「熱線」って変換したつもりが「熱戦」って誤字ってる。
あれから時は流れてさらに一か月後。
地球。命育む奇跡の星。
銀河の端っこを静かに漂うこのちっぽけでありふれた星は、しかしその矮小さに反して、46億年の歴史を通して数多幾多の奇跡を成し遂げた。
分厚い大気と豊かな水を作り上げ、そして生命を生み出した奇跡の稀星。
しかしこの稀星が、真に稀なる所以は
そうだ。この星には、地球には、女神がいるのだ。
衆生を鎮め、奇跡を成し遂げ、陽を象徴し、救済と永遠を司る極彩色の女神。古今東西凡ての美辞麗句はこの女神を讃えるためだけに存在したと確信できる、その優美さ。
女神を――今は一つの“卵”をと共に眠る女神を、人々はモスラと呼び、崇めている。
◆ ◆ ◆
ミクロネシアの海の上。
80メートルに至る非常識な巨体が、マッハ3というこれまた常軌を逸した速度で飛行していた。
連なる環礁をソニックブームで粉々に砕きながら直進し続けるその怪獣は――あまりに剣呑で、過剰な攻撃性を搭載していた。
細く伸びた四肢を覆う、淡い群青色の鎧。全身に隙間なく敷き詰められた棘やフックに、赤く不気味に輝くバイザーで覆われた猛禽を思わせる鋭い面貌。腹部には回転ノコギリまで搭載されていて――しかし何より目を引くのは、その両腕だろう。
その先端にあるのは掌ではなく、巨大な大鎌だった。忌まわしい存在感――果たしてどれだけの命を奪って来たのか。
掌という、潤いある生命活動には必須となるパーツを、武器に挿げ替えるという愚行。怪獣だろうが何だろうが、それが常軌を逸した発想であることには間違いなく、事実として“これ”は最早常識的な生命として定義できる存在ではない。
ガイガン――俗にサイボーグ怪獣などと呼ばれる、この化外の名前であった。
背中のヒレ状の翼や、鎧の隙間から僅かに覗く金色の鱗など、まだ有機的な部分も残ってはいたが、その肉体組織の八割は機械化処置が為されている。
もうその身体にはガイガン自身の魂と呼ぶべきものはなく、創造主の意思のままに破壊活動を行う機械兵という形容がふさわしい。
いや――最早ゾンビという方が適切か。
既にガイガンの創造主にして命令者たるM宇宙ハンター星雲人は、一“
それが真っ当な平和交渉を望む勢力ではないことは、彼らが引き連れていたガイガンの軍勢を伺えば明らかだった。
怪獣が跋扈する末法の世にあって尚、SF映画の絵空事だった宇宙人の侵略戦争――土星軌道上にまで進軍した艦隊がゴジラの長距離熱線狙撃で消滅するというあっけない最期でなかったなら、それこそ人類は滅んでいたかもしれない。
……その常軌を逸した顛末の詳細は後に語るとして、問題となったのはガイガンだった。
M宇宙ハンター星雲人が搭乗していた艦隊は、侵略者からめでたく宇宙ゴミにジョブチェンジしたが、その尖兵たるガイガンは別である。
ゴジラの熱線攻撃に巻き込まれ焼失したのが大半であったが、それを逃れた個体群の一部が地球の引力に引かれ――隕石となって飛来したのだ。
当然地上に落下した個体は人類の手で討滅されたが、海底深くに沈没したものまでには手は回らない。
「人類を滅ぼせ」というM宇宙ハンター星雲人の最後の
時刻は朝方を回ったところであり、人々が寝ぼけ眼をこすりながら経済活動を開始する時間帯だ。
――そしてそんなことは今の地球ではありえなかった。
「――――■■■■ッ!!?」
爆発音と共に、海上を直進していたガイガンが、唐突に失速した。
残像すら置き去りにする勢いで独楽のように高速旋回し、凄まじい勢いで海中に墜落する。
発生する衝撃波――水飛沫が津波の様な勢いで吹き上がった。音速を超える巨大飛翔体が海水面に叩きつけられたとなれば、その総身を襲った物理的衝撃は想像を絶する。即死しても何ら疑問はない。
しかし――いや、やはりというべきか。数瞬遅れて。
衝撃の勢い覚めない荒れた大海と、渦巻く海霧――それらを全て等しく
己に奇襲をかけてきた愚か者を、その血走った
