始末屋キリカ~【推し】に人生を捧げるまでのお話し 作:☆エイラ★
「お、おい!? キリカッ」
「直ぐ戻ります」
シズクの静止を振り切り渚城の外壁へ向かって走り、そのまま垂直に駆け上がって城内へ侵入。すると、庭園の中心で歌声を響かせる少女の姿を見つけた。16〜7歳の少女――リンズ姫の姿は儚げで美しく浅葱色の着物と相まって天女のようだ。
――な、なんて綺麗で素敵な声………。
特殊な能力や波長の効果だろうか。胸の奥底に渦巻く浅ましい衝動が消えていく。喰らいたい、破壊し尽くしたい、引き裂いて、砕いて、嬲って、犯して、踏み躙りたい………そんな様々な獣欲は鬼神の力に制限をかけていようと常に存在している。普段は意識の外に追いやり無理矢理蓋をしている欲望。決して満たされない、満たしてはいけない飢餓感をずっとずっと我慢し続けていた。けれど、今この瞬間は飢えを一切感じない。心が晴れ渡り胸のしこりが取れたかのようだ。こんなにも満たされた気持ちはいつ以来だろう。脳が蕩けそうな程心地よく、気づけば涙が溢れて止まらなくなっていた。
「静けさの方へ〜〜優しさの方へ〜〜………きゃ!?」
後ろに立つ私に気づいて悲鳴を上げるリンズ姫。
「あ! ご、ごめんなさい。あまりにも素敵な歌声だったので………」
――あれ、今の私って………。
どう見ても不法侵入の怪しい輩でしかない。
「あ、あなたは?」
「シ、シズクの妹でキリカと申します。驚かせてしまい申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げて謝罪する。
「まあ、シズクの! 何か悲しい事があったのですか?」
「ち、違うんです。ただ姫様の歌声に感動してしまって………」
「ふふっ、嬉しいです」
「………」
――歌声だけじゃなくて、話す声も素敵………。
耳心地が良すぎて吐息がこぼれてしまう。リンズ姫に見惚れているとシズクが慌てた様子で駆け寄って来た。
「おーい! ここに居たか? すみません、姫様。妹がとんだご無礼を」
「いいえ。良ければもう一曲聴いてくださいますか?」
「よろしいのですか!!」
「キ、キリカ? お前どうした? 泣いてんじゃないか!?」
「だって、だってぇ………こんな感動を味わったのは初めてなんですよ!」
「ま、まあ、リンズ姫の歌声は蒼海に止まらず有名だからな」
「私も世界に広めるべき素晴らしさだと思います」
「そんなに煽てられると、恥ずかしいです………」
少し頬を染めながら再び歌い出すリンズ姫。
「………」
――永遠に聴いていたいくらい………。
その後、数曲披露して貰い名残惜しくもシズクと共に城を後にした。
次に向かった先は八重波村という海辺の集落。長閑な村はずれにひっそり建つ素朴な民家を尋ねる。
「おーい、爺さんいるかい?」
「空いておる、入っておいで」
「失礼します」
招かれて中へ入ると囲炉裏の前に貫禄のある老人が座っていた。シズクに倣ってその対面へ腰を下ろす。
「突然で悪いな」
「構わん構わん。それで、用向きはなんじゃ?」
「キリカ、瞳と角を。この爺さん、仙人なら心配いらない」
「………」
眼球のレンズを外し、前髪を退かして角の生えた額と金色の瞳を晒した。
「これはッ! 瞳孔の具合といい完全に異形化しておる。何があった?」
「子供の頃、人攫いに捕まって異形の血を体内に混ぜられました」
思い出せる範囲で人体実験の様子を仙人に伝える。
「酷いことを………」
「単刀直入にお伺いします。人間に戻る方法はありますか?」
「残念だが、わしの知識では人間には戻せん………いや、
「そうですか………伝承の地である山塊国で手がかりを探すつもりだったんですが」
「山塊国か………あの国は災厄に見舞われて以来、異形の研究を禁忌としていてな、情報を得るのは難しいかもしれん」
