殺滅のソテイラ   作:すかろく

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第3話 殺滅の咆哮

 

  ――既出の通り、この三〇年間ゴジラはいっそ病的なほど執拗に、”同類”である怪獣のみを攻撃対象にしている。人口密集地に近づくどころか、人間を視界に入れさえしないのだ。

 

  無論、百メートルに達するその巨体は、悶えるだけで津波を生み出し山を崩す。他の怪獣との殺し合いともなれば、その余波だけで深刻な災害が発生することは想像に難くないだろう。

 

 ……しかしそれを加味してさえも、明確にゴジラによって引き起こされた災害による死傷者は――全世界で年間五〇人を下回るというのが実情だった。

 

 これを多いとするか少ないとするかは、個々の立場や価値観によるだろう。しかしゴジラ被害の全盛期を念頭に置くならば、その脅威度が圧倒的に減少した事実は否定できないのだった。

 

 それに伴い大概の怪獣は、最早人類を攻撃するどころか産声を上げた段階で、等しくゴジラに縊り殺されるだけの存在に成り果てた。

 地球に悪意を持って接近した宇宙人も同様である。宣戦布告すら許されず、UFOは衛星軌道上に近づいた時点で容赦なく撃墜される。

 

 ならば人類は化外の恐怖から解放されたのか? ――それこそ否である。

 

 確かに往年の最悪期に比べれば、怪獣被害による死傷者数は五パーセント以下にまで減少しているのは事実だ。しかし――ゼロではない。

 ゴジラの恐怖支配の監視網を潜り抜け、怪獣としての生を謳歌する生存戦略を樹立した種が存在するのだ。例えばその代表例が、目下稚内の街を蹂躙しているガバラである。

 

  隠れ潜み、逃げ続け、小型化や集団化など各々が環境への最適化を図り続け――嘗ての世代からすれば想像もできない、異様な進化を遂げた新世代の怪獣たち。

 

 姿形や習性はバラバラだが――ガバラを筆頭に、これらの怪獣は共通して神出鬼没であり、先手を打って対処することが難しいという特徴を有している。

 

  一方で諸国としては、これ以上防衛費に予算を割けないという切迫した事情が存在した。

  何故なら、諸国が現在目指しているのはあくまで政治的な勝利――怪獣を地球から完全に駆逐し、人類を救済するという御旗を掲げ、そして後の国際社会で覇権を握ることに他ならないからだ。

 その為に一秒でも、一歩でも早く他国に先駆けんとしているのに、他国への散発的な被害程度に構っている暇など欠片もない。

 

 本来こういった事態に対処するのがGフォースの役目だったのだろうが――かの組織は最早、対怪獣組織としての体を為していない。……元よりその組織規模故に複雑な指揮系統を有するGフォースが、ゴジラ以外の怪獣の出現に対して機敏に対処できたとは考えづらいが。

 

 このような現状を良しとする者は当然皆無だが、だからといってこれらの怪獣を封じ込める具体的な策など存在しない。

 

 ならばどうする――諦めるのか? 否、ならば話は早い。

 

 前提として求められているのは、一切しがらみに捕らわれず、より身軽に怪獣被害に対処できる存在。

 それは国際組織がグローバリズムの流れと共に緩やかに力を失い、やがてグローバル企業が世界を制していくという構図と全く同じであった。

 

 そう、つまりは民間組織の台頭――その名を、”赤イ竹(レッド・バンブー)”という。

 

  Gフォースが機能不全に陥ったのは()()()()()()()()()()()()()()()だ。であるなら、()()()()()()()()()()()()問題なかろう――そういう理念の元に、あるNGO団体が”起業”したこの組織は、公的に認知された存在でこそないものの、事実上、世界最大の対怪獣処理機関となっている。

 

  彼らをグローバル企業と例えるのは、無節操という点では確かに適切だ。しかし賢明(スマート)さという基準であるならば、それはあまりに無縁なものだった。

 

 怪獣が現れたと聞いたならどこの国のどんな修羅場であろうと突撃し、実戦経験に裏打ちされた非凡な戦術眼で怪獣を確実に撃破する。

  しかしその過程で、危機に晒された民間人や破壊される街など一切無視だ。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 時には諸国の汚れ仕事の一切を引き受け、民族浄化に手を貸した疑いさえ持たれている。