――ゴジラか? 否、これがゴジラなら一撃で仕留めていただろう。
その答えは、遥か彼方の上空の空にあった。
「――――――
ガイガンの動きが、忘我で一瞬停止した。
殺意以外の情動を喪失したサイボーグ怪獣が、恍惚に我を忘れるほどの圧倒的奇跡の化身が、そこにはあった。
――モスラ。
太陽を背にして、空に広がる大きな翼。極彩の綾模様に彩られた羽をゆっくりとはためかせながら、その聖性は限界を知らぬとばかり眩く輝いている。
細くたおやかな純白の胴体に、柔らかな六肢。華奢な背から生えている羽――ああ、全体的な姿形こそ、確かに蝶や蛾のような鱗翅目に似ているようだ。しかし……最早これを”蝶の怪獣”などと呼ぶことは不適であり、何より不敬ですらある。
天井の女神が
慈愛と慈悲の権化は、ガイガンの非道を断じて許さない。
インファント島からマッハ20という速度でガイガンを捕捉し、
「■■■……■■■■■■ッ!!」
――しかしここに聖性など知らぬと叫び、罵り罵倒する唸り声があった。
モスラ――これは確かに想定外であり、その聖性を前に本能中枢が多少のエラーを起こしたことは認めよう。しかしそれがどうした?
最優先事項は「人類を害する」という結果であり、その経過でバグを起こしたのなら
つまり、邪魔者は削除する。
浮遊したままガイガンは両の鎌を頭上に掲げた。M宇宙ハンター星雲人が設定した必殺の構えだ。
数テラワットに及ぶ破滅的なプラズマエネルギー――全身の棘を走る稲妻は塊となって腕へ流れていき、そして刃へと充填されていく。
狂ったような殺意の波動に対して、しかし向かうモスラはあくまで静寂だった。その羽をはためかせながら優雅に空を舞うのみ。
それは油断か、何かの策か。
殺意しかない虚ろなサイボーグはそんなことにはまるで頓着せず……だからこそ気が付かない。
赤、青、黄――極彩色の綾模様の羽ばたきのたび、空に舞い散る虹色の鱗粉。それがまるでガイガンを中心に円を描くように光のラインを描き、そして環礁全体に結界が張られている事実に。
鱗粉によって形成された広範なエネルギーフィールド――守護するため、或いは封じ込めるための“それ”は、この時に限っては
もしこの時ガイガンがモスラの聖性を前に省みることがあれば――否、それがあり得ないからこそ
ガイガンの双鎌から膨大なエネルギーが吹き上がる。咆哮と共に飛び上がり、眼前の邪魔ものを両断せんという全霊の一振り。
プラズマは極光となり、斬撃の形をした熱線となってモスラに襲い掛かる――ことはなく。
語るまでもない。
細胞一欠けら残さず消滅させるという殺意を込めた熱量は、聖域の守りに弾き返され。
そのまま綺麗にガイガンを焼き尽くした。
――そしてこれは、今から
◆ ◆ ◆
――東京ドームにて。
巨大な空間を埋めるほどの群衆が、そこにはいた。
暗闇の中で、彼らは固唾をのんで祈るように、そして縋りつくように、揃って一つの方向に視線を向けている。
その先にあるのは、ホール奥の空中ディスプレイ。
巨大な空間にあって唯一の光源であるそれは、まるで教会の
映し出されているのは、ミクロネシアの海――シドニーの町を襲わんとするガイガン、それを防がんとするモスラの、その過去の戦闘映像だった。
ガイガンが叫喚と共に不吉な鎌を振りかざせば人々は見ていられぬと目を背け、モスラの虹色の聖性の光が映ればその瞳は子供のように輝いていく。
やがてモスラがその極彩色の力でガイガンを消し飛ばした瞬間、綾模様の波動はディスプレイの処理許容を振り切り、唯只管までに純白の極光となって群衆を眩く照らしていく。
一瞬の静寂――そして次の刹那。
ホールを割れさせんばかりの大喝采が沸き上がった。
人々は驚喜に涙し、まるで救世主の御業を見たかの如く身を震わせている。モスラの美しくも猛々しい雄姿を讃える声。それはもう感極まるどころの騒ぎではなく、何万人もの喜びの渦は地鳴りとなってホールを揺らしていく。
それはまさに歓喜の洪水――!
