異世界キャメロット   作:粗茶Returnees

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 キャストリアの票が流れたのだろうかと思うぐらい差がつきましたね。(風に乗って飛んでいく票を涙目に追いかけるキャストリアの図)


少女アルトリア

 

 アルトリア・ペンドラゴン。ノア・ヴェンダーの世界ではアーサー・ペンドラゴンとされ、その性別は男性だ。マーリンの立会のもと、聖剣カリバーンを手に入れ、王となって国のために尽力した人物。彼の最後は国の最後とも言えるものだった。

 ざっくりとした説明だが、祖母から聞き及んでいる程度の知識しかないノアの認識は、まさにその程度のものだ。裏切りの騎士の名前をたしかに祖母は言っていたが、ノアの頭の中には残らなかったらしい。平穏な時代を生きる少年にとって、裏切りは悲しいこと。その騎士の名前を、裏切り者として覚えたくなかったのだ。

 

「ノア見ててくださいね!」

 

「うん。見てる」

 

 彼の視線の先にいる少女は、いずれ王となることが定められているアルトリア・ペンドラゴン。聖剣を持たず、代わりに選定の杖を手にした少女。円卓の騎士を束ねる王となるのに、「剣は振り回したら自分を斬りそう」とか言って剣を使用しない少女だ。

 いずれ国を背負い、国と共に滅びることが決まっている彼女だが、本人はその事を知らない。知っているのは、千里眼を持つマーリンと『アーサー王物語』の大筋を知るノアだけ。そしてそれを告げることは、マーリンから禁止されている。

 

「いきますよー。それっ!」

 

 ピンクの唇が素早く動く。読唇術を身に着けていても、熟練者じゃなければ読み取れない速さ。彼女が魔術師としての力量をどこまで高めているのか。それがよく分かる指標だ。

 田舎の村で育った少女らしく、王となる者とは思えないほどにただの少女らしく、アルトリアは元気いっぱいに杖を振るった。その動きに従うように、庭の一角にある噴水の水が軌道を変え──

 

 ノアの顔面に叩きつけられた。

 

 清流の如き静けさと気品を感じさせる出力の噴水だったのに。ノアは消防車の出力の水を浴びせられている感覚に陥った。その強さに顔が仰け反り、一瞬で息苦しさを感じる。

 アルトリアもすぐに魔術を解除し、咳き込むノアに駆け寄った。心配と申し訳なさを抱きながら。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「げほっ、げほっ! 殺す気か!?」

 

「違います! 失敗しただけです!」

 

「実はちょっぴりイタズラ心が働いて、とか言う?」

 

「はいそうなんです。よくわかりましたね──ぁっ」

 

「アルトリアさん?」

 

「えっと……ごめんなさい!」

 

「待てこら!!」

 

 綺麗なお辞儀の直後に逃走。それを予想していたノアもすぐに追いかける。強化魔術を使えばアルトリアが捕まることはないのだが、魔術が使えないノア相手にそれは不公平だ。負けず嫌いなアルトリアだが、フェアプレーの精神も持ち合わせている。

 とはいえ、野原を駆け回る実践派の魔術師だとしても、サッカーが好きなスポーツ少年のノアの足に追いつかれるのは自明の理なのだが。

 

 杖を持って走るアルトリアと、両腕の反動を使って走れるノアとでは勝負にもならない。そのはずだが、アルトリアはノアの手が伸ばされる瞬間に前方に跳躍する。ギャグ展開よろしく、ギリギリで捕まらないというのがアルトリアの狙いだ。

 しかし慣れないことが成功するわけもない。ノアは指先で彼女の服を掴み、跳躍しようとしたアルトリアがそれでバランスを崩す。ノアも急に止まれるわけもなく、彼女に衝突し2人で庭を転げ回った。

 

「っ、ごめん。大丈夫かアルトリア」

 

「はい。ノアのおかげで。ノアは?」

 

