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マーリンの話を、ノアとアルトリアは咀嚼するのに時間がかかった。ノアの目的は元の世界に帰ること。その手段として最も有効だと考えられるものが聖杯。しかしその聖杯の出現条件が、「ノアかアルトリアの死」である。ノアが帰るにはアルトリアが死なないといけない。
アルトリアの運命は、『アーサー王物語』をなぞれば最後の戦いによる死である。物語自体には別の解釈もあるが、マーリンの口ぶりからして死という運命が決まっている。
「待ってくださいマーリン。何がなんだか……。あなたは説明を省くことが多いですが、今回のは特に酷いです」
「自覚はしているとも。私も自分で言いながら実感を得ていない。不思議と、確信はあるのだけどね」
「意味がわかりません……」
「でも、マーリンが言うのならそうなんだろ。マーリンは嘘はつかないから」
「話を受け入れてもらえるのは助かるけれど、落ち着いているね」
「実感がないってのが大きいな。それに、判っているのなら何か手を打てるかもしれないだろ?」
アルトリアが
ノアの目的が追加される。アルトリアを死の運命から逃すことだ。その辺りの話を、先を知らないアルトリアを含めて話すわけにはいかない。頭に留めておこうと話を着地させ、その場で解散する。
ノアはマーリンの工房へと足を運び、先程の話を続けた。
より踏み込んで。
「マーリンの千里眼には、俺のことが映らないんじゃなかったっけ?」
「うん。それは今でも映らない。そこは変わってないんだよ」
「じゃあどうやって分かったわけ?」
「説明し難いね。漠然とした感覚で、としか言いようがないんだ」
「そっか」
それなら仕方ないなと追及をやめる。説明を省いているのではなく、はぶらかしているわけでもない。説明したくてもできない。それならそこを聞き続ける意味がない。
マーリンが
順を追っていくとこうだ。
彼の死はアルトリアの生存に繋がる。なにせ彼の死でアルトリアは大規模魔術を行使し、本来刺し違える運命を一方的な勝利へと変えるのだから。死の運命の対価。それがノア・ヴェンダーの死。
しかしアルトリアはその運命を認めない。ノアが生きて元の世界に帰ることを願う。すべてを巻き戻し、その際にほんの僅かな相違点も生まれる。正確に言えば、平行世界の追加だ。新たに生まれた平行世界で、ノアとの出会いからやり直す。その際に記憶も何も消えるが。
だが、ノア・ヴェンダーはアルトリア・ペンドラゴンを死なせないためにいる存在だ。そう簡単に覆らない。そして、仮に覆るとすれば、それは結局アルトリアが死ななければいけない。決まっている運命は、世界の意志でそうやってバランスを保つ。
アルトリアの死をノア・ヴェンダーも認めないため、結局また繰り返される。
それがさらにズレ始めたのは、マーリンがノア・ヴェンダーと繋がってからだ。マーリンとノアの繋がりは、
そんな現象になるのだ。
ノアが死ぬとアルトリアの願いにより、聖杯の力により巻き戻る。その願いの対象がノアなのだから、聖杯の力はノアを中心に世界を包み込んでいく。それが繰り返されることで、量にしてみれば塵も同然ではあるのだが、その力が蓄積した。
そしてそれが、繋がっているマーリンにも流れるようになった。それにより、マーリンは記憶がなくとも感覚だけで理解したのだ。
そういう運命があり、世界がそうなっているのだと。
理屈までを理解できているわけがないのだから、説明などできようはずがない。
「ヴェンダーくん」
「ん? えっ、どうしたマーリン!? 今度は何を仕掛ける気!?」
「何もしないさ。ただ……ボクにも分からないのだけどね。なんでこうしたいのか」
背中に腕を回され、ノアは硬直した。何かまた魔術を行使するのかとも警戒したが、どうやら何もしないらしい。マーリン相手だとどうにも信用ならない。胡散臭いという言葉が歩き回っているような存在なのだから。
