異世界キャメロット   作:粗茶Returnees

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魔術師マーリン

 

 夢魔との混血たるマーリンは、今でこそ王に仕える宮廷魔術師であるが、それはマーリンの主目的ではない。人間ではない彼女は、人間が好きだとしても人間の味方というわけではないのだ。必要であれば助言をし、王の手助けをするものの、それも仕えているからそうするだけ。

 マーリンという存在は基本的に、人間が行動し引き出す"素晴らしいもの"を見たいだけ。有り体に言えば、ハッピーエンドが好みである。この時代ではアルトリア・ペンドラゴンがいるから、特等席たる宮廷魔術師になっているのだ。

 もっとも、それは別世界のマーリンの話。女性であるこの世界のマーリンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。終わりが見たいわけでもなく、かと言って未完が見たいわけでもない。

 言うなれば「完結まで決まっている話を、しかしずっと見ていたい」──人間の感覚で言えば、それが最も近いものだろう。

 

「マーリンってあんま飯食わないよな。夢魔だから?」

 

 そんな彼女が客人という枠組みに入れることで側に置いている人物、ノア・ヴェンダーが自身の朝食を取りながら、正面に座るだけのマーリンに話しかける。

 いつ見ても極上の艶のある白き髪。あっさりと相手を惹かせてしまえる美しき瞳。夢魔であるのだから当然だが、年齢を気にさせない白磁の如き肌。絶やすことなく浮かべる微笑みは、同性すら誘惑するものだ。

 

「そうだね。私はキミたちのような味覚を持たない。それ以外にもいくつかの感覚は人とは違うものだよ」

 

「空腹もないってわけか。年も取らないもんな」

 

「こらっ。女性に年齢の話はデリカシーを欠いているよヴェンダーくん」

 

「マーリンって年齢という概念が当てはまらない気がするんだが」

 

「それとこれとは別さ。私だってレディなんだから」

 

 この夢魔は何を言っているのやら。文字通り永遠の美しさを手にする彼女が、レディとか気にするとは思えない。十中八九、本人はそんなこと気にしていないはずだ。あくまでコミュニケーションの一環。

 しかし、マーリンはろくでなしであっても嘘を言うわけじゃない。胡散臭くても彼女自身の言葉だ。そう考えると、マーリンも女性としての意識があるのかもしれない。

 ノアはそこまで考えて思考を切り捨てた。マーリンという存在について考えるのは、答えのない問題より質が悪く時間の無駄だ。理解の範囲外の存在。それがマーリン。そして綺麗なお姉さんなのだ。

 

「さっき、キミたちのような味覚って言ってたけど、味覚自体がないわけじゃないってこと?」

 

「人間に合わせて言うなら、味覚障害とかかな」

 

 食事をそもそも必要としないのだから、適切な表現を考えたことはなかった。変わらず花やかな笑みでそう言うマーリンに、相槌だけを返す。話を振っておきながらの淡白な返しではない。考え事をしながらの返事だ。

 マーリンもそれを汲み取り、何を考えているのかを聞いてみる。時代が違えば環境も当然違う。何もかも異なる世界で育ったノアの考えは、マーリンにとって道化師の話より楽しめるものなのだ。

 

「どういうやつなら、マーリンが美味しいと思えるのかなって。衣食住を確保してもらってるのに、何も返せないのは忍びないからさ」

 

「そんな事を気にするのかい? キミの時代ではそれが普通なのか、それともキミがそうなのか」

 

「それは俺にも何とも。親の教育ってのもあるし」

 

「なるほどね。お返しが料理というのは?」

 

「俺にできることの限界だよ。料理人ほどの自信もないんだけどな」

 

「あっはははははは。きっと良識的で良心的な人間なんだろうね」

 

「そんな笑うか」

 

「いやぁ、ごめんごめん」

 

 わざとらしく、それでいて見惚れるように笑う。不自然なのに違和感を抱かせない。まさしく非人間というわけだ。

 ノアはそこまでは感じ取れない。マーリンがおかしそうに笑ったとしか分からない。笑ったことで溢れている涙も、それが自然なものだと思っている。

 

「うん。それで構わないよ」

 

「なにが?」

 

「お礼の話さ。キミがそれをやるというのなら、ボクはそれをいただこう。好意は受け取るもの、なんだろう?」

 

