スカルフェイスの黙示録   作:よよよーよ・だーだだ

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核抑止の飽和

:1984年某日、セーシェル近海、“ダイアモンド・ドッグズ”本拠地近海 上空にて

 

 カズヒラ=ミラーと共に築いた新組織『ダイアモンド・ドッグズ』のマザーベースで発生した未知の疫病:声帯虫の毒牙から仲間たちの命を救うため、CIPHERの魔手から寄生虫の研究者:コードトーカーを助け出したBIGBOSSことヴェノムスネーク。

 寄生虫による生物兵器の開発を強要されていたというこの老人、ナヴァホのコードトーカーが語ったスカルフェイスの“計劃”は、ヴェノムスネークたちの想像をはるかに超えたものであった。

 

「ビラガアナ、おまえたちが呼ぶところのスカルフェイスは、既にアフリカを去った。アフリカでの核実験が成功。ゆえに、わたしを葬りに来たのだ」

 

「そんな実験は観測されていない……衛星も、震度計にも」

 

 ダイアモンド・ドッグズ副司令ことヴェノムスネークの相棒、カズヒラ=ミラーが否定したとおり、この数年間、アフリカでそのような核実験が行われた痕跡は観測されていない。

 だが、コードトーカーは驚くべきことを言った。

 

「爆発の実験は5年前、南インド洋で終わっている。最後の実験はその逆だ、核を爆発させない」

 

 ここで、コードトーカーが言及した“5年前の核実験”とは、1979年9月末、アメリカの核実験観測衛星ヴェラが、南極にも程近い南インド洋沖で観測した、2~3キロトンとみられる謎の巨大な二重閃光のことだ。

 この閃光については単なる衛星の誤検出とも、あるいは某国が行なった秘密の核実験とも、様々な憶測が囁かれたが結局真相は謎のままだった。

 まさか、この件にCIPHER、いや、スカルフェイスが絡んでいたというのか。

 

 しかし、爆発させないとはどういうことだ。それに、何のために? 一同の疑問に答えるように、コードトーカーは続ける。

 

「スカルフェイスは世界に核兵器を売りさばき、自らそれを制御するつもりなのだ」

 

 そこへヴェノムスネークのもう一人の片腕にしてダイアモンド・ドッグズ参謀、シャラシャーシカ=オセロットが口を挟んだ。

 

「核を売るだと。グレネードやライフルのようにはいかないぞ」

 

 かつてBIGBOSSとオセロットが関わった、1964年の『スネークイーター作戦』は、アメリカからソヴィエトに持ち込まれた携行核砲弾:デイビー・クロケットと、当時ソヴィエトが極秘裏に開発していた新型核兵器シャゴホッドが引き金となった。

 BIGBOSSとミラーを襲った1975年の『カリブの虐殺』も、ふたりが『ピースウォーカー事件』で核兵器を持ったことに端を発している。

 

 たった数発でさえ、世界のパワーバランスを崩してしまう。

 そんな核兵器を世界中に売り捌き、ビジネスとして確立することなど果たして可能なのだろうか。

 

「そのとおりだ。

だから監視の網をすり抜けるため、輸出するのはごくわずかなウランを含む鉱物と、それを代謝する極限環境微生物メタリックアーキアのみ。

そして現地で、メタリックアーキアの作用によってウランを濃縮し兵器化する。

これを、メタルギアをはじめとした全地形を走破する二足歩行兵器に搭載。

そうすればどんな国も、テロ勢力も、小さな戦闘集団でさえも核武装が可能となるのだ。

核兵器が拡散する。世界中、あらゆる場所で核抑止が飽和する!」

 

 コードトーカーの証言、そしてアフリカで繰り広げられたスカルフェイスとの戦いから、ストーリーを組み上がってゆく。そうしてようやく、最初のコードトーカーの発言の意味が読めてきた。

 

「武器ビジネスに代わる、新たな核兵器ビジネス。スカルフェイスの独占マーケット……」

 

「それを制御する為に、爆発させない実験を行なっていたのか」

 

 ミラーとオセロットの問いかけに、そうだ、とコードトーカーが頷く。

 入手や取り扱いが容易になったところで、核兵器が強力無比な最終兵器であることに変わりはない。

 それが売り手自身に向けられる事態を想定しないほど、スカルフェイスも馬鹿ではないだろう。

 

