スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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わたしは燃えているⅡ

:1984年某日、アフガニスタン、“опытно-конструкторское бюро- 0:OKBゼロ”にて

 

 報復心により生命を吹き込まれた怪物が、アフガニスタンの大地を一歩一歩踏みしめてゆく。

 数十メートルにもなろうかという巨体から、凄まじい金属音が絶え間なく轟いている。

 設計者の想定を大幅に超えた激しい動作に、劣化ウランで造られた機体が軋む音。

 それは鋼の巨人、“メタルギア・サヘラントロプス”が怒り狂う咆哮、あるいは心を手に入れて泣き叫ぶ産声のようにも聞こえる。

 

 暴走するサヘラントロプスを食い止めようと、XOFの兵士たちが奮戦しているが、サヘラントロプスは戦車隊の砲撃も装甲ヘリのミサイル攻撃もものともしない。

 あるいは頭部の重機関砲で、あるいはメタリックアーキアで満たされたアーキアルブレードとグレネードで、まるで子供が蟻をいたぶるようにXOFの兵士たちを容赦なく殺していった。

 

 そんな阿鼻叫喚の地獄風景を、スカルフェイスは眺めていた。

 開発したエメリッヒの無能を補う苦肉の策が、まさかこのような事態を招くとは。

 

 遅々として開発が進まないサヘラントロプスの直立二足歩行システムを完成させる為、スカルフェイスは“第三のこども”の超能力を利用した。

 理屈はヴォルギンが報復心によって動いていたのと同じだ。

 スカルフェイスからの報復心を受信した第三のこどもは、それを脳内で無限に増幅させてからサヘラントロプスへ投影し、報復心を動力源とした念力でサヘラントロプスを動かす。

 

 そうしてスカルフェイスの傀儡となるはずのサヘラントロプスが、今はその制御から完全に逸脱していた。

 より強い報復心を持つ何者かに引き寄せられ、サヘラントロプスの操縦が奪われたのだ。

 今、誰がサヘラントロプスを動かしている。これほどの報復心を、誰が。

 スカルフェイスの問いに誰も答えてはくれない。

 

 スカルフェイスが脇に抱えていた『民族解放虫』のアンプルケースは無事だったが、サヘラントロプスの破壊により、秘密基地OKBゼロは瓦礫の山と化していた。

 スカルフェイスの行く手は倒れた鉄塔で阻まれ、さらに退路も激しい炎にまかれている。

 最新鋭の装備を備えた配下のXOF兵士たちも、荒れ狂うサヘラントロプスが相手ではまるで刃が立たず、蹂躙される一方だ。

 

 しかし、進退窮まったここに至ってスカルフェイスに訪れたのは、絶望ではなかった。

 サヘラントロプスを動かす者がいるということ。それは、スカルフェイスさえも凌駕する強大な報復心を持つ者が、この世界に存在しているという事実に他ならない。

 わたしは、この世界にひとりだけではなかった。

 

 降り注ぐ火の粉と灰燼、そして燃え盛る劫火が、スカルフェイスに自身の原点となった幼少の記憶を甦らせた。

 住んでいた世界を空襲に焼かれ、身も心も焼かれて、それでも独りだけ地獄に行き遅れた わたし。

 あのときわたしは確かに垣間見た。この、地獄のような世界の一端を。

 

 この世界では、まるでひとつの火種から燃え盛る炎のように、各国家、民族、コミュニティ、個人が持つ無数の世界が互いに衝突しあい、殺し合い、争いを拡げてゆく。

 物語という肉を焼かれ、骸骨だけとなった世界は残酷で、醜く、理不尽だ。

 不条理なまでに破壊の限りを尽くす暴力の化身サヘラントロプスは、スカルフェイスがかつて観た世界を体現する存在だった。

 

 こんなグロテスクな真実など、CIPHERは決して許さない。

 CIPHERの規範が目指すコレクトな世界に相応しくないからだ。

 CIPHERの内部分裂、XOF、寄生虫技術、極限環境微生物、声帯虫、ソ連製の二足歩行兵器、第三のこども、サヘラントロプス、そしてスカルフェイス。

 物語の作者に叛逆した“異形たち”は存在さえも否定され、物語から消し去られて(ゼロ)へと還る。

 

