――ん? ここは?
目蓋を開けると見知らぬ天井と柔らかなベッドの温もり。先ずは無事生き延びられたようでホッとした。そして、傍らには柔らかい笑みを浮かべたメガネの女性が座っている。美しい顔立ちなのだが、右頬に大きな古傷があった。
「おはようございます」
「………おはようございます」
ゆっくり起き上がりベッド端に腰かける。よく眠ったせいか気分がとても良い。
「ここはナイトレイドのアジトですよ。私はシェーレと言います」
紫がかったロングヘアを揺らすメガネの女性――シェーレ。口調や仕草の端々からおっとりした雰囲気が伝わってくる。
「ナイトレイド………」
助けられた身で文句は言えないが、よりによって殺し屋のアジトに連れ込まれてしまったようだ。
「もう薬物の影響は残っていないと思いますが、どこか辛いところはありませんか?」
「お陰様で大丈夫です。私、どれくらい寝てました?」
「丸一日ですね」
「そんなに………」
ちらりと枕元を見れば私の所持品――路銀の入った袋、黒狐の面、赤い花の髪飾りが置いてあった。常闇と天蓋が見当たらないのは心許ないが………
――まあ、普通武器は取り上げておきますよね。
ナイトレイドが保管しているなら、返してもらいたいところ。あと、黒いコートをアリアの屋敷に置いてきてしまったのが地味に悔やまれる。
「良ければお名前を教えて頂いても?」
「……キリカです」
「じゃあ、キリカさん、お腹は空いてませんか?」
「多少は………」
いや、結構な空腹状態だった。
「少し待っていて下さいね。私、お食事を持って来ます」
パタパタと嬉しげに部屋を出ていくシェーレ。入れ違いにアリア邸で会ったワイルドな金髪の女性が部屋へ入って来た。
「思ったより元気そうだな。良し、キリカ。早速だが私らの仲間にならないか?」
「仲間? また唐突ですね、えっと………」
「レオーネだ。うちは時給高いし、あんたの腕なら十分にやっていけると思うよ」
と、軽い調子で誘ってくる金髪の女性――レオーネ。
「まさか、殺し屋への勧誘目的で私をここに連れて来たんですか?」
「純粋な人助け7割ってとこかな」
「…………」
命を救われ介抱して貰った。受けた恩は返さなければ筋が通らない。通らないのだが………殺し屋に転職は困ってしまう。
始末屋が標的とするのは悪鬼外道のみ。報酬と条件で仕事を行う殺し屋とは相容れない。
「そう難しく考えるな。ナイトレイドは体験入学もやってるから先ずは試してみろって♪」
「いやいや、ノリ軽すぎません!? そもそも私は何処の馬の骨とも分からないような人間ですよ。それをいきなり組織の仲間に加えようとするなんてどうかしてます」
「知らなかったじゃ許されない罪がある、だっけ? あの一家に怒りを感じたなら十分だ。こうみえて人を観る目だけは自信あるんでね。キリカ、今の帝国には外道共が蔓延っている。ああいった連中は誰かが地獄に落としてやらなきゃいけないと思わないか?」
「地獄に落とす………穏やかじゃありませんね。本来なら法的な機関に任せるべき問題では?」
――あれ? なんか始末屋みたいな物言いです。
「無理だよ。官職は汚職塗れでまともに機能しちゃいない。キリカは地方の村々の状況を知ってるか?」
「ええ、あちこち通って来ましたから。何処も本当に悲惨な有様でした。聞いた話ですけど、大臣が重税をかけてるんですよね」
「ああ。腐敗の元凶、オネスト大臣の暗殺こそがナイトレイドの最終目的なんだ。アイツ一人死ぬだけで数千万の民が救われる」
「数千万人も……オネスト大臣ってそこまで酷い方なんですね」
「酷いなんてもんじゃない。逆らう者、気に入らない者は一族諸共も皆殺しが当たり前。立場を利用して好き勝手に罪をでっちあげるんだ。そして民が苦しむ中、贅沢の限りを尽くして己の欲求を満たす為だけに散財を繰り返してる。胸糞悪くなる話を上げたら切りがないよ」
「なるほど。けど、いくら外道とはいえ曲がりなりにも帝国の政治的トップです。いなくなれば国は混乱します。あなた方は………革命でも起こすつもりなんですか?」
「その通り。こっから大分南になるけど反帝国組織、革命軍の拠点があるんだ。ナイトレイドは情報収集や暗殺を請け負う下部組織ってわけ。革命後はスムーズに国を立て直せるよう、うちのボスが色々と計画を立ててる。きっと、みんなが安心して暮らせる国になるはずだ」
「………」
単なる殺し屋集団と思いきや、革命軍の先兵だったとは………。きちんと国の立て直しまで見据えているなら大したものだ。人々の幸せを願うその志。話してくれた内容が真実であれば、私の理念とも合致する。
「まっ、私はいい気になってる悪党を殺すのがスカッとするからやってるだけだけどね」
笑って話しているが、レオーネの眼差しからは
「………」
“悪党を始末するのはスカッとするだろ!”
