スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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爆心

:1975年3月 カリブ海上

 

 『国境なき軍隊』の本拠地はカリブ海、コスタリカ沖にあった。

 この基地は元々BIGBOSSの腹心であるカズヒラ=ミラーが、某研究機関が建造した洋上プラントをある伝手で入手して、自分たちの基地へと改装していったものだ。

 現在の主である国境なき軍隊のメンバーは、蜂の巣にも似たこの奇妙な海上基地を“マザーベース”と呼んでいたらしい。

 

 そのマザーベースの管制塔指令室から、XOFの指揮官“顔のない男”は窓の外を見ていた。

 この窓からはマザーベースの全景と、そしてその先でどこまでも広がる海を一望できる。

 惜しいものだ。朝焼けなどはさぞ美しかろうに。

 “顔のない男”が眺める眼下のマザーベースは、炎上していた。

 

 カリブ海上で繰り広げられたXOFの海賊討伐、“トロイの木馬”作戦はすでに佳境を過ぎていた。

 降り注ぐ豪雨と火の粉、灰燼、そして燃え盛る劫火。

 XOFに不意を突かれて、指揮系統をずたずたにされた『国境なき軍隊』のメンバーたちが次々と撃たれて死んでゆく。

 

 “顔のない男”のもとへ、XOFの兵士に拘束されたひとりの捕虜が引っ立てられて来た。肩につけているのは髑髏のマーク、『国境なき軍隊』の一員だ。

 大奮闘の末に捕らえられたと思しき捕虜は全身傷だらけで、息も絶え絶えだった。受けた負傷の様子からすると、長くは持たないだろう。

 

「おまえたちはよく頑張った。大健闘だった。その健闘に免じて、おまえだけは見逃してやってもいい」

 

 そう告げた“顔のない男”に目掛けて、名もなき捕虜は唾を吐きかけた。

 XOFの兵士が銃杷で滅多打ちにし、捕虜を無理やり跪かせる。

 囚われの捕虜は折れた歯を吐き捨てて、言った。

 

「……“VICBOSS”は、おれたちを見棄てない」

 

 VICBOSS、いや、BIGBOSSか。捕虜が何故屈しないのか、それは単にBIGBOSSへ忠誠を誓っているからではない。

 不可能な任務を幾つもこなし世界を救ってきた伝説の英雄にして、高潔な戦士である指導者、BIGBOSS。

 そんな偉大なBIGBOSSが、大切な仲間を裏切り見捨てるだろうか。BIGBOSSは敵に屈して重大な情報を吐いてしまうだろうか。

 BIGBOSSならば何をするか、BIGBOSSならば何をしないか。

 『国境なき軍隊』を筆頭とするBIGBOSSのシンパどもは皆BIGBOSSを見習うべき規範として考え、行動し、生きている。

 

 要するに、誰も彼も、BIGBOSSのような英雄になりたいのだ。

 弱きを助け、仲間を守り、理不尽に立ち向かい、不正義を挫く。世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむ事の出来る英雄。

 恋した女を助けるためにキャンプ・オメガへ乗り込んできたチコと同じ純粋さを、この捕虜もまた持っている。

 “顔のない男”は鼻先に着いた痰を拭い取ると、捕虜と目線を合わせるように姿勢を屈めた。

 

「おまえのBOSSとわたしは長い。おまえよりもな。だから、戻ってくるとは思わない方がいい……」

 

 “顔のない男”は、捕虜にも見えるように、窓の外を指差した。

 

「おまえに、あれが見えるか。ほら、あそこだ」

 

 捕虜が目を見開く。

 “顔のない男”が指差した先は、XOFが銃撃戦を繰り広げている激戦区の、そのまた向こう側だった。激しい銃火の閃光の奥に、小さな灯りが見える。

 捕虜の肩を撫でながら、“顔のない男”は言う。

 

「そうだ、おまえは助からない。だが、おまえの態度次第で、あそこにいる連中は助けられるかもしれない」

 

 “顔のない男”が指したのは、マザーベースの周縁で戦い続ける『国境なき軍隊』の生き残りたちだった。

 XOFの奇襲攻撃でマザーベースの大半が制圧された中、僅かに残された領土で『国境なき軍隊』の残党が猛攻撃を耐えている。

 『国境なき軍隊』は、文字通りの風前の灯だった。そしてあと一吹きもすれば、灯は消えてしまう。

 再び捕虜に向き直り、“顔のない男”は尋ねた。

 

「さあ、教えてくれ。おまえたちの核兵器“メタルギアZEKE”はどこだ」

 