「衛星通信で制御した別のメタリックアーキアによって、臨界発生装置を即座に無効化する。スカルフェイスだけが持つ、フェイルセーフだ」

 

 誰が、何の為に、核を使おうとしても、スカルフェイスというひとりの男の私意によってその機能は停止する。

 そんな代物をスカルフェイスは、安価で手軽なハンバーガーのように世界中へ拡げようとしているのだ。

 ブランド名はCIPHER、目玉商品はファストフードならぬファストヌーク。本当に笑えない冗談だった。

 国家でなく、特定の個人が掌握した核兵器。今までの核には政治、軍事、経済的な価値がなくなってしまう。それはすなわち、

 

 

「アメリカもソヴィエトも、二大国は、力を失う……!」

 

 

・・・

:1984年某日、セーシェル近海、“ダイアモンド・ドッグズ”本拠地

 司令部プラットフォーム 第一層01倉庫 101号室にて

 

 

「サヘラントロプスは、どこだ」

 

 金属のパイプ椅子へ縛られたぼくに、ダイアモンド・ドッグズ参謀シャラシャーシカ・オセロットが尋ねた。

 不意を突かれたぼくに、同席していた副司令カズヒラ・ミラーが言う。

 

「スカルフェイスの計画が完成したら手遅れになる。サヘラントロプスが最後の一片だ」

 

 わけがわからない。

 アフガンのCIPHER拠点から、ヴェノムスネークたちの新組織ダイアモンド・ドッグズへ連れて来られてからというもの、ぼくはオセロットとミラーによる執拗な尋問に連日晒されていた。

 かけられた容疑は、このぼく:エメリッヒが、“『カリブの虐殺』に関与していたかどうか”だ。

 とんでもない濡れ衣だ。

 ぼくは潔白を訴え続けたが、特殊研究所:シャラシュカの異名を持つ拷問マニアのオセロットと、ぼくが裏切り者と一方的に決め付けるミラーが相手では当然聞き入れてもらえず状況は悪化する一方だった。

 

 ところが今日になって事態が急変した。

 今日の尋問ではぼくの濡れ衣には触れず、ぼくの研究成果である『メタルギア・サヘラントロプス』の在り処を聞いて来たのだ。

 なぜ今日になってサヘラントロプスの話になるのだろう。

 ミラーは言う。

 

「ソヴィエトが移動式の、制御できる核兵器を見せつければ、東西の緊張はキューバ危機の時代に巻き戻る」

 

 サヘラントロプスは、量産を前提とした実用の兵器として開発されたものではなく、放射線量の少ないイエローケーキや、ウラン濃度の低い劣化ウランからでも核エネルギーが得られることを実証するための、いわばデモンストレーションのために造られていた。

 デモンストレーション用の兵器だからこそ、破格の開発費や様々なアイデアを盛り込むことが出来たんだ。

 だけど、そのデモンストレーションが何を意味するのか、何のためのデモンストレーションなのか、ぼくは教えてもらえなかった。深く尋ねようとでもしたら殺されていたかもしれない。

 

「スカルフェイスの狙いは“冷戦の復興”だ」

 

 スカルフェイスの目論見にまつわる推測を、オセロットとミラーが話し始めた。

 冷戦の核開発競争が再開すれば、各地の勢力は我先にと核兵器を求め、爆発的な核兵器の需要が発生するだろう。

 そこへメタリックアーキアを用いたスカルフェイスの“制御できる核兵器”が入り込む。核兵器は世界に飽和する。

 

 しかし、それはスカルフェイスが制御する核兵器だ。

 スカルフェイスは、自分の製品の臨界発生装置をブラックボックス化し、自身の許可がない限りは分解も起爆もできないようにしたのだという。

 客は実際に使おうとするまで、スカルフェイスに起爆装置を握られていることに気付かない。

 スカルフェイスの見えざる手で制御されることにより、終局の瀬戸際で世界は均衡を保つ。

 

 ただし、ここまでは飽く迄も『抑止』だけ。

 世界中の核兵器を掌握したあと、スカルフェイスは民族浄化虫、つまり声帯虫を“攻撃”に使う。

 メタルギアを超え、使うことが出来るただひとつの大量破壊兵器。蟲の力で敵対勢力を駆逐して、スカルフェイスが世界を支配する。

 

