・ゲンドウ、新しい胃薬を探しはじめる
・ウルトラ怪しいエヴァの中の人
「シンジくん、ちょっと待っててね? これから住居関係の申請とかしてくるから」
「えっと……」
ネルフ本部、上層に上がった早々、そんなことを言って駆けていくミサト。後に残されたシンジとしてはどうしようもなく、とりあえず手近な椅子に座った。
スマホのワイヤレスイヤホンを繋ぎ音楽を聴いてみるが、なんとなく落ち着かない――なにせ視線の下方向にはジオフロント最下部、森のようなそれが映っている。時間帯に合わせ地上の証明を取り入れているらしい(例のPVの施設紹介で流れていた)この場所一つとっても、明らかにオーバーテクノロジーではないかと思えるものの数々だ。要するに、知らない場所に来て落ち着かないわけである。
小さい子供か、という話ではあるが、実際子供ではあった。
「こんなの作ったりとかって……、ネルフの資金って、どこから出てるんだろう」
表向きは国連や国だろうが、それだけで賄えるのだろうか。セカンドインパクト後も、政府はある程度当然のようにマスコミからツッコミを入れられる。こんなの税金の無駄か何かではないかと思ってしまうあたり、シンジもそれなりに平和ボケしてるのかもしれない。
ふと肩から力を抜いて、さきほどのエレベータにおける、父親とのやり取りを思い返す。
『…………先に言っておく。お前とは一緒に住めない』
『…………っ、そ、そうだよね。僕だって、別に、今更……』
『………………ネルフはその組織の特性上、いつ怪生物が出現するかで行動の自由を左右される。おおよそ普通の生活サイクルを営めているとは言えない。仮に一緒に暮らしたとしても、お前も迷惑になる』
『め、迷惑って、そんな言い方……』
『…………私は、普通の親のようにはできん』
ちょうどそんなことを言ったタイミングで、父ゲンドウは目的の階についたらしい。小さく唸るような声で何かを言った後、足早にエレベーターを出て行った。
「ミサトさんも言ってたけど……、父さん、やっぱり僕が嫌なのかな」
普通の親のようにはできないって。何だよそれ、逃げてるだけじゃないのかと。そんなことを言い訳に、自分と正面から向かい合うことを避けているだけじゃないのかと。そんなことを考えるシンジであったが、それとは何か別なものも感じ取っていた。
――――むろん、それは「感じ取れているシンジの側も」常の彼とは違う部分があるせいなのだが、そこに本人は考えが回っていない。
「でも……、何だろう。困ってるって感じとも違うような気がするし……」
少なくともここ、第三新東京に来るよりも前に抱いていた父への印象と、何かがズレてはいるような気がしている。少なくともあのゲンドウは、コミュニケーションをとってはくれている。以前ならばそれこそ、先生経由で連絡をとろうとした折、そんなくだらない用事でと数秒かからず切られた経験からすれば、破格の変化だ。
ただ、何か理由があるということなのかというと、それが何かはわからない。
だからこそ、必然的に導き出される結論としては。
「…………僕がエヴァを動かせた、からかな」
外に、あのゲンドウがシンジを必要とする要素が見当たらない。
少なくともシンジが感じていた父の自分に対する振る舞いは、いないのが当たり前というそれである。シンジの側もそう振舞ってはいるが、内心は単なる強がりだ――――もちろん自分自身では決して認めはすまいが。
「ははっなんだ……、やっぱり父さんは変わらないじゃないか…………」
そう言って、自分の揺れた心を納得させようとするシンジだが、しかし何故かそれで納得がいかない。
…………実際問題として、ゲンドウ本人の内心は全く表面上のそれとは異なるものであるので、あながち最初の直感は的外れでもなかったのだが。
ただこの場において、シンジ本人も自覚していない要因が2つほどある。
一つは、エヴァの中で邂逅した「誰か」。
あからさまに怪しい笑い声と共に、心配する必要はない、と声をかけてきたそれである。その声に包まれた際、今まであまり感じたことのなかった類の不思議な充足感、安心感に包まれた。
そのことが、シンジの心にいくらか余裕を生んでいた――――だからこそ、若干ではあるが普段より数歩引いた目で観察することが出来ているというのがある。
そしてもう一つは――――。
「――――うんうん、中々良い具合に
「……へ?」
【第参話「正しく、洞察する」-ネルフ実働部隊作戦参謀・渚カヲル登場-】
唐突に声を掛けられ、魔の抜けた声を上げるシンジ。
くつくつと笑いながら、声の主はシンジの隣に腰を下ろした。
「やぁ? 碇シンジ君。君のことを待っていたよ」
「えっと……」
「僕は、カヲル。渚カヲル。ここで作戦参謀なんてのをさせてもらってる」
「え!?」
シンジの衝撃も無理はない。不敵に微笑む少年は自分と同年代程度にしか見えなかった。自分のようにまきこまれた形でこの場に居るのか、と考えもするが、しかし少年のまとう雰囲気がそれを否定する。
妙なカリスマというべきか、周囲の視線を引き付けるものが彼にはある。いっそ、そう、シンジにとって彼自身が理想とするようなものが、凝縮されたような立ち振る舞いというべきか――――「誰からも必要とされそうな」その雰囲気こそがというべきか。
戸惑うシンジに、彼はくつくつと微笑む。
「そう緊張することはないよ?
