スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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サヘルのヒト

:1984年、アフガニスタンにて

 

 核搭載二足歩行型戦車、またの名をメタルギア。

 第二次大戦以降の分かたれた世界で産み出されたその開発史は、複雑な世界情勢へ噛み合うように入り組んだものになっている。

 そのルーツは1960年代、ともすれば1950年代にまで遡る。

 

 1960年代に開発が進められていたソヴィエト連邦の新型核兵器は、「踏みしめるもの(シャゴホッド)」という暗号名を与えられていた。

 這いつくばったカエルのような前部牽引車輌がその名の由来で、牽引される後部車輌は核ミサイルの発射プラットフォームになっていて、平地はもちろん山の上からでも核ミサイルを撃つことが出来る。

 

 特筆すべきなのは、その核ミサイルを発射するための仕組み、“中距離弾道射程合成延伸システム”だ。

 シャゴホッドはその機体サイズの制約から中距離弾道弾しか搭載できなかった。

 中距離弾道弾の射程ではソヴィエトからアメリカまで届かないから、アメリカに向けて核ミサイルを撃ち込むことはできない。

 

 そこで考え出されたのは、『シャゴホッド自体をロケットで加速する』という方法だった。

 当時ソヴィエトはロケット開発技術でアメリカの先を行っていた。そのロケットを空へ飛ばすロケットブースターを、今度は戦車に取り付けたわけだ。

 

 “ロケットブースターで戦車を最高時速300マイルまで加速しながらミサイルを撃つ”、なんて実に奇想天外な思いつきだけれど、その効果は絶大で、ミサイルの射程距離は2500マイルから10000マイルまで拡がった。

 それだけじゃない、シャゴホッドは戦車としては巨大だけど、それでも数機の装甲ヘリで空輸できるし、中距離弾道射程合成延伸システムを使うためにはおよそ3マイルの滑走路さえあればいいのだから、実質ソヴィエトはいつどこからでもアメリカへ核攻撃を加えることが出来るようになったんだ。

 

 もしシャゴホッドが完成して量産化、実戦配備されていたら、如何にして相手よりも有利な状況で核ミサイルを放てるかを競っていたアメリカとソヴィエトの核開発競争、もっと言えば東西の冷戦そのものがソヴィエトの勝利で終わっただろう。

 

 メタルギアのアイデアはもともと、このシャゴホッドとの開発競争に敗れたものだ。

 歩兵と兵器を繋ぐミッシングリンク、両者の間で噛み合い世界を変えてゆく金属の歯車。

 メタルギアを考案したソヴィエトの科学者、アレクサンドル=レオノヴィッチ・グラーニンは、メタルギアという名前にこんな想いを込めていた。

 

 様々な事情から開発計画が頓挫し、シャゴホッドに取って代わられたメタルギアはその後、意外な形で生まれ変わることになる。

 

 1962年のキューバ危機で、実際に核戦争の瀬戸際と直面したアメリカとソヴィエトは、誰も迂闊に核兵器を使うことが出来なくなったことに気がついた。

 片方が核兵器を撃てば、相手から報復の核が返ってくる。その先にあるのは、お互いの息の根を止めるまで核兵器を撃ち合う、世界最終戦争しかない。

 

 『だからお互いに核兵器を撃たず、核兵器を使わざるを得ないような決定的な対立も極力避けよう』、というのが相互確証破壊による核抑止という考え方だ。

 けれど、この考え方には穴がある。

 

 仮に、あなたが核ミサイルの発射ボタンを任されている人間だとして、敵国が核ミサイルを撃ってきたとしよう。

 相互確証破壊の原則に従えば、あなたは反撃の核ミサイルを撃たなければならない。

 しかし、その核ミサイルにもまた敵国から反撃が飛んでくる。

 そうやって核ミサイルを撃ち合っていたら、それこそ世界は確実に終わる。

 

 ここまでわかっていて、それでもあなたは反撃の核ミサイルを撃てるだろうか。

 自分は撃てないかも知れないが、反撃してこないとわかった相手はもっと撃ってくるかもしれないし、あるいは自分と同じようにそれ以上撃ってこないかもしれない。

 相手に敵意があるなら、迅速に相手を滅ぼさないと、続けて放たれるだろうミサイルでこちらが滅ぼされてしまう。

 しかし実は何らかの事故による偶発的な発射で、相手に敵意などなかったら?

