スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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ファントムペイン
サマエルの毒牙Ⅱ


:1976年某日 南アフリカにて

 

 通信機の向こうで、飲みかけのティーカップが落ちる音がした。

 

〈 !? う、ぐ……っ! 〉

 

「どうしました、少佐」

 

〈 エックスオゥ、貴様っ、あのバッジに……ッ! 〉

 

「ええ、バッジに」

 

 と、ゼロの副官にして顔のない男――“スカルフェイス”は答えた。バッジのピンに付着させた“蟲”の毒が、ゼロへと襲い掛かったのだ。

 通信機の向こう、ゼロの隠れ家で非常警報がけたたましく響き始めた。数分もしないうちに人が来て、ゼロは一命を取り留めるだろう。

 しかしもう無駄だ。解毒は出来ない。

 届くはずのないものが、届くはずのない場所へ届いた時点で、あなたは疑うべきだったのだ、ゼロ少佐。

 

〈 だが、ここをどうやって……まさかあの娘がっ、パシフィカに喋らせたのか……! 〉

 

 スカルフェイスが配下のXOFごとアフリカへ左遷される前、XOFはミラーたちの『国境なき軍隊』を壊滅させる為の下準備として、一人の女を回収していた。

 BIGBOSS率いる国境なき軍隊においてパスの愛称で呼ばれたその女の正体は、国境なき軍隊をCIPHERへ引き込む為に送り込まれた工作員“暗号名:パシフィカ=オーシャン”だった。

 

 しかし作戦は失敗。

 国境なき軍隊をCIPHERへ引き入れることが出来なかったパシフィカは、敵へ寝返った二重スパイと見なされ、その制裁としてスカルフェイス率いるXOFから厳しい尋問を受けた末に『カリブの虐殺』でBIGBOSSを抹殺する為の生きたトラップ、つまり人間爆弾として利用されることになる。

 これがCIPHER内部でゼロへと伝えられたカバーストーリーだが、スカルフェイスにとっては小娘の寝返りなどどうでもよかった。

 人間爆弾として利用したのも、手ごろな素材だったからに過ぎない。

 スカルフェイスの本当の興味は、パシフィカがゼロの代理人としてBIGBOSSへ干渉するように命令を受けた際、ゼロと接触したことにあった。

 

 『ピースウォーカー』の一件でゼロはBIGBOSSへ自身の意思を伝える為、子飼いのスパイであるパシフィカと直接面会していたことをスカルフェイスは掴んだ。

 極度の人間不信に憑かれたゼロが垣間見せた唯一の隙。

 あの時のキャンプ・オメガでスカルフェイスがパシフィカから聞きたかったのは、“ゼロが今どこにいるのか”だ。

 

「直にはお礼もお見舞いも出来なかったが、お声が聞けてよかった」

 

 これはかつての腹心としての本心だった。

 東側から流れてきたスカルフェイスを拾い、副官にまで取り立ててくれたのは他ならぬゼロ少佐だ。

 その恩人との別れがこのような形になるのは心苦しいが、その最期を看取ることが出来ただけでも僥倖だった。

 

 さらに、CIPHERにとってあの庭、アフリカがもう無価値なこともわかった。

 CIPHER中枢を追われ、アフリカへと飛ばされたスカルフェイスとXOFへ注意を払う者はいない。

 これで心置きなくあのアフリカの庭を、わたしの“計劃”のために使うことが出来る。

 

〈 ぐぐぐっ…… 〉

 

 指先から忍び込んだ蟲による苦痛で、ゼロはのた打ち回っているようだった。

 蟲による密室での病死は、かつて東欧の動乱で“顔のない亡霊”として恐れられていた頃から、スカルフェイスが数え切れぬほど使った手口だ。

 その中でも最も凶悪で、長く苦痛を与える種をスカルフェイスは選んだ。

 この蟲に冒された人間は脳をゆっくりと蝕まれ、生きながらにして意思と言語を失う。

 世界を支配し、物語ろうとしたゼロ。しかし、ことばを失った人間に、世界を物語ることなど出来るのだろうか。

 

「お忙しい方ですな……少しは猶予を残してあります」

 

〈 ふざけるな! 〉

 

 食器の砕ける音がした。ゼロが机を殴りつけた様子をスカルフェイスは想像した。

 しかしゼロが怒りに任せていくら暴れようとも、遠く離れたアフリカの地にいるスカルフェイスは痛くもかゆくもない。

 

〈 お前が、私に……そうか、お前はずっと……お前にもずっとやるべきことが……! 〉

 

 そうだ、わたしにもやるべきことがある。あなたがザ・ボスの遺志を継ごうとしたように。

 祖国、姿形、ことば、そしてわたしたちが暮らしていたあのひとつだけの世界。“わたし”がわたしである証明。

 そのすべてを奪われたわたしを世界に繋ぎとめたのは、全身が焼かれ続けるこの“幻肢痛:ファントムペイン”だけだった。

 この痛みだけがわたしのもの。この痛みを通じてあの人たちが、燃えてしまったあのちいさな世界が、わたしに語りかけている。

 だからわたしは、大切なものを奪われた痛みを忘れない。あの人たちの想いを遂げるまで、わたしは死ねない。

 報復に生きる髑髏、スカルフェイスはこうして生まれた。

 

「これでわかるでしょう。世界が融け合うことなどありえない」

 

 あなたとわたし、(ゼロ)XO(エックスオゥ)でさえ、ことばで意思をひとつになど出来はしない。ましてや、世界など。

 

〈 だが、それはザ・ボスの、 〉

 