 転がる寸前。アルトリアが頭を打たないように咄嗟にノアが手を伸ばした。そのおかげもあって、彼女に怪我は1つもなかった。服が少し汚れたぐらいだ。

 それを2人が気づくのは少し先だ。今はそれを確認できる状態ではない。

 交わる視線の距離は近い。愛らしく美しいエメラルドの瞳。彼女のまつ毛の長さもはっきり見えるほどに近い。彼女の小さな口から溢れる吐息を感じ、うっすらと朱に染まる頬も見える。

 のしかかる彼女は華奢で軽く、成長が乏しいと自身で落胆するわりには、たしかな膨らみがあるというのも密接しているために感じてしまう。

 

「大丈夫だよ。芝生だし」

 

 ノアは何事もないように返し、アルトリアも何もその事は言わずに彼の上から退いた。立ち上がるのではなく、芝生に寝転んでいる彼の隣に並ぶように。

 

「服汚れるぞ。メイド長がまた怒るだろうし」

 

「だって、こうしてる方が空をよく見れるじゃないですか」

 

「咎めても聞いてくれなかったって言っとこ」

 

「それはずるいですよ! ノアも怒られてください!」

 

「巻き込もうとするなよ! いや俺の責任もあるか……」

 

「はい。今日は一緒です」

 

「嬉しそうだなぁ」

 

 怒られ仲間を増やして喜ぶ。それはいかがなものだとノアは思うが、他に友人がいないアルトリアにとっては嬉しいのだろうとも考える。

 見上げていた視線を隣に移す。

 輝ける金糸。整った顔立ち。桜の唇。

 国の、人類の至宝とさえ言えてしまう少女。

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

 視線に気づいた彼女が彼の方を見る。

 純粋な眼差し。本当に王になることが決まっているのかと疑わせるほどの。ノアは小さく首を振って、大したことじゃないと告げる。

 

「アルトリアの髪が汚れるかもなって」

 

 そう言いながら腕を伸ばし、ありがとうございますと礼を言いながら、アルトリアはその腕に頭を乗せる。俗に言う腕枕というものだ。厳格な騎士にでも見られたら小言を連ねられそうな状況。ノアはそれをやってから、見られたらやばいなと気づいた。

 辺りをひとまず確認し、誰もいないことにほっと息をつく。彼のその様子で察したのか、アルトリアはノアの頬に手を伸ばして自分の方に顔を向けさせる。

 

「アルトリア?」

 

「大丈夫ですよ。一蓮托生です」

 

「それはどうなんだ」

 

 くすりと笑い合う。

 

「アルトリアはさ、将来何したい?」

 

「将来ですか?」

 

「そう。王様になるのは決まってるんだろうけど、それを抜きにしてさ。王って身分が無かったら何をしていたい?」

 

「魔術の研究ですね」

 

「即答でそれかぁ」

 

 アルトリアらしいと言えばアルトリアらしい。それに、自分の好きなことに没頭できるのは、幸せの形の1つなのだろう。特に、アルトリアのように人生が定められている人は。

 

「冗談ですよ?」

 

「まじで?」

 

「はい」

 

 魔術のことばかり考えるのも彼女らしい。そう思って納得したのに、アルトリアは少し不服だったようだ。愛らしく頬を膨らまし、ノアがそれを突くと彼女の小さな口から空気が漏れ出る。

 

「もう!」

 

「ごめん。条件反射」

 

 ノアの頬をぺちんと軽く叩き、アルトリアは体を起こした。立ち上がり、服についた草などを落とし、ぐっと体を伸ばす。ノアは上体だけ起こし、そんな彼女を見つめる。

 

「……ノアはずっと友人でいてくれますか?」

 

「当たり前だろ。アルトリアが王になっても、俺は変わらず接する」

 

 この時代は身分制が敷かれている時代だ。ノアの生まれた時代とは違う。

 開かれた王室。イギリスに王族はいても、かつての力はない。国民は敬愛するだろう。憧憬も持つかもしれない。けれど、王族への畏怖よりも親しみが勝る。それが開かれた王室だ。

 この時代はそうならない。しかしノアはこの時代の人間じゃない。王族であるアルトリアへの距離感も特有のものだ。だから、彼は変わらずに友人でいられる。

 