 最早彼らは世界秩序を守る番人とは決して呼べず、どれだけ贔屓目に見ても必要悪の域にすら至っていない。

 

 

 それでも彼らが支持されているのは偏に「実績」の有無。――つまり、彼らはあまりにも強いのだ。

 

 

  これは組織規模や軍事技術というロジックの話ではない。

  彼らは、死という物を全く恐れない。凡ての怪獣が当たり前に有している、物理を超越した神とも見間違う固有能力を前にしても一切怯えず退かず突撃し、刺し違えてでも傷をつける。

 

  勇猛とも無謀とも違う彼らの異様な在り方は、掲げられた旗幟(スローガン)――即ち、「見敵殺滅」の一言に集約される。怪獣がいるなら絶滅させよ。それ以外のことなど取るに足らない。振りかざされた怒りにこそ、正義の炎は宿ると知れ――つまりはそういうことである。

 

 

 そこに怪獣が存在するのであれば、理由も合理も損益も関係なく――当たり前に。まるでそれが化学反応か何かの公式のように、どの国のどんな組織よりも早く修羅場に突撃し、怪獣を粉砕する。

 

 

 

  ……だからこそ、この稚内という町にも彼らは当然の如く現れたのだ。

 

 

『――死ね、死ね、死ね』

 

 狂おしく、風の一陣にすら殺意と憎悪を丹念に練りこまんとする、低く遠く響く声。

 

 砂丘の様に切り開かれてしまった稚内の町――上空から見れば瓦礫の灰色と血吐瀉の赤茶のコントラストがおぞましくも美しく映っただろう。

 しかし数秒毎に、炸裂音と共に灰と赤茶が弾け飛んでいく。ミステリーサークルの様な破壊の痕跡が、数十メートルほど離れながら稚内の町にまだらに増えていく。

 

 

 より具体的に言うのであれば、それは、“黒い甲冑”の握りしめた――いわゆる長物、スコップのような鉄塊の一振りでガバラの肉体が微塵にされていく様であった。全高としては精々五メートルほど。異様に伸びた四肢と細い胴ではあるが、基本的にそれは二手と二足と一頭を有する人型の域を出ない。

 

 

 動力らしい動力も見当たらないそれが、稚内の町を縦横無尽に駈け廻っている。その咆哮、一喝と共に振り下ろされた刃と共に、()()()()ガバラの、銃弾も通さないはずの粘皮を切り裂き骨を砕く。

 

 

 ()()()()――そう、ガバラは逃げ惑っていた。

 

 

 人間の兵器に恐怖し、怯え、無様に地べたを這いまわっていた。

 これは異常な事態である。

 どれだけ小型化の一途をたどろうが、ガバラという存在が怪獣の一角を占めていることには変わりはない。彼らが真の意味で恐れるのはゴジラのみ。そうである以上ガバラ(怪獣)が人間を恐れるなどありえないしあってはならない。

 

 

 そう――前提として、人間は怪獣を倒すことはできない。

 

 

 

 人間とは一方的に奪われ逃げ惑うだけの背景(エキストラ)であり、その逆はない。人が人である限りありえない――いや、あってはならない()()()()()()()()()()暴挙だ。

 あまりにも唐突すぎる展開で、底知れぬ意味不明さに満ちている。しかしそれでも確かなのは唯一つ。“赤イ竹(レッド・バンブー)”は今なお常勝であり、故にガバラの群れはここで滅びるということ。

 

『殺す――殺す殺す、叩き殺すっ!!』

 

 

 どこが前なのか、後ろなのか、上なのか、下なのか。まるでのたうち回る蛇の如きガバラの群れを駆け巡り、稚内の混沌を突っ切っていく。赤く、毒々しく煌めくバイザーが、甲冑の動きに合わせて中空に赤い光のラインを描いていく。黒い弾丸が通り過ぎるたびに、唸り声や悲鳴が響き、血しぶきが飛び交っている。

 ……そもそもガバラは稚内の町に広く散開していたはずだった。

 しかも、すぐ傍に稚内港――海、つまりは気軽に逃げられる非常口が確保できている以上、本来このような一網打尽という事態はあり得ない。

 だというのに逃げられない。黒い甲冑は怪獣(ガバラ)を一匹たりとも逃がさない。己の全霊を速度に全振りし、雷鳴とも見違う域で大地を滑空する。

 

『……逃げるな』

 