「メタリックアーキアの核兵器、声帯虫、他は全部揃った。あとはサヘラントロプスをアフガンで見せつけ、新しい冷戦を立ち上げる。もう一度聞くぞ、先生。サヘラントロプスはどこだ」

 

 オセロットの問いに、ぼくは答えた。

 

「……知らないよ。実験は、いつもあのアフガニスタンの洞窟でやっていたから。ぼくはあの洞窟でしか見たことがない。それにサヘラントロプスは未完成だ。ぼくなしでサヘラントロプスは動かない」

 

 認めたくないけど事実だった。スカルフェイスがどこかへ持ち出して行ったことはあるけれど、一体どこに持って行ったかまでは教えてもらったことがない。

 第一、メタルギア・サヘラントロプスは、直立二足歩行の問題がまだ解決していない、未完成の兵器だ。

 未完成品のデモンストレーションで冷戦を復興するなんてできっこない。まったくばかげている。

 ぼくの説明に、オセロットは納得していないらしかった。

 

「未完成だと。だがサヘラントロプスは歩いて、襲い掛かってきたぞ」

 

 そうなのだ。ヴェノムスネークの手で、CIPHERの下からぼくが連れ出されるときのことだ。

 ソヴィエトの基地から脱出しようとしたぼくたちの前に、スカルフェイスに操られたメタルギア・サヘラントロプスが立ちはだかった。

 驚くべきことに、未完成だったはずのサヘラントロプスは歩いていた。ただ歩いただけじゃない、

 まるで物語に出てくるゴーレムみたいに、武器を振り回して襲い掛かってきたんだ。

 

 ぼくはスネークのおかげで辛くも逃れることはできたけれど、スカルフェイスがどうやって、サヘラントロプスを直立させたのか、サヘラントロプスが動くことができた理由は今も謎のままだ。

 パイロットでも、AIでもない、しかもあんな速度で歩いて暴れまわるなんて。技術革新なんてものじゃない、ライト兄弟が月にゆくようなものだ。

 なんで動けるのか、ぼくにも、わからないんだ。

 

「CIPHERのために造った兵器に、随分とご執心のようだな。いかれた兵器の開発しか興味がないのは相変わらずか」

 

 揶揄しながら不快そうに鼻を鳴らすミラー。違う、違うんだ。

 

「あの機体こそが、ぼくがみんなを裏切っていない証拠だよ」

 

「どういうことだ」

 

 怪訝な顔のオセロットに、ぼくは答える。

 

「復元されたサヘラントロプス・チャデンシスの頭骨は、9年前の『国境なき軍隊』でぼくたちが掲げていた髑髏のマークにそっくりなんだ」

 

 そうだ、オセロットたちが責めるとおり、ぼくはCIPHERに命令されてメタルギアを造っていた。

 でも、いつか、仲間の下に戻ることが出来たら、サヘラントロプス開発で培った技術を仲間の為に還元したいとずっと想っていた。

 だからこそ、あのときの髑髏のマークを、機体の名前に込めていたんだ。

 

「わかるだろう。ぼくがどれだけ、仲間のことを想っているか」

 

「あんたが自分のことをどれだけ想っているかはよく、わかった。あとからはなんとでも言える」

 

 心底うんざりした様子で、オセロットが吐き捨てた。

 

「自分を騙しているやつを喋らせるのには根気が要る。都合の悪い真実より、都合の良い嘘の方が居心地がいいからな。だからずっと同じ嘘にしがみつく」

 

「ぼくは、嘘なんて……」

 

「おかげであんたは今でも幸せだ。相手によって嘘を変え、隙間だけで生きている。都合の良い真実を重ねて、都合が悪くなればすぐ乗り換えて、そのことを気にもしなくなっている。だが、あんたが一番幸せなのは、そんな自分に、あんた自身が気付いていないということだ……」

 

 現実があんたを傷つけているんじゃない、あんたが現実に傷をつけているんだ。

 そう言うと、オセロットは懐から注射器を取り出した。中には透明な薬液が満たされている。

 

「また自白剤を打つつもりか」

 

