主役はまだ人間だった頃の雲居一輪で雲山と逸れた一輪がデジタルワールドに迷い込んだと言うお話です。話の展開は勧善懲悪風の昔話をイメージして書きました。人間だった頃の一輪であるため、本編とは言動が異なる点があります。恐らく色々な経験を積んで今の一輪に至っていると仮定しています。
様々な本で埋められた本棚が立ち並ぶ書斎の中、小説家の高石岳は1つの書物と向き合っていた。かつて、幼い男の子は大勢の人々を楽しませる大人に成長していたのである。
そんな岳が今、向き合っている書物、それは1帖の古びた巻物であった。その巻物には1人の人間の少女を中心に様々な怪物の絵が記されていた。
岳が巻物の内容を読み込んでいる限り、まるで人間の少女の活躍を描いているようにも見える。
古文書とも呼べる巻物の内容を黙ったまま眺めている岳。そうした最中、誰かが岳に話しかけてくる。
「岳、何を読んでいるの?」
親しげな口調で岳に話しかけてきた者、それは大きな耳が四足歩行の哺乳動物の姿が特徴的なデジモンであった。そして、そのデジモンは耳をパタパタと動かすことで宙に浮いている。
このデジモンの名前はパタモン、成長期のデジモンである。そして、目の前にいるパタモンは岳にとって、長い間、苦楽を共にしたパートナーデジモンでもあった。
「これかい?これは昔のデジタルワールドに関することが記された巻物さ」
パタモンに巻物の内容について説明する岳。デジタルワールドについて研究している武之内晴彦教授と泉光子郎が同世界で見つけたものであった。
この巻物はデジタルワールドにおいてもかなり古いものらしく、遥か昔のデジタルワールドを知る貴重な資料と成り得る可能性があった。そうなれば、巻物に描かれている怪物達の正体はデジモンであるということは言うまでもないことであった。
「巻物に描かれている女の子、何だか昔の僕達のようだね」
「……そうだね」
パタモンの言葉に昔を懐かしむような様子で相槌を打つ岳。今、岳とパタモンの脳裏に昔の記憶が思い起こされる。それはデジタルワールドでの冒険の記憶、そして決して忘れることのできないかけがえのない思い出でもあった。
果たして巻物の中で描かれている少女、この少女はデジタルワールドでどのような冒険をしてきたのだろう。岳とパタモンの想像力が掻き立てられる。
だが、長い年月が経過した今では、巻物に描かれた少女とデジモン達について、知る手掛かりはこの巻物だけであった。
「うふふふ……そんなに知りたいのですか?」
そんな時であった。岳達の背後から女性の声が聞こえてくる。反射的に背後を振り返る岳とパタモン。
後ろを振り返った岳とパタモンの視界に入ってきた者、それは1人のそれは赤いリボンがついた帽子を被った上、気品の漂う紫色のドレスに身を包み、流れるような金色の長い髪が印象的な少女であった。
そしてまた、岳とパラモンの目の前に突然、出現した少女であるが、美しい外見とは裏腹に只ならぬオーラを発していた。
「貴方は?」
「い、一体誰なの?」
目の前の少女を見た瞬間、すぐさま身構える岳とパタモン。そんな彼等は目の前の少女が只者ではないことに気がついていた。
「申し遅れました。私は八雲紫と申します。以後、お見知りおきを」
自らを八雲紫と名乗った少女。口調こそ丁寧であるものの、紫の真意を窺い知ることはできない。
「どうやってここに来た?それで何が目的だ?」
単刀直入に紫に質問をする岳。どういう手段でこの書斎に入ってきたのか分からないが、紫がただの人間ではないことは明らかである。だからこそ、早急に紫の目的を知る必要があった。
「そこの巻き物……記されている内容が知りたいんでしょう?」
「何を突然……?」
「私が代わりに教えてあげますわ?」
「えっ……?」
紫から告げられる一言。思わぬ一言に驚きの声を上げてしまう岳。パートナーと同様、傍にいるパタモンも驚きを隠せなかった。
「それじゃ、お話しましょうか……その巻物に記されている物語を」
