もしも、原作主人公ポジが将軍クラスだったなら。 作:☆エイラ★
「ぷはっー、昼間っから飲む酒は格別だな」
ソファーにどかっと座り泡麦茶を煽るレオーネ。
「程ほどにして下さいね」
竜船襲撃事件から5日。ここは隠れ家の一つ、ラバックが経営する古本屋の地下にある隠し部屋だ。私は体調不良のせいで険しい山中を踏破してアジトへ帰還する事が出来ず、昨日までは休息を取らせて貰っていた。
「そう言うなよ。こっちはおっかない将軍の偵察で生きた心地がしなかったんだから」
「エスデス将軍、ですか。成果はどうでした?」
「大した情報は得られなかったよ。あいつを見た瞬間、背筋が凍るような死の気配がして………情けない話、逃げ帰ってきた。一体、何万人殺したらあんな箔が付くんだか」
「………」
エスデス――彼女については先日、竜船へ向かう道中にラバックから色々と聞いている。その人物像を一言で表すと残虐無道。
話は数年前に遡る。当時、辺境の少数部族と帝国との間で激しい内戦が起きていた。地の利を活かして戦う部族側と苦戦する帝国軍側。そこへ、将軍になって間もないエスデスが一軍を率いて介入する。彼女は数キロに及ぶ範囲を帝具の力で氷結させ、圧倒的な力で戦況を覆した。
部族側は成すすべなく破れ去り、敗者となる。その後、エスデスは部下に対して、略奪、強姦、見せしめによる拷問を指示したそうだ。他にも夫の前で妻と子供を殺し、夫だけ見逃す等の遊びも行ったらしい。
憎しみを植え付け生かしておく意味は恐らく戦火の拡大だろう。嬉々としてそんな真似をする悪鬼外道は一刻も早く始末しなければならない。
「ただいまー」
ラバックが地下の天井板をズラして降りてくる。
「お帰りなさい。私たちの噂とかは出回っていましたか?」
「平気そうだった。船の中にいた連中は全員催眠状態になってたから誰も俺たちの事は覚えちゃいない。因みに、三獣士の方はナイトレイドからワーインを守って殉職したってふうになってたよ」
「………」
まあ、帝国側としては情報操作せざる負えないだろう。
「それと今、街は新設される特殊部隊の話で持ちきりだね」
「あんな危険人物が隊長なんだから話題にもなるよな」
「レオーネさん、実際に観察してみたあなたの感覚的にエスデス将軍は私より強いと思いましたか?」
「ん~~どっちも私からしたら実力が開き過ぎてて判断出来ないんだよなぁ」
「そうですか…………」
エスデスの強さが私の手に余るようなら革命時における働き方をナジェンダへ相談しなければならない。出来れば早めに正確な実力を知っておきたいところだが………。
「気になるなら近くで見てくればいいんじゃね。面白いチラシが配られてたよ。エスデス主催都民武芸大会開催だってさ」
「なるほど、主催者本人が会場に来る可能性があるわけですね」
「そういうこと。優勝者には賞金も出るみたいだし、なんだったら出場してみたら?」
「いえ。流石にそんなリスクを………こ、これはっ!」
優勝者には金貨100枚。それが目に止まり思わず息を飲む。
恥ずかしい話、私の旅はいつだって金銭的余裕があまりない。
日常的に危険種を狩ってはいるのだが、換金して得た報酬の大半は裏稼業の必要経費に消えてしまう。依頼人無しの始末屋仕事を請け負うという事は、標的の悪行や行動パターンを実費で調べなければならない。信憑性のある事実を知る為に複数の情報屋を使うこともしばしば。なので、衣食住のうち妥協しないと決めているのは食に関してだけだったりする。他は常日頃、なるべく安い宿屋に泊まり、旅の小物やコート等も滅多に買い替えずボロボロになるまで使い込んでいた。
