緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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今回の文量はいつもの二倍近くあります。
少々長すぎだと感じられたら、あとで二つに分割しておきます。




青海の猫探し

「ウォッカのスペルがВодкаか。う~ん、ロシア語はムズイなぁ」

 

 朝の六時。

 太陽は都会の向こう側から昇り始め、小鳥たちが大合唱を演奏し始める頃。

 俺は野菜ジュースを片手にロシア語の勉強をしていた。

 切っ掛けは去年に犯罪者の少女たちの件だ。理由はたった一つ。

 

「ふふふ、武藤め。いまどきの男はインテリがモテることを知らないらしい。ロシア美人とお知り合いになって自慢してやるぜ!」

 

 欲望百%含有の目的だが、そうじゃなくとも外国語は話せるようになりたい。

 前世では海外にいかないから英語なんてどーでもいいと、思っていたせいで随分苦労した。

 入社試験の面接で英語ができないことをネチネチつっこむ試験官いたんだ。

 しかも私生活やら、親の年収やら、スーツの値段まで気にする糞野郎で物凄く憤っていたのを覚えている。

 自衛隊に入隊するときも高校生に負けて最下位だったけど、郵便局に受かったとかで欠員に滑り込みセーフ。だけど補欠合格なんて情けない結果だった。

 だからこそ語学は他教科よりさらに熱を入れてやってきたつもりだ。

 父や母も外国語が堪能で、子供の俺にもセサミ的なビデオを用意してくれてたのも大きかった。

 おかげで英語は文も会話も完璧。中国、ドイツ語は会話だけなら可能。密かな自慢だった。

 シャーペンを筆記用具入れに戻して時計を見る。

 思ったより時間が経過していたので切り上げいつも通り学校に行く準備をした。

 弾丸(非殺傷弾)も今日はちゃんと込めている。使う機会が永遠にないことを祈るばかりだが。

 教科書を鞄に入れて立とうとテーブルに手をついたとき、指先に当たる硬い感触。

 ん? これは……。

 

「そういやイヌハッカの香水なんてあったな……」

 

 昨日の夕方に即日配達で届いたスペシャルネコセットの一つだ。

 試供品と書かれているのだが細かい説明はないわ、五つもあるわ、妙に装飾だけは凝っているわで、絶対九八〇〇円の内半分以上はこのせいに違いない。

 イヌハッカというのだからハッカ系の匂いかと思ったんだけど、ハーブっぽい香りがした。

 強くないし、首元を嗅がないとまず気付かれないだろう。

 

 ……そういえば武藤も体臭には気を付けた方がいいって言っていたか?

 アイツの情報は信用ならないけど、汗臭いよりちゃんと身だしなみも気を使うのは悪くない気もする。

 試しに二、三回プシュッと首や脇に吹きかけてみる。

 あまり強い匂いじゃないが……むしろこのさり気なさが個人的にはいい。失敗しても気付かれないし。

 

 では出発と玄関を出たところで。

 ガチャ

 お隣さん――つまりキンジの部屋のドアも開き、

 

「おはようケイ」

「おっすキンジ……と、は? いやおま……?」

 

 背後からもう一人出てきたのは昨日出会った少女。

 

「これで三度目ね大石啓。改めて自己紹介するわ。神崎・H・アリアよ。あとおはよう」

「あー、はい? おはよう神崎――」

「アリアでいいわよ」

「お、お前、なんで今出てきてるんだよっ」

「何言ってるのキンジ? 話があるんでしょ?」

 

 カメリアの瞳が俺を射抜く。

 腕を組んで微妙に背伸びしたい小学生みたいな姿。

 ちんまりして可愛らしい。ほのぼのしてしまうが今重要なのはそこじゃない。

 ふるふると震える指で俺はキンジとアリアさんを交互に指差し、

 

「お前らなんでおんなじ部屋から出てくるんだぁぁぁッ!? キンジィィィッ! ヤったのか、ヤっちゃったのか!? 大人の階段を三段抜かしでいっちゃったんだなっ!?」

「ちが――!?」

「な、なななななななにゃんでアタシがこんな奴とーーーッ!! 風穴風穴風穴風穴風穴ストリームッッッ!!」

「ぎゃああああああああ!?」

「ま、待て、なんでこっちにまで銃口を――!?」

 

