異世界キャメロット   作:粗茶Returnees

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約束をここに

 

 マーリンの話を、ノアとアルトリアは咀嚼するのに時間がかかった。ノアの目的は元の世界に帰ること。その手段として最も有効だと考えられるものが聖杯。しかしその聖杯の出現条件が、「ノアかアルトリアの死」である。ノアが帰るにはアルトリアが死なないといけない。

 アルトリアの運命は、『アーサー王物語』をなぞれば最後の戦いによる死である。物語自体には別の解釈もあるが、マーリンの口ぶりからして死という運命が決まっている。

 

「待ってくださいマーリン。何がなんだか……。あなたは説明を省くことが多いですが、今回のは特に酷いです」

 

「自覚はしているとも。私も自分で言いながら実感を得ていない。不思議と、確信はあるのだけどね」

 

「意味がわかりません……」

 

「でも、マーリンが言うのならそうなんだろ。マーリンは嘘はつかないから」

 

「話を受け入れてもらえるのは助かるけれど、落ち着いているね」

 

「実感がないってのが大きいな。それに、判っているのなら何か手を打てるかもしれないだろ?」

 

 アルトリアがカムランの戦い(最後の戦い)にて命を落とす。それをわかっているのは、マーリンとノアだけだ。アルトリア本人は先のことを知らない。聖杯の出現条件しか。

 ノアの目的が追加される。アルトリアを死の運命から逃すことだ。その辺りの話を、先を知らないアルトリアを含めて話すわけにはいかない。頭に留めておこうと話を着地させ、その場で解散する。

 

 ノアはマーリンの工房へと足を運び、先程の話を続けた。

 より踏み込んで。

 

「マーリンの千里眼には、俺のことが映らないんじゃなかったっけ?」

 

「うん。それは今でも映らない。そこは変わってないんだよ」

 

「じゃあどうやって分かったわけ?」

 

「説明し難いね。漠然とした感覚で、としか言いようがないんだ」

 

「そっか」

 

 それなら仕方ないなと追及をやめる。説明を省いているのではなく、はぶらかしているわけでもない。説明したくてもできない。それならそこを聞き続ける意味がない。

 

 マーリンが()()を分かっているのは、ノアと繋がったことが関係している。何回目の時かは関係ない。ノアと繋がり、その状態でノアが死んだ。その事に意味があるのだ。

 

 順を追っていくとこうだ。

 彼の死はアルトリアの生存に繋がる。なにせ彼の死でアルトリアは大規模魔術を行使し、本来刺し違える運命を一方的な勝利へと変えるのだから。死の運命の対価。それがノア・ヴェンダーの死。

 しかしアルトリアはその運命を認めない。ノアが生きて元の世界に帰ることを願う。すべてを巻き戻し、その際にほんの僅かな相違点も生まれる。正確に言えば、平行世界の追加だ。新たに生まれた平行世界で、ノアとの出会いからやり直す。その際に記憶も何も消えるが。

 だが、ノア・ヴェンダーはアルトリア・ペンドラゴンを死なせないためにいる存在だ。そう簡単に覆らない。そして、仮に覆るとすれば、それは結局アルトリアが死ななければいけない。決まっている運命は、世界の意志でそうやってバランスを保つ。

 アルトリアの死をノア・ヴェンダーも認めないため、結局また繰り返される。

 

 それがさらにズレ始めたのは、マーリンがノア・ヴェンダーと繋がってからだ。マーリンとノアの繋がりは、経路(パス)の繋がりというだけではない。マーリンという存在の拡張でもある。

 

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 そんな現象になるのだ。

 ノアが死ぬとアルトリアの願いにより、聖杯の力により巻き戻る。その願いの対象がノアなのだから、聖杯の力はノアを中心に世界を包み込んでいく。それが繰り返されることで、量にしてみれば塵も同然ではあるのだが、その力が蓄積した。

 

 そしてそれが、繋がっているマーリンにも流れるようになった。それにより、マーリンは記憶がなくとも感覚だけで理解したのだ。

 そういう運命があり、世界がそうなっているのだと。

 理屈までを理解できているわけがないのだから、説明などできようはずがない。

 

「ヴェンダーくん」

 

「ん? えっ、どうしたマーリン!? 今度は何を仕掛ける気!?」

 

