「人身売買の取り引き先リストの調査が終わったぞ。全員、完全に黒だ。一人残らず標的に加える事になった」
バックの手帳を片手に言うナジェンダ。
恒例となりつつある会議室での話し合い。今日はここ最近の間では珍しくアカメ以外のメンバーが集結していた。
「諜報員の方々は優秀ですね」
バックが自らの手帳に嘘の情報を書いていた可能性は低く、分かり切っていた事ではある。
「ああ、皆頑張ってくれている。標的の数は18人。一人ずつ消していては、感づいて逃げ出す者が出るかもしれん。一晩のうちにクズ共を一掃する。キリカにも出動して貰らうぞ」
「もちろんです」
元々、私が持ち込んだ案件だ。アカメには一人で行える鍛錬を課してあるので問題ない。
「誰が何処を担当するか、だが………キリカはレオーネと帝都西側に住む貿易商二人と護衛の3人、宝石屋の夫婦を頼みたい」
「私なら一人でも………」
「この前、ザンクに手傷を負わされたばかりだろう。お前だって無敵というわけじゃないんだ。なるべく単独行動は控えてくれ」
「そうですね……分かりました」
前回の幻覚や暗示然り、二人いれば脱する事の出来る危機というのもある。
「さて、残る標的については……」
ナジェンダの指令が続き、他の方面はマイン&シェーレ、ブラート&ラバックの組み合わせで担当する事になった。詳細な作戦内容を聞き、各々身支度に取り掛かる。
自室にて常闇と天蓋の刀身に曇りが無いか確認していると、ノックと共にナジェンダが入って来た。
「キリカ、やはり帝具を使ってみるつもりは無いのか?」
「はい、私の答えは変わりません。武器は使い慣れた刀だけで十分です」
ザンクのスペクテッドを手渡した時にも一度同じ事を聞かれている。戦力の増強をしたいナジェンダの気持ちは理解出来るのだが………。
「もしかしたらお前に適合するモノがあるかもしれん。一度、本部の保管庫で見てみるだけでもどうだ?」
「有難い申し出ですが、お断りさせて下さい。たとえ合う帝具があったとしても逆に今より弱くなってしまうと思います」
まあ、これは建前の理由。
「弱くなる、か」
「私の剣は繊細な技が多いので」
「ふむ、お前がそう言うなら無理強いはすまい。支度の邪魔をして悪かったな」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
本音の方は強くなれるのだとしても使いたくない、といった感じだ。
帝具――帝国初代皇帝によって約1000前に作られた超兵器。素材には超級を含む危険種の様々な部位が使われており、恐らく純粋な人間が使用する事を想定した設計が成されている。ライオネルやインクルシオなどは危険種の因子を直接人体へ送り込んでいるようだし、私みたいな
革命軍本部にはちょっと行ってみたい気もするが、時間を無駄に消費するくらいならアカメの修練を進めておこう。
◇
この日、深夜を待って私とレオーネは次々と標的を襲撃。特に問題は起こらず作戦内容通りに7人の外道を始末した。速やかに仕事を終え合流地点である郊外の隠れ家で待機する。あとはミッションエリアの近いマイン達と合流して撤収するだけだ。
星空を眺めながら待つ事30分。困ったことに予定の時刻を大分過ぎても一向に二人が現れる様子は無い。
マイン&シェーレの担当で厄介そうな標的といえば麻薬組織のボス、チブルだろうか。資料には過剰なまでに用心深い性格の男と書かれていた。
「あいつら遅いなぁ」
軽そうな口調とは裏腹にレオーネの表情が曇る。
「手こずっているんでしょうか?」
「うーん、私と違って任務時間を超過するなんてことは殆どないんだけど………」
「少し様子を見に行って来ます。入れ違いになるといけませんからレオーネさんはここに居てください」
「ああ、頼む」
「………」
私は黒狐の面で顔を隠してチブルの屋敷がある方面へ走りだす。
――何事も無ければ良いんですが………。
しばらくして微かに呼び笛の音が聞こえてきた。発信源はここより600メートルほど離れた地点。チブルの屋敷からは3キロ程の距離にある時計塔広場のようだ。嫌な予感がして走る速度を上げる。幾つか住宅の屋根を踏み越え、笛が鳴った地点まで残り150メートル。
ギョアアアアアアア!!!………突如、特級以上の危険種が発するような不快な雄叫びが響き渡った。物凄く煩い。
――っ!?
雑木林を抜けて残り30メートル。前方に見える広場にはマインとシェーレの他に警備隊の紋章を付けたポニーテールの女性いる。女性は両腕を失い満身創痍の様相で激しい敵意を振り撒いていた。
状況的に考えてチブル暗殺を終え撤退中のマイン達が警備隊員に捕捉されてしまったのだろう。
広場のあちこちに激しい戦闘の跡が見受けられる。そして、全長3メートル程の巨大な怪物の姿があった。形状は不気味な犬のぬいぐるみで、文献の資料によれば生物型という分類の生きた帝具――【魔獣変化 ヘカトンケイル】。それが今まさに大口を開けてシェーレに襲いかかろうとしていた。
――いけないっ!