 びっくりして言ったしまった言葉に拳銃を乱射し始めたアリアさん。俺と巻きぞえを喰ったキンジは逃げ始めたのだった――

 

 

 

 

 

青海(おうみ)で猫探し?」

「そうそう、ケイにも手伝ってほしいんだ」

 

 朝から美少女(二丁拳銃装備)に追いかけられるという素敵でようで、硝煙臭い殺伐とした一幕のあと。

 キンジとアリアさんが同じ部屋から出てきたのは、単に昨日の一件で話があっただけらしい。

 考えてみれば白雪という絶世の美女を前にしても動じないキンジだ。そんな関係になるわけない。

 俺の早とちりだった。ご本人様には謝罪したけど、俺とキンジの間(俺&キンジの間の席だから)でぶっすーと頬を膨らませながら不貞腐れていた。

 ……マジですんませんでした……。

 

 それはそうとキンジのお願いなのだが……他の人の依頼を断っている以上、いくらキンジの頼みでも聞く訳にはいかない。

 

「……確かに広い街で猫一匹を探すのがキツイのは判るけど。俺が依頼を断っているのは知ってんだろ?」

 

 三学期から俺が依頼の協力を全て断っているのをキンジが知らないはずはない。

 キンジは済まなそうに一度目を伏せたが。

 

「それが不味い状況なんだ」

「不味い……?」

「あー、つまりー、真っ正直に言えば…………単位が少なくて留年しそう」

「は? いやいやいや。キンジって探偵科の試験でBランクになってたじゃん」

 

 Bランクなんて一般校なら秀才か優等生予備群じゃないか。

 そいつが単位を落としそうとか無理がある。

 だがキンジは肩を落とし、どんよりと暗いオーラを纏っていた。

 

「探偵科の試験に集中しすぎたせいで、そのぶん一般科目にシワ寄せがきてな……補修&単位落としまくったんだ。麻薬組織やカジノ事件の単位がクッションになって進級できたけど、正直夏休み&冬休み消滅に留年危機のトリプルアタックで絶対絶命なんだ……。だから頼むケイッ! 少しでいいから協力してくれっ。武藤や不知火は他の奴らのヘルプで捕まらないし、別の奴でアテにできそうなのはケイしかいないんだ!」

「うっわ、お前どんだけ成績悪いんだよ」

「他に友人もいないしさ。お前だけが頼りなんだ!」

「サラッと切ないこというなよ……でも、う~~~ん……」

 

 パンッと両手を合わせて懇願するキンジ。

 交通手段の他に犯人輸送車、装甲車など車輌科は様々な局面で必ず一人は必要になる。車輌科エースである武藤はいろんなグループから引っ張りダコだろう。馬鹿っぽいけど話しやすいし、乗り物マニアのアイツは車、船舶、航空機なんでもOKのスペシャリスト。

 不知火は単純に女子人気のせいもあるが、要領も良いし誰が相手でも苦もなく連携できる。人当たりも面倒見もいいからこっちもこっちでひっぱりだこ。

 キンジは一目置かれている節があるのだが、生来の付き合いの悪さや兄の一件で単独行動も多く、良くも悪くも一匹狼的な存在。交友関係が狭く深い? 傾向にある。

 腕を組んで唸る。

 

 猫探しはたま~にある探偵科Eランクの依頼。

 危険は少ないし、友人の頼みなんだから、二つ返事で受けたいところなのだが……。

 でも来年の一般校に移るために、もう下手な依頼はこなしたくない。

 命を落としかねない武偵高から去るために、心で泣きながらお断りの返事を先輩たちに伝えているんだ。特にお姉様方。

 女子のお誘いを断腸の想いで断ったのにキンジの頼みを聞いたら、だったら「俺もー」「私もー」と言われたとして、そっちの方を拒否するのは……筋が通ってないし、男らしくない。

 悩む俺にアニメ声の天女様が声を発した。

 

「そそ、それアタシも手伝っていいけど?」

 

 声の主はアリアさんだ。

 う~ん、たまに思うけどどーっかで聞いたことのある声質なんだけど……思い出せん。「ア、アンタのためじゃないんだからねッ!」ってセリフがドはまりしそう。いや、どうでもいいんだけどな。

 その声にキンジが何故か棒読み気味に答える。

 

「お、おー、本当かぁアリアー。友達思いの友人を持って俺は幸せだぁー。だけど二人だとまだ厳しいし、もう一、二人くらい猫探しに加わってくれる奴はいないかなぁー。白雪も来るかもしれないしー」

 

 ど、どうしたんだキンジ……今のお前の声、凄く機械音声っぽいぞ……?