「何もしないさ。ただ……ボクにも分からないのだけどね。なんでこうしたいのか」

 

 背中に腕を回され、ノアは硬直した。何かまた魔術を行使するのかとも警戒したが、どうやら何もしないらしい。マーリン相手だとどうにも信用ならない。胡散臭いという言葉が歩き回っているような存在なのだから。

 しかしノアは信じられた。マーリンが魔術を仕掛けないということを。

 

 伏せられている表情は見えない。

 すべての女性の嫉妬を一身に受けそうなプロポーションで、マシュマロかと思わせるほどに柔らかな彼女の体。

 普段マーリンを女性として見ていなくても、こうされてしまえば意識はしてしまう。それが分かっているのか、マーリンはその細い腕にさらに力を入れた。

 

「気づいていると思うけれど、ボクは人に思い入れがあるわけじゃない。ただ人の営みを見ているだけでいいんだ。ああ、人の夢を覗くのも楽しみか」

 

「うん」

 

「それなのにね。キミはボクを狂わせる。特別でも何でもない。この世界にとって異質なキミが、ノア・ヴェンダーが、ボクにとっては少し違うようだ」

 

「マーリン……」

 

 マーリンとノアが繋がる。それはこれまでの繰り返しの中で1度だけ──ではない。ノアの中に聖杯の微弱な力が蓄積したように、繰り返しの中で蓄積したものはある。

 それはマーリンの中で生じる変化だったり。ノアの中にあるマーリンとの繋がりの残滓だったり。

 

「マーリン。俺かアルトリアの死は不可避なんだよな?」

 

「世界にそう定められているようだからね」

 

「世界を覆す……全然わかんねぇや」

 

「だろうね。一般人たるキミに世界の修正力とか話しても理解に困るだろうし」  

 

「抗うにはどうしたらいい?」

 

「簡単に聞くなぁ」

 

「素人だからな」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 素人だから難しさなんて正しく理解できない。

 運命に、世界の取り決めに抗うことの困難さ。それを理解しているのは、マーリンやアルトリアのように魔術の素養がある者ぐらいだろう。

 素人のそれは蛮勇に等しい。けれど、なればこそ力強く前を向けるのだろう。

 伏せていた顔を上げる。彼の目は予想通り曇りなく真っ直ぐで、勇気を奮い立たせているのが見える。いかにも人間らしい。

 

「キミに分かるように言おう。最後の戦いで、アルトリアとキミが死なないように抗いなさい」

 

「わかった。そのためには、戦う術を教わらないと駄目か」

 

「剣術は騎士に聞くといい。槍とかでも構わないだろうけど」

 

「剣にする。教えてくれそうなのはランスロット卿あたりだろうから。……剣術は?」

 

「気づいたかな? キミに私が魔術を教えるよ」

 

「え!? 俺魔術使えるの!?」

 

 運命に抗うための話だというのに、マーリンはいつもと同じ笑顔だ。その笑顔の意味をノアは汲み取れないが、マーリンに考えがあるのかなと適当にあたりをつける。半分ほど外れているのだが。

 

「キミの体を今調べさせてもらったんだけど」

 

「やっぱなんかしてたな」

 

 ノアの言葉を無視し、彼の背中に回していた腕を解く。ノアもそれに合わせて腕を解いた。

 マーリンは自由になった手で彼の胸をそっとなぞる。

 

「キミは一般人だから魔術回路を持っていない」

 

「ん? それって魔術使えるのか?」

 

「無理だね」

 

「?」

 

 魔術回路がなければ魔術を行使できない。それなのに魔術を教えるとはこれいかに。

 説明不足のマーリンの話にノアはついていけない。

 

「キミはキミの魔術回路を持っていないんだ」

 

「誰かのが紛れてるとか言う? そんなことあんの? 移植的なことをした記憶もないんだが?」

 

「ご明察だね。移植でもない。ただ、キミの中にボクの魔術回路が走っているだけさ」  

 

「待って怖いんだけど。だけって話じゃなくない? よくわからんけど絶対だけで済むことじゃないよな!」

 

「正確には走った痕だね。やり方は……へぇ、そういう……まぁキミならいいか」

 

「だから説明を!」

 