「気軽に言ってるけど、これはシェフも唸る難題だな……」

 

「無くても構わないけどね」

 

「まさか。自信作が作れるようになったら提供させてもらう」

 

「気長に待つよ」

 

 マーリンに促され、止めていた食事の手を進める。2012年から来たノアの身からすれば、似た料理があるとどうしても味の劣化と感じてしまう。けれど、その頃にはないもの、この時代であり、()()()()()()だから食べられるものもある。そういう料理は新鮮に感じるし、時代の流れで消えたであろう料理も味わい深いものだ。

 ぶっちゃければ、なんだかんだでこの時代を満喫できているのだとか。それもこれも、マーリンとアルトリアのおかげだが。2人がいなければ、ここまでのものは食べられていないのだから。

 

 場所が宮廷ということもあり、テーブルマナーを意識して食べる。当然物音に気をつけており、会話がないと静かな空間が出来上がるのは必然だった。

 視線を感じる。どこからかは迷わない。当然ながら、目の前にいるマーリンからだ。

 

「キミは静かに食べるよね。緊張してるのかな?」

 

「してると言えばしてるな。マーリンに、じゃなくて宮廷というこの場所に」

 

「普通なキミからすれば無理もないことだね。それなりにここで過ごしてるんだし、慣れていいと思うけど」

 

「慣れないものはあるんだよ」

 

 客人という立場での待遇だって、慣れてはいけないものだと思っている。もてなされることが当たり前だと思わないように、傲慢にならないように意識している。だから、アルトリアやマーリンの工房、あるいは落ち着けるいくつかのスポット以外は、ずっと緊張している。

 これは一種の自己暗示でもあるのだろう。

 この世界に来てからどれほどの時を過ごしたか。アルトリアが田舎からキャメロットへと至る道中から。つまりは彼女が王になる前からこの世界におり、彼女が王になっても、未だに帰り道が見つからずに過ごしている。

 慣れてしまった部分も否めない。元々故国が好きなため、時代と世界が違ってもこの土地に愛着が湧いてくる。居心地の良さすら。

 

「慣れ切ってしまうと……。これが当たり前だと思ってしまうと、()()()()()()()()()()()()()

 

「ボクはいてくれて構わないけどね」

 

「あのな……」

 

「お姉さんはキミなら歓迎するよ」

 

「俺はマーリンをそんなには歓迎しないよ」

 

「酷いなぁ。でも、少しは歓迎してくれるんだ?」

 

「恩があるから」

 

「それ以外の要素は?」

 

「あるとでも?」

 

「あはは、いいね。やはりキミは楽しい」

 

 どういう感性をしているのだろう。

 人間同士でも他人を理解することすら難しいというのに、人間じゃない存在の理解ができるわけもない。マーリンの感性も、価値観も、考え方も。どれもがノアの察せるものじゃない。

 

 それでも、どう頑張っても分かれない相手だからといって、人でもなくろくでなしであるからといって、ノアはマーリンとの接し方をぞんざいにしない。

 味方にですらろくでなしとはっきりと言われ、人の心を持たず寄り添うこともないために酷評され、「宮廷魔術師でなければ」と言われるマーリン相手に。

 しかしノアは普通に接する。無知故の対等に近い距離感。まるで友のような。

 それは、ノアの元来の性格によるところもある。

 

「フランクにいけるのはボクにしても楽なものだ」

 

 食事を取り終え、使用人に感謝を述べ、料理人にも伝えてほしいと言うところまでがセット。料理と味の感想──絶対に褒めるが──を毎回言うため、料理人からしても聞き飽きるものじゃない。

 食事を取っていた部屋を出て、マーリンの隣りを歩く。常に微笑む彼女に楽も何もあるのかと疑うが、1人称の変化がそれを頷かせる。

 

「ボクが本当の意味で誰かに気を使うことなんてないけれど、硬いのは好きじゃなくてね」

 

「そうだろうな」

 

「少しそこで休もうか」

 

 マーリンの下で過ごす日々だが、それはある意味刺激的で、ある意味パターン化されている日々だ。

 彼女はブリテン王国お抱えの魔術師であれど、公務も何もない。必要な時にだけ呼ばれ、必要な助言をするだけ。本人が干渉を最低限にしたがるのと、周囲もまた厄ネタを警戒しているからだ。綺麗でボクっ娘のお姉さんは、トラブルメーカーなのだから。

