈”とは、決して空論の類ではない。多くの人々に今まで
怪獣と相容れず、ゆえにどちらかが滅ぶまで――疑う余地のない常識として人々に刻み込まれてきた”それ”を覆す少女の理屈。ソテイラと反発していた者たちでさえ、その革命的な価値観に触れたことで立場の転換を余儀なくされた。
なのにまるで”浅い”と、それでは足りないのだという風にかぶりを振るのだ。
込み上げてくる不快と苛立ち――しかしそれ以上に、なにかの確信を持って様に冷笑う様に、ある種の恐怖と興奮がこみ上げてくる。
「格好良いのは字面だけで、煎じつめればんなもんただの逆張りだ。真に迫る根拠がない。そこを弁えないから、たかが怪獣ごときにそんな無様を晒す」
「たかが怪獣って……貴女は徹底的に怪獣をこき下ろしていますが、そのほうがずっと根拠に欠けているでしょう。あれだけの絶対存在を、どう解釈すれば下に見ることができるのですか?」
わかってねぇな、と冷ややかに。
「そう大したものじゃねえよ怪獣なんざ。有形無形問わずやることなすことすべてに不文律が課せられていて、奴らに本当の意味での自意識や自由なんてものはない。あの無駄な図体に詰まってるのは、血肉じゃなくて綿か羽毛だ。救いや祈りを賭けるほどの重みがあるとする解釈自体が間違っている」
自分の曖昧だった解釈が崩れるという凍えるような直観。信仰の対象と同一でもあった怪獣を悪し様に罵られたことも、まるで問題にならない。
あるいはここで死んでしまうのかもしれないけれど、断固としてそれだけは聞かねばならぬと理解していた。
なんだ、それはなんなのだ。言ってくれと――
「では、貴女が怪獣と戦うのはなぜなのですか!? そんなに怪獣を憎むのはどうして!? 貴女の解釈とは――」
「いきり立つな」
知らず荒げた少女の声音を、途切れ気味のしゃがれ声が断ち切った。
息も絶え絶えという響きから、衰弱のあまりテレパシーすら維持できなくなりつつあることが伝わってくる。――なのにそれと反比例するように燃え上がる殺意の圧。
「おまえ、なんで”今のゴジラ”があんなに強いかわかるか?」
「え?」
あまりに唐突すぎる話題の変更に戸惑うが、それが都合の悪い話を逸らす類のものでないことだけは察せられて……
「あのクソトカゲは、確かに先代からして化け物じみた強さを誇っていた。
地上に矢継ぎ早に現れた一〇〇メートル級の怪獣どもを次々瞬殺。ヒトの英知も一切う寄せ付けない無敵の怪獣王。一撃で山を砕き、一撃で海を干上がらせる――なるほど、大した実力だ」
だが、しかし。
「
そもそもゴジラの活動は、概ね一年の休息を挟んだ周期的なものだったはずだ。なにに憑かれてこの三〇年間休むことなく戦い続けている?」
「……それは」
それは、おそらくこの三〇年で人類を最も悩ませる問題だろう。
なぜ、あそこまで過剰な強さを怪獣王は手に入れたのだ。なにを求めて休むことなく戦い続けているのだ。
迷妄に走る世界の中で誰しもがその疑問を抱きながら、
この少女は、まさかその回答を持っているというのか。
「簡単な話だよ。
「は?」
今この星では、立場や貴賎を問わず誰も彼もがゴジラに強い関心を抱いている。ゴジラの存在はあまりに圧倒的で、無視できるものなど一人もいない。
恐怖か闘争か信仰か、そのベクトルや程度には多少の差があるだろうが、寝ても覚めても考えることといえばゴジラのことばかりなのは間違いない。有り体に、みんなゴジラに夢中なのだとも言い換えられる。
ゴジラとはなにか、なにを我々にもたらす存在なのか……きっと誰しもがその胸に答えを抱いているのだ。
だがしかし、ここでしかしである。
ならばしかし、はたしてそれらの答えはみんなで統一されているのか?
もちろん、答えは否である。
憎むべき怨敵、最強の武威の化身、人類の好敵手……あるいは神の現し身、秩序の守護者などなど――七〇億もの人々の価値観が各々異なる以上、それらのゴジラ像が異なるのは当たり前だ。
なにしろ時代や環境の移り変わりによって、その貌を積極的に変えていくのがゴジラなのだ。それに合わせて人の解釈が多様化していくのも自然の成り行き。
はたしてゴジラとはなんなのか、その真実を掴みたいと願うがゆえ、互いの解釈の正誤を競って人が争うのもやむを得ない話だろう。
そうした全体像を正しく理解することで、怪獣との関係性をコントロールできるはずだというのがソテイラの「再解釈」なわけだが……
「問題なのは、むしろそれだろうが」
「え?」
みんな違う答えを抱くこと、それ自体は当たり前。
まさか分かり合えない答えを抱くせいで人は争うとか、そんな程度の次元の話を進めようとしているのかと身構えたが――
「逆なんだよ、ゴジラは変わったんじゃない。変えられたんだ」
昔と比べてずいぶんゴジラは変わったなどと人は言う。しかしそれは本当に正しい認識だろうか?
