:1984年某日、アフガニスタン、“опытно-конструкторское бюро- 0:OKBゼロ”、格納庫にて
スカルフェイスとヴェノムスネークを載せた車は、岩が抉れてできたと思われる天然のアーチをくぐり、やがて洞窟の中で停車した。
洞窟というのは偽装であり、その実態はCIPHERの秘密拠点:OKBゼロ。
その暗闇を見通した先、移動式のプラットホーム上で照明に照らされながら直立二足歩行戦車ST-84“メタルギア・サヘラントロプス”が停止状態で跪いている。
「ここだ」
スカルフェイスに促され、ヴェノムスネークがクルマから降りると、XOFの兵士たちが一斉に銃口をヴェノムスネークへと向けた。
続けてスカルフェイスがクルマを降り、ヴェノムスネークも銃を構えたXOFの兵士たちに背を押され、ふたりはサヘラントロプスの眼前へと歩み出てゆく。
〈 こちら“銛打ち:クイークェグ”、援護に入る 〉
〈 射線を確保しろ 〉
ヴェノムスネークの無線機に、ダイアモンド・ドッグズの仲間と、空中作戦司令室のミラーが通信で耳打ちする。
ヴェノムスネークが横目でちらと見ると、洞窟の天井に出来た大きな割れ目のあいだに、ダイアモンド・ドッグズの攻撃ヘリ:クイークェグの姿が見えた。
いざとなれば、小説『白鯨』に出てくる銛打ち男の名を冠したダイアモンド・ドッグズのこの攻撃ヘリが、ヴェノムスネークを取り巻くXOFの頭上を押さえ、銛に代わって機銃掃射で連中を仕留める。
それがわかっているから、スカルフェイスもヴェノムスネークに直接手を出そうとしていない。
しかし仲間に見守られているという事実が、ヴェノムスネークの心のざわつきを抑えてくれることはなかった。
ヴェノムスネークは、俯きがちに座しているメタルギア・サヘラントロプスと視線が合ったような気がした。
開発者のエメリッヒがマザーベースで説明したとおりなら、このメタルギアは大人が乗れない欠陥機であり、実際に人が乗っているはずもない。
それでも見られているような感覚が拭えないのは、サヘラントロプスの頭部コクピットに施された髑髏のノーズアートのせいだろうか。
それとも、このサヘラントロプスが“直立二足歩行戦車”、ヒトガタを模した科学のゴーレムだからなのか。
ここはまるで儀式の祭壇のようだ、とヴェノムスネークは思った。
髑髏の怪物サヘラントロプスが核の恐怖を振り撒き、声帯虫が英語という支配言語を駆逐して、そしてスカルフェイスの夢見る理想のユートピアがこの世界に顕現する。
世界の理不尽を変えるために、古来から人々は生贄を捧げ、儀式を執り行ってきた。
スネークイーター作戦ではザ・ボス、ピースウォーカー事件ではパス。そして今回の生贄は恐らくこのおれ、BIGBOSSだろう。
スカルフェイスが背後のヴェノムスネークにことばを投げかけた。
「アラモを忘れるな!」
『アラモを忘れるな』といえば、1936年のテキサス独立戦争時の合言葉として知られているが、何故スカルフェイスがその台詞を言ったのか、今のヴェノムスネークにはわからない。
・・・
ことばとはおかしなもので、同じことばでも、誰が言ったか、いつ言ったか、どのように言ったかで、意味がまるで変わってくる。
アラモを忘れるな。スカルフェイスが呟いたこのことばには、スカルフェイスにとって二重にも三重にも意味が重ねられているのだが、目の前のヴェノムスネーク=BIGBOSSにその含意は伝わってくれただろうか。
かつて1964年、ソヴィエトGRUのサンダーボルトことヴォルギン大佐が携行小型核弾頭:通称デイビークロケットを自らの母国ソヴィエトに向けて発射した際、ヴォルギンは『アラモを忘れるな!』と叫びながらその引き金をひいたのだという。
デイビークロケットの名は、テキサス独立戦争におけるアラモの戦いで戦死した国民的英雄、デイヴィッド=クロケットの愛称に因んで名付けられたものだ。
1836年のアラモ砦の戦いで惨敗し、デイビー=クロケットという愛すべき英雄を失ったテキサス側はこの屈辱を忘れまいと『Remember Alamo:アラモを忘れるな』と叫び続け、ついにはメキシコからの独立という勝利を手に入れた。
ヴォルギンはあのデイビークロケットで米ソ対立の膠着状態を覆すにあたって、その逸話を引用したのだろう。
皮肉で味付けされた勝利は、極上の美酒となる。資本主義の英雄の名を冠したこの一撃で、我らが共産主義ソヴィエトに栄光と勝利をもたらす。
そしてこのおれ、ヴォルギンは、その後に続く灼熱の戦争を勝ち抜いて、新時代の英雄となるのだ。
それは時代の覇者にならんとするヴォルギンの燃え滾る決意と野心、そして彼なりの諧謔が込められた、東西冷戦という規範に向けた宣戦布告だった。
