殺滅のソテイラ   作:すかろく

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まさかここまで伸びるとは思わんかった(´·ω·`)


第16話 黄金の終焉-中編◆

 

 

◆6◆

 

 

 火だるまになって身悶えながら、瓦礫に押しつぶされながら、誰もが狂して痴れて己の解釈(ゴジラ)を叫びだす。喧々囂々。あれだけ一丸となってゴジラの絶対性を謳っていた避難民すら、互いの解釈の違いをぶつけ合う始末だった。

 

 ()()()()()()()()()()を、ハルオ・サカキは凝然と睨みつける。一見すると沈着なようだが、その内心はと言うとまるで正反対。射殺すような眼光は、煮え滾る憤りを必死に堪えるためだ。

 

 すべての尊厳を砕かれて声なく涙を注ぐランドウの心情は察するに余りある。

 はたしてなにを守ろうとしたのか。いや、そもそもなにを知った気でいたのか。解釈一つで移ろいゆく世界の無常さを否応なしに叩きつけられたのだ。これで心が折れるなというほうが無理がある。

 だから自分を責めるなとは言わない。頭蓋を握り潰さんばかりの悲憤は、嗚呼それはもう我が事のようによくわかるから。

 己にその資格なしと事態を傍観し続けた結果、頼みの綱の小美人を失い、挙句の果てがこれである。このまま事態が最悪の方向に回転し続ければ、”あれ”がまた引き起こされてしまうだろうがと己の不覚を罵倒して……そのあまり、事態の移り変わりに出遅れた。

 

 たぶん、誰よりも最初に”それ”に気が付いたのはランドウだった。

 

 突如として夜空を覆い尽くしていく、三つの巨大な幾何学模様。金色に輝く異形異質の存在感が、それぞれ七芒星をなぞってゆっくりと集会(しゅうえ)していく。

 この世のものとは思えぬ光明は、まさか十万億土から溢れる後光なのか。

 

「……な、んだ?」

 

 この一日だけで、どれだけの災害的現象が引き起こされたことか。わからないが、間違いないことが一つだけ。

 大怪獣が強襲してきて、宇宙(ソラ)が裂けて、星が割れて――信じ難いことだが、それらがただの前座だったということ。理屈を超えてその認識を誰もが共有したからこそ、この脅威を皆が静まり返って仰ぎ見る。

 

 やがて世界の輪郭が崩れるように、”それ”がのたうちながら起き上がった。

 

 時も空間も超越した何処かから、細ひもにも似た何かがひょろりと伸びて来たのだ。全部で三つ。絡み合うように、滑るように、まるで粘菌の変性体のように伸長する”それ”に、次第に彫り込みが入って何かが形作られていく。

 

 おどろに逆立つ角と鬣は、牙が列なす巨大な顎は、まるで――

 

「龍……」

「馬鹿な、あれは」

 

 その姿形は、いわゆる神話の霊獣ととても似通っていた。

 けれどどういうわけなのか、そういう超常的な存在が普遍的に宿す絶対性――覇者の格(オーラ)ともいうべきものがまるで感じられない。

 

 正でもなければ負でもなく、かといって無でもない。人々を戦慄させる底知れぬ宇宙的恐怖の正体とは。

 

「怪獣、なのか」

「違う」

「ハルオ……?」

 

 それは、命。

 紅玉を嵌め込んだような瞳には光彩も瞳孔もなく、命の鼓動など認められない。あって然るべきものの欠落ゆえの本能的嫌悪だった。

 

 あらゆる実数線上に定義されないこの世ならざるものを、三次元上の生命に無理やり変換(コンバート)させた結果が“それ”なのだ。つまり”それ”を生命の究極(怪獣)などと呼ぶのは適当でなく、ならどう呼ぶべきかをハルオは知っていた。

 

「――ギドラ」

 

 その三文字が自分の口から出たものだとはしばしハルオは気が付かなかった。宇宙の理解が及ばぬ限り発音すらままならぬ忌むべき三文字が、正しく口にできてしまった事実にまず愕然とする。

 金星人だの未来人だのが生み出した、名前だけ借りた鍍金品とはわけが違う。

 

 次元の壁を越えて首をもたげるのは、正真正銘の真打(キング)――名を、黄金の終焉。

 

「”ギドラ”……? いったい何が起こっているんだハルオ!?」

 

 縋るような問いかけは、せめて”それ”が敵か味方かだけでも教えてくれと問いかけるもの。

 嗚呼まったくその気持ちはよくわかるのだが、強弱や大小どころか在不在すら曖昧なのが“それ”なのだ。どんな属性(カテゴライズ)も適用できず、判ろうとすること自体が無意味である。

 もはや人の理解を拒む正体不明の何かとしか言いようがないが、きっとそんな評すら大きく的を外しているのだろう。

 

 それでも、”それ”についてはっきりしていることが一つだけあった。

 

「あれは、()()()()()()……ッ」

「は、え?」

 

 その底知れぬ訳のわからなさこそ、ゴジラに対する無限大の特効能力。

 

 おそらくたった一度を除いて、不滅を誇る怪獣王がことごとくその神威に屈してきた。救いがたいことに、その稀な一例すらゴジラは純粋な武威でもって”それ”を退けたわけではない。

 それこそが王たるギドラ。ヒトの可能性の限界の具現であるゴジラを必ず凌駕する存在――星を喰うものの力だった。

 ジャンルからして違うのなら、破格という言葉すら不適切だろう。いずれにせよ対話不能な存在なのは火を見るよりも明らかで。

 

 ……しかし見方を変えれば、ヒトにとって”それ”はとても都合の良い存在と呼べないだろうか?