 『国境なき軍隊』が開発した二足歩行兵器のプロトタイプで、『ピースウォーカー事件』でBIGBOSSたちが回収した核弾頭を搭載している。

 国家でない存在が初めて持った、核兵器。

 XOFがマザーベースの内部を根こそぎ捜しても見つからないことから、大方は近海の何処かに沈めてあるのだろうが、問題はその座標だ。

 XOFがIAEAの核査察に偽装してやって来た以上、『国境なき軍隊』も相応の準備を整えていたのか、海中のどこに沈めたのかさっぱりわからない。

 

「裏切り者の科学者が作ったガラクタか、それとも仲間の命か。おまえが選べ」

 

 そう述べる“顔のない男”に対し、捕虜は、同じ台詞を繰り返した。

 

「……VICBOSSは、おれたちを見棄てない」

 

「ああ。おまえの言うとおり、おまえのBOSSはおまえたちを見棄てない。だがおまえは、あそこにいる仲間を見棄てるのか」

 

「……」

 

 “顔のない男”の質問に捕虜は答えられない。

 おまえも、わたしも、どう転んだって憧れのBIGBOSSにはなれない。それどころか、BIGBOSS自身にさえ不可能だろう。

 なれるわけがない。なぜならおまえたちが憧れ、目指しているのは、現実から遊離した理想像:イデアとしてのBIGBOSSだからだ。

 

 BIGBOSSの影を長年務めてきた“顔のない男”は、BIGBOSSの栄光の大部分が、様々な偶然や謀略によって創り上げられた虚像に過ぎないことを知っている。

 スネークイーター作戦も、サンヒエロニモも、ピースウォーカーも、BIGBOSSが築いたといわれる伝説の大半は政治的都合によって物語として大幅に脚色され、虚実が入り混じって実際に何が起こったのか、それらすべての裏で活動していた“顔のない男”にさえわからなくなりつつある。

 BIGBOSSのような振る舞いなどというのは所詮、その伝説にかぶれた信者どもが考え出した非現実的なまでに英雄めいた英雄像だ。

 仮にそれを身につけたからといって、それはBIGBOSSらしい振る舞いが出来る影武者であって、BIGBOSSそのものになれるわけではない。

 

 現実は非情だ。こんな、ちょっとした不都合な悪意があるだけで、簡単に躓く。

 チコはキャンプ・オメガで囚われの身となり、BIGBOSSの帰還は間に合わず、おまえもこうして捕虜におちぶれている。

 

 ふと、この哀れな捕虜にBIGBOSSの現実を明かしてやろうか、などというひどく子供染みた考えが“顔のない男”の脳裏をよぎった。

 おまえたちが敵と見做しているCIPHERだが、BIGBOSSこそがその創設メンバーのひとりであり、このマザーベースの惨状も元はといえば共同設立者のゼロとの対立が遠因となったものだ。

 BIGBOSSという称号は栄光と共に勝ち取ったものではなく、自らが敬愛していた師匠ザ・ボスを殺した成果として国から圧し与えられたもので、BIGBOSS自身はおまえたちのいうところの“BIGBOSS伝説”を、誇るどころか心の底から憎んでいるのだよ、と。

 

「VICBOSSは、おれたちを見棄てない」

 

 捕虜はそれでもなお同じ台詞を繰り返すが、その声は震えていた。

 捕虜は伝聞のBIGBOSSではなく、自分が出会い、見て聞いて感じたBIGBOSSを信じていた。

 いや、信じるしかないからだ。躓いたあとは信仰に縋るしかない。

 信仰とはBIGBOSSという信仰、BIGBOSSなら救ってくれるという信仰。

 英雄を信じるといえば聞こえはいいが、実際に信じているのは『英雄がこの状況をどうにかしてくれる』というご都合主義的な奇跡が起こることだろう。

 

「VICBOSSは、おれたちを、見棄てない!」

 

 残念だ。成果が得られるとは殆ど思っていなかったが、ここまで頑迷とは。

 “顔のない男”は、愛用のライフルで最期の一撃を恵んでやった。

 

・・・

 『国境なき軍隊』からは予想以上の抵抗に遭い、XOFは梃子摺っていた。

 CIPHERの精鋭であるXOFの練度は高い。『トロイの木馬』の手引きで武装解除を済ませ、マザーベースの指令管制塔も押さえ、計画は完璧に進んでいた筈だった。

 ところが、武器も装備もなかったはずが、『国境なき軍隊』の兵士たちはすぐさまBIGBOSS直伝の近接格闘術:CQCで武器を取り返し、最新鋭の装備と技術を備えるXOFを相手にしてもなお互角以上に善戦していた。

 

 しかしいくら凶暴な毒蛇でも、牙を抜かれたうえに頭を抑えられていてはどうにもならない。

 XOFは、マザーベースの外縁で必死に抵抗を続ける『国境なき軍隊』の副司令:カズヒラ=ミラーへと王手をかけていた。

 『国境なき軍隊』は、燃えてゆく基地と運命を共にしてゆくかに見えた。

 

