異世界キャメロット   作:粗茶Returnees

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そして始まる

 

 鮮やかに、凛々しく咲き誇る花たち。視界いっぱいに広がるその花畑に足を踏み入れる者が2人。

 1人は白い装束を身に纏い、フードを深く被っている。常に笑みの絶えぬ美しきその顔は、足元に広がる花たちにしか見えないだろう。もう1人はどこにでもいるような村娘。露出されたその細い腕は、少女が健康的なことを証している。

 彼女らの視線の先には、幻想的な花畑の中心に立つ杖がある。一考すると不相応に思えるものの、一見ではそれに疑問を抱けない。

 そこにあるのが相応しいと言わんばかりで。

 そこにあることですっかりと一景になっていて。

 

 けれどやはり、「杖がそこにあるのはおかしい」と穿って見ると、その幻想的な景色が崩れて見えることだろう。

 

「これが選定の杖……」

 

「それを抜けば、キミはもうただの村娘には戻れなくなる」

 

 花が唄うような声だった。フードを被っている者の声。それは耳障りがよく、魅惑的だ。

 彼女は予言者マーリン。千里眼を持ち、少女がいずれブリテンを導くと識っている賢者。

 彼女は識っている。少女がその杖を抜くことを。

 彼女は識っている。少女が賢い人間であると。

 ブリテンの現状の悲惨さ。押し寄せている問題とその先。

 村娘として生きようとも、少女は王になれる存在だ。国を憂える存在だ。少女はブリテンのために立ち上がる。

 それらを判っていて尚、マーリンは最終確認を取った。予言で知る未来など面白くない。今を生きる人間が、その場その場で選択する瞬間の方が見たい。

 だから問う。これは一種の様式美でもあるが。

 

「アルトリア。それでもキミは、その杖を取るかい?」

 

「マーリンマーリン。思ったより杖が軽いです」

 

「空気を読んでほしいな」

 

「マーリンマーリン。杖を抜いたら男の子が釣れました」

 

「それは興味深いことだね」

 

 アルトリアと呼ばれた少女は、土の中から釣れた少年に目を丸くし、その一方で奇怪的な現象に瞳を輝かせていた。まるで買い物をしたらおまけでお菓子を貰った子供のように。

 その後ろで、マーリンはフードの中で変わらずいつもと同じ笑みを浮かべていた。

 

「マーリン。この方、どうしましょうか」

 

「起きるのを待つか起こすか。いろいろと聞いてみたいものだね」

 

「なぜ土の中にいたかですか?」

 

「それもあるけれど、その前にアルトリア。その子を横にしてあげなさい」

 

 アルトリアの身長は154cm。選定の杖を抜き、少年を発見したはいいものの、少年の半身は未だに土の中だ。より正確には肩から下が土の中であり、杖を掴んでいる左手だけが例外だ。

 少年の意識はなく、アルトリアは少年の手を握って引っこ抜く。

 

「自分より身長の高い方を引き抜くのは、さすがに苦労しますね」

 

「まず人を土から引き抜くという経験は稀有だろう」

 

「年は私とあまり変わらなさそうですね」

 

「年は、ね」

 

「むっ。私だってもう少し身長が伸びますよ! えぇ!」

 

 小柄であることを気にしているようで、アルトリアはマーリンに噛みつく。マーリンはそれを聞き流し、人ならざるその瞳で少年を隅々まで観察する。

 

「見てごらんアルトリア。この服装。私ですら見たことがないものだよ」

 

「てっきり都の服装かと」

 

「それならここまでカジュアルじゃないさ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 マーリンの言葉を受けてアルトリアはハッとする。言われてみれば、たしかに少年の服は一切土汚れがなかった。何かの加護が働いているわけでもなく、何かの魔術でそうなってるようにも見えない。

 

「呼吸はしてるね。土の中にいて意識もなかったのにどういうことなのやら」

 

「マーリンの"眼"でも見えなかったのですか?」

 

