―神道家―
時刻は朝。小鳥達の囀りがとある住宅街に響き渡り、その中にある一つの家……あからさまに貧乏と分かるボロボロの家のある部屋では、一人の青年が規則正しい寝息を立てながら眠っていた。その時……
―…………ジジジジジジジジジジジジッ!!―
「……ん……んあぁ……」
ベットのサイドテーブルに置いておいた目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、その音で目覚めた青年はモゾモゾとベットから手を伸ばして目覚ましを止めた。そして青年は寝ぼけた顔で時計を見ると、眠たそうに欠伸をしながらゆっくりとベットから下り、寝間着を脱いで学校指定の制服へと着替えていき、鞄を持って2階から1階へと下りると居間に入っていった。
「ふわぁ……おはよ~……」
「――あ、お兄ちゃんおはよう」
制服姿の青年……この家の長男である神道拓斗が居間に入ると、テーブルに料理を運ぶセーラー服を着た中学生くらいの少女の姿があった。拓斗は目を擦り欠伸をしながら少女に挨拶をする。
「うん、おはよう紗奈……って、あれ?母さんは?」
「お母さんなら仕事があるからって、朝ごはんを作ってすぐ出掛けたよ?」
「ホントに?母さん、ちゃんと食べてから仕事に行けって何時も言ってるのになぁ……」
「それなら大丈夫だよ。私がおにぎり作って渡しておいたし、バスの中で食べるって言ってたから。私達も早く食べよう?」
淡々とした口調でおかずを盛り付けた皿を見せながら早く食べようと促す紗奈。拓斗は相変わらずの妹の姿に苦笑いしながら頷き、テーブルに着いて二人一緒に朝食を食べていくのだった。
◇◆◆
数十分後……
「紗奈ー、忘れ物ないかー?」
「私は大丈夫ー、お兄ちゃんはー?」
「大丈夫大丈夫、俺は心配ないから」
現在の時刻は7時半。朝食を食べ終えた二人は学校の鞄を手に持ち、互いに忘れ物がないか確認し合いながら玄関で靴を履いていた。そして靴をしっかりと履くと、拓斗は玄関のドアを開けて外に出ようとするが……
「……あ、お兄ちゃんちょっと待って」
「……ん?」
不意に背後から紗奈の静止が投げ掛けられ、拓斗は足を止めて疑問符を浮かべながら振り返った。其処には紗奈が傘立てをゴソゴソと漁ってる姿があり、紗奈は其処から一本の傘、拓斗の傘を取り出して拓斗に差し出した。
「はいこれ」
「?なんで傘?今日は雨降らないって天気予報で言ってた筈だけど?」
「いやいや、お兄ちゃんの場合は例外かなぁーと思って。だって例のアレの事もあるし」
「あー……いや大丈夫大丈夫、そんな漫画みたいな事が起きる筈ないって♪」
だから心配いらないよーと、拓斗が傘を受け取らずに外へと出て道路に踏み込んだ瞬間……
―バシャアァァァァァァッ!!―
「オブゥッ?!」
「……あ……」
……道路に出た瞬間、それと同時に猛スピードで走ってきたトラックが拓斗の前の水溜まりの上を走っていき、そのまま大量の水が跳ねて拓斗の顔面に直撃したのであった。トラックは何事もなかったかのように走り去り、後に残されたのは家の前でびしょびしょになった神道拓斗の姿だけ。そんな兄の姿を見た妹は……
「……取りあえず、タオル持ってこようか?」
「……えと……お願いします……」
最早見慣れた光景に物怖じせず、無反応のまま脱衣場へタオルを取りに行く妹に拓斗もただただ頭を下げるのであった。
◆◇◆
―――不幸体質。生まれながらにして拓斗が持つ特殊体質がそれだ。幼少期の頃から様々な不幸に見舞われ、その殆どが、今こうして生きていられるのが不思議と言える程の物ばかりだ。時にはコンビニに行っただけなのに、いきなり強盗が押し入ってきたり、時にはただ自転車で道路を走ってただけなのに、ブレーキが壊れてて橋から落っこちたりなど。そういった不幸に見舞われるのが日常と化しており、その被害を受けてばかりの青年はというと……
「――いやはや、今日も相変わらずの不幸日和だねぇ」
……妹から貰ったタオルで顔を拭き、学校までの通学路を歩きながら呑気に笑っていたりする。因みに紗奈とは通学路が別な為、家の前で別れてそのまま学校に向かっていった。