 会話をする気があるのかないのか。おそらく後者だろう。揶揄って楽しむというのも目的か。

 なんにせよ、マーリンはすべてを説明する気がなかった。

 ノアをベッドに押し倒し、指で彼の唇をなぞる。何が起きているのかわからずに混乱している姿は、彼女の目からして可愛らしい。

 マーリンはマーリンにできることをするために、空いている手を自分の服にかけた。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 ノア・ヴェンダーはマーリンの客人であり、アルトリアの友人である。円卓の騎士全員とは面識があるわけではなく、話す相手は限られていた。

 たとえばガレス卿。アルトリアに「ガレスちゃん」と呼ばれる人物であり、アルトリアを介して紹介された。ガウェイン卿とアグラヴェイン卿の妹であり、ノアの知る限り最年少なのだが、その槍術は侮ることなかれ。円卓の騎士に選ばれるだけの逸材に変わりないのだ。

 その繋がりで、ガウェイン卿とアグラヴェイン卿とは面識があるのだが、ノアがランスロット卿から剣術を学んでいることもあって、アグラヴェイン卿との関係は他の2人ほど良好とは言えない。

 

 人間関係はそれぞれ。同じ国、同じ円卓を囲うのだとしても、全員が全員関係良好というわけじゃない。それはどの時代であれ同じこと。

 人によっては、諸々の事情で関わると面倒な相手がいたりするものだ。

 ノアの場合、それがモードレッド卿にあたる。

 

「どうも」

 

「何してんだこんなとこで」

 

「アルトリアに呼ばれたから」

 

「父上を呼び捨てにするな。殺すぞ」

 

「怖い娘だなぁ」

 

「テメェ今オレを女扱いしたか?」

 

「発言する度に爆破するの何?」

 

「チッ。テメェが父上の友じゃなけりゃ切り刻んでるんだけどな」

 

 廊下でばったり会い、悪態をつくモードレッド卿にノアは苦笑を返す。その発言が嘘ではないことは、視線の鋭さと怒気と殺気で示されている。

 ノアはモードレッド卿が着ている鎧と、その腰に携えられている剣に視線を向けた。ガレスもそうだが、目の前にいるモードレッド卿もそうだ。彼女たちは、ノアよりも年齢が低いのに戦場に出ている。

 戦いたいわけではないが、アルトリアを護りたいノアにとって、騎士たちは皆等しく羨望の相手である。

 

「剣術を磨いてるようだがな。テメェみてぇな野郎が来るところじゃねぇよ」

 

「そうなんだろうな。けど、アルトリアの力になれるならって思うと、じっとはしていられないんだよ」

 

「ハッ! 父上の力になる? それこそ余計なお世話ってやつだぜ。父上にンなもんいらねぇんだよ」

 

「それも分かってる。でも──」 

 

「いい加減にしろテメェ!」

 

「ぐっ!」

 

 胸ぐらを掴まれ、モードレッド卿に壁に押し付けられる。押し込む力は強く、モードレッド卿の目にたしかな怒りが灯っていた。

 

「父上がテメェを遠ざけるのは何のためだ! 父上に見られてるテメェが!」

 

「モードレッドがこの立場なら大人しく待ち続けられるのかよ!」

 

「アァ?」

 

「護りたい人がいて! 力になれそうな手段があって! それでも何もしないって選択をできるのか! 俺は戦えるお前らが羨ましいよ……」

 

「……チッ」

 

 親子であれど、一般の親子のそれでも貴族のそれでもない。複雑な心境をぶつけるように、あるいは何かを示すようにモードレッド卿は戦場でその剣を振るう。

 運命を知りながらも、アルトリアに見られているからこそ、戦う術を身につけつつも、戦場に出られないノア。

 2人はある意味正反対だ。

 モードレッド卿は舌打ちし、突き放すようにノアを解放した。モードレッド卿はその場を去っていき、その途中で足を止めた。振り返ることはなく、ノアに言葉をぶつける。

 

「テメェみたいな平和ボケ野郎は、戦場にいると迷惑だ。もし出てくるってんなら、オレが殺す」

 

 

 

 モードレッド卿と別れ、ノアはアルトリアがいる部屋につく。ドアをノックする前に中から声をかけられた。どうして分かったのかを聞けば、直感で分かったのだと言う。女の勘の鋭さは男の理解を凌駕するものだ。

