始末屋キリカ~【推し】に人生を捧げるまでのお話し 作:☆エイラ★
3日が経過、蒼海国は賭けに負けた。蒼海平野の夜襲はズオウに読まれていたらしく完全に失敗。逆に待ち伏せを受け多くの兵士と数人の武将が犠牲になり敗走。更に時を同じくして十辰星モエギ率いる先鋒部隊が龍燈城を陥落させてしまう。
結果、敵の先鋒部隊と本体合わせて10万人が渚城付近へ到達。等間隔に陣地を築き着々と城の包囲網を形成しつつあった。
唯一の朗報と言えばヒサメやアカメ、ヒノワ達の撤退判断が早く、無事に渚城へ戻って来てくれたことくらいだ。
「遂にここまで来やがったか、狼どもめ」
天守閣に諸将を集め忌々しそうに言うソテツ王。
「砂竜国の援軍は来るのでしょうな。砂竜は南の雷火に攻め込まれており厳しいと聞き及んでおりますが………」
「雷火の動き、天狼の手回しか」
「砂竜には十年前の竜門城で借しがある。義理堅いコンゴウ殿なら出撃して下さるはずだ」
武将達は誰もが憔悴しきった表情をしている。
「手薄になった天狼本国に攻め込むよう、周辺国に促してはどうでしょう」
と、ヒサメの提案。
「既にやっているがグンダリとアマテルが守りを固めているようだ。すぐには崩されんだろう」
武将の1人が厳しい現実を口にした。
「それでも本国を長くは空けてられんはず。援軍はシズクが必ず連れてくる。粘れば俺達の勝ちだ!」
希望的観測で皆を鼓舞するソテツ王。
「………」
――私の身体さえまともなら………。
10万の兵に勝てなくとも単騎特効を仕掛けてズオウを討ち取るくらいは出来ただろう。歯痒さと悔しさ、焦りばかりが募っていく。
「大丈夫だ。ソテツ様のおっしゃる通り粘れば必ず勝てる」
見かねた様子でヒサメが優しげに声を掛けてくれた。
「そう、ですよね」
気遣いのできる男、ヒサメに推しポイントを追加しておこう。
「キリカ、供周りをお願いしても?」
「は、はい。どちらへ」
「皆の心が少しでも安らぐように歌おうと思います」
「リンズも不安でしょうに無理をしていませんか」
「私にはヒサメやキリカがいますから」
「なら良かった。俺は陣地を構築しようとする敵に奇襲をしかけてきます」
「ヒサメ様、それはあまりに危険なのでは?」
「一撃離脱を心掛ける。包囲網の完成を許す訳にはいかない。アカメやヒノワを連れて行くから大丈夫だ」
「………ご武運を」
包囲網の完成。渚城の周囲にしっかりした陣地を築かれてしまえば、蒼海は完全に袋の鼠。そうなれば敵は本格的に城攻めを開始するはず。陣地制作の妨害は援軍が到着するまでの時間稼ぎにもなるし、必要な作戦だとは思う。
「では、私達も参りましょう」
ヒサメの出陣を見届け、襟を正すリンズ姫。
「お側におります。安心して歌ってください」
目立つ場所に居れば遠距離から狙われる可能性もある。推しの生歌唱に心を奪われ過ぎないよう気を引き締めていなければ………。
程なくリンズ姫が天守閣の廻縁に立ち、美しい旋律を歌い始めた。
〜〜蒼の海へ優しい抱擁を〜〜波間のゆりかごで育った生命が〜〜
すると、多幸感に包まれ先程までの不安が嘘のように霧散。鬱々としていた分、リンズ姫の歌声が脳髄に染み渡り、久々の生歌唱に気分が爆上がりしていく。
――あぁ! リンズさまリンズさま、リンズさま最高ぉぉおおお!!!
