「葬る……」
黒髪の少女が尻餅をつくアリアに刀を振りかぶる。
「させません!」
我流・
身体への負荷を最小限に全身の筋肉を連動させて加速。およそ8メートルの距離を瞬きの間に詰めてアリアと少女の間へ移動。少女の刃を
「っ!」
回避行動を取りつつ飛び退る少女。そのまま警戒した様子でこちらを睨んでくる。
――悪くない反応です。
少女の姿を観察すると、その姿には見覚えがあった。昼間、街の路地に貼られていたナイトレイドの手配書。記憶が確かなら懸賞金の下あたりにはアカメと記されていた。
そして、警戒すべきは彼女の持つ刀。間近で見ると、怨嗟や憎悪が入り混じったような禍々しい気配を発している。直観的に斬られたら唯では済まない気がした。
「標的ではない、邪魔をするな」
「そうはいきません」
「た、助けてキリカ!」
「ふぅ、何とかしますからじっとしてて下さい」
――とは言ったものの………。
激しい動きをしたせいか、体調が急激に悪化。私の体内に存在する
時折、視界が霞み額からは嫌な汗が滲んでくる。
現状、出せる実力は三割程度で縮地の再使用も不可。あまり時間をかけていてはアカメ以外の襲撃者まで集まって来てしまう。
となれば、最善手は身体が動くうちに隙をついて逃走すること。状況から察するに、アリアの両親はもう殺されているだろう。熱に魘されていなければ早くに気づいて対処出来たのだが………。
――せめてアリアさんだけは守ってあげないと。
そう決意を固め、足下の地面を思いっきり踏み砕いて即座に蹴り上げる。
我流・操身術
「くっ!」
勢い良く飛散する小石と砂埃に顔を庇うアカメ。
「逃げますよ!」
素早くアリアを小脇に抱え、左手側へ走り出す。
ダァン!!!
次の瞬間私の進行方向を遮るように眩い銃撃が打ち込まれた。
――嘘っ、狙撃手がいる!!?
咄嗟に足を止めてしまった私の隙を突いて、アカメが襲いかかってくる。
「葬るっ」
矢継ぎ早に繰り出される鋭い斬撃。
「っ!」
それを右手に持つ常闇だけで捌いていく。左腕は
「…………」
アカメが研ぎ澄まされた殺意を纏い、流れるような剣舞を打ち込んでくる。
「はぁ、はぁ………ま、待って下さい。どうしてこんな小さな子を殺そうとするんですか? お金が目当てなら護衛を排除した時点で目的は果たせます。命まで奪われなければならない理由がこの一家にあるというのですか?」
「…………」
無言で更に攻勢を強めるアカメ。こちらの話を聞くつもりはまったくないようだ。
――不味い。
全身がガクガクと震える。もはや、体力は限界に近い。
「お、お願いです。どうか、この娘だけでも、見逃して、あげて………」
トンッと背中が壁に触れ、ついに攻撃を捌ききれなくなってしまう。アカメの振るう横凪の凶刃がアリアと私に迫る。死の予感、終わりの足音を感じて背筋に怖気が走った。
――まだ、です!