そしてその目論見どおり、ヴォルギンが放ったデイビークロケットの一撃は世界を世界最終戦争の一歩手前まで歩み寄らせ、ザ・ボスを生贄にしたあの『スネークイーター作戦』を引き起こし、世界を変えてゆくことになる。
アメリカという国は、人々の報復心を合言葉に回っていた。
1941年に日本軍が行なった真珠湾攻撃に対抗する合言葉も「Remember Pearl Harbor:真珠湾を忘れるな!」だった。
報復心は人々を突き動かすエネルギーとなり、国家民族を代表するイデオロギーとなり、やがて時代を変えてゆく。
アラモを、真珠湾を、そして爆心地を忘れるな。自由の国アメリカは、そうやって常に勝利し続けてきたのだ。
そのアメリカ国民たるBIGBOSS、おまえも自らの報復の爆心地を忘れるな。
『スネークイーター作戦』で殺した愛する師匠ザ・ボスを、ザ・ボスの複製でありコスタリカで再びその手に掛けることになった『ピースウォーカー』を、そして『カリブの虐殺』で奪われた国境なき軍隊を思い出せ。
メタルギア・サヘラントロプスを背に、スカルフェイスは再び語り出す。
「報復に生きるのはわたしたちだけじゃない。ここにも、もうひとり、“鬼”がいる」
スカルフェイスとBIGBOSS、ふたりの鬼の他に、さらに三人目の鬼を指差すスカルフェイス。
BIGBOSS、おまえが奪ったものも覚えているか。おまえは常に奪われる側だったわけではないことをよもや忘れてはいまい。
スカルフェイスの『アラモを忘れるな』は、その問いかけでもあった。
「おまえへの報復心だけがこの鬼を動かす。時代は常に人間の報復心で動かされているのだ……」
そう、おまえがこのわたし、スカルフェイスによって生かされているようにな。スカルフェイスはそう豪語する。
すべての人間は、過去から続く因果に立脚して生きている。かつてわたしが起こした『カリブの虐殺』で、おまえが報復の鬼と化しながらなおも生き延びてきたというのなら、それはわたしのおかげでおまえが生きているということだ。
おまえは、おまえの意志で生きているのではない。わたしが植え付けた報復心に、おまえは生かされているのだ。
そして“あの鬼”も、おまえのために生きている。
「さあ、見せてくれ!」
スカルフェイスが退くと、その背後から強烈な熱気と共に“燃える男”が現れた。
諜報界の符丁で『燃える男』と呼ばれているこの男の本名は、エウゲニー=ボリソヴィッチ・ヴォルギン。かつて1964年にあのデイビークロケットの一撃を放った男の成れの果てだ。
ヴォルギンは『スネークイーター作戦』においてBIGBOSSに灼熱の夢を挫かれ、決戦の舞台となったツェリノヤルスクの断崖で、自身が創らせた悪魔の兵器シャゴホッドと共に燃え尽きたはずだった。
しかしヴォルギンは、人間として燃え尽きても死ななかった。
『スネークイーター作戦』で瀕死の重傷を負い、肉体的にも精神的にも完全な廃人と化したヴォルギンは、公的な記録では死亡したとされながら密かに回収され、モスクワの超能力研究所で超人を創るための研究材料として、20年近く昏睡状態のまま利用されて続けていた。
権力を失った権力者、ヴォルギンの末路は無惨だった。
腹心だったはずのオセロットを筆頭とする部下たちからは見限られ、同志と信じたザ・ボスからは謀られ、灼熱の戦争を勝ち抜く栄光の夢も、築き上げるはずだった理想の世界も潰え、遂には祖国ソヴィエトからさえも見放されたヴォルギンに残った最後の存在理由、それはすべてを奪ったBIGBOSSへの憎しみだけ。
今のヴォルギンは研究標本という憐れな最期を全うすることすらできぬままスカルフェイスの傀儡に成り下がり、『燃える男』と呼ばれるBIGBOSS専任の追跡マシーンと化していた。
そのヴォルギンが今こうして立っていられるのも、BIGBOSSへの報復心ゆえだ。
ヴォルギンと同じく、ソヴィエトの超能力研究の標本だった“第三のこども”の超能力によって、ヴォルギンは体内の報復心を増幅させられ、動かないはずの四肢を動かし、全身を恨みの業火で焼きながら、中東とアフリカで活動を再開したBIGBOSSを執拗に付け狙い続けてきた。
まだ終わっていない、おれの夢を壊した報復を遂げるまでは。まるでそう訴えているかのように。
その追走劇もここで終わる。
これまでBIGBOSSを殺す為の刺客として幾度も差し向けられ、その度に偶然が重なって獲物を獲り逃してきたヴォルギンだったが、ここなら余計な邪魔も逃げ場もない。
20年前に『スネークイーター作戦』で奪われた、全ての清算を果たすときがようやくやって来た。
ヴォルギン、どうか見せておくれ。おまえもまた、報復のために生きることが出来るのだということを。スカルフェイスはほくそ笑む。
