もしも、原作主人公ポジが将軍クラスだったなら。   作:☆エイラ★

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過去編、飛ばして頂いてもあまり本編に影響はありません。


拾漆斬

 私は倭国北西部に潜む裏稼業が生業の一族──奥深い山谷を拠点とする朏魄(ひはく)族の一員として生を受けた。朏魄族は祖先が異形の鬼と交わったらしく、強靱な筋肉と骨格に恵まれ、様々な特殊能力を持った子供が産まれてくる。

 

「我らは闘いの中でしか生きられぬ。弱者は不要。ただ強さのみを求めよ」

 

 とは、二本角の生えた頭目の言。当時、倭国は戦乱の只中。一族は代々優れた忍を育て諸大名へ派遣する事を生業としていた。

 

「四十二番と三十一番、槍術の型稽古を100追加。終わったら滝壺へ行け。追って指示が出る」

「「はい」」

 

 四十二番とは私の呼び名。三十一番の男子と共に育手の男に従う。

 里の忍びは皆番号で呼ばれ、日の出から日の入りまでひたすら修練に明け暮れていた。ここでの子供達は養殖される豚や魚と同じ。課題を達成できない者は容赦無く処分されてしまう。だから、子供達の仲間意識は薄く、寧ろ蹴落とし合う敵同士に近い。危険種狩の時間などで窮地に陥った者を見捨てて、脱落に追い込むと言った事も珍しくなかった。

 そんな幼少時代、記憶に残るのは穏やかな母の姿。辛く苦しい一日を終えて、里の端にひっそり建つあばら屋へ帰ると、いつも儚げな笑顔で出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい、キリカ。お腹すいたでしょう。今日はお芋が収穫出来たんですよ」

 

 母──ハルカはより優秀な子を作る為に外部から攫われて来た女性だった。ハルカの持つ希少な才は少し先の未来を観る能力。しかし、私はその力を受いでおらず、臓腑の弱さという欠陥を抱えていた。雑多な物を食べると直ぐに腹を下し、毒物の耐性をつける試練では、母が付きっきりで看病してくれたにも関わらず、終ぞ合格出来ずじまい。

 母が二人目の子を宿せなくなった事もあり親子共々、周囲から欠陥品と罵られた。母にとっては人生を狂わされたあげく、蔑まれる地獄のような生活だったろう。

 

「お母様、どうして力を示してはいけないのですか? 待遇だってきっと良くなります」

 

 里の掟による決まり事。優秀な子供ほど世話役を含めて高待遇を受けられる。

 私には生まれ付き、力の流れを感じ取り視認する能力が備わっていた。そのお陰で大抵の武技は一度視ただけで仕組みを理解して再現が可能。七歳の時点で里に住む達人全員の動きを己の糧としており、我流に昇華させている。本気を出せば同年代の誰にも負けない自信があった。しかし、母の切実な頼みで周囲に才能をひた隠しにしている。

 力の流れを理解、掌握して身体を操れば、実力を誤認させる事も容易ではあったが………。

 

「実力の高い忍びほど危険な任務を与えられるわ。いくら武術の腕前があってもあなたの身体は強くない。きっと直ぐに死んでしまいます」

「毒物の対策をしっかりすれば平気です」

「目や皮膚から吸収される毒の罠があったらどうするのです?」

「そ、そんなの………」

「あなたは将来きっと綺麗になる。だから、そこそこの実力を示し続けていれば間諜(かんちょう)への道がある筈です。戦場の最前線に送られたりするよりはよっぽど………分かって、キリカ。私はあなただけは失いたくないの」

 

 私をギュッと抱きしめるハルカ。

 

「………分かりました。お母様」

「大丈夫。人はみんな幸せになる為に生まれてくるんですよ。いつかきっとあなたにも幸せが訪れますから………」

「………」

 

 この瞬間以上の幸せなどあるのだろうか………。

 温くて、優しくて惜しみない愛情を向けてくれる母は私の全てだった。そんな母のたった一つの願いは、故郷へ帰りたいというもの。叶える方法は只一つ、私が全てを決定出来る立場──頭目になれば良い。

 実力至上主義を掲げる里の掟においては、決闘で頭目を倒した者が次の長になれる。

 所詮、この世は()()()()。待っていても幸せは訪れたりしない。母が心から笑って過ごせる日常を作る為、私は誰よりも強くなってみせる。そんな目標を胸に秘め、爪を隠しながら技量を磨いていった。

 

 ◇

 