生死の狭間、瞳に全神経を集中させて
最早、形振り構っていられない。アリアを地面へ放り落とし、左肘と左膝を使って凶刃の
「なっ!」
動きを止めるアカメ。状況的に逆転されると思っていなかったのか、目を見開いて驚いている。
「引きなさいナイトレイドっ! はぁはぁ……さもなければ、道連れにこの少女の命だけは貰っていきます!!」
周囲へ響き渡るように声を張り上げた。既に逃走するだけの余力は皆無。その為、アカメを殺さず人質に取らせて貰った。
――けど、ここからどうしたら。
襲撃者達に仲間意識があれば良いのだが………いや、そもそも彼らに撤退を約束させられたとして、アカメを開放した途端に再び襲ってくる可能性が高い。状況的には限りなく詰みに近かった。
「痛った~い」
アリアが額を摩りながら起き上がろうとする。
「動かないで、アリアさん!」
「アカメ、そのお姉さんに事情を話してやらないか?」
屋敷の植え込みを超えてワイルドな格好をした女性が近づいてき来た。女性はボサッとした金髪で頭の上に獣耳が生えている。
「こいつは危険過ぎる、ここで葬っておくべきだ」
アカメが刀の柄を強く握りしめた。
「腕が立つだけで単なる被害者だろ。聞いてた感じかなりのお人好しみたいだし、理由を知れば邪魔はしないんじゃないかと思ってな」
「…………」
少し考え込む仕草をした後、力を弱めるアカメ
「あなたは話が通じる方のようですね。とりあえず事情というのを聞かせて下さい。どうして一家もろとも皆殺しにする必要があるんですか?」
どんな理由があろうとアリアを死なせて良い筈がない。
「百聞は一見にしかず、だ」
女性がスタスタと倉庫へ近づき、入口の扉を蹴飛ばした。途端に内部から濃密な死の香りが漂ってくる。
「っ!………アカメさん、刀を放しますけど絶対に斬ろうとしないで下さいね。私があなたの首を落す方が早いですから」
嫌な緊張感を味わいつつ、ゆっくり左膝と左肘を離した。
「分かった。お前こそ逃げようとはするな」
刀を引いて一歩下がるアカメ。
「………」
再びアリアを小脇に抱え、襲撃者達の動きに警戒しながら倉庫へ近づいて中を覗き込む。すると、そこには想像を越えたおぞましい地獄が広がっていた。
先ず目に映るのは、天井からぶら下がる夥しい量の死体。どれも四肢の欠損があり、残虐な拷問の後が伺える。他にも腸を引き釣りだされ絶命している男やホルマリン漬けにされた子供達等………部屋一面が凄惨な光景で埋め尽くされていた。私はあまりの衝撃に、アリアが腕から抜け出した事さえ気にならない。
「ぐぁ……ぁ、ぁ」
倉庫の端にある檻の中でバンダナを巻いた青年がうめき声をあげている。その身体は薬物に蝕まれ、無数の斑点が出来ていた。俗に言うルボラ病の末期症状。既に体内の毒素が致死量を上回っているようだ。
「こんな酷い………ここで一体何が?」
「あ、あの女だ………」
青年がアリアに対して、激しい憎悪の眼差しを向ける。
「え?」
「ぜぇ、ぜぇ……ここにいる連中は皆、あの女に声を掛けられて連れて来られたんだ……食事に薬を盛られて、がふっ……気付いたらここに……俺の仲間、サヨもそいつが嬲り殺しにしやがったっ!」
吐血しながら必死に言葉を紡ぐ青年。
「ほ、本当なんですか? アリアさん……」
振り返ると、アリアは抜き足差し足で逃げようとしていた。思い返せば、私は昨晩アリアと母親がここへ入って行くのを目撃している。信じがたい事だが間違いない。それに、体調がおかしくなったのは夕飯を食べた後からだ。
「おっと、逃げようってのは虫が良すぎだぜ。お嬢ちゃん」
アリアの首根っこを捕まえる女性。
「は、離してっ」
「これを、この家の人たちがやったんですね」
「そうだ。護衛達も黙っていたので同罪だ」
「ウ、ウソよ! 私はこんな場所があるなんて知らなかったわ。キリカは助けた私とこいつらとどっちを信じるのよ!?」
