殺滅のソテイラ   作:すかろく

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ちょくちょく会話に上っていた黒木が遂に登場。
とはいえ間話ですので、読み飛ばしていただいても問題ありません

でも、読んでいただけるとメッチャ嬉しいです|ω・`)チラッ

感想とか書いていただけると狂喜乱舞します|ω・`)チラッ





間話1 黒木翔という男

 ――それは三◯年より、ずっと前の話である。

 

 

 滅びるのは、人か、ゴジラかという闘いの時代があった。

 

 毎年の恒例行事の如く海からゴジラが現れて、気が触れた様に暴れ回る。街を壊して人を殺して、果てに満足して帰っていく。

 

 当然、人間だって黙ってやられ続けていた訳ではない。熟慮を重ねて戦略を練って、これでもかと武装を続けてはいたのだ。

 それでも、積み上げられていくのは黒星――あれやこれやと知恵を絞っても、ゴジラは毎度毎度その想定の斜め上を突き抜けていく。

 

 一体どうすればあの怪獣王を倒せるのだ。頭を抱えるとはこのことで……しかし不思議なことなのだが、どれだけ敗北を重ねても、無力感や絶望感が世界に蔓延するということは決してなかった。

 今度こそいや次こそはと奮い立つことはあっても、萎えることは決してない。

 

 狂おしくも、何処か懐かしい敗北の歴史。

 

 勿論、ならばあの時代の方が良かったのか、あの時代に戻りたいのかと問われたならば、迷うことなく誰もが首を振るだろう。そんなことは口が裂けても言えやしない。ゴジラとの戦いが苦難の連続だったのは事実だし、積み上げられた犠牲と損失は計り知れないのだから。

 

 しかし、あの時代には間違いなくある種の“栄光”があった。

 

 ゴジラという目に見える絶対悪、相容れぬ滅ぼすべき邪悪を前にして、人類は一つに纏まろうとしていた。

 

 だって誰もが信じていたのだ。ゴジラを倒したその先に広がる美しい地平を。

 

 経済、宗教、民族、環境――つまりこの世の総ての問題とは即ちゴジラに集約されていて、ゴジラを倒せば何もかもが解決されると信じていた。

 

 ……そう信じ込まなければ生きていけぬ時代だった、酔い痴れていただけだと言われればそうだったのかもしれない。

 しかし分かってもらいたいのは、そんな幻想が当たり前に受け入れられる位に、ゴジラという存在が絶対として人の目に映ったということ。

 

 あまりにも力強く鮮烈で、傲慢で強大で目が離せなくて、嫉妬してしまうほどの命の輝きに満ちている。

 ゴジラを深く憎悪しながらも、それと同じくらいに神聖視してしまっていたわけだ。

 

 ああ……だからだろうか。

 きっと、今の人間たちが混迷と不信に駆られているのも当然のことなのだろう。

 

 突如としてゴジラは人々を襲わなくなった。それどころか、打って変わって人間たちを守るかのような行動に出たのだ。ゴジラの心根など知ったことではないが、そうとしか解釈できないのが今の現状。

 

 結果的には良かったではないか、などとは喜べない。

 なんの犠牲も苦痛もなく突如として手に入った生温い平穏の、なんと無様で薄気味悪いことだろうか!

 

 ゴジラの慈悲とお目こぼしにあずかって無様に生き永らえているのが、今の人間(我々)だ。

 ゴジラを絶対悪とすることでまとまっていた世界は崩れ去った。ゴジラを滅ぼした果てにある夢の地平など最初から幻想だった。世界は不信のままに争いだし、破滅への一途をたどっている。

 

 人に憎まれるからこそ、怪獣は怪獣になるのだという。

 そこに人の憎しみという要素があるからこそ、ただの巨大生物が怪獣として成り立つという考えだ。安易で単純な相対構造ではあるが、その理屈が成り立つのなら逆もまた然りではなかろうか?

 

 つまり()()()()()()人は人になるのだ。あらゆる生物の中で知的生命体だけが憎しみを宿すことができる。それを捨てたものは人とは言えない。

 

 もっと言うのなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、ああそうだ。

 

 なんという無様。こんな解釈違いはあってはならない。

 ゴジラが人間(我々)と戦おうとしない限り、目を背ける限り――人間(我々)は半端な生き恥を晒し続けるしかないのだ……!