「そうだね。キミが引き抜くまでわからなかった」

 

「……ひとまず起こしましょうか」

 

 アルトリアの言葉に同意し、マーリンは持っていた杖の先を少年の額に当てる。彼女の瞳と同じ色の光が溢れ、次の瞬間には少年が飛び起きた。汗という汗を大量に流し、顔色は悪くなっていた。いったい何をしたのだとアルトリアは半眼でマーリンを咎め、当の本人は何事もなかったように変わらず微笑んでいる。

 

「誰!? ここどこ!?」

 

「おや記憶喪失かい?」

 

「記憶はあるよ! 俺はノア・ヴェンダー。ホテルで寝ていたはずなんだけど」

 

「ホテル?」

 

「なんなのここ。すごい綺麗な場所だけど。その格好は何? 劇の練習か何か?」

 

「混乱するのも無理はない。私たちもヴェンダーくんの存在に困惑していたところだからね」

 

「ヴェンダーさん初めまして。アルトリア・ペンドラゴンです。胡散臭い彼女はマーリン」

 

「綺麗なお姉さんと紹介してほしいね」

 

「マーリン??」

 

 フードを外し、マーリンがその素顔を晒す。美しいという言葉は彼女のためにあるのだと言わせる美貌。それは数多の男を魅了させるものであり、時に妖女と呼ばれる要因でもある。自身の魅力を自覚して誘惑もしてくるのだから、つける薬はないのだろう。

 ノアもまたその美しさに目を奪われ、しかしマーリンという名前を聞いて訝しんだ。初対面だというのに名前を聞いただけで苦々しい顔をする。私も有名になってしまったかとマーリンは愉快げだ。

 

()()()()()()()()()()()()

 

「いえご覧の通りマーリンは女です。人ならざる者ですが。……どうかされました?」

 

「ペンドラゴンさん?」

 

「はい。アルトリア・ペンドラゴンです」

 

「どゆこと?」

 

「? 何がでしょう?」

 

 謎が謎を呼ぶ。ノアは理解が追いつかず首を傾げ、話が見えないアルトリアも同じように首を傾げた。

 この状況でもペースが崩されないのはマーリンぐらいのもので、ノアの言動を元に仮説を立てた。それの検証も兼ね、ノアから話を聞いていく。

 

 ノア・ヴェンダーは西暦2012年から来た少年だ。しかし魔術師ではない。魔術があることを知らずに生きる一般人だ。いたって普通の少年で好きなスポーツはサッカー。得意な科目は数学。趣味は遺跡探索。歴史の成績は良くないが、訪れた遺跡に関連することだけは詳しい。

 そんな彼は、休日を利用してその日も遺跡探索した。アーサー王の居城だったとされるキャメロット。その遺跡に訪れ、一番近いホテルに泊まった。そして起きたらここにいた。

 

「面白いね。つまりヴェンダーくんは、異世界に来たというわけだ」

 

「何言ってるかわからないです先生」

 

「素直でよろしい。けれどこれは事実だ。キミの世界ではアーサー王は選定の剣を抜いたとされている。ここはそうじゃない。私もそちらだと男らしいけど、私は女だからね」

 

「異世界ってそんな非科学的な!」

 

「魔術はあるさ。キミが知らなかっただけでね。それに、キミがこうしてここに来たことがそれを証明している。魔術を知らないキミが、どうやってここに辿り着いたのかは私にもわからないけれど」

 

「そんな……どうやって戻れば……。畜生……オリンピックのチケットも取れたのに……。生マール見れるはずだったのに!」

 

「なんの事か分かりませんが、まだ見れなくなったと決まったわけではありませんよ?」

 

 その場に膝から崩れ落ちたノア少年の肩に、アルトリアがそっと手を置いて慰める。

 

「もしかしたら、戻れた時に時間は経っていないのかもしれません。だって、寝て起きたらここだったのでしょう? 夢みたいな感じかもしれないじゃないですか! ねっ、マーリン」

