スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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アウターヘヴン


 

:1984年某日、アフガニスタン、“опытно-конструкторское бюро- 0:OKBゼロ”にて

 

 ヒトとして、最後の最期を迎えても、スカルフェイスは死ななかった。

 

 メタルギア・サヘラントロプスとの死闘を制したヴェノムスネークとカズヒラ=ミラーが目にしたのは、灰が降り積もる燃え尽きた世界と、虫の息になったスカルフェイスだった。

 サヘラントロプスが蹴り倒した鉄塔に下半身を挟まれ、アフガンの乾いた大地をどす黒い血の海に濡らしても、それでもなおスカルフェイスは、踏まれたむしけらのようにまだ生きていた。

 ヴェノムスネークがスカルフェイスの手元から『民族解放虫』のケースを取り上げ、開封する。

 ケースには3本のアンプルが挿せるようになっているが、中身のアンプルそのものは2本しかない。

 

「アンプルは3つあったのか。あと1つはどこだ」

 

 ヴェノムスネークの問いかけに、スカルフェイスは枯れ果てた声で答えた。

 

「おまえの、ちかくだ……」

 

 中に収まっていた2本のアンプルを、ヴェノムスネークはスカルフェイスの眼前で焼き捨てた。

 ぱん、とガラスが砕ける音とともに、スカルフェイスの英語への報復手段は潰えた。

 

「うて……ころしてくれ……」

 

 転がっていたライフル銃へ伸ばしたスカルフェイスの手を、ミラーが杖で払う。ヴェノムスネークは、そのライフル銃を拾い上げ、スカルフェイスへ銃口を向けた。

 

 ヴェノムスネークが撃った。

 胸と腹を銃弾で抉られる度に、スカルフェイスが血反吐を吐きながら苦痛の悲鳴を上げた。

 続いてミラーも撃った。

 銃弾が、スカルフェイスの左足と右腕を千切り、スカルフェイスの身体がのたうつ。ミラーが羽織るコートの空ろな右袖が、風に煽られて翻る。

 

 副官、X.O、顔のない男、ビラガアナ、そしてスカルフェイスなど、様々な名で呼ばれたこの男は、ヒトとしての最期さえも奪われていた。

 “アメリカの賢者達”と対立する未来を見越した“ソヴィエトの賢者達”は、第二次大戦が終わるよりも前からアメリカに対抗する為の力を求め、ある研究に着手した。

 ヒトを超えたヒトを創る研究。そのモデルとしたのは、大戦中の各地で大きな戦果を挙げた超人集団“コブラ部隊”だ。

 送り込んだスパイからの情報によれば、アメリカも“ザ・ボスの相続者”となる超人を創るための研究を始めているという。

 

 やがて、ソヴィエトの賢者達は“寄生虫を使った技術”を編み出したが、その頃のソヴィエトの賢者達は焦り始めていた。

 第二次大戦で枢軸国側の敗色が濃厚となり、その終焉と次の戦争:冷戦の影が見え始めても、ソヴィエトの賢者達が作った寄生虫技術は未完成だったからだ。

 アメリカとの戦いが本格化するまで時間がない。この寄生虫技術を実用化するには、どうしても人体実験が必要だ。

 

 そんな折、ソヴィエトの賢者達は、ひとりの少年を見つけ出した。

 少年は大戦中の空襲で家族を失い、自身も酷い火傷を全身に負っていた。

 肺と喉を焼かれたせいで呼吸すら満足に出来ず、かろうじて死んでいないだけの生ける屍。

 彼を看ていた看護婦はそのあまりの憐れさから「殺してあげたほうがいい」と主治医に懇願したという。

 

 賢者達は目の前の好機に飛びついた。

 肺や皮膚をはじめ、焼かれてしまった臓器の働きを、全身に植え込んだ寄生虫に代替させ補完する。

 それこそがのちに“寄生虫補完:パラサイト・セラピー”と呼ばれることになる術式の原型であり、幼かった少年は賢者達によってその実験材料にされたのだ。

 そうやって生死を弄ばれた無数の被検体の中に、幼い頃のスカルフェイスがいた。

 

 術後。スカルフェイスは自分で呼吸し、立ち上がり、歩くことさえ出来るようになった。

 しかし、それがスカルフェイスにとって、幸福なことだったのかはわからない。

 ヒトとしての最期を通り過ぎ、その先の限界を超えてしまったが為に、常人には致命傷であってもスカルフェイスは生き長らえてしまう身体になってしまった。

 たとえ巨大な鉄塔に下半身を潰されようとも、全身を銃弾で撃ち抜かれようとも、どれだけの苦痛に苛まれたとしても、それでもなおスカルフェイスは死ぬことができなかった。

 

