スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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ことば

 

:1984年某日、アフガニスタン、ソヴィエト連邦軍ベースキャンプにて

 

 

「いいだろう、わたしの鬼を見せてやる。ついてこい、BIGBOSS」と、スカルフェイスは言った。

 

「ナヴァホの老人、コードトーカーに何を聞いた。

核兵器ビジネスの独占市場……きみは、わたしが金儲けの為にやっていると思っているのか。

それはCIPHERが導き出した物語のひとつに過ぎない。わたしの意志とは違う」

 

 ヴェノムスネークを案内する道中、ヘリポートの階段を下りながら、スカルフェイスは話し始めた。

 まずは きみと わたしの話からだ。

 

「CIAにいた頃のきみを知っている。わたしは昔から きみの裏側にいた。

1964年 ソヴィエト領内、『スネークイーター作戦』の時も、きみたちFOXが失敗したら わたしのXOFが拭うことになっていた。

だが、きみは仕事を立派に成し遂げた。それできみがアメリカへ持ち帰った情報は、ちょっとしたカネになった。

『賢者の遺産』を示すマイクロフィルム……あれで、わたしたちの未来は決められてしまったようだ」

 

 1956年のハンガリー動乱に乗じて、「顔のない亡霊」として故郷の侵略者たちへ報復を遂げたスカルフェイスは、当時イギリスでSASを率いていたゼロへ接触、西側へと亡命して副官:X.Oとなった。

 そしてゼロがアメリカで次なる部隊『FOX』を立ち上げると同時に、スカルフェイスはFOXを裏から支援する非正規部隊の指揮官へ任ぜられる。

 これが記録に残らない裏の部隊『XOF』の起源であり、スカルフェイスとBIGBOSSの関係のはじまりであった。

 世界の何処かでBIGBOSSが活躍すれば、その裏には必ずスカルフェイスの暗躍があった。

 それはまるでオペラ座の怪人(Phantom)のように、BIGBOSSにとってスカルフェイスは長年の影(Phantom)だったのだ。

 

「こうして、きみの活躍で『遺産』はアメリカのものになった。そのことを知ったゼロ少佐は、わたしに あるアイデアを話した。

『アメリカ政府は金の使い方を知らない。だからあのカネは帳簿を分けたい』

少佐はそれを使って、アメリカの裏側に『支えのような組織を創りたい』と。

 

そしてゼロ少佐の『CIPHER』がはじまった。きみも知るとおりな。

あれは少佐による“ザ・ボス”の弔い、いや、“報復”だった。彼女を生贄にした世界への、とりわけアメリカに対してのな」

 

 CIPHERというペンで、ゼロが最初に綴ったのは“報復”の文字だった。

 1970年頃のアメリカで、CIA長官が突然拳銃自殺を遂げた。さらに『スネークイーター作戦』の立案者を筆頭に、CIA上層部の高官が次々と左遷されるという出来事があった。

 表向きには当時頻発していた不祥事にまつわる引責、CIPHER内部では『CIPHERが賢者達の組織を乗っ取る過程で起こった出来事』ということになっているが、スカルフェイスはその裏に燃えていたゼロの報復心を見抜いていた。

 

 『スネークイーター作戦』でゼロたちFOXにザ・ボスを抹殺するように命じたのは、『賢者達』の意向を受けたCIAだ。

 そのCIA上層部がゼロのCIPHERによって一斉に掃除された。これがゼロによる報復でなければ、一体なんだというのだろう。

 

 ヘリポートの階段を降りて少し歩いてゆくと、その先には大きな貨物用エレベータがあった。

 ヴェノムスネークとスカルフェイス、そして随伴のXOFの兵士たちが乗り込むと、エレベータが動き出し、スカルフェイスは話を続けた。

 複雑な山岳を利用して造られたこの基地と同じく、スカルフェイスの話にはまだまだ入り組んだ深層があるらしい。

 