 

「足を運んでいただいたこと、感謝します」

 

「硬いな。2人なんだし、緩くていいんじゃないか?」

 

「そう、ですね。……いえ、これはもう型となっていまして」

 

「そっか。それならそのままで。ごめんな、変なこと言っちゃって」

 

「構いません。……ノア、服のその皺は」

 

 モードレッド卿に掴まれたことでついた皺。それに気づいたアルトリアが、何かあったのかと問いかけてくる。ノアを始末しようという声は一部から上がっており、半数以上がそれに反対していることでそれを抑えている。だが、もし勝手にノアに手を出そうものなら──。

 

「大丈夫だから。アルトリア」

 

 ぽんと肩に手を置かれ、アルトリアは視線を上げた。冷静にノアの顔を見るに、そういう輩と会ったわけじゃないことが読み取れる。

 そのことに一安心しつつ、それならば何があったのだろうと純粋な疑問が浮かんだ。

 

「来る途中でモードレッドに会ってちょっとな」

 

「まったくあの子は……」

 

「怒っても責めないでやってくれ。モードレッドにはモードレッドの信条があるんだろうし」

 

「ええ。わかっています」

 

 怒らないでやってくれ、とは言わない。騎士たちが言うには、アルトリアは怒らないのだとか。それはある意味理想の上司かもしれない。けれど人間味が薄れていく。ノアは彼女にそうなってほしくない。

 

「あちらで少し話をしましょう。あなたを呼んだのはそのためです」

 

「ワインが見えるんだが、飲む気か?」

 

「私だってワインくらい嗜みますよ」

 

「アルトリアは弱そうだなって話」

 

「何を言いますか。私は飲み比べでも負けませんよ」

 

「やったことあんの?」

 

「シミュレーションでは完璧です」

 

「え? それって妄想じゃん」

 

 そう口にした瞬間アルトリアは拗ねて頬を膨らませた。アルトリアにとってこういう事ができる相手は限られるのだ。

 ノアはアルトリアだけでなく、騎士たちの気苦労を垣間見た気がした。

 

「一杯だけだぞ」

 

「仕方ありませんね」

 

 窓際に設置された丸テーブル。向かい合うように2人は席につき、月明かりと部屋に灯るランプを頼りにワインを手に取る。ボトルを開け、用意されているグラスに注ぐ。香ばしい果実の匂いとアルコールの匂い。酒に弱い人はそれだけで遠慮することだろう。

 乾杯をしてワインを飲む。その行為1つ取っても、アルトリアの所作の良さが現れる。アルトリアはまだワインが残っているグラスをテーブルに置き、正面にいるノアに視線を向けた。

 

「ランスロット卿から剣の手ほどきを受けているそうですね」

 

「そうだな」

 

「マーリンからも魔術を学んでいるとか」

 

「あー、うん」

 

「何のために……と聞くのは野暮でしょうね。ですがはっきりと言います。私は、あなたを戦場に連れて行く気はないですよ」

 

 そうだろうなと呟いた。仮に円卓の騎士に迫る力をつけたとしても、アルトリアは認めないだろう。そういう人だとノアは知っている。

 

「俺は自分の身を守る力を身につけたいんじゃない。アルトリアも護れる力をつけたいんだ」

 

「……そういうことですか」

 

 ノアの動機。原動力。それを聞いただけで、アルトリアは彼の言いたいことを理解した。

 ノアはアルトリアを過小評価しない。その上で今の発言を考えれば、アルトリアの力だけでは防げない運命があるということになる。

 彼女は悟った。自分の運命を。

 自分に降り注ぐ災厄を。

 

「俺はこの世界にとって異質な存在だ。可能性はあるんだ」

 

「ですが、その場合ノア自身が命を落とすことになりかねません」

 

「分かってる。それから俺を護ってくれ。アルトリア」

 

「……!」

 

 アルトリアの運命を変えるためにノアが護る。

 ノアの運命を変えるためにアルトリアが護る。

 

 いかにも素人らしい考えだ。それ故に単純で、だからこそ一点集中できる。

 アルトリアはあらゆる展開を想定し、シュミレーションし、数多の作戦の立案と選別を繰り返す。その末に、一縷の望みをかけてその条件を飲み込む。

 