帝国を出て旅暮らしに戻った時の備えとして、貯金は多い方に越した事はない。
――金貨100枚……金貨が100枚。それだけあれば情報屋を50人以上動かせますね。
更にしばらく高級ホテルに泊まったりしてもお釣りがくる。一般大衆に姿を晒すリスクと大金を得られるチャンスを秤にかけて、思い悩む事数十秒。
「キリカ姉さん?」
チラシを見つめ続ける私を不審に思ったのか、声をかけてくるラバック。
「出場します。適当な衣服を用意して貰えますか?」
「え? マジ!?」
「はい、マジです」
金欲に負けた感は否めないが、エスデスの確認も出来て一石二鳥。身体の精密操作を極めている私にとって実力を隠すのは容易い。なるべく目立たず優勝賞金を頂いてくるとしよう。
◇
都民武道大会、当日。私は宮殿の敷地内にある闘技場を訪れていた。服装は観客の印象に残り難いよう、ありきたりな黒っぽいシャツとズボンを着用。闘いの舞台となるのは300平米程の円形のコロシアムで、その回りを3千人は座れる観客席がぐるりと囲む形で設けられていた。周囲は参加希望者や観戦者が多く集い、大変賑わっている。
腰のベルトに差した常闇の柄に右手を置いて、軽い足取りで受付へ向かった。
「大会ルールをよく読んでから、申込書に氏名と職業欄に記入して下さい」
受付役の兵士から申込書を受け取り、大会ルールに目を通す。
第一試合は20名~30名ずつに分かれてのバトルロワイヤル形式。
第二試合は第一試合の生き残り10名による一対一の勝ち抜き戦。
武器の使用制限は無し。各試合の敗北条件は降参の表明、意識喪失、死亡の三つとなっている。
実にシンプルで分かりやすい。申し込み書に〖旅の武芸者 キリカ〗と書き込んで提出した。
そうして数時間後………。
『優勝は旅の武芸者、キリカ!』
「………」
特に問題なく実力を隠しきったまま決勝戦終了。最後の対戦相手である位階_弍の牛顔男を除けば、出場選手の大半が一般人に毛の生えた程度の有象無象ばかりだった。
一応、声援に答え軽く手を振っておく。
すると、VIP席から長い青髪の美しい女――大会主催者のエスデスがゆっくりと降りて来た。野性味と気品が混同したような不思議な印象。背は高く白の軍服を纏い、腰にサーベルを一本差している。
優勝した私を讃えるつもりなのだろう。向こうから近寄って来てくれるとは好都合だ。大会中何度か盗み見てはいたものの、当人が殆ど動かず距離も離れていた為、力量を推し量れていなかった。
「キリカ、といったな」
私の眼前で立ち止まるエスデス。この時点で動作の一つ一つが研ぎ澄まされ、殆ど隙を感じない。
「ええ……貴方は?」
私の肩書きは旅の武芸者。帝国の人物に詳しかったらおかしいので、知っていながらあえて名前を尋ねてみる。
「エスデスだ………優勝者に送る褒美をやろう」
エスデスが脈略なく、鋭い蹴りを放ってきた。
「っ!?」
私は延髄に迫る一撃を左腕に右手を添えて受け止める。かなり重い。そして、あらゆる武術の根源へ至った者特有の流麗さ。間違いなく位階_㯃クラスの達人だ。
「ほう、素晴らしい反応をする。やはり試合中は実力を隠していたな」
「有り得ない……どうして?」
私の操身術による実力隠蔽は完璧だった。加えて、全試合きちんと双剣の嶺を使い、あたかも戦いが成立しているように魅せている。
「ん?」
「どうして、私が実力を隠していると分かったんですか?」
どれほど優れた観察眼を持つ達人であろうと、見破れる筈がないのに……
「お前は常に一定の範囲で対戦相手を上回る技量を発揮していたろう。それが気になったのと……あとは勘だな」