しかしノアは信じられた。マーリンが魔術を仕掛けないということを。
伏せられている表情は見えない。
すべての女性の嫉妬を一身に受けそうなプロポーションで、マシュマロかと思わせるほどに柔らかな彼女の体。
普段マーリンを女性として見ていなくても、こうされてしまえば意識はしてしまう。それが分かっているのか、マーリンはその細い腕にさらに力を入れた。
「気づいていると思うけれど、ボクは人に思い入れがあるわけじゃない。ただ人の営みを見ているだけでいいんだ。ああ、人の夢を覗くのも楽しみか」
「うん」
「それなのにね。キミはボクを狂わせる。特別でも何でもない。この世界にとって異質なキミが、ノア・ヴェンダーが、ボクにとっては少し違うようだ」
「マーリン……」
マーリンとノアが繋がる。それはこれまでの繰り返しの中で1度だけ──ではない。ノアの中に聖杯の微弱な力が蓄積したように、繰り返しの中で蓄積したものはある。
それはマーリンの中で生じる変化だったり。ノアの中にあるマーリンとの繋がりの残滓だったり。
「マーリン。俺かアルトリアの死は不可避なんだよな?」
「世界にそう定められているようだからね」
「世界を覆す……全然わかんねぇや」
「だろうね。一般人たるキミに世界の修正力とか話しても理解に困るだろうし」
「抗うにはどうしたらいい?」
「簡単に聞くなぁ」
「素人だからな」
「ふふっ、そうだね」
素人だから難しさなんて正しく理解できない。
運命に、世界の取り決めに抗うことの困難さ。それを理解しているのは、マーリンやアルトリアのように魔術の素養がある者ぐらいだろう。
素人のそれは蛮勇に等しい。けれど、なればこそ力強く前を向けるのだろう。
伏せていた顔を上げる。彼の目は予想通り曇りなく真っ直ぐで、勇気を奮い立たせているのが見える。いかにも人間らしい。
「キミに分かるように言おう。最後の戦いで、アルトリアとキミが死なないように抗いなさい」
「わかった。そのためには、戦う術を教わらないと駄目か」
「剣術は騎士に聞くといい。槍とかでも構わないだろうけど」
「剣にする。教えてくれそうなのはランスロット卿あたりだろうから。……剣術は?」
「気づいたかな? キミに私が魔術を教えるよ」
「え!? 俺魔術使えるの!?」
運命に抗うための話だというのに、マーリンはいつもと同じ笑顔だ。その笑顔の意味をノアは汲み取れないが、マーリンに考えがあるのかなと適当にあたりをつける。半分ほど外れているのだが。
「キミの体を今調べさせてもらったんだけど」
「やっぱなんかしてたな」
ノアの言葉を無視し、彼の背中に回していた腕を解く。ノアもそれに合わせて腕を解いた。
マーリンは自由になった手で彼の胸をそっとなぞる。
「キミは一般人だから魔術回路を持っていない」
「ん? それって魔術使えるのか?」
「無理だね」
「?」
魔術回路がなければ魔術を行使できない。それなのに魔術を教えるとはこれいかに。
説明不足のマーリンの話にノアはついていけない。
「キミはキミの魔術回路を持っていないんだ」
「誰かのが紛れてるとか言う? そんなことあんの? 移植的なことをした記憶もないんだが?」
「ご明察だね。移植でもない。ただ、キミの中にボクの魔術回路が走っているだけさ」
「待って怖いんだけど。だけって話じゃなくない? よくわからんけど絶対だけで済むことじゃないよな!」
「正確には走った痕だね。やり方は……へぇ、そういう……まぁキミならいいか」
「だから説明を!」
会話をする気があるのかないのか。おそらく後者だろう。揶揄って楽しむというのも目的か。
なんにせよ、マーリンはすべてを説明する気がなかった。
ノアをベッドに押し倒し、指で彼の唇をなぞる。何が起きているのかわからずに混乱している姿は、彼女の目からして可愛らしい。