 それが今、ノア・ヴェンダー1人に降り注いでいる。マーリンの下で過ごす日々というのは、そういうことだ。

 

「ここは華やかだろう?」

 

 王城にある庭。アルトリアと過ごした場所とはまた違う。マーリンの工房に行く通り道からも少し逸れた場所。そこには四季折々の花が咲き誇り、設置されているベンチからそれらを眺めることができる。

 そんな華やかな景色とは打って変わり、情勢は厳しい。大陸から押し寄せる敵。ブリテン島内にも敵はいる。さらには人に害をなす魔獣。外敵は多く、この国は戦争が今も続く。ノアの知る伝承通りなら、異世界でも変わらないのなら、国が滅ぶまで続く戦い。

 それを知らないように咲く花々は、今はまだ澄んでいる空は。国を護れている証なのだろう。

 

「ほらほら、キミもここに座って」

 

 マーリンがベンチに座り、自分の横をトントンと叩いて座るように促す。

 先代の王妃が命じて作られたベンチ。1人でゆったりと座れるような設計だ。詰めて座れば2人で座れなくもないが、密接するのは避けられない。

 

「変な噂流されるのも面倒なんだけどな」

 

「それはキミの時代での話じゃないかい? ボクを知る者たちしかいない場所なんだ。キミの言う変な噂とやらは流れないだろうさ」

 

 話が広まるとすれば「ノア・ヴェンダーがマーリンの被害を一身に受けている」というだけのもの。そしてそれは今さらな話だ。

 それならとノアは腰掛け、少しだけマーリンと距離を開ける。マーリンはそれを見て柔らかく微笑み、ノアの腕を引いて距離を無くさせた。

 

「マ、マーリン!?」

 

「ふふっ、キミでも照れるんだね。ボクに興味がないものだと思っていたよ」

 

「……興味がなくても、こんなことされたら意識ぐらいするって」

 

「かわいいね」

 

「揶揄うなって」

 

 腕に感じる手と女性らしい柔らかさ。わざと当てているとしか思えない胸。腰をも超す長い髪が風に踊り、強く吹けばノアの背や首をくすぐる。花の魔術師を自称するように、彼女からは脳を蕩けさせるような甘い薫りがする。

 赤くなった頬をつつかれ、その手を払っても彼女は変わらず笑みを浮かべている。

 

「……マーリンって一応公私を分けるんだな」

 

「私だって弁える時は弁えるさ。特等席を無くすのは惜しいからね」

 

「特等席ねー。ブリテンの中心ならそうなるか」

 

「うん。アルトリアの統治で一番効果が出るのも、この都だからね」

 

「マーリンってアルトリアを見たいのか? それともブリテン?」

 

「今日は結構聞くんだね。ボクに興味が湧いてきた?」

 

「さてな」

 

 知りたいのはマーリンのことか。それとも彼女の狙いによる影響か。

 マーリンは宝石の如き美しい瞳でノアを見つめ、何を読み取ったのかうっすらと口角を上げる。

 

「ボクが見たいのは人間さ。人の持つ感情は、素晴らしいものを生み出す起因になる。キミなら分かるんじゃないかい? ()()()()()()()()()って」 

 

 マーリンの言っていることは理解できる、かもしれないとノアは思った。創作物が圧倒的に多い時代出身なのだから。

 マーリンはいわば読者だ。彼女にとって世界が1つの作品だ。いや、寿命の概念がないのだから、「1つの時代が1つの物語」と言ったほうが近いか。干渉できる特別な位置にいる読者。編集者……よりは遠い位置なのだろうが。

 

「千里眼持ちだからね。現代のことはなんだって視える。その時代の顛末まで読み解ける。世界が1つの絵に視えるのさ」  

 

「それで、アルトリアが治めるブリテンが1番綺麗だと」

 

「そんなところかな。けれどそこに本来君はいない」

 

 腕を掴んでいた手が離され、マーリンはノアの前に立つ。白く細い両手で彼の頬を包み、視線を合わさせる。鼻が触れ合いそうなところまで詰め、互いの吐息が感じられる。

 