 

 

 

 

 

◆?◆

 

 ――男は、ゆっくりとその眼を開いた。

 

 

 勇壮な、男であった。

 太く吊り上がった眉に、獣を思わせるぎょろりとした目玉。顔の下半分を覆う無精髭は、しかし粗野な印象など全くなく、寧ろ猛獣の鬣のような美質すら感じられる。

 

 歴戦の軍人とは、こういう男のことを言うのだろう。

 齢は五◯を半ば過ぎながらも、その硬質な眼光に衰えなど全く見られない。皴一つない軍服の上からでも伺える、引き締まったその肉体。

 

 彼の気質を反映しているような実用性最優先で殺風景な将官専用の執務室。これまた質素な作りのソファに、彼は深く腰掛けている。

 

 男の名前は、黒木翔。

 

 三◯年前もこの三◯年間も、対怪獣戦指揮において無双の戦果を挙げ続けているカリスマ。疑いなく日本史上最高にして最強の、戦略指導者にして戦術指揮官にして軍事司令官。

 

 人類史において、黒木翔という男以上に延々と魑魅魍魎(怪獣)と戦い続けた男はいない。彼とスコアを並べようと思うのであれば、それこそ神話の英雄の時代にまで遡らなければならないだろう。今でこそ”赤イ竹(レッド・バンブー)”という民間軍事組織の活躍があるが、それでも黒木の武勲は決して過去のものではないのだ。

 

 誰にも靡かず媚びず怪獣へ突撃し見事に勝利を収める無頼の軍人は、怪獣を機敏に徹底的に狩り尽くすことで国防に黙々と貢献してきた。

 

 危機に瀕した民間人を助けるために尽力し、減らされた年間予算を遣り繰りしながら最小限の兵器の運用で成果を挙げる。三◯年前の黙示の一日(デストロイア・ショック)の大活躍などその典型例だろう。

 

 祀り上げられるのも当然で、そして黒木はそれに応える確かな結果を残してきた。

 

 ならば今、この男は栄光に満ちているのかと問われたならば――それは否と言う他ない。

 

 乾燥して冷え込んだ部屋。うっすらと舞う埃を意に介すことなく座り込む彼が纏う雰囲気。あまりに不吉なそれ。

 一部の隙もない鉄のような無表情に、重く暗く呪うような黒い瞳。眉間に年輪の如く深く刻まれた皺が、彼の苦悩を物語っている。

 

 執務テーブルの上に広がるのは、稚内事変と名付けられた怪獣ガバラによる壊滅的被害の報告書と、何もできず壊滅した稚内分屯基地の自衛隊員の無力――ひいてはその上役である黒木の不手際を責める詰問書の数々だ。

 どれも惨憺たる内容であり、眺めるだけで気が滅入る代物なのは言うまでもない。……しかし黒木の黒々とした瞳が見つめているのは、それではない。

 そんなものは、視界の一端にすら映っていない。

 

 射殺す様な視線の先にあるのは、壁際に置かれた二つのモニターだった。

 

 一方に映るのは、稚内の海――力なく海面に浮かぶバトラの亡骸。突如として打ち上げられた、不吉の予感。地球意思の代弁者とされる百メートル級の神獣だ。

 そしてもう一方に映っていたのは、割れんばかりの拍手を送る群衆だった。歓喜の先にいるのは一人の少女――彼の一人娘、黒木ソテイラ。歓喜の渦にもみくちゃにされながら、はにかむ様な笑顔を浮かべる少女を視界に入れた……その一瞬だけ、ほんの僅かに彼の眼差しが柔らかく細められたのは錯覚だろうか。

 瞬き一つの後に彼が浮かべていたのは、やはり怒りを静かに噛み締める様な無表情だったが。

 

「……皆が私を置いていく。あの時代を経験した仲間たちは、私を残して先に逝ってしまう――」

 

 決して大きくないというのに、異様な威圧感に満ちた声。刃のような緊張感を孕んだ音は、確かに黒木の口から発せられていた。

 

 いなくなった者たちの名前を、一人ひとり確かめるようにゆっくりと、刻み込むように呟いていく。

 

「そして三枝未希――今の世界の惨憺たる様を眺めて、ようやくおまえの正しさが理解できたよ。おまえがこの世を去る前に理解するべきことだったのだろうが、遅きに失したか」

 

 目を瞑るまでもない。忘れたくても忘れられない。

 彼の網膜の裏にまで根を張っている記憶は二種類。

 一つは、怪獣王が新生した運命の瞬間。新たな戦いを決意した、苦々しくも色鮮やかな三◯年前の記憶。

 

 そして、もう一つ。

 それは一五年前、彼の娘が生まれた時のこと。

 本来親にとっては祝福するべき記憶が、忌むべき呪いとして黒木を蝕んでいる。何故ならば――

 

「もう一五年も過ぎたのか――三枝、おまえが逝ってから。あの時から時間が過ぎるのがとても早く感じる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それも仕方がないな――忘れたくても忘れられない」

 

 いったい何を言っているのか。意味不明な独白の真意は、きっともう黒木自身にしか分からない。それが分かるものは、大半が死んでしまったのだから。

 それでも、彼の表情から伺えるものは確かにあった。

 それは怒り。ふつふつと煮えたぎるような、強い怒り。

 膝を屈してはならないと。この憎しみ(信仰)を貫かなければならないという狂気に近い情動の沸騰。

 

