「アカメが手も足もでないって、マジかよ。次は俺も相手をしてもらっていいか?」
待ちきれないといった様子で言うブラート。
「ええ。大丈夫ですよ」
「獲物は得意なやつを使わせて貰うぜ」
ブラートが訓練用の槍を携え、アカメと入れ違いで5メートルほど間隔を開けて私の前に立った。
「どこからでもどうぞ」
「すぅ………うぉぉおおおおおおおっ!」
深く息を吸い込み気迫十分に肉薄してくるブラート。攻撃圏内に踏み込むや否や、あらゆる角度から槍撃を繰り出してきた。その槍捌きはさながら暴風のようだ。
「…………」
槍の太刀打ち部分を掌や甲、木刀の鎬で捉え受け流していく。一撃一撃が鋭く重い。柔軟性や瞬発力があり、穂先のコントロールも正確。そして、本人の性格によるものか真っ直ぐで気持ちの良い攻め方をしてくる。体感的にブラートの力量は位階_
そのまま槍撃を捌き続けること数十合。低い軌道の刺突を見定めて軽く飛び跳ね、槍の穂先へ静かに着地。木刀の切っ先をブラートへ突きつける。
「参った………掠らせる事すら出来ねぇとはな。ふぅ、俺自身の未熟さを思い知ったよ。また鍛練のやり直しだな」
「あなたの強さは既に完成されています。ブラートさんは間違いなく私が出会った槍術使いの中で三本の指に入りますよ」
「ありがとうよ」
地面へ降りてブラートと握手を交わしていると、レオーネが近づいて来た。
「なあ、キリカ。新ためて頼む。私らにその力を貸してくれないか? キリカがいてくれたらこの先何もかも上手くいく気がする」
「とりあえずはあなた方のリーダーと会わせて貰えますか?」
色々確認したいこともある。
「おおっ! つまり脈有り!! ボスは明日帰ってくる予定だから今日は一緒に風呂でも入ってまったりだな」
レオーネが明るい調子で私の肩に手を回してきた。
「繰り返し言いますけど、仲間になるとは限りませんからね」
そのまま訓練所を連れ出され、次に向かった場所は露天風呂。驚くべき事にアジト内の一角が一流旅館顔負けの大浴場になっている。
「凄いだろ。元々天然の湯が沸いてる場所にアジトを建てたんだ」
「へぇ~。良いですね、そういうの。あと、そこの茂みにいる方は?」
何者か潜んでいる気配がして草村を指差す。
「ば、ばれてる!?」
ヘアバンド付けた青年が飛び出し、一目散に逃げようとした。
「流石、良く気付いたなぁ」
退路を塞ぐ様に素早く回り込んだレオーネが青年を組伏せ、容赦なく腕を捻り上げる。
「あばぁぁぁぁぁあああ!!」
痛そうなのに、何故かちょっとだけ嬉しそうな青年。
「こいつはラバック、毎度懲りずにこんな事ばっかりやってるバカだ」
「もしかして、お風呂の覗きですか?」
青年――ラバックの外見年齢は15~6才といったところ。思春期真っ盛りであれば、異性の身体に興味があるのは自然な事である。
「さて、ラバをどっかに縛り付けてくるとするか」
ラバックを引きずって奥へ消えていくレオーネ。
「何もそこまでしなくても……」
苦笑しながら二人を見送った。それにしても実に不思議な殺し屋達だ。とても闇世界の住人とは思えない。アジト内の雰囲気も穏やかで居心地が良く、つい気を緩めてしまう。こういった空気を作れる連中には好感が持てる。しかし、彼ら程度の実力で危険な裏仕事を続けていれば遠からず命を落とす者が出てくるだろう。
受けた恩をきちんと返す為にも、なるべく誰も死なせたくはない。
――こうなったら私も覚悟を決めないといけませんね。
さしあたり今夜のうちに加入条件を考えておくとしよう。
◇
翌日。リーダーが戻ったとの知らせを受け会議室に案内された。部屋へ入ると殺し屋メンバーが揃っており、正面には不気味な鳥の意象を施された旗が掲げられている。
――あの鳥は………もしかしてファントムアウルでしょうか。
闇夜を音もなく飛び、幻影と共に現れる超級危険種。様々な国で討伐不能の怪生物として伝承が残っている化物だ。一夜にして街が痕跡すら残さず消滅したなんて逸話もある。恐らく、そんな物騒な生き物だからこそシンボルマークに使われているのだろう。そして旗の真下、最奥の椅子に腰掛ける眼帯の女性が徐に口を開いた。
「レオーネからこれまでの経緯は報告を受けている。キリカと言ったな。私がナイトレイドのリーダー、ナジェンダだ」
「どうも………」