「よかった」

 

 安心したように笑う。

 常に花のような笑みを浮かべるマーリンとはまた違った柔らかな笑み。彼女がブリテンの運命を背負う人物だとしても、ノアと変わらぬ人間でただの少女だと印象づけるものだ。

 

「それなら、私はノアと一緒にいたいです」

 

「え?」

 

「魔術の研究はどこでもできますから。王という身分がないのだとしたら、ノアと一緒に旅をして、いろんな場所に行きたいです」

 

 見知らぬ土地に行って、そこに住まう人たちの文化を見たい。

 見知らぬ土地に行って、そこに生きる花々を見たい。

 見知らぬ土地に行って、そこで生まれた料理を食べてみたい。

 見知らぬ土地に行って、そこにある魔術を研究したい。

 

「きっと、ノアと一緒ならきっと素敵な旅になると思うんです」

 

「そうだな。きっと何ものにも代えがたい旅になりそうだ」

 

「はい! それに、聖杯を探しに行かないといけませんからね」

 

 笑みは決して1つじゃない。

 少し寂しそうに笑った彼女に、ノアは何も言葉を返すことができなかった。

 分かっている。矛盾だらけなんだ自分は。

 ずっとアルトリアの友人であると言いながら、元の世界に帰るための手段を求めている。見つけたら、聖杯を手に入れたら帰るだろう。アルトリアだってそれは分かっている。ノアの目的はずっとそれなんだから。

 

 しかし、アルトリアもまた、矛盾をはらんでいる。彼が帰れることを願っているのに、彼に残ってほしいとも思っているのだから。

 

「すみません。意地悪でしたね」

 

「……いや。そんなことは……」

 

「ノアはやさしいですね」

 

 やさしいのだろうか。過酷な運命を背負っていて、過酷な試練が降り注ぐ彼女を見ることしかできないというのに。

 

「やさしいですよ」

 

 瞼を閉じながらそう言い切った彼女は、思い出したように目をパチリと開けた。

 

「舞踏会の経験はありますか?」

 

「え、いやないけど。アルトリアは?」

 

「私もないです。ですが、5日後に舞踏会があるそうで、どうやらそれに出席しないといけないんです」

 

「王族だしな」

 

「私は思うのですノア」

 

「サボりたいって?」

 

「はい。ぁ、いえ違います。違いますからね!」

 

 慌てて否定するアルトリアだが、それは意味をなさない。彼女の性格を知っているノアにその弁明が通用するわけがないのだ。

 

「踊れないとなると王族の恥。それはブリテンの恥とも言えます。ですから、私は出席すべきではないのです」

 

「という言い訳で押し通したいと?」

 

「はい」

 

 もっともらしい理由を用意しているようだが、結論は「サボりたい」である。実際にその懸念もあるだろうから、サボりたい気持ちが半分。懸念の方が半分といったところか。

 それを汲み取ったところで、ノアにどうすることもできない。アルトリアのお世話係に話してみるしかないだろう。1番は現国王への直訴だが、今は遠征の真っ最中である。円卓の騎士たちも半数以上が従軍している。ちなみに、このキャメロットの防衛も必要なため、円卓の騎士全員が出払うことはあり得ない。

 

 

 

「駄目です」

 

 そんなわけでお世話係に話してみたのだが、案の定一蹴されてしまった。シュンと落胆するアルトリアを見かねたのか、お世話係はため息をつき、仕方ありませんねと呟いた。それを聞き取ったアルトリアは、わかりやすくパッと表情を明るくする。

 

「みっちり指導する他ないですね」

 

「え……」

 

「そうと決まれば早速今からやりますよ。生憎と私も踊れませんし割ける時間はないですがご安心を。適任者がいますので」

 

「欠席という方法は……」

 

「何を仰りますか。あるわけないでしょ」

 

「えぇ……。ノア助けてください!」

 

「巻き込むな」

 

「……丁度いいですね。ノア殿も練習しましょう」

 

「はい?」

 