 

 あのゴジラを特異的に排除してくれるのなら、なんともありがたい話ではないか。あえて拒絶する理由も見当たらないし、いっそのこと崇め奉ってもいいくらいだ。

 つまり、ゴジラという不浄を払うために、異次元から来訪した神の化身が遍く衆生を救ってくれるのだと。長く永くその尊厳を踏み躙られてきたヒトが、見返りとしての帳尻合わせを望んだって罰はあたるまい。苦しみに満ちた巡礼は、これをもってついに大団円を迎えたのだ。さあ、今こそゴジラを滅ぼす時。

 

 故にヒトよ、終焉を讃えよ――

 

「いいわけ、ないだろうが……ッ!」

 

 湧き上がる何者かによる恐ろしい甘言を、振り絞るように拒絶するランドウ。

 

 ゴジラとは人類の繁栄を脅かす脅威であり、だから排除するべきという誰もが共有する大前提。今となっては陳腐とすら思えない論調だが、その一方で、こいつになら滅ぼされても仕方ないという“威”がゴジラにあるのもまた事実。

 

 翻って、じゃあ”それ”はなんなのだ。

 窪んだ眼窩に斑点のように浮かぶ紅い眼球が目に飛び込んでくる。瞬間、ざわざわとした怖気がランドウを切り刻んだ。いったいどうして、こんなものを待ち望んでいた救世主などと讃えられるのか。

 ”それ”を構成する何もかもが、まるで命というものを戯画化したようでさえあって。

 ”生きているとはこんな感じなんだろ”と――まるで、にわか仕立てが得意げに雑語る様を見せつけられる不快感。

 

 細かい理屈などはどうでもいい。

 全身の細胞がこれはだめだと叫んでいた。

 まるでその確信に至ったことを楔とするかのように、乱神の巨大な三つの顎がゆっくりと上下に開かれる。

 

 そして――

 

 

「――――――――――――――」

 

 

 幾重もの電子音が軋りあったような奇怪な響きが、巨大な口腔から黄金の閃光と共に放たれた。

 

 有機的な伸びやかさなど存在しない不気味な旋律が瀑布のように轟き渡った瞬間、すべての人々が例外なく狂おしく絶叫した。嫌だやめてくれと叫びながら血反吐を吐いてばたばたと倒れこんで行く。

 

 いったい何が起こっているのか――理解を拒む現象を、あえてこちら側に変換(コンバート)するなら、これは攻撃ということになるのか。

 もちろん破壊という形で害意を押し付けるだけの平凡な怪獣のそれとはまるで違う。そんなものが遥かましと思えるほどに、その所業は悍ましい。

 

 絶望という言葉すら生温い、まさに極限を超えた惨烈。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()

 

 

 その威光は、人が心に秘める解釈(ゴジラ)を暴き、痛々しさを明るみに出し、羞恥を煽ることによって個我を砕く。

 言わば強制的な告解なのだ。人々は突き付けられた己の醜さに耐えられず、あるいは神はすべてを赦されると信じて魂を投げ捨てていく。まさに宇宙的恐怖の所業。それを理解したランドウはぐらぐらと眩暈しながら倒れ込んだ。

 

「俺はもう死んだじゃないか……一度滅びた俺を、まさかまだ追ってきたとでもいうのか?」

 

 そして内心の焦りを取り繕う余裕がないのはハルオもまた同じ。

 仰ぎ見る御姿は、()()()ハルオに破滅をもたらしたものと疑う余地なく同一だった。

 

 よりにもよってこのタイミングで、何故”それ”が顕現したのか皆目わからない。

 

 かつて、友はハルオに告げた。

 ゴジラへの強い憎しみと、閉塞の打開を都合のいい上位存在に求める衆生の愚かしさが“それ”を惹き寄せる呼び水となり――それを束ねる“■■”の存在と、あり得べからざる光を現世に見出す”眼”が揃うことで”それ”はギドラとして降り立つのだと。

 

 ならば現状、ギドラが現世(うつしよ)に足を運ぶ条件は整っていない。

 その受肉を企る(エクシフ)はここに居らず、何より、隣に立つランドウの口からゴジラが憎いという類の文言など聞いたこともない。むしろ大多数(マジョリティ)のように怪獣たちに強い感情を抱けないことに孤独と疎外感すら覚えてきたのが彼だから。

 

 友が嘘をついたなどとは信じられず、ならば友の知る以上の条件がそこにあったとするのが妥当だろう――自分の願望で世界観を歪める知的生命の宿痾に囚われていたのは友も同じだったから。

 

 これを回避することこそ小美人最期の祈りだったと理解する。

 嗚呼まったく、如何なる世界であれそれが定めであったとしても、せめて今回だけでもと取り計らうのが当然だろう。なのに己にその資格なしと逃げ出した挙句がこれである。

 このままではこの星が――否、宇宙が滅ぶと確信した瞬間だった。

 

 

「――■■■■……」

 

 

 津波のように広がる圧迫感を前に、否応なく意識の方向が切り替えられる。

 地軸を踏み鳴らしながら立ち上がるのは怪獣王――ゴジラ!

 

「ゴ、ゴジラ……!?」

 

 まるで亀裂と欠損だけを積み上げたような満身創痍。

 怪鳥(スーパーXIV)に滅多打ちに啄まれた果ての血みどろは、指の一押しだけで崩壊しかねない。生命活動が停止していないのがまず何かの間違いだろう。

 なのに、まだ動いている。

 今際の執念――この往生際の悪さは”先代”の真骨頂だったとも伝え聞くが、これはそれと同一視できるものなのか?

 まるで人類にとっての絶対的象徴が、異形の概念に変質しているかのような圧倒的な違和感。おそらく消耗という概念が、怪獣王にとって意味をなくしつつあるのだ。

 言語化できない気持ち悪さをそこに抱きつつも、そんなことに気を回す余裕のあるものなど多くなく。

 

「ゴジラ! ゴジラ! ゴジラ!!」

 

 勝手放題に己の解釈を騒ぎ立てていた人々が、今度は一致団結してゴジラの力強さを唱和していた。ゴジラの足を引っ張っていた鬱陶しい足枷(解釈)が、一時的とはいえまとまった方向に力強く流れ出したからこそ、今も死に体のゴジラがこうして駆動できる原動力なのかもしれない。あれだけの傷と消耗が、あれよあれよという間に復元されていくのだ。

 嗚呼、しかし。

 

「こいつら……ッ!」

 

 ランドウが顔をしかめて後ずさった。当然の反応だった。なんという手のひら返し。

 ゴジラの力強さに酔いしれる時だけ、あるいは恐怖する時だけ、人々は己の罪悪感から解放されていた。己の罪に蓋ができた。

 偉大なる怪獣王よ、己の醜さを大上段から突きつける神を打ち果たしてくれと、誰もがそう唱和する。

 その歓声に応えるように――

 

「戦う、つもりなのか……?」

 

 仁王立ちする巨体の黒と、天に佇む超常の黄金。あらゆる次元でその様相を異にする両者が相対する。

 しかしできるのか? これに勝てるのか?