 喚声を上げながらお互いに押し合い圧し合い、塊となって海へと殺到していくガバラの群れ――その進行方向に黒い影が回り込む。

 

 ――そして、猛る羅刹が咆哮した。

 

 人間どころか、生物の喉から発せられたとすら思えない、異常に低く響く叫び声。

 そして、同時に振り抜かれる刃。荒れ狂う鉄人の鉄槌で、ガバラ数匹の肉体が同時に両断された。機関銃の掃射でも傷一つつかないぬめりを帯びた鋼鱗が、力任せに引き裂かれていく。

 

 強い。ただ只管なまでに、強い。

 あくまでガバラを相手にしている現状に限定した話だが、それでも間違いなく人間の文明が怪獣を超越している奇跡の瞬間である。

 

 人の形をした機鋼兵――しかしロボット怪獣というにはあまりに小さく、何よりその動きが()()()()()()

 弾丸のように疾駆する直線の動きと、巧みに障害物を躱す曲線の動き。得物を頭上でくるりと回し、背後の敵を無駄なく突く動き。剛と柔が合一した、その一挙一動全てがあまりに()()()()()()

 

 そう、正確に説明するのなら”これ”は衣服型外付け骨格――いわゆるパワードスーツに分類されるもの。

 

 その名を、汎用ヒト形衣服式外骨格――通称「ジェットジャガー」。大地を駆ける黒鉄の豹である。

 つまり無線による外部制御で動かしているのではない。()()は生身の人間が駆動させているのだ。

 

 「生身の人間に至近距離で怪獣との接近戦をやらせる」というその開発コンセプトの時点で狂人どころか外なる宇宙由来の発想としか思えない狂った兵器は、しかし”赤イ竹(レッド・バンブー)”の主力兵器として無視できない戦果を挙げていた。

 

 ガバラのような小柄で神出鬼没、尚且つ行動範囲が広い怪獣に対処するには、メカゴジラやMOGERA(誇大で大げさな兵器)は不向きだ。力不足と言い切っていい。つまり必要とされるのは、高い汎用性と整備性を両立した小型兵装。

 また電波障害(ジャミングフィールド)によるに通信障害を念頭に置くなら、外部端末による遠隔操縦も難しくなる。つまり求められる条件は「小型」でなおかつ「有人」であること。

 

 ……その観点に基づけば、確かにパワードスーツはそこまで悪い選択肢ではないだろう。

 

 しかしそれでも、ガバラに合わせてわざわざ地上戦を行う利点は全くないのだ。標的を厳密に定めることは難しくはなるだろうが、超上空からの空爆の方が遥かに安全で経済的なのは自明の理である。

 更に付け加えるのであれば、重心バランスが悪く壊れやすい二足歩行(ヒト形)に拘る必要性も皆無だ。履帯(キャタピラー)や多脚という古典的ながらも実証的な方法がこの世には存在する。

 

 あらゆる角度から考察しても、ジェットジャガーという兵器が何か大事なものをはき違えているのは間違いなく――()()()()()、怪獣に対する実践的な有効打になりえたのかもしれない。

 

 何故なら、怪獣は狂っているからだ。

 

 怪獣とは、この世の法則を乱す狂気である。狂った存在に相対するには、己もまた狂わねばならない――つまりそういうこと。

 少なくとも、()()()()()()()()その理屈を当てはめるのはとても正しいことだろう。

 怒りに支配され、戦場に慟哭し、深すぎる怨念を振りかざしている。そしてそれは、人間に対して悪逆を振るう怪獣への怒り――などという()()()()()()()()義憤などでは、断じてない。

 

 

『怪獣――気色悪い、なんでテメェらは生きている。許せねえ。この地上に、オレが許せないものが満ちるな増えるな営まれるな――』

 

 

 怪獣(ガバラ)が視界の隅に映ったならば、その瞬間に直線軌道を九十度以上に捻じ曲げて急速方向転換。その勢いと負荷でジェットジャガーの足がゴキゴキと不吉な音を鳴らし、火花を散らしていく。その無理な移動の過負荷は、搭乗者であるその者にすら襲い掛かっている筈だ。内臓は圧迫され、四肢には根元から折れよ砕けよという圧がかかっている――筈なのだ。しかしそんなものは、一切無視だ。怨念じみた叫喚と共にガバラに襲い掛かる。

 ……そしてその過程で、

 