「………」
人間には戻れない、薄々分かっていたことだ。
「キリカ………」
シズクが切なそうに顔を歪めた。
「そんな予感はしていましたからシズクが気に病む必要はありませんよ。では、理性を失わず異形の力を使う方法があれば教えてください」
「寧ろ、今はどうやって自我を保っておる?」
「それは………」
予めワコク語に翻訳しておいた丸薬のレシピを手渡す。
「………ふぅむ、なるほど。この薬を作った者は中々の名医じゃ。お前さんの体質についてもよく調べてある。結論から言うが、これ以上人間を殺めてはならん。鬼神の力
「こ、殺し方を問わずですか?」
「うむ。わしの知る伝承によれば鬼神は人間の血肉を喰らい殺戮を何より好むという。更に精神汚染が進めば薬をもってしても殺戮衝動や食人欲求を抑えられなくなる」
「………」
――殺害したらダメってそれじゃ………。
「お、同じ薬は作れるんだよな?」
「少々時間はかかるが問題ない。より状態が安定するように成分を調整してやろう」
「流石は仙人の爺さん」
「キリカよ、感情の昂りや怪我にも気をつけるのだぞ」
「………はい」
――もう、私は始末屋を続けられないってこと。
「良いか、最後にお前を異形か人間かに分つのは心の有り様」
「心………」
「そうだ。常に心を穏やかに保て。そうして己は人で在ると、人で在り続けるのだと強く想い続けるのじゃ」
「………」
仙人の出してくれた温かいお茶を頂き、頭を下げておいとまする。
「あ~~キリカ、色々あって疲れたろ。この近くにあたいの家があるんだ」
「………ねえ、シズク」
夕日に照らされる畦道をトボトボ、シズクに着いて行きながら声を掛けた。
「ん? どした?」
「私って始末屋をやめても良いんでしょうか?」
「誘ったあたいがもう辞めちまってるんだ。お前の人生、好きにしたらいいさ。どのみちもう殺すなって言われたろ」
「けど! これまで命を奪った相手は外道だけじゃありません。殺して、殺して、殺し続けてきた私が始末屋の責務を放棄するなんてそんなこと………」
始末屋とは奪った命より多く、誰かの安らぎと笑顔を作る仕事だ。業を背負うと決めたからにはその責務を果たし続けなければならない。
「っ! 悪かったな。あたいの教えがキリカを縛っちまってたのか………もう良いんだ」
「シズ、ク………」
強く抱き締められて肩の力が抜けていく。
「もう良いんだよ」
「私は………私はこれから誰も殺さない生き方をしていいんですか?」
「ああ、ああ、それでいいんだ」
「………」
――母様、黒狐のキリカはここまでのようです。
私は既に外道と
そんな訳で早速村長の家へ挨拶に行き、私はシズクの妹として八重波村の住人になった。翌朝、二人で遅めの朝食を食べていると、シズクが嬉しそうに私を見てくる。
「このままずっとあたいの家に居て良いからな」
「いやいや、流石に居候って訳にはいきませんよ。住む場所なら自分で探します」
「居候も何もキリカはあたいの妹だ。一緒に暮らすのが普通だろ。そんな寂しい事言うなよ」
「なら、甘えさせて貰いますけど」
「さてと、あたいは仕事に行ってくる。夕方までには帰るよ」
「仕事って何してるんです?」
「ソテツ様のコマ遣いだね。あちこちに重要な書巻届けたり、密偵したり色々やってる。キリカは、まあのんびりしてなよ」
「分かりました」
――小金稼ぎに異形狩りにでも行きましょうか。
「一応言っとくけど異形狩りとかも駄目だからな」
「え?」
「あたいはキリカに人間のままで居て欲しいんだ。万が一怪我でもしたらどうする?」
「じゃあ私、何をしていたら………」