眼帯の女性――ナジェンダの容姿は凛々しく、鋭い眼光と短めの銀髪、咥え煙草が相まって男性のようにも見える。また、右腕は存在しておらず、肩の辺りから武骨な義手を装着していた。
「単刀直入に聞こう。キリカ、我々の仲間になる意思はあるのか?」
「三つほど条件を飲んでいただけるのであれば」
「では、それを聞く前に尋ねたい事がある。お前は一体何者だ?」
「どういう意味のご質問です?」
「アカメやブラートは帝国内でトップクラスの実力を持っている。その二人をあしらえる程の強さ、どうやって身につけた?」
「武芸は我流、強さの殆どは
旅の武芸者として【双剣使い】を名乗ることもあるが、裏稼業の通り名としてはこっちの方が合っている。
「始末屋………我々の同業者だったという訳か」
ナジェンダと他の六人全員が息を飲む。
「はい、私はこれまで各地を旅しながら始末の依頼を請け負ってきました。特定の組織に身を置くつもりは無かったんですが、今はナイトレイドに雇われても構わないと考えています」
「雇いたいのは山々だが旅人であるお前はこの国の為に戦うだけの理由を持っていない。我々は皆少なからず志を抱いている。貧困に苦しむ民を救いたい。腐敗の根元を取り除いて国を変えたい、と言った具合にな。お前は何の為に戦う?」
「一人でも多くの外道を斬る為です」
「ほう………」
「それに私は皆さんから助けられた身ですから。始末屋の誇りに誓って救われた恩を仇で返すような真似だけは絶対にしません」
「そうか。一先ずお前が望む三つの条件とやらを聞こう」
足を組んで促してくるナジェンダ。
「じゃあ一つ目の条件から。私に始末を依頼する標的は革命に必要な犠牲か外道相手に限定してください。決して、私腹を肥やすような目的で誰かの殺害を依頼しないことです」
「当然だな。次の条件は?」
「二つ目は標的以外の民間人や警察機構、帝国軍などに遭遇した場合は可能な限り逃走を優先させてもらいます」
「それは………目撃者を生かしておけば直ぐに人相書きをばら撒かれる。基本は仲間にするか排除するかの二択を選ぶしかないぞ」
「どれだけ崇高な志を持っていようと殺しは殺し。国の法律に則って働いている人達、正しく生きようとしている人々へ刃を向けるべきではありません。そもそもの話、安易に目撃者を作らない事が大前提です。だって、暗殺者は誰にも見つからないよう隠密行動をするのが基本でしょう?」
まあ、最悪の事態に陥った場合は恩人達の安全を優先するつもりだ。
「ふむ、その通りではある。分かった、了承しよう。最後の条件は何だ?」
「3つ目は革命成功後の話です。屍を積み上げる以上は必ず民草を幸福にして頂かなければなりません。オネスト大臣を暗殺しても未だに圧政が敷かれているようなら………私は皆さんの敵としてナイトレイド及び革命軍を殲滅します」
「殲滅とはまた物騒な事を言うな。仮に今この瞬間、我々全員が敵になったとしてお前は勝てるのか?」
「流石に無理かもしれませんね。けれど、自らの掲げた志すら守れない組織に入るなんてたとえ死んでも後免ですから」
全員の身体を私の
――丸腰だと流石に全員は無理でしょうね。
加えてアカメの持つ嫌な感じのする刀然り、6人共未知の武器を身につけている。恐らく4〜5人を道連れにして果てるのが関の山だろう。
「確かに、革命軍までそんな組織になってしまったら終わりではある。寧ろその申し出は戒めとして受け入れるとしよう。なるほど、レオーネが強く推薦するだけあるな。無関係な人間を殺すべきではないという姿勢を含めて私もお前が気に入った」
「ということは………」
「是非我々と共に戦って欲しい。その実力、当てにさせて貰えるか?」
「はい! 正式にナイトレイドと契約します。あ、契約期間は革命成功まででお願いします」
「ああ、構わない」
これで当分の間、私は始末屋ではなく殺し屋だ。始末屋としての理念を曲げるつもりはないが、覚悟を決めて
「キリカさんにこれをお返ししますね」
「ありがとうございます」
愛刀を受け取り腰帯に差し込む。
――この重さ、やっぱり安心感がありますね。
「さて、ここからは我々の仕事についての詳細な………」
「侵入者だ! ナジェンダさん!」
突然、緊迫した様子で叫ぶラバック。その指先からは細い糸がアジトの外へ伸びている。
「人数と場所は?」