 ――助けを求めて逃げ惑う無辜の人々を、

 ――亡骸に縋りつく人々を、

 ――ガバラに人質にされる人々を、

 

 その全て一切を、何の躊躇いも無く踏み付け踏み越え踏み倒しながら――脇目も降らず前へ前へと突撃する存在を、狂っていると言わずして何とする? 少なくとも、善に分類していい存在ではない。

 

 ……確かに、稚内分屯地が壊滅し外部との通信が遮断されている(助けが来ない)現状を鑑みれば、どの道その命がガバラによって最悪の形で摘み取られていたことは間違いない。食欲や破壊欲を満たす――そんなものはオマケで、ガバラが人間を襲うのは主に()()()()()()()()()()

 つまり、一瞬で終わらせてやっていると考えれば、寧ろ慈悲深いとすら評せるかもしれない。そもそも逃げ惑う一般市民に配慮しながら切り抜けられるほど、ガバラという怪獣は甘くはないのだ。

 

 ……要は早いか遅いか、誰がその罪を為すかという違いでしかなく。

 結論は、変わらないのだ。

 

 狂戦士が、ガバラの最後の一体の頭蓋を踏み潰した。その末期の叫びは、怪獣にしては随分と細く小さいものだった。

 まるでカエルが潰れたみたいな、情けない呻き声だった。

 

 ◆◆◆

 

「……仕方がないから、だからあれを見過ごせというのか? ふざけた理屈だ……っ」

 

 滲み出る憤りを隠さない声は、眉間に深い皴を刻むランドウのもの。

 

 僅かに荒れ模様の寒々とした海。稚内港から数百メートルほど離れた場所で、一隻の軍用ボートが波に揺られながら停船していた。

 二十メートルほどの小型特殊任務艇だ。〇八年の改修時に型落ちとなったものを米軍から買い叩いたものだろう。その船体は時の流れに抗うこともせず錆びつき果て、波に打たれるたびに脆く傾いていた。

 

「いや、違うよな――なによりふざけているのは、安全地帯から眺めるだけの自分が手前勝手な怒りを覚えていることか」

 

 黒ずみの目立つ甲板の端――デッキの手すり(ハンドレール)から身を乗り出すように、ランドウは陸地に視線を向ける。食い入るように見やるは稚内の惨事だ。

 苦し気なランドウの傍に立つのは、彼より少し上背のある若い男だった。今年で二十五歳になるランドウと歳はそう変わらないだろう外見の男は、猛禽を思わせる鋭い双眸を稚内にまっすぐ向けている。

 

「だろうな」

「他人事みたいに言うんじゃねえよ。お前も赤イ竹(レッド・バンブー)の一員だろうが」

「それがどうした。まさか涙を流してこんな悲劇はあり得ないと泣き散らせばそれで納得するわけじゃないだろう?」

「……納得してやるよ。これは目の前の問題に共感できるか否かの問題だ。理不尽な虐殺に対して悲しめない人間と並んで仕事ができるかよ」

「なるほどな」

 

 静かな、ゆったりとした響きの声音だった。

 

「ただ勘違いしてくれるなよランドウ。俺も悲しんでいるし悼んでもいる。冷血漢のように言われるのは心外だ――ただ、慣れているから表に出さないだけのこと」

 

 若い男だった。

 短く切りそろえた髪に、皴一つない軍服を着こなす男。若々しい顔立ちだがしかし、その表情は疲れ果てた老人のように重く暗い。

 

 ――ハルオ・サカキ。 ”赤イ竹(レッド・バンブー)”所属の、特級戦闘員。

 

 出自不明経歴不詳。その日本人らしい名前(ハルオ・サカキ)が本名かもわからない。けれど、そんなことは誰も気にかけない。

 

 この組織で重視されるのは、偏に実力の有無のみだから。

 

 怪獣の固有能力を一瞬で看破し攻略する非凡な戦術眼。卓越した交渉術や政治眼。二十五歳には不釣り合いな、()()()()()()()()()()()()()()()老熟した判断力。それらは十分以上にハルオの優れた資質を示していて、だから”赤イ竹(レッド・バンブー)”にとってはそれで十分だ。

 

 いずれにせよ、この盗賊の類としか思えぬ荒んだ集団にあって、唯一人理性的な話が通じる貴重な存在。自然、現場を重ねるたびにランドウとの距離は近くなる。

 会話の内容もその口調も親しげだ――本来、そこには隙を見せられるような気安い関係はないのだが。

 ちなみに二人が揺られている黒いボートもまた、赤イ竹(レッド・バンブー)名義の持ち物だ。

 