応援旗、応援旗が欲しい。半被や鉢巻も欲しい………ッ! 駄目、興奮している場合じゃない。盛り上がっていたら警戒が疎かになってしまう。
深呼吸、深呼吸、冷静に………。
〜〜静かに微笑んで、あなたを〜〜
途中で初披露の曲に移り変わっていく。
――こ、心がりんりんずして………あっ。
私は呆気なく精神的な昇天を果たしてしまった。幸い歌唱中に忍者の襲撃はなく、渚城の周辺では敵軍も歌声に聞き惚れている様子。流石はリンズ様としか言いようがない。
日暮れ時、同僚の侍女から私宛の来客があると知らされ、待ち合わせ場所の庭園へ向かうと仙人が待っていた。
「来たか。要望通りの薬が完成したぞ」
「よく天狼に見つからず城に入れましたね」
「包囲網が完全では無かったからな」
「それは多分、ヒサメ様やお弟子さん達のお陰でしょうね」
「うむ、わしの教え通りに見事な奇襲を仕掛けている。だが、諸将の協力を得られておらず、あの子らの力だけでは限界があるじゃろう」
「という事は完全な包囲も時間の問題なんですね」
「だろうな………薬の件だが赤い丸薬は噛み砕き、紫色の方は噛まずに飲み込むのだ。紫色の効果は要望通り服用してから半日後に現れる。高い再生力が仇となり鬼神の細胞は自己崩壊を引き起こすだろう」
「感謝します。あの、アカメさんの分はどうなっていますか?」
大切に二粒の丸薬を受け取りながら尋ねる。
「そちらは残念ながら間に合わん」
「そうですか………」
「城が落ちない事を願うばかりだが、最悪の事態が起きれば惨たらしい結末になるだろう。薬を使うかの判断を含めて後悔の無いようにな」
「はい。それと先生、アカメさんやお弟子さん達に会ったら伝えてください。城が陥落したら敵の多い方へは向かわないで、と。私は理性を無くして敵味方の区別が付かなくなると思いますし」
「必ず伝えておこう」
「………」
私は仙人を見送り、天守閣方面へ踵を返した。
――あとは覚悟の問題だけです。
◇
更に1日後。ヒサメの尽力虚しく包囲網が完成してしまう。海上は裏切り者のワニバが指揮する船団によって封鎖。もはや、何処にも逃げ場はない。天守閣にはリンズ姫や綾子様を含む王族の女性達が避難している。
リンズ姫に寄り添いながら、眼下に目を向けると、城壁の外側は見渡す限り天狼の軍勢で埋め尽くされていた。本来なら今頃、推しの晴れ姿を拝めていたと思うと天狼への怒りふつふつ沸いてくる。
「将兵の配置完了しております。天狼に動きあり、攻勢準備に入りました」
正午過ぎ、軍師の1人がソテツ王に報告。
「狼が来るぞぉぉおおお!!! 各々持ち場でなんとしても防げ! 援軍は必ず来る。ここを凄げば窮地に立つのは狼どもだ!」
ソテツ王の叫びが響き渡ると同時に天狼軍全体が一斉に動き出した。
渚城には主要な城門が4つ存在する。
東南門、北門、東門、西南門、そのどれか一つでも破られたら全てが終わる。
十辰星の旗を掲げた敵の主力部隊は東南門、北門、東門の3つを分散して攻めているようだ。それぞれの場所でアカメやヒサメ、仙人の弟子達が奮戦。敵軍の侵入を食い止めている。しばし、膠着状態が続くかと思われた矢先、武将の1人が慌ただしく天守閣に入って来る。
「西南門が破られました」
「な! なんだと!?」
驚愕するソテツ王。
「え? はや」
即落ち、あまりの呆気なさに思わず変な声が出た。
――もしかして十辰星の旗は陽動………。
本物の敵主力部隊は別にいて集中的に西南門を攻め落としたのだろう。戦慣れした天狼軍の策略にしてやられ、敵兵が洪水のように城内へなだれ込んでくる。
「くそ! 入り込んだ敵から対処しろ」
ソテツ王が切迫詰まった指示をしながら駆け回る。
「………」
混乱による指揮系統の乱れで蒼海側の将や兵士が蹂躙されていく。主城であるこの建物にも程なく敵がやってくるだろう。
――蒼海は持ちこたえられませんでしたね。
私は懐から丸薬を取り出して握りしめる。死ぬのは怖くないが、化け物に成り果てるのは恐ろしい。本能のままに人間を喰らう自分を想像すると震えてしまう。
「蒼海はもうお終いかもしれません。キリカ、敵がここへ来ても決して抵抗してはなりませんよ」
私の手をそっと握って笑いかけてくるリンズ姫。
「リンズ様、何を?」
「只の侍女であれば命を奪われる事はないはずです」
「こんな時に私の身を案じてくださるのですか?」
「当然です、あなた私の大切な家族でもあるのですから」
「家族………私の事をそんな風に思ってくれていたんですね」
「はい。婿選びの儀式でも陰で色々動いてくれて、本当にありがとう」
「バレてましたか」
「ふふ、言ったでしょう。人の気持ちを読み取るのは得意だって」
「ヒサメ様には内緒ですよ」
「二人の秘密ですね」
「リンズ様、お陰で覚悟が決まりました」
――最推しに家族認定されたんです。信奉者としてこれ以上のご褒美はありません。
特別な丸薬を口に含み、仙人の指示通りに服用してリンズ姫に向き直る。
「覚悟って一体?」
「あなたと過ごす日々は本当に楽しくて夢のようで………血に塗れた人生でしたけどリンズ様と出会えてほんとうに良かった。これにて永遠の暇を頂戴致します」