「ゆっくり考えたら良いさ。大丈夫、そのうち自分のやりたい事が見つかるって。そんじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい………」
シズクを見送って手持ち無沙汰になり、ゴロリと寝転んだ。
――私のやりたいこと………。
天井の染みを数えつつぼんやり考えてみる。
これまでの人生、母を失ってから私のような境遇の人間を少しでも減らす為に刀を振るい続けてきた。それ以外の生き方を知らず、始末屋を捨てた私に一体何が残るのだろう。人間に戻れないと分かり山塊へ向かう必要もなくなった。まるで胸の中心に大穴が空いたかのような空虚感。やがて、数えた天井の染みの数が二百を超えた頃、ふと思い至ったのは………。
――………またあの歌声を聴きたいです。
暇を持て余し、とりあえずは身支度を整えて渚城へ向かう事にした。城へ着いて門番に聞くと残念ながらリンズ姫は不在。行先を尋ねてみれば今日は煙波町という場所へ出かけているらしい。リンズ姫は頻繁に色々な所へ足を運び、慰問先で歌声を披露しているとのこと。そんな訳で次の日以降は朝早く家を出てリンズ姫を城門付近で待ち伏せ、こっそり後を付け回わ………こほんっ、陰ながら見守るようになった。
歌声を聴いている時だけは浅ましい鬼の衝動から解放される。清々しさと解放感が堪らなくて、すっかり
また、リンズ姫が素晴らしいと感じる点は他にもある。彼女は城内の自室にいる際、常に何かしらの勉学や修錬に励んでいた。決して努力を他人に見せず、歌や踊りだけでなく、国中の凡ゆる事柄を学んでいるようだ。
私はその姿を遠く離れた大樹の天辺に掴まって覗き見………げふんっ、たまたま視界に入れ続けていた。
外道を始末しなくても大勢の誰かを幸せに出来る。
――本当に素敵なお姫様………。
私よりだいぶ年下のリンズ姫に対して、歌声以外の面でもすっかり夢中になってしまった。追っかけ生活を始めて2週間がたった頃。リンズ姫の慰問先にはいつも彼女の関連商品を扱う出店が並ぶ事に気づく。
【姫様扇子 限定品】
【姫様羽織り】
【姫様硯箱】
【姫様煎餅】
【姫様饅頭】
【姫様草履】
【姫様座布団】
【姫様抱き枕】
【姫様お茶碗】
【姫様箸置き】
【姫様巾着】………等々、どれも中々良いお値段。しかし、リンズ姫の品となればお金に勝る価値がある。彼女を連想させるモノが近くにあるだけで多少なりと鬼の衝動が緩和される気さえした。特に限定品と書かれたモノはこの気を逃すと入手出来ないかもしれない。お金を惜しまず特別な扇子を2つ、保存用と鑑賞用に購入した。あと、シズクへのお土産にお煎餅も買っておこう。
「2個買いとはあんた分かってるな!」
髪の逆立った若者が元気よく声を掛けてくる。
「えっと………」
「俺はリンズ姫信奉者番号18番のウナトだ」
「信奉者番号? なんですそれ?」
「なんだ、まだ加入してないのか? リンズ様を愛し
「推し活………言い得て妙です」
一推しの人物を心の糧に生活を送るという意味合いになるのだろうか。
「実はこの出店の経営も信奉者達でやってるんだ。番号所持者しか入手出来ない希少品も偶に出回ってくる」
「希少品! ど、どうしたら信奉者になれますか?」
「任せときな。リンズ姫を信奉する者は皆同士! 俺が番号発行してやるよ」
店主に声を掛けて手続きを済ませるウナト。
「ありがとうございます!」
私は親切な熱血青年のお陰で信奉者番号580番の札を手に入れた。
「お互い足りないリンズニウムをしっかり補って行こうぜ!」
「リ、リンズ………ニウム?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「おう! 異国の表現を混ぜた造語なんだが………まあ姫様成分って意味だ」
「なるほど。リンズニウム! 素敵な響きですね」
