:1984年某日、セーシェル近海、“ダイアモンド・ドッグズ”本拠地 隔離プラットフォーム実験棟にて
BIGBOSSことヴェノムスネークが、ダイアモンド・ドッグズの隊員を撃ち殺す。
これで13人目のメンバーを、楽にしてやることができた。
肉の腐る臭いと、どす黒い血の臭い、そして南国の果物を思わせる甘ったるい匂い。
それらすべてが混ざり合い、芳醇な空気に釣られてどこからか湧いた羽虫が、照明の消えた屋内でちらちらと舞い回っている。
マザーベースの隔離プラットホーム、実験棟内部は文字通りの地獄絵図へと変わっていた。
メンバーの何人かは、もはや誰の手にも負えなくなった自らの始末を、自分でつけて果てていた。
それが出来ず、自分たちのBOSSや仲間に始末を委ねた者もいた。
自分たちの英雄が自分を助けに来てくれたと、最期まで信じて逝った者もいた。
最後まで自分の力で生き延びようと、BIGBOSSへ必死に抵抗を仕掛ける者もいた。
スネークに銃を向けられて「ありがとうございます」と感謝の言葉を捧げた者もいた。
彼らのBIGBOSSたるヴェノムスネークは、それらすべての意志を呑み込みながら、ひとりひとりに別れを告げて引導を渡してゆく。
・・・
コードトーカーの知恵と技術を借りて制圧したはずの声帯虫が、またも猛威を奮い始めた。
声帯虫が人間を殺すのは、声帯虫の繁殖プロセスに原因がある。
声帯虫は宿主の声に応じて繁殖を行い、生まれた幼生は宿主の肺を食い荒らして命を奪う。さらに唾液や体液などを媒介としてその幼生や卵を撒き散らすことで、飛沫感染によって宿主を増やす。
ということは、声帯虫に繁殖をさせなければ、根治できずとも声帯虫を無害化できるはずだ。
コードトーカーが持ち込んだ声帯虫の共生細菌:ボルバキアは、声帯虫にとりついてオスを強制的にメス化させることができるというものだった。
コードトーカーのボルバキアを接種することで、ダイアモンド・ドッグズ内部における声帯虫の増殖は抑えられ、声帯虫による死亡も根絶できたはずだった。
新種の声帯虫が発生したのは、マザーベースの隔離プラットホームの実験棟。以前、放射線漏れが起きた場所だが、再発生した理由と関わりがあるのかはわからない。
事態収束のため、調査も兼ねて送り込んだ救出隊にもボルバキアを持たせたものの、感染拡大を抑えることはできず、やがて救出隊とも連絡が取れなくなった。
追加で二次救出隊を送り込むという段階になり、それをBIGBOSSことヴェノムスネークが止めさせた。
おれがゆく。独りでいい。大勢で行っても刺激するだけだ。もう犠牲は出したくない。
そう口にしてBIGBOSSは、周囲の反対を押し切って独り、新種の声帯虫が蔓延する実験棟へと乗り込んでいった。
一度発症した声帯虫の症状や感染拡大を抑える手立てはなく、新種の声帯虫に感染し、それが発症していれば患者を殺すしかない。救出隊、といってもその実態は、新種の声帯虫に発症した仲間にとどめを刺すのがミッションだった。
おまえたちが言うとおり、おれがおまえたちのBOSSだというなら、蟲に喰い殺されるメンバーたちを楽にしてやるのは他の誰にも任せられない、おれの責任だ。
実験棟に向かうヴェノムスネークの背中は、そう語っていた。
・・・
蟲に喉を貪られたダイアモンド・ドッグズのメンバーたちが血反吐を吐きながら、BIGBOSSを押し退けて建物の外へと迷い出ようとする。
メンバーたちは口々に「外に出たい」「出してくれ」と訴えてくる。
銃を構えるヴェノムスネークの通信機に、コードトーカーの通信が入る。