「ノア。共に生きましょう」

 

「もちろん。これからもよろしくなアルトリア」

 

 月の満ちた夜だった。

 その月明かりに照らされながら、2人は誓い合うのだった。

 

 

 

 

 

 月日は流れ。

 ブリテンの運命は終局を迎える。

 ランスロットと王妃ギネヴィアの不貞の告発。それに端を発し、円卓が割れる。ランスロットを裁くために軍が動き、その間にモードレッドが叛乱を起こす。アルトリアの率いる軍はその歩を戻し、運命の地たるカムランにて両軍が激突した。

 

「警告したってのに、わざわざ殺されに来たか。ノア」

 

「殺されないために来たんだ。モードレッド」

 

 一般兵たちが、騎士たちが激突していく。同じ国の軍なのだ。その力は拮抗し、戦場が赤く染まっていく。

 マーリンとの繋がりによる魔術の行使。ランスロット卿から教え込まれた剣術。ノアは培ったものを総動員し、さらにはアルトリアの魔術支援が加わり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 

 彼に足りないものはただ1つ。『経験』。それだけだ。

 

「ようやく来たか」

 

 ノアとの交戦中に、モードレッドが遠方を見て呟いた。その視線はアルトリア軍のさらに後方。数にして1個中隊から大隊ほど。

 

 それを率いるのは湖の騎士ランスロット。

 

 伝説では、カムランの戦いにアーサー王の援軍として行軍するも、間に合わなかったとされている。それがここでは戦場に間に合っている。援軍か敵軍か不明な状態で。

 いや、モードレッドの口ぶりからして彼らは。

 

「狙うは敵将の首。全軍突撃せよ!」

 

 号令と共に自身が先頭を駆ける。アルトリア軍は挟撃の形となり、前線でモードレッド軍と戦っていた円卓の騎士たちはそちらに手が回らない。

 

「サー・ガウェイン! 前方は任せます! 後方は私が!」

 

「はっ!」

 

 円卓にて最高の騎士たるランスロットを止めるには、同じ円卓の騎士しかいない。その騎士たちが後方にいない以上、アルトリア自身が止める他ないのだ。ランスロットも一直線にアルトリアの下へと向かっている。

 2人の交戦は確定した。

 しかしアルトリアの懸念が生まれる。ノアへの支援ができなくなることだ。

 

「これで父上の援護が消えた。終わりだな」

 

「いやいや終わるにはまだ早いさ」

 

「っ!」

 

 魔力が吸われるのを感じたモードレッドは、後方へと跳んでノアから距離を取る。追従するように魔術で作られた剣が数本放たれ、そのすべてを弾く。攻撃が止むとモードレッドは原因たる彼女を睨みつけた。

 

「何しに来やがった。マーリン!」

 

「彼に死なれたら困るからね」

 

 ふわりと花びらが舞うように現れ、花のように微笑む。マーリンはノアの頬にある切り傷を指で撫でた。

 傷口を触られる痛み。柔らかな彼女の手が与える安らぎ。

 撫でた直後から傷口が塞がっていき、マーリンがノアから手を離した頃には、顔にできていた傷が治されていた。それだけではない。それ以外の体の傷もだ。

 

「やはりキミに戦場は似合わないね」

 

「マーリンほどじゃない」

 

 彼女ほど戦場に似合わない存在はいないだろう。平穏な場所にいるような笑みを浮かべるのだ。いつもと変わらず、緊張感を霧散させ、調子を狂わせる。

 だが同時に、彼女ほどこんな局面で頼もしいと思わせる存在も他にない。

 

「ハッ! 夢魔のくせに情でも湧いたか? いや、せいぜいが真似事だな」

 

「どうなんだろうね」 

 

 応急手当を終えたマーリンが、モードレッドへと向き直りながら返答する。

 自身の胸に手を当てた。感じるものがあるのか。感じていると錯覚しているのか。自分のことなのに何もわからない。

 でもどちらでもいい。

 こうしたいと思って行動している。それで十分だ。

 

「終わりも未完も見たくはないけれど、どうせ終わりを見るのならハッピーエンドがいい。それだけのことさ」

 

 光弾を放ち、同時に人の丈ほどある鳥を2羽モードレッドの頭上から降らせる。今の距離ではモードレッドがひと呼吸の間に詰めれる。劣勢なのだ。だから苛烈な攻撃を続け、距離を作らせる。