普通に縮地零式を使ったのでは到底間に合わない。先の事を考える余裕はなく、常時行なっている緻密な身体制御を解除。心臓の脈動数を爆発的に跳ね上げた。
ドクンッ
視界が
鬼神・闘争術 縮地零式 爆
呼吸を吐き、辺りに旋風が巻き起こる程の勢いで超加速。一直線にシェーレのすぐ側へ移動して、ヘカトンケイルの腹下を思いっきり蹴り上げる。勢いよく真上へ飛んでいく巨体。
ギュアッ!?
「なにっ!? コロっ!!」
ポニーテールの女性が驚愕の声をあげた。コロとはヘカトンケイルの名前らしい。
「怪物風情がっ! 私の仲間に手を出してるんじゃありませんよっ!!」
すぐさま常闇と天蓋を抜刀。
鬼神・闘争剣舞
自由落下してきた怪物へ乱れ咲く百連斬を放ち、細かな肉片になるまで斬り刻む。
「………」
飛び散った肉片を見ればブヨブヨと蠢き、
生物型帝具は驚異的な再生能力を持つものの、コアを破壊されると機能停止する。私が赤い球体の片割れを踏み潰すと肉片は完全に動きを止めた。
――間一髪、でしたね。
我流・操身術
脅威の排除後は速やかに操身術を用い、身体に負荷が掛からない程度まで心拍数を制限。その直後、凄まじい疲労感襲われ、五臓六腑に激痛が走る。私の肉体は強靭な筋肉や骨格に反して臓器は常人とあまり変わらない。その為、鬼の血液を循環させると各所に多大な負荷がかかってしまう。
鬼神顕現は体調が万全な時に僅かな時間だけ使う事の出来る切り札にして、諸刃の剣だった。
「キリカさん……来て、くれたんですね。ごふっ!」
糸の切れた人形のように倒れるシェーレ。
「シェーレさん!!」
刀を鞘へ収め、慌ててその身体を支えると胸元から真っ赤な血が溢れ出す。どうやら私が到着する少し前に銃弾か何かで左胸を撃ち抜かれてしまったようだ。
「ぜぇ、ぜぇ……す、すみません」
「もう大丈夫ですから喋らないで」
手早く着物の裾を割いて簡単な止血を施していく。銃創は貫通していて完全に肺をやられている。早急に治療を受けさせなければ危険な状態。
「せ、せっかく……色々、教えて貰ったのに……生かせ、なく、て………」
「私の、私のせいなの!! 私が油断したから」
青白い顔で意識を失うシェーレにすがり付くマイン。彼女自身もあちこち負傷しており、右腕に至っては完全に骨折している。
「ぁ、ぁ、ぁ………いやぁぁぁぁあああ!! コロっ、コロぉぉぉおおお!!」
ヘカトンケイルに余程思い入れがあったのか、子供のように泣きじゃくる警備隊の女性。
「セリュー・ユビキタスっ!」
マインが憎しみの籠った表情でパンプキンの銃口を女性――セリューへ向けようとする。
「駄目です!」
銃身を掴んで標準を逸らす。
「なんで止めるのよ! あいつはシェーレを!」
「警備隊の方は己の職務を果たしているだけで標的じゃありません。それと私の加入条件でもあります」
現時点でセリューによって仲間の命が脅かされているのならともかく、今更彼女を殺したところで意味がない。見たところ大した実力も無いようだし、放置しておいて良いだろう。
「そんな事分かっているわよ! けどっ!」
「あなたはプロの殺し屋なんでしょう? プロが感情に任せて殺しをするんですか?」
「くぅ………」
拳を握りしめて殺意を抑えこむマイン。
「悪のくせに甘いやつ!! コロの敵ぃぃいいいいっ!!!」
ダァンッ
セリューが口腔に仕込まれた銃を発砲。狂弾が私に向かって飛んでくる。
「!?」
これは予想外の攻撃方法。体内に小型の銃が隠されているとは驚いた。しかし、真っ直ぐにしか飛ばない弾丸など、視えていれば当たる方が難しい。無造作に天蓋で弾を斬り落とす。
「なっ!」
「お遊びに付き合っている暇はありません」
足元の小石を拾って軽く投げつけ、セリューの額に直撃させた。
「あぅ!?」
仰向けにひっくり返って昏倒するセリュー。
「………」
シェーレの傷口を固く縛り終え、そっと抱えて立ち上がる。スラム街の医院までは2キロ圏内。
――急がないと。
「不味いわ、応援が来た」
焦りを顕にするマイン。
「あそこだっ!」
「絶対に取り逃がすなっ!」
「セリューっ!! 何処にいるっ!?」
既に市中方面からは呼び笛に導かれた数十人規模の警備隊員が集まって来ている。
