スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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駆虫Ⅱ

:1984年某日、セーシェル近海、“ダイアモンド・ドッグズ”本拠地 倉庫にて

 

 裁判は、マザーベースの倉庫にて、ダイアモンド・ドッグズの構成メンバーが全員集まってから行なわれた。

 

 どういうわけなのか、あの声帯虫の突然変異が引き起こした殺戮や、少年兵たちによるサヘラントロプス強奪事件など、ダイアモンド・ドッグズのマザーベースで起こったトラブルのすべてが、このぼく、エメリッヒのせいということになってしまった。

 九年前の『カリブの虐殺』に関する誤解も重なって、ダイアモンド・ドッグズのメンバーたちは軟禁されていたぼくを殺そうと、部屋へ押しかけて暴動寸前になった。

 そんなダイアモンド・ドッグズのメンバーたちに対し、ミラーは「エメリッヒの罪状を公で明らかにして、相応の罰にかける」と宣言。

 かくしてこの裁判は開かれることになったのだ。

 

 裁判長はダイアモンド・ドッグズのリーダーであるBIGBOSSことヴェノムスネーク。

 傍聴席では、ダイアモンド・ドッグズのメンバーたちが並び立ち、裁判の経過を見守っている。

 この裁判もどきの儀式は、ミラーとオセロットがぼくの罪状を明らかにし、メンバーたちが陪審員となって、最終的にスネークが裁定を下す、という構成になっている。

 しかし裁判とはいうけれど、ぼくを弁護してくれる弁護士はいないから、ぼくは自分の弁護をぼく自身で行なわなければならない。

 

 こんなもの、正当な裁判なんかじゃない、ただのリンチだ。

 これでぼくを死刑にでもしたら、きみたちはそれこそ人殺しだ。ぼくはそう主張したのだけれど、誰ひとり気に留める者はいなかった。

 

「これより、裁判を始める!」

 

 ミラーが号令し、裁判は始まった。

 

 

「さて、エメリッヒ博士、まずは隔離施設で起きた声帯虫の事故についてだ」

 

 開始早々、検事役を務めるオセロットが、口を開いた。

 

「研究班から報告が上がってきた。声帯虫が進化、いや突然変異したとすれば、その原因は高濃度の変異原か、でなければ放射線被爆しか挙げられないらしい」

 

 もともと、隔離施設にいるスタッフの一部は声帯虫に感染していた。

 コードトーカーのボルバキアを接種したおかげで、声帯虫の交尾と繁殖は抑制していたが、声帯虫そのものを声帯から取り除くことは出来なかったから、声帯虫はそのまま喉に取り付いていたままだった。

 

 コードトーカーが持ち込んだボルバキアは、喉に取り付いた声帯虫のつがいに寄生し、そのつがいを両方ともメス化させることで生殖能力を奪い、これ以上の感染拡大と病気の発現を防いでくれている。

 けれど、声帯虫がいつボルバキアを乗り越えるかはわからないし、そもそもボルバキア接種は対症療法で、声帯虫そのものを根絶できるわけじゃない。

 だからダイアモンド・ドッグズの研究員達はX線を使った検査機で、定期的に自らの喉の声帯虫を計測していたらしい。

 

「蟲を調べるX線検査、それ自体は問題ない。線量管理もしていたからな。だが、検査機からはX線だけじゃなく、検査に必要ないベータ線まで出ていたんだ」

 

 ぼくは専門外だけど、ベータ線はDNAに大きな影響を与えることで知られている。

 コードトーカーの分析によれば、そのベータ線が検査機から漏れたことで、研究員たちの喉に棲み付いていたボルバキアの突然変異を誘発し、変異したボルバキアが、宿主の声帯虫を単為生殖可能な種へと変えてしまった。

 単為生殖であれば、たとえメスしかいなくても子孫を作ることが出来る。

 こうした変化により、隔離プラットホームにおける声帯虫の野放図な増殖と、それに伴う殺戮を引き起こしたのだという。

 

「ベータ線を照射する装置は、遮蔽が不十分だった。つまりこのベータ線源は、突然変異を誘発させる為に仕込まれたとしか考えられない。その検査機の導入を決め、検品をしたのはエメリッヒ博士、あんただった。つまりベータ線源を仕込む機会があったのは、あんただけ、というわけだ」