マーリンはマーリンにできることをするために、空いている手を自分の服にかけた。
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ノア・ヴェンダーはマーリンの客人であり、アルトリアの友人である。円卓の騎士全員とは面識があるわけではなく、話す相手は限られていた。
たとえばガレス卿。アルトリアに「ガレスちゃん」と呼ばれる人物であり、アルトリアを介して紹介された。ガウェイン卿とアグラヴェイン卿の妹であり、ノアの知る限り最年少なのだが、その槍術は侮ることなかれ。円卓の騎士に選ばれるだけの逸材に変わりないのだ。
その繋がりで、ガウェイン卿とアグラヴェイン卿とは面識があるのだが、ノアがランスロット卿から剣術を学んでいることもあって、アグラヴェイン卿との関係は他の2人ほど良好とは言えない。
人間関係はそれぞれ。同じ国、同じ円卓を囲うのだとしても、全員が全員関係良好というわけじゃない。それはどの時代であれ同じこと。
人によっては、諸々の事情で関わると面倒な相手がいたりするものだ。
ノアの場合、それがモードレッド卿にあたる。
「どうも」
「何してんだこんなとこで」
「アルトリアに呼ばれたから」
「父上を呼び捨てにするな。殺すぞ」
「怖い娘だなぁ」
「テメェ今オレを女扱いしたか?」
「発言する度に爆破するの何?」
「チッ。テメェが父上の友じゃなけりゃ切り刻んでるんだけどな」
廊下でばったり会い、悪態をつくモードレッド卿にノアは苦笑を返す。その発言が嘘ではないことは、視線の鋭さと怒気と殺気で示されている。
ノアはモードレッド卿が着ている鎧と、その腰に携えられている剣に視線を向けた。ガレスもそうだが、目の前にいるモードレッド卿もそうだ。彼女たちは、ノアよりも年齢が低いのに戦場に出ている。
戦いたいわけではないが、アルトリアを護りたいノアにとって、騎士たちは皆等しく羨望の相手である。
「剣術を磨いてるようだがな。テメェみてぇな野郎が来るところじゃねぇよ」
「そうなんだろうな。けど、アルトリアの力になれるならって思うと、じっとはしていられないんだよ」
「ハッ! 父上の力になる? それこそ余計なお世話ってやつだぜ。父上にンなもんいらねぇんだよ」
「それも分かってる。でも──」
「いい加減にしろテメェ!」
「ぐっ!」
胸ぐらを掴まれ、モードレッド卿に壁に押し付けられる。押し込む力は強く、モードレッド卿の目にたしかな怒りが灯っていた。
「父上がテメェを遠ざけるのは何のためだ! 父上に見られてるテメェが!」
「モードレッドがこの立場なら大人しく待ち続けられるのかよ!」
「アァ?」
「護りたい人がいて! 力になれそうな手段があって! それでも何もしないって選択をできるのか! 俺は戦えるお前らが羨ましいよ……」
「……チッ」
親子であれど、一般の親子のそれでも貴族のそれでもない。複雑な心境をぶつけるように、あるいは何かを示すようにモードレッド卿は戦場でその剣を振るう。
運命を知りながらも、アルトリアに見られているからこそ、戦う術を身につけつつも、戦場に出られないノア。
2人はある意味正反対だ。
モードレッド卿は舌打ちし、突き放すようにノアを解放した。モードレッド卿はその場を去っていき、その途中で足を止めた。振り返ることはなく、ノアに言葉をぶつける。
「テメェみたいな平和ボケ野郎は、戦場にいると迷惑だ。もし出てくるってんなら、オレが殺す」
モードレッド卿と別れ、ノアはアルトリアがいる部屋につく。ドアをノックする前に中から声をかけられた。どうして分かったのかを聞けば、直感で分かったのだと言う。女の勘の鋭さは男の理解を凌駕するものだ。
「足を運んでいただいたこと、感謝します」
「硬いな。2人なんだし、緩くていいんじゃないか?」
