文章がどれだけ乱れたとしても、週一更新くらいがベストでしょう。
時間を空けるほど以前の話を執筆したテンションを忘れてしまい、一回クールダウンを挟んでしまいます。
作品の出来に恥ずかしくなってしまうのは勿論、更新のたびに意欲がリセットされることで毎回違う姿勢で執筆に挑むはめになる → 話ごとに空気感が変わる → 全体の構成が荒くなるわけですね。
一話に一万文字以上かけるタイプなんかもう致命的。長編小説連載なんて望むべくもない……ん?
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「殺滅のソテイラ」
前回更新:2021年08月22日
平均文字数:12,572文字
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ヒトが怪獣を喰らうとは、はたしてどんな意味合いを持つのだろう。
言葉にするだけなら簡単だが、実現するかなど万に一つの戯言以下だ。
ヒトにそんな機能はないというのが大前提で、まず質量というものが違いすぎる。仮にその障壁を乗り越えられたとしても、次に待ち構えているのは主導権の奪い合いだ。もちろん怪獣の巨大すぎる自我にヒトが敵うはずもなく、あっさり競り負けて塗りつぶされるのがオチだろう。
しかしであれば、”これ”にどう説明つけるべきなのか。
スコップ状の大剣を肩に担ぎ、宇宙空間に凝然と立ちはだかる灰色の少女。底知れず沸騰していくどす黒い存在感と、星すら八つ裂きにする地獄的な禍々しさ。あのスペースゴジラを真正面から斬殺するという超常の武功を成し遂げた女怪、パネト・ヘイトスピーチの姿がそこにあった。
こんな狂った振れ幅がありえるのか。
かつてはガバラ如きに手こずっていたことを鑑みるならまさに別次元、核爆発のような異形の超進化だ。しかしそれを差し置いてもっと度し難いのは、彼女が自我を保っている点である。
肉体の崩壊や依代の喪失により、モスラもバトラもその霊格を大幅に低下させていたのは確かだろう。しかしそれを加味したところで、ニ柱が魔王に匹敵する大怪獣だったことは変わらない。そんな巨大な魂にヒトが触れてしまえばどうなるかなど語るに及ばず。矮小な自我など刹那で砕けて、狂死するのは避けられまい。
あくまで“これ”が力任せな下剋上よりも、互いの欠損を埋め合わせるための折り合いという体裁を取っていたのが功を奏した一面もあるかもしれないが……素直にどうかしていた。
祈りや献身によって力を借り受けるというレベルならともかく、怪獣との完全な融合や力の簒奪など先例にない。
もちろんその試み自体は、数えきれないほどあったのだろう。
例えば、
怪獣に打ち勝つことを望むのなら、種としての限界を超えて怪獣そのものにならねばならない――なるほど彼らの主張の筋は通っている。しかしそれはまっとうの裏返しでしかなく、もっと言うなら
因果や理屈を超えた彼方で爆発をくりかえす混沌こそが怪獣なのだ。勝った負けたなどと語る時点であまりにその理解が浅く、生の肉体を軽んずる狂気などでは入口にすら立てていない。
ならばこそ、問わねばならない。
彼らに無理で、彼女にできた。そこを別けた根拠とははたしてなんなのか。
「決まってるだろう」
滅び去っていった名前も知らない雑魚どもと、このオレを雑に一緒にするんじゃねえ。
胃袋の中から喚きらす何者かの声に応えるように、鼻を鳴らしながら大剣をぶぅんと振るった。
人の姿形にまで留めるために極小点にまで圧縮されていた破滅的なエネルギーが一瞬だけ解かれ、わずかに漏れ出した灰色のオーラが鱗翅目の翼のように四方に広がる。これはつまり、少女が怪獣の力の一部を借り受けているわけではなく、あくまで力の主体はパネトが握っていることを物語っている。
「オレはオレだ。そんなオレにできないはずがない」
つまりは、そういうことであった。
どれだけ小手先の理屈を並べても、周到な前準備を重ねたとしても、怪獣に挑むことが最後は無謀な賭けなのは変わらない。しかも最終的に己が主導権を握った形でともなれば、その見込みは天文学的数字の向こう側だ。人が壁に向かって走っていき、そのままするりとくぐり抜けるという量子的確率よりもはるかに低い。
しかしその天文学的無謀を
機能の有無? うるせえ死ね。
質量の障壁? 知るかよ邪魔だ。
「一緒にするなよ雑魚どもが。あれやこれやと小賢しく理由付けしているが、要はてめえら、怪獣に掛ける自分の解釈に自信がないだけなんだろ?」
そもそも大事なものを貫くために、大事なもの以外を諦めるなど大前提。生の肉体を切り落とす狂気など安すぎる。みんなの命を差し出す覚悟など準備体操ですらない。
捧げるというなら、もっともっと、
オレとおまえが違うからこそ滅ぼすなどと謳いながら、振るっているのは怪獣を喰らって手に入れた力。その矛盾は承知の上でしかし彼女に躊躇はない。破綻を承知で突き進むヒトの愚行こそ、怪獣に奉納される神楽に他ならないのだから。
だから今は、そんな己の惨めさ愚かさどうしようもなさを、殿上から見下ろしていればいいと含み笑う。
なぜなら彼女もまた黒木翔と同じように、この先に引き起こされる事態を察していた。
そうだ、来る、来るのだ。
崇め奉るべき怪獣という荒神が、ヒト型種族の凶念ごときで支配されてしまったのがその証明。上下の階層というものが狂い始めたことで、彼我の境界線が死に始めている。
