【本編完結】始末屋 キリカ   作:☆エイラ★

11 / 27
拾壱斬 三獣士

 任務地の港へ着いて先ず目を奪われたのは、想像を超えるスケールの巨大な船影だった。皇帝の巡幸目的で作られ、2000人規模の乗客を乗せる事の出来る豪華客船――竜船。それが帝国流通の要、全長2500キロメートルの大運河に悠然と浮かぶ姿は圧巻の一言。各地を巡っていてもこれ程立派な船には中々お目にかかれない。

 周囲は見物人や乗船待ちの人々で溢れかえっており、活気と賑わいに満ちている。

 

「こりゃ凄いね」

「本当に………」

 

 感嘆の息を吐きながら桟橋へ続く列へ並ぶ私とラバック。

 今回の任務における私たちの肩書きは大商人の四男坊&お付きの使用人である。ラバックは元々そういう家柄と身分だったようで紳士服姿がとても板に付いていた。

 

「けど、こんだけ人がいると怪しい奴を探すのは難しいかな」

「残念ながら後手に回らざる終えません。それにしても、こんな衣装を直ぐに用意出来るなんて常日頃から色々と準備しているんですね。驚きました」

 

 メイド服の裾をフワリと揺らして尋ねる。

 

「ま、まあ」

 

 若干、上ずった声で目をそらすラバック。

 

「あ、もしかして………特殊なご趣味があったりして?」

 

 冗談めかして聞いてみる。

 

「違う違う! これは男の子のロマンって言うか………」

「大丈夫ですよ、ご主人様。メイドたるものどんな性癖の主であっても誠心誠意お仕え致します」

「キリカねぇさん、俺は至ってノーマルだから!」

「ふふっ、詮索する気はありませんのでご心配なく」

 

 真面目な話、任務を受けてから衣装を仕立て直す暇は無かった筈だ。そうなるとメンバーの中で私と体型が最も近いのはナジェンダだったりする。本当は彼女に着て欲しかったのだろうか。

 

――まさか、ね。

 

 凛々しい暗殺組織のボスがメイド服というのは想像出来ない。

 

「次の方、どうぞ」

 

 そんなやり取りをしていると乗船審査の人間から声が掛かった。

 

「やっとかぁ、待ちくたびれたよ〜〜」

 

 金持ちのボンボンらしい演技で軽口を叩きながらチケットを見せるラバック。

 

「………」

 

 私も大きなトランクを手渡して荷物検査を受ける。

 

「これは………」

 

 審査官が蓋を開けると中にはチェロと楽譜一式が入っていた。

 

「ご主人様の趣味です。あなたのお給金、数年分の値打ち物ですから下手に触らない方が良いですよ」

 

 トランクには隠しスペースが有り、クローステイルと常闇(太刀)天蓋(脇差)が隠されている。

 

「ははっ、怖いですね。コガネ商会の御子息に使用人が一人………確認しました。お通り下さい」

「ご苦労様です」

 

 慎ましくお辞儀をして船へ乗り込んだ。

 

「ふぅ、何とか怪しまれずに済んだ」

「ここまでは順調、後は予定通り行動しましょう」

 

 程なく汽笛の響きと共に、豪華客船が出航。大海原へ向けて進み、陸地からぐんぐん離れていく。

 現在、護衛対象のワーインは沢山のガードマンに囲まれていて、甲板で呑気にグラスを煽っている。先ずは自然に警護しやすい状況作りから。

 早速、ラバックへチェロを渡してトランクを腰掛け代わりに演奏を始めて貰う。その弦捌きは素人目で見ても大変素晴らしく、目論見通り乗客達はパフォーマンスの一つだと勘違いをしてくれた。これで大きなトランクが甲板上にあってもチェロケースとして違和感を持たれる心配はないはず。

 ワーイン財務官の近辺はラバックに任せて、私は船内の方を担当する。とりあえず、怪しい人間を探そうとあちこち歩き回ってみた。しかし、直線的な廊下以外は個室がズラリと並び確認出来ない場所が多すぎる。

 

――ルームサービスですって言えば開けてはもらえるでしょうけど………。

 

 無数に並ぶ部屋一つ一つにそれをやるのは徒労な気がした。仕方ない。一旦、甲板へ戻ってラバックと合流しよう。そう思い踵を返したタイミングで柔らかな笛の音色が聞こえてくる。