 そんなあやふやな状態で、『撃ったら絶対反撃してくるから撃たない』などという相互確証破壊による核抑止なんて成り立つものだろうか。

 

 相互確証破壊の核抑止は、人間が核ミサイルの発射ボタンを握っているから不確実になる。

 だったら、確実に核ミサイルを撃ち返す者にボタンを任せればいい。

 1970年代にCIAが中米で進めていた新型核兵器の開発プロジェクト「平和歩行機(ピースウォーカー)」は、こんな考えを持ったCIA中米支局長、ホット=コールドマンが始めたものだった。

 高度な状況判断、世界情勢、あらゆる周辺情報と推測をひとまとめに判断し、核ミサイルを撃つ。

 人間にだって難しいこの大仕事を、コールドマンは当時研究が進められていたArtificial Inteligence、つまり“人工知能”に任せようと言い出した。

 ここまで高度で強いAIは、ぼくの専門分野じゃないから詳しいことは省くけれど、人間ではなく機械でできたAIなら迅速かつ確実に、そして迷うことなく核ミサイルで反撃できるに違いない、というのがピースウォーカーの大元のアイデアだった。

 

 弾道ミサイルの発射に加えて、ピースウォーカーには水爆による自爆機能が搭載されていた。

 いざとなればピースウォーカー自らが敵地へ乗り込んでいって、自爆による報復を行なう。こんなのは人間には決して出来ない芸当だ。

 コールドマンはピースウォーカーという兵器を、ひとたび核による報復を決めたら、何が何でも報復するように創りたかったのだ。

 

 ピースウォーカーにはもうひとつ特徴がある。

 シャゴホッドは、どこからでも核ミサイルを撃てるように移動しやすい形態を持っていたけれど、ピースウォーカーの考え方はもっと進んでいて、相手からの反撃を避けてより確実な核の報復ができるよう、常に何処へでも移動できることが求められた。

 しかしピースウォーカーを進めていたコールドマンのいる中米は森や湿地が多くて通常の車輌では移動しにくい。

 

 そこでメタルギアのアイデアが復活した、というわけだ。

 ソヴィエトでシャゴホッドとの開発競争に敗れたグラーニンはその腹いせに、自身が開発したメタルギアの構想をアメリカへと横流ししており、それをコールドマンは自らのピースウォーカーに転用した。

 グラーニンがメタルギアを「どこにでも移動できる脚」を持つ兵器として構想していたとおり、無限軌道ではなく脚で歩行するのであれば荒地でも動きやすい。

 さらに、ピースウォーカーを動かすのが人間ではなくAIだというのも好都合だった。移動する際にパイロットへかかる負荷のことを考えなくてもいいからね。

 

 そして今、ぼくの眼前に跪いているのが、メタルギアシリーズの末裔にして最新鋭の歩行兵器、ST-84、暗号名「サヘラントロプス」だ。

 “サヘルのヒト”を意味するこの名前は、アフリカ サハラ砂漠南部のサヘル地方で化石が発掘された古代霊長類、サヘラントロプス=チャデンシスに由来している。

 

 ヒト、を名乗るだけあって、サヘラントロプスの歩行は人間そっくりな直立二足歩行だ。

 背筋を張って直立したときの姿はまるで巨人のようで、完成さえすれば、最古の直立歩行人類といわれるサヘラントロプス=チャデンシスのように、このST-84は最初の直立二足歩行兵器として、世界の兵器開発史に偉大な一歩を刻むだろう。

 

 もうひとつサヘラントロプスの特筆すべき特徴として、そのボディには劣化ウランが利用されていることが挙げられる。

 劣化ウランは砲弾として使われることはあっても、普通であれば兵器の装甲としてはあまり使われない。

 そんな劣化ウランを敢えて使ったのには理由がある。

 

 サヘラントロプスの劣化ウランボディには金属を代謝する極限環境微生物、メタリックアーキアを棲まわせてあった。

 これもぼくは門外漢だけど、サヘラントロプスのボディに棲んでいるメタリックアーキアは劣化ウランを代謝して生きている種類らしく、その代謝過程においてウランを濃縮することで核爆発を起こせるようにしてしまうのだ。