このホールにいる何万もの人々だけではない。この光景は日本全国に中継されていて――この瞬間、何千万という人々が同時に
33年前――モスラはその奇跡の御業でもって、数年後に地球と衝突するはずだった巨大隕石を破壊した。
言葉にするだけなら、随分と気軽な話だ。
……その“隕石”なるものの実態が直径30kmで総質量が月に匹敵し、移動速度に至っては光速の数パーセントに達する化物だ――という事実を無視すればだが。
地球と“それ”が正面衝突すれば、どんな天変地異が巻き起こるかは考えるまでもない。少なくとも、怪獣以外の地球生命が生き残る目は皆無だろう。
本来バトラが担うべきだったその大役は、命を賭すという言葉ですら生温い代償を要求した。その力の大半を喪失したモスラが地球に帰還し、休眠状態に入ったのが30年前のこと。
そしてガイガンの起動を感知し、疲弊癒えぬ身のまま出撃したのが20年前――モスラは戦いの果てに一つの“卵”を残し、インファント島にて永き眠りにつき、今に至る。
本来人間の存在など歯牙にもかけない化け物が、己の生存すら
――やがて
ゴジラの登場と共に既存の宗教への信仰は全て失われたが、その一方で地上の人類の多くは今はモスラを救済の女神として信仰の基盤としている。
つまり、終わりの日に甦る預言者。末世に舞い降りる白い英雄。やがて君臨する善志の化身――あらゆる宗教で長らく語られていた救世主であると見なすのは当たり前で、だってモスラはあまりにも正しすぎたから。
崇めるだけの偶像ではなく、現実の救いをもたらす。まさに、神としか言いようがなかろう。
これは確かに少々歪な形かもしれないが……人々が縋るものを求めるのも、仕方がないことだ。
怪獣との長きにわたる生存闘争と、隣国との冷戦構造。失われる人命は決して少ないものではないのは既出の通りで、それに付き合わされる国民の精神的・経済的な疲弊は想像に難くなかろう。……有り体に言えば、日々の生活が苦しいのだ。
怪獣資源により得られる超自然的エネルギーは確かに人類の文明・文化レベルを飛躍的に向上させ続けているが、それはあまりに歪なものだ。直接的な恩恵を得られる階層や分野は限られている。
自分たちの手の届かない場所で勝手に繰り広げられる、怪獣との生存競争と、隣国との軍拡競争。
何が悪いわけでもないが故に改めようがない世界の歪みを、誰しもが正しく認識できているわけではない。それでも、閉塞感漂う現状に対する危機感と不満はあるのだ。
そうした人々が反戦運動を始めるのは当然で、そしてその精神的な主柱にモスラが御座すのも当然だった。
『稚内の、あの悲劇から一ヶ月――今尚、怪獣により引き起こされる災いは絶えることがありません』
そこにいた全ての人間の視線が、モニターから壇上に立つ一人の少女に移った。期待と歓喜の念が、そのままに少女に浴びせられる。
ドームの中心に立つ少女は少し緊張げに、しかしそれ以上に誇らしげに、凛とした表情を崩すことなく言葉を続けた。
『私たちが望んでいるのはなんということもない、怪獣による理不尽のない平穏な日々なのに、どうしてその道のりはこれほど遠いのでしょうか。
怪獣だけではありません。危機に対して、私達ヒトは纏まれないでいる。こうして話をしている間も、紛争は絶えません。今日の生活に苦しむ人々に充てられるべき
”これは怪獣から守るために必要な武力だ”と大人達はいいますが……ではその兵器が実際に、怪獣の防衛に使われたことはありましたか?』
美しい、少女だった。
たおやか、という言葉がこれ以上に似合う事も無いだろう少女。
陶器のようにすっと白く通る鼻筋に、豊かに波打つ金髪。ほのかに透ける白い肌に、白いブラウス。
何処か浮世離れした印象を与える少女は、しかしその零れるような瞳に強い意志を感じさせる。
華奢ながらもすらりと立ち、衆目の前でも気丈に胸を張る。細く長い指先を胸元で握りめる上品な所作には、何か常人とは異なっている
彼女の背後の空中モニターは、まさに丁度モスラがその極彩色の翼を広げ舞い上がる瞬間が映し出されていたが、まさかこの少女がモスラを従えているのでは――などと不埒不敬な想像をしてしまうほどの“格”が、確かにそこにはあった。
『何故こうなってしまうのか――答えは“猜疑”にあります。憎いから、怖いから、相手が信じられないから……相手もそうだと思い込み、刃を突きつけ合う。
そんな血を吐きながら続ける、悲しいマラソンになんの意味があるのでしょうか? その果てに勝者はいるのですか? いえ、そもそもそこに果てなどあるのですか?
