一定の距離を保ちつつ遠巻きに四人を尾行する。少女3人はバックから小遣いを貰い嬉しそうに衣類などを購入していた。ショッピングが済むと今度は通りから少し外れた大型レストランへ入っていく。
現在時刻は正午過ぎ。先ほどのパフェだけでは胃袋が少々物足りない。
――メニュー次第では私も何か食べていきましょう。
バックの観察も出来て一石二鳥。そう考え店舗の入り口へ向かうと、男性店員が顔を覗かせる。
「お客様、本日は全席貸し切りでございまして」
「そうなんですか?」
「申し訳ありません。またのお越しをお待ちしております」
バタンッ
【本日休業】のプレートが掛かりドアに施錠をされてしまった。
「………」
バックは少女達の為だけにわざわざ店全体を貸し切ったのだろうか?
とりあえず内部の様子を伺おうと店の側面にある窓へ近づいた。そして、さり気なく天蓋の刀身を鏡代わりに室内を覗き見る。すると、バックと向かい合う形でエア、ルナ、ファルが豪勢な料理を美味しそうに食べていた。
ただ不穏なのはバックと少女達の他に隠れ潜む20人ほどの気配がする事。単なる客なら堂々と店内で食事をしていれば良い筈だ。
――さて、どうしましょうか。
厄介な事に、ここは位置的に表通りから見える場所にある。強引に押し入れば私の方が犯罪者として通報されるだろう。騒ぎを起こしてナイトレイドに迷惑を掛けるのは避けたいところ。
周囲の様子を確かめながらしばらく悩んでいると……
「てめっ! なにしやがる!?」
突然ファルの荒々しい声が響く。
「………」
再び店内を覗いてみれば状況が一変。少女達は皆黒服のガードマンらしき男に羽交い絞めにされている。また、奥のソファーには金回りの良さそうな三人の男が座っていた。
「放しやがれっ!!」
背後に立つ大柄な男の顔面へ蹴りを打ち込むファル。攻撃された男は怯みもせず、煩わしそうに少女ファルの腹部を殴りつける。
――っ!? いきなり暴力を振るうなんて!?
「ファルちゃん!」
苦し気に咳き込むファルの身を案じて叫ぶエア。その目じりには恐怖からか涙が浮かんでいる。
「あーこのハネっかえりな少女を落札したのはスカさんですか」
「ええ、ええ。こういう娘を少しずつ切り刻んでいくのが面白いんですよ」
バックの問いにソファーで足組みをしている細身の老人――スカが答えた。
――切り刻むって……まさか、本気で?
冗談を言っているような雰囲気ではない。
「じゃあ、スカさんの要望にお応えして先ずは両足折っちゃってよ」
「へーい」
バックの指示を受け、気安い返事を返すガードマンの男。一拍置いて嫌な音と共にファルの絶叫が木霊した。
「おおお!! 良い悲鳴じゃ。これでもう逃げられん。どこから刻んでいくのが良いかのう」
興奮を露わに歓声をあげるスカ。
「………っ!」
躊躇いなく子供の両足をへし折る所業に愕然とした。
「バックさんっ。なんで、どうしてこんな酷いことするんですか?」
悲痛な声で尋ねるエア。
「ここにいる人達はいわゆる帝都のマニア層というやつでねー。もう普通の女の子じゃ満足出来ないんだよ! みんなね、最高に幸せな笑顔を観ておいてから壊していくのが好きなんだって」
「外道がっ!」
ここまで聞けば私にも理解出来る。これは金持ちが少女を落札購入して好き勝手にいたぶる残虐なお遊戯。
――迷うな、私。
今、彼女たちを救わなければ手遅れになる。何より、始末屋として悪鬼のような連中を生かしておく訳にはいかない。
多少なりとも戦闘力を持つガードマンの数は全部で16人。スカを含む金持ち風の男達共々、貸し切りの建物内で始末すれば騒ぎを起こさずに済む。そう判断して素早くレストランの裏側へ回った。勝手口の前には見張りの男が2人。
「中の連中は良いよなぁ」
「ああ、ついてないぜ。今頃きっと……っ! なんだおまっ―――」
「………」