 うん……? 

 つまりあれか、白雪さんはキンジに着くとして……もう一人のプリティピーチさんと肩を並べて依頼をこなせるわけか。

 アリアさんという気が強いが将来有望な女子と一緒に猫探し。

 その光景を想像してみる。

 『おお猫を見つけたぞ!』『ケイやるじゃない! あははぺろぺろ舐めてくるわよっかわいい♪』『い、いやアリアさんの方が可愛いと、お、思うぞ?』『ホント……? 嬉しい! 付き合って』――――おおっそれなんて桃源郷!

 うぅ……凄く……魅力的です……ぐぅッ! で、でもそれじゃ、筋が通らないしカッコ悪いぞケイ!

 

 そのときアホな声が俺の右耳に届いた。なぜか反応した暑苦しい野郎が一匹。

 先日、ネットで無駄に高いモテ香水を騙されて買った嘆きの男、武藤剛気だ。

 

「それ本当かキンジィ! ならこの不肖、武藤剛気が白雪さんの先導役を――」

「悪いがちょっと静かにしててくれ!」

「アンタはお呼びじゃないの!」

「ごふぅ!? む、武藤は死んでも、エロは死せず……ガクッ……」

 

 キンジ&アリアコンビによる息のあったツープラトンハイキックで武藤をリノリウムの床に沈めた。

 武藤よ……白雪さんの気を惹きたい気持ちは判らんでもないけどな……。まあ板垣さんにはあの世で謝っておけよ。

 てかなんで武藤を気絶させたんだ?

 あまりに息のあったコンビネーションで驚いたけど、協力してくれるならいい気もするんだけど。少し腑に落ちない。

 キンジとアリアさんが武藤とごちゃごちゃやっているときにヒラヒラリと一枚の紙が俺の机の上に落ちる。

 たぶんキンジの懐から落ちてきたんだろう。

 文字が目に入った。

『名前:ミミミ、白猫、生後一○ヵ月、性別:雌、特徴:鼻、両耳、両手足の先っぽがこげ茶色』

 猫についてのメモのようだ。依頼者の両親だろうか?

 だが一番重要なのは最後の一文だった。

 女の子特有の丸く愛らしい、そして子供っぽい拙い文字で、

 ――ミーミしんゆう、はやくあぃたい、おねがいしゆす――

 猫か犬か判らない絵が不自然に滲んでいた。

 数ヶ所に渡ってポツポツと雨粒が落ちて乾いた痕。必死な想いで書いたのだろう。最後の『す』の文字は全体がザラザラしていた。

 昨日あった変態紳士さんじゃないが…………これは反則だ。女の子の涙は世界最強の武器なんだから。

 

「キンジその依頼、受けよう」

「ホントかケイっ!?」

「ああ、気が変わった。男として引くわけにはいかないな」

「本当かケイっ。恩に着る! やっぱりケイに相談して良かった!」

「…………ふ~ん、ちゃんと武偵の顔になれるんじゃない」

 

 バンバンと肩を叩き合くキンジ。

 アリアさんが若干呆れた感じながらも、ニコやかな笑顔をしていた気がする。

 すぐ顔を伏せてしまったので詳細は判らなかったが。

 午前の普通授業を終えたあと、午後からさっそく依頼をこなすため現場へと向かう。

 せっかくの外出だし、汗臭くないように香水をもう一度吹きかけておこう。

 べ、別に春らしい素敵な出会いを期待しているわけじゃないしっ。

 

 

 

 

 

 江東区青海。

 お台場やお台場海浜公園を有し、隣駅で降りれば東京国際展示場(愛称:東京ビッグサイト)が今日も逆ピラミッドを形成している。

 日本が誇る一大観光地で思春期の男女三人が集まってやるのが猫探し。

 字面がシュール過ぎて少し笑ってしまう。

 

 白雪さんは事情があって駄目だった。キンジが携帯で聞いていただけなので詳細は判らないが、彼女の所属するSSR――超能力捜査研究科とはその名の通り超能力を研究する科で、一部では超偵という呼称もあるとか。