「申し訳ありませんが状況証拠は揃っています。答えてくださいアリアさん。何の理由があって……どうしてこんな酷い真似が出来るのですか!?」
女性の腕を振り払い、私を凄まじい形相で睨みつけてくるアリア。
「う……ううっ…何が悪いって言うのよ!? お前達はなんの役にも立てない地方の田舎者でしょ!? つまり家畜と同じ!! それをどう扱おうがアタシの勝手じゃない!!」
「ア、アリアさん……?」
まるで別人になったかのような豹変っぷりだ。
「だいたいあんたも家畜のくせになんで髪がサラサラなのよ!! 私がこんっなにクセっ毛で悩んでるのに!! うあぁぁぁぁぁぁ!!! 家畜の分際でイライラさせないでよ!! 今晩あたりあんたも念入りに責めてあげようと思ってたのにぃぃぃぃ!!!」
「………それが、答えですか」
「もう十分に分かったろ。この一家が善人の皮を被って何をやっていたか」
「ええ………」
私は自然な足取りでアリアへ近づき、無造作に常闇を振るった。
「え?」
一拍置いて、アリアの首元から鮮血が噴き出す。
「アリアさん、あなたは悪くないのかもしれません。ただ、知らなかっただけ、教えてもらえなかっただけで……けれど、知らなかったでは許されない罪があるんです」
人間が人間を家畜のように扱う非道。罪の有りかは、本来なら幼いアリアに狂気の価値観を植え付けた彼女の両親にあるのだろう。しかし、ここまで歪んでしまったら救いようがない。
「ぁ、ぁ……」
何かを訴えかけるような表情をするアリア。その口から言葉が紡がれる事は無く、仰向けに倒れて息絶えた。
「ふぅん………」
何やら感心した様子で頷く金髪の女性。
「泊めていただいた恩を仇で返してしまいましたね。申し訳ありません」
私はアリアへ謝罪を述べ、息も絶え絶えな青年の下へ駆け寄る。
「へへっ……ありがとうな。ぜぇ、ぜぇ……あんたのおかげでスカッとしたぜ……がはっ」
「あなたはもう助かりません。最後に何か言い残すことはありますか?」
傍に屈んで尋ねてみた。
「……なら、タツミって奴に会ったら伝えてくれねぇか。他人を信じるなって、な……帝都は夢のある場所なんかじゃなかった。人の皮を被った化物の巣窟だ………ぜぇ、ぜぇ……あいつは馬鹿だから……すぐに騙され、ちまう……ぁ、ぐぅ」
気力を振り絞って話す青年。
「タツミさんですね。もしお会いできたなら必ず……」
最も、この広い世界で出会える可能性は殆ど無いだろう。
「悪ぃな……たのん」
「待って、あなたのお名前は」
「………――――」
それっきり心音が停止。名前を口にしないまま、青年は息を引き取ってしまった。
「………邪魔をしてすみませんでした」
やるせない思いを抱きながら立ち上がり、アカメと金髪の女性に頭を下げる。
「いや、誤解が解けたなら何よりだ」
「では、私はこれで失礼させて頂きます」
――早く安全に休める場所を探さないと………。
具合が悪い状態で無理をしすぎてしまった。体調の悪化はピークに達し歩くことさえ億劫になっている。二人の横を通り抜けようとしたら、金髪の女性に肩を捕まれた。
「待ちなよ」
「まだ何か………ぅッ」
突然、ぐにゃりと視界が暗転。急激に全身の力が抜け、倒れこんでしまう。
「お、おい! 大丈夫か」
「あ、あんまり………大丈夫じゃ、ないですね」
「手を貸してやろうか?」
「それは………ありが、たいです。助けて頂けるなら十分な、お礼を………」
――なんか、この人の雰囲気。ちょっとだけシズクに似てるような………。
それにしても、我ながら情けない。油断、慢心、警戒心の欠如――刹那の間に様々な後悔が募る。剣の腕前や身体能力だけで生き抜けるほどこの世界は甘くない。
散々、魑魅魍魎のような人間が存在することは身に染みて理解していたはずなのに………。
異国の地で無防備に意識失う愚行。摂取させられた毒物の種類は分からず、果たして私は、もう一度朝日を拝むことが出来るのだろうか………。