始末屋キリカ~【推し】に人生を捧げるまでのお話し 作:☆エイラ★
リンズ姫の就寝を見届けた後、ソテツ王の部屋へ向かった。本来、侍女に過ぎない身分で気軽に会えたりしないのだが、私は特別に無礼講を許されている。
「リンズの様子はどうだ?」
「全てを受け入れてご立派にございます」
「流石は俺の娘だな。それで、お前はどうだ? 婿選びの件に不服があるか?」
「蒼海の伝統に不服などござません。ただ試練の内容に私から一本取るという条件をお加え頂きたいのです」
「ほう。理由は?」
「現役の武将が側付きの侍女に手も足も出ないとあっては示しがつきません。蒼海国の王族に名を連ねるならば最低限の強さは必要と存じます」
「最低限ってお前下手な武将より強ぇだろ。突破不可能な試験はやらねぇぞ」
「ソテツ様は私を買い被り過ぎです。まず、マルゲ様の配下には私と互角以上の者がおります」
「マルゲの配下ってぇと大将か?」
「いいえ、足軽ですよ」
蒼海の階級は足軽、小頭、大将、武将の順である。
「はっはっは、足軽? 誰だそりゃ」
「アカメという者です。あと、ここに来る前、天狼の武将アマテルに負けそうになり危ういところをシズクに救われております。私の強さなど世界を見れば大したことはないのです」
「天狼の武将ともやり合ってんのか。本当にお前はおもしれぇな」
「恐縮です。試験内容は目的地への到着をお考えですか?」
「ああ、まだ詳しくは話せねぇがな」
「でしたら………」
儀式を盛り上げつつ、リンズ姫の望みを叶え得る試験方法を提案してみた。
「………八百長は許さねぇぜ。全力で闘うと誓えるか?」
「はい、リンズ様に誓って全力で闘うと誓います」
「なら、最後の余興に場を整えてやる。盛大に盛り上げて魅せろ」
「ありがとうございます!」
八百長の禁止………つまり不正な行為は出来ない。
――ふふっ、けれど言葉的に不正の反対は正当ですよね。
屁理屈ではあるが、信奉者にとっての正当な行為とは最推しの願いに応える事。だから、私はどんな手段を使っても全力でリンズ姫の想い人、ヒサメを勝たせるつもりである。
◇
一ヶ月後。いよいよ婿選びの儀当日がやってきた。海岸に設けられた闘技場の観客席には数千人の民衆が集まり、会場は祭りのような賑わいを見せている。この日の為にシズクやアカメへの根回しも済ませた。後は最高の結果をリンズ姫に捧げるだけだ。
さて、先ずは婿候補の実力確認から。侍女として選手の天幕へお茶などの差し入れを持って向かう。すると、そこにはヒサメとワニバの他にもう2人見知った人物がいた。
信奉者の大先輩ウナトと同志のカスケである。カスケは箒頭の青年でリンズ姫関連の催しで偶に顔を合わせていた。
さりげなく実力を測ってみると出場選手は全員位階参〜
「いい風だ。海も俺という花婿の誕生を祝福してるぜ」
自信満々に腕組みするワニバ。
「いーや花婿は俺だね!」
詰め寄り食ってかかるウナト。
「地方の若者は活きがいいな。俺の怖さを知らんとみえる」
「そっちこそ俺の熱さを知らねーだろ! リンズ様への想いもな。聞いて驚け! 俺はリンズ様の信奉者番号、二桁台だぞ!」
「僕は一桁台だよ。姫が初めて歌った時から会場にいたのさァ」
と、自慢げに言うカスケ。
「な、何ぃ!?」
「ひ、一桁!?」
ヒサメとワニバにお茶を渡しながら思わず驚きの声をあげてしまう。
――そ、そんな大層なお方だったなんて。
今度、初公演の話を聞かせてもらおう。
「ということでェ、ワニバには世話になってたけどリンズ様のためとなれば話は別だァ」
「ふんっ、どいつもこいつもやってみろ!」
苛立ちを隠さず天幕の外へ出るワニバ。
「お久しぶりです。ウナト先輩、カスケさん」
2人にもお茶を差し出した。
「キリカじゃねぇか。リンズ様の侍女頭に就任したんだろ。驚いたぜ」
「同じ信奉者としてその志の高さは尊敬するよォ」
「ありがとうございます。けれど、婿への立候補は【推し活】としてどうなのですか?」
――ここまで来てお二人が辞退する、なんて有り得ないでしょうけど。
一応、尋ねてみる。あと、侍女頭の立場に収まっていながらどの口でと言われたら開き直るしかない。
「確かに、推しは愛でるモノって教えたのは俺だ。だが、推しと添い遂げる機会が目の前にあって手を伸ばさねぇのも信奉者魂に反するんだよ」
「その通りだねェ。推しの魅力を否定する事にも繋がるよォ」
「っ!?」
確かに、推しと添い遂げる権利を棒に振る方が推しに対して失礼だ。この見事な返し、流石は黄金の信奉精神を持つ男達。