だから、間違いない。じりじりと脳髄が焼かれていくようなこの不快感。言葉で説明できるものではなく、しかしどんな算数的なものよりも明確だ。
”アレ”が来る。
また”アレ”が現れる――既知の常識というものが、信じていた解釈すらも無情に変転していく地獄的な黄金が。
だからこそ、黒木翔が動いたのだとも承知していた。言葉も届かない、遠く離れていてもその意図するところは明白。
「今だけは、おまえの絵面の上で這いあがいてやるよ。テメェの娘を喰らった借りもある」
狂猛に唸りを上げたその瞬間、彼女の超感覚が一つの巨大な存在を察知した。
地球に向かって突き進む、宇宙の暗闇を喰い破るような漆黒の流星。
音速の億倍で猛進するそれを、しかし今のパネトの眼球が見落とすことなどない――
「一撃で星を砕く膂力だの恒星を上回る灼熱だの……浅いんだよ。んなもんただの設定じゃねえか。誰かの匙加減や流行に気軽に左右される、そんなおまえでいいはずねえだろ。ゴジラ、ゴジラ……おまえはもっと……」
怒っているのか、あるいは嘆いているのか。俯き顔を覆い隠した灰神楽が、やがて宇宙引き裂く二枚翼にまで収束していく。
宇宙の暗闇を轟々と渦巻かせながら、怪人はゴジラを追うように地球に向けて飛翔した――
◆1◆
電気もガスも未だに復旧しないし、外部との連絡は遮断されたまま。指揮系統すら判然としない以上、状況の好転など望むべくもない。
しかしそれをさておいて俺はというと、深く息を吸ってから。
「――このまま環状線に沿って進めば、もうすぐ避難場所の芝公園に到着します! 必ず救助は来ますから、冷静な行動を心がけてください!」
避難民を誘導しながら大通りを練り歩いている最中だった。
格好つけの自覚はあるが、それでみんなの鎮痛な表情が明るくなるなら、俺の気分も上向くというもの。
最後尾の遅れを気にしながら額の汗を拭っていると、横からハルオがなんとも苦笑気味に近づいてくる。物言いたげなその表情。言わんとすることはわかっているとも。
「暢気すぎるって言いたいんだろ? わかってるよ」
俺たちを置き去りに斜め上に突き抜けていく状況――気がかりは、それはもう山ほどだ。
モスラとバトラによる謎の共鳴現象に、頭に響いた少女たちの声。あのおぞましい灰翼も戦いに介入したなら、戦いの行末は如何に……いやそんなことよりも、オキシジェンデストロイヤーだ。
芹沢博士が自ら命を絶ったことで、人の手から
いやそもそも、この三〇年に及ぶ世界の停滞とは、ゴジラを確殺する手段を人類が持ち合わせないがゆえではなかったのか?
その前提すら偽りだったとするならば……まるで世に信じるに足るものなどどこにもないと突きつけられているかのようで。
ああけれど、だからこそ、”それ”に縋りたくなるものもわかるのだ。
「――おまえも察してるだろうが、戦闘は概ね終了したはずだ」
ハルオが夜空を鋭く睨め上げる。
押し殺すような怪物的存在感の消失については、俺もまた肌で感じていた。魔王と魔晶、はたして生き残ったのは……断言できることなんてないはずなのに、どうしてか一つの確信が込み上げてくる。
「……ゴジラは生きてる。きっとまたすぐに俺たちヒトの前に姿を現す」
「その通りだ」
どれだけ受け入れがたくとも、俺たち人間にとってやっぱりゴジラはゴジラなのだ。
あのゴジラが敗けるところなど、いやましてや死ぬところなど想像したくもない。愛憎入り混じった執着をゴジラに抱くVS世代の老人たちの気持ちが、今ならよくわかる。
結局、俺も同類なのか――込み上げる悪寒を振り払うように首を振った。
今後の見通しなんて立たずとも、真実は黒木翔が握っているという確信がある。
同時にこの無力感や焦燥感も、裏で蠢く輩に目に物見せてやるという憤りへと変わっていった。
やりたいようにやってやるよ。そんな開き直りの衝動に身を任せて、気が付けばハルオを伴って脇目も降らず走り出していた。瓦礫を押しのけ、倒れ伏す人々を助け起こし、助けを呼ぶ声を捜して駆けずり回る。それがどれだけ悠長で短絡的かは承知の上で、しかしそこに迷いはない。
だって――怪獣の恐怖に心を折られて、誰もが鎮痛な趣で俯くばかりだったから。
パニックや暴動の類はいつの間にか治まっていたが、こんなものを事態の収拾などと呼んでいいはずもないのだ。
そうして気づけば俺の後ろに人々が列をなしていて……後方にしみじみとした視線を投げるハルオ。
「沈痛な趣で街を彷徨うしかなかった人々が、今はおまえの背中に救いと希望を見出している。流石だな、ものの数分走り回っただけでこれだけの大名行列になるとは思いもしなかったぞ」
そんな風に持ち上げられても、正直居心地悪さしか感じない。なにしろ全部やけっぱちのモチベーションだ。
力仕事を全部ハルオに任せるに飽き足らず、あれやこれやと指図しつつ後ろでオロオロしていた始末だ。自虐はやめると約束した手前、いじけた自嘲は憚られたが……
「そりゃあ俺もなにかしらの一助にはなれただろうけど……上から偉そうに踏ん反り返ってた奴よりは、現場で汗を流した奴こそが報われるべきだろ」
結局はそんな拗ねた言い回しにしかならない。
俺が理想とする政治像がそういうものである以上、まったくの取り繕いというわけでもないが。
「自虐の類をそのまま口に出さなくなっただけでも成長したというべきか」