 右手でアルトリアの首根っこを掴んでいるお世話係は、左手をノアの肩に置いてにこりと笑う。

 

「当日もアルトリア様のお相手が必要ですので。付け焼き刃では勝手知らぬ相手と踊れません。その点今からお2人で練習していただければ、当日もそのまま踊れます。恥をかくこともありません」

 

「そうかもしれませんが、俺の立場でそういう場に出るというのはどうかと」

 

「問題ありません」

 

 マーリンの客人にしてアルトリアの友人。その言い分だけで十分通用するらしい。そもそもマーリンは宮廷魔術師だ。立場もそれなりに上。そのマーリンの客人となれば、逆に出席させない方がおかしい。

 

「それでは参りますよ」

 

「強制連行!?」

 

 お世話係にズルズルと引きづられるアルトリアとノアがそこにはいた。

 

 

 

 

 舞踏会とは言っているものの、それは遠征を終えた者たちを労う日に行われる行事だ。一般兵たちは家族と過ごすなり、どこかで集まって飲み食いする。円卓の騎士や上級貴族が、キャメロット城の一角にてパーティーを行う。それが舞踏会だ。

 前半は立食パーティーであり、それなりに時間が経てば演奏が始まり、用意されているスペースでダンスが始まる。

 

「そんなわけで、演奏が合図だ。それまでは楽に過ごしたまえ」

 

「マーリンはこういう場好きそうだよな」

 

「ふふっ、気楽でいられるからね。堅苦しい空気がこの時ばかりは霧散してくれる。そういう点では好きと言えるかな」

 

「ふーん? まず来ないものだと思ってたけど」

 

「君が私の客人という立場だから出席しないといけなかったのさ。ダンスはしないけどね」

 

「それは悪かったよ」

 

 会場の端で食事を取りつつ、保護者枠として出席しているマーリンと言葉を交わす。アルトリアは立場もあり、今は帰還した騎士や貴族に労いの言葉をかけている。

 まだ戦場を知らないからだろう。その性格も相まって、言葉を慎重に選んでいるようだ。気を遣って労っている分、疲労が多そうだ。それに気づいているのは、他に何人いることか。ノアが会場を見渡す限り、マーリンの他にいないように見える。

 

「アルトリアのことが気がかりかい?」

 

「まぁ」

 

「あれが終わればこちらに来るだろう。君が労ってあげるといい」

 

 君以上の適任者はいない。そう断言するマーリンに、本当にそうだろうかと疑う。本来ならいない存在。けれどおそらく必要な立場の人間だ。代わりの誰かがいるはずだ。

 そうでなければ彼女は……。 

 

 そう考えてしまうのは、ノアが平穏な時代で生まれ育ったからなのだろう。

 

「失礼。貴殿がノア・ヴェンダー殿かな?」

 

「あ、はい。そうです。あなたは……」

 

「サー・ランスロットだよ」

 

「ランスロット卿でしたか。名前は存じ上げていたのですが」

 

「無理もない。私と貴殿は初対面だ」

 

「それで、私に何か御用ですか?」

 

 ちらりとマーリンに視線を送る。必要なら席を外してくれと。しかしマーリンはにこりと笑うだけでその場に残っている。わざとだ。

 

「構わない。一度挨拶をと思っていだけなのでな」

 

「そうでしたか。聞けば此度の遠征で最も戦果を挙げられたとか」

 

「無理はしなくていい。そういう話はあまり好みでないのだろう?」

 

「あはは……申し訳ない」

 

「戦いを嫌い、平和を好むその心は忌み嫌われるようなものではない。貴殿のような心を持つ者たちが、明日も平穏でいられるために我々騎士は存在する」

 

 そのままの心でいたまえ。そう続けたランスロット卿に、ノアは感服するしかなかった。騎士の中の騎士。騎士の手本にして最高の存在。そう言われる所以を垣間見たから。

 ランスロット卿の言葉は耳障りのいいだけのものではない。本気でそう思い、そうあるべく行動している。それ故に、彼の言葉は説得力を持ち、他の者たちの指標足り得るのだ。

 

