「キリカ、その武術と強さに敬意を払いお前はこの場で殺してやろう。どのみち既に致命傷のようだからな」
「………」
一瞬の間に走馬灯を見た気がする。意識が飛んでいる間にエスデスの足音がすぐ側まで近づいていた。死ぬのは怖くない。外道ばかりと言えど私は人を殺し過ぎた。いつでも地獄へ落ちる覚悟は出来ている。心残りがあるとすれば、仲間達の事。始めは借りを返すだけのつもりだった。けれど、皆と一緒に過ごす毎日は賑やかで楽しくて………民を救うという志と信念が本当に眩しくて………失いたくない、心の底から守りたいと思った。なのに、スサノオ、ブラートを殺され、このままではナジェンダ達も同様の末路を辿る事になる。
──………ごめん、なさい………みんな。
結局、私は何も出来なかった。もっと私の実力が高ければ………鬼神の力を使えていたら………エスデスの脅威度を正しく認識出来ていたら………止めどない後悔と懺悔に苛まれながら瞼を閉じようとした。
「まだだっ! エスデス! 凄まじい奥の手だが制約はある。そうだろう?」
スサノオへ掌を向けて苦悶の表情を浮かべるナジェンダ。肉塊に帯状の光が集まっていき、スサノオが瞬く間に復活を遂げた。
「ほう、核を破壊された状態から復元出来るのか」
「勾玉顕現の重ね掛けだ………いけ、スサノオ!」
「八尺瓊勾玉!」
スサノオが即座に宝具を発動。爆発的な速度でエスデスへ突進する。
「中々の速さだが、無駄な足掻きだ」
スサノオの手刀を軽々躱し、その四肢を斬り落とすエスデス。
「な、なに!?」
四肢の切断面が凍りつき、スサノオは再生出来ずに地面へ転がってしまう。
「ナジェンダ、少し待っていろ。この後直ぐに拷問室へ案内してやる」
スサノオの胸元を踏みつけながら言うエスデス。
「ご、うも………っ!」
帝都の広場で見た処刑が脳裏を過ぎる。そして、皆が磔にされエスデスから拷問を受ける様を想像した。眼球は抉られ、四肢を捥がれて弄ばれるナジェンダ、アカメ、レオーネの姿が容易に浮かぶ。エスデスならもっと酷い事までするかもしれない。
──いや、だ。
それは嫌だ。仲間達が人間としての尊厳さえ踏み躙られて殺される。そんなのは耐えられない。
ピシリッ
スサノオのコアにヒビが入っていく。
ブラートを殺し、今尚大切な仲間の命を脅かすエスデス。悲しみや怒りと言った負の感情が溢れ出す。
許せない。認めない。こんな結末は認められない。
何より許せないのは弱い私自信。
外道を始末出来ず終わるなんて、死んでも死にきれない。
鬼の血液──散々私を苦しめ、肝心な時には役立たず。
鬼神であるというなら私に力を寄越せと強く念じる。
ドクンッ
私の感情に呼応したのか僅かな反応を示した。
──………そうか、そうだ思い出した。
初めて鬼神顕現を発動した夜の事。
──重要なのは心の在り方、感情の発露。
あの時の感情を思い出しながら、エスデスへの憎悪と殺意で心を染め上げていく。
ドクンッ ドクンッ
どうやら鬼の血は完全に覚醒したようだ。しかし、身体のダメージが大きく、ただ鬼神顕現を発動させるだけでは勝ち目がない。
──うまく、いくか分かりませんが。
一か八かの賭け。下手をすると全身はじけ飛ぶかもしれないが、何もしなければエスデスに殺されて終わるだけだ。
人の血と鬼の血──全身の血流を操作して二つの血液を完全に混ぜ合わせる。すると、暴れ狂う鬼神の血液により、人としての部分が失われ臓腑や脳髄が爛れ溶けていく。だが、身体の崩壊は起こらず寧ろ新たな何かに置き換わっているような感覚。額は熱く疼き、治癒力が爆発的に向上。徐々に手足の感覚が戻り始める。