 マザーベースに連れてこられてから、ずっと尋問されっぱなしのぼくにとって、オセロットの注射器は見慣れたものになってしまっていた。あの注射器で一体いくつの薬物を打たれたか、もはや覚えてすらいない。

 ぼくの反応を見て、オセロットは「まあ、ある意味そうかもな」と、ぼくの足元へと視線を移した。

 

「その脚はチタンか。大腿骨まで届いているな」

 

 ぼくの脚は、生まれつき不自由だった。ぼくはずっと、自分の脚で歩くのが夢だった。

 だから、歩く為の機械が創りたくて、ぼくは歩くロボットを作る研究を目指した。

1970年代、ホット=コールドマンの『平和歩行計画』に参加したのも、元々はぼくのそんな夢の延長線上だ。

 

 その念願が叶ったのは、つい最近のことだ。

 『平和歩行計画』で開発していた各種自律歩行兵器や、『国境なき軍隊』で造らせてもらったメタルギアZEKEのノウハウを活かし、ぼくは歩行を補助する為の補助具を作った。

 モーター駆動の補助具を、大腿骨に内蔵した連結器へと接続し、ぼくの脚に代わって金属の脚がぼくの身体を支える。

 こうしてぼくは、脚を手に入れた。

 補助具をズボンの上からでも取り付けられるように、取り付けるための連結器は、ぼくの脚から外気へと露出している。

 

 ぼくの『脚』を確認したオセロットはぼくの顔から眼鏡を奪い取ると、注射器の中身を一滴、眼鏡の弦へと垂らした。

 錆びた鉄の匂いが鼻をつき、オセロットの手の中で眼鏡がぽきりと折れた。

 注射器の薬液で、眼鏡が溶かされたのだ。

 

「メタリックアーキア……!」

 

 サヘラントロプスの装甲にも使われるメタリックアーキアにはいくつか種類があり、ウランを濃縮する種類の他にも、金属を腐食させ溶かしてしまう腐食性アーキアという種類がいることをぼくは聞いていた。

 ヴェノムスネークはアフリカでCIPHERと戦っているけれど、その最中にダイアモンド・ドッグズは奴らが使っていた腐食性アーキアを回収していたのだ。

 金属を食べて溶かしてしまう腐食性アーキアが、いまオセロットの手の中にいる。

 

「その様子だと、中身は知っているようだな」

 

 手の中の眼鏡を床へ投げ捨てると、続けてオセロットは、ぼくが縛り付けられているパイプ椅子の脚に薬液を垂らした。

 避けようとするぼくだけど、縛り付けられているために上手く避けられず、椅子ごとひっくり返ってしまった。

 倒れたぼくが顔を上げると、オセロットが注射器をぼくの脚の金属パーツへと向けていた。

 

 まさか、ぼくの脚に垂らすつもりか。

 

「……サヘラントロプスは、ぼくなしでは動かない」

 

 ぼくの口からは、独りでにことばがでてくる。

 ぼくなしでサヘラントロプスは動かない。ぼくがここにいる限り、CIPHERもサヘラントロプスを使えない。

 だからぼくの脚にそれを垂らすのはやめてくれ。

 オセロットが言ったとおり、補助具を取り付けるための連結器は大腿骨に埋め込んである。

 その連結器だけを溶かされてしまったら、ぼくの脚は穴だらけになって粉々に砕けてしまう。

 

 怯えるぼくの様子に、オセロットは薄笑いを浮かべ、床に置いたぼくの眼鏡にもう一滴垂らした。

 ぼくの眼鏡がメタリックアーキアに食われ、自重に耐えかねて潰れてゆく。

 眼鏡は新しいものに替えればいい。研究も、ぼくの技術を欲しがるやつなんていくらでもいる。

 だけど、脚だけは替えが利かない。

 そしてオセロットはぼくの前にしゃがみこむと注射器の針で、ぼくの脚をつついた。頼む、ぼくの脚を、奪わないでくれ。

 

 液体を湛えた注射器の針先が、ぼくの脚を奪おうとする。ぼくはたまらず叫んだ。

 

「“OKBゼロ”だ! サヘラントロプスは、ソ連軍ベースキャンプの先にある!」

 

 OKBといえばопытно-конструкторское бюро、つまりソヴィエトの試作設計局に与えられる暗号名だが、OKBゼロはアフガニスタンにある。

 そもそもOKBは1から始めて番号が振られるものだから、ゼロなんて名前の設計局は存在するはずがない。

 