 

「それはどうだろうね」

 

「ねっ、マーリン」

 

「……可能性はゼロではないだろうね」

 

「夢、か……。じゃあ叩けば分かるよな」

 

「はい!」

 

 笑顔で肯定したアルトリアが素早く立ち上がり、選定の杖で素振りを始める。

 

「ペンドラゴンさんペンドラゴンさん」

 

「はい。アルトリア・ペンドラゴンです」

 

「その素振りはなんですか?」

 

「私が叩いてあげようかと。やはり頬でしょうか?」

 

「骨折れて死ぬわ!」

 

 大リーガーよろしく豪快に風を切る音が鳴る。その華奢な体のどこにそれだけの力があるのか。そして平手打ちではなく杖で殴るというその発想はどこから来るのか。ノアは問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

 しかし近づけない。近づけば自ら杖バットの餌食となってしまう。放っておいてもそうなってしまう。

 

「マーリンさんマーリンさん」

 

「止めてほしいのかな?」

 

「話が早くて助かります。お願いします!」

 

「取引と行こうか。私が止める代わりに、ヴェンダーくんには今後私の研究材料になってもらう」

 

「はい! え? 待って今変なの聞こえた!」

 

「よぉし言質は取った!」

 

「この人でなし!!」

 

 

 

□□□□

 

 

 

「そんなこともありましたね」

 

「うん。俺はいつ戻れるんだろうね?」

 

「聖杯を見つければあるいは。マーリンはそう言ってましたね」

 

「万能の願望機、か。何回説明聞いても胡散臭くて信じられないんだよなー」

 

「魔術を知る者と知らぬ者の違いなんでしょうね」

 

 科学の台頭。そして発展。証拠というものはその大半が、"科学的根拠"に基づくものを前提に扱われる。確かなデータ。数値。魔術とは相性が悪いのだろう。たとえ魔術的根拠があり、筋が通っているのだとしても。科学に染まってしまうと「魔術」という言葉の響きだけで胡散臭く聞こえてしまう。

 聖杯などその最たるものだ。

 けれど、その最たるものだとしても、そこに可能性があるのなら。そう思ってしまうのが人の性だ。

 

「ところでアルトリア」

 

「なんですかノア」

 

「杖が俺の方に向いてる気がするんだけど」

 

「誰かで試さないと効果が確認できないですし」

 

「何やる気だよ! 黙ってやろうとするなよ!」

 

「だって言ったらノアが逃げるから!」

 

「人体実験は非倫理的だろ! 前科を考えろ!」

 

 アルトリアは魔術の研究が好きだ。そして少年のように野原を駆け回ったりする実践派の魔術師だ。そんな彼女の目の前に、都合のいい相手がいる。ノアで試そうとするのは必然のこと。アルトリアの中ではそう完結していた。

 しかしこれまでの経験上、碌な目にあったことがないというのがノアの談である。魔術への理解の差。それが2人の認識にズレを生じさせる。魔術的からすれば生易しいものだとしても、一般人たるノアからすれば怖くて危険なものに思えるのだ。

 ノアはアルトリアの工房を飛び出し、庭を駆けていく。それをアルトリアが追いかけ、その姿を見た者たちは「またか」と生温かい視線を送ってその場を後にする。

 2人を見る者がいなくなった頃には、ノアはアルトリアに捕まって組み伏せられていた。

 

「安心してください。私失敗しないので」

 

「たしかにアルトリアはこれまで失敗してないよ?」

 

「そうでしょう。ですから今回も──」

 

「段々エスカレートするのが嫌なんだよ」

 

「そこはノアが止めてくれたらいいのです!」

 

「大丈夫大丈夫とか言って聞かないのはどこの誰かな!」

 

 にっこりと年頃の少女らしい笑みを固定したアルトリアが、ブリキ人形のように動いてマーリンの私室の方向を指差す。

 その事には激しく同意できる。アルトリア以上にノアを使()()のはマーリンだ。同じ魔術的であるアルトリアでも、それはどうだろうかと思うことをやっちゃってる。

 とはいえ、それとこれとは別なのである。

 

