ヒーローの息子だからお前もヒーローやれって言われたけど俺はもう駄目かも知れない 作:疾風怒号
学校が忙しすぎたので初投稿です。
「…………ぅ、ぐすっ、……いたいよ、おかあさん……」
幼い、助けを求める声。それを聞いた瞬間、唯一その機能で『声の発生源』を突き止めていた虎徹の行動は迅速だった。
柊の制止を振り切ってうずたかく積み上がった瓦礫の山に駆けつけ、その隙間を持ち前の怪力で押し広げていく。助けを求めていたのは声の通りの少年だった、頭を打ったらしく額からは流血している。
「大丈夫か! 今助けるからな!」
「琥太郎さん後ろ後ろッ!!」
無論、怪人は背を向けた
「……ッ」
ぎちぎちぎち、と腕が軋みを上げる。だが拮抗しているように見えたその力は、徐々に怪人が押し込み始めていた。
「だから離れないでって言ったのに…………!」
柊が操作する端末には、先程と比べて半分以下に落ち込んだ出力表示と《Not Connecting》の文字。彼女が『5メートル以上離れないで』と言っていたのはこれが原因だ。 彼女が虎徹の一部システムを遠隔操作で動かしている以上、その接続が途切れた時、虎徹本体が機能不全と判断し自動的にリミッターを再設定する。琥太郎が適合者である分まだ低下率はマシだと言えるが、それでも怪人二体を相手取るには余りにも大きなハンデとなるだろう。
端末が『匣』と有線で繋がっている為、柊はそこから動く事が出来ない。黒縄は未だに冷却中でとてもではないが使えた物ではなく、もし有線接続を切って虎徹のシステムを再起動させようとしても、それを二体存在する怪人が黙って見ている訳も無かった。
「琥太郎さん聞こえますか!?」
「……き、こえてる…………ッ、けど……ッ」
そうこうしている内にも腕が押し込まれ、虎徹が膝を突く。腕の人工筋肉に刻まれたラインが激しく明滅し、限界が近い事は誰の目にも明らかだ。
《Warning!》
《Warning!》
《Overload on the arms》
外骨格内部のディスプレイに折り重なって警告が映し出され、けたたましいアラームが鼓膜を刺す。腕部装甲には細かなヒビ。
「……っぐ、ま、はる、さん…………ッ!」
「はい!?」
「後ろの子を……ッ、頼むッ!!!!」
「ちょっと待って! 一体何を」
柊が言い終わるよりも先に虎徹は動き始めていた。怪人を受け止めていた両腕を力を逸らすように勢いよく交差させる。腕を前に前にと押し込む事ばかりに思考を占有されていたのであろう怪人達は、その突然の行動に対応出来ず身体を引かれ、互いの側頭部を強かに打ち据えた。
二体が大きくふらついて後退りする。琥太郎はその機を逃さず体勢を立て直し身体を屈めると、跳び上がって蹴りを撃ち込んだ。
______ォアァアッ!!??
______ガァアアッ!!??
右足は金色鬣に、左脚は灰色鬣に、それぞれの鳩尾に見事なフォームで踵が突き刺さり、二体仲良く大きく吹き飛ぶ。ショーウィンドウに突っ込んだ怪人、特に灰色鬣の胸元は足の形に陥没しており、血を吐き散らして力無く踠いている。息の根が止まるのも時間の問題だ。
もし今、虎徹の背後で子供を引っ張り出した柊が端末を見ていたなら、抱え上げたその子を取り落としていただろう。その画面には、再設定された筈のリミッターが解除され、元通りの
虎徹の内部ディスプレイは警告の赤一色に染まっている。装着者を保護する為のシステムが停止した状態でリミッターが解除された今、針便鬼毒でも補いきれない肉体への負担が彼の身体を苛んでいた。 アラームが叩き続ける耳が痛い、先の一瞬で酷使された手足が痛い、何故か力が戻った理屈も分からない。だがその全てが気にならない程に、彼の魂は燃えていた。
(『自分にしか出来ない事を、放り出してはいけない』……か。大丈夫、覚えてるし、守ってきたよ)
「だから、子供一人守れないなんて……、ンな事あっちゃ駄目だよな…………!」
砕け散ったガラスの向こうから歯を剥き出した金色鬣が飛び出し、爪を振りかざして跳びかかる。その腕を確と掴み取ると、虎徹の姿が怪人の視界から消えた。無論本当に消えた訳では無く、少し離れれば腰を落とした虎徹の姿を捉える事が出来ただろう。だが、散々瓦礫を投げつけられた上に二度も吹き飛ばされ、完全に怒り狂った怪人にはそこまでの考えが浮かばなかった。故に、それは致命的な隙になる。
怪人の身体にぴたりと背を密着させ、襟の代わりに鬣を掴み、砕けんばかりに歯を食い縛って痛みに耐えるその姿勢は片襟背負に似ている。虎徹の双眸が一際赤く輝き、滑らせた踵が金色鬣の足を払うと、文字通り背負われるような形で100キロは下らない体躯が宙に浮いた。
「……らアッ!!!!」
気合一閃、持ち上げられた怪人の巨躯が破砕音と共にアスファルトに落とされる。虎徹の身体ごと持っていく勢いのまま地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、小規模なクレーターを作り上げた。叩き付けられた衝撃を一身に受けた怪人は大量に血を吐き、小さく喉の奥で呻いてから身体を横たえる。あれだけ暴れていた凶悪な姿は見る影もなく、その死体は何処か小さく見えた。