 かつてのピースウォーカーには水爆による自爆機能が搭載されていたけれど、サヘラントロプスはボディそのものが巨大な核爆弾になる。

 

 こんなことを可能にするメタリックアーキアという生き物について、一体どこからやってきたのか、ぼくはよく知らない。

 聞くところによるとメタリックアーキアは、アフリカで寄生虫と微生物の研究をしている博士による研究成果らしい。

 

 ソヴィエトの踏みしめるもの:シャゴホッド、コスタリカの平和歩行機:ピースウォーカー、そしてサヘルのヒト:サヘラントロプス。

 踏みしめ、歩行し、立ち上がる。核搭載歩行戦車メタルギアの開発史は、まるで生き物が辿ってきた進化の道のりみたいだ。

 

 

 

 

「ひとつ聞かせてくれ、エメリッヒ博士」

 

 ぼくにそう尋ねるこの黒ずくめの男。

 この男について素性も本名も知らないが、ぼくはその真っ白に焼け爛れた素顔から、密かに“髑髏の男:スカルフェイス”と呼んでいた。

 ぼくにサヘラントロプスを造らせているこのスカルフェイスという男は、アメリカの非政府諜報機関CIPHERの指揮官だ。

 『国境なき軍隊』にいたぼくを『カリブの虐殺』の混乱に乗じて攫い、このアフガニスタンへと連れてきた。

 

 そう、ここは、カリブのある中部アメリカから遠く離れた中東アジアの荒野、アフガニスタンなのだ。

 ソヴィエト軍が、アメリカの支援を受けたアフガンゲリラを相手に泥沼のアフガン戦争を繰り広げている、あのアフガニスタンだ。

 アメリカのCIPHERが、いったいどんな手管を使ってソヴィエトの内部に入り込んだのか、まるで想像もつかない。

 ただ、スカルフェイスが東側の事情に精通しているのは間違いがなさそうだった。

 ぼくはロシア語に詳しくないけど、いつだったかスカルフェイスがソヴィエトの将校たちと通訳もなしに流暢なロシア語で話し込んでいるのを見たことがある。

 

 そのスカルフェイスが、製造途中のサヘラントロプスを眺めながら、ぼくのいるこの作業用キャットウォークに上がってきた。

 

「わたしは、“直立二足歩行するメタルギア”を求めていたはずだな」

 

「あ、ああ、そうだとも」

 

 メタルギア・サヘラントロプスは、必要に応じて直立形態を取ることもできるけれど、平時は鳥のようにこうして腰と脚を折り曲げた形態へと変形する機構がある。

 これはかつてコスタリカで造ったピースウォーカーの可変するアイデアを応用したもので、こうすれば“直立”も“二足歩行”も両立できる。

 今の技術力で、スカルフェイスの要望に応えるにはこれが最善の選択だ。

 ぼくがそうこたえると、スカルフェイスは苛立ったようだった。

 

「ならば、()()は、なんだ。サヘラントロプスはいつになったら、直立二足歩行をするのだ。完成まで、どれだけ待てばいい」

 

「サヘラントロプスはまだ未完成なんだよ!」

 

 ST-84サヘラントロプスの開発は、実は見た目ほど進んでいなかった。

 ただでさえ比重が重い劣化ウランを使っているのに、スカルフェイスが求めたように人間を乗せられる操縦席を頭に据えるとなると、頭の比重はもっと重くなる。

 重たい頭を高い重心で支えるには強靭な足腰と胴体、精密な姿勢制御が欠かせない。

 実現させるには膨大な数の試行と無数の微調整が必要になってくる。

 今の時点で造ろうとすれば、子供が乗ってやっと動かせるかどうかという代物か、そうでなければ非現実的なほど大きな胴体にするしかない。

 

 幸か不幸か、予算の方は心配がなさそうだけれど、実現させるには時間と人手とアイデアがまったく足りていなかった。

 無線操縦やAIによる自律駆動も試したけれど、いずれも実用的な完成には至らなかった。

 そもそも“直立二足歩行をする巨大戦車”なんて不合理の塊で、メタルギアを着想したグラーニンさえ理論上のモデルに留めて実現しようとはしなかったくらいだ。

 単に、立って歩かせるだけなら今の仕様でも充分なはずだ。

 

