始末屋キリカ~【推し】に人生を捧げるまでのお話し   作:☆エイラ★

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陸斬 不知火

「皆さん、今回も蒼海のために出陣ありがとうございます!」

 

 リンズ姫が小高い丘の頂きから眼下に並ぶ数百人の兵へ向けて声を響かせる。

 

「………」

 

 ここは不知火砦より少し手間にある砂州の地。私は姫の後方で片膝を付き、その凛とした背中を網膜に焼き付けていた。

 

――この角度、お髪(ぐし)の映(ば)えが最高です!

 

 凛々しいリンズ姫を斜め後ろのアングルで拝めるのは側付き侍女だけの特権である。

 さて、兵士の中には仙人の弟子5人(ヒノワ達)に混じってアカメの姿もある。どうやら彼らに味方して共に戦うつもりのようだ。

 

「私も後ほど不知火砦へ参ります。力を合わせ今までのように天狼を迎え打ちましょう」

「「「オオオオオ!!!」」」

 

 群声を轟かせながら砦へ向けて進軍していく兵士達。

 

「………アカメさん」

 

――大丈夫でしょうか。

 

 戦いに赴く大切な仲間の姿。そしてアマテルの存在が頭を過ぎる。天狼との戦………仮に位階_漆(七)クラスの強敵が現れたら呪いの影響を受けたアカメでは厳しいかもしれない。

 

「キリカ?」

 

 小首を傾げるリンズ姫。

 

「な、なんでもありません。行きましょう」

 

――きっと大丈夫なはずです。

 

 不知火砦は渓谷に挟まれ立地に恵まれた難攻不落の要塞で、如何な実力者と言えど正面突破は難しい。加えて最近、焔玉が補充され防衛用の武器も潤沢にある。万が一海側から奇襲を受けたとしてもシズクとサイハが防いでくれる為、戦局的に心配する要素など無いはずだ。そもそも、殺せない私が行っても足手まといになるだけ………。

 

「キリカ………何か要望があるのなら遠慮なく言ってくだいね」

「要望ですか?」

「砦に向かいたいのではありませんか? どなたか大切な方がいるのでは?」

「流石のご慧眼です」

「ふふっ、人の想いを汲み取るのは得意なんですよ」

「お気遣いありがとうございます。けれど御身をお守りする事も私の役目ですから、決して側を離れたりは致しません」

「良いのですか?」

「はい」

 

 アカメは格上相手の戦いに慣れており、引き際も十分弁えている。かつての仲間を信じて、私は私で側付きとしての役割を全うしよう。

 さて、リンズ姫が砦への慰問を行うのはある程度戦闘が落ち着いてからの予定。なので一旦、近場の砂州城へ赴き、城主に話を通して貴賓室を使わせてもらった。そうして、朗報が入るのを待ち続け、7日が経過。不知火砦より、天狼軍三万を撃退せりの吉報が届いた。蒼海側の勝利は揺るがないとの判断で、慰問に向かうリンズ姫に付き従い不知火砦へ向かう。兵達に案内され砦内の陣へ入ると背の低い小太りの武将が出迎えに現れた。

 

「姫さま、よくお越しくださいました。お待ちしておりましたぞ」

「マルゲ様、戦況はどうなっていますか?」

「一時は砦の縁部まで攻め込まれましたが、部下達の奮戦あって悉くを撃退しております」

 

 小太りの武将――マルゲが誇らしげに答える。

 

「亡くなった方や怪我をした方は?」

「数十人ほど。ですが、この規模の戦では少ない方かと」

「そうですね………本当によく頑張ってくれました」

「姫さま、皆が待っております。どうか直接労いの言葉をかけてやってください」

「………」

 

 漂う血香りに当てられないよう丸薬を含み、リンズ姫の後に続いて砦の中央付近へ進むと兵達から姫様コールの歓声が沸き起こった。

 

「皆さん、連日の合戦お疲れ様でした。大活躍だったとか。頼もしいですね」

 

 輝かしい笑顔を振り撒くリンズ姫。

 

「うッ!」

 

――眩しい! リンズ様は今日も可憐です。

 

「砦に取り付いた敵兵を倒したと聞いてます。隊長は貴方ですか?」

 

 隊の先頭に立つ少女――ヒノワが緊張した様子で口を開いた。

 

「ひ、ヒノワといいます」

「これからも頼りにしていますよヒノワ」

 

 リンズ姫がヒノワの両手をキュッと握りしめる。

 

「はい、頼ってください!」

 

 嬉しそうに姫の手を握り返すヒノハ。

 

「………」

 

 3秒、4秒、5秒、長い! 