「はてさて、今日は何が起きるかな?昨日は下着泥棒に間違われて警察に追いかけ回されたし、一昨日は配達の途中でトラックに跳ねられたし、この前はドーベルマンやら秋田犬やら色んな犬達に噛まれて全身歯形だらけにされたし……うーん……」
……普通に言う事じゃないと誰もが思うかもしれないが、この男にとっては既に日常の一環として受け入れられているのだ。まあ此処まで受け入れられるのも、家族を支えるという大事な役目の為にそう割り切っただけなのだが。そんな拓斗が両腕を組み、今日起きる不幸はどんなものかと考えながら歩いてると……
―……チャリーンッ―
「……ん?」
不意に道を歩いていた拓斗の足先になにかが当たり、拓斗は思考を止めて足元を見下ろした。すると其処には一枚のコイン……金色のメダルのような物が落ちていた。
「?これって、メダル?」
思わず疑問を口にし、拓斗は腰を折って金色のメダルを手に取ってそれを眺めていく。メダルの表面は赤く塗り潰され、その中心には鷹と思われる鳥の絵が描かれている。ゲームセンターか何かで使うコインだろうか?と適当に考える拓斗は、暫くそのメダルを眺めると……
「――ま、学校帰りに交番にでも届けますかね」
と適当に結論付け、メダルをポケットに仕舞い学校に向かうべく走り出すが、その道中、道に落ちてた空き缶がつま先に当たり、空き缶はそのままつま先に当たった衝撃で宙を飛び……
―パコォンッ!―
「…………あ?」
「……あ……」
…………そのまま拓斗の数メートル先ぐらい前を歩いていたガラの悪そうな生徒さん達の一人に当たってしまったのであった。
『………………』
「…………」
互いに無言。拓斗は思わず足をちょっと上げたまま固まり、不良さん達は無言で地面に落ちた空き缶と拓斗を交互に見ている。
――――――んで……
「待てやゴラアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉやっぱりこうなっちゃうのねえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ?!!!!!!」
……ただ今絶賛不良さん達に追われているのでありました、まる。
「あのすみませぇーーんっ!!これから学校行かないといけないので此処は穏便に済ませてもらえないでしょうかぁーーーっ?!」
「ざけんなぁっ!!人様に缶ぶつけておいて穏便も糞もねぇんだよっ!!」
「取りあえずテメェの有り金全部置いていったら許してやるから止まれやゴラァッ!!!!」
「素敵な名案をありがとう!!だがしかぁし!!此処で有り金を出したら昼休みの購買で激ウマ焼きそばパンが買えないのでそれは断ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁるっ!!!!!」
毎日三食は大事なのだよふははははははははは!!!とヤケクソ気味に笑いながら全力疾走し、そのまま曲がり角を駆ける拓斗。それを見た不良達も曲がり角を曲がって拓斗を追跡しようとするが……
「……?!き、消えた?!」
曲がり角を曲がった瞬間、其処には拓斗の姿が何処にもなく忽然と消えていたのだ。不良達はそれを見て慌てて辺りを見渡し、拓斗の姿を探していく。この道は一本道で、周りは塀に囲まれてるから他に道はない筈なのだが……
「くそっ!おい野郎を探せ!!」
「まだ遠くには行ってない筈だ!探せ探せーー!!」
あくまでも逃がすつもりはないらしく、執拗に拓斗を見付けようと二手に別れて散っていく不良達。そしてその場に誰もいなくなると……
「――アイタタタタッ……まさかマンホールに落ちるなんて……幸運なのか不幸なのか……」
道の真ん中にあるマンホールの穴からひょいっとボロボロになった拓斗が苦笑いしながら顔を出し、穴から上半身だけ出してくたびれたようにグッタリとうなだれてしまった。その影では……
「―――あいつか……私のメダルを持ってるのは……」
一人の少女が物陰に佇み、うなだれる拓斗をジッと見つめていたのだった。