 CIPHERが描こうとする小奇麗な物語は、スカルフェイスにとっては欺瞞でしかなかった。

 誰かが何かをしなければ、CIPHERの物語にあの人たちの遺志さえ塗り潰されてしまう。

 ヒトの記憶からわたしが消える。

 炎上する世界の下、スカルフェイスは帽子を脱ぎ捨て、髑髏の素顔を曝け出した。

 

「だが、わたしが植え付ける報復心だけは……人々の体内に寄生する!」

 

 人間が力を求めるのは、世界が自らの思うとおり正しくあって欲しいと願っているからだ。

 アメリカとソヴィエト、西と東、資本主義と共産主義、それぞれの正しさ:Ideologieの対立という物語の力が、冷戦を成立させた。

 ゼロのCIPHERが情報統制を行なって物語を制御したのは、世界を正しく在る様にするためであったし、シャゴホッドで果てなき夢を見たヴォルギンも、『国境なき軍隊』とメタルギアを手にしたBIGBOSSも、さらにいえば『スネークイーター作戦』で世界から喰い物にされたザ・ボスさえもそうだ。

 BIGBOSSはメタルギアという核兵器で、ザ・ボスは『賢者達』の権力と『賢者の遺産』で、世界を正しく変えられると思っていた。

 

 スカルフェイスだけは、彼らと違った角度から世界を見ていた。

 世界に正しさなどない。もともと正しさなどないものを、力によって正そうとするから歪んでゆく。

 世界は正しく在る必要などない。ならいっそ、世界はありのまま、世界は在るように在れば良い。

 

 悪意、欲望、怒り、嫉妬、憎悪、そして報復心。正しさを捨てたありのままの意思は容易に伝播し、それ自体が人々を燃え上がらせる意志となる。

 ありのままの感情がもたらす、この万国共通の力学をスカルフェイスは信じ、焼かれてしまった故郷の人たちの遺思を、報復心という形でこの世界へ刻み込もうとした。

 

 その結果はどうだ。

 ひとつの報復が次の報復を招き、またさらに新たな報復を生み出す復讐の連鎖。

 スカルフェイスの植え付けた報復心という種は、鮮やかな華を咲かせた。

 

 CIPHERが築いた電子情報網は、“第三のこども”の超能力のようにそれらを強化増幅し、瞬く間に拡散して全世界を焼き尽くすだろう。

 そこに最早スカルフェイスがいなくても、それこそ誰が放ったか忘れ去られたとしても、それでも報復の意志は世界へ書き込まれてゆく。

 スカルフェイスの意志はヒトという器を超え、世界を燃やす火種として、CIPHERが描く物語に組み込まれた。

 スカルフェイスにとってそれは勝利に他ならない。

 

「報復心を消すなど誰にも出来ない。サヘラントロプスが、報復心を未来に撃ち放つのだ!」

 

 スカルフェイスは叫ぶ。ゼロ少佐、あなたも見ているだろうか。

 あなたは、CIPHERというバベルの塔を再建することで、あらゆる世界で通用することばを創ることによって人々の意志をひとつにしようとした。

 しかし、ことばをひとつにしなくても、このとおり言語を超えた報復の意志で、世界をひとつに結ぶことが出来る。

 この世にバベルの塔など必要ない。世界はありのままでいい。スカルフェイスは最後まで、そう信じていた。

 

 ついに報復の権化、サヘラントロプスが、スカルフェイスの存在に気がついた。

 世界の、ありのままであろうとする力が、スカルフェイスが作り出したゆがみを飲み込もうとしている。

 OKBゼロ、XOF、そしてとうとうスカルフェイス自身の順番が巡ってきたのだ。

 サヘラントロプスの巨体が唸り、金属アンカーの鉤爪を揃えた脚を大きく振り上げる。

 

「少佐! わたしは、燃えている――――」

 

 燃え上がる絶叫へ応えるように、巨大なサヘラントロプスはちっぽけなスカルフェイスを、蹴り倒した鉄塔ごと踏み潰す。

 