怪獣が怖い、隣国が怖い、奪われたものを奪い返す……もう、良いでしょう。終わりにしませんか?」
それは、不思議な声だった。
拡声器やマイクなどで物騒がしい音を立てているわけではない。寧ろ、決して大きな声ではないのに、痛切な祈りが込もった言葉はドームの全体にはっきりと響き渡っている。
これは、少女の有する超能力の適性もまた、世界最高峰の域にあることを示していた。
『誤解しないでいただきたい。私は今日この日も最前線で必死に戦う方々を否定するつもりは、全くないのです。民間人を守るために犠牲になった方々には、言葉もありません。
……しかしならば、改めて問いましょう。私たちは、一カ月前の稚内、
守る者の責務が道を拓くことならば、守られた者の義務とは同じ悲劇を繰り返さない教訓を伝えることにあると私は思います。
思うに、その教訓とは――相手を信じること。
あなた方が敵だと思っている隣国は本当に敵なのですか? あなた方を脅かす怪獣は、しかし全てが命を懸けて滅ぼさなければならない絶対悪なのですか?』
少女の感極まった声と共に、群衆もまた痺れる様な、うっとりするような恍惚のため息を漏らす。稚内分屯地の凄絶な最期への哀悼の声さえ聞こえた。
……
『答えは否――分かり合えるのです。どんなものとでさえ。
その証明こそが、モスラなのです。ヒトと怪獣の指先がそっと触れ合うことは可能なのだと、モスラは私たちに教えてくれました。かつてこの国は八百万の神とヒトが高度に共存していたそうです。それと同じく、きっと怪獣とヒトはまた一つになれる、それは進化の証なのだと、私は堅く信じているのです。
……無論、無抵抗主義を掲げるつもりは皆無です。時にはガバラのように抗わなければならない悪神もあるでしょう。しかしそうでない存在だっている筈ですし、それを信じてはいけない理由はない。
怪獣とひたすらに戦うのではなく、分かり合える怪獣と手を取り合い、守ってもらう――それほど難しいことでしょうか?」
目に涙を浮かべながら、少女は前を向く。
『ただ偉大な存在に庇護される立場に甘んじろという訳ではありません。無力な私たちができる唯一なるものは、それこそ“祈り”に他ならないでしょう。
偉大なる女神様は、今は“卵”と共にお眠りになられていますが――私たち一人一人の平和への“祈り”が、女神への“献身”となり、大きな力となって蘇らせる。妄想ではなく
人々が待ち構えていたように総立ちする。そして続く、割れる様な拍手の波。
『その力はこの星の邪悪なる怪獣の一切を打ち払い――いずれは、この星最大の禍津である“魔王”ゴジラの心にさえ届くと確信しています』
拍手はやまない。待ち望んでいた歓喜の瞬間。爆発したような歓喜の渦は止まることなく、いや止めるつもりなど誰にもないとばかりに広がっていった。
◆ ◆ ◆
「……」
額を人差し指と中指でぐりぐりと押し揉みながらランドウが見つめるのは、備え付けのテレビ。その画面には“
一カ月――そう、稚内のあの悲劇から一カ月が経過しようとしていた。
ランドウに言わせれば、あれから何か事態が変わったと思えることは何一つない。彼自身を取り巻く環境もそうだし、日本を含めた世界諸国の国際関係もそうだ。
相変わらずランドウは“
テレビの画面に映し出されるのは、やむことのない割れるような拍手。歓喜の海に溺れている様は画面越しでも伝わってきて、それをランドウはどこかやるせない気持ちで眺めていた。
この十数年で信者数を急速に伸ばしつつあるその団体の名を、
「人類に
ランドウは大きくため息をついた。ずっと同じ姿勢で座っていたからなのか、随分と疲労がたまっているのを感じる。
視線をテレビから天井に移した。蛍光灯の細く青白い光は、締め切った部屋にあって寧ろこの空間の薄暗さを際立たせる。
「……怪獣との共存か」