そう言った後、まるで子供に昔話を語るように話し始める紫。紫を完全に信用するわけではないが、巻物の内容を知るため、岳とパタモンはとりあえず紫の話に耳を傾けることにした。
幻想の賢者・八雲紫の口から語られる物語、それは岳達の先人が古きデジタルワールドで歩んだ旅路の足跡であった。
今より遥か昔の時代、質素な旅装束に身を包んだ少女が旅をしていた。少女の名前は一輪と言い、妖怪である見越入道の雲山と共に各地を転々としていた。
「雲山!雲山!どこにいるの!?」
相方である雲山の名を呼ぶ一輪。だが、周囲に自身の呼び声が木霊するだけである。それどころか、雲山の気配すらも感じられない。
「はぁ……困ったわ」
目の前の状況に困惑している一輪。雲山と逸れただけではない。これまで自分は雲山と一緒に山道を歩いていたはずだ。
だが、今の一輪がいる場所はどうみても平野部である。気がつけば、一輪の視界には平野部が広がっていたのだ。
一体自分の身に何が起こったのだろうか、いくら考えても答えが見つからない一輪。そのような時であった。何者かが一輪に話しかけてくる。
「ねぇ、どうしたの?」
突然、話しかけられて反射的に視線を向ける一輪。その視線の先にいた者、全身を煙に包まれた人魂のような化物であった。少なくとも、この世の者ならざる者ではないことは間違いない。
「あ、貴方こそ誰よ?」
逆に目の前の怪物に尋ね返す一輪。確かに目の前の怪物に対して、一時的に驚きはしたものの、こちらとて、見越入道の雲山と一緒に旅をしている身である。並大抵のことでは腰を抜かす一輪ではなかった。
「僕の名前はモクモン。この世界、デジタルワールドで暮らしているデジモンだよ」
自身のことをデジモンと名乗るモクモンと言う怪物。そんなモクモンは幼年期のスモーク型デジモンである。
「デジタルワールド?それにデジモン?私には何のことだかさっぱりだわ。詳しく教えてくれない?」
「うん、いいよ」
そう言った後、モクモンは一輪にデジタルワールドとデジモンについての説明を始める。対する一輪は1つでも多くの情報を得ようとモクモンの話に耳を傾ける。
モクモンの話によれば、このデジタルワールドは情報が蓄積された結果、誕生した世界であると言う。そして、情報の塊とも呼べるデジタルモンスター(通称デジモン)であった。同時にデジタルワールドは人間達の暮らしている世界とは大きな壁を隔てて存在していると言う。
「デジタルワールドにデジモンかぁ……」
独り呟くように言う一輪。モクモンの言っていることの全てを理解した訳ではないが、既に事情が事情だけに一輪自身はデジタルワールドの存在、その世界の住民であるデジモンの存在を受容していた。
「せっかくだから、僕の住んでいる場所でゆっくりしていきなよ」
「うん、お願い」
モクモンの誘いに対して素直に応じる一輪。確かにデジモンは正体不明の存在だが、少なくとも、目の前のデジモンが信用できるかどうか、それを見抜く眼力ぐらいは持ち合わせていた。
モクモンに連れられて一輪が辿り着いた場所。原始の時代の集落を思わせる場所であった。藁で編まれた質素な建物が寄り添うように並んでいる。
すると、建物の中から1体のデジモンが出てくる。獏のような姿をしたデジモン、このデジモンの名前はバクモン、成長期の聖獣型デジモン。
「モクモン!」
「あ、バクモン。ただいま!」
「今までどこに行ってたんだ?心配したんだぞ?」
「うん、ごめんなさい……それよりもお客さんを連れてきたよ」
バクモンにそう言った後、モクモンは後方にいる一輪の方に視線を移す。一輪の姿を見た途端、バクモンは一輪に会釈して挨拶をする。
「はじめまして、僕の名前はバクモン。ここの集落の住民です」
「私の名前は一輪、よろしくね」
「来てもらってこんなことは言い辛いのですが、僕達の集落の近くには悪魔が徘徊しています。だから、すぐにここから離れた方が良いですよ」
「悪魔?どういうこと?」