「……それはよかったよ」
もちろん、そんな誤魔化しがこいつに通じるわけもなく。
「自虐にしろ弱音にしろ、要するにおまえ自身の願望や自己弁護の裏張りだ。ひっくり返せば、内心で欲しがってる言葉にすぐ辿り着く」
要は慰めてほしいんだろ。
あまりに図星に刺さったものだからとっさに言い返してやろうとしたけど、制するように
「正直、口を挟むべきじゃないと思っていたし、今だってその資格はないと考えている。それでも、俺を友と呼んでくれた男が、かつての俺と同じ過ちを犯すのを良しとするほどできちゃいないからな」
「ああ?」
相も変わらず意味の分からない独白。こんな時におまえは何を言いたいんだとうんざりしながら向き直るが。
「気をつけろよランドウ。“■■”ってのは隙を晒しちゃいけない。なにしろ――」
黒く塗り潰されたその単語だけが、まるで靄がかかったかのように不思議と聞き取れず。はてなと首をかしげたその時だった。
「あの、自衛隊の方……ランドウさんと言いましたか」
背中越しに届いた声に、慌てて俺は居住まいを正した。振り返れば子供を傍に抱き寄せている心細げな女性が一人。
集団から一歩前、俺のすぐ後ろに立っていた。
「今は芝公園に向かっている最中とのことですが……」
「はい、この近辺の広域避難場所にも指定されていますから」
こういう災害時における一時避難場所に求められる要素とは、人が集まる十分なスペースおよび可視性を確保できること。しかし、
「素人意見で申し訳ありませんが、その、やはり隠れ潜むことのできる場所のほうが望ましいのではないのでしょうか。例えば地下鉄とか……付近には地下シェルターもあると伺っておりますし……」
なるほど懸念はそれか――後続に並ぶ人々も、気がかりそうにこちらを伺っていて。
さてどう答えるべきなのか。包み隠さず実情を伝えるのは憚られるが、かといって巧い言い回しなど思い浮かばず。
「――可能な限り怪獣から身を隠したい。視界に入ることすら恐ろしいという気持ちは理解できますが、それは怪獣に対する認識があまりに浅い」
「お、おい……!?」
突としてハルオが口を開いた。
「地下が安全などというのは、あくまで常識的な災害や戦闘行為を想定したものです。
隠れ潜むとは、逆に言えば逃げ場がないということ。怪獣どもが火を吹けばそこに煙や火砕流が流れ込む。それに備えて入口を塞いだところで、次に待っているのは壊滅的な熱量による蒸し焼きだ」
前置きもなく、淡々と。まるでそういう事例を知っているかのように。
「そもそも怪獣が大地を踏み抜く動作だけで、核ミサイルの着弾に匹敵する破壊力が生み出されるのです。地下シェルターなど周回遅れの備えに他ならない」
「そんな……」
つまり隠れ潜んでやり過ごすという発想自体がナンセンス。どうせなるようにしかならないのなら、せめて救助される一分の可能性に賭けたほうがマシなのだが、いくらなんでも言い方に配慮が無さすぎる。長らく怪獣の脅威から切り離されたがゆえの不覚語をあげつらうなど、今すべきことではないだろう。
列なす人々を不乱に見つめるハルオの眼差しに、俺は困惑するばかりだ。フォローも言葉が咄嗟には浮かばないし、その余計な沈黙がまた人々の不安を煽ってしまう――そんな時。
「大丈夫だよ! きっとまた、誰かが助けてくれるもん!」
底抜けに明るい、朗らかな声。
見れば、先ほどの女性に抱えられていた少年が満面の笑みを浮かべていて。慌ててあやそうとする母親に構わず、熱のこもった口調で続ける。
「怖くて震えてた時、僕ずっと信じてたんだ。きっと、仮面のヒーローや銀色の巨人が助けてくれるって。そしたらお兄さんが来てくれた! 僕分かったんだ。きっと、お兄さんがそのヒーローなんだよ!」
「お、俺が……?」
戸惑いを覚えるほどの無垢さ。まるで沈痛な雰囲気で黙り込む大人たちこそが間違っているかの如く快活に。
「それに、正義のヒーローはお兄さんだけじゃないしね。
学校でも習ったよ! ゴジラがいる、きっとあの悪者怪獣をやっつけて、僕らのまえに現れるんだって――!」
”ゴジラ”
あえて話題にすら挙げていなかったその忌むべき三文字。
刹那、湧き上がるような歓声が爆発した。
「――そうだ、ゴジラ! ゴジラだ!」
少年の言葉を皮切りにして、いつの間にか輪をなすように俺たちを囲んでいた人々が騒ぎ立て始めた。唐突すぎる変転に、どういうことだと息を呑む。
……ゴジラが人類にとってのヒーローだなんて言葉を真に受けたわけではあるまい。そんなもの、ゴジラに打つ手なしの現状へのごまかしにすぎないことは大人なら誰しも察していることだ。
ならばなぜ、どうして。
「そうだ、
熱に浮かされて騒めく様。
やがて徐々にだが、理解が追いついていく――俺にとってはとても受け入れがたい、その歪な構造に。
彼らが真に恐怖するのは、命の危機よりも理解が及ばない現状そのもの。けれど、ゴジラの存在を確と思い出したから。
アレは確かに破滅もたらす危険生物だが、もたらす結果は常に明快で、正体不明とは程遠い。よって逆説的に怯える必要がないという捻じれた理屈。つまり彼らはゴジラという、より大いなる災厄を自ずから見出すことで、目の前の危機から目を逸らしているのだ。
人知の及ばぬ怪物を通して精神を安定させる、
鬱しているよりはるかマシとしても、どうしてこんなものを健全と呼べる?