 メロディに耳を傾けていると、急に何もかもがどうでもよくなってしまう。心地よい無気力感に苛まれ、自発的な行動を起こせない。そんな最中、ズキリッと臓腑に広がっていく鈍痛を知覚した。気づけば呼吸が乱れ心拍数はデタラメ、視界が金色に明滅して操身術が解けかけている。

 睡眠時でさえ常時行えるよう肉体に覚え込ませた緻密な身体制御。それが何らかの干渉によって阻害され()()()を維持できない。

 

――くっ、不味い。

 

 耳を塞いでも音色の聞こえ方が変わらない。これは人体そのものに作用する音波攻撃。一般人にとって茫然自失に陥るだけの効果なのだろうが、私に対しては絶大な威力を発揮している。

 能力から想定しうる該当帝具は【軍楽夢想 スクリーム】。文献には精神に影響を及ぼし、大勢の人々を催眠状態にしたり、能力を向上させたりする事が可能と書かれていた。

 よろめいて手近な部屋のドアノブを掴むと左手首の関節が外れ鋭い痛みが走る。見れば、力加減を誤ったせいで金属製のドアノブが飴細工のように潰れていた。

 鬼の血液の巡りを抑えようと心拍数の調整になけなしの集中力を割かれ、他の部分までコントロールする余裕がない。自傷行為を防ぐため蹲って耐え忍んでいると、やがて笛の音色が止まった。

 

――なのに………まだ。

 

 頭の中に残るメロディが反芻されている。直接演奏を聞かされていた時よりは大分マシだが、厄介極まりない。

 

 ズガンッ

 

 甲板上から響く破砕音。

 このタイミング、笛の音色がナイトレイドの偽物による攻撃ならラバックと護衛対象が危ない。フラフラと壁へ身体を預けながら通路を一歩ずつ進んで行く。

 

「あれ? まだ起きてるのがいる」

「不憫な娘だ。大人しく眠っていれば死なずに済んだものを」

「………」

 

 振り返ると黒のタキシードを着た小柄な少年と壮年の男が歩いて来た。

 どちらもエスデス将軍の配下、三獣士の一員として要排除対象リストに載っていた覚えがある。

 壮年の男の名は元将軍のリヴァ。様々な汚職疑惑が浮上した事によって地位を剥奪された過去を持つ。足運び等から感じる達人位階は大凡()くらいだろうか。

 少年の方は元快楽殺人犯のニャウ。顔の皮を剥ぐという残忍な手口で若い女性十数人を殺していた。こちらは位階_参程度の腕前だと思われる。

 

「あはっ、このメイドさんとっても綺麗な顔してる。ねぇリヴァ、ダメかな?」

「まったく、困った奴だな。手短に済ませろよ」

「うん、ありがとう!」

 

 ニャウがナイフを手に近づいて来る。

 

「な、何をする気!? いや、来ないでっ!」

 

 油断を誘うべく、しりもちを付いて怯えた演技で懇願する。私の身体は未だに音色の影響が残っていて下半身と上半身の同時制御は難しく、放てる技の種類が制限されていた。

 

――あと三歩、二歩………。

 

「ダーメ、運が悪かったと思って諦めてね。多分、剥いでる途中でショック死するから痛いのは最初の方だけだよ」

 

 ニャウが私の顔を覗き込み、無邪気な笑顔を浮かべる。

 

「やめ、て………」

 

 その胸元へ弱々しい仕草で右掌を当てがった。

 

「っ! ニャウ、気をつけろ!!」

 

 不穏な気配に気づいた様子で叫ぶリヴァ。

 

「え!?」

「もう、遅いです」

 

 我流・操身術 剛掌砕破(ごうしょうさいは)

 

 暴走気味の力を込めた渾身の発勁。

 

「ぶぎゅ――――」

 

 ニャウがポカンッとした表情のまま水風船の如く真っ赤に破裂。勢いよく弾け飛んで後方にいたリヴァに激突する。

 

「ぐおぉぉぉぉぉ!!?」

 

 そのまま船内の壁を突き破り、二人の姿は見えなくなった。

 

「………」

 

 ニャウは確実に仕留めたが、リヴァの方はどうだろう。まあ、生きていたとしてもそれなりのダメージを負っているはずだ。

 気になる点は彼らが音色の効果を受けているように見えなかった事。もし、曲自体に耐性があるのだとしたら………。

 一か八か、直感に従いずっと脳内を反芻しているメロディを強く意識する。強烈な虚脱感に抗いつつ、曲調を分析、理解したうえで高速化。数十回、繰り返して頭の中で再生させる。すると、ある段階から一気に全身を制御するだけの集中力が回復した。

 

――危なかった………。

 