 そんな異端のOKBであるOKBゼロは、アレキサンダー大王の時代に造られた山岳の城砦が基となっており、そこへソヴィエトの『賢者達』が研究所を築き、そのあとはCIPHERが自らの秘密基地:OKBゼロとして利用していた。

 ソヴィエトの賢者達が創ったものだからOKB、ゼロというのもOKBの通し番号ではなく、おそらくは『CIPHER(ゼロ)の所有物』という意味なのだろう。

 

 メタルギア・サヘラントロプスは、山岳地帯を踏破することを命題として創られた兵器だ。

 オセロットやミラーの言うとおり、サヘラントロプスがアフガニスタンにあるとしたら、その場所はOKBゼロしかない。

 

「でも、スカルフェイスがどうやって動かしているのか……あれは有人操縦できるはずがないんだ。どうして……」

 

 床に転がされたまま、ぼくは呟く。

 直立二足歩行の問題が解決しない限り、サヘラントロプスは突っ立っているだけの木偶の坊だ。

 コックピットには子供しか乗れない。AIの歩行システムは完成しなかった。

 メタリックアーキアによる核爆弾化システムは使えるだろうけど、まともに動きもしない歩行兵器を見せびらかしたところで、何の自慢にもならないだろう。

 どうして誰もぼくを信じてくれない。どうしてぼくだけを疑う。どうして。なぜ、ぼくが。

 

「……おまえだけだからだ」

 

 そんなぼくの様子を見て、ミラーが口を開いた。

 顔を上げたぼくと、サングラスをかけたミラーの視線が重なる。そのときぼくは、ミラーが視力を喪っていることに初めて気がついた。

 ミラーの表情は、底無しの憎しみに染まっていた。

 

「おまえだけが、なにも喪っていない……あのとき、マザーベースの全てが亡くなった……おまえを除く、すべてが……ッ!」

 

 ミラーが羽織るコートの虚ろな片袖がゆれ、左足の義足が金属音を立てる。

 九年前の『カリブの虐殺』から新組織『ダイアモンド・ドッグズ』設立、そして今年ヴェノムスネークことBIGBOSSが舞い戻るまで、ミラーはずっとCIPHERと戦い続けていた。

 その過程でミラーは腕と脚を喪ったのだという。

 

 しかしぼくだって、CIPHERに、『国境なき軍隊』で創ったメタルギアZEKEと貴重な九年間、そして研究者としての未来も奪われてる。

 そもそもミラーは九年前、CIPHERとビジネスパートナーだった。

 『ピースウォーカー事件』に乗じて『国境なき軍隊』を拡大する際、ミラーはCIPHERと協力関係にあったのだ。

 CIPHERに裏切られて破滅したのは、ミラー自身の自業自得なのだ。それなのに、どうしてぼくばかり責められるんだ。

 

 注射器でぼくを苛めるのに飽きたらしいオセロットが、激昂したミラーを諌めるように視線を向けた。

 ミラーはオセロットを一瞥する。

 そのとき両者の間で、何らかの了解が得られたのだろう、ミラーが杖をつきながら部屋を出てゆく。

 ミラーが出て行った後、続けて出てゆこうとするオセロット。そこで足を止め、ぼくの方へと振り返った。

 

「……おっと」

 

 口元に酷薄な笑みが浮かべながら。

 

「プレゼントだ」

 

 オセロットは、ぼくの動かない脚と床の間へ立てかけるように、手に持っていた注射器を置いた。

 注射針がぼくの体重で、脚へ深々と刺さってゆく。ぼくは渾身の力をこめて全身をこわばらせた。

 ちょっとでも重心が狂えば、注射器の中身が体内に注射されてしまう。

 

「ま、待て、おい!」

 

 そのまま立ち去ろうとするオセロットを呼び止めるぼくだったが、オセロットは振り向きもしないまま、部屋を出て行った。

 

 部屋には ぼくと、注射器に入ったメタリックアーキアが残された。ぼくと注射器の、孤独な闘いが始まった。

 

 

:1984年某日、アフガニスタン、ソヴィエト連邦軍ベースキャンプ、ヘリポートにて

 