「あ、えっと、……うん。よろしく」
「はい、よろしく」
差し出された手をとると、楽し気に手を上下させる。ややオーバー、見た目の大人びた雰囲気からすれば子供っぽい振る舞いに、シンジはやや驚いた。
「あの……、何で僕の名前を」
「碇司令から聞いていたからね」
「父さんから?」
「うん。あれで色々悩んでいるみたいだったからね。シンジくんとの付き合い方とか」
「そんな……、慰めは良いよ、別に。父さんがそんなこと言う訳……」
事実である。言ってはいない。
だがしかし、言ってないだけで、カヲルの目から見たここ2日のゲンドウの挙動は、確かに普段とは違いちょっとおかしいのだった。シンジも目撃しているが胃を抑える動きをする、「そういえば自宅はどこだったか」とぼそりと呟き「お前ひょっとしてここ数年帰ってないのか」と冬月副司令に呆れられたり、あるいは「髭、剃るべきか」と突然呟いて冬月副司令を吹かせたり(結局剃らなかった)トイレの鑑の前で自然な笑顔の練習をしていたり(なお成功したとは言っていない)。
もっともカヲルとて全てを知っている訳ではないが、普段のゲンドウに比べて「そわそわ」しているようなこと自体はわかる。なので、直近シンジにもわかりやすい例を挙げることにした。
「だって今日だって、司令はシンジくんのお見舞いの準備をしていたんだよ?」
「へ――――?」
一瞬、驚いた顔をするものの、数秒硬直してから勝手に納得するシンジ。
「…………本当にそれは、僕のお見舞い?」
「だと思うけど……、君は疑り深いね。もうちょっとだけ、余裕を持っても良いと思うけど」
「…………余裕って言っても……」
「ほら」
言いながら、カヲルはどこからともなく取り出したサングラスをシンジにかける。ゲンドウのものよりも色素の薄い、半透明のサングラス。ややふちが太いのが特徴といえば特徴か。
だが意外と、それもシンジには似合わないわけではなかった。むしろ表情の作りの問題か、髭の問題か、ゲンドウよりはやわらかな印象である。
「あげるよ?」
「え、そんな、悪いよカヲルくん」
「いいって。そのサングラスを通して世界を見ると、少しだけ自分と世界との間に『しきりが』できたような感じで、少しだけゆとりが出来ると思うんだけど、どうかな?」
「あ……。んー、あんまり自覚は……」
困惑しながらサングラスを外すシンジ。くつくつと苦笑いするカヲルだったが、その場で立ち上がり「さて、休憩終わりっ」と伸びをした。
「サングラスで効果がなくても、他にも色々と方法はあると思うよ? 僕から言えるのは、あんまり気張りすぎないってこと。シンジくんは意外と頑固『だから』。柔軟になれとは言わないけど、少し違った姿勢になるのも良いかもね。そしたら――――」
――――いつもとは違った何かが見えたり、聞こえたりするかも。
そう言い残して、手を振りカヲルはその場を後にした。
手を振り返すシンジは、彼の背中がエレベーターに消えるのを見届ける。
「変わった人だったな……。なんとなく、頭良さそうだし、あと指きれいだった……」
着眼点が少しずれている気もするが、内心に入り込むのに躊躇があるということだろう。あるいは「絆されるほどに」シンジが追い詰められていたりしないことも理由かもしれないが。
「姿勢を変えてみる、か…………」
「――――おっ待たせ! って、あら? シンジくんそれどうしたの?」
ふたたびサングラスを装着するシンジ。と、ちょうどそのあたりでミサトが帰ってきた。
そして、彼は見てしまった――――否、「視」てしまった、あるいは感じ取ってしまった。
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――――この子も司令とはうまくいっていないのよね。
――――私のお父さんと一緒。
――――本当にこの子をエヴァのパイロットにしていいのかしら。
――――内向的なこの子一人、寮生活みたいなものだけど大丈夫? 一緒に住んだ方が良いような気も……。
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「――――――――っ!?」
突如、思考に流れ込んできた情報の羅列に、シンジは思わずサングラスを外した。
どうしたのと心配され、慌てて何でもないと答える。恐る恐る、もう一度サングラスをつけるシンジ。
