ヒーローの息子だからお前もヒーローやれって言われたけど俺はもう駄目かも知れない 作:疾風怒号
書きたい物の多さに執筆スピードが追いつかないので初投稿です。
怪人災害対策局。防衛省に設置された、文字通り怪人に対応する為の内部部局である。
『対怪』と略される対怪人災害部隊や研究部門を擁し、全国に支部を持ち日夜対応に追われている事で有名だ。だが、この名前が広く知られるようになった最も大きな要因は『対怪人災害専用強化外骨格』の存在だろう。
1号機・
2号機・
3号機・
4号機・
これら計4機の、俗に言うパワードスーツと呼ばれる物は俺が産まれる25年程前に開発され、今よりもずっと多かった怪人をその性能を以って駆除していったらしい。そして俺の父親、楢木 真兜は1号機・獅堂獅子王の装着者だったのだと何度も聞いた事がある。
俺にとっては物心つく前の話だ。実物など見たことがないし、何なら親父の顔も写真かテレビ映像でしか見た事が無い。それでも、自分の父親が多くの人々を守ったと聞いて嫌がる子供はいないだろう。少なくとも、俺は話した事もない親父は憧れの対象であり、誇るべき人だと思う。
だが、あくまで
「ええと……、力を貸す、と言うのは……」
「その前にまず、確認を一つ」
「あ、はい」
「貴方の名前は楢木 琥太郎。18歳、新深森台大学一年、『たこっぱち』のパート店員、で間違いありませんか」
「……そうです」
先程柊と名乗った銀髪女が、ちゃぶ台を挟んだ向こうですらすらと個人情報を吐き出す。(国防省ってそんな事まで調べられるのか)なんて事を考えながら目線をずらすと、大男櫟谷と眼があった。 正直言って滅茶苦茶に怖い。無用な緊張を与えない為だろうか、彫りの深い不動明王だか金剛力士像みたいな顔で微笑まれても余計に恐ろしいだけだ。
「失礼、『本人確認は厳重に』と言われているもので。 後で身分証明書を見せていただいても?」
「学生証で良ければ」
「構いません、ご協力感謝します」
そう話す間にも、柊はてきぱきと何かの書類を鞄から取り出していく。そうして彼女の口から語られたのは、大体こういった内容だった。
近頃、怪人の出没が増加傾向にあり、その出没地が徐々に深森台に集中しつつある事。
怪人そのものの凶暴性と身体能力が強まっていて、その為に再び強化外骨格を稼働させる事。
全国で実施された検査_____それ自体は俺も覚えている___の結果、その強化外骨格の適合者が俺だと言う事。
本当はもっと細かい説明があったが、素人の俺にはさっぱりだった。だがそれでも幾つか疑問が浮かぶ。
「急な事で驚かれるかも知れません、しかし、私達は今、貴方に頼るほか無いのです」
「えっと……、驚いたっつうか、何と言うか……。 柊さん、でしたっけ?」
「はい」
「……強化外骨格って、全て廃棄されたんじゃないのか?」
まず第一の疑問がそれだった。
獅子王を始めとした強化外骨格は全てが廃棄され、残った合金製の装甲も新深森台駅前のモニュメントに加工されている筈だ。まさかそれを剥ぎ取って再利用する訳でもないだろう。
「確かに、四機の強化外骨格は廃棄処理がされています。 ですがそれは、その四機に限っての話」
柊の言葉に、さらに疑問符が増える。四機に限っても何も、外骨格は全四機の筈だ。そんな思考を読み取ったように、一拍置いて彼女が続ける。
「正確には、正規配備された4機と言うべきしょうか。
……残っているのです、対怪人災害専用強化外骨格の雛形となった、
隠された試作型、0号機・虎徹。 何の冗談かと思ったが、彼女が嘘を吐いているようには見えなかった。あくまで背筋を伸ばし、少し細まった眼で真っ直ぐに俺を見ている。なら一つ目の疑問は解決だ、残るはもう一つ。
「強化外骨格が残ってるのは、分かった。 じゃあ、何で俺なんだ」
「『何で』と申しますと」
「だって、俺以外にも適合者はいるだろう? 態々一般人に声を掛けなくても、それこそ防衛省の人とか、警察とか」
「いいえ、適合者は貴方1人です」
今度こそきっぱりと彼女は言い切った。何よりも強い確信を秘めたような声に、思わず言葉が詰まる。
「試作型対怪人災害専用強化外骨格の適合者は、楢木 琥太郎さん、貴方1人なのです」
「……何で、親父達の時は、4人もいただろ」
「あれは天文学的な確立のもと起こった『奇跡』だと認識して頂いて構いません。強化外骨格が4機製造されたのは、『選ばれた1人と最も相性が良い機体を運用する』為です。よって、4機同時に運用された18年前までの状況は、全くの想定外でした」
今度は櫟谷が応えた。穏やかに、だが揺るぎなく発せられた言葉に、燻っていた疑問が吹き消される。残ったのはただただ困惑のみ。
何故俺なのか、とか、何故深森台なのか、とか、そんな既に意味を持たない疑問だけがぐるぐると頭の中を巡る。
「楢木さん」
「……はい」
「我々には一週間の猶予があります。1週間後までに適合者が見つからなければ、虎徹は他の4機と同じように廃棄されます。それまでにもし、もし貴方が協力してくれると言うのなら、我々に連絡を下さい」
「勝手極まりない申し出である事は承知しております、もし貴方が協力出来ないと言うのであれば、我々はそれを尊重し、今後貴方に関わる事はほぼ間違い無くありません。 連絡先はこちらに」
櫟谷がそう言うと柊が封筒を差し出し、俺が受け取った事を確認するように一瞥してから2人とも立ち上がった。
「では、我々はこれで。……話を聞いて頂き、ありがとうございました」
「い、いやいや、俺は……」
混乱したままの頭でまともな受け答えが出来る筈もなく、俺は2人が乗り込んだバンをぼんやりと見送る事しか出来ない。太陽が忘れていったような生温い夏夜の風が、薄暗い廊下を吹き抜けていた。
「待春よぉ」
「はい」
市街地をのろのろと走るバンを運転する男が、助手席に座る女に声を掛ける。男からは影になった女の顔が窺い知れないが、声音から察するに睡魔と戦っているようだった。
「あの男、どう思う?」
「彼は来ますよ、必ず」
「どうしてそう言い切れる」
「お父さんと同じ目をしていました、優しい目です」
柊はあくまで淡々と話す。
「彼はきっと、理不尽にも降り掛かった不幸を背負おうとする。あれはそういう目ですから」
「それが本当なら、真兜譲りという他無えな」
「私は楢木 真兜と会った事はありませんが、そうなのかも。 ……ねぇ、武幸さん」
ちらりと視線を向けて、櫟谷が続きを促した。
「私達、ただの一般人を巻き込むんですね」
「……!」
「その"ただの一般人"を守る事が、役目だった筈なのに」
「……強化外骨格に適合した時点で、もう"一般人"とは呼べない」
「それでも彼はまだ、学生ですよ」
それは搾り出すような声、それ自体が重さを伴ったかのような言葉に、しばらくの沈黙が訪れる。
「なぁ待春。 ……待春?」
バンが交差点に止まる。その機に向き直った櫟谷が呼び掛けても反応は無かった。勿論何かあった訳ではない、眠ってしまっただけだ。
信号機に赤く照らされる顔を見ると、彼は苦々しく表情を歪めて、耐えかねたように目線を逸らした。
「待春よ、お前だってまだ、子供だろうが」
故にその呟きは、きっと誰に届くこともないだろう。
「お前だってまだ、子供だろうがよ……」