「俺は、俺はこの熱い想いをリンズ様にぶつけたい!!!」
「僕の滾る想いだって誰にも止められないよォォオオオ!!!」
「先輩達の気持ち、痛いほど分かります!」
2人の叫びに私の信奉者魂が共鳴する。
「「分かってくれるか」」
「はい!」
――でも、ごめんなさい。先輩、カスケさん。
ウナトは信奉の道を教えてくれた恩師。カスケは推しの絆で繋がっている同胞だ。しかし、この場においてはリンズ姫自身の願いが全てに勝る。二人にはワニバと一緒に敗北してもらう他ない。因みにヒサメは黙って前だけを見据えていた。
やがて開式時刻となり、ソテツ王が壇上へ登り拳を翳す。
「これより我が娘リンズの花婿を決める! 王族が増えるめでたい儀式だ。皆も歴史の証人になってくれ! 花婿に名乗りをあげた武将達を紹介していこう………」
『カケス』 堅実な仕事をする弓の名手でリンズの信奉者。
『ワニバ』 海上戦において敵船団を燃やし尽くす戦い方で有名。
『ウナト』 化け蟹の鋏を巧みに扱う南西地方で名を馳せる荒武者。
『ヒサメ』 最年少で武将となり出世街道を駆け抜ける期待の新人。
………と、そんな感じで紹介された選手4人が順に出場位置に着いた。
「………」
――私もそろそろ準備をしないと。
楽屋へ引っ込み荘厳な男武者の衣装に着替え始める。
「儀式は第一の試練と第二の試練に分けられる。第一の試練は大亀競走だ。沖に二ヶ所ある浮きの外側を通過してここへ戻って来い! 儀式中は相手を攻撃しても構わん。先着順に第二試練への挑戦件が与えられる。俺は強い者を一族に加えたいんでな。第二試練は俺の選んだ配下との模擬試合をしてもらう。そいつに有効打を与え一本取った者を花婿とする!」
「誰も模擬試合に勝てなかったらどうなります?」
と、疑問を口にするワニバ。
「その場合はもう一度、始めの到着者から挑戦する事になるな。どうしても勝てないと判断したら棄権しろ。3人が棄権するか行動不能になれば、残った一人が勝者だ」
ソテツ王の説明が終わり、程なく法螺貝の音を合図に試合開始となった。
「………」
着替えを済ませ、蒼海国の家紋である大蟹の面を装着。選手の出発地点の脇に設営された闘技場へ移動した。私の後ろにある祭事用の
試練の状況を見ると大亀の背に乗った選手達が岸に沿ってかなりの速度で進んでいた。先頭のヒサメは既に一つ目の中継地点を通過。その直ぐ後ろをウナトが追いかけている。ワニバとカスケは次々弓を放ち妨害に徹していた。負傷させれば第二種目で脱落すると考えているのかもしれない。
――ヒサメさんが無事に到着してくれさえすれば………。
順位は関係ない。ヒサメ以外が先に着いた場合、私の武力で解決するだけだ。もし、仮に正攻法で私を打ち破ったならその時は誰であっても潔く祝福しよう。
試練の方は2つ目の中継地点をヒサメとウナトが並走しながら通過。互いの亀をギリギリまで近づけ斬り合っている。ヒサメの刀とウナトの持つ蟹爪が激しくぶつかり………押し勝ったのはヒサメ。ウナトはバランスを崩して海面へ落ちていく。
その時、追いかけるワニバの視線が海中に向くと明らかに動揺した様子をみせる。恐らく何らかの妨害工作をしていたのだろうが、悪質な罠や仕掛けは海中に待機しているアカメやシズクに対処を任せていた。
「第一の試練! 一番最初に戻って来たのはヒサメだぁ!」
「そうこなくては………」
流石はリンズ姫の見初めた青年。小細工や駆け引きなどせず、一直線に姫の元を目指す姿勢が大変好ましい。アカメに聞いた話、ヒサメは農民の子でありながらリンズ姫に惚れて武を鍛えたのだと言う。
――認めましょう。ヒサメさん、あなたもまた熱き信奉者魂を持つ同胞です。
私は最後の試練役として木剣を持ち闘技場の中央に佇んで待つ。遅れて到着したワニバ、カスケ、ウナトは脇で第二試練を観戦する事になった。
「俺は試練を超えてリンズ様と結婚する!」
ソテツ王から木剣を受け取るヒサメ。
「そう簡単には勝たせませんよ」
「第二の試練、始め!」
「………」
先ずは小手調べ。縮地にてヒサメの眼前へ肉薄し切り上げた。
「くっ!」
木剣を縦に構えて受け止めるヒサメ。
「この前と違ってちゃんと反応出来ましたね」
「やはり、あなたか………一度見せてもらったおかげだ」
「では、少々本気で参ります!」
【流源の瞳】
バク転して距離を取りヒサメの身体を走る力の流れを凝視する。
“ねぇ、キリカ。期待しすぎてはいけないのは分かっています。でも、もしヒサメが勝ったらどんな言葉で求婚してくれるでしょうか………"