 そんな一抹の不安を振り払うかのように獰猛な咆哮が轟き渡った。

 血走った眼球が睨みつける先には、黒くぽっかりと穿たれた伽藍堂(ワームホール)――“それ”の発生源。

 そう、魔王は知っているのだ、見栄えのする龍などは端末でしかないのだと。ならば打ち滅ぼすべきは明らかで、続く行動にも迷いはない!

 

 迸る紫電、充填される覇気と殺気。それはまさしく爆発だった。ただ激情の赴くままに叩きつける超絶馬鹿なエネルギーが渦を巻き、星すら跡形もなく消し飛ばす破壊光となって放たれた!

 

 ――放射熱線(アトミック・ブレス)大解放(フルバースト)

 

 魔晶との死闘が、魔王をさらなる覚醒へと(いざな)ったのか。この一発だけで、先の激突にて生み出された熱の総量すらはるかに凌駕していた。

 まさしく天地を別つ熱の連なりが、底知れぬ意味不明さの収束点に向かって一直線に突き進む。昇る朝日のような力強さが、広がる闇を呑み込んだ――夜明けである。

 

 決まった。そうだ、このゴジラは強いのだ。あの外なる神にだって勝てるのだ。これで勝てないなんておかしいのだ。

 だからたとえ神であろうとも、これを前に生き永らえる物理的可能性は皆無であると、誰もがそう確信した。

 正確には、ただ一人を除いて。

 

「……そんな」

 

 瞬きさえ忘れて見入っていたのだ。意識が途切れた瞬間なんて誓ってなくて、なのに、まず何が起こったのかすら誰にもわからなかった。

 

 闇の根源も、そこから細くたなびく龍も未だ健在。

 

 まるで、ぶつん、と千切れるように。

 光と熱が直撃した瞬間、一つの宇宙すら沈黙させる破壊現象が痕跡すら残さず消失したのだ。

 

 荘厳すぎる肩透かし。それは、主役が大ゴマで決めて、次のページをめくったら唐突に別の場面に切り替わっていたような感覚に似ていた。

 防御したとか透過したとかではない。光帯が通り抜けた先の空間の整合性さえ巻き戻しになっているのだ。

 まさかこれがギドラの権能かと推し量るが、しかしそんな理解がどれだけ生ぬるいものかを人々はわからせられることになる。

 

「……■■■」

 

 人々の耳に届く、ずりずりという音。

 想像すらしていなかった、怪獣王の後退する姿がそこにあった。

 

「嘘だろ」

 

 蓄積されたダメージ量を無視して馬鹿みたいな威力の熱線攻撃を放ったのだ。それが無駄撃ちで終わったとなれば、確かにその疲弊は尋常でないだろう。けれど、何かが違う。

 あの怪鳥ども(スーパーXIV)に全身を啄まれた際もまた著しく弱体化していたわけだが、それはあくまで出力の問題であり、これは”器”そのものの欠損なのだ。

 

 これこそがギドラの力――形のあるなしに関係なく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誰もが無謬と信じるゴジラの肉体であろうと例外はない。有り体に、弾丸ではなく火薬と引き金という概念から世から根絶する能力と言い換えられた。

 要するに、ゴジラはもう熱線を放てない。

 どんな強大な敵を前にしても前進を続けてきたゴジラが、絞り出すように唸りを上げる。

 

 まさか、あの怪獣王が恐怖しているのか――――

 

 刹那の動揺を穿つように、もたげた首を滑らすようにギドラが前進した。

 水が浸み込むような動きは決して目で追えない速度ではないのに、龍の顎はいつの間にかゴジラの目前にまで迫っていた。まるで瞬間移動――しかし思い返せばギドラはシームレスな移動をしていたような気がしてくる。

 彼我の空間を破壊することによる擬似的な瞬間移動など、大怪獣にとってもはや標準装備(スタンダード)でしかないわけだが、これはそんな力任せなものとはまるで違う。本調子ではないとはいえ、あのゴジラがその予兆を感じ取れないはずがない。

 

 ”それ”は、やはり漫画のコマ割りに似ていた。

 

 次のコマに目を移せば人物はいつの間にか一つの動作を終えていて、しかし状況は継ぎ目なく移動したことになっている。そのインターラプトに観測者たる我々はなんの疑問を抱かないし、むしろそれが当然だとさえ心得ている。

 

 おそらく、これは()()()()ものなのだとランドウは理解した。

 

 常にこちら側にとっての不都合な法則(メタ表現)を体現するのがギドラなのだ。

 魔晶やスーパーXとの死闘の果てに、半ば熱の概念じみた存在へと変貌を遂げたゴジラだが、嗚呼だからどうしたと――森羅を嘲笑する唸りの前には、なにもかもがただのフィクションにまで零落する。

 

 そこから展開されたのは、まさに一方的な蹂躙だった。

 

 都心部を一周するほど長大な龍体がとぐろを巻いた。

 ゴジラの身体に絡みつく構図は、さながら獲物を絞め殺そうとする大蛇のよう。振り解こうと手足を伸ばすが、しかしあらゆるものがまるで噛み合わない。何もかもが透けていき、同時に勇壮な手足は痺れたように動かなくなる。

