グラウンド・ゼロ(英: ground zero)とは、英語で「爆心地」を意味する語。
強大な爆弾、特に核兵器である原子爆弾や水素爆弾の爆心地を指す例が多い。
従来は広島と長崎への原爆投下爆心地や、ネバダ砂漠での世界初の核兵器実験場跡地、
また核保有国で行われた地上核実験での爆心地を「グラウンド・ゼロ」と呼ぶのが一般的であった。
しかし、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件の報道の過程で、
テロの標的となったニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)が倒壊した跡地が、
広島の原爆爆心地(原爆ドーム、正確には原爆ドーム近隣の島病院付近)を連想させるとして、
WTCの跡地を「グラウンド・ゼロ」とアメリカのマスコミで呼ばれ、これが定着した。
――協定世界時2015年12月31日 (木) 08:03付、フリー百科事典ウィキペディア「グラウンド・ゼロ」の記述より、一部加筆
:1975年3月14~15日 キューバ、アメリカ軍基地、暗号名“キャンプ・オメガ”にて
その施設の一室で、ひとりの男が囚われの女と向き合っていた。
黒皮のロングコートに黒のスーツ、黒い手袋に黒いブーツ。男の全身は黒衣で覆われて、外気に晒されている頭だけが薄暗がりの中で白く浮き上がっている。
現代的な設備を備えたアメリカ軍基地に似つかわしくない、まるで映画のスクリーンから西部劇の悪役が抜け出てきたような風体だった。
それほど目立つこの男には、顔がなかった。
顔に相当する部位、頭部の前面は、されこうべ と見紛うほどに焼かれていた。毛髪は全て抜け、頬の肉は焼け落ち、元は何色だったのか、灰色をした皮膚の燃え滓が男の素肌を形作っている。
顔だけではない。誰も男の本名を知らない。家族や友人もいない。出身地も、東欧のどこかであろうということしかわからない。
喪われた髑髏の顔こそが、その男を象徴する最大の個性だった。
組織の中で男はいくつかの符丁で呼ばれていたが、その中には“顔のない男”という呼び名があった。
「――は例の実験以来、姿を隠している。もう何年も誰もその姿を見ていない」
“顔のない男”が女にかけたその声は、しわがれて年齢すら判然としない。
人払いを済ませたこの部屋にいるのは、男と女の二人きり。先日から続けている尋問は組織の為ではなく、ごく個人的な目的を果たす為の会話だった。
取るに足らない小娘にここまで手間をかけたのも、これから聞く問いに答えてもらうためだ。
「おまえだけだ。BIGBOSSと接触する為に、“彼”に直接会ったのは」
両手を吊るされた女の頬を掴み、眼前へと引き寄せると、耳元で秘密の愛を囁くように男は問いかけた。
「何処にいるか教えてくれ。CIPHER……“ゼロ”がいま、どこなのか」
世界屈指の強国アメリカさえも裏から操る、非政府諜報機関
例の実験こと1972年の“恐るべき子供達計画”で、戦友のBIGBOSSと対立してから生来の人間不信がますます強くなったゼロは、組織の創設時からの古参メンバーとさえ直接接触する事がなくなった。
古くからの側近だった“顔のない男”も、ゼロから拒絶された一人だった。連絡に際しては必ず複雑なカットアウトを通し、手元には指示だけが届く。
独自の電子情報網であらゆるものと繋がりながら、誰ひとりとしてその居場所を見出すことができない。そんなゼロの生存を裏付けるのは、ゼロ自身ともいえる組織CIPHERが滞りなく動き続けていることだけだ。
1と0、存在と不在、相反する二つの状況。この3年間、実体なき幽霊と化したゼロの足取りは完全に途絶えていた。
この女と接触したことを除いては。
「わたしは自分で選ぶことを知らない」