後から思えばその時の俺は、ヒトとゴジラの忌まわしい信頼関係にたどり着いていた。
どんな正道もいくらでも逆張りできる頼りない世界だからこそ、
ふざけた解釈である――常日頃から憎い憎いと言いながら、まさか
彼らが述べる感謝の言葉と向けてくる視線に、わけもわからず身震いする。まるで俺が
そうして立ち尽くすばかりの俺を、どこか哀しげにハルオが見つめていた。
なあ薄々感づいてはいたんだろ。おまえが本当に戦わないといけない”敵”とは、そもそも怪獣などではなく――
熱に浮かされたように誰かが唱和する。
「怯え震えるしかなかった中で、あなただけがなにかに守られ導かれるように私たちの前に現れた! そうだランドウさん、あなたこそが私たちにとっての”■■”だっ!」
「――――――――ぁ」
か細く、潰れたような情けない声が漏れ出た刹那。
『――ゴジラだ!』
刹那、俺たちの意識は、否、関東圏内に存在するすべての知的生命の意識が、ある一点に向かされた。
◆2◆
スペースゴジラは滅んだ。
地球の平和は守られた。
ならばすべてに収まりがつくかというとそうではなく、むしろここからが本番だった。具体的にいうなら
とどめを刺し損ねたとはいえ、ゴジラこそが魔晶打倒の最大の立役者。命懸けで地球を守りきった王者が、なのに凱旋もまだなど収まりが悪いにもほどがある。
よって動乱の中にあって、世界は
この星が
その救世主とやらを背中から狙い撃った事実を忘れて、人間たちは恥知らずに咽ぶのだ。
必ずしもその無恥なる祈りに応えたわけではないだろうが、やがて怪獣王は宇宙空間から帰還する。
始めの内は大気との摩擦で全身を真っ赤にさせながら、隕石のような勢いで背中から真っ逆さまに。やがて滲み出す意思の噴流が重力を融解させて、逆噴射の要領で減速していき――どうということもなくあっさりと、禍乱の喧騒などなかったかのように。
風一つ波一つ立てることなく、巨体を感じさせない風情でふんわりと魔王は東京湾に着水した。
接近の一報をキャッチしていた自衛隊の面子はもちろんのこと、それを間近で目撃していた避難民も含めて、不思議とそこにどよめきは皆無だった。
なぜならこれは、主の帰還。
あるべきものがあるべきところに収まっただけだから殊更に騒ぎ立てるものではないのだと、理屈を超えて納得したからこそ静かに受け止められる。誰もが固唾を呑んで見守るのは確かだが、そこに畏れはあっても恐れはない。
どこまでも凪いだ海面に突き出た、島のような巨体。
ぼんやりとした月明かりくらいしかないから、その姿を具に窺うことなどできやしなかった。けれど、だからこそなのか、
……そうしてどれだけの間じっとしていたのか、やがて巨躯が唐突に前傾した。横たえるようにしてその上体を水面に潜らせる。
巨波を分けると共に寄せて返す波飛沫が、表皮に打ち付けられた途端に雲となって立ち込めていく。朧に青く照らされたそれが後方に流れていく様は、いっそ地獄的に美しい。
コンテナ埠頭を横切って、レインボーブリッジとりんかい線を潜り抜けて。そぞろ歩くように移動する影が、どんどん陸地へと近づいていくのだ。
具体的には、それはまっすぐ直線上に国会議事堂が臨める位置で。
やがてそうして、その一歩がついに港区海岸の埠頭に踏み出された。
有り体に語るのなら、それはおよそ三◯年ぶりとなるゴジラの日本上陸であった。
◆3◆
子供の頃、その巨躯に神を見たとなぜか誇らしげに語る先人たちを、訝しく思ったものだった。
確かに、その一◯◯メートルというサイズは脅威だろう。しかし競り合うように超高層建築物が並び立つ今日この頃にあっては、その巨躯とやらもいささか見劣りするのは否めないのではなかろうか。
怪獣の脅威とはあくまでそのエネルギー量こそだ。山を崩して森を拓く文明人が、それを差し置いてサイズに圧倒されていてどうするのだ。
有り体に言えばそういう疑念で、それはつい先刻あのスペースゴジラを目の当たりにしてさえも拭えていない。
もちろん距離が隔てていたのもあるが、やはり印象に残ったのはなによりその”力”だったから。
腕の一振りだけで山を消し飛ばすこの破壊力を間近にしながら、図体ばかり物語る先人たちこそ、その本質から目を背けているとさえ思ったが。
――それがどれだけ愚かしい勘違いだったのかわからされた。
存在するだけでこの世の理を乱す不自然さの塊が、しかしなんら憚ることなく東京の街を闊歩している。ただ大地を踏み抜く所作だけで周囲の建造物が倒壊する様はなんとも馬鹿馬鹿しく、いやいっそコミカルですらあった。彼我を隔てていた遮蔽物が崩れさり、遠く朧げな光がその輪郭をなしていく。
あれがゴジラか。
あれがゴジラでなくて、なんだというのだ。
一◯◯メートルというサイズが街中では埋没するだと? 誰だそんなことを考えていた愚か者は。
先人たちが讃えていたのは”これ”だったかと、遅ればせながら納得する。
これこそ地上生命すべての生殺与奪の権を握る地球の盟主に他ならず……隔絶した異界法則の権化という点ではスペースゴジラと同じだが、破壊をまき散らすだけの程度の低さなどまるでそこには感じられない。魔王と魔晶の格付けは、魔王に軍配が上がったと疑いようもなく確信した。
――これこそが怪獣王、ヒトが神を見出し祈りを捧げる瑕疵なき器。
東京の命運は奴の気まぐれ次第とわかっていながら、俺はその痛ましい姿から目を離せないでいた。
いずれの四肢も半ばから骨と化し、
数キロ離れていても具に見て取れる満身創痍。怪獣王をこれほどまでに追い詰めるものなど、それこそ
混乱に乗じた霊長の不意打ちは地球の盟主に確かな損傷を与えたようだが、殺しきるに至らなかったようで……嗚呼最悪だ。これでは眠れる獅子を叩き起こしたようなものではないか。
なんてことを仕出かしてくれたのだ黒木翔。ゴジラがこれから東京の街でなにを為すかなど、火を見るよりも明らかなのに。
しかし怯えるがゆえ立ちすくむのかというと、そうではなく――
「ゴジラ……?」
恒星に匹敵する熱量が、煮え滾りながら東京の街に直立している。けれども、なぜかその姿から一筋の怒りすら感じられないのだ。嵐の前の静けさというけど、月光に照らされた朧な蒼光は清廉で、どこまでも透き通るように凪いでいた。
東京をまとめて地ならしできる豪壮な足を、腰掛けるようにゆるりと降ろす。ビル街の隙間を縫うように歩を進める姿は、まさか人類の営みに配慮しているのか。