 サヘラントロプスが報復心を未来へ撃ち放つ。

 このスカルフェイスの言葉をCIPHERは“敗残者の遠吠え”と解釈し、記録にさえ残さなかった。

 

・・・

 

 メタルギア・サヘラントロプスが、XOFの兵士たちを殺すのに夢中になっている間、ヴェノムスネークはOKBゼロの入り口から遠く離れた場所の駐車スペースにまで辿り着き、内一台のクルマに乗り込んでいた。

 XOFの連中が乗ろうとして打ち捨てていったのか、鍵は挿さったままで、そのままひねるとエンジンがかかった。

 

 そのエンジン音を耳ざとく聞きつけたサヘラントロプスが振り返り、鉄塔や樹木など足元の障害物を蹴り飛ばしながら、ヴェノムスネークに向かって駆けつけてくる。

 その手の指先がヴェノムスネークに届くかというところでクルマが発進し、ヴェノムスネークはサヘラントロプスの巨大な掌をすり抜けた。

 

 獲物を捕まえ損ねたサヘラントロプスはすぐさま姿勢を立て直し、まるで徒競走のランナーのように滑らかな動作でヴェノムスネークを追いかける。

 サヘラントロプスとは以前、CIPHERの拠点からエメリッヒを連れ出した際にも遭遇し戦っているが、そのときとは動きの精度が全く違う。

 今のサヘラントロプスは装備された兵装の全てを完璧に使いこなし、人間そのものどころかそれ以上の身体能力を発揮していた。

 どういう理屈で動いているのかヴェノムスネークには未だよくわからないものの、前回襲われたときよりも遥かに手強くなっていることを確信した。

 

〈 サヘラントロプスの存在が世界に知れ渡れば、スカルフェイスの計画が現実となる。

核を使うまでもない、世界は再び分断され、人々は体内に寄生した“核の脅威”に怯えて生きることになる 〉

 

 サヘラントロプスに追われ、クルマを必死に走らせながら、ヴェノムスネークは耳の中のイヤホンからミラーの通信を聞き取る。

 眼前で暴れ狂うサヘラントロプスは文字通り歩く核爆弾であり、同時にスカルフェイスのグロテスクな理想郷の起爆ボタンでもあった。

  押されれば最後、スカルフェイスが創り出した核兵器手作りキットの需要が爆発的に広まり、世界中へ核兵器が溢れ返ることになる。

 

 サヘラントロプスは腰のアーキアルブレードを抜刀し、アフガニスタンの乾いた大地へその刀身を突き立てた。

 アーキアルブレードから流し込まれたメタリックアーキアの作用で地面が変異し、茨のような岩の杭が猛烈な勢いで地面から突き出てくる。

 まずい、とハンドルを切ったものの一手遅く、ヴェノムスネークを乗せたクルマは茨に絡めとられてしまった。

 横転したクルマから、咄嗟に飛び出すヴェノムスネーク。クルマはそのまま岩の茨によって串刺しにされ、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 やはり狙いは、おれか。

 立ち上がったヴェノムスネークは逃げるのをやめ、こちらを睨みつけるサヘラントロプスと対峙する。

 『世界はありのままでいい』と語ったスカルフェイスが、サヘラントロプスで創ろうとした世界像は、人間がわかりあうことなど決してないという絶望と、変えてしまうことで世界が歪んでゆくなら世界を変える必要などないという諦念、そして世界をこのように変えてしまった支配者たちへの報復心によって描かれていた。

 

 他人への憎しみと痛みを内心に抱えたまま、あらゆる勢力がいがみ合い、解りあうことも変わることも拒絶しながら生きてゆく世界。

 そんな絶望の未来を遺すわけにいかない。

 空中作戦司令室からミラーが叫ぶ。

 

〈 BOSSッ、サヘラントロプスを止めろ! 破壊するんだ! ダイアモンド・ドッグズの総力を挙げてBOSSをバックアップする! 〉

 

 ヴェノムスネークは、未来の為に銃を握った。

 

 

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