――シズク………。
狐の面と髪飾りをじっと見つめる。自ら選び受け継いだ始末屋稼業。これまで旅を続けながら目についた悪鬼外道を数多く斬ってきた。
外道とは自らの欲望を満たすためだけに他者の命を弄ぶ者。そういった相手であれば私は躊躇いなく刀を振い命を奪える。
しかし、革命を起こすとなると綺麗事ばかりは言っていられない筈。安易な返答はできない。
「ところで、キリカは何処出身なんだ?」
「ワコクです」
「ワコク?」
「はい。昔は神和とも呼ばれていて、東の海の遥か先にある島国ですよ」
「もしかして東方未開の地ってやつか!?」
「ああ。こっちだとそんな風に呼ばれてるんでしたっけ」
帝国との距離が離れすぎていて、悲しいかな私の故郷は未開の地扱い。
「キリカは国外から来たのか。道理で珍しい服を着てると思った」
会話の途中でシェーレが戻って来た。慎重な足取りで湯気の立つ茶碗が載ったお盆を片手に近づいてくる。
「キリカさん、お待たせしました。美味しい、おかゆが………きゃっ!!」
悲鳴をあげて私の腰掛けているベッドの少し手前で躓づくシェーレ。
「へ!?」
べちゃぁ………顔面に降り注ぐホカホカのお粥。辛うじて火傷しないレベルの温度だが、すっごく熱い。
「す、すみません、すみません、すみません。だ、大丈夫ですか?」
謝りながら私の顔を拭いてくるシェーレ。
「え、ええ。お気になさらず……」
「はははっ、相変わらずドジだなぁ」
「レオーネ! 笑ってないで助けて下さい」
「………」
――うぅ、突然酷い目に合いました。
シェーレは割とそそっかしい人物のようだ。今後は彼女の挙動に注意を払っていこう。その後、新しい食事を用意して貰い、丸一日ぶりに胃が満たされた。
ほっと一息。借り受けていた寝巻を脱いで、元の着物に袖を通し髪飾りを付けて立ち上がる。
「動けるようならアジトを案内してやるけど、どうする?」
「部外者である私に内部を晒すのは不味いと思いますが」
「平気、平気。キリカはもう部外者じゃないし」
「まだ仲間になるとは言ってませんよ」
「良いから良いから」
レオーネが楽しそうにぐいぐい手を引っぱってくる。
「はぁ、分かりました。見学させて貰いますけど極秘情報とか勝手に見せて、生かしては帰さん! みたいな事だけはやめて下さいね」
「私は極秘情報が何処にあるかなんて知らないし大丈夫」
「………逆に不安です」
「みんな優しいから心配いりませんよ」
おっとり微笑むシェーレ。
「ところで私の刀はここにあるのでしょうか?」
腰の重みがないと不安に感じてしまう。
「お預かりしていますよ。仲間になる決心がつくまでお返しする訳にはいきませんが………」
「まあ、そうですよね」
とりあえずアジト内にあるのなら一安心だ。常闇と天蓋は私の技に刀身が耐えられるよう、始末屋報酬10年分をつぎ込んで作った特注品。アリア邸に放置されなくて本当に良かった。
◇
レオーネに連れられ建物内の見学を行う。始めに案内されたのは厨房。そこではツインテールの小柄な少女がジャガイモの皮を剥いていた。
「ちょっとレオーネ、なんでソイツをこんなところまで入れてんの!?」
「だって仲間だし」
「ボスの許可も降りてないのに何言ってるのよ! それに………」
じーと私の方を見つめる少女。
「えっと、私の顔に何か?」
「ふんっ、地味な顔ね。とてもプロフェッショナルなアタシ達と仕事が出来る雰囲気じゃないわ」
「は、はあ………」
――殺し屋って普通は地味な方が、良いと思うんですけど。
「悪いな。マインは誰にでもこうなんだ」
「いえ、警戒されるのが普通だと思います」
部外者が彷徨いていて良い気分がしないのだろう。ツインテールの少女――マインに睨まれながら厨房を後にする。そのまま色々な所を回り、ダイニングやリビング、食料庫等を見せてもらった。
あらかたアジト内の散策を終え、屋外へ出ると見晴らしの良い気色が広がっている。どうやらここは標高の高い山脈の中腹に位置しているらしい。振り返ってみれば、ナイトレイドの建物は断崖の側面を削って作られた天然の要塞だった。その規模は一般の建造物で例えるなら9階建相当。これ程の拠点を持っているのだから、かなり基板がしっかりした組織のようだ。