「そう、ですね。……いえ、これはもう型となっていまして」
「そっか。それならそのままで。ごめんな、変なこと言っちゃって」
「構いません。……ノア、服のその皺は」
モードレッド卿に掴まれたことでついた皺。それに気づいたアルトリアが、何かあったのかと問いかけてくる。ノアを始末しようという声は一部から上がっており、半数以上がそれに反対していることでそれを抑えている。だが、もし勝手にノアに手を出そうものなら──。
「大丈夫だから。アルトリア」
ぽんと肩に手を置かれ、アルトリアは視線を上げた。冷静にノアの顔を見るに、そういう輩と会ったわけじゃないことが読み取れる。
そのことに一安心しつつ、それならば何があったのだろうと純粋な疑問が浮かんだ。
「来る途中でモードレッドに会ってちょっとな」
「まったくあの子は……」
「怒っても責めないでやってくれ。モードレッドにはモードレッドの信条があるんだろうし」
「ええ。わかっています」
怒らないでやってくれ、とは言わない。騎士たちが言うには、アルトリアは怒らないのだとか。それはある意味理想の上司かもしれない。けれど人間味が薄れていく。ノアは彼女にそうなってほしくない。
「あちらで少し話をしましょう。あなたを呼んだのはそのためです」
「ワインが見えるんだが、飲む気か?」
「私だってワインくらい嗜みますよ」
「アルトリアは弱そうだなって話」
「何を言いますか。私は飲み比べでも負けませんよ」
「やったことあんの?」
「シミュレーションでは完璧です」
「え? それって妄想じゃん」
そう口にした瞬間アルトリアは拗ねて頬を膨らませた。アルトリアにとってこういう事ができる相手は限られるのだ。
ノアはアルトリアだけでなく、騎士たちの気苦労を垣間見た気がした。
「一杯だけだぞ」
「仕方ありませんね」
窓際に設置された丸テーブル。向かい合うように2人は席につき、月明かりと部屋に灯るランプを頼りにワインを手に取る。ボトルを開け、用意されているグラスに注ぐ。香ばしい果実の匂いとアルコールの匂い。酒に弱い人はそれだけで遠慮することだろう。
乾杯をしてワインを飲む。その行為1つ取っても、アルトリアの所作の良さが現れる。アルトリアはまだワインが残っているグラスをテーブルに置き、正面にいるノアに視線を向けた。
「ランスロット卿から剣の手ほどきを受けているそうですね」
「そうだな」
「マーリンからも魔術を学んでいるとか」
「あー、うん」
「何のために……と聞くのは野暮でしょうね。ですがはっきりと言います。私は、あなたを戦場に連れて行く気はないですよ」
そうだろうなと呟いた。仮に円卓の騎士に迫る力をつけたとしても、アルトリアは認めないだろう。そういう人だとノアは知っている。
「俺は自分の身を守る力を身につけたいんじゃない。アルトリアも護れる力をつけたいんだ」
「……そういうことですか」
ノアの動機。原動力。それを聞いただけで、アルトリアは彼の言いたいことを理解した。
ノアはアルトリアを過小評価しない。その上で今の発言を考えれば、アルトリアの力だけでは防げない運命があるということになる。
彼女は悟った。自分の運命を。
自分に降り注ぐ災厄を。
「俺はこの世界にとって異質な存在だ。可能性はあるんだ」
「ですが、その場合ノア自身が命を落とすことになりかねません」
「分かってる。それから俺を護ってくれ。アルトリア」
「……!」
アルトリアの運命を変えるためにノアが護る。
ノアの運命を変えるためにアルトリアが護る。
いかにも素人らしい考えだ。それ故に単純で、だからこそ一点集中できる。
アルトリアはあらゆる展開を想定し、シュミレーションし、数多の作戦の立案と選別を繰り返す。その末に、一縷の望みをかけてその条件を飲み込む。
「ノア。共に生きましょう」
「もちろん。これからもよろしくなアルトリア」
月の満ちた夜だった。