 けれど、ノアにも固めた意思がある。

 

「ランスロット卿。無茶な頼みなのかもしれませんが、あなたに頼みたいことがあります」

 

「……聞こう」

 

「私に……俺に剣を教えてください。俺は、アルトリアの力になりたい」

 

「……」

 

 戦場に夢を見ているのなら速攻で話を切り捨てた。あそこに花などなく、あるのは狂気と怨恨の渦だ。人が人のままであり続けるのには、相当の精神力を持たないと無理だ。でなければ破綻する。

 それはノアも承知だ。知識として知っている。実感はしていない。あの地獄に耐えられるかは不明である。1度目を耐えられたとしても、2度目は分からない。それ以降も。

 ランスロット卿は魔術師マーリンに目を向けた。ノア・ヴェンダーはマーリンの客人であり、この手の判断はまず彼女に仰がないといけないから。

 

「君に任せるよ。戦場に出るかだって、その時の将の判断さ」

 

「……剣なら教えよう。しかし戦場に行くかは話が別となる」

 

「構いません。ランスロット卿に判断してもらえるのなら」

 

 この騎士が戦場に出ても問題ないと判断するのなら、それは生き残れるだけの力を付けた証となる。それならば、よっぽどのことがない限り、アルトリアを悲しませなくて済む。

 

「私が言うのもなんだが、この頼みを他の騎士にすればよかったのではないかね? ガウェイン卿とか」

 

「ゴリ……いえ、あの方はおそらく教えてくれないでしょう」

 

「ではトリスタン卿は? 剣は必ず近接戦となる。乱戦ともなればそれだけ戦死しやすい。離れた場から戦える弓兵の方が、まだリスクは少ないと思うが」  

 

「えっ、トリスタン卿って吟遊詩人じゃなかったんですか?」

 

「……」

 

「失礼しました。たとえ知っていたとしても、ランスロット卿に頼みましたよ」

 

「何をランスロット卿に頼まれたのですか?」

 

 一通り挨拶を終えたアルトリアが、マーリンの予想通りやって来る。男同士のテレパシーで、アルトリアにはまだ黙っていてほしいと伝え、ランスロット卿はアルトリアにお辞儀をしてからこの場を離れた。

 

「何か隠されている気がします」

 

「暴かずにいてくれると嬉しいな」

 

「隠していることは認めるんですね。いいですよ。詮索はやめておきます」

 

「ありがとう。それとお疲れ様。アルトリアが食べたがりそうな料理をいくつか取っといたから」

 

「ありがとうございます。って、これでは私が食いしん坊みたいじゃないですか!」

 

「実際そうじゃん」

 

「違います! これは栄養を体に回すためですから! 大きくなるためですから!」

 

「わかったわかった」

 

 アルトリアを宥め、料理の1つを差し出す。不服そうに1度ぷいと顔を背けるも、その直後に可愛らしくお腹が鳴る。気が抜けて体が空腹を思い出したようだ。

 顔を赤くしたアルトリアは、ノアと視線を合わせないようにしながら料理を口に入れる。表情は素直なもので、美味しそうに頬と口元を緩ませた。

 アルトリアが料理を満喫したところで、それに合わせたのか演奏が始まる。騎士やその妻、貴族の令嬢たちがダンススペースに移動していく。アルトリアも、そしてノアもそちらに行かないといけない。

 

 2人もすごく億劫そうにしているが。

 

「行ってきなさい。練習したんだろ?」

 

「したけど、踊れるけど」

 

「気が乗るかは別なのです」

 

 そうは言うが2人ともちゃんとそちらに移動し、ノアとアルトリアは手を重ねる。

 ドレスに身を包み、ティアラを付けたアルトリアは、それだけで王族の風格が出ている。けれどノアは友人として接する。アルトリアがそれを望むから。

 ノアも用意してもらった衣装を着ている。いつもと多少は雰囲気が変わっているも、中身は変わらない。

 

「Shall we dance?」

 

「Sure, i'd love to」

 