 齢十二を迎えた年。里の掟に則り試練が与えられた。内容は身一つで樹海を抜けて、霊峰の頂へ着くというもの。期限は十四日、その時に参加した子供は十六人。各々、二、三人のチームを作って挑む中、身体が弱く実力も低いと思われていた私は誰とも組めず出発する事になった。

 樹海は特級以上の危険種や食人植物が跋扈する魔境。そんな場所での単独行動は僅かなミスが命取りになる。元より手を抜いて合格出来る程、生優しい試験では無い。

 慎重に密林を進んでいると、早くも虎型の特級危険種に囲まれてしまう。

 道中は長く無駄な消耗は避けるべきと判断。

 私は見られていない事を確認しつつ、力の流れを感じ取る能力を使用した。身体の隅々、筋肉の一筋に至るまで意識を行き渡らせ、己の力を最小限に、敵の力を最大限に利用。上下四方から襲いかかってくる虎達を違いにぶつけ合わせたり、突進の力を反射、内蔵を破壊するなどして一蹴する。

 私にとって特級程度の危険種は脅威足り得ない。毒物だけは浴びないよう、注意を怠らず進んで行く。水や食事にはしっかりと火を通し、体温管理を徹底した。

 早く合格し過ぎて高評価を取るのは母の望みでは無い為、歩みを調整。特に苦戦する事もなく十四日目に無事、霊宝の頂へ辿り着いた。

 目的地には頭目の他に育手の男が二人。他の子供は一人もおらず、試験を終えた者から順に里へ帰ったのだろう。そして何故かここに居ないはずの母、ハルカが待っていた。

 

「キリカ、何処も怪我してない?」

「はい、大丈夫です」

「良かった、本当に良かったぁ」

 

 涙ぐんで喜ぶ母の後ろに立つ頭目が口を開く。

 

「ハルカ、世話役の中でお前だけ呼ばれた理由が分かるか?」

「え? キリカに合わせてくれる為では………」

「貴様の前で四十二号を処分する為だ。五番、取り押さえよ」

「はっ!」

 

 初老の育手──五番が私の腕を捻り、無理やり頭を下げさせる。

 

「ぐっ!」

 

 あまりに突然の事態に反応が遅れてしまう。

 

「な、何を仰るのです? キリカは見事試練を乗り越えました」

「試練の中で、四十二番は報告に無い実力を発揮した。そうだな、七番」

「間違いございません。わたくしの千里眼で確かに」

 

 頭目の側に控える育手──七番が答える。

 

「待って下さい頭目! 力を自覚したのは森に入ってからで」

「黙れ! 四十二番、発言の許可は与えておらん」

「ッ!」

 

 能力を使った監視まで考えていなかった。私のせいだ。私の浅はかな行動のせいで全てが終わってしまう。頭目の決定は絶対、どうしようもない。

 

「さて、ハルカよ。力の偽りは掟に背く行為………我ら一族への謀反でも企んでおったか?」

「違います。そのような恐れ多い事は断じて………」

「ふんっ、真偽はともかく掟を破った事実はかわらぬ」

「そんなっ、そんなのあんまりではありませんか。キリカはあなたの子です。慈悲はないのですか?」

「慈悲? 臓腑の弱い欠陥品を今日まで生かしてやった俺の計らいを無碍にしおって。この愚か者めが!」

 

 刀を抜いて私に近づいてくる頭目。その顔は怒気に満ちており、瞳が金色に変わっている。

 

「お母様………大好きです。今までありがとうございました」

 

 零れ出たのは精一杯の感謝の言葉。死への恐怖はあまりなく、心残りは一人残される母の処遇だけだった。

 

「嫌! 殺すのならどうか私を………」

 

 頭領との間に割って入り、両腕を広げて懇願するハルカ。

 

「どけいっ 邪魔だ!」

 

 頭目がハルカを殴り飛す。

 

「お母様っ!」

「………逃げなさい」

 

 次の瞬間、ハルカが短刀を投げ、それが私を拘束していた五番の喉元へ突き刺さる。恐らく、数秒先の未来を観る力で注意が逸れるタイミングを予知したのだろう。

 

「っ! 嫌です」

 

 母の頼みと言えど聞くわけにはいかない。自由になった私は母を助けようと立ち上がり………

 

ドシュ──そして、刀で母の胸を突き刺す、頭目と目があった。

 

「キリ、カ………おね、が、生き───」

 

 私を愛おしそうに見つめるハルカの瞳から、光が消える。

 