その月明かりに照らされながら、2人は誓い合うのだった。
月日は流れ。
ブリテンの運命は終局を迎える。
ランスロットと王妃ギネヴィアの不貞の告発。それに端を発し、円卓が割れる。ランスロットを裁くために軍が動き、その間にモードレッドが叛乱を起こす。アルトリアの率いる軍はその歩を戻し、運命の地たるカムランにて両軍が激突した。
「警告したってのに、わざわざ殺されに来たか。ノア」
「殺されないために来たんだ。モードレッド」
一般兵たちが、騎士たちが激突していく。同じ国の軍なのだ。その力は拮抗し、戦場が赤く染まっていく。
マーリンとの繋がりによる魔術の行使。ランスロット卿から教え込まれた剣術。ノアは培ったものを総動員し、さらにはアルトリアの魔術支援が加わり、
彼に足りないものはただ1つ。『経験』。それだけだ。
「ようやく来たか」
ノアとの交戦中に、モードレッドが遠方を見て呟いた。その視線はアルトリア軍のさらに後方。数にして1個中隊から大隊ほど。
それを率いるのは湖の騎士ランスロット。
伝説では、カムランの戦いにアーサー王の援軍として行軍するも、間に合わなかったとされている。それがここでは戦場に間に合っている。援軍か敵軍か不明な状態で。
いや、モードレッドの口ぶりからして彼らは。
「狙うは敵将の首。全軍突撃せよ!」
号令と共に自身が先頭を駆ける。アルトリア軍は挟撃の形となり、前線でモードレッド軍と戦っていた円卓の騎士たちはそちらに手が回らない。
「サー・ガウェイン! 前方は任せます! 後方は私が!」
「はっ!」
円卓にて最高の騎士たるランスロットを止めるには、同じ円卓の騎士しかいない。その騎士たちが後方にいない以上、アルトリア自身が止める他ないのだ。ランスロットも一直線にアルトリアの下へと向かっている。
2人の交戦は確定した。
しかしアルトリアの懸念が生まれる。ノアへの支援ができなくなることだ。
「これで父上の援護が消えた。終わりだな」
「いやいや終わるにはまだ早いさ」
「っ!」
魔力が吸われるのを感じたモードレッドは、後方へと跳んでノアから距離を取る。追従するように魔術で作られた剣が数本放たれ、そのすべてを弾く。攻撃が止むとモードレッドは原因たる彼女を睨みつけた。
「何しに来やがった。マーリン!」
「彼に死なれたら困るからね」
ふわりと花びらが舞うように現れ、花のように微笑む。マーリンはノアの頬にある切り傷を指で撫でた。
傷口を触られる痛み。柔らかな彼女の手が与える安らぎ。
撫でた直後から傷口が塞がっていき、マーリンがノアから手を離した頃には、顔にできていた傷が治されていた。それだけではない。それ以外の体の傷もだ。
「やはりキミに戦場は似合わないね」
「マーリンほどじゃない」
彼女ほど戦場に似合わない存在はいないだろう。平穏な場所にいるような笑みを浮かべるのだ。いつもと変わらず、緊張感を霧散させ、調子を狂わせる。
だが同時に、彼女ほどこんな局面で頼もしいと思わせる存在も他にない。
「ハッ! 夢魔のくせに情でも湧いたか? いや、せいぜいが真似事だな」
「どうなんだろうね」
応急手当を終えたマーリンが、モードレッドへと向き直りながら返答する。
自身の胸に手を当てた。感じるものがあるのか。感じていると錯覚しているのか。自分のことなのに何もわからない。
でもどちらでもいい。
こうしたいと思って行動している。それで十分だ。
「終わりも未完も見たくはないけれど、どうせ終わりを見るのならハッピーエンドがいい。それだけのことさ」
光弾を放ち、同時に人の丈ほどある鳥を2羽モードレッドの頭上から降らせる。今の距離ではモードレッドがひと呼吸の間に詰めれる。劣勢なのだ。だから苛烈な攻撃を続け、距離を作らせる。
念には念を入れ、十二分に離れさせる。モードレッドは鬱陶しそうに舌打ちし、そして気怠そうに口を開いた。
「ハッピーエンドが見たいだァ?