「キミはボクの"眼"には映らない。こうして直接会わないと見えない。ボクはキミを見ていたいんだ。あり得ない存在が何を及ぼすのかをね」

 

「その期待に応えられるかは難しいね」

 

「それはまだわからないだろう? 意味のないイレギュラーなんてないものさ」

 

 魔術すら知らない。特別な素養があるわけでもない。一般人の中の一般人がノア・ヴェンダーだ。そんな彼の役割とは何なのか。

 すべてを見通せるマーリンにも視えず、本人にすら判らない。

 

 

 工房でやることと言えば、魔術師なら研究だろう。けれど、マーリンほどの魔術師となると日々研究に没頭するわけじゃない。彼女の主目的だって研究じゃない。アルトリアなら喜んで研究に明け暮れるだろうが。

 そんな彼女は、ノアをキャメロットに連れてきてからは彼の体を調べていた。どうやって来たのか。土の中でなぜ生きていられたのか。そこから出しても一切汚れがなかったのはなぜか。知れば知るほど、調べれば調べるほど謎だらけだ。

 なにせどう調べても、彼はただの一般人なのだから。

 

「今日はどうしようかなー」

 

「服選びみたいな感覚で人の体の弄り方を悩むな」

 

「語弊があるよ。私はいたって真剣だ」

 

「せめて胡散臭さを無くしてくれ」

 

「それは無理な相談だよ」

 

 毎日ノアの体を調べているわけでもない。あらゆる方法で試し、検証し、結果がなければ日を改める。それの繰り返し。そして、ここ1ヶ月ほどは何もしていない。手札が切れてきたのもあるし、別方面の調べ物もあるからだ。

 何もしていないと言えるのは、あくまでノアの感覚での話。何かをしているマーリンの様子を見守る日々を送っているが、その実ちゃっかりマーリンの魔術を仕掛けられている。

 

『マーリン殿。王がお呼びです』

 

「やれやれ。あれぐらい自分たちで解決できるだろうに」

 

「マーリンの視点からの意見が欲しいってことだろ?」

 

「少し空けるけど、アルトリアに何か伝言あるかな?」

 

「休みをちゃんと取れって言っといて」

 

「承った」

 

 ひらひらと手を振って工房を後にするマーリンを見送り、ノアは絶対に捻じ曲げられて伝えられるんだろうなと心の中で確信を抱くのだった。

 

 

 

 結局、マーリンが工房に戻れたのは日が傾いてからだった。円卓の会議自体は滞りなく終わった。後から参加したとしても、マーリンはすべて把握しているため再説明の必要がない。マーリン自身も、どの辺りの意見を求められるかを予測しているため、円滑どころか速攻で用件を片付けられる。

 けれどそこからが長かった。

 そしてそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 即ち、ノア・ヴェンダーについてである。

 

「マーリン何かあった?」

 

「どうしたんだい急に」

 

「いや、珍しく何か考え事してるみたいだから」

 

「些末なことさ。気にしないでくれたまえ」

 

「そう? ならいいけど」

 

 暇潰しに工房内にある書物を読み耽っていたノアは、帰宅後のマーリンの様子になんとなく引っかかりを感じ、読書を止めて聞いてみた。彼女が何もないというのなら、ノアも深追いはしない。女性に秘密はあるものだとマーリン自身が言っていたのだから。

 

(どうしてキミは……)

 

 読書に戻ったノアを見つめ、マーリンはほんの僅かに戸惑う。マーリンの変化に気づく者など、これまでに1人たりとも存在しなかった。まず意識して気にかける者もいない。 

 円卓で、正確には硬派な騎士に言われたことを思い出す。

 

『正体が明かせないのであれば、手を打てる間に斬り捨てるべきだ』

 

 ノア・ヴェンダーは害のないただの一般人。

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 異なる時代、異なる世界から訪れた少年。その渡航方法も、渡航理由も不明だ。嘘が苦手なために、ノア自身分かっていないということは、円卓の者たちも納得している。魔術師ではなく、特別な力もないことだって、アルトリアとマーリンが知っている。

 けれど、それでも害がない証明にはならない。

 仮にノアを誰かが送り込んだとすれば。外敵との戦争を繰り返すブリテンの騎士たちは、『異世界からの侵攻』を警戒せざるを得ない。そう考えてしまうのが必然だ。

 ならば、ノアが座標を固定させる存在だとすれば。生きているだけで役目を果たすのなら──侵攻が起きる前に命を摘む他ない。

 