「お母様? お母さまぁああああああ!!!」

 

 現実を受け止める事が出来ず、目の前が真っ暗になった。

 

「喚くな騒々しい。直ぐに後を追わせてやるから待っておれ。女の役割すら果たせぬ分際で五番を道連れに逝きおって。この屑がっ、屑がっ、屑がっ!」

 

 何度も何度もハルカの身体を踏みつけにする頭目。肉が潰れ、骨が砕け、血だまりが広がっていく。

 

「や、やめてください、お願いします、やめてくだ、やめて…………やめっ!」

 

 死して尚、痛めつけられる母の姿。それを茫然と観ている事しか出来ない私。

 憎い。憎い、憎い、父が憎い、殺してやりたい。その為の力が欲しい。何より許せないのは最愛の母一人守れない無力な己自身。悲しみが別の感情に上書きされ塗りつぶされていく。

 母を辱め続けている男への憎悪と力への渇望。理不尽を、不条理を、全てをねじ伏せられるような圧倒的な力が欲しい。

 心臓の鼓動は痛いほどに高まり、視界が鮮やかな金色に染まっていく。

 

──八つ裂いて、すり潰してやる。

 

 私はゆらりっと立ち上がり、油断している頭目の顔面を殴りつけた。

 

「ぐがっ」

「………」

 

 思いのほか派手に吹き飛んでいった。

 

「頭目! ええい四十二番、この出来損ないが」

 

 斬りかかってくる七番の瞳には頭目と同じく二本角の生えた私の姿が写っている。

 

「………」

 

 遅い、遅すぎる。私は振り下ろされる刀を奪い取りながら、七番の胸元を膝蹴りで砕き、即死させた。

 

「流石は俺の子と言うべきか。鬼神の力、先祖返りは本来喜ぶべきものだが………残念でならん」

「お母様の仇、死ねっ」

 

 体内に流れる金色の奔流を制御下に置き、縮地で肉薄。逆袈裟に斬りかかるが、軽々と受け止められてしまう。

 

「ふん! 敵うと思うな、小娘」

 

 頭目が私を蹴り飛ばし、そのまま刀を頭上へ掲げた。

 

「くぅっ!?」

 

 嫌な予感がして、空中にて姿勢を制御。刀を地面へ突き刺し、無理矢理着地する。

 

「ぬうん!!」

 

 覇気と共に埒外の力で刀を振り下ろす頭目。

 

「っ!?」

 

 間髪を入れず右へ回避行動を取ると、私の脇を巨大な真空の刃が掠めていく。飛刃の威力は凄まじく、数十メートル先の木々が断たれ、余波だけでよろめいてしまうほど。

 異形の力を十全に使い熟す頭目はまさに化け物。本来なら勝ち目がない。

 

「惚けている暇は無いぞ」

 

 頭目が10メートル程の距離を瞬時に移動して私の背後へ周り、矢継ぎ早に次々斬撃を繰り出してきた。

 

「………」

 

 力の流れが分かるだけでは到底対応し切れない。全ての攻撃が常人には視認する事さえ難しい一撃必殺の破壊力を秘めている。しかし、この時、この瞬間において、私は2秒程先の未来を垣間見る事が出来た。斬撃の軌道を数十手先まで予知。最小限の力で受け流し、捌き、弾いていく。

 

「なっ! 何故だ!! 何故当たらん!?」

「…………」

 

 僅かばかりの未来視は母──ハルカの能力の一部が受け継がれたモノなのだろう。そう考えると母が守ってくれているようで目頭が熱くなる。

 防戦を続けながら、頭目を俯瞰して視た。すると、丹田の辺りに力の流れが集中している。

 

「っ! その目で、俺を見るなぁあああああ!!!」

 

 動揺したのか頭目が大振りの一撃を放つ。

 

「………母の無念、晴らさせて頂きます」

 

 それを掻い潜り、丹田へ手を添えて発頸。頭目の体内にある異形の力を乱し、出鱈目に暴れさせた。

 

「ごふっ、げはっ………身体が動かん。なにを、した?」

 

 血反吐を吐き、膝を付く頭目。

 

「………彼岸にてお母様に詫びて下さい」

 

 容赦なく即座に両腕を斬り飛ばした。

 

「ふっ、くく………()()()よ。お前が次の頭目だ」

「お戯を。私はお母様を連れて里を出ます」

 

 せめて、遺骨だけでも故郷へ帰してあげたい。

 