アジトの裏手側へ移動すると、そこは広場になっており筋骨隆々の漢とアカメが組み手をしていた。
「ここは訓練所という名のストレス発散所だ」
「おっ、何だレオーネじゃん。となりの女性は………」
漢が組み手を中断して近づいて来る。漢の髪形は特徴的なハート型リーゼント。上半身は裸で鍛え抜かれた大胸筋を惜しげもなく晒している。
「キリカと言います」
「おう、ブラートだ。ヨロシクな! 身体はもう良いのか?」
「はい、お陰さまで」
「キリカ、私と手合わせしてほしい」
アカメが訓練所の隅に立て掛けてある木刀を掴んだ。
「おいおい、キリカは病み上がりだぞ」
「それもそうか………」
目に見えて落胆するアカメ。
「構いませんよ。手合わせの申し出をお受けします。丁度、身体が鈍っていたところですし」
命のやり取りが無い練習試合なら寧ろ大歓迎。私も木刀を一本借りて、訓練所の中央でアカメと向かい合った。
「無理はするなよ。アカメのやつあんたに負けたのが相当堪えてるらしくてな」
「そういうことですか」
黙々と殺しに掛かる機械じみた少女かと思ったら、意外と負けず嫌いな性格をしているようだ。
アカメと私、互いの距離は3メートルほど。木刀を正眼に構えるアカメに対して、私は右手に握った刀身をだらりと足らし、自然体のまま佇んで待つ。
「本気でいく。お前も全力で来い!」
迷いなく突っ込んでくるアカメ。その動きは俊敏で、上段からの斬り下ろし、続けて斬り上げ、左側面へ回り込んでのなぎ払いと巧に攻めてくる。
「…………」
最小の動作で二撃を避け、なぎ払いは刀身を用いて受け流す。攻撃の要所要所に的確なフェイントが仕込まれており、戦闘経験も豊富。腕力、速さ、技術、判断力。アカメは全ての面に置いて高い水準を誇っており、総合的な実力は並みの達人クラスを凌駕していた。
感心ながらしばし打ち合っていると、アカメの太刀筋が急激に変化。より鋭さを増し、変幻自在の連撃に切り替わった。私との圧倒的な実力差を理解して尚、一撃届かせようという気概。けれど、無理に攻めようとすれば当然隙が生まれる。
「そこっ、甘いです!」
踏み込みの甘い袈裟懸けに合わせ柄を狙って一閃。アカメの手から木刀を弾き飛ばす。
「くっ!………強いな」
悔しげに表情を歪めるアカメ。
「それほどでも。単なる年期の違いですよ」
技術面や肉体面に差がある為、特殊な能力無しの真っ向勝負に限れば、例えアカメが二人いたとしても押し勝てるだろう。
――アカメさん、
達人の
位階_壱
一つの武術を修めた者。達人の入り口とも言える。
位階_弍〜位階_参
後継者を位階壱以上の達人へ育てられる程度に流派の真髄を理解した者。
位階_
ここまで達する者は複数の武術を修めている場合が多い。通常の才ある者が生涯を武術に捧げて到達しうる限界点。
位階_
優れた肉体と天武の才に恵まれ、弛まぬ研鑽を欠かさなかった者のみが辿り着ける領域。武術の根源へ至った者であり、その動きは千変万化。状況に応じて様々な武術系統を使い分ける。
位階_
技、速、力全てを備え肉体の精密操作が可能な人類の頂点。
戦力的な話をすると、位階_
位階_
刹那の世界を認識しつつ行動可能な人間という種族の限界を超えた超越者。
………と、言うような分類をしていた。尚、装備や特殊技能によって達人位階以上の力を発揮する者も多い。その場合は何々位階相当の戦闘力の持ち主と考えている。
因みに
まあ、そんな訳で生涯修行に明け暮れてようやく位階_肆~伍に至る者が大半な事を考えるとアカメは本当に凄い。とても10代の少女とは思えないレベルだ。きっと類稀な才能だけでは無く、それだけ多くの修羅場を潜ってきたのだろう。
解説
ナイトレイド、色々アバウトな感じの組織な気がする。
キリちゃんの戦闘力スカウターも割と大雑把な10段階評価。キャラ間の強さは作者の独自解釈にて。
アカメとブラートの強さについて。
気配遮断や暗殺能力の高さで言えばアカメが間違いなくトップクラス。ただ正面切っての直接戦闘ならブラートに軍配があがるんじゃないかなと思ってます。
感想など頂けるとモチベ上がります。