いずれも俺の知る怪獣の振る舞いからはるかに遠く、ゆえにどう対処するべきかまるでわからない。自分の気配を殺そうと必死に息を殺し、そのくせ環状線のど真ん中で呆然と立ち尽くしていた。
はたしてどれだけ時間が経ったのか。
やがて、ゆっくりと。ほとばしる圧倒的な存在感とともに、巨躯が闇を分けながら目の前に現れた。瞬間、総身が粟立つとともに網膜が沸騰する。
凝縮された宇宙ともいうべきものが手足を生やして立ちはだかっていた。
生涯で経験してきたすべてを差し置いて、それは究極的だった。
ありったけの暴を煮詰めたような漆黒の体躯。燃え立つ覇気で縁どられた面貌の、嗚呼なんと凄絶なことだろう。まさに猛り狂う仁王、いや悲嘆する菩薩だろうか? 言語を絶する底知れなさは、人智というものを超えている。
なにもかもがありえないくらいに素晴らしすぎて、こんな美しいものに滅ぼされるならそれも仕方がないなんて馬鹿なことまで考えていた。
不思議な沈黙を保っていたゴジラだが、やがて唐突にその視線を伏せる。
左右に揺らめく巨大な眼球は、まるで
思わずよろけてしまった俺を後ろに下げて、ハルオが庇うように立ちふさがる。
「……久しぶりだ、破壊の王」
呟くような声にはすぐに気が付いたけど、反応する余裕なんてなかった。喉から呼吸の機能などとうの昔に失われていた。己の心臓の脈打ちすら圧倒的な恐怖だった。ややもすると失禁さえしていたかもしれない。
「昔は憎い憎いと目を曇らせてばかりだったが、ここまで様変わりすればさすがに俺も頭も冷える。今なら、おまえを慮れる余裕もなくはない」
人々に注がれる視線は放射線の地獄めいていて、そのとてつもなさに誰もが半ば発狂する。
けれども、嗚呼――
「嗚呼、しかしだ。少しだけ手心を加えてくれないか。こいつはまだ取り返しがつくんだ」
刃のように張り詰めた空気の中、灼けついた脳髄がついに前後不覚な金切り声を上げる。
なにかを探し求めるかのような双眸が、ついに俺を捉えて静止した瞬間だった。
風切る音と共に、巨躯にミサイルが突き刺さったのは。
◆4◆
驚異の隠密性がもたらす前触れのない奇襲を十八番とするゴジラが、不意を突かれ続ける事態をどう解釈するべきか。それも、たかがヒト如きに。
さながら怪物の心臓に打ち付ける銀の杭のように、地平線の彼方から唸りをあげてゴジラに叩きこまれていくミサイル群。
爆発よりも貫通に比重を置いた円錐状の鋭いフォルム。フルメタルミサイルの名を冠する特殊徹甲弾は着弾のたびに飛瀑のような衝撃波を発生させるが、その特性上、周囲にもたらす破壊は最小限に抑えられる。
これが一向に進まない東京の避難状況に配慮したものかというと、そうでないことは続く第二陣から明白だった。
貫通した杭によって地面に縫い止められたゴジラだったが、次瞬、大爆発を引き起こすその血肉。
スパイラルグレネードミサイル――かつて魔晶の両肩を粉砕した決殺の弾丸が、雨霰となって魔王の身を呑み込んでいた。数にして一千発以上、並みの怪獣なら秒と持たぬ集中砲火である。
咆哮と共にすぐさま身を起こしたゴジラは流石だったが、今度はその口腔内に飲み薬と言わんばかりのカドミウム弾道弾が直撃。さしものゴジラもこれにはたまらず、血反吐混じりの硝煙を吹きながら倒れこんだ。
同時に、逸れた砲弾が流れ弾となってあらぬ所に跳弾する。周辺の建築物を枝葉のように消し飛ばし、爆風と破片の渦は居合わせた避難民を無慈悲に呑み込んだ。あっさりと、それがあまりにあっさりすぎたものだから、誰もが声も出せずに立ちすくんでしまう。割れるような悲鳴が数秒遅れで地鳴りのように轟いた。
すべての民間人が危険区域から脱しない限りは避難活動が優先されるはず――俺のそんな甘い見込みは木端微塵に砕け散った。
これほどの破壊を平然と行う戦闘集団など、それこそ”
「あれは……」
昇る朝日を背景にして、海の彼方からぐんぐんと近づいてくる機影。
白む空に浮かぶのは、怪鳥を思わせる特徴的なシルエット。神話のイカロスを思わせる有翼のロボット兵団が、一糸乱れぬ戦列歩兵を展開していた。
「スーパーXIV――!?」
スーパーX――陸上自衛隊がかつて開発したという重装甲戦闘機群。
経緯こそ異なるものの、いずれもゴジラ相手に成果を上げた数少ない対G兵器である。まさに人類にとってのなけなしの栄光だ。その純後継機たるスーパーXIVは未だ開発段階と聞いていたが……。
いや、待て。
「じゃあこの軍事行動は
「驚くほどのことではあるまい。黒木翔はこの局面で後先考えずオキシジェンデストロイヤーをぶっ放す狂人だぞ? その虎の子の一発でゴジラが仕留めきれなかったとなれば、面目もなにもあるまい。功を焦った大攻勢に出るのも尤もだ」
膝から崩れるゴジラを俯瞰するように上空を旋回するスーパーXIV――その数、九。サイズ比で言えば大人と赤子のようなものである。
どす黒い噴射をバーニアから走らせながらゴジラにまっすぐ砲門を向ける様に、正気なのかと息を呑む。
逃げ惑う民間人に構わず火蓋を切り、平然と彼らを巻き込むその非義非道。ゴジラ討滅の大義の下でも許されるはずがなく、国家秩序への反逆ですらある。
いやそもそも、相対した時点で「詰み」を意味する絶対的存在こそがゴジラだろう。やつの顔色を窺いながらこの三〇年間息を殺して生き永らえてきた俺たちが、どの面下げてそれに
しかしそんな俺の危惧をあざ笑うかのように、戦況はまるで予期していなかった様相を呈していたのだ――
ぬらりと立ち上がるゴジラ。
魔晶戦の消耗、そしてオキシジェンデストロイヤー直撃による負傷――ダメージ量の蓄積は尋常でないことは明らかだ。よって事実上、その最も重きを置く熱線攻撃の使用は制限されていた。しかしそれはゴジラの打つ手なしを意味するわけではない。なぜなら、ゴジラには三〇年に及ぶ闘争の中で身に着けた多彩なアビリティがあるのだから。
プラズマカッター、アトミックパンチ、リングスラッシュ――謂わばいずれも曲芸の類だが、ヒト如きを蹂躙する程度なら十分すぎる火力である。
よって現状におけるゴジラの最適解とは、それらの手練手管を駆使してこの場を乗り切ることだったが……
あまりに有り得ぬことが起こっていた。
有り体に語るのなら、ゴジラはその時
素人目から見ても拙い構えに、まるで冴えというものが感じられない動き。大地を転げまわって砲撃を掻い潜る無様さはいったいどうしたというのだ?