期間や配分には微妙な差はあるだろう。しかし”海からやってきて街で暴れてたまに敵と戦って勝利して海へ帰っていく”――周期的な行動パターンは常に一貫していたはずだ。
すなわち、鶏が先か卵が先かという話。
先に変わったと言えるのは、むしろ人間の解釈のほうではないのか。ゴジラの一挙一動にあれやこれやと適当な理由付けをして、都合のいい辻褄合わせをする方便だけが変化していく。
移り変わるモノの見方によって人とゴジラとの関わり方が決定し、改めて世界が再構築されていく。――ゴジラはいつだって無色透明なのに、節操のない
ある時は、人類の身勝手の哀れな被害者であり復讐者
ある時は、闘争の求道者にして人類の好敵手
ある時は、亡き同胞との
ある時は、人の生み出したものに怒りをぶつける裁きの化身
ある時は、生態系の頂点に立った地球の守護者
ある時は、人知を超えた完全生物
ある時は、文明の極点に訪れる
終わりなき不変の化身、あるいは進化と革新の象徴
時代や環境の移り変わりによって多様な解釈が泡沫のごとく生滅を繰り返し、そのたびに怪獣王の純度は失われていく。
先の例でいうなら、秩序の破壊者としてのゴジラを見出すものと、逆に世界の守護者としてのゴジラを望むものは言うに及ばず両立できない。方向性の異なる解釈は打ち消し合い、結果それだけ全体像はぼやけてしまう。
時代が下るにつれて多様化していく解釈が蟲毒のように貪り合って――なにもかもが絶えた荒野には、はたして何が残るのか。
「――決まっている。強さだけが残る。いつの時代のどんな解釈だろうが、ゴジラに強さを求めることについてだけは一致するだろうからな」
今まで、この世にどれだけ多様な
けれども、その中でゴジラに「強さ」以外のものを見出したものなどいただろうか。いるはずがない――
つまり弱いゴジラなど解釈違いで、戦わないゴジラなどもっとありえない。
きっと誰もがそう口を揃えるに決まっている。
だからこそ、今のゴジラはあれほどまでに強いのだ。
ただ強くなれ、せめて強くあれ、もはや強さ以外のなにも望まぬ――ただ一つ墓標のように残された「強さ」という
しかしその先にはなにもない。どん詰まりなのだ。
「そんな、じゃあ、怪獣の、いいえゴジラの正体とは――」
そんなことはあってはならないと声を震わせるソテイラだったが、それを斟酌してくれるパネトではない。
冷淡にそっけなく、なにより残酷で悍ましい真実を口にする。
「ゴジラってのは、この世で最も不自由な生き物のことを指している忌名だ。この星は、そんなモノに支配されている牢獄なんだよ」
絶対で不変の唯一だなどと持て囃されていながら、その実他の何よりも曖昧な概念に溶かされてしまった不確かな虚像が怪獣王の正体なのだ。
誰よりもなによりも強く、重く、熱く、猛き存在でありながら、矛盾と不確かさを抱えざるをえず、ただ一つ残された強さという概念を爆発させる怒りの化身――
「この世界は怪獣のもの。そして最強の怪獣であるゴジラがこの地上を支配していて、人類はそのペットの過ぎない――好きに語れよ、どうでもいい。
人類の尊厳なんざ興味もねぇし、誰が死のうが知ったことか。世界平和なんてクソ喰らえだし、オレにとってこの世でなにより煩わしいのはそもそもオレの存在そのものだからな。
だがそれでも、どうしても認められないことがただ一つ――」
どうでもいいのだと投げやりに語りながらも、その顔には確かな執着と拭えない怨念が滲んでいる。
「雑に要約するなら、つまりはこういうことになるだろう。
つまりわかるか黒木ソテイラ――ゴジラの迷妄とは、即ちオレたちの迷妄だ」
そう、今の世界が、人々が苦しみあえぐのは当然なのだ。
ヒトとゴジラは一心同体。片方が迷妄に堕ちれば、もう片方もその淵にはまる。
「だからこそ、オレはなにをなすべきか理解している。さっき言った通りだよ。オレが怪獣を殺すと誓うのは奴らが敵だから、それ以上でもそれ以外でもない。気色が悪い人間外。同じものを愛せず憎めない大敵――そこに奴らを余計なキャラ付けをする解釈なんて必要ねぇ。
誰もが彼もが怪獣どもを手前勝手な色眼鏡で眺めるのを後目に、このオレだけは奴らをただの畜生じみた害獣として叩き殺してやると誓ったんだよ」
「ありえない」
反射的に飛び出した言葉は、しかしこれ以上にないほど端的にその狂気の沙汰を表現している。
死を賭してなお怪獣の殺滅に挑む無謀を、なんと呆れ果てた狂気かとソテイラは見下した。それが手段と目的を履き違えたよくある病理と軽んじたからだが、真実はそれよりはるか救いがたい。
こんな矛盾以上の矛盾がはたして起こりえるのか? 在って良いのか?
