ヴァイオレットの道行きークリム・アンデルセンの課題論文ー 作:あじたまんぼー
シルヴィ国際空港。ライデン市から電車で一時間ほどの距離に存在するライデンシャフトリヒの中でも随一の国際空港。そこには多種多様の人々が行き来している。年間6000万人が利用しているこの空港の中は、様々な目的をもって忙しなく動いている。しかし、そんな流動的な流れの中である場所だけは、その流れが遅くなっていた。決して少なくない人ごみの中心からは、綺麗な音色が響き渡る。寸分狂いなく音楽として流れる。その音楽は、世界各国の民謡と、時折やってくるアニメソングの即興メドレーである。
そして、その音楽を奏でていたのは、土地勘がなくなって迷子になった大学生。クリムである。国際空港を始めて利用するクリムは、地図アプリを駆使しても集合場所にたどり着けないと確信して、丁度近くにあったストリートピアノを見つけて、グループにはこう伝えたのだ。
『とりあえず音楽鳴らしておくから迎えに来てください…迷子でたどり着けません…』
と、いうメッセージを残してからピアノを弾いていたのだ。フューリーからピアニストの才能があると、その道を勧められたほどにはピアノの熟練度は高いが、あくまで趣味であり、一度習い事でオペラのピアノの練習をしていた時に、演奏中に寝落ちをするという珍事が起きてからは、自分には絶対向いていないと思って、あくまでも趣味という形で時折ピアノをいじっている。そんな中で、ジュドーに勧められて町中のストリートピアノでの演奏を撮影して時々動画投稿している。
そんな話もあって、ピアノを弾いているクリムであるが、フリューゲル=ドロッセル共和国行きの飛行機が飛び立つまであと二時間ほど。余裕があるとはいえ、迷子にとってはそこまでの余裕がない状況。しかし、クリムは方向音痴なため、動けば動くほど迷うことを知っているために動かずにピアノを弾いているというのが現在に至るまでのクリムの行動である。
そんな情けない理由で始まった一人の音楽会は、そんな実情を梅雨知らずに大好評で、周りからは驚きの声と拍手が時折聞こえる。そしてクリムもそれをいいことに段々とテンポを上げていく。
「こんなところにいたのか?」
「おう、これで終わらせるから待ってて」
メッセージを見て、やってきた合衆国からの留学生、ロムが声をかけてきた。半ば、計画通りに事が運んだクリムは生返事をしつつ、今やっている演奏を終わらせるように更にテンポを上げていく。それに比例するように周りのボルテージが上がっていく。そしてそこからの数十秒。一曲弾き切ったと同時に、割れるような拍手が鳴り響いた。
「…音楽鳴らしておくって、ストリートピアノかい…」
「悪い。あれが一番しっくり来たんだ。」
音楽会の後、観衆の視線を誘いながらも所定の集合場所に連れていかれていた。ちなみに、クリムがいたのは国内線エリア。集合場所は国際線ターミナルであるため、少々歩くことになるが、どうやら間に合いそうである。クリムはロムの背中に付いて行った。その先には見知った面々。ゼミナールの同期組がそこにはいた。大半は苦笑いしている。
「本当にすまん…なんか奢らせてくれ。あぁコーヒー限定な。」
と、クリムは謝罪しながらそう言った。
「おー…」
「ここが…!」
飛行機に乗って四時間。チェックインを済ませて出口を出た所で、一行がいた。クリム、ロム、奈緒といった海外出身以外の面々は、初めての異国に興奮していた。
「そーいえば、クリムの故郷はここから近いだろ?」
「近いと言っても帰れないけどね。今はコミ―の残党が支配してるから…」
「なるほどなー。お前も大変なんだな。」
「お前には負ける。合衆国で手ひどく差別されたんだろ?」
「あれは合衆国のデフォルトさ。白人が全ての人種を迫害し、迫害された者達はこぞってエイジアの人間を蔑む。出来ることならもうあそこには戻りたくないな」
「気の毒なこった。」
帰りたくても帰れないクリムと、帰れるが二度と帰りたくないロムがそう愚痴を言う。そんな中、ジュドーは、使用人を呼んで不要な荷物を運んでいて、そろそろ移動しようというところである。
「さて、荷物を運んでもらったからね。少し遊ぶかい?」