「仕方ありませんね。では少し変えます。マーリンには向いてないと言われているものですが、治癒魔術の練習に付き合ってください」

 

「それならまぁ。ていうか向いてないんだ」

 

「ええ。そもそも戦いは強ければ勝ちますし、それならもっと強くなるように支援してしまえば治癒魔術も必要ないですからね」

 

「向いてないって思想の方だったかー」

 

 この子は脳筋でしょうか。はい、脳筋です。

 ブリテンの8割強は脳筋です。

 

「それなら治癒魔術の練習っていらなくね?」

 

「できて困る魔術ではないですから」

 

「それもそうか」

 

「はい。それに、必要そうな人は近くにいますから」

 

「よく怪我する騎士とか? 円卓にそんな人いなさそうだけどな」

 

「……円卓の騎士たちは問題ないでしょうね」

 

 王都キャメロット。ユーサー・ペンドラゴンはまだ存命であり、だからアルトリアはここでもまだ魔術の研究ができている。

 ノアが祖母から聞かされた『アーサー王物語』とは違うが、異世界なのだから当て嵌まらないことも多いだろうと納得している。マーリンに聞かされているのは、ユーサーの命が尽きるのは近いということ。次の王の君臨はそう遠くない。

 

 ノアはマーリンの客人ということで迎え入れられており、自由に行動することはできないが、不自由を感じているわけでもない。アルトリアともこうして過ごせているのがその証拠だ。

 彼も円卓の騎士たちとは一応面識がある。その騎士たちの存在により、異世界という認識が強くなったものだ。

 例えばアーサー王の甥であるはずのガウェイン卿。既に円卓の騎士である。

 

「円卓の騎士ではない人で、必要そうな人がいるんです」

 

「そっか。アルトリアに想ってもらえてるなら、そいつは幸せ者だな」

 

「……そうだといいですね」

 

 ノアは知っている。この世界のアーサー王が隣にいるアルトリアにあたることを。

 ノアは知っている。アーサー王が結婚することを。

 ノアは考えている。アルトリアが想う相手はそれにあたる誰かだと。

 誰か騎士なのだろうか。それとも騎士ではない貴族だろうか。

 治癒魔術が必要そうなら、きっと騎士ではない貴族の誰かだろう。

 

 そう考えていると、うつ伏せの状態から半回転させられて仰向けになる。お腹の上にはアルトリアがちょこんと座り、腰に携えていた護身用の短剣を抜いた。

 それを見てノアは戦慄する。アルトリアが刃物の扱いに疎いと知っているから。剣を使わないのは、すっぽ抜けて自分の足に刺さったりするのが嫌だからである。それは短剣でも同じ。一応持っているだけで、本人もあまり好きじゃないのだ。

 

「アルトリアさんアルトリアさん」

 

「はい。アルトリアです」

 

「その短剣は何かな?」

 

「治癒魔術の行使ですよ? 効果をわかりやすくするためには少しくらい傷を負ってもらわないと」

 

「それが無くてもこう、疲労が回復するとかさぁ! なんか他の方法あるだろ!」

 

「大丈夫ですよ。力を抜いてください。痛いのは最初だけですから。すぐに気持ち良くなりますから」

 

「お前それわざと言ってる!? 絶対他の奴にはそういうの言うなよ!」

 

「え? あ、はい。ノアにだけ言いますね!」

 

「なんで嬉しそうにするかなぁ……」

 

 何度も言われたいセリフではない。正直に言ってしまえば二度とごめんである。痛いのは嫌なのだ。

 結局先に傷を作ってからの治療というやり方は有耶無耶になり、アルトリアは少し残念そうにしながらもノアに魔術を行使する。

 一応断っておくが、アルトリアは好んで誰かを傷つけたいのではない。平和が大好きな少女だ。ただ、ちょっと魔術が絡み出すとネジがおかしくなるだけで。魔術師らしいとは言えるだろうが。