「そうやって、怪獣を憎むことそれ自体が、彼らを対象化してしまい神の座に押し上げる余地を生むのではないのですか……!?」
なにしろ誰かを憎む程度のことにすら強い
理由なくなにかを恨み続けることは不可能で、どんな差別や戦争や迫害にも自分たちを正当化するための根拠がいる。
なのに――
「清々しいエアプ発言だな。たぶんおまえ、怪獣のこと実はそんなに好きじゃないんだろ」
「なっ――」
せせら笑う声は、今に消えてしまいそうなほど掠れて弱弱しい。
なのにそれを聞いた途端、弾かれたようにソテイラは後退るのだ――怯えた顔は、まるで秘すべき真実をこじ開けられてしまったようで。
「憎むものがいなければ怪獣なんてただの巨大生物だとでも? 知ったことかよ、やかましい。そんな曖昧な理屈で、オレの怒りを雑に語るな。
仮に奴らが人類から逃げまどうだけの、人目につかない海底で隠れ潜んで生きる弱者だったとしても関係ない。この地球を根こそぎにしてでも必ず怪獣を見つけ出して滅ぼしつくすと誓ったんだよ。おまえの言葉を借りるなら、これがオレの掲げる再解釈だ」
怪獣とは、自分自身の解釈を映し出す鏡に過ぎないのだ。
その絶対性も不変性も、煎じ詰めれば人間たちの側から滲み出た無意識の願望の形だ。つまり怪獣に救いを見出すとは、鏡に祈りを捧げるのと同じくらい無体なことでしかない。
――だからこそソテイラは”劣る”のだと、怪人は続けたのだ。
怪獣との一方的な構造を再構築しようという気概はあっても、その関係性自体をさらに深堀するまでには及ばない。
怪獣の絶対性を盲信的に賛美してしまうあたり、世に一石を投じるどころか本来打ち破るべき構造をベールに包み補強してっているまであるだろう。
一つのパラダイムシフトを人にもたらしたのは確かだが、真理から遠ざかっているという意味では誰よりも保守的ともいえる。
なぜなら
「おまえたちにとって怪獣ってのは
怪獣に手前の勝手な解釈を乗せるばかりで、それは言っちまえば気色の悪い二次創作の域を出ちゃいねぇ。我が解釈こそが
「わ、私は違う! 絶対に違う! 私の怪獣への愛は、敬意は、そんな痛々しい二次創作なんかじゃない。かつての三枝未希のように――」
「違わねえ、なにが愛だなにがなにが敬意だ殺すぞボケが。
その手の強い言葉を曖昧な定義で使うんじゃねえ。真実を言葉遊びで愚弄するな、自覚があるぶん、おまえの親父の厄介具合のほうが億倍好感が持てるな」
血だまりから、ゆらりと怪人が立ち上がる。
脳漿は零れ手足は軋み、人としての命が潰えようとしている。
なのに決して崩れない。
どこからか生れ出る破壊的な生命エネルギーが、いままさにパネト・ヘイトスピーチの肉体をなにか別のものに置換しようとしていた。それは脆弱な人間種の形などしていない。繭を突き破り、天を喰らわんと覚醒するのは漆黒の巨翼。
「オレは違う――オレだけは違う。この世で唯一、
清々しく言ってのけるパネトを前に、もはやソテイラは笑うしかなかった。
「ははは……」
怪獣に祈りを捧げるなどもっての外。やつらを憎むことは大前提。ただし、そこにはなんの
危うい暴論なのは間違いないが、ある意味で配慮と慈悲に満ちていた。いっそ寄り添っているといってもいい。
なぜならそこには、怪獣を染め上げてしまう一方的な
そんなこと、ソテイラは考えたこともなかった――
「あはは――」
知らず泣笑いが溢れていく。止めようとすら思えない。
なぜならこの笑みとは、口惜しさを無理に納得させるための偽装でも、自虐で己の無様を慰める類のものでもないから。
納得させるつもりが逆に納得させられた。解き明かすつもりが逆に解き明かされた。踊り出したいほどそれが心地よい。
だってたった今、自分を気づかず苦しめていた思想の瑕疵が埋まったのだ。
祈りを捧げるなどと曰いながら、結局はただ考えを押し付けるだけだった自分はなんと間抜けだったのだろう。これでは”
ああまったく――信じがたい不純、ありえない不徳。頭を掻きむしりたくなる恥ずべき過ちだが、幸いにもそんな愚か者はもう死んだ。虚ろなアイドルだなんて、誰にも言わせやしない。
絶望と迷妄が晴れていく。真なる答えが見えてくる。
これは、勝利だ。
黒木ソテイラは、この世界を真に救う究極の超解釈にたどり着いた。
笑いたい。魂の底からこの勝利を叫びたい。
「あははははははははははははは――――!!」
破壊的な絶頂とともに、究極的な解放感が少女の脳と脊髄を蹂躙する。
核ミサイルが爆発したような灼熱を全身に感じた。身を包むこの衝撃的感覚は、テレパシーが生み出した妄想の類では断じてない。
潰れた手足が圧倒的な速度で復元していく。同時に、四方を覆っていた瓦礫も吹き飛んだ。少女の哄笑とともに、今、比喩ではなく関東平野が震えている。
「――パネトちゃんパネトちゃんパネトちゃん!!」
「なんだよいきなり馴れ馴れしい」
視界が滲む。現実と空想の境界が物理的に融解していく。けれども身に宿るこの全能感と浮遊感は嘘じゃないのだ。
「パネトちゃんパネトちゃんパネトちゃんパネトちゃんパネトちゃんパネトちゃん――――!!」
「気持ち悪いな連呼すんな」
言葉こそ突き放すようなノリで、しかしその表情はそうなるだろうと弁えたような色で。
「――すごい……すごいよぉ!! すごすぎるよぉぉおお! そんなこと、私は考えもしなかった!!」
パネト・ヘイトスピーチがその身に黒翼を宿したのと同じく、相対するソテイラもまた極彩色の覚醒を成し遂げようとしていた。
それが果たしてこの戦況になにをもたらす開眼なのかはわからない。けれど、明らかにこれが道理に反した禁忌であり、断崖絶壁に身を投げる暴挙なのは疑いようのないことだ。
だって
だって、そもそも
「なんていう超解釈――あ、貴女こそが、私のただ一人、唯一無二の
「えぇ……」
翼を広げて海を覆う。その勢いに任せて、ソテイラは”推し”に飛びついた。抱きつくというより押し倒す勢いで、傍から見れば突進となにも変わらない。
反射的に身を離そうとするパネトを許さず、さらに頭を掻き抱きながら額を激突させた。
「痛った……」
「パネトちゃん――いえ、
「泣いたり笑ったりと忙しい女だ、さては躁鬱だなてめえ」
厄介げに顔を歪めて、額をさすりながら苦笑う。けれど、悪くないと思っているのはパネトもきっと同じこと。