ジュドーがそう言いながら通りの方に向かう。その浮足立った足取りに、それぞれが少し苦笑いしながらも彼の後を追うのであった。
国際空港のあるメディチから鉄道で一時間。彼らが降りたのは、フリューゲル=ドロッセル共和国の首都、ノエル。フリューゲル王家とドロッセル王家の宮殿が存在する地域の間に形成された行政特区にして共和国の中枢。議会制に移行する際に、王家に忖度せず、立憲民主制を確立させるために形成されるために、フリューゲル側に存在した行政権力を移植して作られたというもの。そのため、世界的にも「自由の街」として有名である。
自由の街に流れ込むのは人だけでない。限りなく自由に近い不自由な土壌には、多くの芸術や文化も流れ込む。音楽、絵画、小説。様々なものが交じり合う魅惑の街だが。その街に一層の魅力を持たせる要素が、手紙の使用率。市民一人当たりに送る手紙の量が多いフリューゲル=ドロッセル共和国においても、首都ノエルは格別で、ペーパーレスを推進しているものの、手紙の文化だけは廃れなかったのは、フリューゲル、ドロッセル両王家の間を取り持ち、両国が互いに手を取り合った要因を作ったヴァイオレットの影響力に他ならない。その証拠に、ヴァイオレットの終着駅であるエカルテ島に大規模な地震災害に見舞われた時も、ライデンシャフトリヒとほぼ同タイミングで支援の手を差し伸べたこともある。
「ライデン市とはまた違うな。」
「そりゃあそうだろ。ライデンは航路を中心に発展した港町。ノエルは前提として陸路の中枢で形成された宿場町からきたもの。そもそもの…」
「ジュドー、そこまでは求めていない。」
一行は、商店街を歩きながら、様々な場所から集まった商品が並んでいる。暫く一緒に行動した後に二時間ほどの自由時間となった。
クリムは、それより以前に計画していたことを行動に移す。
「ロム、一緒に行こうぜー」
「じゃあ、行きましょうかナオ」
「デイブ、あっちに南方の骨とう品があるからついてきてくれるかい?」
クリムがロムを、ベルベットが奈緒を、ジュドーがデイビッドを誘って二人で行動をとることにする。クリムの目的はロムにデイビッドの恋路に関する作戦の概要説明、ベルベットとジュドーは二人をクリム達に会わせないため。ちなみに、クリムとベルベット以外は作戦を知らず、ジュドーは何となく察している。二人で立てた作戦だが、立てた時に気づく。「なんで二人のためにここまでやっているんだ?」と。そこで、クリムが考えついたのが、「二人以外」を共犯にすること。そうすれば幾分楽になると踏んだ二人は、夜中にジュドーとロムに連絡。事情までは話さず「あとでしっかり話す」という条件で、この状況に持っていけるようにしてもらったのだ。ちなみに、ロムは眠っていて連絡が取れなかったためにこの状況にせざるを得なかったともいえる。
「ロム、すまねぇ。喜々として面倒ごとに巻き込むかもしれない」
「おい、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが…」
一行から離れたロムとクリムは、カフェに入る。
「あんな示し合わせるように動くなんてな。お前、ベルベットとジュドーと何企んでるんだ?」
席について紅茶を頼んだのちに、ロムが当然の疑問を投げかける。どうやら、何かを察したようである。
「話が早くて助かる。流石は特待生。」
「お前もだろうが特待生。」
と、軽口を叩くクリムに真顔で返す。それに苦笑いしながら、
「さて、これから話すのは…二人を惹き合わせる作戦『公開恋文作戦』を説明しよう。」
事の元凶が少し真剣になりながら口を開いた。
オペレーションkoibumiの始まり。公開恋文と、クリムの過去を巡る話が本格的に動きます。前半は、公開恋文と二人の恋路を巡るドタバタコメディになる予定です。
ちなみに、クリムがピアノを弾いていた時のイメージメドレーは
軍艦マーチ(軍歌)→イエヴァンポルカ(フィンランド民謡)→ジョニー、あなただとわからなかった(アイルランド民謡)→カントリーロード(ウェストバージニア州歌)→加賀岬→バナナチョモランマの乱→紅蓮華→炎→宇宙戦艦ヤマト→MEGALOVANIA
です。趣味全壊ですはい