 安堵の息を吐き、左手首の関節をはめて心拍数と血圧を整える。さて、あとは一刻も早くラバックの救援に向かうとしよう。

 上甲板へ出てみると大勢の人間が虚な眼差しで倒れていた。そして、先ほどの二人と同じ黒いタキシード姿の巨漢とラバックが交戦している。巨漢の名はダイダラ。エスデスの配下となる前は武者修行と称し各地で暴れ回っていたらしい。その右手には巨大な戦斧が握られ、実力の方は位階_()と言ったところ。

 

「キリカ姉ぇさん………」

 

 ラバックはあちこちに細かな傷を負い大分苦戦を強いられている。首にクローステイルの糸を巻いて自らを苦しめ無気力感に抗っているが、糸の細かい制御まで行う余裕はないようだ。甲板に張り巡らせた罠の数々を殆ど利用出来ていない。

 

「へぇ、他にも元気な奴がいたのか」

 

 そう言ってダイダラは戦斧を二つに分離、片方を力強く投げつけてきた。

 

「…………」

 

――あれも帝具、でしょうか。

 

 一先ず、安全策を取り横へ大きくステップして回避する。ところが、戦斧は物理法則を無視した軌道で方向転換。私の後方から再び襲い掛かってきた。

 特徴的な能力から考えて、戦斧はほぼ間違いなく【二挺大斧 ベルヴァーク】。投擲後に勢いの続く限り目標を追尾する機能を持った帝具だ。先程のスクリームに比べたら子供の玩具レベルに感じてしまう。

 私はクルリッと振り返り、高速回転する斧の刃先へ踵落としを叩き込む。強烈な金属音と共に戦斧が甲板に埋まって止まる。

 

「う、嘘だろ!? ベルヴァークが止められた? おいおい、こいつぁすげぇ経験値持ってそうだぜぇ」

 

 実力差を理解して尚、獰猛に笑うダイダラ。

 

「経験値?」

「決まってんだろ。強ぇやつを倒せば倒すほど俺は強くなれるんだよ」

「ああ、そういう意味の経験ですか。無理ですよ。あなたが束になったところで私には………いえ、もう終わっていましたね」

「あん? 何言って………がっ!?」

 

 ダイダラの首と戦斧の片割れを持つ右腕にいつの間にか大量の糸が巻きついていた。

 

「ほっといても姉ぇさんに殺されてただろうけど………」

「テメェ、卑怯だぞ! ぐげぇ!?――――」

「暗殺者相手に隙を見せる方が悪い」

 

 クローステイルを操作して糸を巻き上げダイダラを窒息死させるラバック。

 

「お見事です。私はもう一度船内へ戻って……っ!」

 

 突如、海面が荒れ狂い船体より高く立ち上がる水柱。その上に満身創痍のリヴァが佇んでいた。

 

「ダイダラも既にやられていたか」

「水を操る帝具………」

 

 該当するのは【水龍憑依ブラックマイン】。深海に住む超級危険種のコアを指輪に加工した代物であるらしい。

 

「お前達はナイトレイドだな。一応聞いておこう。帝国側につく気はないか? それ程の実力、暗殺者にしておくのは惜しい。陳腐な言葉とは思うが、何もかも望みのままになるぞ」

「当然、お断りします」

「右に同じく」

「………だろうな」

 

 ふっ、と小さく笑い無数の水塊を銃弾のように飛ばしてくるリヴァ。それらに込められた威力は充分に人体を貫通しうる。不味い事に幾つかは倒れているワーイン財務官を狙っていた。

 

「姉ぇさん!」

 

 常闇と天蓋を投げ渡してくるラバック。

 

「お任せを!」

 

 二刀を受け取ってエプロンの結び紐へ差し、縮地を用いて護衛対象の近くへ移動。抜刀して襲いかかる水塊弾を斬り落としていく。

 

「いくら凄まじい技量と身体能力があっても、足手まといを庇いながらでは満足に戦えまい」

「………」

 

 リヴァとの距離はおよそ18メートル。クローステイルは糸の支点となる場所が無ければ性能を発揮できず、接近戦に持ち込む事の難しい海上から一方的に水塊を打ち込まれている。

 通常時における私の全力、位階_(はち)の実力を発揮して尚、劣勢と言わざるを得なかった。

 

「よく凌ぐものだ。ならばエスデス様の為、この命と引き換えに最大最強の()奥義を持って船諸共に粉砕する!!」

 