問答無用で2人の頭蓋を蹴り砕く。死体をゴミ捨て場へ放り込み、狐面を付けて店内へ侵入。業務員用の通路をズンズン進んでいく。私が接待ルームを目指している間にも外道共の会話は続いていた。
「おい、わしゃあの子だぞ、あの子!」
「はいはい。オーダーは?」
スカとは違う老人の指定に答えるバック。
「目がいいのう。そういう子をペロペロするのが萌え萌えなんじゃ」
「ご要望は目だそうですよ」
「ういす」
バックの指示を受けるガードマンの男。
「う……嘘でしょ?」
掠れた声を上げるルナ。
「…………」
急ぎ客室の見える位置にたどり着くと、眼球に錐を向けられたルナが泣きじゃくっていた。
「や、やめてください!」
怯える少女の姿を店員4名を含め、この場にいる全員が期待したように見入っている。誰一人、部外者である私の存在に気付いていない。
「………皆殺しにして問題なさそうですね」
こんなにも冷淡な声音を発したのはいつ以来だろうか。縮地を用い瞬時にガードマンや店員の集まる中央付近へ移動。
我流・
クルリッと舞うように回転しながら周囲に斬撃を放つ。格下相手に便利な技で刃の軌道は着物に返り血が掛からないよう緻密な計算をしている。結果、ガードマン15人と店員4名の首筋から吹き出した鮮血は、私を中心として紅い華の花弁のように広がった。更に間髪を入れずルナの目を潰そうとしている男の手から錐を取り上げ、その眼球へ脳髄まで達するよう突き刺してやる。
バタバタっと絶命した者達が倒れていく最中、拘束から解放されたエア、ルナ、ファルの首筋にトンッ、トンッ、トンッと優しく手刀を当てて意識をうばい、静かに座席へ横たわらせた。これ以上怖い目に合わせない為には、こうするのが一番手っ取り早い。
「なっ!? なんじゃお主は?」
「侵入者だと! 何処から現れた!?」
「護衛の者どもが一瞬で! 何が起こった!?」
スカと赤鼻の老人、頬の垂れた男が狼狽している。
「始末屋、黒狐………」
「始末屋じゃとぉ。ええいっドグちゃん! その女を食い殺せ!」
赤鼻の老人が叫ぶ。
グルッグルルッ!!
カーテンの陰から棘付きの首輪を付けた大型犬が現れ、獰猛な唸り声と共に突進して来た。
「………」
――恨むならご主人様を恨んで下さいね。
キャインッ!!!
斬り捨てようとしたところ急に大型犬が180度反転。主人の脇をすり抜け一目散に逃げていく。大分、賢いワンちゃんのようだ。
「見捨てんでおくれぇぇぇえええ!! ドグちゃんっ ドグちゃ~ん!」
「………」
ふと、出入り口付近を見れば、バックが這いつくばってコソコソと出口へ向かっていた。迅速且つ懸命な判断だとは思うが、誰一人生かして帰すつもりは無い。
テーブルの上に置いてある果物ナイフを見つけ、足の健を狙って投げつける。
「ぎゃっ!!?」
ナイフに貫かれ、転げ回って悶絶するバック。
「………」
恐らく彼は少女売買の仲介人。となれば、少々聞きたい事があるので大人しく待っていて貰おう。
「い、一体誰に雇われた? 我らに手を出せば大臣の縁者であるイヲカル様が黙ってはおらんぞ!」
頬の垂れた男が額に脂汗を浮かべている。
「皆さんは本気でこの娘達の未来を奪う権利があると思っているのですか?」
「はぁ? 当然ではないか。買った商品をどうしようとワシらの自由だ」
さも、それが常識であるかのような返答をするスカ。
「………」
――後ろめたさの一欠片もないんですね。
あまりにも倫理観が違い過ぎてお話にならない。
「そんな事より、その見事な腕前を商会の為に使う気はないか? お主とて大臣を敵に回したくはあるまい。先ずは雇い主の名を言え。依頼金は二倍、いや三倍出してやる。金以外にも地位、名誉、男なんでもくれてやるぞ」
「あなた達の命以外いりません」
私は三人の男に歩み寄り、全員の喉笛を切り裂いた。
「「「〜〜〜っっ!!?――」」」