「あなたは間違っている!」

 

 なおも自分の過ちを認めようとしないゼロを、スカルフェイスは断罪する。

 東と西、分裂した二つの世界に裏切られ続けたザ・ボスは「世界はひとつになるべきだ」と最期に言い遺し、『スネークイーター作戦』で命を絶たれた。

 その最期を見届けたゼロとFOXの仲間たちは、ザ・ボスの遺志を継ぎ、世界をひとつにしようとする。

 

 それが暗号名『CIPHER』の始まりだ。

 英語という共通言語を媒介に、人々の無意識を操作して空白を作り、その隙間へ同じ物語を刷り込んで共有させることで意志を統制し、世界をひとつにする。

 巧妙なCIPHERはまず手始めにアメリカへ寄生し、次に西側諸国を塗り替えていった。冷戦が終われば東側へとりかかるだろう。

 こうして世界は誰ひとり気付かないままゆるやかに、だが確実にゼロの物語へ統合される。

 

 CIPHERというバベルの塔を、傍から見つめてきたスカルフェイスは、奪われた人間として、ザ・ボスの願いをゼロとは異なるかたちで理解していた。

 浄化虫計画を否定し、一笑に付したゼロ。しかし、ゼロがCIPHERで行なおうとしている「世界をひとつにする」行為は、人々が紡いできた物語を塗り潰す民族浄化そのものだ。

 CIPHERが創る統一世界では、CIPHERにとって正しいことば以外は通用しない。

 CIPHERが提供するプラットフォームや正しさに適応出来ない者のことばは、打ち消されてCIPHERの正しい物語へと上書きされてしまう。

 そうやってゼロは、独り善がりな正しさを押し付けることで、人々から生きている事実を奪い、やがては意思を喰い尽くして生きながらの亡者へと変える。

 スカルフェイスと同じ、奪われた人間であるザ・ボスがそんな暴力を望むはずがない。

 

〈 ……そうか、君もおなじだな、“あいつ”と 〉

 

 あいつ、とはBIGBOSSのことだろうか。

 ザ・ボスの愛弟子にしてゼロの親友でもあった英雄、BIGBOSS。ゼロと共にCIPHERを立ち上げた共同設立者でありながら、BIGBOSSは『恐るべき子供達計画』でゼロと対立した。

 

 CIPHERで情報操作を続けて世界を動かしてゆくうちに、ゼロはある考えにとり憑かれるようになった。

 世界はひとつになるべきだ、けれどその世界を構成する人は弱く、そして危うい。

 世界をひとつに、つまり人々をひとつの意志へ接続するためには、管理者である強い我々が世界から価値のある真実を選び出し、弱い人々を適切な方向へ導いてゆかなければならない。

 ゼロはこの妄執のような善意の支配欲を、物語の操作という方法で実現しようとし、その途上でゼロは、ザ・ボスの死さえもひとつの物語として消費して、BIGBOSSの意志すら利用しようとした。

 

 そんなゼロの支配欲を、BIGBOSSは受け容れられなかったのだろう。

 おれやザ・ボスは、あんたが弄んでいい物語なんかじゃない。『スネークイーター作戦』でザ・ボスを殺したこのおれだからこそ、ザ・ボスの死すら弄ぶCIPHERの手法は許せない。

 そんなものはザ・ボスの遺志ではない。そうやってBIGBOSSはゼロのもとを去っていった。

 

〈 誰も、彼女がみた世界を理解できない 〉

 

「それはあなたもです、ゼロ少佐」

 

 確かにザ・ボスは「世界がひとつになるべきだ」と言った。

 しかしそれは、ゼロのCIPHERのような情報統制で世界を支配することでもなければ、BIGBOSSの『国境なき軍隊』のように世界の規範へ暴力で対抗することでもなかったはずだ。

 スカルフェイスに言わせれば、ゼロはおろか、BIGBOSSでさえザ・ボスの願いの表層しか読み取ることが出来ていない。

 

〈 私から奪った、なにもかも……ッ! 〉

 

 机ごと床へと倒れ、這い蹲るゼロが呻く様に言った。

 かつてスネークイーター作戦にてザ・ボスが、「家族」も「名誉」も「身体」も奪われたと言っていたことを思い出す。

 だが、ゼロにそれを口にする資格はない。あなたこそ、わたしたちから奪おうとしていたのだから。

 

「少佐。あとは、わたしに……」

 

 通話を切ろうとした時、ゼロの方からバッジの転げ落ちる音が聞こえた。

 そうだ、もうひとつある。スカルフェイスはゼロへと告げた。

 

「あなたに渡したバッジは 贋物 だ。本物はこれから わたしが持つ」

 

 独特の特徴を持つそのバッジの贋物を作るのは容易かったが、ゼロにそれが通用するかどうかが心残りだった。

 しかしザ・ボスとの思い出という物語に目が眩み、肝心な真贋を見極めることさえ出来ないとは、ゼロも歳相応に耄碌していたようだ。

 無批判に物語を受け入れることがどのような結末をもたらすのか、ゼロは身をもって思い知ることになるだろう。

 

〈 く、はっ……! 〉

 

 スカルフェイスのことばで、ついにゼロは力尽きた。

 こんな紛い物の為に。ゼロの無念は通信機を越えて、スカルフェイスのいるこのアフリカにまで伝わってくるようだ。

 しかし、ザ・ボスの遺思を読み違え、その紛い物を掲げたあなたには、このような結末こそ相応しい。

 

 わたしがザ・ボスに代わる。スカルフェイスは、通信を終えた。

 

 

 

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