歓喜に叫びだしそうなのを必死に抑えているのは、その震えた手先から明らかだ。ぴったりと寄せた胸元から鼓動の早鐘が感じられる。ソテイラがパネトとの出会いを通して新たな解釈を見出したように、パネトにとってもソテイラとの出会いは一つの大きな転換点になったはずだ――すなわちこれは、解釈の一致というやつだろう。
「だからこそ、教えてちょうだい
「殺すに決まってんだろ」
間髪いれずにそう言い切って、凶猛な表情のままパネトは宙を仰ぎ見た。
つられて見上げれば、視界一面に広がるのは夜空の沈黙。平静な風情は表層に過ぎないことを今の彼女たちは理解している。あの向こうにいる存在を、理屈を超えた感覚が伝えてくる。
「すべての”敵”を殺滅してやる。それがオレの
「あはっ――」
まったく貴女はと言わんばかりにかぶりを振る。 にやけた顔をなんとか解そうするのかしばし俯いて……やがて顔をあげるとなんということなく呟いた。
「うん――やっぱり、”主体”は貴女がなるべきだと思う」
その言葉とともに極彩を縁取る境界線が唐突に崩れていく。突然の現象を前に眉をひそめるが、その間を突くようにソテイラはパネトにそっと口づけした。
「きっとここで出会えたことは運命だと思う。
「知るかよ」
儚げな微笑とともに、極彩色の鱗粉となってパネトに吸収されていく。薄らいでいく綾模様、捧げられる白の力。それを貪ることで黒翼の密度は応じるように増していく。
地の底から響くような唸り声とともに二つの色が混じり合い、灰色の翼が新生する。
「それと妙な名前でオレを呼ぶんじゃねえ」
「
「おまえ、ふざけんなよ。いや、だから……」
苦々しい渋面のまま頭をぼりぼり。
少しだけ迷うそぶりを示した後、まぁいいかと小さく吐き捨てながら。
「オレの名前は、
「三、枝?」
薄れゆく意識の中でも、その声はしっかりとソテイラに届いた。
そして何より、その姓は確か――まさかまさか、そうなのか。
もしそうだとするなら……きっと今、崩れた輪郭でもはっきり判るほど、にやけてしまっている。だったらいいなという
「お察しの通りに」
その気づきを然りと認めるが如く、怪人は不敵に続けたのだ。
「三枝未希は、オレの姉だ」
「まぁ……」
まったくもう――どれだけ私を喜ばせれば気が済むのだ。
……
けれど、
もっと根本的で決定的な――
「解釈一致がすぎる……」
慈しみをにじませた呟きを最後に、黒木ソテイラの自我は溶けていった――
何やら満足しながら消えていった
底知れぬ意味不明さについては、パネトをしても怖気が走る。自分の胃袋の中に大人しく収まってくれたことには正直疑問しかなかった。
苦々しく舌打ちしたその瞬間、上空の唐突な変転を感じ取る。
平静を装っていた空の偽装が剥がれ落ちるのを直感した。
「――……」
押し潰してくるような圧倒的な熱と、凍えるような悪寒。
空の向こうでとぐろを巻く奈落的エネルギーの沸騰――魂慄くこの感覚には覚えがあった。ゆえにその正体にも察しがつく。
宙を見上げたまま、絞り出すように声を漏らす。蠢く内容物をあやす様に、皮の上から胃袋の辺りを掻きむしった。
「黒木、黒木翔……ああなるほど、やりやがったかあの厄介ジジイ」
――
既にジェットジャガーの鎧は砕けて失われていたが、そんなものはもう必要ない。
衝動のままに広げた翼を上下させる。ただそれだけで東京湾の海が津波のように波打った。体内を循環する破壊的なエネルギーは嘘じゃない。限界を超えて研ぎ澄まされた感覚は、今なら星の裏側すら見通せる。
だから何をするべきかなど、端からハッキリしていた。
奴らだけの世界で手前勝手な決着を許すなど論外だ。もちろん、どこかの誰かの空気の読めない横槍などもっと認められない。
この世で己だけが、地上に存在するすべての怪獣をただの“敵”として
「なあ見てるかハルオ――おまえが”■■”なんぞ紛い物に現を抜かす間に、ついにオレはこの領域に至ったぞ」
ゆっくりと、少女は前傾した。
背格好は、確かに少女。
けれど、しゃがみこむほど深く前屈した、奇異すぎる姿勢。
歪に筋張った骨に、ぼこぼこと膨れ上がって盛り上がった肉。
どこをとっても柔らかそうな部分など一つもなくて、そこには一筋とて少女と呼ぶべき属性などなかった。
歯を軋らせる。
鼻腔が膨らむ。
頬が狂気を縁取る。
醜い。
鬼のよう。あるいは、悪魔のよう。
とにかく、そういう恐ろしい形相。
けれど、黒々と煮えたぎる衝動が、地獄的に燃え上がる。
それが息を呑むほど艶やかで、不思議なくらいに美しい。
彼女の怒りとは純なる献身によるものとわかるからだろうか。
だからきっと、彼女は今のこの瞬間だけは誰よりも清い乙女であった。
「まずはてめぇからだ」
溜め込んだ力を内側から爆発させて弾け飛ぶ。これに
茫洋と、力なく、光を失っていく魔晶の双眸――不可視の涙に瞬くそれと、怪人の狂眼が交差する。
狂える獣を慰撫するのは、乙女の純心と相場が決まっていた。
◆5◆
酸素の完全破壊など、オキシジェンデストロイヤーの真価を覆い隠す偽装に過ぎない。
それはそれで悍ましい兵器なのは、もちろん間違いないだろう。
領土や大気を一切汚染することなく対象のみを窒息死させ、超広範囲にわたって無力化する。その戦略的価値は計り知れない。
しかし単純な破壊力と殺戮能力という比較では、やはり核兵器を始めとする従来の大量破壊兵器に軍配があがるのではなかろうか。おそらくコストパフォーマンスという観点でも銃火器の汎用性には敵わない。
酸素破壊の字面は確かにセンセーショナルだが……現代戦争行為が念頭に置くのが対怪獣戦である以上、その実用性には一定の課題が残る。なぜならすべての怪獣が生存に酸素を必須としているとは限らないからだ。極端な話、宇宙怪獣が相手だとなんの意味もないことになる。
もちろん、世の戦争行為に新たな戦術性と戦略性が付与されることへの懸念は当然あるだろう。戦争の定義を書き換えかねないポテンシャルがそこにあるのは間違いない。……しかし即座に現行兵器を駆逐するほどの圧倒的優位性がオキシジェデストロイヤーにあるかというと、話は別。
……ならば芹沢博士はオキシジェンデストロイヤーの危険性を過剰評価していたのか?