 少し洒落た誘い文句。そしてその返し。

 それをすることで、今晩(彼女)とだけ踊るのだと周囲に宣言する。これは2人にダンスを教えた人の案だ。そしてそれは功を奏し、2人は互いのことだけに集中できている。 

 

 実際には、洒落た言い方による羞恥で込み上げて来る笑いを堪えることに必死なのだが。

 

 それもしばらく踊っていれば鳴りを潜める。

 踊ることに、目の前の人物と合わせることに集中して。演奏の音すら2人の耳には届かなくなった。

 その目が捉えるのは踊る相手。

 その耳が捉えるのはその人の音。

 2人はまさに、2人だけの世界を作り上げていた。

 

「綺麗だ。アルトリア」

 

「ありがとうございます。いつもは違いますか?」

 

「いや、いつも綺麗だと思ってる。今日は一段と綺麗だ」

 

「ふふっ。あなたもかっこいいですよノア」

 

「ありがとう。いつもは?」

 

「そうでもないかなー」

 

「傷ついた」

 

「ふふっ、冗談です。私はあなたを誰よりもかっこいいと思ってますよ」

 

「それはそれで照れくさい」

 

 その会話は踊っているからできることだろう。後から羞恥心で悶えることになるのは明白だった。

 1曲目の演奏が終わる。2曲目がすぐに始まるが、その僅かな隙間時間でノアはアルトリアの様子に小さな違和感を覚えた。アルトリアの手を引き、風に当たらせるためにテラスに出る。

 

「ノア?」

 

「何かあったんだろ?」

 

「何かって……」

 

「俺には分からないこと……いや、アルトリアにしか分からないことがあったんじゃないのか?」

 

 どうして気づいてしまうのだろう。

 気づいてくれる嬉しさ。それと同時に込上げてくるもの。

 

「何があっても俺はお前の友達だから」

 

「……!」

 

 何も知らないはずなのに。その不安を的確に払い除けていく。

 当てられたことに驚き目を見開く。ノアの言葉を咀嚼し、見開いた目をゆっくりと閉じた。

 ぽすん、と彼の胸に頭を押し当てる。

 

「鐘の音が聞こえるんです」

 

「鐘?」

 

「はい……。なんとなくですが、きっと私の()を示している気がするのです」

 

「王になること?」

 

「……おそらくは、()()()です」

 

 王の先。単純に考えれば、それは破滅の運命のことだろう。

 しかし、彼女の話を聞いていると、()()()()()()のだと思えてくる。その予感は間違っていないということも。

 

「そこに進むのが怖いか?」

 

 小さく肩を震わす彼女に問いかける。

 

「……いえ。不思議とこれに不安はないのです。……ただ」

 

 見上げてくる彼女の表情に、そういうことかと理解する。

 

「私がそうなった時……あなたに拒まれることが怖いのです」

 

 その道を進む。その自分のことが漠然と解る。今の自分を基にするのだとしても。同じ存在だとしても。

 ノア・ヴェンダーに「違う」と言われるかもしれない。その不安と恐怖が、アルトリアの胸を締め付ける。

 

「バカだな」

 

 ああバカだ。思えばその鐘の音とやらは、前から聞こえていたのかもしれない。それに今さら気づくなんて。アルトリアのことを見ていたはずなのに。

 瞳を震わす少女をそっと抱きしめる。

 壊れ物を扱うように。

 大切なものを失わないように。

 

「これからも見てるから。もっとちゃんとアルトリアを見てるから。俺がアルトリアを見失うことなんてない。どんな姿になっても拒まない。絶対に」

 

「ノア……」

 

「約束だ」

 

「……はい」

 

 震えは止まった。

 そして彼女の中で芽生えるものが。

 

 

 

 

 

 

 

 王の先があると言った。

 だから大丈夫なのだと思っていた。異世界だ。『アーサー王物語』と似通っているだけであって、違う結末があるのだと。そう思っていた。

 

 

「アルトリア!」

 

「ごめん、なさい。ノア……」

 

「なんで……なんで俺を()()()()!」

 