いくらその負担を加味しても
だって、おまえは地上生命すべてを相手取ったとしても圧勝する最強種なのだろう。その気になれば拳一つでこの星すら砕く化け物なのだろう。たかが手足の一本二本が落ちた程度で、臓腑がまろび出た程度で、どうしてそれがここまで精彩を欠くというのだ。
嗚呼つまり、強さの勘定がまるであっていないのだ。
かといって手を抜いているわけでも、ましてや怯んでいるでもないのだろう。だって今も、四つ足で地を這うようにビル街を移動しながら、その両の狂眼は眈々と隙を窺っている。
「――■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
弾丸が装填される僅かな間を縫うようにして、怪獣王が雄叫びを上げた。
パワーブレス――なんの変哲もないただの咆哮。
本来それは威嚇以上の意味を持つものではないが、ゴジラに限っては話は変わる。
さながら放射状に拡散していく音速の弾幕だ。こんなもの、回避どころか認識すらできずまとめて叩き落されるはず、なのだが……
「な……んだと!?」
それが影を捉えることすらできず、あっさり空を切ったのはなんの冗談なのか。
九機の怪鳥は音速を遥か置き去りにした速度で、しかも直角を超えた急旋回を
パネトの駆るジェットジャガーのように、明らかに無理がある螺旋軌道。しかしあいつと違って、その佇まいから負担や抵抗というものがまるで感じられない。慣性の法則から解放されたその挙動は、航空力学というものを完全に無視している。
四肢各部に搭載されたバーニアを順ぐりに吹かしたとしても”ああ”はなるまい。見れば、鋭角的な刃が折り重なって形成された奇怪な翼が絶えず微細な変形を繰り返しているようで――
「あの出力、そして操作性――なるほど■■■■■を使ったか」
忌々しいものを見せつけてくれるじゃないかと、吐き捨てるようにハルオが呟いた。
コンマ一秒、一ミリとて乱れのない異形の戦いっぷり。対怪獣兵器という概念が生来的に有するはずのなにか――いわばロマンやケレン味というものは、そこから完全に拭い去られていた。
ロマンの代わりに具体的な殺傷能力を。
ケレン味の代わりに合理性に基づく剣呑さを。
なんだそれは、なんなのだ? ゴジラの攻撃に対して逃げも隠れもせず正面から
怪獣殺滅のために開発され、殺意というパーツを丹念に積み重ねて、呪わしい憤激をガソリン代わりにして飛翔する血錆びた怪鳥――こんなものが、人々が夢見たスーパーXの成れの果てなのか? それでいいのか、許せるのか?
それは、槍だ。何万倍にも
光速で殺到する殺滅の
しかしそもそも、ゴジラとは本来そのすべてを有する完全無欠の規格外だ。それが百万度だろうが百億度だろうが、水爆の爆心地から産声を上げた灼熱の申し子にこんなものが脅威になるはずもないのだが……
「――■■■……!」
筒先から燐光が漏れ出るよりコンマ数秒早く、噴流する闘気の念がゴジラの巨体をマントのようにすっぽりと包み込んでいた。
非対称性透過シールド――表皮と周辺空間の間隙を縫うように展開された電磁パルスが生み出す強固なエネルギーフィールドだ。半ば概念的な防御壁であり、物理攻撃に対しては理論上無限大の防御力を発揮する。なるほど大した代物だが、それは今のゴジラが
よって最強の矛と盾のぶつかり合いは、けだし順当な結果へと帰結する。
圧倒的なエネルギーの塊がシールドに直撃。その瞬間、押し込められていた熱と光が一気に解放されたことによる大爆発。それがもっともっと、さらにさらに……コンマ一ミリとてずれのない同一箇所への集中砲火だった。一発だけなら耐えられるだろう。しかしそれが二発、三発と続くのなら話は別だ。地球の盟主の座を奪還せんとする妄念がなす業なのか、やがて光熱の連なりが電磁パルスの整合性を穿ち、ついにゴジラの肉体を正面から貫いた。壊滅的な熱量が血流となってゴジラの肉体を巡っていく――咆哮をあげる怪獣王。
そして動かなくなった敵手を相手にやったか、などと様子見に入る趣味など怪鳥にはない。目標が原形をとどめているなら、それが消し炭になるまで追撃を続けるだけなのだから。
歪な高速変形を繰り返し、ルービックキューブのように激しく回転する外部装甲。そこからずらりと並んだ砲台が一斉に火を噴いた。弾薬庫をひっくり返したような釣瓶打ちが、ゴジラとその周囲の大地をクレーター状に陥没させていく。砲身が灼け落ちてもなお止まらぬオーバーキル。面制圧と呼ぶことすら生ぬるい重質量の連なりは、
やがてまるで老木が枯れ落ちるように、ゴジラの巨躯が力なく倒れていった。
強い。いくらなんでも、強すぎる。
明らかに特生自衛隊の有している技術体系のレベルが違いすぎる。いったいどうやってこんな武力を秘匿していた。
いやそんなことよりも、この三〇年間、ゴジラに怯えながらなんの特にもならない諍いを続けていたのはやはり欺瞞でしかなかったのか?
