俺たちは由比ヶ浜のお母さんにもう遅いからと言われ帰ることになった。雪ノ下の車でそれぞれの家に
送り届けられる。
家について二人同時にソファに体を預けた。疲れてる。働いたわけでもない。勉強疲れでもない。ただ、俺は今なにもやる気が起きない。それは小町も同じだろう。もう晩飯時だ。なのに小町が動いてないのだからそういうことだろう。ただ、俺たちはソファに座ったまま虚空を見つめ続けている。たぶん、ここに時間停止能力者がいるからだろう、なんて馬鹿なこと考えたが本気で馬鹿らしい上にそんなくだらないことを考え付く俺が心底憎らしかった。
「ねえ、お兄ちゃん、何か食べる?」
小町の質問で時間は動き始めた。
「いいやいい。これっぽっちも食欲わかねえや。むしろ今何か口にしたらリバースしそうだ。」
「それもそうだね。」
そのまま小町は何も喋らなかった。
「何か飲むか?」
今度は俺から尋ねることにした。
「じゃあ、水でいいよ。」
俺は立ち上がりコップを二つ用意し、水を注いだ。
「ほらよ」
「ありがと」
そこから先また俺たちは黙ったまま動かなかった。度々起こりそうになる胃の逆流を水飲んで抑え込む。いつしかコップを持つ手が震えてきた。怖い、今はただすごく怖い。きっと何処かで当たり前のものだと思っていた。いつだって由比ヶ浜は俺に繋がりに行くとそう思っていた。そんなことないのに、そんなはずないのに。伝えてない言葉がたくさんあった。果たしてない約束あった。事故も事件も日常なのに何故俺はそれらを対岸のことだと認識していたんだろう。今になって涙があふれてやまない。怖い、すごく怖い。お願いです神様、俺はこの先どうなってもいい、どんな目に遭ってもいい、だからどうか彼女を救ってください。俺から由比ヶ浜結衣を奪わないでください。その手はいつのまにか祈りの形になっていた。
がちゃりという扉が開く音がする。
「ただいま。あれ?ちょっと二人ともどうしたの?」
母さんの声が聞こえた。その瞬間小町は素早く母さんに駆け寄り抱き着き泣いた。
「ちょっと小町どうしたのよいったい?」
「わけは後で話す。だから今は俺もいいかな?」
「八幡、あなたも!?まあいいわ、来なさい。」
「ごめん」
「いいのよそんなこと。家族なんだから。」
その日俺は涙が枯れるまで泣いた。
母さんにもう遅いし寝なさいと促されシャワーだけ浴びて寝床に就いた。だが眠れるわけなかった。眠れるはずなかった。スマホで撮った写真を眺めたり、修学旅行やデスティニーランドで撮った写真を眺めている。思い出はもっとたくさんあるはずなのに。手元に有るわずかな思い出に彼女の笑顔を焼き付ける。忘れないように、忘れてしまわないように。
不意にスマホが振動した。画面にはゆいの二文字、俺が一番待ち望んでいたもの。
「もしもし、手術どうなりました?」
俺は急ぎ聴いた。
「成功した。結衣の手術、成功した。」
「よかった。本当によかった。」
電話の向こうで由比ヶ浜のお母さんのすすり泣く声が聞こえる。
「ごめんね、こんな遅くに。」
「いいんです、気にしないでください。俺も心配で全然寝付けなかったですし。本当に良かった。あ、手術成功、おめでとうございます。」
「ありがとう、心配してくれて。突然の電話ごめんね。それじゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
俺は糸が切れたようにベットに倒れこんだ。よかった。そして静かに眠りについた。
ここ書いててまじで虚無になる。