「俺の結界の反応からすると恐らく8人。全員アジト付近まで侵入してます」
「ここを嗅ぎつけてくるとは優秀だな。恐らく異民族の傭兵だろう。仕方ない。緊急出動だ! 全員生かして返すな」
「………」
頷いて黒狐の面で顔を隠した。もし、侵入者を逃してアジトの場所が外部へ伝われば、討伐部隊などが送り込まれてしまう。不必要な犠牲を増やさないよう、拠点へ侵入した者は標的と定め、生かして帰さないのが鉄則。初任務をそつなくこなしてナイトレイドの信頼を獲得する必要もあるし、こればかりは割り切るしか無い。
アカメ、ブラート、マイン、シェーレ、ラバックと次々外へ飛び出していく。私もレオーネに続き森へ向かって走り出した。
心拍数、脈拍ともに一定値、調子は悪くない。
一先ず、高い木々の枝を足場に高く跳躍。地上30メートル程の高さから眼下を見渡してみる。すると、バラバラな方向へ逃走していく侵入者達とそれを追う仲間達の姿を確認出来た。侵入者のうち8人中4人はアカメとラバックが対処している。ブラートは標的の位置が掴めていないようで関係ない明後日の方向へ爆走中。
マインとシェーレは小高い場所にある茂みの中へ身を隠している。そして、二人の死角から茂みへ忍び寄る影が一つ。
また、目視圏内で誰からもマークされていない標的は9時方向とかなり遠方の11時方向の2人。残り1人は見当たらないが、恐らく何処かに隠れているのだろう。
――とりあえず2人受け持つとしましょう。
勢い良く着地して、レオーネの隣りを並走する。
「出鱈目な身体能力だなぁ」
「9時方向の一人をお願いできます?」
「OK、仕留めてくる!」
「逃走ルートを教えなくても大丈夫ですか?」
「平気平気、ある程度近づけば匂いや音で分かるから」
いつの間にかレオーネの全身は肉食獣のように変化していた。獅子に良く似た耳や尻尾が生え、太くなった両腕には鋭い爪と肉球が備わっている。そう言えばアリア邸でもこの姿になっていた。変身の仕組みは気になるが、質問は後にしよう。
「…………」
レオーネと別れ、最短でマイン&シェーレのいる茂みの方へ移動。二人を後ろから狙おうとする影――侵入者の一人を斬首した。
「ちょっと、何て事するのよ!? もう少しでピンチだったのに!!」
マインがツインテールを逆立てて怒りを顕にする。
「へ? 助けない方が良かったんですか?」
「あんなの気づいてたに決まってるじゃない!!」
「マインの帝具は危機に陥るほど威力が上がるんです。だから………」
マインの携える狙撃銃のような武器を指して言うシェーレ。
「それよりどうするのよ。あそこまで遠く離れたらもう狙えないわ」
マインが500メートルほど離れた地点を逃走する11時方向の標的を指差した。
「元々私が対処するつもりでしたから問題ありませんよ」
我流・操身術 縮地零式 連弾
踏みしめた地面に跡が残るほどの脚力で急加速。ポカンっとした表情を浮かべるマインを置き去りに500メートルを凡そ30秒弱で駆け抜け、標的まで50メートルほどの距離まで接近。先の尖った手頃な木の枝を捥ぎ取って狙いを定め、思いっきり投擲する。数秒後、短い悲鳴と共に標的の男が串刺しになった。
――さて、最後の1人は何処でしょうか。
素早く来た方向へ引き返し隠れ易そうな場所を隈なく探す。すると、何個目かの岩陰から三十代くらいの男が飛び出して来た。男は薄手の民俗衣装を着ており、獣の頭蓋骨で顔を隠している。
「た、頼む。見逃してくれ、妻と娘が帰りを待っているんだ!」
「…………」
私は静かに瞼を閉じて佇んだ。
妻と娘が待っている――本当かもしれないし、嘘かもしれない。確かなのはどちらであってもこの男を殺さなければならないということ。
「ははっ、甘いやつだなっ!」
男が曲刀を手に襲いかかってくる。達人の域にさえ至っていない未熟な太刀筋。
「…………」
その動きは私からすれば余りに遅く隙だらけだった。
無造作に
ドサッ
………背後で男が倒れた。
――嫌な殺しです。
果たして革命の成功までには一体どれだけの血と涙が流れる事になるのだろうか………。私は赤い花の髪飾りにそっと触れてから、振り返ることなくその場を離れた。
余談
キリちゃんの年齢設定は二十代後半です。実はもうキリちゃんなんて呼ばれる歳じゃなくて……おや? 誰か来たみたい……