 念には念を入れ、十二分に離れさせる。モードレッドは鬱陶しそうに舌打ちし、そして気怠そうに口を開いた。

 

「ハッピーエンドが見たいだァ? ()()()()()()()()()()()()()

 

「おかしな事を言っていないかい? 私は彼に生きていてほしいんだよ」

 

「テメェこそ()()()()()()()()()()。ハッピーエンドが見たいなら2人を殺すのが最適解だ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「……特異点?」

 

「……あぁ、そうか。死なないから冠位(グランド)にもならない。聖杯に呼ばれるわけでもないってことか。英霊は本来死んで座に着くっつう話だしな」

 

 ノアは話についていけず、ただ2人の会話を聞いていた。マーリンはモードレッドの話についていける。ついていけるからこそ、理解に苦しんだ。()()()()()()()()()

 特異点の中心がノアとアルトリアなのだとして、人理を守るためならば2人を討つのは正しい行為だ。モードレッドは人理を背負って戦っている。本人の気持ち的には、人理がオマケかもしれないが。

 

 マーリンとしては、人理自体にそこまでの興味はない。人間が完全に消滅するのなら、さすがにそれを防ぐのに手も貸そう。

 では今発生しているものはどうなのだろうか。なにせマーリンの千里眼にノアが映らない。繰り返しの続くこの世界は、人理にどこまで影響を及ぼしている?

 モードレッドは修復のために来た英霊。サーヴァントだ。マスターがいないのなら、世界が、人理側が呼んだということになる。

 

 ランスロットはなぜ間に合った? 

 

「彼もサーヴァントか」

 

「ああ。アイツと組まされるのは癪だったけどな」

 

 モードレッドはなぜキャメロットでノアを殺さなかったのか。それは、2人を同時に殺した方がいいと判断した魔女がいたからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この世界はあべこべだ。狂ってやがる」

 

 始まりはなんだったのか。どういう経緯があったのか。それを正しく認識できるものはいない。アルトリアとノアも記憶が飛んでいるから。

 正史との違い。物語との違いは、まずはノアの存在。彼は本来いない。

 次にアルトリアの存在。魔術の研究が大好きな彼女は、「旅の末にキャメロットに至る」だけの存在だ。本来この円卓の王じゃない。ペンドラゴンでもない。

 細かなことも言えば、この時代のイギリスでワインは造られていない。他にもあるが、挙げていくと時代と世界観が入り乱れていることがよくわかる。

 

 この特異点は小さなものだった。放っておいても人理に影響しないような。ほんの小さな願いから生まれた世界(特異点)

 どんな事情からか繰り返しが始まり、やがてアルトリアは「もう1つの可能性」たる騎士王の人生を追体験するようになった。

 そしてそれは、繰り返しの果てに人理を脅かすものになってしまった。

 

「モードレッド。話がよくわからないんだが」

 

「テメェと父上が同時に死ねばいいんだよ。人理、分かるように言ったら正史か? それが歪んでっから修復する」

 

「人類の歴史を正すために死ねと?」

 

「理解できたか。じゃあ死ね」

 

 胸の前で剣を構えたモードレッドは、魔力の放出を始める。赤雷の魔力は猛々しく、それはモードレッド自身の在り方を示しているようだった。魔力が剣を覆い、さらには天上へと伸びていく。

 それを見ながらノアは考えた。モードレッドの語ったことを。このままでは人類に影響を及ぼすということを。正しいことは何なのかを。

 

「マスター無しで存在できるのは、地脈から魔力を供給されているからか」

 

「マーリン」 

 

「なんだい?」

 

「どう考えても、俺は死んだほうがよさそうだ」

 

「……」

 

「アルトリアは納得するかな? 俺が先にこれで殺されたら、聖杯でまた戻すかもしれない。だからさ、アルトリアを説得してくれないかな」

 

「それはこっちとしても助かるなァ。逃げずに戦えって言い含めてくれりゃあオレが殺す」

 

 モードレッドが展開するは宝具。英霊を英霊たらしてるもの。アーサー王のエクスカリバーのように。大地を割ったアーラシュの一撃のように。

 モードレッドのそれは、アーサー王を殺したという部分から宝具となっている。

 