 体内放射、プラズマカッター、リングスラッシュ――あらゆる手練手管を駆使しても、すべては苦し紛れに終わり、次から次へと葬られていくのだ。いずれの火力も星すら砕く域に達しているのに、まるでそんなものはただの設定だろうと言わんばかりである。

 

 別の並行世界では、これは別宇宙の物理法則に由来するゆえの現象だと捉えた。あるいは知的生命の文明を前座として生まれる究極の生命(ゴジラ)を捕食する、いわば宇宙規模の食物連鎖の頂点という文脈で解釈したらしいが……なるほどそれは表面的には正しいかもしれない。

 しかし彼らが見逃している点が一つだけある。

 

 そもそもこれは戦いとか捕食とか、そう解釈するべきものではない。

 

「こんな訳のわからないことで、ゴジラがやられてたまるかよ……!」

 

 VS世代の頑固者たちが聞いたなら激高間違いなしの明け透けな叫び。けれどそれこそ包み隠しのない人類の本心だ。

 その真相が、己から生まれ望まれ練り上げられた解釈の成れの果てだったとしても、彼らにとってゴジラとは魂焦がす宿命(ライバル)だから。

 

 そんななりふり構わぬ叫びも届かず、抵抗すらできないまま宙吊りになっていく怪獣王。

 その光景を目撃した人々から再び失望の念が流れ出し、ゴジラを最悪の状況に追いやっていく。遂にはその存在すらかき消されつつあるのか、黒々とした巨体が薄く透け始めて……

 

 あまりにも極端すぎるゴジラに対する特効能力。その”設定”にはどこかで見覚えがあった。

 無敵のゴジラを滅ぼしてしまうことが、何の違和感もなく受け止められる。むしろそれが当然だという存在が、ただ一つだけあったのだ。

 

 

 

「オキシジェンデストロイヤー……?」

 

 

 

 呆然と呟くランドウ。

 確かに、辻褄は合う。

 如何なる熱も力もその禁忌の前には無意味であり、ただ怪獣であるだけで跪く。

 

 おそらく順序としては、オキシジェンデストロイヤーという概念そのものがギドラの二次創作(デッドコピー)なのだろう。あのミクロオキシジェン(反物質生成)も、これほどの特効能力に比べれば圧倒的な下位互換と呼ばざるを得ない。

 

 いやしかし、ならばそれを作り上げた芹沢博士とははたして何者だったのだ?

 彼は何を想い、何を見出し、何を願って初代ゴジラを討滅を成し遂げたのだ?

 

 今となっては知るすべもないが、はっきりしているのはただ一つ。人とゴジラの戦いは、もはや半世紀前の段階で茶番でしかなかったということ。

 今日この一日だけで人々を恐怖に陥れた数多の災禍も、その真実に比べれば遥かに救いがあった。

 

 嗚呼、しかし。ここでまたしかしである。

 もはやゴジラの実存すら曖昧になっていく中で、誰もがふと思うことがあったのだ。

 

 

 そもそも――()()()()()()()()()()()

 

 

 わからない。

 時代とともに移り変わり、人々の多様な解釈が入り混じった果ての百貌――考えてみればギドラなどよりその真実ははるかに謎めいていないだろうか。

 多様性の象徴。時代とともにイメージが移り変わるからこそのゴジラ。色んなものがあっていいんだと人は言うが、それはつまり、確かなものがそこにないということと同義だ。すべてが等しく不確かで、どこにも居場所がない――虚ろを前提とするから成り立つ多種多様(バラエティ)

 だから、それ(ゴジラ)に対する憎悪も崇拝も、煎じつめればさほどに意味も違いもないのだろう。すべて個々人の解釈から生じた何かの間違いでしかなく、どちらにしても己の尾を噛むようなものであり、心の底から無為である。

 

 きっと、今、ギドラに一方的に蹂躙されているのは、ゴジラであってゴジラでない。

 

 これは、問いかけなのだ。

 

 人の本質は群体であり、一人ひとりの繋がりが世界の縁取っていく。そしてゴジラは、いわく人々の解釈の鏡なのだという。ならばゴジラの迷妄とはヒトの迷妄であり、それ即ちこの世界の不確かさに直結する。

 

 ゴジラ(世界)に確かなものなど一つとなく、すべてが移ろうということ。

 どんな正論も、立場が変わればいくらでも逆張りできてしまうということ。

 自分にとって受け入れ難いものが世の道理として持て囃されるということ。

 好きなものが衰えて、嫌いなものが跋扈するということ。

 

 そうして、人々がその虚しさに気が付いてしまった時に“それ”の需要が生じるのだ。

 己の好悪を共有できない敵ばかりの世界で、せめてもの絶対と信じたゴジラさえもあらぬ幻想、砂上の楼閣でしかないのなら、拠り所とするべきはなんなのだ、と。

 

 わからない、わからないけれど、だからこそ何かがあってほしいと願うのだ。

 

 虚ろから何かを見出そうとする人の自滅の意思が結実した、この宇宙における究極的な解釈の象徴――それこそがギドラ。

 

 何もかもが移ろいゆく不確かな世界で、不変のものなど滅びしかない。露悪(ニヒリズム)の権化は、誰もが目を背けていた真実を否応なしに突きつけていく。

 今や見渡す限りの混沌が、東京の街を、関東一帯を、果てに世界中に広がっていた。

 

 そしてその命脈を根幹から絶たんと、ギドラは遂にゴジラ(世界)の核を捉えた。終焉の彼岸へと誘う牙を前にして、もはやなんの抵抗もできず宙吊り状態で項垂れるゴジラ。

 

 死ぬがいい。

 滅びるがいい。

 おまえたちは、とにかく不快な気分であればいい。

 

 

 それこそが救いであると、三つの巨大な顎が大きく上下に開かれた瞬間だった。

 

 

 

 

「てめえが死ね」

 

 

 

 

 人の本質は群体であり、一人ひとりの繋がりこそが世界の形を縁取っていく。

 その前提を大いに揺るがす、あまりに凶暴すぎる突き抜けた”個性”が黄金の闇を突き破った。

 

 

◆7◆

 

 