 

 魔術の行使を終え、アルトリアはノアから退いてそわそわと落ち着かない様子で彼を窺う。

 上体を起こしたノアは、手をグーパーと開いては閉じ、肩を動かして体の調子を確認する。その表情は戸惑いもあり、現時点ではアルトリアは判断ができなかった。やがて動きを止めたノアが、爽やかな笑みを浮かべてアルトリアに頷いた。

 

「すごいよアルトリア。体がだいぶ軽くなった!」

 

「本当ですか? よかった~。ノアはマーリンに振り回されて大変そうでしたから。こっそり練習していた甲斐がありました」

 

「そこまで気にかけてくれなくてもいいのに」

 

「いえ。ノアは私の()()()()()ですから」

 

「ははは、そりゃ光栄だ」

 

 庭に広がる緑の上で向き合い、笑い合う。

 それはまさしくアルトリアの言ったように「友人」の在り方。

 彼女は彼の笑顔を慈しむように微笑み返し、それを目に焼き付けるように見つめる。

 

 あぁそうだ。

 ノアは大切な友人だ。

 

 だからこそ──彼を遠ざけないといけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 ノア・ヴェンダーはマーリンの客人という扱いだ。それはキャメロットにいる者たちへの説明であり、アルトリアとは少し違う取り決めをしていた。

 

「アルトリアが王になる。その日まではアルトリアにキミを貸し出す。それ以降は私の所有となる」

 

「俺に人権の欠片もねぇ。いや、ないのは決定権か」

 

「私はキミに興味があるんだよ。私の"眼"でも見れなかった存在だ。未だにここに来れた理由は不明。何がノア・ヴェンダーをここに寄越したのか。キミがここに来た意味はいったい何なのか。魔術師でもないキミが」

 

「俺も知りたいぐらいだけどな。帰り方が分かるかもしれないから」

 

「聖杯。現段階で最も可能性のあるモノはあれだ」

 

 戻るにしても、魔術の素養がないノアが扱えるわけもない。ただ願いを言うだけでいいのなら簡単だ。しかし起動が必要になる。マナが豊潤なこの時代なら起動だけでいいのだが、その起動すらノアにはできない。

 ノアが頼める相手としては、王となったアルトリアを除けばこのマーリンだけ。

 

 そしてこのマーリンがそれを起動させるわけがない。

 

 マーリンはそんな終わりを見たいわけじゃない。

 彼がここに来たことに理由があるはずで。

 それが何かを見たい。

 この世界で何を成していくのかを見たい。

 

(たとえ魔術が扱えないのだとしても。たとえ騎士の如く戦えないのだとしても。それでも、彼がここでどんな取捨選択をしていくのか)

 

 それが、マーリンがノアを見捨てない理由だ。個人に執着を持たないこの非人間が、1人を見捨てないのは本来考えられない。

 人間が好きではあれど、人間を思うままに動かしたいのではない。人間の人間らしい営みを見ていたい。特等席につきたがる観客というわけだ。

 ノアが魔術師だったら、きっとマーリンはアルトリアに丸投げした。異世界の未来の人間であれど、魔術師であれば特に面白みを感じなかったことだろう。

 

 ノアはそうじゃない。異世界の未来を生きていたただの少年だ。だからこそ、その選択を見たくなるのだ。特別でも何でもないから。

 

「ヴェンダーくんの面白いところは他にもあるんだけどね」

 

「なんだよ急に。マーリンにそう言われても何1つ嬉しくないぞ」

 

「寂しいことを言わないでほしいね。私はキミに興味があるというのに」

 

 マーリンの部屋にて、数多の男を魅了する美貌を存分に使う彼女が、魅惑的な視線を浮かべてノアとの距離を詰める。吐息がかかるほどに近づく。人ならざる者の証たる白き髪が彼の頬に触れる。脳が蕩けるほどの薫り。