「そうか………どのみち、鬼の血は一度目覚めれば濃くなっていくのみ。臓腑の弱いお前では数年と耐えられまい。好きに生きてみよ」

「さようなら、お父様」

 

 私は迷わず父の首を刎ねた。そして、ボロボロになった母の亡骸を胸に抱きしめる。悔しくて悲しくて、涙が溢れて止まらない。徐々に母が生きていた証、温もりが失われていく。

 

『きっとあなたにも幸せが訪れますから………』

 

 聞こえない筈の声が聞こえた。

 

「私はっ! 私はお母様さえ幸せになってくれれば良かった!」

 

 只、それだけで良かったのに………。あばら屋の薄い布団の中で毎日、毎日夢に見ていた。

 母と手を繋いで色々な所へ行く光景。

 美味しい物を沢山食べさせてあげる光景。

 母が心からの笑顔を浮かべている光景。

 もう、何一つ叶わない。

 もっと沢山話をしたかった。

 もっと抱きしめて欲しかった。

 何故、もっと早く鬼神の力に目覚める事が出来なかったのだろう。今更、頭目を倒したところで何の意味もない。本当に何の意味も無かった。

 

 ◇

 

 その後の私は倭国各地を転々とする。

 母の故郷は既に滅んで居た為、遺骨を近くの海辺へ埋葬。目的を果たしてしまえば、残るのは寄る辺なく、生きる意味の無い灰色の日々。けれど、母が救ってくれた命を無駄には出来ない。

 頭目の言った通り、時間が経つほど異形の血は濃くなり、臓腑を蝕んでいく。だから私は力の流れを感じる能力を応用して、負荷の掛かる過剰な力を押さえ込む術──操身術を編み出した。これで寿命は少なくとも十年以上伸びただろう。父の姿を連想させる額の二本角は自ら切り落とした。

 死のうと思えばいつでも死ねる。だから、生きている間は救われた分、誰かを救おうと思った。けれど、出来ることと言ったら暗殺くらいしかなく、私は女性を虐げる非道な輩を見つける度に殺して回るようになった。そうして、二年の月日が流れたある月夜の晩。私は標的の屋敷で始末屋の少女と運命的な出会いをする。

 

「誰? そこに居るんでしょう?」

 

 気配を消して潜む私に気づき、短刀を逆手に構える十六、七歳の少女。その頭には紅い花の髪飾りが付いていた。

 

「この屋敷の人間ですか?」

「違う、多分同業者だよ。貴方はもしかしてだけど、最近話題になってる正体不明の仕事人じゃない?」

「だとしたら………ぇ!?」

 

 一瞬、少女の姿が母と重なって見えた。不思議とハルカにとても良く似た雰囲気を纏っている。

 

「どうかした?」

「い、いいえ何でも」

「ねぇ、あなた外道を始末しにきたんでしょう? 協力する気はない? 標的が同じなら効率よく血祭りにしましょうよ」

 

 この後、姉妹の契りを交わすことになる少女──シズクは(たお)やかな声音で、とても物騒な事を宣った。

 

「………と、まあそんな訳で、偶然出会った始末屋と一緒に行動することになったんですよ」

 

 浴槽で手足を解しながら締めくくる。長湯になってしまうし()()()の始末屋──双刀の黒狐としての活動はまた別の機会に話すとしよう。

 

「いや、何て言ったらいいか………」

「只の昔話です。それに私は自分がとても恵まれていると思っていますから」

「そうなのか?」

「はい。皆さんを含めて良い人たちに巡り会えています。エスデスが言っていました………この世は強者が全てを支配するだけだって。人の温もりや優しさを知らずにいたら、きっと私も同じ考え方のまま生きていた筈です」

 

 ある程度、真面(まとも)な価値観を持てたのは母から続く良縁のお陰。

 

「確かに、出会いってのは大事だよな」

「………」

 

 脱衣所の方から複数の賑やかな声が聞こえてくる。どうやらアカメ達も一日のスケジュールを終えたようだ。

 

──人は幸せになる為に生まれてくる、か。

 

 エスデスにくだらない、と一蹴された考え方。私だって所詮は幻想と理解している。けれど、人が幸せに生きられる世界を作っていくことは出来るはず。だから、私はこれからも始末屋として、母が望んだ世界を実現する為に戦い続けていく。

 エスデスやオネストのような外道を排除し続けた先に、そんな未来があるのだと信じて………。 




 クライマックスに向けて引き続き頑張って参ります。
 偶に感想など頂けるとめちゃくちゃモチベがあがります<(_ _)>

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