「来ると思っていたぞ、黄金の終焉。本来おまえの顕現条件には”■■”も”眼”も必要ないのだろう。そもそもゴジラを一呑みできる化け物の出力が、たかが人ひとりがいるかいないかに左右されるという設定からしておかしいのだ。

 大事なのはこの世の解釈がどれだけ乱れているのか――人々がゴジラに何を望むのか、そこが崩れた時にこそ貴様の需要が生まれるのだろう」

 

 時刻は少々遡る。

 例によって、国会議事堂の開けたテラスから”それ”を臨むのは黒木翔、都心部一帯を黄金のとぐろが覆い尽くすという衝撃的な光景を、死んだような瞳がじっと見つめている。

 

「久しぶりだ……()()()()()()()()()()、私は貴様に何もかもを奪われたVS世代の搾りかすだよ。仲間も部下も先達も、()()()お前にすべてを喰われた無様な敗残兵だ」

 

 覚えてはいないだろうが、と自嘲する男。

 泥のように輝く黄金。その威光を前にして、心に秘めた解釈(ゴジラ)の痛々しさを暴かれているのは彼も同じ。発狂しそうな苦痛と羞恥を煽られているはずなのに、眉一つ動かさないのはどういうことなのか。

 

「決まっているさ。私の痛々しさなど私自身がよぉぉく知っている。今までの歳月をただひたすら自虐に精を出してきた男が私なのだ。それを(つまび)らかにされたとて、今更何も感じん」

 

 つまりはそういうことである。

 彼自身が誰よりも、己のことを見下げ果てた愚物と蔑んでいる。今まで何千何万何億と、飽きることなく己の度し難さを血を吐くように叫んできたのだ。汚泥の降り積もったそれに、今さら砂を一掛けしたところでなんだという。

 

 驚天動地の激戦の果てに、降臨した黄金の終焉。あのゴジラが手も足も出ずに一方的に蹂躙されているという紛れもない絶望を前にしても、男はただ疲れ果てたため息ひとつつくのみだ。

 そもそもこの状況が、彼が望んで作り上げたものに他ならないからだ。

 

 魔晶襲来の混乱にかこつけてオキシジェンデストロイヤーを起動――そして疲弊したゴジラをスーパーXIVで嬲りものにすることで、ゴジラという存在がどれだけ不確かなものなのかを世界に示す。モスラとバトラが喰われるという事態は流石に予想外だったが、それ含めて事態は彼にとってすべてが好都合に進んでいた。

 すべては世の理を乱すことで、ギドラなるものを現世に引きずり出すためである。

 

 その言葉遣いから明らかなように、何処かの平行世界においてエクシフと名乗った知的生命とは違って、ギドラを神と仰ぐ心算など彼には皆無。どうあろうと、彼にとってはゴジラこそが至上の位置にあるのは揺るがない。

 

「私にとって、この宇宙で何よりも素晴らしい存在がゴジラなんだ」

 

 ゴジラがギドラへの捧げものでしかないなんて――そんな理屈が受け入れられるはずもない。

 ましてやそれが、こんな風に知的生命にオムツの如く扱われるなぞ……これではまるでゴジラが被害者のようではないか。自分でこの事態を引き起こしたことを棚に上げて、老将は微苦笑とともに続けた。

 

「おまえを愛している、嘘じゃないさ。しかしそれ以上に、おまえのことを憎悪しているのもまた否定できん。

 困ったものだよ。私はおまえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とすら思っているのだから」

 

 こうして宇宙の訳の分からぬ法則に弄ばれるゴジラの姿を見ていると、ざまあみろと胸がすくようでたまらなくなるのだ。

 

 そりゃあそうだろう、いったい、人類がどれだけゴジラという概念に苦しめられてきたと思っているのだ。

 あのゴジラ(ジュニア)ゴジラ(先代)は別個体だろうという指摘も、今となっては的外れだ。ゴジラの正体が群体(ヒト)の解釈の収束点である以上、すべてのゴジラは本質的には同一個体だ。つまり、その出自や見た目などは識別記号(ロットナンバー)でしかないわけで……嗚呼ともかく言えるのは、どのゴジラも背負っている罪と業は変わらないということ。

 

 だから、ゴジラを愛しているという本心と、憎い殺したいという本音。相反するはずの両者が、少なくとも彼の中では矛盾のないものとして両立してしまう。

 

「――自覚はある。私たちはどうしようもない生き物だ。早急に滅んだほうが世のためだろう。

 山を崩し、海を汚し、欲求を満たすために必要以上に殺し、奪い、争い、憎む。そして、食い過ぎで肥満になり不健康にまでなって最後に崩れる。

 この愚かしさに対して()()()()()()()()()()()という戒めこそが、貴様ら怪獣に込められたありがたいメッセージなのだろうが……生憎と、我らヒト型種族がそれを素直に受け取れるほど賢い存在なら、そもそもこんなことになっていない」

 

 怪獣とは元来、「祈り」を司る存在だ。それ即ち、ヒトにとって耳の痛い説教のことである。有り体に、”おまえたちはこのままだとダメなんだ”という警報を鳴らすために彼らは具体的な形を伴ってヒトの前に姿を現すのだ。

 始めの内はヒトも神妙な顔をしてそれに耳を傾けているが、それすらただの興行(エンタメ)にしてしまうのがヒトの不徳の為せる業。牙を抜き去勢して首輪をはめて、次第に”らしさ”というものすら脱臭していく。

 

 それを度し難いというならそうだろうが、でも、頼むからそれを悪し様には言わないでほしい。

 

 だって仕方がないではないか。

 全部、おまえたち怪獣が素晴らしすぎるのが悪いのだ。

 元とは言えば、人里に降りてきた害獣の規模が少々大きくなっただけなのに、どうしておまえたちはそんなに素晴らしいのだ。

 

 神々しくて胸躍る。完璧すぎてあり得ない。もっと見ていたくてたまらなくなる――そうやって手を変え品を変え、時には着せ替えながら愛玩しているうちに、おまえたちはいつしか無名ののっぺらぼうにまで零落していたのだ。