 

――剥がし役ぅ、剥がし役は何処ですかぁ!?

 

 因みに、剥がし役とは推しとの握手会などで指定された持ち時間を過ぎた参加者を物理的・誘導的に引き離し、次の順番の人へスムーズに進行させる係員の事。信奉者界隈においてリンズ姫との握手は3秒までが暗黙の決めごとである。羨まけしからん、と憤りつつも深呼吸。ヒノワはアカメの恩人、多少の役得はあって然るべきだろう。

 リンズ様がヒノワの周囲にいる者達、一人一人に労いの言葉を掛け終わると、マルゲの側近と思しき温和な雰囲気の男に移動を促される。

 

「次の隊はこちらです」

「砦へ着いたばかりでお疲れではありませんかリンズ姫」

 

 リンズ姫に同行しつつ尋ねるマルゲ。

 

「元気ですよ。皆さんの方がよほどお疲れでしょう。私が普段、姫として何不自由ない生活をさせて貰っているのはこういう時の為なのです」

「なんと、素晴らしい心構え」

「………」

 

――おお! マルゲさん、分かっていらっしゃる。

 

 リンズ姫の素晴らしいさに内心激しく同意していると、背後の地中に気配を感じた。警戒して振り返ってみれば………

 

 ボコッ

 

 蜘蛛頭に腕が4本ある二足歩行の異形――土蜘蛛が地面を割って現れた。私の前でリンズ様の慰問を邪魔しようとは良い度胸だ。人間相手でなければ容赦は不要。即座に害虫へ踵落としと喰らわせその頭蓋を粉砕………しきれず追撃の回し蹴りで首を折って殺し切る。

 

――あ、あれ? 一撃で倒せなかった?

 

 久々の実践で感覚が鈍ったのだろうか。

 

「ひぃ!?」

「え?」

 

 マルゲが驚いて尻餅をつき、リンズ姫が目を丸くしている。

 間を置かずあちこちに土蜘蛛が出現。糸を吐きながら暴れ回り、砦内の至る所で悲鳴があがった。

 

「異形じゃ、出会え! 出会え!!!」

 

 側近の男が叫び兵士達が迎撃を開始。

 

「さ、流石はリンズ様のお側付き、わしも一緒に守って」

「キリカ、異形相手なら戦えるのですね」

 

 マルゲの言葉を遮って確認してくるリンズ姫。

 

「問題ありません」

「では皆を、一人でも多くの兵達を助けてください」

「でも、姫様のお側を離れる訳には………」

「マルゲ様達もいますから大丈夫です。どうか、お願いします」

 

 リンズ姫が必殺の上目遣いでお願いしてくる。

 

「うッ!、お、お任せください!」

 

――破壊力が高すぎて断れません。

 

 まあ、この程度の異形相手であれば、害虫駆除の範疇。戦闘のうちに入れず、サクッと殲滅して姫様の元へ戻るとしよう。

 全体を見渡すと南側は仙人の弟子達が土蜘蛛の数を順調に減らしていた。ヒノワ、トバリ、スズマルの三人が前衛を務め、弓兵のクメハチは後衛で援護という布陣だ。各々、位階_弐(二)~参(三)クラスの実力が有り危なげなく対処してる。なので、私は犠牲者が多数出ている東側へ向うことにした。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 糸に絡まり、食われる直前の兵士が悲鳴を上げる。

 

「はぁ!」

 

 我流・操身術 剛掌砕破(ごうしょうさいは)

 

 間一髪、土蜘蛛の胴体へ掌をあてがい発勁。吹き飛ばして壁面へ叩きつけてやる。

 

「ギギッギ!!」

 

 よろよろ立ち上がり、こちらを睨む土蜘蛛。

 

「私、弱くなってる?」

 

 想定より威力が出ず仕留めきれなかった。以前にも増して鬼神の力が抑制されており、位階_伍(五)程度の実力しか発揮できていない。

 

――原因は多分………。

 

 仙人に調合してもらった新しい薬の副作用。

 

「た、助かったよ。ありがとう」

「早く屋内に避難を!」

 

 無手では火力不足と考え死んだ兵士の側に落ちている刀を2本拝借。近場で暴れる土蜘蛛の群れ目掛けて駆け出した。

 

「オ゙ォォ!!」

「ギギィ!」

「ギギ、ギ!!」

 