「怪獣との共存」――少々極端なそのお題目は、所詮は前線での怪獣の脅威を知らないが故の平和ボケ、唯の世間知らずと聞こえるらしく、Gフォースの老人達は彼らを“怪獣教徒”と忌み嫌っている。
正直ランドウも、彼らの教義は共感はできても共鳴にまでは至らないというのが正直な感想だ。
あの稚内の惨事を、民間人を嗤いながら蹂躙するガバラの姿を間近で見たその上で
そこまで考えたところで、ランドウは自嘲とも苦笑ともつかない苦い笑みを知らず浮かべた。
共感できないからと言って、その在り方自体を否定するべきではない。
宗教にすがる――大いに結構ではないか。
寄りかかれる存在があるだけ遥かに上等だろう。
今なお疲弊に眠るモスラに、何故そこまで過大な期待を寄せられるのかはランドウにも理解はできないが……少なくともあの画面に映っている少女は、本人なりの信念をもって言葉を発しているのはよく理解できた。あそこで拍手している群衆も、ああしている限りは野放図に走ることもない。
……もしかしたらその教義こそが、何が間違っている訳でも無いが故に改めようがない世界の歪みを正す、唯一つの答えなのかもしれない。だから、彼らに否定的な思いを抱く理由はまた別にある。
――しかし。
しかし、であれば、何故ランドウはテレビに映る彼女らにやるせない思いを抱くのか。
簡単な話だ。
彼らは
他の者ならいざ知らず――少なくともこの世には、怪獣を文字通り区別しない輩があることを。
善悪も合理も感情も関係ない。そいつらにとっては怪獣とはその全てが滅ぼすべき怨敵であり、そもそも彼らは人類の繁栄など欠片も望んでいないのだということを。
そう、そいつらにとってはゴジラも――そしてモスラさえも。いずれ滅ぼすべき“敵”に他ならないのだ。
理由なき怒りを掲げる輩がいる限り、この世界に平穏が訪れることはあり得ない。
本日二度目のため息を漏らすと共に、ランドウはテレビのスイッチを切る。
ソファからゆっくりと立ち、そこに今はいない少女――パネト・ヘイトスピーチに思いを馳せる。今この時も戦場にて怪獣の殺滅を続けている少女……確か志布志湾沖の海に出没したガニメの群れの対処だったか。
同じ“少女”であっても、あのテレビに映る少女とは完全に異なる存在だと断言できる。
この一カ月、パネト・ヘイトスピーチの戦場に付き従い、分かったことは唯一つ。
あの女は、狂っている気が触れている常軌を逸している――その類の言葉をどれだけ重ね掛けしても物足りないということだ。
“怪人”の二つ名は、決して大袈裟なものではない。
怪獣を殺すために、民間人を犠牲にするのは当然として――同じ
怪獣がその物理法則に反する異能力を発動させようとしたなら、選ぶのは回避ではなく更なる前進だ。それは相手が攻撃する前に殺せば問題ないという勇気と合理故の判断――
怪獣殺滅にそんな常軌を逸したバイタリティを発揮していれば、当然あのゴジラとだってニアミスする――それすらパネトには関係ない。
ゴジラが近くにいようが熱線を標的に掃射していようが
『――先遣部隊、帰還』
そんなことを続けていれば、唯で済むはずもないのに。
館内放送が志布志湾沖で戦闘していた部隊の帰還を伝えてくる。戦果は語るまでもない。どれだけの犠牲を出したかは別として、
低く響くローター音の不快な響き。耳を塞ぎたくなる音量に顔をしかめながら、ランドウはゆっくりと立ち上がり窓際に顔を近づけた。厚手のカーテンをそっと開けて外を見やる。
分屯地に隣接された形で広がる軍用飛行場に次々と降り立つのは、数機のジェットジャガーと軍用ヘリだ。
アスファルト舗装に漆黒の巨躯がゆっくりと膝をつくと同時に、その背部
”
その身に纏う漆黒の軍服こそ共通してはいるが、年齢や人種は全くのバラバラだ。彼らを構成しているのは、主に怪獣被害や紛争による、世界諸国から集まった戦災孤児や難民達故に。
しかし。