 むしろ嘆くべきはこちらだろう。

 

 人の業によって地球環境が滅びることなどより、こっちのほうが一兆倍は不幸だろうがと黒木は本気で信じている。

 

 だって、行きつく先が、それ(ギドラ)なのだから。

 

 男の、腐った泉のように濁り切った瞳が、じぃっと空を見つめる。天を覆う黄金を、筋張った五指がかきむしるかのようにわなないた。

 

「怪獣を讃えろだと? 怪獣との大いなる合一だと? 何かと思えば、そんな程度なら、もうこれ以上にないってくらいにはやっているよ。

 人は怪獣に滅ぼされるために存在するだと? 怪獣こそが地上の支配者で、人間は地球を蝕む居候にすぎませんだと? 何をいまさら、そんな程度を目から鱗のごとく、大仰に語るってどうする。

 なあ異世界の住人たちよ、それらはまず貫きべき大前提で、その先にある未知にこそ、価値があるんじゃないのか」

 

 黄金という泥のような闇によって、輝く黒が沈没していく様を、男は血涙を流しながら、しかし視線を逸らすことなく睨みつける。

 雄々しく、頼もしく、力強く、無敵のゴジラが崩れていく様を見るのは忍び難い。なのに湧き上がってくる仄暗い悦びを抑えられないという失望こそが、何よりも彼の心を切り刻んでいた。

 

 自らが愛するものが貶されることに倒錯的な快楽を覚えてしまうという、神がかり的な度し難さ――嗚呼、彼こそまさにオタクの鑑である。

 

「要するに、自分が認められないものが世に蔓延っている事実が許せないという、実につまらない器の小さい男が私である。みっともなく泣き叫ぶだけの屑がこの私だ。こんな無様で気色の悪い老人の戯言になど、何の値打ちもないことは先刻承知――嗚呼、しかしそれがどうした、これが私で、これがヒトだろう。

 そうした我らの醜さを冷笑的に嘲笑い、そのくせ己の本音を隠す卑怯者ども。あるいは己は違うと自称違いの分かる嫌味なお利口どもめ。忌避なく言うが、心底邪魔だ。ゴジラの価値を汚す害虫どもめは、早急にこの宇宙から絶滅させねばならん」

 

 認めてたまるか。許してたまるか。

 激しくつっかえそうに息をしながら、男は絞り出すように叫んだ。

 

「は、ははは。キドラ、ギドラよ。なんだ貴様、怪獣のくせに、たかが怪獣のくせに、俺の、いや俺たちのゴジラを倒そうってのか。随分えらそうじゃないか。わからせてやりたくなったぞ――嗚呼、ここにちょうどいい狂犬がいてな。おまえを殺してやりたいと吠えているのだ。せっかくだ、相手をしてやってくれないかギドラよ」

 

 

 

 失笑を漏らす男の視線のその先、超極規模の斬閃がギドラに激突した。

 

 

 

◆8◆

 

 

 ギドラの顎がゴジラの首に喰いつこうとした、まさにその瞬間のこと。

 何の前触れも伏線もなく、まるで隕石のような勢いで、成層圏の彼方から殺意の塊が真っ逆さまに突っ込んできた。

 

 

「死ぃぃぃぃぃぃいねぇぇえええええええ!!」

 

 

 握り拳を叩きつけるみたいに、衝天の殺意が力任せに振り下ろされる。

 人間サイズが生み出しているとはとても思えない極大規模の一太刀がギドラの首を両断――しない。

 

「死ねよてめぇなんで死なねえんだ――」

 

 例によって攻撃はすり抜けて、その勢いのまま”彼女”は地面に叩きつけられた。その無様を前に、ああやはりという失望の念が人々に広がっていくのだが、そんな周章狼狽など意にもかけず少女は――パネト・ヘイトスピーチは湧き上がる砂塵を鬱陶しそうに切払って――

 

「オレが死ねっつってんのに死なねえなんてのは――」

 

 背骨が折れそうなほどに背を反らせたまま、地軸ごと切り裂く全力の刃を再びギドラの脳天に叩き落とした。

 

「おかしいよなァ――!」

 

 鎧のように纏っていた灰色の噴射はギドラを通り抜けていくたびに亀裂が走り、掠めるたびに剥ぎ取られていく。ああけれど、知ったことかよとわき目も降らず突進するその凄絶。

 ゴジラと違って燃料(リソース)は有限のはずなのに、無限大の殺意は消しきれない。なおも高速回転を続ける烈しすぎる刃は、振臂のたびに膨れ上がっていく。

 

 無論、吠えたところでそれがギドラに届くはずもないのだが。

 全平行宇宙の解釈(ゴジラ)を呑みほして余りあるギドラの総体は、渦巻く銀河まさにそのもの。端末でしかないこの龍体すら、星系すら消し逝かしてしまう虚無の連なりときているのだから、結果はお察しというものだろう。あの魔晶を屠った致命の刃すら、()()()()()と言わんばかりにすり抜けてしまう。

 

 ましてや、ギドラは今のところパネトに気が付いてすらいないわけで――いや、気づくも何も、この怪獣はそもそも何も考えていないのだ。

 ギドラにとって彼我の境界とはあまりに曖昧なもので、だからこそそこにいるかいないかわからないという反則が成り立っているのだ。

 

 畢竟、気が狂ったような剣戟のすべてが虚しく空を切るだけ。嗚呼しかし――

 

「知るかよ死ねェ!」

 

 けれど彼女は止まらない。

 技も何もあったものじゃない、勝算や戦略など端っから度外視した刃は、虚無の彼方の異次元だろうが両断してやるという凄絶な凄みを帯びていた。傍目からするとやけっぱちとしか思えない剣筋は、あるいはその輝きを斬線で塗りつぶしてやろうとしていたのかもしれない。

 