我が麗しき父への叛逆(クラレントブラッドアーサー)

 

 モードレッドが振るう。大地を裂くほどの赤い雷撃が放たれる。

 それが見えたのは一瞬だ。モードレッドが振るった姿。迸る雷撃が視界を覆い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アァ?」

 

「マー、リン…………?」

 

「はは、なに……してるんだろうね。私は」

 

 モードレッドの宝具にて殺されるはずだったノアを庇い、彼女は重傷を追っていた。魔術による防御で威力を削るも、宝具を防ぎ切ることはできなかったのだ。その背中は焼け、誰もが綺麗だと言う姿は見るも無残な状態に。

 

「困ったな……。髪がちりちりに、なってしまった」

 

「マーリンなんで!」

 

「そんな顔、しないでくれ。私は夢魔との混血だけど、そちらの側面が……強い。体を失っても……死ぬわけじゃないのさ」

 

「そうじゃない! それもだけどそうじゃないだろ! なんで庇った!」

 

「……人理よりも、キミのことを見ていたいから。私にとって、キミの命は短なものだ。たとえ100歳になっても。……いずれ、私は残される……。でも、それは今じゃない」

  

 ふわりと微笑む彼女は、その表情はいつもよりも自然で。

 

「生きてほしい。ボクの花(My darling)

 

 いつもより綺麗なものだった。

 

「マーリン!」

 

 彼女の温もりが、重さが消えていく。

 輝ける粒子に手を伸ばすもそれはすり抜け。彼女の体はここに消滅した。

 

「邪魔が入ったが、まあいいか。テメェの首を跳ねて、挟撃すりゃ父上も殺れるな」

 

 打ちひしがれるノアに近づき、アルトリアとランスロットの戦いに目を向ける。近づいてしまえばたとえアルトリアが相手であれど、ランスロットが遅れを取るわけがない。

 そのはずだったのに、モードレッドの眼前には魔術による光線が迫っていた。

 

「チィ!!」

 

 超人的な反応速度で体を動かし、頬を掠める程度で済ませる。

 

「野郎──」

 

 負けやがったな──と言おうとするもその暇はない。次々に飛来する魔術を躱し、防いでいかないといけない。それが止んだ頃には、モードレッドはノアから30mほど離されていた。

 過激な連撃をしてきたアルトリアだが、無傷というわけでもない。ランスロットとの戦いを物語るように、彼女の体もまた血を流していた。左腕は不自然に揺らいでおり、片腕しか動かなくなっていることがわかる。

 

「ノア。大丈夫ですか?」

 

「……うん。大丈夫。話、聞いた?」

 

「はい。特異点ということは聞きました」

 

「そっか。アルトリア。我儘言っていい?」

 

「いいですよ。私も1つありますから」

 

 それを言う必要はなかった。2人の意見は合致してるから。

 ノアは立ち上がり、アルトリアの右手と自身の左手を重ねる。どちらからともなくそれを頭上に掲げ、黄金の輝きが放たれていく。

 

「どっからそんな魔力……そういうことかよ!」

 

 疲労している2人が出せる魔力量を上回る輝き。

 その絡繰に思い当たるものは1つしかない。則ち『聖杯』である。

 この世界(特異点)の中心はこの2人だ。本来ならどちらかが持っているもの。しかしノアとアルトリアは、自覚こそしていなかったが聖杯を半分ずつ持っていた。

 

 どちらかが命を落とせばその半分が現出し、残りの半分が自動で合わさる。だから聖杯は必ず生き残った方の目の前に現れて願いを叶えた。

 ノアの中で蓄積するのもそういうことだ。聖杯の力が聖杯に貯まるのは当然なのだから。

 その蓄積分が、今放たれる。

 

「上等だ。諸共ぶっ飛ばしてやるよ!」

 

 大地から吸い上げるように、モードレッドの魔力も高まっていく。この一撃で決着だと分かっているから、体の限界まで魔力を引き出す。

 

「アルトリア」

 

「はい」

 

「さっき死のうとしてごめん」

 

「これからも一緒に生きてくれるのなら、許しますよ」

 

「ありがとう」

 