──こんな、簡単なことだったんですね。
私はずっと鬼の血を嫌悪、忌避していた。母と同じく人として生き、人として死にたい。そんな、人間であろうとする心は仲間達と出会ってからより一層強くなっていった。
きっと、鬼の血を目覚めさせないようにしていたのは私自身だ。Drスタイリッシュの薬はきっかけに過ぎなかったのだろう。
だが、もう全てがどうでも良い。
──この女さえ殺せれば………。
ドクンッドクンッドクンッ
鬼神変生
ふらりと身体を起こして立ち上がった。
「っ!? キリカなんだその姿は?」
エスデスの目に映る私の姿。額に二本の角が生え、瞳は金色に輝いている。
「殺す………」
衝動のままエスデスへ斬りかかり、サーベル受けされても構わず力を込めて斜め上空へ吹き飛ばした。間髪を入れずスサノオを再生させる為に彼の凍り付いた部分を全て切断。ナジェンダへ目配せをして、早く離脱するよう伝えつつ抜刀術の構えに移る。
「合流地点で待っている。死ぬなよ」
スサノオ、レオーネ、アカメへ瞬時に撤収の意思伝達を行うナジェンダ。足手纏いになると察してくれたようで、皆の気配が離れていく。
「ようやく本気という訳か」
エスデスは自身の身体に小さな氷の羽を幾つも作り出して浮かんでいる。羽自体の浮力というより、氷を操る能力の応用なのだろう。
「エスデス………あなたを彼岸へ誘いましょう」
鬼神・断界抜刀術 鬼百合
前方上方へ向けて常闇を抜き放ち一閃。
「こちらも全力だ! ラウム・シュナイデン!!」
サーベルに膨大な冷気を纏わせ、天へ掲げてから振り下ろすエスデス。巨大な氷刃が放たれ私の生み出した風刃と激突。数瞬拮抗した後、弾けて周囲に暴風が吹き荒れる。
「………」
私は音を置き去りにする速度で跳躍。大気を蹴りつけ空中をジグザグに駆けてエスデスへ肉薄。縦横無尽に飛び回りつつ、全方位から斬りつけた。
【
鬼神化の影響か普段は視えない細かな力の流れまでもがはっきり分かる。細胞単位でエスデスの動きを予想。斬り込む角度、タイミングを僅かにずらすだけで無数に対応を変える姿がイメージ出来た。もはやそれは未来視の領域。しかし、どう攻めても全ての攻撃を防がれ、躱わされてしまう。現状においてエスデスを仕留められる攻め方が存在しないようだ。
身体能力、技量はほぼ互角。だが、空中軌道に関してはこちらに一日の長があり、更に
──何かおかしい。
攻防を続けながら考える。
エスデスにはレオーネほどではないにせよ鋭い第六感が備わっている。だが、死角からの攻撃への対処があまりにも正確過ぎてそれだけでは説明が付かない。感頼りの大雑把な動きでは無く、エスデスは明らかに見えていない筈の攻撃が視えている。
思い出すのは透明化中のブラートが倒された場面。絡繰は恐らく彼女が広範囲に放つ冷気。それが触覚、センサーのような役割を果たしているのだろう。先程から明らかに私の動きが先読みされている。
「ふむ、なるほど。こう動けば良いのか」
防戦に徹していたエスデスが徐に私の体捌きを模倣。空中軌道を会得して攻めに転じてきた。化け物じみた適応性と戦闘センス。
互いに突撃して刹那の交錯。私は左肩を斬られながらエスデスの右脇腹へ刃を届かせる。それぞれの傷口からほぼ同時に鮮血が噴き出した。
「ちっ」
──浅い。
直前に視えた予想と異なる動きをされ、両断出来なかった。エスデスの強さは世界の理すらねじ曲げる領域に達している。
ズキリッ
エスデスの動きを予知し続けていると頭部全体と眼球に鋭い痛みが走った。細胞単位の動きを視続けると膨大な情報量のせいで、脳に多大な負荷が掛かるようだ。
──急いでケリをつけないとっ!