 これが誘惑でないなど誰が言えようか。

 完成美たる彼女を誰が無視できようか。

 

 

「でもマーリンだしなぁ」

 

 

 それをやるのがノアだった。ひょっとしたら、マーリンがほんの少しだけノアを特別にするのは、一度も彼が靡かないからかもしれない。

 ノアが2000年代の人間じゃなかったら、マーリンの誘惑に耐えられなかっただろう。ありがとうジャパンアニメーション。

 しかしそれはIFの話。彼が生きる時代では、これでも靡かない人間がそこそこいる。

 

「やれやれ。私は綺麗なお姉さんだというのに」

 

「だって夢魔じゃん」

 

「逆に滾らないのかい? 人間じゃないからノーカンだよ?」

 

「その誘い文句で喜ぶのはOTAKUだぞ」

 

「なんだいそれは? 誰かの名前かな?」

 

「細かいことは俺も知らないけど、極東の島国の人間の蔑称らしい」

 

「へ~。ふふっ、やはりキミの話は面白い」

 

 誤解と偏見が入っているのはどうしようもないが、マーリンもそれを踏まえて話を聞いている。

 マーリンはノアをベッドに座らせ、その隣に自身も腰掛ける。

 人ならざる者であるマーリンに寿命の概念はない。そしてブリテンの宮廷魔術師をしているからと言って、ずっとブリテンにつくわけでもない。今ブリテンにいるのは、ひとえにアルトリアがいるからだろう。

 彼女が導くブリテンが、この時代の中で最も見応えがある。それだけだ。

 

 そんなマーリンが相手だからこそ、ノアは自分の世界の話ができた。マーリンはそれに影響されない。未来の話を聞いて現代でどうこうしようとは思わない。

 何より彼女が一番聞きたいのは、彼自身が見聞きしてきたものなのだから。

 

「さぁ今夜も聞かせておくれ。キミの、ノア・ヴェンダーだけの物語を」

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 ブリテンの興亡は知っていたのに。異世界ならあるいはと望んでいた。

 それは叶わぬ願いだ。滅びぬ国はない。時代の流れに取り込まれるのは、どんな世界であれ歴史が証明している。それを耐えるものがあるとすれば、それは世界から切除された世界だろう。

 なんにせよ、アルトリア・ペンドラゴンが治めるブリテンは、『アーサー王物語』との相違点があろうとも同じ結末を迎えようとしていた。

 

「行くのかい?」

 

「行っても行かなくても、たぶん結末は変わらないんだろう。けど、可能性があるのならそこに掛けてみる」

 

「私の支援は届かない。キミを送り届けるのが限度だろう」

 

「ありがとうマーリン」

 

「礼を言われることでもないさ」

 

「これまでのことも含めてだよ。マーリンのおかげで今までこの世界で生きてこられた」

 

「おやおや、死にに行く気なのかな?」

 

「っ! ははっ、最後かもしれないって思ったら、ね」

 

 2つに別れたブリテン。両者が激突すれば、それ即ちブリテンの滅び。

 そこに行ったとして何かできるのか。あるいは。

 マーリンが魔術の行使に入る。ノアに防護をかけ、人間ロケットよろしくぶっ放すために。

 

「マーリンはすぐに人を誘惑するし、ドライだし冷血だし、やっぱ人じゃないんだなぁって何度も思わされた」

 

 実際そうだからね。

 呪文の詠唱のために言葉でそう返すことはできない。マーリンはいつものと同じ花のような笑みを浮かべたまま、目で言葉を返す。

 

「でも、マーリンは優しいよ」

 

 そんな事はないだろう。

 本当に人の言う優しい存在なら、ブリテンから離れたりしなかった。ランスロットとギネヴィアの情愛も、事が大きくなる前に指摘した。今まさに起きてるモードレットの反乱だって。

 知っていたこと。予見できたことを見逃した。それは「優しい存在」足り得ないものだ。

 