「まさか、戦いに行くのですか!? なりません! 多少強かろうとこの状況では死んでしまいます」
「いいえ。死に絶えるのは天狼の方。リンズ様を悲しませる要因は悉く
ドクンッ
「それは、どういう?」
困惑した様子で小首を傾げるリンズ姫。
「曲者!?」
天上裏から入りこんで来た仮面の忍者と対峙するソテツ王。
「無粋な輩ですね」
忍者の背後へ回り首筋に犬歯を突き立てた。薬だけだと覚醒に時間がかかるようなので丁度良い。
「ぐわっ」
「………」
そのまま締め落としつつゴクりと鮮血を啜る。
ドクンッドクンッ
「キリカ、何を!?」
「今まで隠していて申し訳ありませんでした」
血塗れの口元を拭いながら、かつらと瞳のレンズを外して捨てた。
「鬼?」
私の角と金瞳を見て口元に手を添えるリンズ姫。
「お前、異形だったのか!」
咄嗟に女性陣を庇おうとするソテツ王。
「怖い、ですか?」
「いいえ。キリカはキリカです。その角、似合ってますよ」
いつも通りの穏やかさで近づいてくるリンズ姫。
「最後まで嬉しいことを言ってくれますね………貴方の歌声をもっと聴いていたかった」
感性の変容。人間の姿が等しくただの血袋に見えてくる。闘争本能と殺戮衝動で心が紅く染まり私が私でなくなっていく。もうリンズ姫の声を聞いても正気には戻れそうにない。
「幾らでも歌います。だから必ず戻ってきてください」
「いくらリンズ様の頼みでもそれだけは叶いそうにありません………どうか、お幸せに」
理性を失う前に
程なく眼下に群れる天狼の兵士達が獲物にしか感じられなくなり、ずっと抑え続けてきた鬼神の本能が解き放たれる。
ドクンッドクンッドクンッ………鬼神解放
(あはっ! やっと、やっと殺し尽くせる)
もう我慢する必要はなく着物に忍ばせておいた無名の刀を手に着地。両手でしっかり柄を握り締め西南の敵軍目掛けて埒外の力で横凪に一閃。
鬼神・
遥か彼方まで斬撃が飛び、数百人の上半身と下半身がズレ落ちた。そのまま天狼軍へ突撃、斬って、引き裂いて、踏み潰して、喰らい付く。風刃をまき散らしながら暴れまわり、主城から城壁までの数キロ区間に追加で百人、二百人、五百人………瞬く間に血と屍の海が出来上がる。
「な、なんだこいつは!?」
「鬼の異形だと!? ち、近づけるな」
「速い、速すぎる、化け物だぁ!」
立ち竦む者。応戦しようとする者。指示を出す者。逃げ出そうとする者。天狼兵士の反応は様々だ。
「あはっ、足りない足りない! あははははは!!! 」
(血、血、血、血、もっともっと、もっとちょうだい!!!)
血を浴びれば浴びるほど破滅的な高揚感に満たされ、哀れな化け物に成り果てていく。獲物は幾らでもいて、とても楽しい。
〜〜はらはら風に舞い散る心~~愛しいあの人の面影は~~
(なぁに、この不快な歌?)
――こ、この歌は?
まるで私に向けて語りかけているようで、急激に意識がはっきりしてくる。
〜〜ゆらゆら揺れて揺蕩う心〜〜優しいあの日々の思い出は~~
歌を聴いているとリンズ姫との輝かしい日々が脳裏に溢れてきた。加えて旋律の中には人と人の繋がりや心の温かさ、他者を労わる気持ちなど様々な想いが込められている。
(楽しい楽しい楽しい、みんなみんな脳髄をぶちまけて臓物を撒き散らすの。殺して殺して殺し)
――煩い! ちょっと黙ってください。リンズ様の素晴らしい歌声の邪魔です!!!
(殺す殺、え!?)
――いいですか、
(も、もっともっと引き裂いて嬲って………)
――静かに! 静粛に! そもそも歌姫は皆に愛される存在です。だから特定の誰かに気持ちを向けて歌うのはすっごく難しいお立場。例外は国公認の推しカプであるヒサメ様だけです。なのに、なのに、今この瞬間! 一信奉者に過ぎない私を想い歌ってくれているのです! 旋律のただ一つも聞き逃す訳にはいきません! 分かるでしょう! この美しい調べが! 奇跡の瞬間が! 私に向けられた甘美な想いの塊が! 分かりますよね! 分からないとは言わせません!! あと、推しの歌唱中に騒ぐなんて論外です!!!
感動のあまりこれまで脳内保管してきた数万枚のリンズ姫画像集で思考が埋め尽くされていく。
リンズ姫の愛らしさ、美しさ、勤勉さ、尊さ、もう一回愛らしさ、そして溢れんばかりの慈愛の心で脳を焼き焦がす、これぞ真なる信奉者のみが行える究極奥義。
(ひぃ! いやぁ!
――え!? 嘘、私の意思が勝った?
信じられない思いでしばし呆然と立ち尽くす。驚くべきはリンズ姫の歌声に秘められた力。まさか完全に鬼神化した状態から自我を戻して貰えるとは思わなかった。浅ましい獣欲、飢えや渇きも完全に消え去っている。
冷静になって状況を確認すると私の暴走にアカメや仙人の弟子達は巻き込まれておらず、顔見知りや親しい人間を手にかけなくて本当に良かった。
「動きが止まったぞ」
「今のうちに距離を取れ」
「矢で仕留めるんだ!」
天狼軍がここぞとばかりに私に矢を射かけ、矢じりが雨のように降ってくる。
「私はもう始末屋じゃありません。だから………」
人物紹介
十辰星モエギ
戦と男女の交わりが大好きな女武将。交われば交わるほど、色つやが増していく魔性の女性。搾り取られた男は干からびて死ぬ。