 しかしスカルフェイスは、人間のような直立二足歩行をさせることに執拗にこだわっていた。

 岩山を見通し、荒地を踏み越えてゆく強靭な直立二足歩行が必要なのだと、スカルフェイスは言い張った。

 たしかに、シャゴホッドやピースウォーカーでは、高低差のある険しい山岳地帯であるアフガニスタンを進むのは難しいし、直立二足歩行を遂げた世界最古の人類といわれるサヘラントロプス・チャデンシスの名前を付けるからには、それなりに思い入れもあるのだろうけど、出来ないものは出来ない。

 

「……ふむ。つまりあなたは、こう言うわけだ。このサヘラントロプスが、ヒトとして大地を闊歩するには、もっと時間がかかると」

 

 ぼくからの説明を黙って聞いていたスカルフェイスは、顎に手を当てて少し考えるような仕草をしたあと、こんなことを言った。

 

「エメリッヒ博士。わたしは近頃、あることを思い出す。このサヘラントロプスよりも前、あなたとわたしの最初の『共同作業』のことだ」

 

 いきなり何を言い出すんだ。あのカリブの虐殺のことを言ってるのか。

 

「あれは、おまえが騙したんじゃないか。ぼくは『国境なき軍隊』を守ろうとしただけだ」

 

 あれは1975年のことだった。

 『ピースウォーカー事件』で核弾頭を手に入れた『国境なき軍隊』に対し、|国際原子力機関:IAEAが査察に入るという話が持ち上がった。

 BIGBOSSことスネークをはじめとして他のみんなは渋ったけれど、ぼくはそれを受け入れるように話を進めた。

 ぼくたちがカリブ海にいた頃、世界中がぼくたちを睨んでいた。

 『国家に帰属しない軍隊』といえば聞こえはいいけれど、実態は単なる武装集団に過ぎない『国境なき軍隊』が核兵器を持っているなんて過激すぎる。

 

 だからIAEAを通じて、国連という国際的に権威のある第三者に、ぼくたち『国境なき軍隊』が核兵器を持っていないことを保証してもらうのが一番いいと思った。

 『国境なき軍隊』は、核兵器を振り回す狂ったカルト集団なんかじゃあない。

 『国境なき軍隊』は、秩序から外れたものとして世界を守る平和の守護者なんだ。

 そんなぼくらの信念を、世界に向けて証明しようと思ったんだ。

 

 そんなぼくの思いにつけ込んできたのが、CIPHERのスカルフェイスだった。

 核査察の件はそもそもでっち上げ、やってきた査察団はCIPHERの実行部隊XOFが化けた偽物だった。

 スカルフェイスの嘘にすっかり騙されて、警戒を解いていた『国境なき軍隊』は為す術もなくやられてしまった。

 それがあの夜、『カリブの虐殺』で起こった出来事だ。

 けれど、スカルフェイスはせせら笑うように言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれないが、“昔の仲間たち”にとってはどうだ」

 

 『国境なき軍隊』のメンバーも、あのカリブの夜で皆殺しになったわけじゃない。

 風の噂では、『国境なき軍隊』の中心メンバーだったカズことカズヒラ=ミラーはアフリカで新しい組織を立ち上げたらしい。

 チコは死んだと聞いているけれど、他のメンバーもどこかに生き残っているかもしれない。

 

「わたしは憶えているぞ。あの時、連中の武装解除を指示したのはあなただし、わたしのXOFを管制塔へ招き入れたのもあなただった。ん、ちがったかな」

 

 違う、いや、それは。口を開こうとするぼくへ、スカルフェイスは畳み掛けた。

 

「あの一件でトロイの木馬を担ったあなたは、いかなる魔法を使ったのか無傷で助かって、そのあと何年もCIPHERの下でのうのうと暮らしながらその挙句に、『国境なき軍隊』での研究よりも|大きな研究成果:サヘラントロプスを手に入れている……それでも自分が無実だと主張しきれると。これだけの状況が揃っている中で。わたしなら無理だ」

 

 違う、違うんだ。

 ぼくは本当に知らなかった、ぼくは本当に核査察だと思っていたんだ、ぼくはあのあと捕らえられて、脅されていやいや研究をさせられていたんだ、ずっとCIPHERの言いなりに。