 マザーベースの管制塔を出た“顔のない男”は、遠くからの銃声と、ヘリのローター音を耳にして、炎に焼かれた夜空を仰いだ。

 沖からやってきたヘリが一機、アサルトライフルを乱射する男を乗せてマザーベースの甲板へと近づいてくる。

 XOFのヘリではない。そしてこのタイミングで基地に戻ってくる者がいるとしたら、それはひとりしか有り得ない。

 

 “顔のない男”が垣間見たその男は、黒いスニーキングスーツを纏い、片目を眼帯で覆った屈強な壮年の大男だった。

 痩せこけた日陰者である“顔のない男”とは正反対の、最前線で銃を握り続けてきたタフな英雄。

 迎え撃つXOFのヘリを蹴散らしながら、キャンプ・オメガから戻った“BIGBOSS”がマザーベースの甲板へと降り立った。

 信じがたい光景だった。“顔のない男”の予想を覆し、キャンプ・オメガに囚われていたチコとパスを救出したBIGBOSSが、自らの基地へと帰還したのだ。

 

 もういい、潮時だ。

 BIGBOSSが戦場へ飛び込んできたのを見て、“顔のない男”はXOFの兵士たちに撤退を指示する。

 もともとBIGBOSSと正面から直接対決するつもりはなかったし、マザーベースの基底部に仕掛けたC4がそろそろとどめを刺す頃合いだ。

 XOFの兵士たちは、そうとは悟らせないよう出来るだけ長く相手を足留めしつつ、自分たちは撤退を開始する。

 

 驚くべきことに、敗北寸前だった『国境なき軍隊』はBIGBOSSの参戦で勢いを盛り返し始めていた。

 かつて1974年、コスタリカで起こった『ピースウォーカー事件』でCIAとKGBの両者を相手に大立ち回りを演じたBIGBOSSは、共に戦ったFSLNのメンバーからVIC BOSS――“勝利のボス”として敬愛されていたという。

 その血脈を受け継ぐ『国境なき軍隊』の連中にとって、BIGBOSSとは見習うべき規範である以上に、勝利のイコンでもあった。

 そのBIGBOSSが吼え、銃を撃つ。

 勝利のイコンの咆哮を受けて『国境なき軍隊』は勝利を確信し、最後の力を振り絞って、逃げ足へと絡みつくXOFの魔手を振り払う。

 『国境なき軍隊』の兵士たちはミラーとBIGBOSSを守りながら、ひとり、またひとりと撃ち殺され、血飛沫を撒き散らす肉の盾となり散ってゆく。

 『国境なき軍隊』による最後の撤退戦は、“BIGBOSSの生還”という勝利へ向けて、壮絶な死に華を咲かせていた。

 

・・・・・・

 XOFのヘリがすべて飛び立ったあと、『国境なき軍隊』のマザーベースは盛大な爆発と共に海の藻屑へと消えた。

 逃走用のヘリにBIGBOSSがミラーともども押し込まれるところまでは確認していた“顔のない男”だったが、BIGBOSSを載せたヘリがあの崩れゆくマザーベースから無事に離陸できたとは思えなかった。

 

 仮に、BIGBOSSを載せたヘリが基地の崩壊から逃れられた、としよう。しかし、その先にはキャンプ・オメガでパスに仕込んだ“贈り物”がある。

 パスの体内に仕込んだ“贈り物”は、ひとつだけでも充分な威力を発揮するはずだった。ひとつだけなら気付くかもしれないが、そのひとつは囮だ。

 さらに、もうひとつがあることまで気付くだろうか。

 

 ヘリの機内で“顔のない男”が、BIGBOSSの生死を案じていたちょうどそのとき、別のヘリから通信が入ってくる。

 部下からの報告を聞いて、“顔のない男”はBIGBOSSの死を確信した。

 

 BIGBOSSを載せたヘリの爆発。“顔のない男”が、パスのはらわたに仕込んだ贈り物が、ついにその役目を果たしたのだ。

 

 そうだ。この爆発は、世界を変える巨大な一撃となるはずだ。

 1964年のソヴィエト領内で放たれ『スネークイーター作戦』の引き金となった、あのデイビークロケットの一発のように。

 この瞬間から世界は変わる。“顔のない男”は歓喜にほくそ笑んだ。

 BIGBOSSの次は“ゼロ”だ。解放は近いぞ。

 

 かくして“顔のない男”が引き起こしたこの一連の出来事は『カリブの虐殺』と呼ばれ、裏の歴史を変えた“爆心:グラウンド・ゼロ”として、その世界で生きる兵士たちに大きな衝撃と波紋を広げることになる。

 

 

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