「マインさんは予定ルートでの撤退をっ! 私はシェーレさんを先生のところへ連れて行きます」
「私も一緒にっ」
「その怪我では足手まといです」
「っ!」
マインが悔しげに表情を歪めた。
「ごめんなさい。やれるだけの事はしますから」
「シェーレを………お願い」
「………」
しっかり頷いて撤退するマインの姿を見送り、視線の先を警備隊集団へと移す。ざっと観察してみた結果、達人クラスは居ないようだ。現状、私の発揮出来る実力は位階_
烏合の衆相手なら全力を出せなくても問題ない。一旦、正面から警備隊の群れへ突っ込み、接敵直前で90度方向転換。マインが追われないよう注意を引き付けつつ、縮地を連発して一気に距離を引き離す。
「は、速い!?」
「人間一人抱えて、なんで動きだ!」
「何としても捕まえろっ!」
ドタバタと追いかけてくる警備隊員達。
「………」
弱体化していても、彼らより私の方が圧倒的に速い。難なく追跡を振り切り、スラム方面へ向かってひた走る。数分後、病院へたどり着くや否や裏口へ回り扉の金属錠を天蓋にて切断。院内へ忍び込み、人の気配がする寝室らしき部屋をノックした。
「だ、誰だっ!?」
「以前お世話になった者です。夜分遅く申し訳ありません」
狐面を外して扉を開けると、老人医師が寡黙な娘を守るように身構えている。
「ナイトレイド、か。わしの暗殺依頼でも受けたのかね」
「いいえ、違います。仲間を助けてください」
ぐったりした様子のシェーレを見せる。
「っ! これはっ! 直ぐ処置に取り掛かる」
切迫した様子で地下の診察室へ駆け込み設備の用意を整えていく医師と寡黙な女性。私はその間に事情を伝えながらシェーレを診台へ横たわらせた。
「あとは頼みます」
再び狐面を被り、出口へ向かって踵を返す。
「どこへ行く?」
「少々露払いに。ここを発見される訳にはいきませんから」
警備隊には悪いが全員、手足の一本や二本へし折らせて貰おう。
「なら、隅にある人体模型を持っていけ。白布を巻けばそれっぽく見えるだろう」
「あ、なるほど………」
無益な負傷者を量産せずに済む妙案だ。言われた通り布で包んだ人体模型を抱えて外へ出る。
目を閉じて感覚を広げ、周囲の状況を大まかに把握してみると警備隊は私とシェーレを見失った後、分散して2〜3人で捜索活動を行なっていた。
一先ず最も近い場所にいる隊員の所へ行き、敢えて姿をさらして見せる。
「いたぞー!!」
「逃走中の
呼び笛を吹きまくる警備隊員達。
「………」
私はなるべく目立つよう屋根の上を駆け回った。時折、デタラメに飛んでくる銃弾を掻い潜り頃合いを見計らって包囲網を突破、離脱する。
無事、合流地点の隠れ家へ戻るとマインが待っていた。
「シェーレは、シェーレは無事なの?」
「今、先生の治療を受けています」
人体模型を脇に置いて狐面を外す。
「そう………」
「レオーネさんは?」
「今頃、病院周辺の見張りに付いてるはずよ」
「………」
ライオネルの力で獣並みの五感を発揮する彼女がシェーレと先生の守りについてくれたのなら一安心だ。
――疲れたぁ
気を抜いた途端、意識しないよう努めていた激痛と疲労感が一気に押し寄せてくる。クラッと目眩がして家の柱へ身体を預けズルズル座り込んでしまう。
「ねぇ、どうして人体模型なんか、って! ちょっとキリカ。大丈夫!?」
「………少し、疲れてしまって」
「酷い熱じゃないっ!」
冷んやりした手の平を額に当ててくるマイン。
「眠れば治りますからご心配なく。何かあったら叩き、起こして……くだ、さ………」
――やれるだけの事はした筈です。あとは………
シェーレが助かるかどうかは本人の体力と先生の腕前次第。
私は無事に命を繋いでくれるよう祈りながら意識を手放した。
解説。
実は、シェーレなんですけど、キリちゃんの鍛錬を受けた事で原作より僅かに実力が上がっています。その結果、セリューが呼び笛を吹いた後、追い詰められてコロの奥の手を使うまでの時間が短くなっています。
原作だとコロがシェーレに齧り付いた直後に警備隊の応援が来ていますが、本作だと手当をしたりセリューに石をぶつけたりしている時間的余裕があります。