 

 オセロットの指摘で、ぼくは自分の顔が青ざめるのを感じた。まさか、ぼくが声帯虫を凶暴化させるために、わざとそんなことをしたって言いたいのか。

 

「馬鹿なことを言わないでくれ。自分も罹るかもしれないのに、なんでそんなことをする必要があるっていうんだ」

 

「声帯虫の新種を作り出すつもりだったのか、あるいは声帯虫を根治させる放射線療法の開発か……あんたがCIPHERのところへ返り咲くには手土産が必要だからな」

 

 CIPHER? なぜCIPHERの名前が出てくる。怪訝なぼくに、オセロットは続けた。

 

「あんたが選んだ検査機を納品したドイツの医療メーカー、背後を洗ったら面白い連中と繋がっていた。アメリカ国防高等研究計画局:DARPAお抱えの民間バイオ企業、ATGC社だ。そしてATGC社はDARPA経由でCIPHERと繋がっている。()()()()()()()()()()

 

 迂闊だった。オセロットたちから尋問されていた頃、ぼくはその隙間を縫ってヴェノムスネークと話をしていた。

 ぼくは単にスカルフェイスの下で見聞きしたことを、スネークに話してあげたかっただけなのだけれど、そこで『CIPHERとATGC社のクラーク博士が繋がっているらしい』という噂話をしてしまったのだ。

 その時の会話をオセロットはスネークから聞いていたのか、それとも盗み聴きしていたのかもしれない。

 オセロットは続けた。

 

「あんたがマザーベースからどこかに通信を打った証拠もある。あんたはCIPHERから、おれたちダイアモンド・ドッグズへ鞍替えしたはいいものの、新天地は思ったほど居心地が良くなかった。だからあんたは、声帯虫とその実験結果を手土産に、CIPHERに身柄を確保してもらう算段だったんだ。違うか」

 

 違う、そんなの出鱈目だ、真っ赤な嘘だ。けれど、ぼくの訴えに誰も耳を貸さない。

 

「たいがいの相手なら、手土産は声帯虫だけで充分だ。それ以上サービスする必要はない。だが、声帯虫の存在を知っているCIPHER相手なら、ただの声帯虫だけではもはや世界で最強の手札にならないこともわかっている。CIPHERに売るなら、声帯虫を上回るオプションも必要だ。それと併せたセットなら、ついでにくだらん男をひとり引き取ってくれることもあるかもな」

 

 だから、世界でただひとつ声帯虫が存在する、このマザーベースの実験棟で生物兵器の復活を試みようとした、というのがミラーやオセロットの主張だった。

 ぼくへの憎悪と、仲間を亡くした喪失感を巧みに煽って、メンバーたちの心を巧みに掴むオセロットの手管は見事としか言い様がなかった。

 この場にいるぼく以外の皆が、ぼくへの報復心でひとつに結ばれていた。

 

「次に、サヘラントロプスについてだ。なぜ、イーライたちにサヘラントロプスを修理させた」

 

 アフガニスタンのOKB-ゼロでの戦いで、メタルギア・サヘラントロプスはBIGBOSSの手でぼろぼろに破壊された。

 スカルフェイスは死んだとはいえ、核爆弾そのものでもあるメタルギア・サヘラントロプスを野晒しにしておくわけにはいかない。

 戦後、メタルギア・サヘラントロプスはダイアモンド・ドッグズによって回収され、マザーベースの甲板に安置されていた。

 

 そのサヘラントロプスを、ダイアモンド・ドッグズで保護されていた少年兵たちが強奪し、ヘリコプターでマザーベースを脱出するという事件があった。

 ダイアモンド・ドッグズのマザーベースには、ヴェノムスネークが戦場で回収した少年兵が保護されていた。

 その少年兵のリーダー格だったのがイーライだ。

 

 オセロットが言うには、サヘラントロプス強奪事件も、ぼくの罪状らしい。

 マザーベースに着てからのぼくは軟禁状態にあり、回収されたメタルギア・サヘラントロプスにも指一本触らせてもらえなかった。

 そこで少年兵たちを唆してメタルギア・サヘラントロプスを直させたのだ、とオセロットは言う。

 濡れ衣にもほどがある。

 