「おかしな事を言っていないかい? 私は彼に生きていてほしいんだよ」
「テメェこそ
「……特異点?」
「……あぁ、そうか。死なないから
ノアは話についていけず、ただ2人の会話を聞いていた。マーリンはモードレッドの話についていける。ついていけるからこそ、理解に苦しんだ。
特異点の中心がノアとアルトリアなのだとして、人理を守るためならば2人を討つのは正しい行為だ。モードレッドは人理を背負って戦っている。本人の気持ち的には、人理がオマケかもしれないが。
マーリンとしては、人理自体にそこまでの興味はない。人間が完全に消滅するのなら、さすがにそれを防ぐのに手も貸そう。
では今発生しているものはどうなのだろうか。なにせマーリンの千里眼にノアが映らない。繰り返しの続くこの世界は、人理にどこまで影響を及ぼしている?
モードレッドは修復のために来た英霊。サーヴァントだ。マスターがいないのなら、世界が、人理側が呼んだということになる。
ランスロットはなぜ間に合った?
「彼もサーヴァントか」
「ああ。アイツと組まされるのは癪だったけどな」
モードレッドはなぜキャメロットでノアを殺さなかったのか。それは、2人を同時に殺した方がいいと判断した魔女がいたからだ。
「この世界はあべこべだ。狂ってやがる」
始まりはなんだったのか。どういう経緯があったのか。それを正しく認識できるものはいない。アルトリアとノアも記憶が飛んでいるから。
正史との違い。物語との違いは、まずはノアの存在。彼は本来いない。
次にアルトリアの存在。魔術の研究が大好きな彼女は、「旅の末にキャメロットに至る」だけの存在だ。本来この円卓の王じゃない。ペンドラゴンでもない。
細かなことも言えば、この時代のイギリスでワインは造られていない。他にもあるが、挙げていくと時代と世界観が入り乱れていることがよくわかる。
この特異点は小さなものだった。放っておいても人理に影響しないような。ほんの小さな願いから生まれた
どんな事情からか繰り返しが始まり、やがてアルトリアは「もう1つの可能性」たる騎士王の人生を追体験するようになった。
そしてそれは、繰り返しの果てに人理を脅かすものになってしまった。
「モードレッド。話がよくわからないんだが」
「テメェと父上が同時に死ねばいいんだよ。人理、分かるように言ったら正史か? それが歪んでっから修復する」
「人類の歴史を正すために死ねと?」
「理解できたか。じゃあ死ね」
胸の前で剣を構えたモードレッドは、魔力の放出を始める。赤雷の魔力は猛々しく、それはモードレッド自身の在り方を示しているようだった。魔力が剣を覆い、さらには天上へと伸びていく。
それを見ながらノアは考えた。モードレッドの語ったことを。このままでは人類に影響を及ぼすということを。正しいことは何なのかを。
「マスター無しで存在できるのは、地脈から魔力を供給されているからか」
「マーリン」
「なんだい?」
「どう考えても、俺は死んだほうがよさそうだ」
「……」
「アルトリアは納得するかな? 俺が先にこれで殺されたら、聖杯でまた戻すかもしれない。だからさ、アルトリアを説得してくれないかな」
「それはこっちとしても助かるなァ。逃げずに戦えって言い含めてくれりゃあオレが殺す」
モードレッドが展開するは宝具。英霊を英霊たらしてるもの。アーサー王のエクスカリバーのように。大地を割ったアーラシュの一撃のように。
モードレッドのそれは、アーサー王を殺したという部分から宝具となっている。
「
モードレッドが振るう。大地を裂くほどの赤い雷撃が放たれる。