 リヴァが水塊の射出を中断して、50メートルはあろうかという巨大な水龍を形成。それが顎を開き激流となって襲い掛かってきた。

 

「っ!」

「剣術のみでは到底防げまい。終わりだっ」

 

 全身から血を噴き出しながら言うリヴァ。ブラックマインは水を操る代償に身体へ相当な負荷が掛かるようだ。

 

「………」

 

 私の後ろにはラバックと護衛対象がいる。回避せずに状況を打破するにはこちらも切り札を使うしか無さそうだ。

 

――やむを得ません。

 

 鬼神顕現

 

 自身に施している全ての操身術()を解除、鬼の血液が全身を巡り始める。金色に染まる瞳でリヴァと水龍を見据えて二刀を鞘へ納めた。そうして、常闇の柄を深く握り締め埒外の力をもって抜き放つ。

 

 鬼神・断界(だんがい)抜刀術 鬼百合(おにゆり)

 

 斬撃の威力を真空の刃に変換して有効範囲内のあらゆる物体を両断する人外の技。凄まじい威力を誇る飛刃が瞬く間に50メートルの水龍を真っ二つに割り、リヴァをも縦に斬り裂いた。

 

「ば、化け物か………エス…デ、スさま、申し訳――――」

 

 身体を半分に分かたれ海中へ沈んでいくリヴァ。

 

「姉ぇさん、凄すぎ………うゎ!」

 

 船体がぐらぐら揺れ始め多々良を踏むラバック。抜刀術の余波によって海面が荒れ狂い高波が生じている。

 

「はぁ、はぁ………」

 

 鬼神顕現を封じると、想定より肉体への負荷が大きく片膝を突いてしまった。

 

――2、3日コースですね。これは………。

 

 スクリームの音波攻撃、アレを受けていた時間が影響しているのだろう。

 

「大丈夫? 相当無理したんじゃ……」

「平気です。それより周辺警戒を。私は船内を見回ってから部屋で休みます」

 

 本当は立っている事さえ辛いがどうしてもやるべき事がある。

 文献によれば一人の人間が扱える帝具は一つのみが原則。それを思い出し、ラバックと別れてニャウの死体がある区画へ向かった。

 肉塊と化した少年の身体は直ぐに見つかり、懐を漁ってみると案の定、軍楽夢想スクリームが出てくる。この帝具は味方への補助効果もあるようだが、私への影響を考えると危険すぎる。笛の音色が二度と鳴らないよう、真っ二つにへし折り、返り血まみれのエプロンに包んで窓の外へ放り捨てた。スクリームの隠滅を終え、重い身体を引きづってコガネ商会名義の個室へ入り、鍵を掛けてベッドへ横たわる。

 申し訳ないが事後処理はラバックに任せて、このまま休ませて貰う。




余談。
 いつもお読み頂きありがとうございます。年末は忙しく、遅い更新ペースが更に落ちております。

 ラバックについて。
 原作でもナジェンダさんへの愛が深すぎる少年。当作品だと漫画好きが影響して、いつか色んなコスプレをして貰える位の仲になれる日を夢見ています。まあ、原作でも18禁っぽいのとか読んでいたり一番そっち方面に興味深々な方ですし。女性にどん引かれる性癖の一つや二つ持っていても不思議じゃないかと。

 帝具スクリームについて。
 初見殺しの対、キリちゃん特攻兵器でした。帝具の奥の手が鬼人招来なのは偶然。鬼神顕現と効果の程は違えど一時的な肉体強化という点で共通する部分はありますし、名付け親の発想が近かったのでしょう。
 それと当作品において無気力な状態を自発的な行動を起こせなくなる、と解釈。キリちゃんは普段自発的に自らの肉体にリミッターをかけているので、それが強制解除されそうになりました。
 また、耳を塞いでも聞こえる設定は原作にあり、恐らく音階が肉体そのものに作用していると思われます。他、肉体的苦痛によって無気力感から脱することが可能なのは原作のブラートが実証隅。
 個人的な考察ですが、同じ効果でも曲調の違うパターンがいくつかありそうです。じゃないとプラスの効果でさえ耐性が出来た相手にかけられなくなってしまいます。
 今作だとキリちゃんに危険物扱いされてポイ捨てとなりました。革命決行時に軍全体の弱体化が決定。
 
 リヴァについて。
 原作には無い大技を使って貰いました。キリちゃん相手に中途半端な技は効かず、相打ち覚悟の毒血の刃も届かないと判断して、余力の全てを操る水量に変えて圧殺しようとするも敗北。エスデス様LOVE勢最後の砦。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。