「ぼくは子供たちに、聞かれたことに対して答えただけだ。でも、まさか直せると思うわけがない。それに、こどもがサヘラントロプスを操るなんて」

 

 あのアフガニスタンの戦いを経たことで、メタルギア・サヘラントロプスが直立歩行した手品のタネや、スカルフェイスの制御から離れて暴走した理由も明らかになった。

 メタルギア・サヘラントロプスを動かしていたのは、ソ連で実験材料とされていた超能力者「第三のこども」の超能力だった。

 詳しいメカニズムはさっぱりわからないけれど、第三のこどもは人間の持つ報復心を受信し、脳内で増幅することで力場を発生させ現実に力を作用させる、という能力を持っていた。

 その力をスカルフェイスは利用し、自身の報復心を反映させることでメタルギア・サヘラントロプスを動かしていた。

 タネが超能力だったからこそ、開発者のぼくの想定を遥かに超えた動きが可能だったのだ。

 OKBゼロでメタルギア・サヘラントロプスが暴走したのも、スカルフェイスよりも強い報復心を持つ誰かに 第三のこどもが反応したからだった。

 

 しかし、ぼくにわかるわけがないだろう、その誰かというのがまさか、ダイアモンド・ドッグズで保護していた少年兵のリーダーであるイーライだったなんて。

 その後のオセロットの調査で、第三のこどもは、大人よりも子供の心に強く反応する性質があることもわかっている。

 あのOKBゼロでの決戦では、空中司令室に密航する形でイーライも居合わせていた。

 そのイーライが抱いている、BIGBOSSへの報復心に第三のこどもが反応し、OKBゼロでの暴走を引き起こしたのだ。

 

「サヘラントロプスといえばもうひとつ。サヘラントロプスを動かす為に造ろうとしてたAIだが、あれを造っていたのはアンタじゃない。あんたの恋人、ストレンジラブ博士だろう」

 

 オセロットの指摘に、ぼくは事実を答えた。

 

「……そうだ。ストレンジラブはあのアフガニスタンの研究室で、AIの研究をしていた」

 

「なぜ隠していた」

 

「悪かった。そうだ、一人じゃなかった。だけど、わかってくれ。わかるだろう。彼女を巻き込みたくなかったんだ」

 

 コスタリカでの『ピースウォーカー計画』で知り合ってから、惹かれあい愛し合うようになった女性、ストレンジラブ博士。

 ストレンジラブは幸運にも『カリブの虐殺』の惨禍から免れたものの、その後はAI研究者としてCIPHERに拾われ、大規模な情報処理を行なうエキスパートAIの研究を始めていた。

 CIPHERお抱えの研究者となったストレンジラブは、当然CIPHERのスカルフェイスが進めた“計劃”にも参加。

 ぼくと一緒にメタルギア・サヘラントロプスの制御AIの開発を手掛けていたのだが……

 

「ストレンジラブはAI制御による完全無人化を提案していたけど、スカルフェイスは『ピースウォーカーが暴走したせいで、AI兵器は誰も欲しがらない』とAIに否定的だった。それで、口論になって、ストレンジラブはスカルフェイスを怒らせて……」

 

「殺されたのか。どうやって」

 

 オセロットの疑問に、ぼくは答えられなかった。

 

「……見てないのか? 現場も見ていないのに、なんでスカルフェイスに殺されたとわかるんだ」

 

 ストレンジラブの遺体はピースウォーカーの残骸、その頭脳中枢たるAIポッドの内部から、半ば白骨化した状態で見つかった。

 『ピースウォーカー事件』でニカラグア湖に葬られたピースウォーカーだったが、その頭脳中枢であるAIポッドについてはCIPHERによってアフガニスタンへ運ばれており、それから紆余曲折を経てダイアモンド・ドッグズのマザーベースへ回収されていた。

 検死を担当したダイアモンド・ドッグズの医療班によると、ストレンジラブの遺体は、AIポッドの冷却システムの影響で腐敗がさほど進んでいなかったらしい。

 

「あとになって、あのAIポッドの中で見つけたのか。そのあと死体は入れたままだったのか、それとも、あとからおまえが中に入れたのか?」

 