それが見えたのは一瞬だ。モードレッドが振るった姿。迸る雷撃が視界を覆い。
「アァ?」
「マー、リン…………?」
「はは、なに……してるんだろうね。私は」
モードレッドの宝具にて殺されるはずだったノアを庇い、彼女は重傷を追っていた。魔術による防御で威力を削るも、宝具を防ぎ切ることはできなかったのだ。その背中は焼け、誰もが綺麗だと言う姿は見るも無残な状態に。
「困ったな……。髪がちりちりに、なってしまった」
「マーリンなんで!」
「そんな顔、しないでくれ。私は夢魔との混血だけど、そちらの側面が……強い。体を失っても……死ぬわけじゃないのさ」
「そうじゃない! それもだけどそうじゃないだろ! なんで庇った!」
「……人理よりも、キミのことを見ていたいから。私にとって、キミの命は短なものだ。たとえ100歳になっても。……いずれ、私は残される……。でも、それは今じゃない」
ふわりと微笑む彼女は、その表情はいつもよりも自然で。
「生きてほしい。
いつもより綺麗なものだった。
「マーリン!」
彼女の温もりが、重さが消えていく。
輝ける粒子に手を伸ばすもそれはすり抜け。彼女の体はここに消滅した。
「邪魔が入ったが、まあいいか。テメェの首を跳ねて、挟撃すりゃ父上も殺れるな」
打ちひしがれるノアに近づき、アルトリアとランスロットの戦いに目を向ける。近づいてしまえばたとえアルトリアが相手であれど、ランスロットが遅れを取るわけがない。
そのはずだったのに、モードレッドの眼前には魔術による光線が迫っていた。
「チィ!!」
超人的な反応速度で体を動かし、頬を掠める程度で済ませる。
「野郎──」
負けやがったな──と言おうとするもその暇はない。次々に飛来する魔術を躱し、防いでいかないといけない。それが止んだ頃には、モードレッドはノアから30mほど離されていた。
過激な連撃をしてきたアルトリアだが、無傷というわけでもない。ランスロットとの戦いを物語るように、彼女の体もまた血を流していた。左腕は不自然に揺らいでおり、片腕しか動かなくなっていることがわかる。
「ノア。大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫。話、聞いた?」
「はい。特異点ということは聞きました」
「そっか。アルトリア。我儘言っていい?」
「いいですよ。私も1つありますから」
それを言う必要はなかった。2人の意見は合致してるから。
ノアは立ち上がり、アルトリアの右手と自身の左手を重ねる。どちらからともなくそれを頭上に掲げ、黄金の輝きが放たれていく。
「どっからそんな魔力……そういうことかよ!」
疲労している2人が出せる魔力量を上回る輝き。
その絡繰に思い当たるものは1つしかない。則ち『聖杯』である。
この
どちらかが命を落とせばその半分が現出し、残りの半分が自動で合わさる。だから聖杯は必ず生き残った方の目の前に現れて願いを叶えた。
ノアの中で蓄積するのもそういうことだ。聖杯の力が聖杯に貯まるのは当然なのだから。
その蓄積分が、今放たれる。
「上等だ。諸共ぶっ飛ばしてやるよ!」
大地から吸い上げるように、モードレッドの魔力も高まっていく。この一撃で決着だと分かっているから、体の限界まで魔力を引き出す。
「アルトリア」
「はい」
「さっき死のうとしてごめん」
「これからも一緒に生きてくれるのなら、許しますよ」
「ありがとう」
2人の手が握りしは、かつての大英雄が使っていたとされる大剣。
アーサー王が「威力だけはエクスカリバーより強力」と言い、時に使用したとされる宝具。