住む場所、喋る言語、自分で決める自由など一度もなかった、と、“顔のない男”は自らの過去を顧みた。
「それに引き換えおまえはいま、自由だ。おまえの好きにしていい」
え……と、女が顔を上げた。“顔のない男”は、すかさずその怪訝な視線を絡めとる。
「『BIGBOSSのためにゼロをわたしへ売り渡す』……まあ、悪くない。でなければ、『長年仕えたCIPHERに最後まで忠を尽くす』というのも、またおまえの自由だ」
“顔のない男”の提案に、女が問う。
「……私が、決めるの?」
「問題はおまえがどちらに可能性を残すかだ。わたしに決める権利はない」
ただし、と“顔のない男”は付け加える。
「よく考えてくれ。BIGBOSSか、CIPHERか、おまえが助けられるのはひとりだけ。おまえの好きにしていい」
与えられたほんのひとかけらの自由で女が口にしたのは、自分自身のことではなかった。
「……BIGBOSSは、たすかる?」
「希望は持てる」
そう答えながら、“顔のない男”の脳裏には別のことが過ぎった。
希望。ヒトは何の根拠も、可能性すらなくても、希望を持つことが出来る。誰もがそうだ。それこそ死ぬ直前まで。かつてのわたしもそうだった。
「……ほんとうにゼロを、ころしてくれるの」
「おまえのためではない」
おまえの気持ちはよくわかる。今、女の心中で渦巻いているものが何なのか、“顔のない男”にはわかっていた。
目の前にいる“顔のない男”、自分を工作員に仕立て上げたCIPHER、BIGBOSSを誑かすという任務を与えたゼロ、任務対象であるBIGBOSSへ好意を抱いてしまった自分自身、そしてこの残酷な運命。
世界はかくも不条理に出来ていて、おまえはそんな世界を呪っている。わたしも、それをよく知っている。
だから、どうか見せておくれ。報復の為に生きる人間は、わたしは、この世界にひとりだけではないということを。おまえもまた、“報復”の為に生きることが出来るのだ、と。
囚われの女――BIGBOSSとその仲間たちからは“パス”と呼ばれていた女――は深く呼吸し、わずかな逡巡のあと、喋り始める。
「ゼロは……!」
・・・・・・
女から聞きたいことを聞き出した“顔のない男”は、次の段取りに取り掛かった。
男の合図で、部屋の外で待機していた兵士達が、駆け込んでくる。
兵士たちが、もがく女を取り押さえる。
のた打ち回る女のうめき声と、機材がひっくり返される音。
女はまるで暴れ馬のようだった。その華奢な体躯からは考えられない渾身の力で、取り押さえようとする兵士たちを振り払おうとのた打ち回っている。
絶望に染まった女の瞳を覗き込み、“顔のない男”は宣告した。
「爆弾を用意しろ」
・・・・・・
「爆弾の埋め込み、縫合、終わりました。タイマーは指示通りです」
兵士の報告を受けながら“顔のない男”は、自身の作品となった女を眺めていた。処置を施された女の下腹部には、大蛇のような縫い目が刻まれている。
その縫い目をめくった下、女のはらわたには、“顔のない男”からBIGBOSSへの“贈り物”が潜ませてあった。
その贈り物はプラスチック爆薬で出来ていた。この爆弾は、どんな英雄だろうと一撃で物言わぬ肉塊に変えてくれる。
こんなことをされてもなお、女は死んでいなかった。
起きても死なれても困る、と“顔のない男”が、必要なだけの輸血と栄養剤、そして麻酔剤を与えるように指示していたからだ。
力尽きて死なない程度の薬物と、たとえ意識があっても瞼ひとつ動かせない程度の麻酔薬、そしてはらわたに詰められた爆弾。
俗に“人間爆弾”と呼ばれるこのトラップは、第二次大戦よりも遥か昔、近代以前の頃には既に使われていたと云われているほど古典的なものだ。