「ぼくが、彼女を連れて行かないでくれ、と頼んだからだ」

 

 ストレンジラブがピースウォーカーを創ったのは、優れたAIを作って自慢したかったからではない。

 彼女が異常な愛情(Strange Love)なんて呼ばれているのも、彼女が両性愛者だったことと、そして何よりAIと数学の研究に生涯を捧げたその偏愛ぶりから来るものだ。、

 そんなストレンジラブを、せめて最期くらい、彼女が愛したAIポッドの中で安らかに眠らせてあげたかったんだ。

 

「つまり、ストレンジラブはスカルフェイスに殺された。おまえがスカルフェイスに頼んで、彼女をAIポッドの中に入れておいてもらった、だと。ばかげてる」

 

 呆れた様子のミラーを横目に、オセロットがとんでもないことを言い出した。

 

「なあ、エメリッヒ博士。おれたちは、こう、思っている。()()()()()()()()()

 

 しない、するわけないだろう。

 

「殺して、あのポッドの中に入れた」

 

「しない!」

 

 きみたちは兵士だし、傭兵稼業だから人殺しには慣れてるのかもしれない。

 だけど、ぼくなんて、ちょっとロボットに詳しいだけの普通の人間だ。ヒトひとりだって、殺せる意気地はありはしない。

 ましてや相手は、恋人のストレンジラブだ。愛した女性を殺すなんて大それたことが、ぼくみたいな平凡な人間にできるものか。

 ぼくの抗弁にオセロットは答える。

 

「ほう。わかった。だったら、あんたはあの中に閉じ込めたんだ、ストレンジラブが窒息死するまで」

 

「そんなこと、しない」

 

「じゃあ勝手に死んだのか」

 

「……! そうだ!」

 

 ストレンジラブは自分からあの中に入った。外からは開けられなかったんだ。

 自殺だったんだ。彼女は独りでに死んだ。ぼくが目を離している間に、いつのまにかあのポッドの中に入ってて。そう、窒息死だ。

 気付いて開けた時には、もう息をしていなかった。ぼくは怖くて、扉を閉めた。それっきり開けることは出来なかった。

 そうなんだ。まさか、びっくりしたよ。

 

 ひと思いに喋ってしまってからぼくは、周囲の空気が一気に冷めてゆくのを感じた。ミラーが鼻で笑った。

 

「……ストレンジラブはスカルフェイスに殺されたんじゃあなかったのか」

 

「そ、それは……」

 

 口ごもるぼくを横目に、オセロットが裁判の総括に入ってゆく。

 

 

「九年前、この男、エメリッヒ博士はマザーベース襲撃を幇助した!」

 

「『カリブの虐殺』以降、スカルフェイスへ技術を供与。イーライと共謀し、サヘラントロプスを修復してイーライたち少年兵を逃がした」

 

「この男が隔離施設へ提供した“研究資材”が、ベータ線を流出。これがボルバキア変異を誘発、声帯虫が暴走し、多数の仲間を喪った」

 

「さらにこいつには、親族を殺した疑いもかかっている。その死体遺棄もな!」

 

 

 オセロットが言っていることは無茶苦茶だ。すかさずぼくは反論する。

 

「ぼくは殺してない! ほかのも酷いな、9年前の査察だってみんなのためだった! 何の権利があってこんなことをするんだ!? 『国家から解放された軍隊』だなんて、『自分たちも新たな国だ』なんて息巻いてるけど、外の世界から見ればただの愚連隊、反政府組織、武装集団、テロリスト、秩序のないカルトだ! きみたちは、ただの悪者なんだよっ!」

 

 ぼくの言葉を受けて、ミラーが冷たく言い放った。

 

「“きみたち”?……“自分”は別だ、と言いたいわけか」

 

「あ……いや……」

 

「おまえの言うとおり、おまえのことは仲間だと思っていたのに……残念だ、ヒューイ」

 

 仲間。ミラーの言葉で、ぼくを繋げていた最後の命綱が、千切れる音が聞こえた気がした。

 

「今のは、言葉のあやで……」

 

「ここに、証人を召喚する!」

 