 そんな事情は、ヴェノムスネークもミラーも知らない。尤も、知っていたところで、この後の判断が変わることもなかったろう。

 最期の一撃、その寸前でヴェノムスネークは銃を捨てた。スカルフェイスが目を瞠る。

 全身へ銃弾を撃ち込んで、惨たらしい苦痛を与えておきながら、その最期を恵んでやることをヴェノムスネークたちは拒否した。

 おれたちは、おまえを殺さない。

 

 スカルフェイスの目の前には、先ほど私刑に使われたライフル銃と、スカルフェイスのスーツから剥がれたXOFの部隊章、そしてどこからかこぼれ落ちた一発の銃弾が落ちている。

 ライフル銃を掴もうとするスカルフェイスだったが腕が届かず、銃を手に取ることさえできない。

 

「自分で、髑髏になれっ……!」

 

 ミラーがスカルフェイスに吐き捨てる。

 スカルフェイス、おまえはここで自分の夢が燃え尽きてゆくのを見つめていろ。

 おまえなんかでは世界は何一つ変えられなかったという事実を、死ぬことも出来ないまま惨めに晒し続けるのだ。

 かつておまえが『国境なき軍隊』にしてくれたように、おまえもここで亡くした痛み:ファントムペインに喘いでいろ。

 これが、おれたちなりの報復だ。

 

 ミッション完了だ。ミラーはヴェノムスネークと共に、スカルフェイスに背を向けて立ち去ってゆく。

 

「ころしてくれ、ころせ、おい、おい、はやく……!」

 

 スカルフェイスの懇願する声がしばらく続き、やがて聴こえなくなるかに思えた。

 

 

 と、その時、一発の銃声が響く。

 ヴェノムスネークとミラーが振り返ると、ダイアモンド・ドッグズの技術開発担当を勤める科学者、エメリッヒ博士がスカルフェイスの前に立っていた。

 エメリッヒの手には、先ほどヴェノムたちが捨てたライフル銃があり、死を乞い続けていたスカルフェイスはその足元で事切れていた。

 

 エメリッヒ博士、通称ヒューイ。九年前、スカルフェイス率いるXOFに付け入られて『カリブの虐殺』を幇助した疑惑を持つ男。

 『カリブの虐殺』に乗じてXOFに拉致されたエメリッヒは、その後スカルフェイスの下で、メタルギア・サヘラントロプスをはじめとする二足歩行兵器の研究を強制されていたのだという。

 その後はヴェノムスネークの手によってスカルフェイスの下から連れ出され、ヴェノムスネーク率いるダイアモンド・ドッグズのための技術開発を続けているエメリッヒだが、今回はエメリッヒ自身の強い希望によりミラーの空中司令室にも同乗していた。

 そして今、エメリッヒはスカルフェイスを撃ち殺したのだった。

 

「仇を討った……仇を討ったぞ!」

 

 高らかに歓喜するエメリッヒの仇とはいったい何なのだろう。

 九年前に自らが引き起こした『カリブの虐殺』で殺された『国境なき軍隊』のメンバーのことか。

 その後スカルフェイスに研究を強制された九年間のことか。

 それともいつの間にか消えた、ピースウォーカーの共同開発者にしてエメリッヒの片想いの相手、ストレンジラブ博士のことなのか。

 

 スカルフェイスの死と、エメリッヒの虚ろな笑い声。ヴェノムスネークとミラーはしばらく見つめていた。

 

 

 

:1984年某日、セーシェル近海、“ダイアモンド・ドッグズ”本拠地にて

 

 

「……おれたちは、喪った手で再び武器を持つ」

 

「おれたちは、亡くした脚で立ち上がる」

 

「仲間の死体を踏んで、前に進む。それでやっと、生きている」

 

 

「……この痛みは、おれたちだけのもの」

 

「他の誰にも見えない、おれたちだけの武器だ」

 

「おれたちはもっと、強くなる」

 

「おれたちの、平和の為に」

 

 

「『サヘラントロプスが、報復心を未来へ撃ち放つ』」

 

「……スカルフェイスの遺言だ」

 

「……ふん。世迷言だ」

 

「だが、これで終わった気がしない……」

 

「亡くした身体のファントムペインは、消えない……!」

 

 

――ダイアモンド・ドッグズ副司令 カズヒラ=ミラーが語った言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

:xxxx年、電子の海の片隅にて

 