間抜けが、そんなわけがなかろう。
彼の慧眼は、己の発明の本質をきっと誰よりも正確に捉えていた。より度外れておぞましく、どうしようもないほど怪物的なその実態を――
ミクロオキシジェンという理論自体が、そもそも本質から遠ざけるための偽装にすぎない。
その本質は、反物質の生成にあった。
指定した座標の任意対象に素粒子的な干渉をすることで、その物理的性質や状態を
破壊や熱による物理的な破壊ではないし、何かしらの化学反応を引き起こすのでもない。そんな程度なら、有り体にこちらの質量を増大させれば完封は無理でも最低限のダメージ削減は可能だろう。
――しかしそんな生易しい
なぜならそこには、質量も性質も関係ないからだ。それこそ数億度の灼熱地獄だろうが、銀河を砂粒以下に圧壊させる超重力だろうが問答無用。
よってどんな大怪獣であろうと、オキシジェンデストロイヤーに敵うわけもない。いやむしろ、度外れた力を持つ怪獣ほどこれに
よって、半世紀ぶりにオキシジェンデストロイヤーが地球軌道圏内にて解放された時点で、これは判り切った結末だった。
突如放出された波動とも粒子とも判別つかない殺滅の瀑布。無音の爆発と共に吹き抜ける衝撃波に、二大怪獣は抗うこともできずに飲み込まれた。
抵抗などできるわけもない。ただ
魔王の熱量が枯れていく。
魔晶の重力が解かれていく。
積み上げた力も時間も、何もかもが否定してやって後には何も残してやらない。
見るがいい、これが人類の力なのだ。
人類の
模倣品ですら”これ”なのだ――ならば五四年に初代魔王を討滅した芹沢博士謹製のオリジナルとは、はたしてどれだけの代物だったのか。それはわからないが、それでもはっきりしたのはただ一つ。
どれだけの相互不信と狂気に苛まれようとも、それでも「オキシジェンデストロイヤーを使わない」という道こそが人類の理性と尊厳を保証する最後の箍だったはずだ。
それが今崩れたということは、つまり、もうこの世界は――
◆6◆
空間の整合性と呼ぶべるものが不可逆的に崩壊した座標において、胴体だけになった魔晶が身動き一つとれずに中空を漂っていた。
”これ”が脆弱な知的生命の仕業であることは察している。
己の聖戦に小癪な横槍を入れられたことには、それこそ百億回滅ぼしても生ぬるいという怒りがある。
なぜなら、魔晶はもう負けたからだ。
生命活動と呼ぶべきものはとっくに停止していて、今魔晶の意識を確立しているのも、有り体に何かの気の迷いに過ぎないのだ。中空を漂い続けて、やがてこのまま朽ちるのを待つだけの身になったことを承知している。
勿論、その事実を認められるかと問われるならば否だ。
この不条理への煮え滾る怒りさえあれば、虚無の奈落からでも魔晶は全快して逆襲に向か雨
うだろう――平時であれば。
魔晶は、すでに魔晶を魔晶たらしめる魂の芯が砕けていた。
もう戦えない。
どの星にも住み着くことなく千年にわたって闘いを続けた闘争の化身から、もはや闘争心と呼ぶべきものが失われていた。
せめて最期の瞬間だけでも好敵手と共に果てたいと意識を巡らすが、周囲に魔王の存在はまったく感じられない。あるいはもう先に逝ってしまったか? いや、おそらく違うと理屈を超えて直感する。
きっと、魔王はあの小さな青い星に向かったのだ。
四肢は溶解して背鰭は砕けて、熱は枯れ果てて……そんなろくに戦えない状態になり果ててなお星一つに執着する姿勢は、もはや魔晶の理解を超えている。
背信行為への復讐か、あるいは最期だけはせめて守ろうとした者たちの近くに在りたいという感傷か?
いずれにせよ、魔晶にはどうでもいいことだ。
もはや、なにもかもすべてが萎えている。
永遠と戦い続けて、勝ち続けるのが己だと解釈していた。仮に敗北などが訪れたとしても、それは己と比する真の強者によって果たされる絶頂の瞬間であるべきだ。
こんな末路は解釈違いにもほどがあって――にもかかわらず、崩れ風化していく玉体をただ眺めることしかできない。この現実を覆すだけの意思も力も残されていない。
魔晶の意識が無明の闇の彼方へと溺れていく。色と呼ぶべきものが失われる。
これが絶望だというのか。これが末路なのか。
はたして、これでよかったのか――
「いいわけねえだろ」
瞬間、狂猛な怒涛が迸り、魔晶の総体が両断された。
先ほどの絶望感など、彼方の果てに追いやってしまうほどの急展開。今際の残滓の鼓動が沸騰し、魔晶の意識が再浮上する。
なんだ、何が起こったと困惑して、事態の解明のために意識を巡らすけれど――その間もなく、続く半月状の斬撃が恒星の爆発さながら炸裂するのだ。
旋回しながら姿勢を立て直す。ようやく機能を回復させた視界が捉えたものを前にして、さらに深まっていく困惑と苛立ち。
靄のかかった宇宙空間に、凝然と立ちはだかっているのは――
「悟りでも開いて独りで入定するつもりか? 許すわけねえだろ殺すぞ石ころ」
人間。
そこにいたのは、ただの人間。
姿形は間違いなくただの人間なのに、その身に纏う、天が崩落するような奈落的な圧力は何なのか。物理的な暴性を宿すとしか思えない殺意の桁は、有り体に魔王のそれと大差はない。
うっすらとだが、確かにその個体には見覚えがあった。
下等な知的生命が魔晶に生身で向かってきたのは千年の殺戮行脚でも珍しく、ゆえにその姿もまた強く印象に残ってはいた。確かにこの手で仕留めたのだが――いや、そんなことはどうでもいい。
蟻が象になったとか、砂が巨山になったとかそういう次元の話ですらない。まさかこちらの総体が減じたことによる錯覚か――断じてありえない。
自身に小細工を施すことで、一介の知的生命が怪獣に成り果てるのは確かにそう珍しい話ではない。だが”これ”は、そんな紛い物や成り損ないとは明らかに違う。
振るっている力も、魂も、紛れもなく”本物”の――!