 カムランの戦い。ブリテンの滅びを確定させる戦い。

 ランスロット卿に剣を教わり、世界のイレギュラーたる自分がいれば、アルトリア・ペンドラゴンの死だけでも回避できるかもしれない。その一点だけを狙えば。

 そう思って軍に紛れたというのに。

 それに気づいたアルトリアは、開戦直後に魔術を行使し、ノアの意識を奪った。そうしておけば、敵から狙われる心配がないから。

 

 その結果。ノア・ヴェンダーが目を覚ましたのは、術者たるアルトリアが重傷を負った時だ。つまりカムランの戦いの終わりである。

 

「アルトリアだけでも守れたかもしれないのに……!」

 

「そう、かもしれません。ですが……私はノアに戦って、ほしくなかった。……あなたが、死ぬかもしれない。それだけは……嫌だった……」   

 

「……っ! そうだ、聖剣の鞘。たしかあれがあればこの傷でも!」

 

「無理、ですよ」

 

「無理なことはないだろ! だってあれは老いもどんな傷も癒やすものだって!」

 

「はい。わたしも、()()()()()()()()()()()()()

 

「なら! ……まて。()()()()()?」

 

 アーサー王が最初に手にしたのはカリバーンだ。次に手にしたのがエクスカリバー。そしてその鞘に傷を癒やし、老いを止める効果がある。

 この世界ではアルトリアがアーサー王だ。たとえ最初に手にしたのがカリバーンでなくとも、エクスカリバーを手に入れることは可能なはずだ。それなのに、知識として知っているとはどういうことなのか。ノアは理解が追いつかないでいた。

 

「あの、聖剣は()()()()()()()()()()()()

 

「なに、言って……」

 

「ノア……」

 

 弱々しく伸ばされる手が頬に触れる。その手に縋るように彼は手を重ねた。

 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、一言一句間違えないように。はっきりと告げた。

 

「あなたを、愛してます」

 

「っ、アルトリア! おい、アルトリア!! なんで……なんで……!」

 

 腕にかかる重量が増す。それが意味するものをノアだって知っている。

 最後に笑って逝けてるだけ、彼女は幸せなのだろうか。

 

(いいや違う! そんなわけがない!)

 

 無力さに震える。慟哭が丘に響く。

 何も得るものなどない。ただ破滅に繋がるだけの戦い。

 その終結の地にて。

 

 ──聖杯は現れた

 

 狂気の空の下。ノアとアルトリアの頭上で顕現するそれが。素人知識でしか知らないノアでも聖杯であると解った。

 それは真っ直ぐにノアの目の前に降りてくる。 

 使えと。願えと言わんばかりに。

 

『聖杯を手にしたらきっとあなたは帰れます』

 

『ノア見てください! この魔術を応用すると、ほら! 綺麗でしょ?』

 

『ノア。ずっと友人でいてくださいね』

 

 ノアは駆られるようにそれを掴み。噛み付くように願いを言う。

 喉が張り裂けんばかりに声を荒らしながら。

 

「こんな結末なんぞクソ食らえだ!! 聖杯! お前が本当に万能機だと言うのなら俺は──!!」

 

 

 

 

 

□□□□

 

 

 

 

 何度繰り返されただろう。

 アルトリアの死は何度あっただろう。

 その何倍もの死をノアは迎えたんだろう。

 

 はっきりとした数はわからない。数えられない。数えようと思って数えれるものじゃない。なんとなく、感覚でそうなんだなと気づけただけ。

 分岐点もなんとなく分かる。

 本当はここまでの干渉もしたくないのだけど。仕方ない。ノアのことがかかってるのだから。

 

「マーリン。話って?」

 

「聖杯に関してなのだけどね。少し分かったことを教えようと思って」

 

「場所がわかったとかですか?」

 

「似たようなものかな」

 

 この感覚が何かも分析しないとだね。

 

「ノアかアルトリアどちらかの死」

 

「は?」

 

 ──それが聖杯の出現条件だよ

 

 




 Next, final phase.

どっちのキャラが好みですか?

  • キャストリア
  • プロトマーリン

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