 無論、天に揺蕩う黄金は、依然不変。

 光の帯が戯れのように流れていくだけで、この星から形ある確かなものが一つ、また一つと失われていく。

 強弱という次元で語れる分、あの魔晶に挑むほうがまだ話が成り立った。ヒトが単独でこれに挑むというのはそういう話ですらない。もはや発想自体が何かの異界の法則としか思えず、あらゆる意味で終わっている。

 

 しかし、やはりしかし。

 

「そこにいるかいないかわからないから、攻撃が効きませんだぁ? 阿呆が、血も肉もない幽霊風情が、何でもありの白けた設定並べんじゃねえぞ」

 

 理屈の通じない怪物なのは、彼女もまた同じである。

 

 あのエクシフがこれを目撃したなら信仰の崩壊すら招きかねない、まさに天の崩落が如き光景だった。あるいは■■■■■■なら腹を抱えて笑っただろうか。

 

 いずれにせよ馬鹿である。

 悪い意味で馬鹿である。

 

 扇風機の羽のように頭を中心にして高速旋回しながら突貫して、そのまま空を切ってビル街に激突していくその有様。威勢よく啖呵を切っておきながら、まったく目も当てられない体たらく。これは、もしかして笑っていいのだろうか?

 

 ヒトは怪獣に挑んではならないという不文律を、いったいこの少女は何回破るつもりなのか。そんな筋書きのどの辺りに需要があるというのか。

 何しろ、はたしてゴジラとは何なのかという深遠な問いかけを前に誰もが苦悩するその最中、部外者(モブキャラ)が土足で踏み込んできたのだから。

 もはや目も当てられない痛々しさである。頼むから死んでくれ、引っ込んでいろよと誰もがそう唱和するが――

 

「納得いかねえ。こんなもんがゴジラであってたまるかよ」

 

 低い呟きが、押し寄せるすべての解釈の波を鋭く跳ねのけたのだ。

 ぐるりと宙を切った一閃が、もらい事故的にゴジラの肉体を削り取る。結果的に拘束が緩んだ形になったことで地面に真っ逆さまに墜落していくゴジラを、灰色の双眸が憎々し気に見下ろした。

 

 獲物を見失ったことでそこで初めて、ギドラはパネトを認識できたのかもしれない。あるいは彼女の類まれなる感知能力(センサー)がギドラに通ずるものがあったのか。

 いずれにせよ、これでパネトは御終いだ。

 どうせ死ぬのだから過程の苦痛に意味はないという、あのゴジラすら問答無用で抹殺する冷笑(ニヒリズム)の権能は、かの平行世界においてはただ視界に入ったというだけで数千人もの命を永劫の彼岸へと追いやった。

 

 触れた瞬間に魂を砕かれ狂死する、まさに沸騰し沸き立つ原始の混沌。怪獣と同化して存在強度がたかが数百桁上がった程度で太刀打ちできるはずもない嘲弄の瀑布がパネトに叩きつけられるが、嗚呼しかし――

 

鬱陶(うぜ)ぇ」

 

 いったい、これで何度目なのだ。

 ヒトが内に秘めたる解釈(ゴジラ)を暴き、その羞恥を煽ることで個我を砕く。その威光はパネトにも等しく通じているはずなのに、なのに彼女の殺意は止まらない。それはつまり、彼女にとっての解釈(ゴジラ)が揺るぎないということを意味していた。

 

 ならば問おう――おまえにとって、ゴジラとは何なのだ?

 

 ゴジラとは、まさしくなんでもありだ。

 あらゆる解釈を肯定する高い自由度とその振れ幅は、しかし無節操と何が違うのだろう。無論、ゴジラに対してそんな見方をすること自体が意地の悪い逆張りでしかない。

 

 けれど、みんな本当は気がついているのだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。凡ての解釈を貴賤なく平等に扱うとは、本来そういうことだ。

 誰しもヒトが全力で愛して憎んで命をかけたゴジラという存在は、そういう存在になった。いや、なってしまったというべきか。

 

 有り体に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が誰にもわからない。それが悪いかと開き直ることもできず、はたしてこれはゴジラなのかと誰もが苦悩する羽目になる。それは悲劇であり、それは喜劇である。

 ならば、すべては泡沫の夢でしかなく、銀幕の向こうの興行(エンタメ)でしかないと斜に構えて皮肉ることが正解なのか?

 なぁ、ゴジラとは何なのだ?

 

 教えてくれよと微睡む瞳を真正面から睨みつけて、少女は迷いなく言い切った。

 

「オレの怒りだ」

 

 雄々しい断言は、しかしヒトとして何か大事なものを致命的に違えている。

 怪獣が怪獣としてあるための不文律に唾を吐き中指を立てる、こんな程度の何がありがてぇんだ死ねと唾を吐き、だったら俺が怪獣になってやるよと飛翔する狂気の灰翼。

 

「憎むものがいなきゃ怪獣なんてただの巨大生物だと? 地震や台風は怖くはあっても憎くはない? 誰が決めた、なんのルールだ。そんなお上品な言葉遊びで、このオレの怒りが解消されてたまるかよ。オレじゃないってならすべてが敵だ」

 

 好きだから、大切だからと、すべての解釈を平等に大事にしたことで世界(ゴジラ)が無価値で虚ろなものになってしまうのならば。

 ならば逆に、その凡てを全力で憎むことで世界(ゴジラ)は確かなものになるに違いない。

 

「オレは徹頭徹尾この世のすべてが大嫌いで、つまりオレ以外のものがすべてがゴジラなんだ」

 

 無論、矛盾である。

 言葉遊びで己が怒りを弄するなと言うが、彼女のそれもまた煎じ詰めれば一つの言葉遊びでしかない。けれど気が狂った少女の舌は止まらない。口喧しく並べられていく理屈は、いずれもまさしく支離滅裂。

 

「オレはここにいる。オレはおまえを憎んでいる。嗚呼なるほど、だったらおまえもゴジラだな」

 

 しかし頭のおかしな理屈のみが、虚ろな幻に確かな像を見出すことができる。

 物理法則を冷笑と嘲笑によって破壊するのがギドラなら、極まった超馬鹿理論こそが移ろう世界に楔を打ち込むことができるのだ。誰もが尻込みする虚無の領域に踏み込むことに躊躇いなどない。

 

「おまえがゴジラだってならオレたちヒトと正面からぶち殺しあわなきゃダメだろうがァ!