「アメリカは自由の国、移民の集まりだ。

『Melting pot:人種の坩堝』とはいうが、その実態は『Salad Bowl:混ぜ合わせの器』のようなもの。

国民にはそれぞれ異なるルーツがあり、人種ごとに分かれたコロニーで暮らしている。

人種だけじゃない。土地、組織、交友関係、信仰、言語……アメリカ国民は多種多様、ひとつに融け合うことなど決してない。

 

だが少佐は、そんな人々をひとつの“意志”へ融け合わせようとしていた。

『国民ひとりひとりが“自らの意志”で、“国と同じもの”を求める』

そんな単独行動主義の実現を、各個人の自由意思になど任せておけるはずがない。

そこで少佐が求めたのは 情報で、共通語(ことば)で、“人々の無意識を統制するシステム”だった……」

 

 エレベータが降りた先は屋外駐車場だった。ソヴィエトの最新型戦車と装甲ヘリがずらりと並び、道路の先は基地の外へと続いている。

 

「ついてこい、こっちだ」

 

 その中でスカルフェイスはオープンタイプの軍用自動車を指差した。そこでヴェノムスネークは足を留める。クルマの周りに、武装したXOFの兵士たちが待ち構えていた。

 

「乗ってくれ。それとも真実を知りたくないのか、BIGBOSS」

 

 歩みを止めたヴェノムスネークを、スカルフェイスがクルマの後部席へ乗るように促す。

 だが、しかし、となおも躊躇するヴェノムスネークの耳元にコール音が届く。

 

〈 今は、ヤツに合わせるしかない 〉

 

 上空のヘリ、空中司令室から指揮を執っているダイアモンド・ドッグズ副司令 カズヒラ=ミラーからの通信だった。

 

〈 いざという時は、こちら:ダイアモンド・ドッグズにも戦う準備がある。それがヤツへの抑止力になる。ここで戦争に持ち込むのは、本意ではないはずだ 〉

 

 たしかにスカルフェイスがその気なら、ヘリポートで鉢合わせた時点で殺されている。ミラーの言うとおり安全かもしれない、少なくとも今は。

 意を決し、クルマの後部席にヴェノムスネークが乗り込むと、スカルフェイスも向き合うように腰を据えた。

 そして兵士が運転席へ乗り込み、スカルフェイスとヴェノムスネークを載せたクルマを発進させる。

 移動する車中、流れてゆく風景を眺めながらスカルフェイスは物語を再開した。

 

「さて、どこまで話したか……『アメリカ、そして世界をひとつにする』。ゼロ少佐はそれがザ・ボスの遺志だと理解した。

だが、それはザ・ボスの遺志の表層に過ぎない。少佐は彼女の真の望みなどわかっていない。

なぜなら、歩くより、いや、産まれるよりも前から、少佐の母語は“英語”だからだ。

『共通語で人はわかりあうことが出来る』など、そんなものは“ことば”を亡くす痛みを知らない支配者の傲慢だ。

英語という支配言語から離れられない少佐に、ザ・ボスの望みなどわかるはずがない。

わたしとは違う。

 

わたしはハンガリー、北トランシルヴァニアのちいさな村で生まれた。

外国の兵隊たちが幾度となく村を奪った。そのたびにわたしたちは、支配者から彼らのことばを植え込まれた。

ドイツ語、ロシア語、そして英語。戦争が変わるごとに支配者は変わり、そのたびに違う ことばを喋らされた。

 

ことば とは、奇妙だ。ことばが変わるとわたしも変わった。

ものの考え、性格、善と悪……戦争でこの外見を変えられたよりも深く、ことばはヒトを殺す。

ことばは わたしの中に寄生し、わたしは ことばに支配された。

 

思想家エミール=シオランは、『国語は国家なり』と言った。『人は国に住むのではない、国語に住むのだ。国語こそが我々の祖国だ』

 

わたしの国語。ことば を奪われたわたしは、本当の祖国をも奪われたのだ。

わたしに過去は亡くなった。あるのは髑髏と未来だけ。

わたしの未来は報復、ことばで人々に寄生する支配者どもに向けた報復への意志だ。

この燃え残った髑髏の顔こそが、わたしの決意表明であり存在証明なのだ。

 