 2人の手が握りしは、かつての大英雄が使っていたとされる大剣。

 アーサー王が「威力だけはエクスカリバーより強力」と言い、時に使用したとされる宝具。

 本来ならアルトリアが魔術で再現する「神話礼装」。それをノアの中に蓄積された聖杯の力を用い、()()()()()()()()

 

「これこそは我が父を滅ぼし邪剣──我が麗しき父への叛逆(クラレントブラッドアーサー)!!」

 

「望みしは始まり」

「願いしは平穏」

 

「「約束をここに(マルミアドワーズ)!」」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 ロンドンからおよそ北に400km。マンチェスターよりもさらに北。そこには湖水が集結し、湖水地方と呼ばれる地域が広がっている。そこは観光地として人気がある場所で、その内の1つであるグラスミアという小さな村に、ノアの祖父母の家がある。

 祖母の拘りでテラスに設置されたテーブル。村の中でも端に位置するこの家なら、そのテラスから景色を一望することが可能だ。そこには1組の男女がおり、女性が椅子に座って柔らかな笑みとともに相手を見守る。見られている彼は緊張しているのか、動きが少し固かった。

 無理もないことだろう。彼女ほど綺麗な女性はこの世に存在せず、絶世の美女という言葉は彼女を表すために作られた。そう言えるほどの女性なのだから。

 

 何も知らない人たちはそう思うだろう。彼が勇気を出してお茶に誘ったのだと思うだろう。

 しかし実はそうじゃない。2人は既に知り合っている。彼が緊張しているのは違う理由だ。

 

「自信作のアップルパイなんだけど……どうだ?」

 

「ふふっ、そこまで緊張するのかい? あの夜よりも緊張しているように見えるのは複雑だね」

 

「緊張の種類が違うんだよ。って、その話はいいだろ!」

 

 襲われたに等しいのだから。

 

「体無しに見ていたけど、まさかそういう終わらせ方をするとはね」

 

「マーリンが言ってたことだろ。聖杯はいつの時代でもどこにでも現れるものだって」

 

「運がいいのか何なのか。いや、キミたちが掴んだ運命(希望)か。アルトリアは?」

 

「下で準備してるよ。この上ない笑顔で」

 

「そうだろうね。あの子は本来そういう子だ」

 

 会話をしながらノアは落ち着かない様子で、ちらちらとマーリンの前に置いたアップルパイに視線を向ける。それに当然気づいているマーリンは、意地悪そうに揶揄う。

 

「うっせ。マーリンのために作ったんだから早く食ってくれよ」

 

「……。キミも意地悪になったねぇ」

 

「は?」

 

「ではいただこうか」

 

 フォークで一口サイズに切り分け、ノアの自信作たるアップルパイを口に運ぶ。いつぞやにしたような気がする約束を果たすように。

 どうだ、と聞いた。

 彼女は変わらず笑顔のままだ。

 

「うーん。分からないね」

 

「そうか……」 

 

 どんな料理であれ、味がいまいち分からない。それがマーリンという存在だ。

 そんな彼女が、美味しいと思えるものを作ってあげたい。人ならざる彼女にそう思うのが、ノアという人間だ。

 結果はこの通りだが、それなら次はどうしようとノアは既に考え始めている。そんな彼の前に、マーリンが切り分けた一口サイズのアップルパイが差し出される。君も食べるのだと目で語って。

 

「味見はしたんだけどな……」

 

 そう言いながらノアは、マーリンに口に入れてもらった。味の分析を再度するために、目を瞑って味に集中する。触感、舌触り、薫り、素材の味に味付け。気にする箇所は多い。

 生地はサクサクとした触感。小麦の匂いと林檎の匂いが殺し合わない。

 食欲を掻き立てる匂い。林檎の甘さ。加えた味付け。

 口に重ねられた柔らかな感触と湿り気。

 

「!?」

 

「ん……ちゅっ」

 

 口の中に潜り込まされた舌。それを認知した瞬間思考が吹き飛び、味が何も分からなくなる。舌を絡められ、吸われる。

 

「んっ、ふぅ……。うん。やっぱり()()が甘くて美味しいね」

 

「なっ、なぁっ……!!」

 

 顔を林檎と同じ色に染めたノアに、マーリンは美しく(艶っぽく)笑った。

 

 

 

 

 

 




 It's a fairy tale.

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  • プロトマーリン
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