報復心の炎で燃える男、ヴォルギンが、BIGBOSS=ヴェノムスネークへ襲い掛かろうとする。
・・・
襲われる! 歩み寄ってきた燃える男に、ヴェノムスネークが銃を構えたときだった。
ヴェノムスネークに迫ってきたはずの燃える男の歩みが突然止まった。
XOFの兵士やスカルフェイスの方を見ると、どうやらこれはスカルフェイスたちにとっても想定外の事態らしい、連中も怪訝な表情で燃える男を見つめていた。
ヴェノムスネークも手元のライフルで警戒しながら、報復の炎を燻らせ始めた 燃える男の不可解な挙動を注視する。
燃える男はしばらく立ち尽くしていたかと思えば、重い足取りでぎこちなく踵を返し、メタルギア・サヘラントロプスが載せられている移動式プラットフォームの方へと歩き始めた。
今度は移動式プラットフォームが、燃える男を出迎えるかのように独りでに動き出し、巨大な歯車が軋む大きな音を響かせながら、ヴェノムスネークたちのいる方向へゆっくりと動き出す。
「待て」
痺れを切らしたスカルフェイスが燃える男を呼び止めるが、燃える男は気にも留めずにプラットフォームへと向かってゆき、そしてとうとう巨大な車輪に巻き込まれて下敷きにされてしまった。
血飛沫の代わりに火炎が飛び散り、骨と肉のひき潰される音が悲鳴のように聞こえてきて、最後に断末魔のように熱風がヴェノムスネークの頬を撫でた。
XOFの兵士の一人が、炎となって消え失せた燃える男を確認しようとプラットフォームに近寄った途端、それは起こった。
その兵士は、自らの身に何が起こったのかよくわからないまま即死したに違いない。
突然頭上から、金属アンカーの鉤爪を備えた巨大な“脚”が振り下ろされ、かのXOFの兵士をぐちゃりと踏み潰した。
燃える男、移動式プラットフォームに続いて、パイロットのいないメタルギア・サヘラントロプスまでもが、勝手に動き始めていた。
「待て!」
まるでそうすれば聞き入れるとでも思っているかのように、今度はメタルギア・サヘラントロプスに命令するスカルフェイス。
しかし一度動き始めたサヘラントロプスは止まらない。一歩、また一歩とプラットホームから踏み出し、巨大な両足で立ち上がる。
「誰が動かしている、これほどの報復心を、誰が……!」
このサヘラントロプスの勝手な挙動がスカルフェイスの仕業ではないことは、それを見て狼狽する様子からも明らかだ。
うろたえるスカルフェイスに対し、XOFの兵士たちの危機対処の判断は、迅速で的確だった。
ヴェノムスネークを警戒していたXOFの兵士たちが、一斉に銃口をサヘラントロプスへ向け、その内の数名が、動揺しているスカルフェイスを護りながら即座に洞窟から撤退してゆく。
真っ先に指揮官を退かせると、残ったXOFの兵士たちは、動き出したメタルギア・サヘラントロプスに向けてアサルトライフルを発砲した。
劣化ウランの装甲に銃弾が打ち込まれ、雨音のような金属の炸裂が洞窟内に降り響く。
撤退、撤退、と何人かが叫ぶのがヴェノムスネークの耳に入る。
この隙に逃れようとするヴェノムスネークだったが、XOFの兵士たちのうちふたりがヴェノムスネークの動きに目敏く気付き、ヴェノムスネーク目掛けて牽制の銃弾を放とうとする。
この一瞬、ヴェノムスネークに気をとられたのが、このふたりの運の尽きだった。
頭上から踏み込まれた巨大な金属の脚に対する反応が出遅れ、ふたりのXOF兵士は悲鳴を上げる間もなくサヘラントロプスに踏み殺されてしまった。
アサルトライフルが束になったぐらいのことでは、もはや足止めにすらならない。
その事実を理解したXOFは、サヘラントロプスに真正面から立ち向かうのをやめ、全員が撤収を始めていた。
もはやヴェノムスネーク、ダイアモンド・ドッグズすらどうでもよかった。とにかく今はサヘラントロプスから逃げることだ。
逃げ出したXOFに続こうと、物陰に隠れていたヴェノムスネークが立ち上がったそのとき、頭上から強烈な視線を感じた。
ヴェノムスネークが天井を見上げると、メタルギア・サヘラントロプスの骸骨のノーズアートが鼻先にまで迫っている。
やはりサヘラントロプスは、おれを見ている。ヴェノムスネークはそう直感する。
〈 BOSS、そこから離れろ! 〉
ダイアモンド・ドッグズ空中作戦司令室からのミラーの声を合図に、ヴェノムスネークは、こちらを睨みつけていた髑髏の巨人に背を向け、OKBゼロの格納庫から飛び出した。
ヴェノムスネークの直感を裏付けるように、サヘラントロプスは足元に停められていたクルマを蹴り飛ばし、重たい劣化ウランで創られた巨大な二本足で闊歩しながら、ヴェノムスネークを踏み潰そうとその後を追いかける。
怪物メタルギア・サヘラントロプスが、OKBゼロという檻を破って外の世界へと解き放たれる。