だって人類史上――いや
弱いゴジラなどありえない。敗けるゴジラなど誰も見たくない。
嗚呼、世界の法則が崩れていく。俺という”■■”を通して、まるで押し寄せる津波のように終焉の鼓動が人々を呑み込んでいくのだ。
上も下も、なにもかもが裏返っていくことで、逃げ惑う人々は次第にその痴れた本性をむき出しにしていく――
◆5◆
そして遠く、国会議事堂の開けたテラスにて。
「そんなものかよ、ゴジラ」
遮蔽物となる建物がちょうど一掃されたことで、”彼”が立つ位置は戦場を遠望するのに絶好のポジションとなっていた。いやむしろ、その男はそうなることを見計らってここまで事を運んだのかもしれない。
「違うだろう。まだ上があるはずだ。消耗を抱えているなどなんの言い訳にもならん。力が枯渇しているならその都度覚醒すればよいだけのこと。死んだというなら蘇れ。
冒涜的に意味の分からないことを独りごちるのは、黒木翔。
誰に向けるものでもない独り言を呪言のように続ける様は、とにかく暗く陰鬱でおぞましい。
猛禽を思わせる鋭い双眸は、尊厳ごとずたずたに踏みにじられている怪獣王の無様をじっと見つめていた。
……東京の一般市民を数多く巻き込んだ事実に目を瞑れば、疑いようもない大戦果だ。おまけにゴジラを倒す兵器の開発にも成功したとなれば、先の見えない軍拡競争にも終止符を打ったともいえる。そういった諸々の政治的な意味合いも含めれば、その功績はもはや芹沢博士のそれすら圧倒的に凌駕していた。
ならばその立役者は歓喜に湧き上がっているのかと問うなら、そうでないことはあまりに明白で。
「たかがスペースゴジラなんぞに難儀して、オキシジェンデストロイヤーに不覚を取り、挙句こうして我らヒトごときにいいようにやられるとはどういう了見だ。忌避なく言うが、
景気よく横面を殴りつけておきながら、こんなことは望んじゃいないとばかりに悲し気に首を振るその様。その矛盾は彼だって自覚していて、そんな自分自身を誰よりも疎んじている。
「わかっているとも」
苦笑の響きが呟かれる。そんな自分の度し難さを、せめて諧謔的に笑い飛ばそうとするような。
「
要はこうしておまえを貶めれば、この惨めな老醜もおまえへの執着を捨てられるのではと期待したのだが……」
怒りを静かに噛み締める険しい表情は、どこか切ないほどに透明な穏やかさも混じっていた。
「やはりどうあろうとも、おまえは尊く輝いているよ。嗚呼、なんどでも繰り返すぞゴジラ――」
無茶苦茶な独言は、もはや何一つとして理屈を成していなかった。
ふらふらと引き寄せられるように、黒木はテラスの手すりから身を乗り出す。狂おしく彼方にその手をゆらりと伸ばして――遠く、全身が焼焦げて炭の塊のようになってしまったゴジラの姿が掌に収まった。大切な宝物でも扱うかのように、それを中空で柔らかに撫で上げる。
「おまえは絶対でなければならないのだ」
老人が、譫言のように呟いた。
視線の先で、小型ディメンジョンタイドから放たれたマイクロブラックホールによってゴジラが空高く巻き上げられていく。
「おまえは不変でなければならないのだ」
EMPハープーンの槍衾が待ち構えていたかのように突き刺さり、ハイパーGクラッシャーの高圧電流が残された
「おまえは唯一でなければならないのだ」
満身創痍という言葉すら生ぬるい。放っておけばあと数秒で命尽きる死にかけを執拗に追いまわすことに、今さらなんの意味があるのだろうか。断言するが、ここからゴジラの逆転は起こらない。
積年の恨みも多くの借りも、一つとして清算されることはない。なんのカタルシスもなく、あまりにあっさりとヒトとゴジラとの長き因縁に決着がつこうとしていた。
「……などと言ったところで、そんなことが空事なのはわかっているとも。今のおまえの有様を見ればな」
とはいえ大きな疑問は残されたままだ。
連戦に次ぐ連戦で疲労していたからといって、どうしてここまでゴジラは精彩を欠いてしまったのか。火力が落ちるところまでは納得できるが、技量の類まで鈍化するのは合点がいかない。何度も言うが、今のゴジラとは拳一つで星すら砕く化け物なのだから。
老将は、その答えを知っていた。
視線をゴジラから外し、広がる東京の景色を見下ろした。より正確に言うなら、混沌に湧き上がる人々の群れを。そこで渦巻く叫びに、静かにそっと耳を傾ける。
どこかの誰かが泣き叫んでいた。
ゴジラゴジラ、おおゴジラ――人の営みを乱す悪魔よ。おまえが憎い。おまえたち怪獣のせいでどれだけの命が失われたことか。ヒトの痛みを思い知るがいい。
また別の誰かが吠え上げていた。
ゴジラゴジラ、おおゴジラ――御身こそが、霊長の傲慢に裁きを下す地球意志の化身。その怒りの炎を目に焼き付け、我ら人類は強く戒めとしよう。
また別の者はなにやら声援を送っていた。
ゴジラゴジラ、おおゴジラ――なんと勇ましい戦いっぷりよ。その姿に心が震える。そらもっと戦えもっと血を流せ。高尚さなど不要ぞ所詮は
それらすべてがもっともらしく、どれもどこかで見たような一過性のブームの延長線だった。よってそれを指して”多様性”などと呼ぶことなど断じてできやしないだろう。なぜならそこにはオリジナルがない――