 それが、一部の騎士の意見として上がっている。マーリンがノアを調べている理由も、それが関係しているのだ。

 そもそも、元々はマーリンに一任されていたことだ。そんな意見が飛び出してくるのは予想外だった。ノアがマーリンの千里眼に映らないのも要因か。

 

「ああそうだ。アルトリアは1日だけ休みを取るようだよ」

 

「1日だけなんだ。休んでくれるだけまだいいか」

 

「遅くなったのも、彼女と話していたからでね。1日休ませるのにも苦労したものだ」

 

「ありがとうマーリン。説得するなんて、今日は珍しい尽くしだな」

 

「それは違いないね」

 

 マーリンにとっての予想外だって、珍しいことなのだから。

 アルトリアとの話の中には、ノアのことだってある。アルトリアは王となり、ノアを極力安全圏にいさせるために遠ざけている。アルトリアにとってノアは、身近な平和の象徴なのだ。

 円卓の騎士たちだってそれは承知だ。その上で、ノアの始末案が出た。国を護るために。

 その話自体は先送りで終わっている。王の友を殺すことを良しとしない声が多いことと、証明の話は平行線を辿るしかないからだ。

 

『マーリン。私の意見は変わりません。ノアのことを頼みます』

 

 王たるために、どこか装置のようになった彼女だが、それでも根幹は変わらない。ノアを大切な友だと言ったアルトリアなのだ。

 彼女の言う「頼む」とは、どこまでの範囲だろうか。

 

(あぁ、こんなことまで考えるのは私らしくない)

 

 思考を切る。

 それもこれも、"視えない"彼のせいだ。

 

「なぁ、マーリン」

 

「なんだい?」

 

「俺に魔術を教えてくれ」

 

 真っ直ぐな瞳でそう言ってくる。人間は変わらない。時代を経ようと、世界が異なろうと、その瞳は変わらない。

 マーリンは瞳を閉じ、なぞるように言葉を返した。

 

「私に魔術を教わりたい、か」

 

「マーリンはアルトリアの師でもあるんだろ?」

 

「まぁね。けど、これでも忙しい身だからなー」

 

「どの口が言うのやら……」

 

「魔術を教わってどうするんだい?」

 

「アルトリアの力になりたい」

 

 即答だった。そうだろう。それがきっと彼らしい。

 いや、これまでずっと考えていたに違いない。どうすれば、アルトリアの力になることができるのかを。

 

「キミは魔術師ではないし、キミの家系が一般のものであることも体を調べた過程で判明している」

 

 けれど、世界は平等なんかじゃない。

 どれだけ望もうと届かないものはあるのだ。

 翼が無ければ飛べないように。足が無ければ歩けないように。

 

「キミの体に魔術回路はない。キミは、魔術を行使できない」

 

 それが生まれ備わっていなければ、人は魔術を扱うことができないのだ。

 

「……そっか」

 

「? 思いの外あっさりと受け入れるんだね。てっきり納得できないものかと思ったよ」

 

「アルトリアが魔術だけは話を振ってこなかったから。他のことなら一緒にやりたがるのにさ。だから、ダメ元で言ってみたんだよ」

 

 無い物ねだりする年頃でもないしなとノアは笑い、それならどうしようかと次の案を考え始めていた。鍛えて騎士になろうか。けどすぐに殺されそうだな。まず騎士になれるものなのか。1人唸る彼を、マーリンは何かを思いながら見やる。

 

「もし……」

 

 こんなのただの思い付きだ。気まぐれだ。

 

「もしもの話だが」

 

「?」

 

 可能性なんて低い。

 

「上手くいけば魔術を行使できるようになるかもしれない」

 

「今無理って言ってなかった?」

 

「可能性の話だよ。限りなく低いし、前代未聞だ。キミの体は、上手くいったとしても神経が擦れてるかもしれない。失敗すればキミは──」 

 

「やろう。マーリン」

 

「──っ。正気かい? 廃人になる可能性の方が高いし、まず本当に可能性があるのかすら怪しいことなのに」

 