 言い返そうとする反論が、スカルフェイスに気圧されて口から出てこない。

 ぼくは後ずさりしたかったけど、すぐに鉄柵へとぶつかった。これ以上後ろへ下がったら、あとは鉄柵を乗り越えてキャットウォークの下へと飛び降り自殺するしかない。

 

「少なくともカズヒラ=ミラーは、あなたのことを『仲間をCIPHERへ売り渡した裏切り者』だと思っている。あなたを仲間だとは認めないだろうな、あの男は」

 

 ぼくの肩をスカルフェイスが、ぽん、ぽん、と叩いた。

 

「しかし、わたしとあなたの関係とは違う。あなたはわたしの、共犯だ。わたしは、あなたが懸命に働いてくれればそれでいい。わたしのためでなく、あなた自身のために」

 

 底の知れない邪悪なスカルフェイスの瞳がぼくを射抜く。

 

「……最善を尽くすよ」

 

 しばらくしてからぼくが答えると、スカルフェイスは「わかればよろしい」と、ぼくに背を向けてキャットウォークを降りていった。

 どうやらスカルフェイスは気が済んだらしい。緊張が解けて、ぼくは溜息をつく。

 

 まったく、近頃のスカルフェイスときたら、サヘラントロプスの開発がなかなか進まなくて苛々しているようだけれど、それは開発者のぼくだって同じ。

 いや、むしろ開発者のぼくこそ辛いんだ。どうしてわかってもらえないのだろう。

 

「あなたはいつでもそうだ」

 

 聞こえた声に振り向くと、スカルフェイスが階下からぼくの方を横目で見ていた。

 

「何かが起これば、場当たりの作り話で周囲はおろか自分自身さえも誤魔化す。自分はいつも被害者、悪いことはすべて他人のせい。自分が楽しいことに逃げ込んで、その結果には目もくれようとしない」

 

 ぼくを見つめるスカルフェイスの目線は、さっきなじってきたときよりも遥かに冷たい。役に立たないぼくのことを、心の底から軽蔑しているようだった。

 

「……つくづく腐った男だな、あなたは」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、スカルフェイスは研究棟から出て行った。

 あとには未完成のサヘラントロプスと、ぼくが残された。

 

 

 

 

:上記から数日後、アフガニスタン、ソヴィエト連邦軍ベースキャンプ近辺にて

 

 1975年の『カリブの虐殺』から9年という月日を経てよみがえった英雄BIGBOSS、またの名をヴェノムスネーク。

 ある日、彼の属する新組織『ダイアモンド・ドッグズ』がエメリッヒ博士からの救助要請を受信。ヴェノムスネークはソヴィエト連邦のベースキャンプに囚われているというエメリッヒを連れ帰るため、現地アフガニスタンへと潜入した。

 そして今ヴェノムスネークは、基地内から連れ出したエメリッヒ博士を肩に担いだまま、ソヴィエト連邦のベースキャンプを脱しようと試みている。

 

 大抵の捕虜なら、フルトン気球で空に打ち上げてしまえば、あとは上空で待機しているダイアモンド・ドッグズのヘリが回収してくれる。

 しかしエメリッヒは例外だった。

 生まれ持った下半身の障害が原因で補助具なしでは立ち上がることも出来ないエメリッヒを、フルトンで打ち上げるのは危険すぎる。

 だから安全な着陸点を確保し、そこまで連れていった上で、直接ヘリに載せてやらなければならない。

 おかげでヴェノムスネークは、エメリッヒを連れてゆく道中、耳元で呟かれ続けるエメリッヒの言い訳を延々と聞かされる羽目になった。

 いわく、

 

「ぼくは知らなかった、核査察は本物だと思ってたんだ」

 

「もとはといえば悪いのはスネークだ、ぼくたちは核を持つべきじゃなかった、だからマザーベースは破壊されたんだ」

 

「ぼくはCIPHERに脅されて、兵器としての二足歩行機の研究を強要されていた。九年間ずっと、やつらの言いなりにされてたんだ」

 

「九年ぶりに会えたんだ……スネーク、ぼくたちは仲間だろう? 今だって運命を共にする仲間だ、な?」

 

「放してくれ、降ろしてくれ、ぼくの脚を返せ!」

 

 いずれも聞くに堪えない戯言だった。

 無線を通じてヴェノムスネークのミッションを見守っているカズヒラ=ミラーなどは、〈 エメリッヒは無視しろ! 〉と吐き捨てたくらいだ。

 