しかし、時代が進もうと、最終的に対処するのが人間であることは変わらない。流石のBIGBOSSも、苦労して救い出した女が人間爆弾だったと知ったら、さぞ無念なことだろう。
「この女はあと何時間、もつ?」
“顔のない男”の問いかけに、処置を担当した兵士が答える。
「24時間にあわせています。それ以上は保ちません。爆弾の場所を作るため、要らない臓器は取りました」
素晴らしい。24時間もあれば充分だ。“顔のない男”は作品を完成させることにした。
「仕上げよう。“もうひとつ”だ」
“顔のない男”は兵士から、もうひとつの“贈り物”を受け取った。男の手の中で、もうひとつの贈り物は、ぴっ、ぴっ、と電子音のリズムを刻んでいる。
「絶対に、見つからない場所にな……」
プラスチックの異物が肉を掻き分けてゆく音とともに、電子音が聞こえなくなった。ひとりの女に、ふたつの爆弾。これならば立派に仕事を果たしてくれることだろう。“顔のない男”は満足した。
部下を退がらせて、再び女とふたりきりになった“顔のない男”。どこかから音楽が響いている。男は女に語りかけた。
「祝福しよう、パス。よく、しゃべってくれた。おまえのおかげだ。
……おまえは、いや、人間は、こんな理不尽なことをされている今でも、
この限界の果てに救いが待っているとまだ思っている。
自分が生まれたこの世界は、おまえを助けてくれるように出来ていると。
……おまえに
世話になった。
あとひとつ、役に立ってもらう。
わたしは おまえに最後くらい、美しく、花咲いて欲しいんだ……
最期の挨拶を終えた“顔のない男”の背後、雨合羽を羽織った兵士たちが入室してきた。そのうちのひとりが“顔のない男”へ言った。
「現地から入電ありました。先発隊、予定通りです……」
作戦目標への爆薬が設置し終えたこと。各部隊が予定通りの配置に就いたこと。
兵士からの報告内容は、計画の全てが順調に進んでいることを報せるものだった。
「それから、BIGBOSSを乗せたヘリの離陸も確認しました。ヘリはキャンプ・オメガに向かっています」
「会えないのが残念だ」
ぽつりと漏らした、“顔のない男”の呟き。
かの偉大な英雄BIGBOSSと、その裏側で長年尽くしてきた“顔のない男”。付き合いこそ長いふたりだが、実は直接会ったことは一度もない。それどころかBIGBOSSは、影よりも深く潜む“顔のない男”のことなど知りもしないだろう。
“顔のない男”も、かの偉大なBIGBOSSに会ってみたいと長年願ってきたものの、機会に恵まれないまま結局会わず仕舞いに終わってしまった。
あの英雄とわたしは、一体どんな会話をしただろう。そしてあの英雄は、このわたしの顔を見てどんな感想を抱いただろうか。それを知る場を永遠に失ってしまったことが、“顔のない男”にはとても残念なことのように思えた。
まあ、止むを得ないことだ。それに、最期の顔は見れるだろう。
“顔のない男”は先ほどから回っていたカセットテープを停めた。鳴り続けていた音楽が止まった。
「こちらも出るぞ。その前にあの小僧のところに寄ってくれ。小僧が回していた“このテープ”を、BIGBOSSにも聴かせたい」
BIGBOSSを罠にかけるためのもう一枚のカードとして、BIGBOSSシンパの小僧を捕虜にしてあった。
“顔のない男”は、あの小僧を通じてこのテープをBIGBOSSへ渡してもらうつもりだった。
BIGBOSSは女と一緒に、あの小僧も助けようとするだろう。そこでBIGBOSSは、小僧から渡されたこのテープを聴くのだ。
BIGBOSSは、このテープへ込めた物語に気付いてくれるだろうか。今でも律儀な男だといいが。
「これも小僧への褒美、女の忘れ形見だ。コピーを録っておけ」
「はっ!」
壁にかけてあった帽子を手にとり、“顔のない男”は部下と共に部屋を出た。