彼らの佇まい、その明らかな「異質さ」は共通したものだった。身から醸し出す、“普通”とは明らかに異なる威圧感。
それは偏に憎悪故のものだと、今のランドウなら理解できる。
怪獣への――いやこの世界への厭悪が束になり、ぞくりとするような雰囲気となって放たれているのだ。
――そして、その危うさの“桁”が飛び抜けている者が、一人。
「……パネト」
目的の人物はすぐに見つかった。
集団から離れた位置で、捻じれた奇形の手足を引きずりながらゆらりと歩く、一回り小柄な少女。ここから50メートルほど離れた位置ではあるが、その正視に絶えない痛ましさは、見違う筈もない。
死人の方がまだ色味があるだろう土気色の顔色。顔面神経の半分が壊死した故に、常に半開きで涎を垂らし続ける口。
服の隙間から見える素肌は、どこもかしこもが亀裂の様な火傷や創傷に覆われている。
端的に言って満身創痍であり、半死人と言われても否定できないその有様。
どれだけ少女が悲痛に怪獣殺滅を叫び暴れようが、物理的な限界は見えている。彼女の望みは、決して叶わない。
それを気の毒だとも哀れだとも、全く思わない。この女は、ランドウにとって決して相容れない価値観と、決して許せない性質の持ち主だ。
なのにどうして、一体何ゆえ。
「……パネト」
誰にともなく、ランドウは小さく呟いた。知らず、両の拳をぎゅっと握りしめる。怒りとも困惑とも焦りともつかない、言葉にできない衝動に駆られているのを感じる。
「どうせ、お前は死ぬんだよ……この地上から怪獣を残さず殺滅? いつか自分の手でゴジラを滅ぼす? 無理だあり得ない現実を見ろ。なのにどうしてお前は、そんな眼ができるんだ」
解らない――何故そこまで無茶をするのか。
何故、自分の命を、その長期生存を度外視し続ける。怪獣をより多く殺し続けたいというのなら意味不明の考えなしとしか形容できず、事実として今のお前はそのザマじゃないか。
ならば自棄になっているのかと問えば――そうでないことは、彼女の眼を見ればわかる。
手段の是非や力の有無など関係なく、自分の寿命や生死も関係ない。
そもそも
(パネト、お前は一体何なんだ……)
歯を軋らせながら、ランドウは窓ガラス越しに遠くの少女を睨みつける。
おぞましく、忌々しく……だからこそなのだろうか。その存在に興味を惹かれつつあるのは。
先ほどはテレビで、まるで民衆を導く奇跡の聖女のような少女を眺めていたというのに、今は悪鬼羅刹すら生温い危険人物に興味を惹かれてしまっている。
あまりに見つめる先にある世界が違うからなのか、思わずランドウは苦笑した。
ああ、そういえば。
あの少女――あの、“
そうだ、思い出した。
「黒木――――黒木ソテイラ」
黒木翔の、一人娘だったか。
「殺滅の”ソテイラ”」……あっ(察し)
本当はもっと早く更新するつもりだったのですが、執筆時間がまるでとれねぇ。
一応時系列を解説しておきますと
33年前(ゴジラVSモスラ)→当時地球に近づきつつあった隕石は、何なら先代のゴジラでも易く対処可能な代物ではあったが、当時のゴジラが地球生命のために動くとは思えなかったことから、地球意思はバトラを呼び出す。”先代”ゴジラ封印後、肝心のバトラが没したため、代わってモスラは隕石破壊のために地球から離れる。
31年前(ゴジラVSスペースゴジラ)→隕石破壊ミッション遂行中、フェアリーモスラを三枝未希の元へ。
30年前(ゴジラVSデストロイア)→”先代”ゴジラ死亡、”当代”のゴジラが誕生する。
新ゴジラ、「見敵殺滅」開始。
後にモスラが地球に帰還。しかし疲弊により活動頻度急低下へ。
25年前→M宇宙ハンター星雲人襲来……と思ったら出オチで終わる。
20年前→地球に散らばっていたガイガンが散発的な人類襲撃を開始する。そのうちの1体を、モスラが疲弊の身を振り絞り撃墜する。
モスラ、卵を産むと共に完全な休眠状態につく。
……こんな感じです。