私とエスデスは二筋の閃光となって空中を移動。位階
私が一撃当てる度、エスデスも確実に反撃してくる。剣撃の余波によって地は抉れ、本殿の屋上部分が崩落。壁面の一部が吹き飛び、他周囲の何もかもがズタズタに破壊されていく。
本殿内部からは標的のボリックと思しき男が悲鳴を上げていた。試しにそちらへ攻撃した場合の未来を予知すると、私だけ一方的にダメージを負うという残念な結果が視える。エスデスは闘いに夢中で護衛対象を守るつもりが無いようだ。
「これだ! 私はこんな闘いを求めていたんだ!!」
「なら、もう満足でしょう。早く死んで下さい!」
駒のように横回転しつつ二刀を振い、天蓋が弾かれた瞬間、全身の回転を縦方向に変更。エスデスの頭上から常闇を打ち下ろす。
「まだまだ楽しいのはこれからだろう?」
氷剣で受け止めながら心底嬉しそうに笑うエスデス。
「煩い、もう喋るな!」
怒りのままに力を込め、強引にエスデスを地上へ叩き落とした。
悪逆の限りを尽くす真正の外道。そしてブラートを、私の仲間を殺した女。一分一秒でも早く息の根を止める。
鬼神・闘争剣舞 鳳仙花 乱
大気を巻き込むようにニ刀を振い、小さな風刃を次々に放つ。
「つれない奴だな」
風の刃を避けながら数秒間疾走した後、再び飛翔。飛び回りながら無数の氷矢を打ち出すエスデス。
互いの弾幕が激しくぶつかり合い相殺されていく。
「………っ!?」
眼球から血涙が溢れでる。頭部全体に広がる痛みは耐え難い程になり、限界寸前である事を感じた。しかし、エスデスの身体にも相当な負荷がかかっているのが視てとれる。
──どちらが早く壊れるか、勝負です!
私はニ刀を一度鞘へ納めて真正面から肉薄。防御を捨て去り右手で常闇を握りしめて居合を放った。
「甘いな」
氷剣で常闇の刀身を受け流し頭上へ回避するエスデス。そのまま無防備な私の背中をサーベルで貫く。
「………っ」
気に留めず即座に反転して今度は左手で天蓋による居合を放ちながら常闇を鞘へ収めた。
「なにっ!?」
少し不安定な姿勢で常闇の刀身を弾くエスデス。
「…………」
斬り抜けて、再び反転。もう一度常闇を使って居合を放ち、エスデスの右肩を切り裂いた。
「捨て身の連撃か!?」
「………絶対に逃がさない」
埒外の速度で二刀交互に全霊の居合を行い、斬り抜け反転を繰り返す人外の絶技。必中の攻撃を重ねれば冷気センサーの有無など関係ない。防がれても、反撃されても構わず、次の一撃、また次の一撃と重ねていく。
全ての攻撃が必殺の威力を持つ居合の斬撃包囲陣。
鬼神・滅尽葬華 曼珠無限獄
鬼神化して尚、限界を超えた動きに全身が軋み悲鳴を上げていた。エスデスから受けた反撃で無傷の箇所はほぼ存在せず、視界も真っ赤に染まり息が止まりそうだ。
──あと、少し。あと、少しで………。
「ぐっ!?」
苦しげに呻き数瞬の硬直を晒すエスデス。魔神顕現のデメリットに加え限界を超えて猛攻を凌ぎ続けた反動が訪れたのだろう。それでも直ぐに立て直せるだけの余力が彼女にある。
勝機はこの数瞬のみ。
エスデスは咄嗟に急所のみを守ろうとしている。逆に言えば急所以外はガラ空きの状態。
「彼岸に堕ちろ!」
まずは居合で両足を切断。次いで背後へ周り、二刀を振り下ろして両腕を切り落とた。
「キリ、カ………」
本殿内へ落下していくエスデス。
「………」
私は少し離れた位置に着地、倒れ伏すエスデスを見下ろした。
「ぜぇ、ぜぇ………良いところで限界がくるとは………」
「はぁ、はぁ、エスデス………弱者になった気分はどうですか?」
限界を超えた身体に鞭を打ち、弱った素ぶりを見せず切先を掲げる。
「何が、言いたい?」
「思うように動けず、生殺与奪を他者に委ねるしかない。過程はどうあれ、今のあなたは紛れもなく弱者です。蹂躙される側になってみてどんな気持ちですか?」
「はっ! 弱者の気持ちなぞ、分からんな!!」
氷の手足を生成して無理矢理立ち上がるエスデス。
「………あなたは外道ですが、どこまでも強者であらんとする在り方だけは尊敬しますよ」
「私はまだ生きている。なら、この命が尽きるまで闘うだけだ!!」
氷の両手を氷剣に変化させ、よろよろと向かってくるエスデス。既に見る影もなく弱体化している。
「………」
だが、それはこちらも同様で能力は失われ満身創痍。
互いにゆっくりと間合いを詰め、一息で斬りかかれる距離になったタイミングでエスデスがふわりと浮かび急加速。氷剣を突き出して滑るように接近してきた。
最後の力を振り絞った捨て身の特攻。
私は斬り上げにて氷剣を砕き、返す刀でエスデスを深く斬り裂いた。エスデスの肩から腰に掛けて噴き出す血飛沫。間違いなく致命傷だ。
──私の勝ちで………。
ドシュッ
熱い衝撃が奔る。
視線を落とすとエスデスの腹より飛び出したサーベルが私の胸元を貫通、突き刺さっていた。
「これは………読めなかったようだな」
「ぁ、がっ!!?」
凄まじい激痛に歯を食いしばる。
まさか、自身の肉体ごと私を貫いてくるとは思わなかった。恐らく予めサーベルを柄部分だけ凍らせて
「結局、相打ちか」
「ぐぁ、やって………くれますねっ」
「勝てなかったのは悔しいが、最高に満ち足りた時間だったぞ」
「私は、最悪、でしたよ」
「ふっ、相変わらずつれない奴だ………満足したので先に逝くとする」
全身を凍結させて、あっという間に砕け散るエスデス。
「っ!?」
──やりたい放題やって。ふざけないでくださいよっ!!