「勘………」
一試合ならともかく連戦は不味かった。お金に目が眩むと碌な結果にならないということか。
「しかし、予想以上だったぞ………ウェイブ、エクストラマッチだ。試合開始の合図をしろ」
『は?』
声をかけられた審判役の青年――ウェイブが戸惑いの声を上げる。
「聞こえなかったか? 私はキリカと試合をする事にした」
「ま、待って下さい。私はやりませんよ。賞金を頂いて失礼します」
こんな大衆の面前で実力を晒したくはない。
「褒賞なら望むだけの額をやろう。私にお前の実力を見せてみろ!!」
激しい闘気を撒き散らしながら腰のサーベルを抜くエスデス。
「っ!!」
咄嗟に距離を取り、双剣の鍔へ手をかけて身構える。余りにも強引過ぎる闘いへの誘い方。
『ここで特別企画をお伝えします。続いての試合は何と! 武芸者キリカ選手対帝国最強、エスデス将軍だぁぁぁああ!!』
会場に響くウェイブのアナウンス。
「やらないって言ってるのに………」
「先ずは小手調だ」
一直線に肉薄してくるエスデス。私との間合いを詰めるや否やサーベルによる乱れ突きを放ってきた。
「………」
仕方なく双剣を抜刀。冷静に切先を捌きつつ、後退していく。エスデスの技は風に揺れる柳のようにしなやかで千変万化。並みの達人では瞬殺されるレベルだろう。それでも、技量や身体能力は私の方が上回っている。
「やるな!」
「後悔しても知りませんよ」
試合と言えば不慮の事故は付き物。元より怪我や死亡は自己責任の大会だ。思わぬ展開ではあるものの、外道を始末する機会が得られたと考えよう。
突きと突きの間、サーベルが引き戻される刹那を狙って常闇を袈裟懸けに斬り下ろす。
エスデスが身を翻して躱し一回転。更に鋭い一閃を放ってきた。
私は縮地を用い三歩半後退。絶妙な加減で間合いの外に逃れ、天蓋でサーベルの切っ先を跳ね上げる。すぐさま、腕が伸びきったエスデスの隙を突いて胸元を蹴りつけた。ほぼ完璧なタイミング。だが、当たらない。
エスデスは獣じみた反射神経で無理やり上半身を仰け反らせ、そのまま左腕のみのバク転をして距離を離そうとする。
――甘い。
地を這うように駆け出し、態勢の整っていないエスデスへ常闇を振りかぶる。
「フッ、強いな」
エスデスが嬉しそうに笑い地面を踏みつけた。
「っ!」
嫌な感じがして咄嗟に静止。すると、突然私の眼前に氷の杭が突き上がった。
「まさか、私が純粋な接近戦で遅れを取るとは」
「これが貴方の能力………」
「帝具の力だ。さあ、どう対処する?」
エスデスの周囲――何もない空間に突如、鋭い矢尻のような形の結晶が浮かび始めた。その数は瞬く間に100を超えていく。
エスデスが矢尻のような結晶――氷矢を広範囲に向け、一斉射出してきた。
「………」
百数十本の矢が私の視界一杯に迫る。面制圧を目的とした攻撃は圧巻の一言。直撃コースのモノを見定め、天蓋で迎撃しつつ真横へ走り出す。
途切れる事なく氷矢を射ちながら、追従してくるエスデス。間合いが縮まると、再びサーベルによる連撃で攻め立ててきた。
互いに激しく動き回りながらの攻防。
私は二本の刀を忙しなく動かし、フェイント以外の攻撃に対処していく。しかし、氷の矢じりとサーベルを同時に防ぎ続けるのは厳しく徐々に捌き損ねた斬撃が衣服を掠め始めた。
「ふむ、フェイントには一切反応しないか………」
「ちっ!」
デモンズエキスの異能は中々に厄介で思わず舌打ちしてしまう。エスデスの戦闘力は帝具込みなら、間違いなく位階_
――なら、初見殺しでっ!