〈 よいか、発症者を絶対に外へ出すな。症状が進むと、患者は強い衝動に駆られて外に出ようとする。本人の意思ではない、蟲がそうさせるのだ 〉
新種の声帯虫は、発生機序も反応する言語もわからない、かつての声帯虫とは全く異なる性質を持っていた。
恐らく声帯虫が発しているのであろう、果物のような匂いに釣られて、この実験棟のすぐ外には海鳥が集りつつある。
甘い匂いに誘われた海鳥たちが発症者の肉を啄ばんで、このマザーベースの外へと蟲を拡げたりでもしたらそれこそ世界が終わる。
〈 発症者を外には出すわけにはいかない! 撃て、スネーク! 撃たないなら焼くしかない! 〉
ミラーの悲痛な命令が聞こえる。
ミラーは、いざというときのために、隔離プラットホームを根こそぎ焼き払えるだけのナパームを用意していた。
ここでヴェノムスネークが撃ってやらなければ、ミラーの言うとおりナパームで、生きながら焼き尽くすしか方法はない。
「BOSS……どいてください……」「外へ、出たいんです……」「おれは感染していないはずだ……ですよね……?」
できることなら最期くらい、おまえたちの願いを叶えてやりたかったが、それは叶えてやれそうにない。
ヴェノムスネークは、集まってきたメンバーたちに向けて銃を撃った。
〈 そうだ、それでいい…… 〉
ミラーは、ヴェノムスネークだけでなく、ミラー自身に言い聞かせているようだった。
ヴェノムスネークにとってダイアモンド・ドッグズが家族であるのと同じように、ミラーにとっても彼らは可愛い部下であり、大切な家族だ。
ミラーからすれば、敬愛するBIGBOSSに対して家族を殺す命令を下さねばならず、しかも戦士として再起不能となっているミラー自身はその現場に立ち会うことすら出来ない。
その苦しみは実際に手を下すヴェノムスネークと同じ、いや、あるいはそれ以上かもしれない。
〈 スネーク、きみは、仲間を、〉
銃を撃つヴェノムスネークの耳元の通信機から、エメリッヒの声がした。
〈 エメリッヒ、いきなりなにを……貴様の出る幕じゃない! 〉
〈 いや、黙っていられないね。ぼくだって仲間だ! 〉
騒ぎを聞いて、エメリッヒも司令室に乗り込んできたのだろう。
ミラーが追い返そうとしているが、エメリッヒは制止を振り切って通信機越しに怒鳴りつけた。
〈 ひどいじゃないかスネーク! 仲間だろう!? 〉
〈 仲間を撃つなんて、何がBIGBOSSだ 〉
〈きみは言ってたよね、『おれたちは家族だ』って 〉
〈 あれはウソだったのか!? 〉
エメリッヒの言葉を振り切って、ヴェノムスネークは新種の声帯虫が発症したメンバーに次々ととどめを刺してゆく。
その最中、ロックされたドアの向こうから、言い争う声と物音が聞こえた。
「はなせ、おれは外に出る!」「ダメだ!」「どうせ死ぬんだっ!」「やめろ!」
ヴェノムスネークがドアをこじ開けると、部屋にはメンバーたちの生き残りがいた。
「BOSS!?」「BOSS、あなたでしたか……!」「BOSS……!」
彼らは、自分たちの体内から沸き上がる衝動と闘っていたのだろう。
ヴェノムスネークがやってくる前は仲間同士で言い争っていたメンバーたちだったが、ヴェノムスネークが入った途端に空気が一変した。
「そうだ、BOSSに委ねよう」「おれたちの命は、BOSSと共に……」「BOSS!」
BIGBOSSが来たおかげで、メンバーたちの覚悟は決まったようだった。メンバーたちは直立不動の姿勢で敬礼し、BIGBOSSの裁きを待っている。
引鉄にかかった指が震えなくなったのはいつからだろう。BIGBOSSことヴェノムスネークは、世界の未来の為に銃を撃ち続けた。