「…………」
「本当に大丈夫? 初日から色々あって、まだ本調子じゃないでしょうし」
(こりゃー下手に自宅でビールぱーっとするには、ちょっちリスキーかしらね……)
やはり、明らかに彼女の声に重なるように、何かが「わかる」。
「えーっと、だ、大丈夫です。本当に。ちょっと、びっくりしたというか。……サングラスは、さっき、えっと、カヲルくん? って人に会って、もらいました」
「あら、そうなの。良かったじゃない、さっそく友達できてっ」
(私、あの子苦手なのよねー。
「!!?!??!?!!?」
それも、色々聞いてしまうと明らかにまずい類の何かとかである。
聞こえる、のではなく、なんとなくニュアンスを「察してしまう」。おそらく細かくは差異があるのだろうが、しかし今まで以上に妙に、相手の言っていること、考えていることが伝わってくる。
この状態は、明らかに異常だ。今までのシンジのそれではない。突然のことに驚き、一度サングラスを外し、胸ポケットにしまった。状況に対する恐怖から、いったん目を背ける選択をとったシンジであった。
ミサトに手を引かれるまま、いつかのように例の変形する車に乗るシンジ。今回は助手席だ。
道中で鍵を二つ渡され、レクチャーを受ける。
「じゃあ、僕の住居ってジオフロントの真上? の居住区なんですね」
「正確に言うと、エヴァのパイロット用の学生寮よ? 一応、私が寮監ってことになるから、ヨロシクね?」
「寮……?」
「エヴァって、まー私もあんまり詳しくないんだけど、どうも子供しかなれないみたいなの。だから学生寮」
「そうなんですか。……でも、わざわざ一か所に集める必要ってあるんですか?」
「あら、そういうのって嫌い?」
「嫌いとか、そういうんじゃ……。苦手、だとは思いますけど」
学生寮というと、隣室もしくはルームシェアなどが考えられる。そういった共同生活を、上手く営める自信がシンジにはなかった。もっともそのあたり、ミサトは気楽に構えている。
「大丈夫、案ずるより産むがやすしよ?」
「ミサトさん楽観的だなぁ……」
「あら、でも希望的観測は、人が生きていくための必需品よ?」
「そんなものなんですか? 大人って」
「そうでも考えないと、毎日大変じゃない?」
一瞬、言葉を失うシンジ。サングラスをしていなくとも、その言葉に潜む「何か」を察してしまった。
ややあって視線をそらす表情は、どこか不安そうであもる。そんな隣に苦笑いを向けるミサトは、肩をすくめた。
「それにホラ。総司令官も言っていたけど、ネルフってちょっと特殊だから」
「……総司令官?」
「碇司令のこと。シンジくんのお父さん、すーごく偉いのよ?」
あと忙しいみたいだし、とミサト。
「軍隊とかでもあるんだけど、わかりやすい例で言えば消防士とかかしら。緊急事態が発生したら、すぐに準備して出撃できるようにするってやつ。場所を一緒にするっていうのは、そういった理由もあるわ。少しでもパイロットたちの行動を一致させて、万一の際の行動をすみやかに対応する。専用エレベーターとかもあって、本部までかなり早く行けたりするのよ?」
「…………それだけ、そういう準備するだけ、あの使徒っていうのが大変ってことですよね」
「まぁ、そうねぇ。そのあたりの話も追々ってところかしら。まだ病み上がりだしっ」
ちなみにだが、本日は流石に安全運転であった。シンジの体調を慮ったというよりも、一般公道に出ればちゃんと警察が取り締まっているという事情からだろう。流石にそのあたりは聞かずとも察せた。
コンビニで買い出しをした後、見せたいものがあると連れてこられたシンジ。
展望、丘の上。夕日が差し込む町。と、何かの時間を図っているミサト。「あともうちょっとかしらね。ちょっち待って」と外に出て、殺風景な街を見下ろすシンジ。
――――そして、時間が来た。
街全体にサイレンが流れ、多数の駆動音と共に地面から建造物が「生える」。ビル群、建物群が聳え立つ光景は、度肝を抜かれるというよりも呆然とするものがある。
「なるほど、ああやって隠してるんですね。怪生物と戦う時は」
「そっ。戦闘時に邪魔だから締まっておくって感じ。結構予算もかかってるけど、今のところは専用シェルターを貫通したりはされてない、かな? で、どう?」
「すごい、ですね」
ふふ、と。ミサトはどこか得意げに、シンジの背中を軽く叩いた。