一輪からの質問を受けて、即座に説明を始めるバクモン。バクモンの話によれば、バクモン達の集落に悪魔のデジモンが訪れては食料を奪って帰ってくるのだと言う。酷い時には集落の建物や畑を荒らす行為にも及ぶらしい。
「それで今日もあの悪魔のデジモンは来るの?」
「ああ、また食料を奪って行くだろう」
お互いにそんな会話を交わした後、溜め息交じりに肩を落としているモクモンとバクモン。
せっかくの食料が奪われてしまう。今、モクモンとバクモンはとても暗い表情をしている。そうした時、突然、モクモンとバクモンの周囲に怒鳴り声が響く。
「ちょっと!そんなので良いの?」
思いもしていなかった怒鳴り声に驚いたため、モクモンとバクモンの2人は慌てて声がする方に視線を向ける。
そんなモクモンとバクモンの視線の先に立っていた者、そこには握り拳に変えた両手を震わせている一輪の姿があった。
「い、一輪お姉ちゃん」
「急に何ですか?」
思いもしなかった一輪の一言に驚きを隠せないモクモンとバクモン。だが一輪はそんな彼等に構うことなく言葉を続ける。
「確かに悪魔のデジモンのやってることは許せないけど、何時までも悪魔のデジモンに怯え続けている貴方達もおかしい。このままだと、ずっと良いようにされっぱなしよ」
そう言った後、呼吸を荒くしている一輪。確かに弱い者いじめをしている悪魔のデジモンも許せなかったが、その影に怯えて言いなりになっているモクモンとバクモンの態度にも一輪は我慢ができなかったのだ。
「で、でも……」
「そうですよ。悪魔のデジモンの力は強大です。私達ではとても敵いません」
何の事情も知ることもなく、怒りの感情を露わにしている一輪に向かって、必死になって反論しているモクモンとバクモン。
時折、現れる悪魔のデジモンは恐ろしく強く、バクモンやモクモンの力では到底太刀打ちすることができない。そんな敵にどのようにして立ち向かえというのだ。
「私は何も真正面から戦えとは言っていないわ」
モクモンとバクモンの反論に真っ向から立ち向かう一輪。確かに強い力を持つ悪魔のデジモンに正攻法で挑んでも勝つことは難しいだろう。
だが、真正面から生真面目に力比べをするだけが戦いではない。そう、戦う方法はいくらでもあるのだ。
「じゃ、じゃあ……」
「何か方法があるというんですか?」
「勿論よ」
モクモンとバクモンの問いに自信有り気な表情で答える一輪。こうして、一輪、モクモン、バクモンによる悪魔のデジモンに対する反抗作戦が始まった。
バクモン達の集落付近。一輪とモクモンとバクモンの3人はそれぞれ、近くにある樹木に隠れて悪魔のデジモンが現れるのを待ち伏せていた。
すると、1体のデジモンが我が物顔で歩いてくる。一輪、モクモン、バクモンの3人の間に緊張が走る。
黒い身体、蝙蝠のような羽根、醜悪な顔のデジモン。このデジモンの名前はイビルモン、成熟期の小悪魔型デジモンである。
「あれが僕達の集落を荒らしている悪魔のデジモンですよ」
小声で一輪に教えるバクモン。目の前のイビルモンこそがバクモン達の集落を荒らしている張本人であった。
「何て醜悪なデジモンなの」
イビルモンに対して率直な感想を述べる一輪。この時、一輪は西洋で伝わる悪魔の概念を知らなかったが、醜悪なる悪魔の姿を模したイビルモンに強い不快感を覚えていた。
「それじゃあ行くわよ」
「うん」
「分かりました」
一輪の言葉に頷いて返事をするモクモンとバクモン。こうして、一輪達によるイビルモンへの反抗作戦が開始されたのであった。
相変わらず我が物顔で歩いているイビルモン。そんな時であった。イビルモンの周囲に異変が起こる。
「ん?何だこれ?」
突然、イビルモンの前に煙が立ち込めてくる。やがて、煙は時間の経過と同時に濃さを増していき、イビルモンの視界は完全に遮られてしまう。
急に立ち込めてきた煙に混乱するイビルモン。当然、イビルモンの足並みは乱れてしまう。その時であった。予想もしなかったことが起こる。
「うわあっ!」
イビルモンが足を踏み入れた地面が陥没し、そのままイビルモンは落下していく。やがて、落下による衝撃がイビルモンを襲う。