エスデスの視線、重心、筋肉の動き、思考あらゆる要素を観察、精査。そうして得られた情報を元に緩急のある独自の体捌きを実行。ゆらゆらと揺蕩うような挙動を伴って右へ移動した。すると、エスデスのサーベルが明後日の方向、左側へ振るわれる。
「なに!?」
攻撃を空振り、瞳に困惑の色が浮かべて数瞬の硬直を晒すエスデス。
「………」
人間の視覚情報というのは実に曖昧でいい加減だ。騙し絵というモノがあるように、本来動いていない物体が動いているように見えたり、その逆も然り。加えて、脳は視覚から受け取った映像を処理する際、対象の移動先を予測したりもしている。これはそういった目の錯覚や脳の誤認を利用した技術で、相手へ限りなく実像に近い幻や、幻に近い形の実像を視せる事が出来る。残像かと思いきや本物だった、みたいな芸当も可能。
私は隙を付いてエスデスの背後へ回り込み横なぎに斬りつける。
「面白い!」
左手に氷の剣を生成して背中越しに受け止めるエスデス。そのまま前方へ転がり、中腰で私の方へ向き直った。
「………」
そこへ間髪を入れずに追撃、揺蕩うような動きを矢継ぎ早に行いながら肉薄する。
我流・操身術 秘奥の舞
斬り上げる私。斬り下ろす私。突きを放つ私。横へ飛ぼうとする私。後ろへ下がろうとする私。今、エスデスの瞳には様々な幻影が映っては消えを繰り返している筈だ。
「これは? 残像? いや錯覚なのか」
エスデスは私の正確な位置を把握出来ず、氷矢や氷杭を四方にばら撒きながら一旦間合いの外へ逃れようとしている。
「………」
我流・双刀剣舞 極楽鳥花
僅かなタメからの双刀を用いた神速の斬り抜け。
「くっ!」
私の必殺に近い一撃を数メートル跳躍して回避するエスデス。更に地面から氷柱をせり上げ、それを足場に高度を上げていく。
「逃しません!」
氷柱を斬りつけ、斜めに倒れていく柱を駆け上がる。
「良いぞ! こんなに心躍る闘いは初めてだ。ハーゲル・シュプルング!!!」
エスデスがパチンっと指を鳴らし、直径30メートルほどの氷塊を生成。勢いよく重力落下させて来た。
「………」
――一度、避けてから……いえ、強引にでも勝負を決めましょう。
初見の幻華繚乱を無傷で切り抜ける驚異的な対応能力。今、仕留めておかないと間違いなく成長の機会を与えてしまう。
私は天蓋を空高く放り投げ、常闇の柄を両手で握りしめる。そのまま身体全体を高速回転させて突貫。さながら徹甲弾の如く、氷塊の中心へ常闇を突き出した。
我流・一刀絶技
甲高い炸裂音を響かせ、氷塊が四散。一直線にエスデスの眼前へ躍り出る。
ガキンッ……かち合い火花を散らす常闇とサーベルの刀身。
「はははっ、なんて奴……っっ!!?」
何かを察して、氷盾を纏った左腕を頭上へ掲げるエスデス。そこへ降って来た天蓋の刃が突き刺さる。
「………」
――反応の良さが命取りです!!
我流・闘身術 鋭刃烈脚
私は間髪を入れず、無防備な脇腹に全力の蹴り技を打ち込んだ。
「かはっ!」
エスデスが吹き飛び、地面へ叩きつけられる。
「………」
足に残るのは氷を砕いた感触。恐らく咄嗟に身体へ氷の鎧を作り、致命傷を避けたのだろう。内臓を破裂させるつもりだったのに、未だ仕留めきれていない。とは言え、ダメージは負わせられた筈。私は迅速に止めを刺すべく、着地と同時に走り出した。
「く、ははははっ! もっとだ、もっと私を楽しませてみせろ!!」
口元の血を拭い、興奮した様子で立ち上がるエスデス。よろめきながらも左手に氷剣を生成、迷い無く向かって来た。
「………」
予想より遥かに復帰が早い。アドレナリン分泌で痛みなど感じていないのだろうが、動きは鈍っている。この好機……肉を切らせて骨を断つ覚悟を持って確実に始末しよう。
私は常闇を鞘へ戻して、足は止めずに姿勢を低くした。
我流・真奥抜刀術………
私とエスデス、今正に決着が付こうかと言うその時……天空より一筋の稲光が落ちてくる。
「……!!」
「……!?」
互いにバッと後ろへ飛び退き、直撃を避けた。
「貴様らっ! これは一体何の騒ぎだ!!」
闘技場の入出口から太く長い眉毛をした、巨漢がズンズン歩いて来る。極限まで鍛えられた肉体に漆黒の鎧とマント。額には青筋が浮かび、大層ご立腹な形相だ。
「………」
――流石に部が悪いですね。
巨漢の容貌は要警戒人物リストの一番最後に載っていたのでよく覚えている。エスデスと双璧を成す帝国軍の要。雷撃を操る帝具アドラメレクの使い手、ブドー大将軍が殺意の篭もった眼光を私へ向けていた。
いつの間にかお気に入り登録してくださった方が100人超えていてビックリ。