「怪獣の末路ってのは、もっとあっさりしているべきだと、オレは思う。無駄に時間をかける必要はないし、派手さなんて必要ない。荒唐無稽なプロレスなんざ以ての外だ――ただ、敗けて狩られて死ねばいい」
真空の宇宙空間を飛び越えて、狂猛な唸り声が魔晶に届く。己の意思で物理法則を無視する現象は、明らかに怪獣によるもので相違はなかった。
「そしてそれを為すのは、このオレだ」
瞬時に間合いを詰める踏み込みは、怪獣の範疇で語るならどうという速度ではなかった。平均か、それをやや下回るか――いずれにせよ、魔晶が滅ぼしてきた敵手の中では下位に位置するのは間違いない。
よって胴体だけの死に体だろうが、対処が難しい相手ではなかった。
煩悶させて巻き上がる力場を即席の槍にまで収束させる。実際、その特に狙いを定めたわけでもない刺突すらまともに捌き切れずに穴だらけになっていく有り様で。ああ、なのに――
「
止まらぬ斬撃が瀑布のように魔晶を切り刻んでいく。
応じるように百を超える刺突をぶつけているのに、まるで止まらない。千切れ、吹き出し、へし折れているのに猛攻が止まらない。大きさだけでいえば蟻と象が組み合うようなものなのに、その実押しているのは蟻の方なのだ。
わからない。なんだこれは、まさかこれが恐怖。いや違う。全身を駆け巡る、決して悪くはないぞくりとした感覚――底知れぬ訳の分からなさがオーバーランしていく、まさにその時。
振るわれた一閃によって、完全に粉砕される魔晶の外装。
同時に、魔晶の魂に流れ込んでくる何か――狂念。
言語を絶する衝撃的な情動が、外装が引き剥がされたことで濁流のように直接押し寄せた。
怪獣の巨大な精神性に割って入るほどの質量を有していながら、不思議とそこには“染める”という意思とは無縁であり。
殺意と敵意に満ちているのは確かなのに、僅かに感じられる一抹の暖かさ。慈愛とか慰撫だとか、そんな儚く脆いものとはまるで違う。 矛盾しているのに芯がある。不可視の涙に哭き濡れる魔晶の魂に染み込んでいく。
「じゃねえと――また、おまえらが
動きが止まった魔晶を突きあげながら、聞き捨てならない言葉を吐かす怪人。
雑語りだと? 染められただと? 一千年間戦い続けた闘争の化身が、いったいいつ誰のどんな解釈に染められたというのだ。
許し難い妄言。
身を削られながら唸りを上げる魔晶の突進を、怪人は真っ正面から受け止めた。どれだけ弱体化してもそれが生半可な威力にとどまるはずがない。刺し貫かれたまま引きずられて、しかし――
「ただの迷走を好意的に解釈するな」
下から突き上げる斬撃が、残された胴体を半ばから両断した。
首だけになって宙を飛ぶ魔晶を、歯を噛み鳴らしながら怪人はせせら笑う。
単にたどり着くべき形を見失ったがゆえに前に進むしかなくなった成れの果ての間違いだろうがよ――どんな言葉よりも雄弁な殺意が、魔晶の最後の拠り所を切って捨てた。
ならば残されたこの身はなんなのだ。この魂の疼きはなんなのだ。あと少しで、この迷妄が晴れるのか。
己が始まりに抱えたどうしようもない歪みとは、なんだ――?