 私を標的に投網の如く粘糸を飛ばしてくる土蜘蛛達。

 

「………」

 

 一旦静止。左右に動いて避けつつ糸の切れ間を待ってから群の中心へ移動。回転斬りを行い、5匹の首を矢継ぎ早に切断した。そのまま足を止めず助けが必要な箇所を回り兵士達への加勢を続ける。やがて、20匹ほど仕留めたところで異形の気配を感じなくなり、砦全体の駆除も無事完了。周囲の安全が確認出来た為、一刻も早くリンズ姫の元へ戻ろうと踵を返した。すると………。

 

「姉ぇさん、強いな」

「リンズ様の侍女さん、半端ねぇ」

「助かった、ほんとにありがとう!」

 

 口々に感謝や賛辞の言葉を投げかけてくる兵士達に囲まれてしまった。

 

「あの、私もう戻らないと。お礼なら後でリンズ様に………」

「きゃあッ!」

 

 遠くで響く美しくも危機迫る悲鳴。

 

「姫様ッ!?」

 

 即座に人垣を飛び越え悲鳴が聞こえた方向へ疾走。数秒で現場へ着くと、そこには兵士の一人によって羽交い絞めされ首筋に短刀を添えられたリンズ姫の姿があった。数メートルの範囲にマルゲや側近の男、ヒサメもいるが手を出せない状況。

 

「女ぁ、お前もそれ以上近づくんじゃねぇ!」

「ちッ!」

 

 仕方なく指示通りに止まる。

 

――こいつ、私のリンズ様(最推し)に何て真似をッ!

 

「き、貴様! 天狼の間者だったのか!?」

 

 顔中から冷や汗を吹き出しながら尋ねるマルゲ。

 

「ああ。姫様の身を大事に思うならさっさと門を開けろ」

「ば、馬鹿な真似はよせ。人質が居なくなれば貴様は終わりだぞ」

「殺さなくても少しずつこの綺麗な顔を」

「ねぇ………」

 

 男を真正面から睨みつけた。

 

「あん?」

「リンズ様にかすり傷一つ負わせてみろ! 人の形で生まれた事を後悔させてやる!!!」

 

 ドクンッドクンッ

 

 あまりの怒りに止め処なく殺意が溢れてくる。全身の細胞がざわめき、私はわ(・)た(・)し(・)を抑えきれず、鬼神の本能に宿る人格が意識を塗り替えていく。

 

「ひッ!」

 

 渦巻く怪物(鬼神)の邪悪な気配を感じ取ったのか、たじろぐ男。

 

「そこまでだ」

 

 その隙を突きヒサメが背後から忍び寄り、男の腕を捩じり上げる。

 

「ヒサメ、助かりました。ありがとう」

「俺のことを覚えて?」

「はい。八重波村でお話ししましたね」

「ッ!………」

 

 何やら感動している様子のヒサメ。

 

「ぐぅ、クソッ。どのみちお前らは終わりだ。この砦は必ず落ちる。ざまあみろ!」

「ねぇ? 遺言は、それだけ?」

 

 こきりッと指関節を鳴らしながら男へ近づいていく。そうだ、これは生きている価値のない人間。つまり殺して良い人間………

 

(あはっ、殺すんだから食べてもいいよね! どこが一番おいしいかなぁ)

 

 新鮮なうちに内臓をむさぼりたいが、直ぐに死んでしまっては面白くない。先ずは指を一本一本齧りながら眼球を潰してみよう。腹を裂き腸を引きずりだすのはその後だ。はたしてこの獲物(人間)はどれほど甘美な鳴き声(悲鳴)を聴かせてくれるだろうか。期待感と食欲が溢れて溢れて………きっとわ(・)た(・)し(・)はこれを食べても、満足できず周りにいる大勢の獲物を蹂躙し尽くすだろう。男の血肉を一齧りして鬼神の細胞を活性化させてしまえば、わ(・)た(・)し(・)を止められる者などいないのだから………。

 

――ゥ、は、早くわたしから離れ………

(ふ、ふふ。ダァメ! 一匹も逃さない)

 

「キリカ? キリカ! 怖い顔をしてどうしたのですか?」

 

――リンス様は至高にして至宝!