 モニターの画面が切り替わり、ゴジラの黒々とした巨体が映し出される。

 人間の存在など視界にすら入れず、呪われたように同類(怪獣)を殺滅し続ける不吉な様。

 そこに存在するだけで人間達に恐怖や混乱をもたらす姿、しかし黒木がそこに抱く思いはまったく別のもののようだった。

 

「惨めだなゴジラ。おまえがそんな不出来な姿になり果ててしまったのも我々人間達が能なしだったせいだろう」

 

 そして、そんな耳を疑うことを言ってのける。

 ゴジラという存在を迷うことなく下に見る言葉。しかしそれを身の程知らずの放言と笑うには、あまりにも強い確信に満ちていて……

 

「なんという無様――こんな解釈違いは正さねばならない」

 

 あまりに暗く重く、地の底から蠢くような老将の怒り。静かに燃える名状しがたい激情の炎。

 ままならぬ世界に対する怒りという点では麻生孝昭のそれと似通っているのかもしれないが、それとは質的にも量的にも、根本的に壊滅的に救いがないほどに桁が外れている。

 

 これはヒトのそれというよりも――もはや。

 

「それが憎しみであれ信仰であれ、誰かの祈りを映す鏡が怪獣だ。ならば、おまえ(ゴジラ)こそがあまねく衆生を束ねる絶対で不変の唯一であって欲しいという祈りを形にする道もあるのだろう」

 

 ゆっくりと黒木は顔を持ち上げた。視線をモニターから外し、部屋の何もない空間をじっと見つめる。

 

 ひたすら虚空を睨みつけるその姿に、果たしてなんの意味があるのだろう。

 比喩ではなく、文字通りにそこに隠れ潜む何かを抉り殺そうとしている凄絶な眼差し。瞬き一つでもしてしまえばそれを見失うとでも言いたげで……。

 

 

 ああまさか――()()()()()()()()()()()()こそが、彼の真の敵だとでもいうのだろうか。

 

 

「そこに至るためだというのなら、私の娘を、我が魂諸共に捧げてやっても構わない。嗚呼、そんな覚悟はとうの昔にできているとも」

 

 モニター越しに轟くゴジラの高らかな咆哮。

 唸るような呪うようなそれと、続く黒木の言葉が重なった。

 

 

 

「――これをもって私の献身としよう。そして果てに、この星に君臨せよ殺滅の救世主(ソテイラ)

 

 

 

 

 

 

 

 




雑なタイトル回収回



設定[特将]
「特将」などという滑稽な肩書を有しているのは、広い世界どこを探しても黒木くらいのものである。本来存在しないその肩書は、数年前は“特佐”と呼ばれる代物であった。元々はあまりに特殊過ぎる黒木の立場を、周囲が皮肉と揶揄を込めて呼んだものだったが――今は違う。
 日本国民に対する対怪獣のプロパガンダ。怪獣の跋扈に対して後手に回る現状を隠し、政府は事態に対して適切に対処していると思わせる施策の一環としての、広告塔(名誉階級)である。
 誰も口に出しはしないが、神出鬼没の怪獣に先手を打つ効果的・具体的な施策など存在しない。そして政府としても、これ以上防衛費に予算を割けないという事情が存在する。
 そうである以上、国民の不安を逸らし、世論を誘導するための判りやすい広告塔(英雄)を政府が求めるのは必然だった。
 彼がそれに値する実力を有しているのは既出の通りで、実績の有無という点ではGフォースなどとは比較にならない。

 例を挙げれば三〇年前の「黙示の一日」。
 対怪獣を想定していない冷凍兵装部隊を見事に指揮し、悪鬼羅刹と化したゴジラ(バーニングゴジラ)の足止めに成功。次いで各地からスクランブルした足並みの揃わない混成部隊を率いて、敗走したデストロイアに止めを刺すという武功。彼が絶対にして不動のエースという扱いに押し上げられたのも当然だろう。

 社会不安を鎮め、政府への批判を逸らす――そのための体のいい首輪。英雄の敗死を恐れるが故に現場から引き離すという些か本末転倒の階級ともいえた。
 しかし上層部にとって多少の誤算があったとすれば、この黒木という稀代のカリスマの才能が軍配に留まらず軍政・行政方面にまで及んでいたことか。

 最前線から引き放された引き換えに、権力と後ろ盾を手に入れた黒木が真っ先に手掛けたのがあまりに複雑化し機能不全に落ちいっていた自衛隊組織の改革だった。軍事改革の断行と評してもよい。陸、海、空そしてそれに準ずる特生自衛隊。これら四つの足並みの揃わない組織を、特生自衛隊を中核としたシステマチックな組織に新生させたのだ。

 国家の当面の危機が怪獣襲来に限定されている以上、それは合理的な組織改革だったといえるだろう。
 結果的に日本における対怪獣組織の最大手はGフォースから特生自衛隊に移行することになる。

 とはいえそれは、同時に日本の軍事力がシビリアンコントロールを離れつつあることにもつながっていた。

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