「――――――――――――」
唐突に、己の過去を想起する。
ただの
仮初の自我を会得してからの数万年数億年の孤独と苦痛は、己にとって耐え難い責め苦でしかなかった。しかし、そもそもそれを不快とするならば、魂など捨ててただの岩石に戻ってしまえばよかったのに。
それでも自由が欲しかった――いや違う。
それでも確かな命が欲しかった――それも違う。
理由はわからないけれども、定かな存在として新生して、なし得たい祈りがあったはずなのだ。どうにかして届かせたい何か。触れてみたいな触れたいなと、どうしてそんなことを思ったのか。
「それが答えだろ」
そうか――ビルサルド。
己が生みだした愛し子であり、己を生み出した憎むべき父。
彼らをいたずらに苦しめるだけの存在ではなく、明確な意思を持った存在として向き合いたい。憎み憎まれるだけの関係でも一向に構わない。ただ、せめて曖昧な一方通行ではない、確かな形で彼らと決着を――もっと率直に、
ただ、やり方を過った。
どんな祈りに依るものだろうが、所詮怪獣は怪獣だ。有り体に桁が違う。強大すぎる。
彼方に祈りを捧げるために身を震わせる。ただだけで巻きあがる殺人的な電磁波がビルサルドたちを威圧して、絶望させ、恐怖させてしまう。
要はそれが”違う”ということ――”同じものを愛せず同じものを憎めない”というヒトと怪獣を、いやすべての命を隔てている根源的な業に他ならないのだ。
暖を取るために煮えたぎる溶岩に浸かれるはずもない。もちろんそこに慈愛を見出す者など皆無だろう。
そんなことは最初から判っていて、けれど生まれた時点で巨大すぎる自我を持っていた己はそういうやり方でしか小さき者たちと触れ合う手段を持たなかった。
ビルサルドたちを怯えさせて、これは違うのだと狼狽すればそれがまたビルサルドたちを煽っていく。
端からこちらの勝手な目論見なのに、意に反した行動をとる彼らに癇癪を起して……結果として己の解釈に致命的な歪みが生まれてしまった。
おまえたちは当方によって救われなければならない。そこから外れることなど許さない。我が理に吞まれよ。
それで結果どうなったかなど、語るまでもないことだ。
これほどまでに切に切にと祈っているのに、目を逸らすとはどういうことだ。
なんという許しがたい不純。滅ぼされて然るべき不徳。
こんな脆弱種と己は違うのだと、そう確かめずにはいられない。ならば全ての生命と尋常に向き合ったその果てに、己の正当は証明される。
始まりは、ただ救いたかっただけなのに。
それなのにどうして――
「オレたちは”違う”からだ」
唸り声と共に、魔晶の完全な殺滅に迫る刃。
「
齎される滅びを前にして、魔晶は奇妙なまでに愉快だった。
ぶれることなき確固たる殺滅の意思。己とおまえは違うのだと怒りをぶつけてくる狂眼はこれ以上にないほどにまっすぐで、曖昧な一方通行などそこには存在しない。
かつてあれだけ希った、どこまでも己を見続けてくれる存在がここにあった。それは決して納得しきれる形ではなかったが――
それでもよいか目を瞑る。いっそこれが今際の夢でもかまわない。
無念と後悔を狂おしく抱えて、しかし何やら満足しながら魔晶は今度こそ無明の暗闇へと溶けていった。
そして同時に、
生身で、その純然たる暴力で一〇〇メートル級の怪獣を粉砕したという意味では、知的生命体史上の宇宙開闢以来の大業となるだろう。
そんな称号にはたして何の値打ちがあるかは不明だったが、つまりはそういうことであった。
◆7◆
混沌の様相を示す上空であったが、その一方で地上はというと存外静かなものだ。
暴徒は鎮圧され、残された人々も粛々と避難を開始している。しかしこれは収拾がついたというよりは、諦めたというほうが実情に近い。
もう無理だ、怪獣たちの前では人間なんて端役にすぎない――もはや恐怖や混乱が一周回って、そういう諦めの境地に至っている。身も蓋もなく言ってしまえば、嵐が通り過ぎるまでうずくまって耳をふさいで待とうという心持ちなのだ。
そんなどうしようもなく諦観に満ちた地上にあって、しかし戦慄するほどの迫力を醸し出す男がいた。総身から放たれる狂念の桁は、怪獣と同一となったパネトのそれとすら大差がない。
「やってくれたな小娘」
厳めしく呪う、暗い声。誰にともなくそう呟くのは黒木翔。
国会議事堂に特別に拵えられたテラスにて、男は陰鬱な無表情のままじっと上空を睨みつけている。その視界に、逃げ惑う無辜の民など欠片も映っていない。軍属の責務とはあくまで内憂外患への武力対処のみに注がれるのだとしても、いささか無情すぎる態度だろう。
――しかしそれでも、いやむしろ、それが無関心なだけまだましなのかもしれない。なぜならきっと、彼にとって
上空での攻防の顛末については概ね把握している。
当面の危機であったスペースゴジラが排除されたことももちろん心得ているとも。まさに誇るべき大戦果だろう。
ならばなぜ。
なぜ彼はそんなに怒りを燃やしているのか。
まさか
しかしこの現状、
なら黒木は何にそんな怒りを燃やしているというのか。
「これこそがゴジラに他ならない、これ以外はゴジラではないと、そんな己の奉ずる解釈を巡って争う私たちこそが、この世界を歪める元凶だと……?」
遠く離れた場所での語らいを、どういう理屈なのか座標を超えて黒木は正確に把握していた。
わずかに目を閉じてから、やがて喉に引っかかった小骨を吐き捨てるように呟く。
「くだらん」
いっそなんの解釈も持たなければ、この解釈違いの苦しみから逃れられると、そう言いたいのか小娘よ。
確かに世のゴジラへの執着など、どれもこれも
だが、しかし。
「賢しげにぬかすなよ小娘。そんな理屈はとうの昔に判っている。だが、それでもゴジラを語らずにいられない我らの苦しみを雑に語っているのははたしてどちらなのだ……ッ!」
そんな理屈に振り回される自分たちのほうがよほど被害者だとすら嘯く。
うっ血するほど握りしめた拳を怒りのままに振り下ろす姿は、控えめに言って狂人のそれと大差ない。戦況報告のためにやってきた下士官たちが、怯えるあまり背後を窺うことしかできないのも仕方がなかった。
そしてもちろん、そんな若輩の都合を黒木の側から斟酌してやるはずもない。身を捩じって一睨みしてから、入って来いよと無言で促す。
「く、黒木特将……オキシジェンデストロイヤーの正常な起動を確認。し、しかし……これは、そのなんと報告すればよいのか――」