「痛てぇっ!」
思わずそう叫んでしまうイビルモン。どうやら、予め落とし穴が掘られており、落とし穴の罠に嵌ってしまったようだ。恐らくは集落に住むデジモン達の仕業だろう。
「この野郎!」
怒り心頭のイビルモンは背中の翼を展開させて飛び上がる。何の問題もなく落とし穴から脱出して元の場所に戻る。
「絶対に許さねえ!!」
完全に頭に血が上っているイビルモン。だが、この時、イビルモンは気がついていなかった。怒りで我を忘れて冷静な判断をすることができない状況となっていた。
「どうやら上手くいったようね」
「うん」
一輪の呼びかけに対して、頷いて返事をするモクモン。モクモンが発生させた煙で相手の視界を眩ませた上、予め掘っておいた落とし穴に落とす。これが一輪、モクモン、バクモンが立てたイビルモン撃退作戦の第1弾であった。
「でも、これで本当にイビルモンを追い払うことができるんですか?」
そう言って口を噤むバクモン。果たして本当にイビルモンを追い払うことができるのか、バクモンは心配で仕方がなかったのだ。
「大丈夫、問題ないわ」
バクモンの懸念に対して我に策ありといった表情で答える一輪。実際に一輪、モクモン、バクモンの立てた撃退作戦はこれだけではなかった。
「うおおおおおおおおお!!」
苛立ちを発散させるために周囲に怒鳴り散らすイビルモン。そんなイビルモンの目の前にバクモンが現れる。
「てめえ!よくもなめた真似をしやがったな」
親の仇を見つけたような目つきでバクモンを睨みつけるイビルモン。今にでも襲い掛からんばかりの剣幕である。
「これ以上、お前の好きにはさせない」
自身の中にある勇気を振り絞り、イビルモンにそう言い切るバクモン。このようにして、イビルモンと真正面から対峙することは初めてのことであった。
「しゃらくせえ!」
そんな言葉と共にバクモンに襲い掛かろうとするイビルモン。その動きは野獣そのものであった。
「ナイトメアシンドローム」
イビルモンが攻撃するよりも先にバクモンは必殺技を発動する。そして、バクモンは口から黒い煙のようなものを吐き出す。
「うん……?」
バクモンの吐き出した黒い煙に包まれるイビルモン。そんなイビルモンの前には様々な幻惑が現れる。だが、イビルモンは幻覚等に耐性を持つデジモンであり、目の前に広がっている光景がバクモンの生み出したものであることを知っていた。
「無駄なんだよ!」
そう言った途端、目の前の幻惑を打ち破るイビルモン。だが、この時、イビルモンは無防備な状態となっていた。
「痛っ!」
次の瞬間、何かがイビルモンの顔面に命中する。そんなイビルモンの足元に転がっている物、それは掌に収まるほどの大きさを持つ石であった。そう、誰かがイビルモンに石を投げたのだ。
だが、イビルモンに対する投石攻撃はこれだけではなかった。気がつけば、石が次々とイビルモンに向かって投げられてくる。
バクモンが術でイビルモンの動きを止めている間、一輪とモクモンが石を投げて攻撃する。それが第2弾の作戦であった。
厳しい戦いに対応するため、戦闘能力に特化しているデジモン。だが、デジモンといえども無敵の存在ではない。人間や他の動物達と同じように病気をすることもあれば、負傷することもあった。
「痛い!痛い!痛い!」
一輪とモクモンの投石に苛まされているイビルモン。いつの間にか、バクモンも一輪達と同じように石を投げてきている。度重なる投石攻撃で徐々にイビルモンの体力が削がれていく。同時にイビルモン自身も惨めな気持ちになっていった。
「やめてくれ!やめてくれよ!!」
声を大にして悲鳴を上げているイビルモン。そんなイビルモンの眼からは涙が流れていた。既にイビルモンは戦意を失っていた。
泣いているイビルモンの姿を目の当たりにした途端、手に握り締めていた石を落とす一輪。既に一輪は攻撃することを放棄していた。
「何で止めちゃうの?」
「そうです。今のうちに徹底的にやっつけないと」