ゴジラは神だ。いいや悪魔だ。あれは地球意思の化身で、先の大戦で失われた英霊たちの結晶で、ペルム紀から生き残っていた太古生命の生き残りで、原水爆実験によって生み出された完全生物で――
「醜いな」
そうしたゴジラというものを定義したがるすべての声が、あらん限りの熱となり渦となり、ゴジラの巨躯に流れ込んでいる。当然だろう。それを定義する
そして今、それらが鬱陶しくゴジラの足を引いていた。
私のゴジラが正しいのだ、いいや違う、これがゴジラだ。俺のゴジラ以外はゴジラではないのだ――ゴジラの定義の
有り体に、今回ばかりは人との距離があまりに近すぎた。ゆえにゴジラは弱くなる。
いや違うか――そうとわかっていながら、それでも今代のゴジラは
「おまえの言うとおりだったよ三枝。あのゴジラは……かつてのベビーは人に触れようとしている。それが互いに毒にしかならぬと判っていながらな」
苦しげに呟かれる嘆き。ああ、手足や内臓を切り落とされても、人はこんな苦痛に満ちた表情はしないだろうに。
「おまえは宇宙最強の生物でありながら、同時に蒙昧どもの痴れた妄言によって容易く左右されてしまう不確かな命でもある。我々がおまえの存在を心のどこかで望んでいるからこそ、今もその心臓を動かしていられるのだ。
おまえもそうだし、先代も、先々代もそうだったのだろうが――ふざけるなァ!!」
努めて淡々と、できる限り感情を出さないようにしていたのだろう。
それでも圧倒的な凄みを感じる低音から、彼が怒っていることは明らかだった。
そう、彼はとてつもなく、怒り狂っていたのだ。
「それではおまえは、まるでただの操り人形ではないか……ッ!
おまえの本質はまさか、人が入り込んで動く”着ぐるみ”だとでもいうのかッ!? おまえの一挙一動が俺たちヒトの都合に合わせて動くものだったとするならば、そこにおまえの意思など介在しなかったとするならば――」
血涙さえ流しながら、男は狂おしく咆哮した。
「――
多くの人々が命と夢を懸けたものの正体とは、こんな惨めな独り芝居、ばかばかしい着ぐるみショーだったとでもいうのか!? ならば私は……散っていった仲間たちはなんのために……ッ!」
もたらす破壊への憎しみも、その力強さへの憧れも――人生を懸けたなにもかもが、まるで娯楽のために消費されるコンテンツだったと言われているかのようで。
悲鳴にも似た絶叫は、次第に嗚咽交じりのうめき声に変わった。静かにかみしめるように、呟く名前を刃のようにその身に刻んでいく。
そう、名前だ。それは散っていった者たちの名前。かつてのGフォースの俊英たちはもちろん、自衛隊の同輩も、市井の民さえもその中には含まれていた。彼にとって最も縁深い無二の記憶となっているだろう権藤や三枝の名も、当然その中には含まれている。
……いずれもゴジラを倒した先にある未来を信じていた、あの狂おしくも懐かしい時代を駆け抜けた者たちの名である。けれど今はもういない。麻生や自分のような老害ばかりを残して、みんなみんな死んでしまったのだ――
「先代にも先々代にも、おまえたちに奪われた命も夢も、もはやすべてが過ちだ。なにもかも元通りにして償え……と言いたいところだが、流石にそこまで無理は言わん。しかしかといって、この惨めな老害はそれを済んだ話などと割り切れるような男ではないのだよ――」
自嘲めいた苦笑を皮切りにして、殺気とか怒気とかでもない、あまりにもどす黒いプレッシャーが黒木の総身から放たれた。
比喩ではなく、まるで致死の猛毒かのような圧迫感。鼓動する圧倒的な得体の知れなさは、すでに人知というものを超えている。
そう、パネト・ヘイトスピーチ同様に、この黒木翔という男もまた、すでにその肉体を怪獣のものへと置換していた。その巨大な力と魂の一切を貪り喰らい尽くしていた。
ならばなにを?
男はいったい、如何なる怪獣を手中に収めたというのだ?
「聞こえているか、ゴジラ――やはりどこまでいっても、私はおまえのことが好きなのだろうな。愛しているよ。この地上でなによりも、私はおまえの鼓動を近くに感じている。
だからこそ、おまえには本当の血肉と魂を与えてやりたい。そうすることで、散っていった者たちの御霊が報われると信じているから。
そしてそのためには、まず滅ぼさなければならない圧倒的解釈違いがこの宇宙には存在するのだ」
大きく息を吐いた男は静かに目を見開き、挑むように空を睨んだ。
「――――来たか」
黄金の七芒星が、夜空を覆うように広がっていた。
ゴジラ「無茶言うなや」
ちなみに拙作のゴジラは地上生命すべての命と鼓動を感じ取ることができるという設定なので、この状況でも黒木の妄言はちゃんとゴジラの耳に届いてます。
それに対してどういう反応を示すかは次回以降。
しかしまさか二万文字いっても終わらないとは思わなかった……次回はついにギドラが本格降臨。
ゴジラの圧倒的な尊厳破壊とランドウの曇らせシーン。そして加速していく黒木の頭のおかしさ。どんどんVSシリーズから離れていく世界線。
まだ執筆中なのでもうちょい待っていただければ。