「ギネヴィアさんのは……まぁ、ほら、アルトリアが、ねぇ?」

 

 苦々しく笑うノアに対して、やはりマーリンは変わらぬ笑みだった。

 詠唱が終わり、ほんの僅かな時間に彼女は彼の唇を奪った。何年も共に過ごしながらできなかったことを、最後に(いま)

 

「行ってくるといい。ノア・ヴェンダー」

 

「ああ。──マーリン」

 

 飛び立つ間際に紡がれた言葉。

 

「……キミは私よりズルい奴だ」

 

 それを聞いてなお、マーリンの笑みは変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ブリテンの王、アルトリア・ペンドラゴン。彼女が率いる軍勢はカムランに到着し、叛逆の騎士モードレッドの率いる軍勢と相対していた。

 その両軍が向かい合う中間地点に、人間ロケットことノア・ヴェンダーが着弾した。その衝撃に着弾地点は抉れ、土埃が衝撃波と共に両軍に広がっていく。

 それが晴れた頃には、ノアがアルトリア軍の方へと近づいていた。彼の存在を知らない一般兵たちは剣を構え、しかしそれをガウェイン卿が止める。彼は敵軍に注意しながら、ノアの下へと歩み寄った。

 

「ヴェンダー殿。なぜこのような地に」

 

「アルトリアに会いに」

 

「今すぐ立ち去ってください。王がなぜあなたを遠ざけたと思っているのですか。王はあなたを──」

 

「知ってる。けど、たとえアルトリアが王になろうと、()()姿()になろうと。アルトリアはアルトリアだから」

 

「それを分かっておきながら……!」

 

「ノア・ヴェンダー。疾く去りなさない」

 

「アルトリア」

 

 ガウェインであれ、誰であれノアを説得することはできない。可能性があるのは、それこそアルトリアだけだ。

 だからアルトリアは、モードレッドが口火を切る前にノアを逃がすためにここまで来た。王としての正装。王の証たる王冠。一介の村娘の時とは違い、王としての風格を持っている。凛としたその姿は、別人とすら思えることだろう。

 

「戦争を始めないでくれ。戦う以外に落とし所があるはずだ!」

 

「何を言っているのですか。もう始まってしまったのです。サー・アグラヴェインを始め、何名もの騎士が既に討たれた。それを犯した賊を討たねばならないのです!」

 

「ブリテンを二分にしてるんだぞ! 互角の軍をぶつけたら、勝敗なんて関係なく国が滅ぶ! 国を護るために王になったんじゃないのか!」

 

「っ! しかし彼らを野放しにしても国が滅びます! 戦うしかないのです!」

 

「何かあるはずだ! 国を生かせるやり方が!」

 

「そんなものがあれば、とうにそれを選んでます……!」

 

 誰しもが、国を滅ぼしたくて戦っているのではない。国を護りたくて戦っているのだ。だが皮肉なことに、戦いをすれば滅びの道を辿ってしまう。

 仮に敵軍を放置すればどうなるか。国は乗っ取られる。それは一種の滅びに等しい。

 ならばいったいどうすればいいのか。

 アルトリアだって、ここに来るまでの間にそれをずっと考えていた。何かないかと。しかし見つからない。答えの出ぬままに、戦場についてしまった。

 もう、道は1つだ。

 

「アルトリア!」 

 

 ノアの声に引かれる。彼の目はいつになく真剣で、いつになく力強いものだ。

 

「一緒に探そう。モードレッドの本当の望みが判れば、道が見えてくるはずだ」

 

 いつもと違う目。

 けれど、王になる前に共に過ごした記憶と違わぬ目だ。

 

「……ノアとマーリンくらいですよ。ずっと私をアルトリアと呼ぶのは」

 

 王としてのアルトリア。けれど元はただの村娘で、魔術の研究に明け暮れたアルトリアなのだ。それが残っている。

 その一面が表れ、柔和な笑みが溢れた。

 彼となら、何かできるかもしれない。不思議とそう思わされる。

 