 調子を狂わされる。なぜ自分は心配の真似事なんてしてるのだろう。

 人1人がどうにかなるだけだ。過酷な試練で命を落とす者もいる。今この瞬間だって、不本意な死を遂げてる人だっている。それと何ら変わらない。

 それなのに──。

 

「マーリンならできるだろ。信じてる」

 

「……!」

 

 見せてやりたいぐらいだ。彼を殺そうと主張する騎士に。

 自身の命を賭けてまで、この国の王の力になれる道を選ぼうとしているのだと。

 成功が存在するか判らない道を、人ならざる者を信じて真っ直ぐに進む彼を。

 

(まただ。またらしくないことを考えている)

 

 違う。

 彼が、イレギュラーたる彼がどうなるのかを知りたいだけなんだ。

 必要ならアルトリアに助言するのと同じだ。

 

「で、どうやるわけ?」

 

「自分で思いつきながら荒唐無稽な話だけど、私とキミを繋げる」

 

「Pardon?」

 

「やれば分かるさ」

 

「待て待て説明が足りてない!」

 

「私を信じてくれるのだろう?」

 

「それを今言うのは卑怯だぞ!」

 

「褒め言葉として受け取っておこう。それに、キミこそ私に卑怯なこと言ってるよ」

 

「……いつ?」

 

「いつだろうね」

 

 近づくマーリンから距離を取るように後ずさる。素人に分かるように説明しろというのが難しいのかもしれないが、それはそれでそう言ってほしい。

 工房と言えど私室も兼ねている。部屋の端にはベッドが設置されており、ノアはそれに足をぶつけてベッドに尻餅をつく。まずマーリンは睡眠も必要としなかったりするのだが、気分で設置してるのだとか。

 マーリンに肩を押され、ベッドに仰向けになる。視界に映るのは天井。視界から消えたマーリンがいるであろう方向から、衣の擦れる音がする。

 

「マーリンさんマーリンさん」

 

「どうしたのかな?」

 

「今おかしなことしてないか?」

 

「必要な準備だよ」

 

「絶対違う気がするな!」

 

「安心して、お姉さんに身を委ねたまえ。実際繊細な作業になる。力を抜いてもらうほうが助かるんだよ」

 

 必要なさそうなものもある気がするが、素人には判断できないこと。

 ノアは目を瞑り、覚悟を決める。マーリンほどの魔術師でも成功率が低いという儀式。前代未聞にして、無茶無謀のそれ。

 マーリンだからといって、それをぶっつけ本番で試みるのは本来あり得ない。

 しかしノアはマーリンを理解できていないから気づかない。マーリンがそうしてしまう原因にも気づけない。

 ベッドが沈むのを感じる。その直後に体の上に重みが加わり、頬を髪がくすぐるのを感じる。髪の匂いも、重みも、上からかけられる蕩ける声も、すべては1人のための甘い毒。

 

(らしくない。キミは私を狂わせる)

 

 その毒はどちらのためか。

 

 

 

 

 

 

 果たしてそれは、おおよそ成功と言える結果で終えた。

 マーリンに比べれば幾分も劣る力であれど、使用による弊害もあれど、行使自体は可能になった。ノアとしてはそれでもありがたいことで、喜びのあまりマーリンにハグしたほどだ。目を覚したときは頭を抱えていたが。

 そして、マーリンとしてもメリットはあった。ノアと繋がることで、ノアに何かあれば真っ先に感知できる。それにより、ノアの始末案を引き下げさせることができたのだから。

 

 

「これなら、何かできるかもしれない」

 

 ノアはそう思った。マーリンは、楽観的だなぁと思った。

 

 そしてマーリンの予感は当たった。

 

 遥か彼方に存在する楽園。妖精が住まう妖精郷にして理想郷アヴァロン。

 枯れることのない花畑がそこにあり、それはかつてアルトリアが選定の杖を手にした花畑を彷彿とさせる。

 そこに浮遊する塔にて外壁に腰掛ける彼女は、感じる痛みに耐えるように胸を押さえていた。

 繋がっていることによる痛みか。はたまた胸に感じるその痛みは──。

 

()()……ボクはキミを、止めるべきだったのだろうか……」

 

 生まれて初めて生じた迷い。

 それに答えられる彼は、もういない。

 

 

 

 

 

 

 ──そして運命(物語)は巻き戻る。

 

 

 

 




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