好きな人と添い遂げたい。本来、そんなささやかな願いも口にしてはいけない立場にあるリンズ姫。けれど、毎晩私にだけは胸の内を明かしてくれた。その信頼に報いる為にも八百長と思わせない白熱の試合を演じてみせる。
先ずは左右に細かくステップを踏みながら接近。ヒサメの動きを高精度で予測しつつ左袈裟懸け、右一文字斬り、一回転して左一文字斬りに繋げた。全て確実に迎撃して貰えるように打ち込んでいく。
木剣同士がぶつかりリズミカルに響く小気味良い音。
剣を交えると相手の本性がみえてくるものだ。ヒサメはやはり驚くほど純粋で真っ直ぐな性格をしている。
――リンズ姫の惹かれた理由も分かります。
「すげぇぞ、なんて動きだ」
「あんな武者うちの武将の中にいたか?」
「耐えてるヒサメもやるなぁ」
観客席は沸き立ち大いに盛り上がっているようだ。
「………」
とりあえず連撃の合間に僅かな隙を作ってみた。
「俺は、俺は負けない!」
ヒサメが転がって一太刀を躱し私の背後へ逃れ間髪入れず納刀。そして抜刀術による反撃を繰り出してきた。
蒼海流剣術 雨裂浸食
「いいですね」
振り返って右手の木剣で重く振動する一撃を受け止める。目論見通り、しっかり隙を利用してくれて一安心。さて、このままもう少し攻防を続けたら上手い負け筋を………。
バキンッ
なんて考えていると受けた木剣にひび割れが走り、あっと言う間に砕け散る。
――え!? あ! そっか、今の特殊な力の加え方は………。
互いに同じ硬度の獲物を使っている場合のみ通用する武器破壊を目的とした斬撃。
「俺は、あなたを超えてみせる!」
ヒサメが気迫と共に木刀を上段に構え打ち下ろしてくる。
「ふっ、これは予想外。お見事です」
両手を挙げて降参の意を示すと、首元に迫る木剣がピタリと止まった。
「はぁ、はぁ………」
息を切らして茫然と立ち尽くすヒサメ。
「参りました………さあ、リンズ様がお待ちですよ」
「不思議とあなたにはまだ勝った気がしない」
ヒサメが一歩ずつ踏み締めるように
「………ヒサメ」
「リンズ様、俺と結婚してください」
「ふふ、ヒサメが優勝したらどのような言葉で私に求婚してくださるのかと、毎晩想像していました」
「毎晩?」
「い、いえっ! 要点はそこではなく」
「考えに考えたあげく今の言葉に決めました」
「想像通り素朴でまっすぐな言葉………そんなヒサメが好きです。結婚しましょう」
心の底から嬉しそうにヒサメの手を握るリンズ姫。
「新たな王族が決まった! その名はヒサメ、皆祝えぃ!!!」
ソテツ王の掛け声で歓声が沸き起こる。
「おめでとうございます、リンズ様」
幸せに包まれる若い二人を見届け、楽屋へ戻ろうと踵を返す。チラリと敗退した参加選手の方を伺えば反応は三者三葉。素直に拍手をしているウナトと魂の抜けたようになっているカスケ………そして怨嗟の籠った眼差しを櫓へ向けるワニバ。
――あの男、やはり危険かもしれません。
あとでさり気なくソテツ王に進言しておこう。
侍女の格好に戻り、選手の天幕に顔を出すとワニバの姿は既に無く、ウナトとカスケが帰り支度をしていた。
「………ほんとに、辞めちまうのか?」
「もう、ほっといてくれよォ」
何やら深刻な会話が聞こえてくる。
「どうしたんですか?」
「カスケが信奉者を引退するってよ」
「そんな! 一桁台のあなたがどうして!?」
「リンズ様が神じゃなくなったからさァ。ヒサメの嫁になったんじゃ推しとして見れないよォ」
「リンズ様は何も変わっていません。ありのままの姿を推し続けましょう!」
「ヘェ、君はその境地に達しているのかァ。僕には無理だねェ。悪いけど失礼するよォ」
カスケが背中を丸めトボトボ帰っていく。
「カスケさん………」
「去る者は追わずが信奉者の世界。残念だが仕方ねぇ。それよりキリカ、さっきありのままのリンズ様を推すって言ったな」
「はい。ウナト先輩も?」
「当然! 俺も同じ気持ちだ」
ガシっと硬い絆の握手を交わす。
「やっぱりリンズ様は最高ですよね」
「ああ、最高だ! キリカ、自分だけで極致に辿り着いたお前には必要ないかもしれないが、より深くリンズ様を推せるように新たな信奉者論を伝授してやる!」
「あ、新たな信奉者論!?」
「よく聞け、南国には………」
熱い口調で金言を話してくれるウナト。
「………な、なるほど!」
信奉の道に終わりは無い。これで私は極みの更に向こうへ進む事が出来そうだ。
人物紹介
ヒサメ
農民の子でありながら慰問に訪れたリンズ姫に一目ぼれ。リンズ姫と結婚する事だけを目標に武芸を鍛え、武将に上り詰めた一途な青年。