素晴らしい文化に出会えたところで問題となるのは金銭面だ。リンズ姫の品をこれからも集めるには資金が必要。色々考えた末、鍛冶屋に寄って刀が不要になった事を伝え一部を返金して貰った。そうして信奉者になって半年程が経過。私は信奉者番号二桁台の大先輩、ウナトと交流を続け【推し活】中心の生活を送っていた。家で入手した様々な関連品を並べてリンズニウムを接種しているとシズクのため息が聞こえてくる。
「なあ、キリカ。同じ物が幾つもあるように見えるんだが………」
ずらりと並ぶ外見の似通った羽織りなどを指して言うシズク。
「同じじゃありません! これは入江村限定、こっちは龍燈城公演記念、あと他にも姫様直筆のやつが………」
「わ、わかった、わかったから。本当にリンズ様が好きなんだな」
「シズク………迷惑、でしょうか」
「そんな訳ないさ。ちゃんと家賃も払ってくれてるし、楽しみが見つかって何よりだ。ただ、これ相当金掛けてるよな。資金は足りてるのか?」
「い、今のところは………」
気づけば所持金が大分心許なくなっていた。
「くれぐれも金貸しには頼らないでくれ」
「はい」
けれど推しに使う金銭、即ち課金は呼吸と一緒。やめられそうにない。しかし、働いたらリンズ姫を追いかける時間が減ってしまう。信奉者活動を欠かさずお金を稼ぐ方法があれば最高なのだが………いや、待て一つだけある。
その時、私の脳内がお花畑に満たされキラキラと天啓のような手段を閃いた。
「い、いきなり、目輝かせてどうした!?」
「シズク………一生のお願いがあります!!」
「な、なんだよ。改まって」
「私を、私を姫様の側付き侍女に推薦してください」
土下座&平伏で頼み込む。
「お側付きに?」
「そうです! 元締めから始末屋の仕事で使えそうだからとお茶汲みの作法や着付けは一通り仕込まれていますし、私なら護衛も兼任できますよ」
「うーん、護衛かぁ。確かにリンズ姫は今や蒼海の至宝として国内外に知れ渡っている。善からぬ事を考える輩が居ないとも限らないけど………」
「殺害の禁止は承知してます。あくまで有事の際の話。大抵の相手なら平常心で殺さずに無力化してみせます。リンズ様の前で粗相はしません。だから、どうかお願いシズク!!」
シズクに縋り付いて懇願する。
「あ〜〜分かったよ。次の登城の時にソテツ王へ掛け合ってみる」
「持つべきは素晴らしき姉! 感謝です」
リンズ姫の生声がいつでも聴ける環境となれば、極楽よりも素晴らしい職場に違いない。
「あんまり期待しすぎるなよ。って、聞いちゃいないな」
「ふわぁ、リンズ様の側付き、夢のようなお仕事………ずっとリンズ様のお側にいられたら、私きっと
想像しただけで背筋が震え感極まってしまう。
「尊!? なんだって?」
「信奉者仲間のウナト先輩に習った魂の表現で姫様への想いが天元突破して昇天する感じの言葉だそうです!」
「た、頼むから正気に戻ってくれ」
「私はいつだって正気です! リンズ様が世界の至宝なだけで」
「ダメそうだ………はぁ、話は変わるが仙人の爺さんが薬出来たから取りに来いってさ」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
小袋一つ持ってパタパタと小走りで集落内を移動。村はずれの民家へ赴いて扉を叩いた。
「入りなさい」
「失礼します。お薬を頂きに………」
室内には先客として6人の少年少女がいる。その中の一人、凄く見覚えのある赤い瞳と長い黒髪の少女――アカメが目を見開き驚いていた。
「キリ、カ?」
人物解説
ウナト
リンズ姫の信奉者である熱血青年。原作だと信奉者番号は二桁台としか判明していないので、当作品内だと18番に決定。現役の武将で実はソテツ王と親戚関係。王位継承権などは無いと思われる。