 長い永い旅路を行き過ぎて、疲れ果ててしまったような深いため息を一つと共に、ハルオはゆっくりと口を開いた。

 

「お前の気持ちは分かるさ、ランドウ――何であれ、あそこで起こっているのは人殺しだ。肯定されるべきではない。

 しかし人命よりも怪獣殲滅を優先することを愚行と呼べるかというと難しいな。ガバラの規格外の繁殖力は、()()()()()()()からでも群れ(コロニー)の再建を可能にする――ここで、全ての命脈を完全に断ち切らなければ、将来的な被害は拡大する一方だ」

「理屈は分かっている。だが――」

 

 百の大義や合理を並べたところで、命を蔑ろにして得られるものなど何の値打ちもない。道端の犬の糞にすら劣る塵屑だろう。……言葉にこそしないが、そういうことだ。

 鬱血するほど握りしめた拳を、苛立ちのままにランドウは金属の手すりに叩きつけた。

 

 目下の問題であるガバラの出現――強烈なジャミングフィールド(妨害電波)が張られた稚内の、その緊急事態を真っ先に感知したのは、当然、日本政府ではなく“彼ら”だった。世界の嫌われ者にして厄介者――”赤イ竹(レッド・バンブー)”。今回日本政府が秘密裏にバトラ(怪獣の死骸)の回収を依頼した、極北地域分隊である。

 

 オホーツク海から宗谷海峡をぐるりと巡るルートで稚内に向かって巡行していた彼らが件の状況を把握。急ぎ日本政府に連絡を取り、同時並行でガバラの鎮圧に移ったのだった。

 

 業務の都合で赴いた先に偶々怪獣がいた――これは偶然でしかないが、しかし”赤イ竹(レッド・バンブー)”にとって必然、運命の類なのだ。彼らの征く先には必ず怪獣がいて、死屍累々が残ると決まっているのだから。

 

 ……いや、正確に言うなら。

 

 実のところ、”赤イ竹(レッド・バンブー)”実動隊は、実際にはまだ稚内の地を踏んでいない。

 時刻はもう夕暮れを廻ったところ。()()()()()遂行のために宗谷海峡を渡航中だった輸送艦と掃海艇は、まだその姿を見せていない。

 

 しかしならば何故。

 ハルオとランドウは本隊に先駆けて稚内――怪獣(ガバラ)が跋扈する最悪の修羅場に行き着いていたのか?

 誰よりも先んじて稚内の現状をその目で確認する必要があったランドウはともかく、ハルオまで何故?

 

 ――視線の先に、答えはある。

 

 稚内にガバラが出現した――その事実を誰よりも何よりも早く感知し、独断先行と勝手な戦闘で甚大な被害を出した()()()()()の愚か者。

 それに慌てふためき、本隊に先駆けてボートで追跡したのがつい先刻ほど前のこと。稚内の地が彼方に見えた時点で、もう全てが終わっていた。

 

「しかし……ガバラが稚内に現れただと?」

 

 あれは稚内などと言う高緯度地域に近づく怪獣ではなかっただろう。ガバラとは低温や人工密集地、そして先進国の軍事拠点を避けるからこそ、諸国から見て見ぬ扱いをされて来た筈であり。

 ……無論、それは経験則や解剖データからの推測に過ぎない。所詮は過去だ。だとしても、この前兆のない変節は容易に受け入れられるものではない。

 怪獣を取り巻く環境(パワーバランス)に何かの変化が生じているのか――しかし現段階で考察することは、寧ろ悪手だ。どう考えても原因が不明な以上、あれこれと考察することは余計な先入観に繋がりかねないから。

 

「いずれにせよ動かない事には始まらないな。……向こうも丁度終わったようだし」

 

 ここからでも聞こえる鬨の声。しかし勝利の栄光とは無縁の、怨念に満ちた叫喚が稚内の町から海を越えて――遠く離れた船にまで届いた。対怪獣戦において、“赤イ竹(レッド・バンブー)”が敗退したことは一度もない。いつでもどこでも、そして今回も、誰一人として喜ばない最悪の戦果を挙げるのだ。

 