 そこにいないから攻撃はすり抜けますだァ? 知るか死ねよ舐めた設定並べるんじゃねぇ! ここにいるオレが死ねって言ってるんだからとにかく死ねよ! とにかく戦え殺しあえェ!!」

 

 そんなことができるのか――できる、できるのだ。なぜなら彼女こそが、ゴジラ史上空前絶後の超絶個性(キャラクター)――ただの個人が怪獣以上に目立つというあってはならない行為でもってあらゆる文脈に中指を立てる。

 

 もちろんそんなあまりにも力任せな方法が、ギドラの攻略法になるとはとても思えなかったが――構わない。彼女の目的はギドラを滅ぼすことではない。そもそもギドラなどは二の次三の次以下だ。どうでもいいだろうあんなもの。

 回りくどいようだが、彼女の罵倒はそのすべてがゴジラに対して向けられているものなのだから。

 

「いまさらながら、おまえのことはよく覚えているぞギドラ――何しろおまえは、未希姉さんをぶち殺した怪獣だからな」

 

 ただ今はおまえじゃないんだよと、そう低く呟いてから、力なく蹲るゴジラに近寄っていく。

 

「言葉は通じるか、黒トカゲ」

 

 優しく、そっと、ったく情けねぇ姿を晒すんじゃねえよと言わんばかりに軽く蹴り上げる。それもまたある意味、誰も成し遂げたことのない空前絶後だった。

 

「このふざけた蛇野郎をぶち殺すぞ、いけるよな?」

 

 瞬間、応えるように、果ての知れない灼熱とともに一条の熱線が天に迸った。

 

 そして同時に、巨体に空いた風穴を埋めるように吹き出す烈火の炎。夥しい裂傷から血潮のように火を噴きながら、ゴジラは再び新生する。刻まれた亀裂は変わらない。分厚い胸板からは、今も命が溢れていくけどそれがどうした。問題あるまい、まだそこにいるならぶち殺せる。

 

 それを間近で眺めながら、半壊した肉体で少女は朗らかに笑うのだ。これがゴジラだかくあるべしと――

 

 誰が何と言おうと、ゴジラの本質とは”怒り”である。それが悲しい在り方だと嘯くものもいるかもしれないが、現状への凄まじい反発心こそが、ゴジラのすべての始まりだったことは誰にも否定できない事実だろう。

 だからこそ、みんなの無限大の怒りに照らされることで、黒い太陽は揺るぎないものとして天に輝くのだ。それを指して虚ろなどとは誰にも言わせない。

 

 今や、その炎の揺らめき一筋さえもが超新星爆発を上回る熱量を秘めている。燃え上がれ怪獣王。爆縮されていく超超々高密度のエネルギーにより、その輪郭が煙のように溶けていく。半ば概念的な熱エネルギー生命体へと昇華していくゴジラだが、それはギドラのように実存ごと曖昧になっていくことを意味していない。実態はむしろその逆――どこぞの一兆度の炎すら比較対象にならない余りある”正”のエネルギー。

 有り体に、()()()()()ことによってゴジラはギドラを超えようとしていた。

 

 そしてこれは、多様な解釈が折り重なった果てに妥協として抽出された偽りの強さではない。

 ゴジラとは、その始まりからして何よりも強く何よりも怒り狂う荒神だった。そこに解釈の揺らぐ余地などない。ならば、今こそそこに立ち帰る時――原点回帰に他ならない。

 

 

 ――俺たちのゴジラは終わらない。いいや、ここから始めるのだ。むしろ()()()()()()()()()()でなぜ最期を迎えなければならないのか。

 

 

 そんなよくわからない”正”のエネルギーが、あらゆる冷笑(ニリヒズム)を焼き尽くす。

 俺たちの解釈(ゴジラ)を見せてやる。迷妄に苦しんでいたはずの人々は、今や誰もが力強く咆哮していた。燃え上がるゴジラの姿に、誰もが不屈を見出していた。

 

 よくわからないがそれでいい。理屈など知ったことか。

 

 別に、ゴジラに対して己の身勝手な解釈を押し付けてきた醜さに人々が正しく向き合ったわけではない。それの何が悪いと開き直ったわけでもなくて――ただ、彼らはこれではない何か違う未来(ゴジラ)を求めていた。

 

 これは違う、これではない。

 今の世界は間違っている。

 仔細は違えど、地球に住まうすべての人々が、とにかく怒っていたのだ。

 

 それは捻くれているけどまっすぐで、よくわからない先を望む解釈で、それらがとにかく片っ端から意味不明で超絶馬鹿な熱量へと変換されていく。人類七十億人の怒りの流れは、もはや誰にも止められない。

 

 だって、みんなはずっとこれが見たかったのだから。

 

「馬鹿馬鹿しい、こんな簡単なことに、なんでどいつもこいつも悩んでいやがったんだ?」

 

 これがゴジラなのだ。

 これ以外はゴジラではないのだ。

 

 この斬新な再解釈(リブート)を、気を衒った迷走(アンチヘイト)などと貶めることは断じて誰にも許しはしない。

 夢見た景色はここにある。

 

 対峙する両者。

 第二ラウンドの火蓋は、これをもって切って落とされたのだった。

 




ランドウ ( ゚ρ゚ ) ←今こんな感じ


しかし、「ゴジラ」そのものじゃなくて「ゴジラ界隈」とか「ゴジラ創作論」に踏み込んだ時点で底なし沼にはまった気がするすかろくです。
界隈について語る時点でもう視点がオタクじゃないというか……
以前に語った通り、作品中で特定の思想や嗜好を攻撃するってのがどうも苦手なので。
作中で何かが否定されなければならないとするならば、それは作者本人でなければならないと思うのです。

流石に次回こそは第一部完結

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