本来ならアルトリアが魔術で再現する「神話礼装」。それをノアの中に蓄積された聖杯の力を用い、
「これこそは我が父を滅ぼし邪剣──
「望みしは始まり」
「願いしは平穏」
「「
ロンドンからおよそ北に400km。マンチェスターよりもさらに北。そこには湖水が集結し、湖水地方と呼ばれる地域が広がっている。そこは観光地として人気がある場所で、その内の1つであるグラスミアという小さな村に、ノアの祖父母の家がある。
祖母の拘りでテラスに設置されたテーブル。村の中でも端に位置するこの家なら、そのテラスから景色を一望することが可能だ。そこには1組の男女がおり、女性が椅子に座って柔らかな笑みとともに相手を見守る。見られている彼は緊張しているのか、動きが少し固かった。
無理もないことだろう。彼女ほど綺麗な女性はこの世に存在せず、絶世の美女という言葉は彼女を表すために作られた。そう言えるほどの女性なのだから。
何も知らない人たちはそう思うだろう。彼が勇気を出してお茶に誘ったのだと思うだろう。
しかし実はそうじゃない。2人は既に知り合っている。彼が緊張しているのは違う理由だ。
「自信作のアップルパイなんだけど……どうだ?」
「ふふっ、そこまで緊張するのかい? あの夜よりも緊張しているように見えるのは複雑だね」
「緊張の種類が違うんだよ。って、その話はいいだろ!」
襲われたに等しいのだから。
「体無しに見ていたけど、まさかそういう終わらせ方をするとはね」
「マーリンが言ってたことだろ。聖杯はいつの時代でもどこにでも現れるものだって」
「運がいいのか何なのか。いや、キミたちが掴んだ
「下で準備してるよ。この上ない笑顔で」
「そうだろうね。あの子は本来そういう子だ」
会話をしながらノアは落ち着かない様子で、ちらちらとマーリンの前に置いたアップルパイに視線を向ける。それに当然気づいているマーリンは、意地悪そうに揶揄う。
「うっせ。マーリンのために作ったんだから早く食ってくれよ」
「……。キミも意地悪になったねぇ」
「は?」
「ではいただこうか」
フォークで一口サイズに切り分け、ノアの自信作たるアップルパイを口に運ぶ。いつぞやにしたような気がする約束を果たすように。
どうだ、と聞いた。
彼女は変わらず笑顔のままだ。
「うーん。分からないね」
「そうか……」
どんな料理であれ、味がいまいち分からない。それがマーリンという存在だ。
そんな彼女が、美味しいと思えるものを作ってあげたい。人ならざる彼女にそう思うのが、ノアという人間だ。
結果はこの通りだが、それなら次はどうしようとノアは既に考え始めている。そんな彼の前に、マーリンが切り分けた一口サイズのアップルパイが差し出される。君も食べるのだと目で語って。
「味見はしたんだけどな……」
そう言いながらノアは、マーリンに口に入れてもらった。味の分析を再度するために、目を瞑って味に集中する。触感、舌触り、薫り、素材の味に味付け。気にする箇所は多い。
生地はサクサクとした触感。小麦の匂いと林檎の匂いが殺し合わない。
食欲を掻き立てる匂い。林檎の甘さ。加えた味付け。
口に重ねられた柔らかな感触と湿り気。
「!?」
「ん……ちゅっ」
口の中に潜り込まされた舌。それを認知した瞬間思考が吹き飛び、味が何も分からなくなる。舌を絡められ、吸われる。
「んっ、ふぅ……。うん。やっぱり
「なっ、なぁっ……!!」
顔を林檎と同じ色に染めたノアに、マーリンは
It's a fairy tale.
どっちのキャラが好みですか?
-
キャストリア
-
プロトマーリン