 弁解しようとするぼくを遮って、ミラーがメンバーたちに指示する。

 証人、証人ってどこの誰だ。ミラーの手振りで、倉庫に設置してあるクレーンが動き出し、この紛い物の法廷へ、巨大な機械が運ばれてくる。

 黒い円筒状の形をしたこの巨大な機械の正体は、ピースウォーカーに搭載されていたAIポッドだった。

 こんなガラクタを持ってきて、一体何をしようっていうんだ。

 ミラーは周囲に向けて言い放つ。

 

「これは、ストレンジラブの墓石だ。墓には亡霊が憑いてる」

 

 違う、これはただの機械だ。遠い昔に死んだっていう、ストレンジラブの同性の恋人でもなければ、人間ですらない。亡霊なんか憑いてるものか。

 ミラーが端末でAIポッドを操作すると、AIポッドは低い動作音と共に、録音データを再生し始める。

 AIポッドの中から、“亡霊”が語り始めた。

 

〈 ちょっと、開けなさい! ヒューイ、開けて! ……開けろ……お願い……ころして…… 〉

 

 AIポッドから流れた音声は間違いなく、このぼく、ヒューイに向かって助けを乞うストレンジラブの肉声だった。

 決定打だ。ぼくは全身から、力が抜けてゆくのを感じた。いつのまに、こんなものを録音してたなんて。

 

「ストレンジラブのAIポッドが記録を残していた。おまえのしたこと、一緒に暮らしている間のすべてを」

 

 そんな、勝手に他人の私生活を盗み見るなんて。ぼくの主張を無視して、ミラーが続ける。

 

「おまえはサヘラントロプスについて、『こども しか 乗れない』と言っていたな。なぜ『こども なら 乗れる』のか、AIポッドの録音を解析したらようやくわかったよ。おまえが実の息子:HALをメタルギアのコクピットに乗せて、実験台にしたからだ」

 

 あれはHALが自分で乗りたがったんだ。

 サヘラントロプスの試験動作を見ていたHALが、ぼくのところにやってきて「乗せてくれ」とせがんだからだ。

 子供の望みを、父親のぼくが叶えてやって何が悪い。

 ただ乗せて、少し動かすだけ、それも実用的な動作なんて何も出来なかった。危険なことなんて何もなかったんだ。

 

「HALの母親:ストレンジラブは、4歳になったばかりの我が子を匿った。怒ったおまえは、ストレンジラブをAIポッドに閉じ込めた」

 

「違う! ストレンジラブは自分からAIポッドに籠もった、あれは自殺だ。ぼくがやったとしても、おまえたちに何の権利が……」

 

 弁解するぼくの言葉を、「それだけじゃない」とミラーが遮る。

 

「おまえが考えたこと、してきたことを全部、AIポッドの中の記録がしゃべってくれた。9年前、おまえはスカルフェイスに脅され、身柄を保証する代わりに核査察を受け入れた」

 

 それは、連中が本物の核査察だと思ってたからだ。偽物、それもCIPHERの回し者だとわかってたら、中へ入れるわけないじゃないか。

 そのAIポッドの記録だって、いつ録られたかも怪しい録音を、都合よく繋ぎ合わせたパッチワークじゃないか。

 そんなものに、なんの証拠能力もあるはずがない。

 ぼくからの反論は、当然のように無視された。

 

「おまえがマザーベースに来てからのことも全部、調査した……すべてクロだ!」

 

 ミラーが断罪したことで、メンバーたちの意思にかかっていた最後のタガが外れてしまったようだった。

 法廷の空気はぼくへの憎悪に染まり、殺せ、殺せ、やっちまえ、とメンバーたちは口々に叫び始める。

 違う、ぼくじゃない、ぼくのせいじゃない、ぼくはやってない。ぼくが必死に叫ぶ声も、メンバーたちの怒声と罵声にかき消されてしまう。

 

 まるで“Two Minutes Hate:二分間憎悪”じゃないか。

 ぼくは昔読んだ、ジョージ=オーウェルの『1984年』という小説のことを思い出した。

 その世界では、偉大なる兄弟:Big Brotherと呼ばれる指導者を頂点に据えた階級社会が築かれており、二分間憎悪とはその社会で日常的に行なわれる儀式のことだ。

 “二分間憎悪”では、国民は大きな広場に集められ、据え付けられた巨大なテレビ画面で、まず戦争や敵を連想させる不快な映像が流されたあと、偉大なる兄弟を裏切った反逆者:エマニュエル=ゴールドスタインの顔が大写しになり、画面上のゴールドスタインは党の政策に対する悪意に満ちた非難を繰り返し始める。