 9年前の1975年、BIGBOSSが率いていた『国境なき軍隊』は、本拠地マザーベースにIAEAの核査察を招きいれた。

 だが査察団は贋物、その正体はスカルフェイスが率いるCIPHERの実行部隊XOFだった。

 連中を査察団だと思い込んでいた『国境なき軍隊』は、早々に管制塔を押さえられたことや、武装解除していたこともあって呆気なく壊滅状態に追い込まれてしまった。

 

 その『カリブの虐殺』で贋の核査察を受け入れ、「IAEA相手に武装している状態では印象が悪い」という理由で『国境なき軍隊』に武装解除をさせた挙句に、XOFの連中を管制塔にまで上がり込ませたのが、当時『国境なき軍隊』に籍を置いていたエメリッヒ博士だ。

 それ以来、エメリッヒはずっと姿を消しており、その消息を9年間捜していたミラーも今回の救助要請を受けてようやく接触できたところだった。

 

 間違いない、エメリッヒはCIPHERと組んでいた。ミラーはそう断言した。

 エメリッヒは裏切りの容疑者だ。せっかく向こうから接触してきたんだ、お望みどおりマザーベースへ回収してやろうじゃないか。思い出話は尽きないだろう。

 そう言ってヴェノムスネークを送り出したミラーの声は、冷静さを保ちながらも、その奥で燃え盛る怨念を隠しきれていなかった。

 

 誰に聞かせているのかも怪しいエメリッヒの物語に対し、ヴェノムスネークは一切返事をしなかった。

 鬱陶しかったというのもあるが、それ以上に今のヴェノムスネークからすれば、ソヴィエトの兵士たちの監視を掻い潜るのに忙しく、エメリッヒの相手をしている場合ではなかった。

 ヴェノムスネークにとって、今のエメリッヒはただ運ばれるだけの荷物に過ぎない。

 物陰から物陰へ、監視の隙間から隙間へ。ヴェノムスネークはその暗号名のとおり蛇のように、黙々とソヴィエト連邦ベースキャンプの外へと向かっていた。

 ヴェノムスネークの無線に、通信が入る。

 

〈 こちら、捕鯨船(ピークォド)、まもなく着陸予定地点に到達 〉

 

 ダイアモンド・ドッグズの輸送ヘリ:ピークォドからの連絡だった。

 ヴェノムスネークをアフガニスタンにまで送り届けたピークォドは、その後ソヴィエト連邦軍の探知に引っ掛からないよう近辺に潜伏していたが、ヴェノムスネークからの「ミッションターゲットであるエメリッヒを回収した」という連絡を受けて、ヴェノムスネークたちを迎えるために戻ってきていた。

 あとは、ヴェノムスネークがその着陸地点までエメリッヒを連れてゆくだけだ。

 

 ピークォドは、ソヴィエト連邦のベースキャンプの裏手で待機していた。

 ミッションは予定通り順調に進んでいる。ヴェノムスネークがまず肩に担いだ荷物、エメリッヒ博士を載せようとしたそのときだ。

 

 

 上空に閃光がまたたき、閃光は巨大な鉄の塊になって、地上へと墜ちてきた。

 

 

 とっさに飛びのくヴェノムスネーク。

 ヴェノムスネークを迎えに来たピークォドは、墜落してきた鉄の塊を回避しようと急上昇、空へと逃れた。

 巨大な鉄の塊が轟音と共に着陸、その衝撃で砂埃が舞い上がる。立ち込めた土煙はやがて晴れ、降ってきた鉄の塊がその全貌を露にした。

 

 それはまるで、物語に出てくる巨人だった。身長は数十メートル、ボディはおそらく重金属で出来ているのだろう。

 巨人は、長い手足を備え、まるでヒトのように長い二本脚で大地に直立している。

 そして少々でっかちな頭部の前面、人間でいえば顔に当たる部分には、ゾンビのような髑髏のノーズアートが描かれていた。

 ヴェノムスネークの肩の上から巨人を見上げたエメリッヒが、動揺したように叫んだ。

 

「サヘラントロプス!?」

 