突然、イビルモンへの攻撃を放棄した一輪に疑問を投げかけるモクモンとバクモン。ここで完膚なきまでに叩かなければ、こちら側が再び惨めな思いをすることになる。
「でも、これ以上、攻撃を続ければ、私達はあの悪魔と同じように弱い者いじめをしていることになるわ」
そう言った後、一輪はイビルモンの方に視線を移す。既にこの戦いの勝敗は決している。これ以上の攻撃は戦いでも何でもない。ただの弱い者いじめだ。
「……」
「……」
一輪の言葉を聞いて黙り込んでしまうモクモンとバクモン。確かに惨めな思いをするのは嫌であったが、それ以上にイビルモンのように弱い者を平然と踏みにじるような存在にはなりたくなかった。
一体どうして良いのか分からないモクモンとバクモン。そうした最中、イビルモンの方にゆっくりと歩み寄る一輪。
「ちょっといい?」
「うん?何だよ!?」
突然、一輪に話しかけられて驚きを隠せないイビルモン。同時にイビルモンは慌てて自身の涙を拭った。
「話は聞いたわ。貴方、今まで悪いことしてきたんだってね。ちゃんと彼等に謝って、もう悪さはしないと約束してくれる?」
イビルモンに勧告する一輪。これまでの悪事の謝罪、これから悪事をしないという誓約、この2つで全てを終わらせようと考えていた。
「な、何で俺がそんなことしなけりゃいけないんだよ?」
当然、一輪の勧告を拒否するイビルモン。何故、悪魔のデジモンである自分がこんなことをしなければならないのか。
「貴方が散々、好き勝手したせいで何人のデジモンが泣いたと思っているの!貴方はそれを少しでも顧みたことがあるの!?」
「っ!!?」
本来であれば、非力な人間に過ぎないのだが、どういうわけか、一輪による一喝の迫力に気圧されるイビルモン。
これはイビルモンの知らないことであるが、現実世界での一輪は妖怪入道の雲山を従えて各地を旅している少女である。並みの人間の少女とは色んな意味において一線を画していた。
「さあ、彼等に謝って……そして、もう悪さはしないって約束して」
一輪はこれまでの働いてきた悪事の謝罪、これ以上の悪さをしない誓約をイビルモンに促す。そんなイビルモンの前にはモクモンとバクモンの姿があった。
「……悪かった。今まで迷惑をかけて悪かったよ。それに2度と悪さはしねぇ……」
そう言った後、頭を下げてモクモンとバクモンに謝罪するイビルモン。それと同時に2度、彼等に迷惑をかけないことを誓う。
「そういうのなら」
「そうですね」
イビルモンの謝罪と誓約を受容するモクモンとバクモン。これまでの悪さを謝り、誓うというのであれば、これ以上、イビルモンを恐れる理由がなかった。
そして、一輪とデジモン達の間に穏やかな時間が訪れる。すると突然、一輪の身体が急に粒子化を始める。
「これは……一体どうなっているの?」
「そうか、もうお別れなんだね」
「一輪……今、貴方は元の世界に帰ろうとしているのです」
驚きを禁じ得ない一輪に対して、事情を説明するモクモンとバクモン。恐らく、一輪の身体と心が元の世界に戻ろうとしているのだ。
「有り難う皆……。短い間だったけど、本当に有り難う」
最後にデジモン達にお礼を言う一輪。その後、一輪の身体は完全に粒子化してしまう。それと同時に一輪の意識も深い闇の中に落ち込んでいった。
このようにして、一輪のデジタルワールドにおける短くも刺激的な冒険は静かに幕を閉じたのであった。
……それから果てしない時間が流れた。
ありとあらゆるものから隔絶され、人間と妖怪が共存している世界・幻想郷。そこに命蓮寺と呼ばれる寺がある。幻想郷の住民達からは、人間も妖怪も仏の前では皆平等であることを理念としている寺として知られていた。
日の光が優しく差し込む寺の縁側、そこに1人の少女が腰を掛けて物思いに耽っていた。袈裟を着用して頭巾を被った少女、その少女の名前は雲居一輪、仏教を学んでいる妖怪であった。
流れゆく雲の様子を眺めながら物思いに耽る一輪。すると、そんな一輪に誰かが話しかけてくる。
「あら一輪、こんな所で物思いですか?」