 画面を観ていた人々は、ゴールドスタインを筆頭とする画面上に映し出された敵へ、ありったけの憎しみをぶつけてゆく。

 人々の憎悪と興奮が絶頂に達したのを見計らって、画面いっぱいに、偉大なる兄弟の立派な肖像が現れる。この瞬間、人々は巨大なカタルシスを感じ、陶酔と共に、偉大なる兄弟を愛するようになるのだ。

 二分間憎悪は、政敵や反逆者への憎悪を掻き立てるため、そして偉大なる兄弟と彼が率いる党への忠誠心を高めるために行なわれていた。

 

 今、ここで起こっているのも同じことだ。

 ぼくというゴールドスタインを徹底的に憎むことで、ダイアモンド・ドッグズのメンバーたちは絆を深め、BIGBOSSというBig Brother(頭字語がどちらもB.Bなのは、なんという皮肉だろう!)への崇拝と陶酔はより強固なものになってゆく。

 

 興奮の沸点に達し、怒りと憎しみが溢れかえった法廷で、銃声が轟いた。

 一瞬にして法廷が静まり返り、その場にいる者たちすべての視線が一点へと集められる。

 その視線の先で、オセロットが愛銃のリボルバーを天井に向けている。場を落ち着かせるため、そして“二分間憎悪”における偉大なる兄弟の肖像の代わりとして、オセロットが空砲を撃ったのだ。

 

 だけど一時的に静まっても、憎しみが消えたわけじゃない。法廷の様子を見回しながら、ミラーは言った。

 

「……おれたちはOut of orderだ、法など存在しない」

 

 そう言ってミラーは、裁判長であるBIGBOSS、すなわちスネークに向いた。

 

「エメリッヒをどうするか、BOSS、あんたが決めてくれ。始末はおれたちがつける」

 

 このばかげた裁判劇の最中、裁判長であるはずのスネークは一言も喋らなかった。

 オセロットの口撃で追い詰められてゆくぼくも、ミラーを筆頭とするメンバーたちの燃え上がる報復心も、スネークはどちらにも加担せず、法廷の隅で黙って周囲の様子を見ていた。

 そして、いざ決断を求められたスネークは、しばらく考えてから、判決を下した。

 

 

 

 

 

「……ボートを用意しろ。一人乗りでいい。水と食べ物も。出て行ってもらおう」

 

 

 

 

 

「BOSS!?」「なぜ!?」「どうして!」

 

 思いがけないスネークの決断に、ぼくへの憎悪が最高潮に達していたメンバーたちは明らかに動揺していた。

 その気持ちを代弁するように、ミラーがスネークに迫る。

 

「BOSS、こいつはおれたちをこうした張本人だ! あのときの仲間も、なのにこいつだけは……こんな奴がおれたちの、本当の敵なんだ!」

 

「……カズ」

 

 ミラーの搾り出すような言葉を制して、スネークは冷静に答える。

 

「そうだ、こいつは敵だ、仲間じゃない。だからこそ、おれたちにこいつは裁けない。ただマザーベースは降りてもらう」

 

 審判は下った。

 スネークの決定に、カズヒラ=ミラーは大変不服そうだった。オセロットと協力してここまでお膳立てしてきた復讐劇を、ふいにされたのだ。

 オセロットは、“裁判”が終わったことで役目が終わったと考えているのか、先ほどまでの追求ぶりが嘘のように、黙ってスネークを見ている。

 他のメンバーたちは、湧き返っていた報復心を不意打ちに消されたことで、ただただ戸惑うばかりだった。

 おれたちのBOSSならみんなが納得する裁定を下してくれるはずだ、そう思っていたのに。

 

 そして、裁定者たるスネークは、ぼくを見つめている。その視線には、一切の感情も込められていなかった。

 

 

 

 

 

:1984年某日、セーシェル近海、“ダイアモンド・ドッグズ”本拠地 デッキにて

 

 そしてボートが用意され、エメリッヒと、船旅に最低限必要な荷物だけを載せて、マザーベースのデッキから海面へと降ろされた。

 