 そんな同胞の活躍に何を思うのか――ハルオの表情からは何も読み取れない。数秒の沈黙の後ハルオが口を開いた。

 

「今頃日本政府は泡拭いて腰抜かしてるぞランドウ――日本国内での表立った怪獣被害なんて何年ぶりだ? 政権崩壊にすら繋がるかもしれない」

トップ(お上)の権力闘争なんかどうでもいい」

「なんだ、出世は男の華――とか興味ない口だったか?」

「仕事の本質とは言えないだろう。……初心が鈍る」

 

 言葉の内容に反して――その吐き捨てるような物言いから、彼が自分の現状に不満を持っていることは明らかだ。

 東京大学卒業後、官僚としてストレートに防衛省大臣官房入り――いわゆるエリートの扱いを受けるべきランドウがGフォースに左遷され、怪獣が跋扈する最悪の修羅場(稚内)の至近距離に身を置く羽目になっている。

 元より防衛省は霞が関の出世街道の主流からは外れたルートとされるが、かといって“これ”は名門矢口家の人間にさせていい仕事では断じてない。

 

「知ってるぞ、セクハラしてた防衛事務次官の奥歯と顎骨へし折って病院送りにしたんだってな。報復人事でGフォースに飛ばされたって――ユウコから聞いた。まぁ、皆、喜んでたから良かったんじゃないか?」

「……そうかよ」

 

 心底不快そうな、本日何度目かの舌打ち。彼の眉間に深く刻まれた皴は、果たしてこの先、消えることはあるのだろうか。

 いや決して無いだろう。日本は……今の世界は、笑って過ごせるほどには易しいものではない。諸国の睨み合いが生み出す仮初の平和に覆われた世界。一皮剥けばどういうものかは、あの稚内が教えてくれる。

 嘘偽りと虚構と疑心に苛まれたこの世界――正しいか正しくないかは別として、望ましくないのは間違いないだろう。

 

 吐き捨てるランドウは、ふと隣のハルオが面白がるような、不思議なものを見たかのような表情をしているのに気が付いた。

 

「……なんだ」

「いや――似たような表情をするんだなと思ってな。眉間の皴具合がそっくりだぞ」

「誰と」

()()()と」

 

 言って、指し示すその先――海を挟んだ、稚内の町。

 ガバラの死体を、その痕跡が残ることすら許せないと、怨念じみた叫喚と共に何度も何度も鉄塊で磨り潰している黒い甲冑――ジェットジャガーの姿。ぼんやりとした夕闇の向こうなのに、その闇より深い黒色はハッキリと目に焼き付く。

 

 ……ハルオが言いたいのは、あのジェットジャガーを纏っている者のことだ。

 

 知らず知らずのうちに、ランドウの眉間の皴が更に深くなる。面白いように顔を強張らせるランドウを見て、思わずハルオは噴き出した。

 

「……つまりお前は、俺があの狂人と同レベルだと言いたいのか?」

 

 明かに気色を害した声。

 

 

「パネト――パネト・ヘイトスピーチ――”怪人のパネト”」

 

 小さな呟き。

 そう、あんな狂人にも名前がある――パネト・ヘイトスピーチ。本名かどうかは知らない。

 

 “赤イ竹(レッド・バンブー)”における対怪獣戦において無双の戦果を挙げ続ける戦士。個人レベルの武勲で言うなら、世界最高にして最強の、狂人。

 世界の誰よりも多くの怪獣と戦い続け、そしてそれと同じくらいの人命を殺滅し続けている狂人。見敵殺滅の理念の体現者。

 

 

 ――端的に表現するなら、この地上において人の身にありながら最もゴジラに近い存在であると言えた。

 

◆◆◆

 

 ついでに、この気が触れた物語の主人公である。

 

 

 

 




ランドウ「えっ、俺が主役じゃないのコレ」



……プロットって書いても実際に執筆する際は全然あてにならないっすね……。
当初の予定だと1話~3話の内容で合計2万文字以内に収まっているはずだったのですが、どんどん膨らんだのが現状です。

本文中で示唆されている通り、ガバラも稚内襲撃の際には某ゴブリンスレイヤーに登場するゴブリンみたいなことをしてもらうはずだったのですが、文章力が間に合わず、また描写があまりにも冗長になり1万文字書いても間に合わない……何よりそんなの怪獣ファンはだれも望んでないことに気が付き、カットした事情があります。

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