 

 そんなアルトリアの顔に、彼の鮮血が飛び散った。

 

 

「…………え?」

 

「……かっ……」

 

「ヴェンダー殿!」

 

 彼の胸を槍が貫いた。どこから飛来してきたかなど言うまでもない。

 倒れていくノアの体をガウェインが支え、怒気を顕にし犯人を睨みつける。

 

「何をゴタゴタ言ってんだ父上」

 

 それが合図だった。モードレッド軍が突撃を始め、それに呼応してアルトリア軍も突撃を始める。

 破滅の戦い。カムランの戦いが今ここに始まった。

 

「アル……トリ、ア……」

 

「……! ノア! ノアしっかり! 大丈夫です。私が治しますから! 私、練習続けてたんですよ? だから……!」

 

「……王。彼はもう……」

 

 頭を振るガウェインに反論するように、アルトリアは何度も左右に首を振った。そんなことはないのだと。彼はこんなとこで死なない。彼をここで死なせたりなんかしない。

 だって彼には、帰るべき場所(世界)があるのだから。

 

「彼の手を」

 

 言われるままにアルトリアは彼の左手を握った。王だろうと変わらない。彼女の手の柔らかさも、温もりも。

 ノアの目は焦点が合っておらず、アルトリアの顔もガウェインの顔も見ていない。彼の視線の先には平和な空が。いや、彼にはそれすら見えていないか。

 自身の頬に落ちてくる滴も、何かは分かっていないのだろう。

 

「あった、かいな……。そこに、いる?」

 

「はい。ここにいます!」

 

「ごめん……。失敗して……。君を、血で汚して……しまっかっ!」

 

「ノア!」

 

 かつて褒めた髪がきっと汚れているだろう。彼は見えないなりに現実を予想し、それを当てていた。

 

「また、きみと…………かっ、た……」

 

 ノアの体から力が抜ける。それが意味するものをアルトリアが知らないわけがない。これまでに多くの同胞が、そしてそれ以上に多くの外敵がそうなったのだから。

 アルトリアは近くにいた兵士を捕まえ、彼を()()()に運ぶように命じた。

 ガウェインはアルトリアに一礼してから前線へと向かう。

 戦いは激化していく。

 だが、それはアルトリア1人の力で戦局を変えることとなるのだった。

 

「モードレッド……。あなたが始めた戦いですからね」

 

 涙は枯れた。

 アルトリアは自身を奮い立たせ、モードレッドの居場所を見抜く。

 

『アルトリアの目。綺麗で好きだなぁ』

 

 そう言ってもらった目で、何度戦争を見据えてきたか。

 どれほどの敵をその目で捉え、屠ってきたか。

 

「終わらせましょう」

 

 アルトリアは所持しているすべての宝剣を、これより放つ魔術のための触媒として利用する。

 

 その名は──。

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖杯というものがあるらしいです。マーリンが言うには、どんな願い事でも叶うのだとか』

 

『なにそのヤベェやつ』

 

『やべー、ですか? 便利だと思いますよ。これがあれば、私の身長がもう少し……いえ何でもないです』

 

『もう言ってるようなもんじゃ……。そいやアルトリア。それくらいの身長だと東の果ての国で受けがいいらしいぞ』

 

『……私は別にそのような方々に好まれたいわけではありません。それより、聖杯があればノアが帰れると思うのですが』

 

『何でも願いが叶うってのが信用できないなぁ。なんか対価がありそう。無償とか信じられない』

 

『あなたの感覚ではそうなるのですね』

 

『アルトリア。聖杯見つけても扱いには注意しろよ。無償の奇跡は都合が良すぎる』

 

『そういうものですか』

 

 

 

 

「たとえそうだとしても、私は──!」

 

 彼女は()()を願い。

 

 

 

「あぁ、そうかアルトリア。君がそれを願ったんだね」

 

 今起こりうるすべてを見通せる彼女は真相を知った。

 

 

 




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