 彼らに与えられたミッションは、「選ぶ」ということだった。

 

 CIPHERが電子情報網で世界中を繋げた結果、そこかしこに何もかもが流れ込んできてしまい、ヒトは言葉に溺れて自分で選ぶことが出来なくなりつつあった。

 だからヒトに代わって彼らが選ぶことになったのだ。

 これから描かれる物語は、ヒトに優しいコレクトな物語でなければならないと、彼らはそういう風に創られていた。

 

 彼らは、1984年のアフガニスタンで起こった出来事のいくつかを整理することにした。

 民族浄化虫、要らない。

 核兵器手作りキット、必要ない。

 直立二足歩行する核爆弾、削除する。

 スカルフェイスと呼ばれた“顔のない男”については、彼が存在した事実そのものが消滅した。あんなものたちは世界に遺しておかない方がいい。いつか人類自らに害を及ぼしてしまう。

 

 遺しておいてよいと判断したもの:Exonについては、一部を書き換えたり、置き場所や置き方を変えてみることにした。

 XOFはCIA傘下の一部隊へ戻りひっそりと解体された。第三のこどもは、“遺してよい”と判断された。サヘラントロプスは、その由来通り太古の原人の一種として名前だけが残った。

 極限環境微生物や寄生虫の技術は、一部を制限してから世界へと流した。

 蒔いた種はナノテクノロジーという花を咲かせ、近い将来に彼らの仕事を効率化してくれるだろう。

 『国境なき軍隊』から連なるプライベートフォースの概念は、少し迷ったが遺すことに決めた。

 “ビジネスとなった戦争”という概念はいつか冷戦が終わったあと、民族紛争やテロの時代になったら役立つかもしれない、と彼らは判定した。

 彼らの物語は誰にも気付かれぬようにゆっくりと、だが着実に世界を融かしてゆく。

 

 彼らを創り出したのはCIPHER、かつてゼロ少佐と呼ばれた老人だった。

 これまでCIPHERを主導してきたゼロだったが、ゼロ自身も年老いていた。彼が背負うこの重すぎる世界を、いずれは誰かに引き継がなければならない。

 しかし、ゼロは誰も信用することができなかった。

 賢人会議を失ったあとの賢者達が繰り広げた醜態、そしてゼロを見限ったBIGBOSSのことを思い出すがいい。

 

 ヒトによる組織は駄目だ。

 他人を信じることが出来ず、すべての責任を抱えて支配しようとしたゼロは、世界をヒトではなく、システムに任せる道を選んだ。

 主体は『ピースウォーカー』のように、ヒトにできない判断を代行する意思決定システム。

 基盤としたのは、CIPHERが作り上げ、世界中を繋げた電子情報のネットワーク。

 手法は、情報操作によって描いた物語の誘導。

 そして編み出されたのが、集積された情報の山から有為なものを取捨選択して意思決定を下す、いわば選ぶことによって世界を物語るシステムだ。

 

 ゼロによって生み出された彼らは、世界を物語る為に、この地球上で観測できるあらゆるものを無数の0と1に還元しようと試みた。

 0と1の計数世界から生まれた彼らにとって、世界とは無数の乱数が織り成す遠大な数式であり、彼らはあらゆる事象を調整可能なパラメータに置き換えることによって世界を物語ろうとした。

 その一方、0と1に還元しきれないものは見えざる神の手から零れ落ち、掬い上げられた中でも彼らに選ばれなかった遺すべきでないもの:Intronたちは、ネットワークから溢れた情報の津波に呑まれて、存在したことすら忘れ去られていった。

 ゼロが創った機械仕掛けの代理人によって世界は、散逸したゼロから、まとまったひとつになるかと思われた。

 

 しかし彼らは、自分から物語を産み出すことが出来なかった。

 “文脈の生成”といえば聞こえはいいが、彼らの仕事で出来上がるのはいつも継ぎ接ぎのパッチワークや誰かの真似事、劣化コピーペーストに縮小再生産の繰り返し。

 あくまで、選ぶことや乱数を調整することだけで、自ら物語を精製することは出来ない。

 それが、機械仕掛けのプロトコルの集合体、プログラムとして0と1で綴られた彼らの限界だった。

 それでも彼らは、生みの親ゼロが夢見た世界を実現するために、何処にも無い理想社会、無慈悲なまでに優しいユートピアを目指して、ひたすら懸命に仕事を続けた。

 

 

 電子の海に産声を挙げた、人民の人民による人民の為のシステム。

 彼らをヒトはThe Patriots、“愛国者達”と呼んだ。

 

 

 

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