「――――これが、対怪生物撃退用整備都市、第三新東京市。シンジくんが守った街よ?」
シンジの歓迎会をかねて、というほど大掛かりなものではないが。ミサトいわく「ぱーっと」やるのは、シンジの部屋でということになった。既に荷物は搬入されていたが、段ボールがつみ上がっているのも「風情があっていいじゃない? 新生活って感じで」というミサトの一言でそうなった。
そう言われてしまえば、シンジとしても嫌とは言えない。ちなみに部屋としては、ミサトと同じマンションのいくつか隣の部屋だ。一人で住むにはかなり広いといえる。
そして自宅に入って早々「ちょっち待っててね~」といったん自分の部屋に引き返すミサトである。
「何か持ってくるのかな……?」
シンジの予想は当たり、手にはビニール袋に入ったビールの山。そして足元には。
「――――クェッ!」
「この子、うちの同居人の温泉ペンギンのペンペン。よろしくしてね?」
一見してイワトビペンギンめいたそれ、一応は怪生物のカテゴリーに入る(無害認定されている)温泉ペンギンであった。
「……怪生物っていっても、全部殲滅とか、そういう話じゃないんですね」
「なーに? シンジ君、私たちをそんな暴虐無慈悲な冷血集団にしたいわけ? まぁぶっちゃけると一応、新種の生物カテゴリーには入るんだけど、セカンドインパクトの影響を大きく受けすぎてるってことからこっちになっちゃう判断なのよ。ホラ、怪生物の定義ってセカンドインパクト以降の環境変化に大きく影響を受けた生物種ってことになってるから」
「な、なるほど……」
なおこの後。温泉ペンギンが雑食であることが発覚したり、ミサトの家事能力がほとんどないことが露呈したり(主に食品調達からシンジに察された)、シンジの中学転入届が勢い余ったビールの泡でダメになりかえたりといった一幕があったのは、完全に余談である。
※ ※ ※
深夜、ネルフ本部。整備ドッグの奥。LCL液に満たされた一室内部に、バンドでがんじがらめにされた巨体が一つ。
それを眺めるゲンドウのもとに、赤木リツコが声をかける。
「……午前に行かれたのでしょう? 病院に。レイの様子は如何でしたか?」
「………………」
なおそれとほぼ同時に、ゲンドウが右手で胃の当たりをさすり始めたのは上手いこと気づかれていない。
「総司令?」
「…………二十日もあれば動けるようになるだろう」
ちなみに言いながら、手元でスマホをチェックするゲンドウ。リツコからは見えないが、どうやらレイのカルテの写しのようだ。
「それまでに零号機の修理を完了させる必要がある。…………まさか異常に対して、凍結する前に『自壊』させるとは思わなかった」
「ですね。最善は尽くしますけど……、あまりメカニックたちもいじめないであげてくださいよ?」
「
「っ、っ、」
こんなことを真顔でゲンドウが言うものだから、思わず失笑しかけて片手で口を塞ぎ顔をそむけるリツコ。わずかに息が漏れる音が室内に響き、肩を震わせる。
そしてその隙、リツコに気づかれる前にスマホを仕舞い、何事もなかったのようにポケットに手を入れた。
「どちらにしても、パイロットの問題だろう。確実に、こなしていく必要がある」
「…………これから辛いでしょうね、子供たちも」
「エヴァを動かせる『条件』が他にない。そう代替を用意して上手くいくとも限らないのだから、今あるものをまずは使いこなす。そのために生かす」
「だからこそ、あの子たちの意思や、心に関係なく?」
「…………」
わずかに視線をそむけるゲンドウ。部屋が暗いからわかり辛いが、若干顔色が悪い。そしてやはり、右手で胃のあたりをさすっていた。
と、背を向け退室しようとすると、そこにリツコが抱き着いてくる。
「………………」
「…………司令、あっ」
その手をやんわりと払い、足を進めるゲンドウ。
「頼むぞ」
ただその一言を残し、扉が閉まった。
「…………ホント、悪い人」
寂しそうに微笑むリツコは、部屋の電気をつけて目下、与えられた仕事にとりかかる。
(…………さて、拗れに拗れてここまで来てしまった、この爛れた関係、どうやって清算するべきか……、出来れば責任をとらない方向で…………、ユイと離婚したくないし…………)
そしてゲンドウ、心の声は珍しくシリアスな空気であるものの、議題の内容はあまりにもあんまりなものであった。