「ぼくは潔白だ、きみたちこそ人殺しだ!」

 

 エメリッヒは、この期に及んでも自分の正当性を訴え続けているが、誰も耳を貸そうとはしない。

 

「ぼくたちは核を持つべきじゃなかった、だからマザーベースは破壊されたんだ! もとはといえばスネーク、悪いのはきみじゃないか! きみが核を持つなんて決めなければ、査察なんか来なかった! ぼくは命懸けできみたちを救おうとしただけだ! こんなこと、どうして平気なんだ、まともなのは、ぼくだけか!? ぼくは……ぼくは……ぼくは、わるくない!」

 

 ボートが着水すると、エメリッヒの脚の補助具の重みでボートが引っ繰り返りそうになる。エメリッヒは迷うことなく補助具を取り外し、自らの脚を海へと放り込んだ。

 

 ダイアモンド・ドッグズを罵倒し続けるエメリッヒ。彼を乗せたボートは、そのまま遠洋へと流れてゆく。

 上手く海流に乗れればどこかに流れ着くだろうし、運もよければ漁師の船かなにかが拾ってくれるかもしれない。

 運が悪ければ、外洋の真ん中で転覆したり、どこかへ流れ着く前に食料が尽きて餓死するかもしれないが、ダイアモンド・ドッグズのメンバーもいくらBOSSの裁定とはいえ、エメリッヒごときの為にそこまでの面倒を看る気にはならず、ヴェノムスネークとてそこまでは求めようとはしなかった。

 ボートはやがて見えなくなり、エメリッヒが喚く言葉も聞こえなくなっていった。

 

 そんなエメリッヒを、マザーベースのデッキから眺めながら、オセロットが呟く。

 

「……見ろ。既に失くしたファントムも取り払おうとしている」

 

 オセロットの言葉に、隣のミラーが応じた。

 

「ああいう奴は死なないぞ。どうなるか、眼に浮かぶ」

 

 ああいう奴は、おれたちに聞こえない場所で、おれたちがどれだけ害悪か、偉そうに喋り続ける。

 自分がどれだけ正しくて、どれだけ賢明だったか。薄っぺらな道徳心を笠にして、同じようなばかどもが、それを聞いて何度もうなずく。

 いや、いくら誤魔化してもいつか気付く。オセロットは言う。

 

「自分がどんな人間か……自分の生き方は誰でも、“自分”に返ってくる」

 

 その言葉が果たして、エメリッヒだけに対するものだったのか、それともここにいる全員に向けられたものなのか。

 それはオセロット自身にさえわからない。

 

・・・・・・

 その後の彼らの話をしておこう。

 

 シャラシャーシカ・オセロットは二重スパイ、時には三重スパイとして各地で暗躍を続け、その果てに自らが作り出した虚構に意識を奪われる。

 「誰でも、自分の生き方は自分に返ってくる」とオセロット自身が述べたとおり、数々のフィクションを生きたオセロットもまた、自らの生き方に飲み込まれた。

 

 カズヒラ=ミラーは、ある“真実”を知ったことでBIGBOSSと対立し、ダイアモンド・ドッグズを離脱。

 その後はアメリカ陸軍特殊部隊FOXHOUNDの教官を務め、“マスター・ミラー”の異名で知られることになる。

 しかし2005年のシャドーモセス島で発生したFOXHOUND隊員たちによる武装蜂起:通称『シャドーモセス事件』の直前、ミラーはかつての教え子であったFOXHOUND隊員たちによって命を奪われることとなった。

 その反乱の首謀者が、かつてミラー自身が切り札と目した、BIGBOSSのクローンにして『恐るべき子供達』の片割れ――かつてイーライと呼ばれた男――であったことは、なんという運命の皮肉であったろう。

 

 エメリッヒ博士は、ダイアモンド・ドッグズを追放されたあとアメリカへ帰還し、その後もロボット工学の研究者として活動を続けたが大成することはなかった。

 『カリブの虐殺』やダイアモンド・ドッグズで受けた過度の心的外傷が原因で、精神を失調。

 そのまま寛解することもないまま1997年、自宅のプールで入水自殺を遂げる。

 

 そして、BIGBOSSは、

 

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