 

 私の熱く滾る信奉者魂を揺さぶり、わ(・)た(・)し(・)を鎮める甘美な声が耳朶を打つ。

 

「ッ! わ、私は………」

 

――今、衝動に呑まれて………。

 

 驚くべきことにリンズ姫の声で即座に正気へ引き戻された。

 

「この者に手を出してなりませんよ」

「は、はいッ。失礼いたしました。リンズ様、お助けできず本当に申し訳ありません」

「あなたは良くやってくれました。側を離れるように命じたのは私ですから気に病まないでください」

「………ヒサメさんにも深い感謝を」

「リンズ様をお守りするのは同然の事です」

「そやつを連れていけ。尋問は任せた」

 

 マルゲの命令で男は兵士と側近に連行されていく。

 

「………」

 

――本当に、本当に良かったです。

 

 安堵する一方で私自身の不甲斐なさに落胆する。リンズ姫を救えないばかりか、危うく鬼神に精神を乗っ取られ全てを台無しにするところ。しかも、現在のわ(・)た(・)し(・)は帝国にいた頃とは比べ物にならないくらい残虐性が増している。今思えば、以前オネストを喰らった時のわ(・)た(・)し(・)は私としての意思を色濃く残していた。自身の変化に恐ろしさを感じながら、こっそり薬を口に含む。

 ただ、私にとっての救いはリンズ姫の存在。姫様の声帯には人としての心や精神を補強する特別な力が備わっているようだ。鬼神化すれば人間としての私は死んだも同然なため、リンズ姫は命の恩人と言っても過言ではない。

 

――リンズ様には一生頭が上がりませんね。

 

「さっきは驚きました。キリカって怒ると、その………」

「こ、怖かった、ですか?」

「いいえ、不安になりました。キリカがキリカでは無くなってしまうような気がして」

「リンズ様………あなたに誓って先ほどのような醜態はもう二度と晒しません」

「はい。私も捕まらないように気を付けますね」

「………」

 

 どんな状況でも心穏やかに己を律する事を信奉者魂に固く誓う。

 その後、私とリンズ姫、マルゲ、側近の男、ヒサメ、ヒノワ等の面々が蒼海軍の軍師を務める細身の男――シオンの元へ集められた。

 

「敵が何か策を練っている事は分かっていた。私が不甲斐ないばかりに………」

「いやいやシオン殿、穴から侵入してきた異形は壊滅。全体の被害は軽微でリンズ様もご無事。わしのヒサメ隊がまたもや大活躍でね。他に間者として潜んでいた者もヒノワ隊の、アカメが見つけ出したからもう安心ッ」

 

 マルゲが明るい口調で戦果を強調する。

 

「………」

 

――アカメさん、間者を見分けたりするのは得意そうですもんね。

 

「もう少し気付くのが早ければ犠牲を更に抑えられたものを………」

 

 悔しくそうに呟くシオン。

 

「掘られた穴は狭くぐねぐねと折れ曲がり、異形だけが通れる抗道ゆえにこれだけの速度で掘れたのかと」

 

 と、理由を述べる側近。

 

「異形まで使ってくるようなとんでもない相手が次に何を仕掛けてくるか! 直ぐに防備を固めて」

「いや、マルゲ殿。逆にこの状況を利用して敵将キョウコツを討ち取りましょう」

「ええ!?」

「先程、兵士達には演技で火の手をあげ声を出すよう指示しました。砦は混乱状態に陥っていると外からは見えるはず。門を開けば近くに潜む敵がなだれ込んでくるでしょう」

「………」

 

 砦内に敵を引き込んでの待ち伏せ。地の利はこちらにあるが、一か八かの賭けのように思える作戦だ。

 

「門を開くってあまりに無謀では………」

「キョウコツという男はここで倒しておかないと大きな障害になりますぞ。なぁに、こういう時の為の仕掛けです」

「ッ! うぅ、開門する。皆、頼んだぞ………」

「………」

 

 今の私に天狼軍を一人で壊滅できるほどの戦闘力はなく、最悪の場合は迷わずリンズ姫だけ連れての逃走を選ぶ。薄情者と蔑まれても構わない。

 

――何よりも優先すべきはリンズ様の安全ですから。

 

 けれど、一つだけ気がかりなのはアカメの動向。果たして彼女はどこまで蒼海に肩入れするつもりなのだろうか。あくまでヒノワへの恩義で戦っており、命まで掛けるとは思えないが………。

 




人物紹介
 武将マルゲ
地方役人の三男坊。出世の為に嫁の貰い手の無かった重臣の娘と結婚して武将の地位を手に入れる。家で嫁と姑にいびられる日々を送っている小心者の男。
  
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