名前を呼ばれた一輪が咄嗟に顔を向けると、そこには黒い衣に身を包んだ長い髪の女性が立っていた。女性の名前は聖白蓮、この命蓮寺の住職を務める僧侶であり、同時にこの寺で仏教を学んでいる一輪の師匠でもあった。
「貴方が物思いなんて珍しいですね」
そう言った後、一輪の隣に腰を掛ける白蓮。白蓮は師匠として物思いに耽っている弟子のことが気になったのだ。
「何か悩みごとですか?」
「いえ、そうですではありません。少し昔のことを思い出していました」
「昔のこと……ですか」
「はい」
「もしよければ、私にも話して下さいませんか?」
白蓮の一言に思わず黙り込んでしまう一輪。あらゆるものが電子情報で構築されたデジタルワールド、電子情報の塊とも呼べる怪物のデジモン、そんな世界でデジモンと一緒に冒険をしたこと、誰がこんな絵空事のような話を信じてくれようか。
「……それがどんな話であっても信じてくれますか?」
やがて絞り出すように一輪は言う。目の前の師であれば、そして幻想郷であれば、人間だった頃の自分が経験した荒唐無稽な冒険を信じくれるかもしれないと考えたのだ。
「ええ、勿論よ」
満面の笑みを浮かべて返事をする白蓮。そんな白蓮の姿を見てほっとする一輪。どうやら、一輪の心配は杞憂であったようだ。
「……あれは私が人間だった頃、雲山とはぐれて迷子になってしまった時のことです」
やがて、ゆっくりと師匠である白蓮に語り始める一輪。それは現実世界、デジタルワールド、そして幻想郷、3つの世界を繋ぐ小さな物語であった。
了
補足
名前:パタモン
種族:ホ乳類型デジモン
属性:データ
進化レベル:成長期
必殺技:エアショット
四足歩行の哺乳動物の外見と大きな耳が特徴的な成長期のホ乳型デジモン。大きな耳は翼として機能するため、宙に浮くこともできる。但し、その速度は非常に遅いため、実際には歩いた方が速い。必殺技は空気を吸い込んだ上、一気に吐き出して敵を攻撃する「エアショット」
名前:モクモン
種族:スモーク型デジモン
属性:なし
進化レベル:幼年期
必殺技:目くらましスモーク
全身が煙に覆われている幼年期のスモーク型デジモン。全身を覆っている煙はデジモンの中心核であるデジコアが燃焼することで発生したものである。必殺技は全身のスモークを操って敵の視界を塞ぐ「目くらましスモーク」
名前:バクモン
種族:聖獣型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:成長期
必殺技:ナイトメアシンドローム
想像上の生物の獏を彷彿とさせる姿をした成熟期の聖獣型デジモン。悪い夢やウイルスを取り込んだ上、良いものに変換するという能力を持っている。この神聖なる能力は前足に嵌め込まれたホーリーリングに起因すると言われている。必殺技は取り込んだ悪夢を一気に吐き出して敵を恐怖に陥れる「ナイトメアシンドローム」
名前:イビルモン
種族:小悪魔型デジモン
属性:ウイルス
進化レベル:成熟期
必殺技:ナイトメアショック
伝説や古い伝承で語られる悪魔のような姿をした成熟期の小悪魔型デジモン。悪魔系統のデジモンとしては位が低いため、上級の悪魔系デジモンの使い魔として使役されることが多い。性格がとても悪く同じ位の悪魔系デジモンと一緒に悪事を働くことが多い。必殺技は口から超音波を吐き出す「ナイトメアショック」
お世話になります。疾風のナイトです。
今回の話は一輪を主役にしたお話を投稿させていただきました。
以前から、古い時代の選ばれし子ども達はどんな冒険をしていたのだろうと思うことがありました。
そして、一輪が元々人間だったことを知った時、上手くいけばコラボできるかもと思って創作しました。
雲山に近いイメージとして、モクモンとバクモンに登場してもらいました。
また、敵役には意地悪なイメージのあるイビルモンにお願いしました。イビルモン、本当にゴメン。
これからも皆様に楽しい小説を提供していきたいと思います。