声にならない悲鳴をあげて死んでいく男達。
「ひっ、ひぃぃいいい!!?」
最後の一人になったバックは私から少しでも遠ざかろうとしている。
「さて……あなたには聞きたいことがあります」
「ま、待って。その衣装………先ほど会った旅の方ですよね。これを、これを見てください!」
バックがシャツを捲り上げ胸元を露出する。そこには丸い焼き印のような痣が刻まれていた。
「見ましたけど………」
「僕がこうなったのには理由があるんです。ほら、この印は奴隷の証。子供の頃母さんが僕を、痛っ!」
「…………」
髪を掴んでバックの頭を持ち上げる。
――何勝手に過去語りとか始めようとしてるんでしょう………。
そもそもの話、自分が悲惨な目に合ったからといって他人を不幸にして良い筈がない。
「や、やめっ」
「くだらない事をほざいてないで尋ねられた事だけ答えて下さい」
「こ、答えたら………助けてくれるんですよね?」
「あなたの利用価値次第ですね。人脈などで
より多くの外道を炙り出すには同じ外道から情報を引き出すのが一番だ。
「人脈はもちろんあります」
「じゃあ取引先のリストを見せて下さい」
「リ、リストは僕の家の書斎に置いてあるからここにはなくて直ぐには無理です。だから取りに行く時間を………」
「はあ、あなた使えませんね」
これ見よがしに常闇を振りかぶる。
「いや、ある! ありますこれですっ!! すみませんどうぞ」
大慌てで懐から手帳を取り出し、差し出してくるバック。
「………」
実際に持っていなければ尋問を続けるつもりだったが、手間が省けた。
手帳のページを開いてみると、有力者らしき複数の人物名、趣味趣向、販売記録などが詳細に書かれている。
――何というか、マメな男ですね。
お陰で想定以上の情報を入手出来た。標的の人数はそれなりに多く、裏どりを含め一人で片付けるには時間がかかる。この件は私から依頼する形でナイトレイドに協力を仰ぐとしよう。
「い、いかがですか? 僕がコンタクトを取れる人間は?」
「とても素晴らしいです」
「でしょう! 僕と手を組めば影で国を動かす事だって………」
「もう、十分です。ありがとうございました」
バックの胸元へ掌をあてがい発勁。
「げぶっ!!?――――」
心臓を破壊され、キョトンっとした表情で息絶えるバック。
「ふぅ、問題はここからですね」
スカ達の懐を漁り、借用書と奴隷権利書らしき紙束を粉々に切り刻みながら少女達の処遇を考える。
――うーん、匿名で警備隊に通報して保護をお願いするのは………。
いや、やめておこう。政治的腐敗の著しい帝国の公的機関は信用出来ない。そもそも、バック達がこんな真っ昼間から堂々と凶行に及んでいる時点で何らかの繋がりを疑ってしまう。やはり、確実なのは私自身で信頼出来る人間に彼女達を託す事。
それにファルの両足は派手な折られ方をしていて、余程上手く治療しないと後遺症が残る。先ずは、午前中に紹介された闇医者のところへ連れて行こう。当然、他の二人も死体だらけのレストランに放置という訳にはいかない。
三人の人間を同時に運ぶ為、万が一落としたりしないようテーブルクロスなどを使って試行錯誤しながらファルを背負い、エアとルナを両腕で抱える。
あとは頑張って極力目撃者を作らないよう目的地へたどり着くだけだ。
店の裏口から外へ出て、私の瞳で視界内にいる全ての人間を視る。通行人や商売の客寄せをしている者、家屋内から外を眺めている者などの視線の動きを把握。視線に晒されずに済むルートを把握して駆け出した。
街にある様々な建造物やオブジェを足場や遮蔽物に用いて縦横無尽に進み続けること十数分。昼間の何とか一般人に見られる事なくスラム街の寂れた医院にたどり着く事が出来た。
余談
キリちゃんに外道認定されると、どんなに命乞いしても基本助かりません。
さて、ここからは再び原作時系列に戻ります。