故郷の売国奴を皆殺しにして報復すべき相手を見失った頃、わたしはゼロ少佐に出会った。

一流のスパイマスターだった少佐からは学ぶことが多かった。

特に情報、すなわちことばで攻撃する術を学んだことが、今のわたしを形作っていった。

 

やがてわたしは理解した。ゼロ少佐こそがわたしの報復すべき支配者だったのだ、とな。

言語のコード、空間を行き交う情報のコード、時間に連なる遺伝子のコード、それら規範(Code)をすべて統制することでCIPHERは、世界をひとつにしようとしているのだ。

ゼロが植え付けるCIPHERの規範は わたしたちの頭へと入り込み、内側から吸い尽くし、次の宿主へと伝染してまた支配する。

ことばで人々に寄生する支配者とはそう、ゼロのことなのだ。

 

ゼロは世界をさらに蝕んでゆく。わたしがこの世界に生まれた自由を殺し、わたしの歩んできた道を殺し、わたしの進むべき道を殺す。

わたしたちはその時代に殺されたまま生かされ、そして世界は“ZERO”になる。そのことに誰も気付かない。

ゼロの意志、CIPHERのコレクトネスが世界を支配しようとしている。その物語を記述することばこそが英語なのだ」

 

 ことばは肉となった、とスカルフェイスは傍らにあった円筒の金属製ケースを開封した。

 ケースには黄緑色の溶液で満たされた小さなアンプルが2本安置されている。

 スカルフェイスは内1本を取り出して、対面のヴェノムスネークへ見せ付けた。

 

「……わたしの最後の蟲だ。英語を教えてある。『声帯虫の英語株』だ。

この蟲で、わたしは英語を殺す。わたしは、この世界に巣食う英語を駆除する。

英語というあいことばに蝕まれた全ての民族は息吹を取り戻し、現在、過去、未来を勝ち取るだろう。

これは『Ethnic Cleanser:民族浄化虫』などではない。ゼロの物語からの解放(Liberty)をもたらす『Liberator:民族解放虫』なのだ」

 

 スカルフェイスが一方的に喋繰っているあいだ、ヴェノムスネークは目の端で、XOFの武装ヘリがいくつも飛んでいくのを見ていた。

 重要な拠点が近い、つまりスカルフェイスが述べるところの鬼に近づいているということなのか。

 虎の子の『民族解放虫』をケースへしまうと話題は、スカルフェイスが夢見る未来の世界像、『支配言語が消えた世界』へと移ってゆく。

 

「世界はありのままでいい。それがわたしの望みだ。

英語という共通言語を喪えば、世界は分裂するだろう。そして世界は自由になる。

だが人々は苦しむはずだ、ファントムペインにな。

共通言語を喪くした世界には、新しい“ことば”が必要となる。

 

それが核兵器(メタルギア)だ。

拡散した核抑止が、支配言語に代わって、国と国とを隔たりなく平等に結ぶ。

核という ことばの下では、どんな小さな勢力だろうと大国と対等な対話が可能となる。他には何も共通語は要らない。

あらゆる勢力は互いを認め合うしかなくなる。人々は自らの痛みを飲み込んで、喪われた手を互いに繋ぐのだ。

 

こうして、世界はひとつになる……その為の戦争は、平和だ」

 

 ヴェノムスネークとスカルフェイスを載せたクルマが、ソヴィエト連邦軍ベースキャンプを通過し、アフガンの乾いた荒野も越えてゆくと、遠くに巨大な格納庫が見えてきた。天然の洞窟と古代の遺跡を造り替えたCIPHERの秘密基地、OKBゼロ。その深奥にメタルギア・サヘラントロプスはある。

 スカルフェイスはヴェノムスネークとCIPHER、ひいてはこの世界へと高らかに宣言した。

 

「世界がメタルギアを知る時、終末時計の針はゼロを踏み越えて、動き出すのだ。

わたしのサヘラントロプスが、その偉大なる第一歩を大地へと踏み打つ。

それは、ことばを蹂躙された全ての民族の、独立を報せる福音なのだ」

 

 

 

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