本当に最後まで傍迷惑な女。キラキラと
刺された位置は心臓に近く、サーベルを引き抜けば大量出血する。そうなれば、いくら鬼神化の影響で治癒力が向上しているとしても助からないだろう。
既に仲間達は撤退済み。自力での離脱は不可能。教団信者や帝国側の人間が集まってくるのは時間の問題。このまま虜囚になるくらいなら潔く死を選んだ方がいいかもしれない。エスデスに一度負けたとき諦めた命だ。何より私の姿は異業の鬼。角だけでなく爪や犬歯まで伸びてしまっている。仲間達に化け物扱いされるのは死ぬよりも辛い。
──母様、シズク、もう終わりで良いのかな………。
サーベルの柄を握り締め、強引に引き抜こうと力を込める。
ガラッ
瓦礫が崩れる音。
本殿の角を見ればボリックが顔面蒼白で震えていた。
「ま、まさか、そんな………エスデス将軍が!? ひぃ!」
私と目が合い、悲鳴を上げ逃げていくボリック。
「あ………」
もう一人標的がいることをすっかり忘れていた。罠満載の屋敷に逃げ込まれたら手出し出来なくなる。
投石程度で十分始末出来る相手。動かない身体を無理矢理動かそうと苦悶していたら、ボリックの行手を塞ぐように崩壊した壁から黒い影──アカメが飛び込んできた。
「なっ! お前は!?」
「葬る!」
ボリックを一刀の下に斬り伏せるアカメ。
「………」
──良かった、残っていてくれたんですね。
「キリカ、掴まれ」
「………」
私に肩を貸そうとするアカメに首を横に振った。
──既に致命傷です。置いて行って下さい。
喋れないので、心情を目線や仕草に込める。
「いや、きっと助かる。上手く言えないがキリカの中から力強い命を感じるんだ」
「や、です。わ、わた、し、ごほッ………」
──こんな醜い鬼の姿。もう、みんなの所へは戻れません。
「醜くなんてないぞ。私が闘ってきた中にはイカ人間とか鳥人間とか、人間っぽく無い奴らは一杯いた。誰も気にしないから大丈夫だ」
「………」
そう言えば羅刹四鬼だって腕や爪を伸ばしていたし、この国では珍しく無いのかもしれない。
外壁へ辿り付くと壁上にラバックとマインがおり、クローステイルの糸で私達を引き上げてくれた。2人は大聖堂の手前でランと交戦。撃退に成功したものの、乗っていたエアマンタを撃ち落とされてしまい、作戦に間に合わなかったそうだ。
ラバックもマインも私の姿など気にせず心配してくれる。
──馬鹿ですね、私。
仲間を信じて自身の事、切り札が使えない事を伝えていたら結果は変わったのだろうか。作戦内容が異なれば、ブラートは死なずに済んだかもしれない。だが、時は戻らず失われた命は戻らない。そして、ここで無意味な自責の念に囚われるのは最後まで闘い抜いたブラートへの冒涜に等しい。今成すべきは、志を受け継ぎ彼の願いを叶える事のみ。償いの方法なんて、それしか残されていないのだから………。
これにてキョロク編、決着です。
引き続き、お付き合いいただける方は今年もよろしくお願いします。