「あの力……、どうして、リミッターは掛かっていた筈なのに…………」
愕然とする柊を他所に、虎徹は一仕事終えたとばかりに沈黙し、また膝を突く。今や煌々と輝いていた眼はくすみ、走るラインも元の鶯色に戻っている。慌ててディスプレイを確認するが、それも既に真黒、「まさか」と悪い予感が脳裏を過ぎるまま、柊は琥太郎のもとへ駆け寄っていた。
「琥太郎さん! 聞こえますか!? 琥太郎さん!?」
琥太郎は応えない。もしくは答える事が出来ないのか、返ってくるのは無機質な沈黙のみ。だが、力無く垂れていた右腕がゆっくりと持ち上がった。
「琥太郎さん!聞こえてますか!?」
「…………」
相変わらず返事は無いが、持ち上がったままの腕が暫く辺りを探るように彷徨ったあと、ビシッとサムズアップを決める。どうやら意識ははっきりしているようだ。それを見て、柊はほっと胸を撫で下ろす。
「はぁ……、良かった、死んでしまったらどうしようかと…………。
……あ、声が出ないのはスピーカーのシステムごとダウンしているからですよ、こっちからの声は聞こえると思いますけど、そちらからの声は全く聞こえません、ディスプレイも同様です。
この後深森台支部に向かってから、そこで取り外しますから……それまで我慢して下さい」
安心したのか元の淡々とした口調に戻った柊が、「それと」と続ける。
「貴方が見つけた男の子は無事です、今は私の隣にいます。 ……突然離れられた時は驚きましたが、結果として最悪の事態は避けられました。ありがとうございます」
軽く頭を下げた彼女に今後は虎徹がピースサインを返すと、その姿が滑稽に見えたのか男の子がくすくすと笑った。遠くからサイレンの音が近付いてくる。それが警察でも救急車でもなく、対怪特有のものであると気付いた瞬間、膝立ちだった虎徹の身体が崩れ落ちた。
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数日後、深森台市立病院の一室に楢木 琥太郎の姿があった。あの一件の後、虎徹の着装を解除され此処に搬送された彼は、命に別状こそ無いものの大事を取って暫く入院する運びとなったのである。
「身体の調子はどうなんだ、楢木」
「全然ピンピンしてますよ、昨日までエクストリーム筋肉痛みたいな感じですけど、今は平気です」
「そいつは良かった! まぁ、正式な手続きが済んだらウチの隊員に混じって訓練も受けて貰うからな、その内筋肉痛とは無縁になるぞ」
「ウス! 頑張りますよ、俺」
そんな彼と談笑しているのは、他ならぬ深森台支部の対怪人災害部隊長の櫟谷だった。少し前までは互いに敬語で話していたが、波長が合うのか今では砕けた口調で雑談に興じている。年が離れているせいで、側から見れば運動部生とその顧問のようだ。
「失礼します。櫟谷さん、お茶持ってきましたよ…………って、何してるんですか、二人とも」
「見りゃ分かるだろ、腕相撲だよ」
「うおおおお……!」
「凄い、全然動いてない。 じゃなくて琥太郎さん、そんな事してぶり返しても知りませんよ」
遅れて入ってきた柊が、覚めた眼で野郎二人を眺めている。それもここ数日ですっかり慣れてしまったのか、琥太郎に書類を手渡しながらやはり淡々と話し始める。
「さて、楢木 琥太郎さん。 正式に申請が通りまして、来週から晴れて貴方は怪人対策局・深森台支部の特別局員となります。 つまり、対怪隊長の櫟谷さんは勿論、対怪隊員及び特別局員長である私の部下でもあります。ここまでは良いですね?」
「貴方の仕事は事前に説明した通り、試作型対怪人災害専用強化外骨格・虎徹の装着者であり、その虎徹の改装計画への協力。無論我々はその働きに対して然るべき報酬を支払い、対価として貴方のプライバシーを尊重し、守る」
「貴方が『虎徹』として怪人と戦う以上、メディア露出は避けることは出来ません。きっと世間は貴方の事を『ヒーロー』と呼称し、要らぬ憶測を飛び交わせ詮索しようとするでしょう」
その言葉には、それ自体が質量を持つかのような重々しさがあった。まるで、そうなる事を見てきたかのような…………。
「確認です、楢木 琥太郎さん。 貴方にはその仮面を被る覚悟がありますか、誰に称えられる事も無く、顔も知らない不特定多数の為に戦う勇気がありますか」
「勿論。 そうじゃないなら、最初から電話なんて掛けてないよ」
果たして彼は即答した。迷いなく、真っ直ぐに彼女の眼を見つめている。
「……正直に言うと、少しでも迷うようなら貴方を追い返すつもりでした。でも、その心配は無さそうですね。 琥太郎さん、右手を出して下さい」
琥太郎が差し出した手首に、先程まで柊の腕に巻き付いていた小さなブレスレットが取り付けられる。黒地に金のラインが通った、細く光るブレスレット。
「それは虎徹の正式認証キーです。 現時点を以って貴方を虎徹の装着者に、柊 待春が任命します」
そう言って彼女は彼の手を握った。認証キーは頼りなく小さく、だがその小ささに見合わない重さでその存在を主張する。闇のように黒く、不気味に重いそれは、しかし祝福するように陽光を浴びて煌めいていた。