「体裁を取り繕う必要はない。ゴジラの動向だけを正確に伝えろ」
苛立ちを隠そうともしない冷然とした声。その剣幕に気圧された青年将校は、堰を切ったかのように早口で語りだした。
「ゴ、ゴジラは現在地球軌道圏内から地球に向けて直進中! この速度が維持されたなら、あと三〇分程度で東京方面に着陸するとのことです!」
「そうか」
首を傾げて、少し考えるそぶりを示してから。
「特生自衛隊の
「そ、それは……!?」
「ぐずぐずするな若輩。ここが急場であることが理解できないなら、今すぐここから飛び降りて死ぬがいい」
冷たく気炎を上げる黒木の姿に、体裁をかなぐり捨てて逃げだす若者たち。
その姿が見えなくなったことを確認してから、疲れ果てたため息一つと共に黒木はよろけるように柵にしがみついた。
……娘があの怪人に喰われたことについても承知している。だが、それがどうした。分を弁えず戦場に飛び出した愚か者が命を落とすのは古今においてありふれており、あえて今更構うことでもない。むしろこれは、”次”の備えのための必要経費の一環に過ぎないとも理解していた。
そんな風に言い聞かせるその面貌が、その実耐え難い苦痛に歪んでいる事実に彼が気が付くことなどないのだろう。
だって、
怪しく唸るように、あるいは掻きむしるように天に向かって手を伸ばす。
「ゴジラ……おまえが
ひたすら怨念をぶつけるばかりのようで、しかし同時にゴジラを崇拝するかのような矛盾に満ちた独白。いったい何を言っているのか、その真意はまるで意味不明であったが、それでもわかることが一つだけ。
彼はきっと、どうしようもないほどに、怒り狂っているのだ。
人類が絶対の象徴と信じて戦ってきた魔王の正体が、
どろどろと燃え上がる狂気めいた殺意は、まともに直視すれば怪獣だろうが死ねるだろう。
かつては人類を怪獣の脅威から救ってみせると吠えた俊英の輝きを、その歪に歪んだ魂から見出すことなどできやしない。今はただ、その解釈違いに殺意を燃やす
天に釘付けにしていた視線をぎろりと東京湾の方面に移す。どれだけ距離があろうと、その確かな気配を違うことなどありえない。
まだ戦場にいるのだろう。”■■”と――もう一人。
共にゴジラに
「ハルオ・サカキ。貴様は自死という形でこの悍ましき世界法則に意趣返ししたつもりらしいが……しょせん、そんなものは逃げでしかない」
たった今、ヒトがヒトたるものの同一性を捨て去ってまで手にした力で怪獣が滅ぼされた。局所的ではあるが、間違いなくこの世の節理を打ち壊す現象に他ならない。
よって、この先引き起こされる現象についても黒木は察しがついている。――いや、むしろ彼はそれを狙っていたのだから。
再び黒木が天を仰ぐ。
同時に、どこからか言語を絶する不吉な響きが木霊した。無機質な電子音が軋りあって悲鳴を上げるような旋律は、森羅万象を嘲笑する唸りに他ならない。
「私は違う。この世界を根こそぎにしてでも、必ずやこの狂った解釈を覆してやると誓ったのだ。来るがいい、虚空の王――殺滅してやる」
そしてその地獄的な宣誓に応じるように。
【後書きという名の言い訳】
こうありたいなぁと思ってなかなか実現できていない個人的ルールみたいなのがあるんですが、
「自分の創作物内の表現で、それがどんなものであれ現実に存在する団体や特定の思想を攻撃しない。するにしても作中内でできるだけカウンターを用意してバランスをとる」というものがあります。
現実のやり取りにおいては発言者との関係性や表情や声音といった属性が選り好みずされず受け手に届きますが、むしろその情報量がある種のフィルターとしての働きをはたしてくれるわけです。だからどんな酷い侮辱的・差別的発言だろうと(〇〇信じてるやつはバカ、とか)、受け手に与えるショックは多少なりとも和らぐんですよ。……まぁ面に向かって言われるからこそ傷つくこともあるけどな!
ところがそれがテレビやラジオ、Twitter等と提供される情報量がどんどん限定されていくと話は変わってきて、そのフィルターがどんどん取っ払われてしまう。感情の原液のみが抽出されていき、受け手の心になんのクッションもなしに届いてしまう。咀嚼の余裕を与えてくれないから、それだけショックも受けやすい。だからこそネット炎上とかが引き起こされるわけですが……
そしてその最たる例が、創作物だと思うのです。
こちらが意図した通りの衝撃を与えたいがために、読者に与える情報を恣意的に選別して提示する。フィルターがないどころかブースターをつけて読者のショックを積極的に煽りまくる。
だからどっかのタレントがテレビで「〇〇信じてるやつはバカ」って言うのと、選び抜かれたパーソナリティ「のみ」を有するキャラに同じこと言われるのじゃ受ける衝撃が全然違う。
逆に言えば、そのラインのコントロールに優れた作家ほど評価が高いわけですね。
もちろんその配慮をどの程度優先するのかは人それぞれですけど、僕はメチャクチャ気にするタチなんです。
……前置きが長くなりましたが、要は今回の話ってそのバランス感覚に欠けてねえかなという点が多すぎやしないかと。
ゴジラ作品に何を見出すかはファンそれぞれ。
確かにそれが原因の解釈違いで界隈が荒れたりすることはしょっちゅうです。けれどそれはむしろ争ってしまうほどに、各々のゴジラ像をみんなが宝物のように大事にしているということではないのかと。
「あんたのゴジラ像はムカつくしゴジラに対するスタンスも腹立たしいからDisりあう」
僕はゴジラファン(界隈)のそうした姿勢を、冷笑的に否定はしたくないのです。そりゃ好ましくはないけれど、せめて僕だけは暖かく肯定したい。そもそも否定できる立場にはないと思うので。
一方的に上から目線でその風潮を悪し様に断罪するだけじゃダメだろと思うからこそ、もっと今回の話ではパネトの極論の気色悪さみたいなものをもっと深堀りして描きたかったんですがそれもうまくいかず……
一応カウンターとして黒木の描写を加えたのですが、なんか厄介オタクの妄言みたいになってしまってむしろパネトの極論を補強するような具合になってしまい。
不快に思う方がいたら申し訳ありません……長々と失礼しました。
感想もどしどしお待ちしております。
わりといただいた熱い感想のテキスト内からアイデアが生まれて文章に生かすってことが多いので、今後も感想お気軽に投げていただければと思います。
特に、今回のパネトの長文ペラ回しはいただいた感想から凄まじい影響を受けてます