 この化け物の正体は、エメリッヒがCIPHERで創らされていたとかいう二足歩行兵器、言うなればソ連製のメタルギアというところか。

 エメリッヒが叫んだ“サヘラントロプス”というのは、おそらく開発時の暗号名だろう。

 

「どうして!? 馬鹿な、動くはずがない!」

 

 エメリッヒはいったい何を言っているんだ、とヴェノムスネークは思った。

 現に、目の前で動いているじゃないか。それなのに「動くはずがない」とはどういうことだ。

 疑問はあるが、それを説明してもらう余裕はない。少なくとも、エメリッヒですら想定していなかった異常事態が起こっているのは確かだ。

 

「博士! 思ったとおり、貴様はやはり役立たずだ。見ろ、貴様がいなくてもサヘラントロプスはこのとおりだ!」

 

 メタルギア・サヘラントロプスの掌の上で、CIPHERを率いる髑髏の男:スカルフェイスが得意げに叫んでいる。

 スカルフェイスは大仰な手振りを交え、興奮した様子でエメリッヒに宣告した。

 

「おまえは、そこのBIGBOSSと共に死ぬのだ。この日、兵器が直立二足歩行を成し遂げた、記念すべき日にな!」

 

 メタルギア・サヘラントロプスは、岩山の陰から現れたXOFのヘリにスカルフェイスを渡してやると、ヴェノムスネークたちの方へその髑髏のノーズアートを向けた。

 ヴェノムスネークとエメリッヒを見下ろしているサヘラントロプスの視線からは、尋常でない強烈な殺気が溢れ出ている。

 無線機越しにミラーが叫んだ。

 

〈 スネーク、逃げろ! エメリッヒの回収を優先するんだ! 〉

 

 正面からやりあって勝てる相手ではない。ヘリで逃げようにも、こいつを振り切らなければ落とされてしまうだろう。

 メタルギア・サヘラントロプスと、ヴェノムスネークによる、命懸けの鬼ごっこが始まった。

 

・・・・・・

 

 結局、メタルギア・サヘラントロプスはヴェノムスネークたちを取り逃した。

 

 ヴェノムスネークを猛追するメタルギア・サヘラントロプスだったが、隠れん坊に関してはヴェノムスネークの方が一枚も二枚もうわてだった。

 あちこちから突き出た大小の岩と樹木、乗り捨てられたクルマ、建物の廃墟。地形を巧みに活かして風景へと溶け込むことで、敵の意識から外れて勝機を掴むスニーキング技術。

 サヘラントロプスが相手にしたヴェノムスネークは、そのスニーキングの真髄を極めた男だった。

 

 サヘラントロプスがヴェノムスネークを見失ったほんの一瞬の隙を突き、ヴェノムスネークは自らの輸送ヘリにまんまと接触。

 意趣返しとばかりにヘリの機銃でメタルギア・サヘラントロプスにダメージを与えたあと、そのまま空の彼方へと逃げ去ってしまった。

 

 その様子を、スカルフェイスはXOFのヘリから見守っていた。

 「殺す」と宣言したものの、本当に殺せるかどうかはほぼ五分五分で、本音を言えばヴェノムスネークことBIGBOSS相手に今のサヘラントロプスがどれだけ肉薄出来るかがわかればそれでよかった。

 結果、ソヴィエトの『シャゴホッド』と、コスタリカのメタルギア『ピースウォーカー』相手に勝ち抜いてきた百戦錬磨のBIGBOSSを相手に、ここまで追い詰めることが出来た。

 試運転としては上出来だ。悪くない結果に、スカルフェイスは満足していた。

 開発者のエメリッヒが匙を投げた直立二足歩行問題も、これでようやく片がつく。

 

 スカルフェイスが乗るヘリの眼下では、ソヴィエトの作業員たちが、破損したメタルギア・サヘラントロプスを分解する作業にとりかかっている。

 サヘラントロプスはヴェノムスネークが逃げ際に放った機銃掃射でダメージを受けてはいるが、修復不能なほどではない。

 破損したメタルギア・サヘラントロプスはこれから部位ごとに分解され、XOFの輸送ヘリによって次の拠点へ移送。

 今回受けたダメージの修理は、向こうで行なう予定だった。

 

 さて、次は“あの老人”に会わなくては。

 次なる“計劃”に向けて、スカルフェイスはアフリカの拠点へと飛んだ。

 

 

 

 

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