 来たな。

 ヘリに乗ろうとしていたスカルフェイスが振り返ると、銃を構えたヴェノムスネークがヘリポートの階段を登ってきたところだった。

 コードトーカーを押さえたヴェノムスネークがこの拠点へ至ることは、スカルフェイスも予想していた。

 敵地への単独潜入は、蛇の暗号名を持つこの男がもっとも得意とするところだ。スネークイーター作戦やピースウォーカー事件を乗り越えてきたのも伊達ではないといったところか。

 スカルフェイスは、ヴェノムスネークに語りかけた。

 

「なるほど、おまえも亡くしたな。そうして未だ、亡くしたモノの痛みにうなされている……」

 

 おまえもわたしと同じだ。大切なものを奪われた理不尽を噛み締める。

 BIGBOSSことヴェノムスネークは、カリブの虐殺で『国境なき軍隊』を奪ったスカルフェイスへの報復の為にここまで辿り着いた。

 報復の為に生きる。しかしそれは、報復に生きる髑髏、スカルフェイスがこれまで歩んできた道でもある。

 

「その痛みを、憎しみで緩和しようとする。しかしその痛みは消えない。それなのにヒトは――」

 

 護衛のXOFの兵士たちを制止し、スカルフェイスはヴェノムスネークへと歩み寄ってゆく。BIGBOSS、おまえの報復もまた、かつてどこかで誰かが繰り返してきた、大いなることわりの一部なのだ。

 

 

「――鬼に堕ちている」

 

 

 ふたりの鬼が、今ここで対峙した。

 

「どうだ、醜いか」

 

 目深に被った黒帽子を脱ぎ、スカルフェイスは髑髏の素顔を見せつけた。

 面をあわせる機会は幾度かあったが、こうしてお互いの表情をじっくり見合う機会はなかなかなかったな。

 

「……おまえも鬼だな。もはや人間には戻れまい。おまえも、わたしも、逃げも隠れも出来はしない」

 

 スカルフェイスによる『カリブの虐殺』を辛くも生き延びたBIGBOSSだったが、決して無傷だったわけではない。

 顔に走る無数の傷跡、左腕の義手、そして頭部から突き出ている角のような骨片。

 片目の眼帯だけはかつての『スネークイーター作戦』での負傷だが、他の傷跡はその殆どが『カリブの虐殺』でスカルフェイスが仕込んだパシフィカの人間爆弾によるものだ。

 しかし、あの『カリブの虐殺』については、スカルフェイス個人の私意ではなかった。恨みや憎しみではない。

 スカルフェイスは、BIGBOSSはおろか、ゼロさえも憎んでいなかったのだ。

 

 『カリブの虐殺』を計画し、実行したのはスカルフェイスだが、きっかけは世界へ核の力を誇示した『国境なき軍隊』とそれを率いたBIGBOSS自身にある。

 ではその原因はどこにあったのか。BIGBOSSが核を持ったのはコスタリカで起きた『ピースウォーカー事件』、ピースウォーカーが生まれたのは『スネークイーター作戦』でのザ・ボスの死、『スネークイーター作戦』を引き起こしたのは東西の『賢者達』の対立……。

 

 こうしてみると、原因は過去へ、後始末は未来へと半永久的に先送りされてゆくのがよくわかる。

 スカルフェイスはもちろん、支配者となったゼロでさえ、結果が巻き戻されでもしない限り、引き起こされた結果に対する責任など誰一人とれはしない。

 延々と繋がってゆく因果のルーツを手繰り続けても、得られるものは何もない。

 その点と線が描き出したものを俯瞰してはじめて、真の絵姿が見えてくる。

 スカルフェイスの行動も、その巨大な神話の循環の一部、それも一本の線と点を繋いだに過ぎなかった。

 

 満身創痍のヴェノムスネークをねぶるように見ていたスカルフェイスが言った。

 

「いいだろう、わたしの鬼を見せてやる」

 

 先程まではこのままヘリで直行するつもりだったが、ひとつ趣向を変えよう。ヒトであることを奪われた者同士、積もる話もあるというものだ。

 帽子を被りなおし、XOFの兵士たちへ命令を下すと、スカルフェイスはヴェノムスネークに ヘリポートから降りる階段を示す。

 

「ついてこい、BIGBOSS」

 

 

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