 眉つばモノだが、アメリカでも透視で犯人逮捕できたとかあるし、機密とかうるさいのかもしれない。結局、三人で猫探しをすることとなった。

 

 ガヤガヤと賑やかな駅の北口を抜けると、老若男女様々な人々が行きかい、パフェなどの出店もあった。

 東京武偵高校の近くとあって自分たちと同じく依頼を受けおったであろう人達もチラホラ見受けられる。

 突っ立っているだけで通行の邪魔になってしまう。

 とりあえず近くのスタバで相談することにした。

 室内はコーヒーの濃厚な薫りが漂う。しっかしこの鼻の奥底まで刺激する匂い、朝なら一気に目が覚めそうだ。今度、コーヒーミルでも買ってみようかな?

 あまりこういうチェーン店に足を踏み入れないのか、アリアさんは好奇心旺盛な猫のようにキョロキョロと内装を観察していた。

 店員さんがやってくる。

 

「ご注文よろしいですか?」

「ああ、はい。ドリップコーヒーで。キンジは?」

「よく判らないからケイと同じでいいや。アリアはどうするんだ?」

「ふぁ? コーヒー、エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナでお願いっ」

 

 謎のコーヒー呪文がチェリーのように小さいアリアさんの口から放たれた。……コーヒー党?

 微妙に店員が困っているが気を取り直したように言う。

 

「えぇと……ご注文はドリップコーヒー二つ。エスプレッソ・ドッピオはございませんので、フォーム・ドピオ・エスプレッソでよろしいでしょうか?」

「はい、それで」

 

 微妙に名前が違う気がしたが、アリアさんが口を挟むことはなかった。

 注文の品が届いて一口。苦いけどやっぱりインスタントと違って濃さが違うな。

 うん、決めた。昨日はダメな買い物したんだ。今度は良い買い物をしよう!

 アリアさんの「味は普通ねぇ、もうちょっとこう――」とコーヒーのウンチクを漏らし始めたのはおいておく。今は猫のことが気になるし。

 一息ついたところで本題だ。

 

「それでキンジはなにか情報を持ってないのか? メモや携帯画像はいいとして、目撃情報とか」

「悪い……昨日の今日だから情報が少ないんだ。他の奴なら監視カメラをジャックして映像を洗いざらい調べるんだろうけど俺は機械は苦手だから足で稼ぐ方なんだよ」

 

 キンジの発言の中に一部ヤバイ内容が含まれていたが突っ込まんぞ。武偵高の奴らはみんなハッチャケ過ぎだから、やってられん。

 端的に言えばほぼノーヒントで一匹の猫を探さないといけないわけだがかなり厳しいな。

 

「ちっとキツイなー、青海だけでも南北で四km、東西一、二kmくらい? だよな。一周で一○kmマラソン、校庭五○周分……絞らないと厳しいなぁ」

「そういうケイはなにかないの? アンタも探偵科でしょ。なら推理は十八番じゃない」

 

 う……そこを突かれると痛いんだけど……。

 

「正直、推理学とかは苦手分野なんだよなぁ。ノックスの十戒とか、ヴァン・ダインの二十則とか?」

「それは推理小説における守るべき鉄則。中国人を出してはいけないとか笑っちゃうけどね。たしか超能力者って意味合いだったわねえ。まあ、アタシたちの相手はエスパーじゃないただの猫だけど。……キンジはなにかないの?」

「こっちもお手上げだ。そういうアリアはどうなんだ。調べたがお前って強襲科のSランク武偵らしいじゃないか」

「そうなん!? は~っ、アリアさんってすげーんだなぁ」

 

 俺のようなSランク(笑)じゃなくて正真正銘の凄腕様ってわけだ。

 アリアさんはキンジのSランクという言葉に気を良くしたのか、少し口元を緩めていた。

 

「うんうん調べることはいいことねっ! でも推理はニガテなのよねえ。直感はともかく推理が遺伝してないのか、さっぱりだわ」

 

 出来そうな雰囲気だったのだが、世の中そんなに甘くない。

 キンジが青海周辺の地図を見ながら、

 

「つまり全員そっち方面は厳しいわけだ。仕方ないから、まずは――っとそういや時計がなかったな……」

「あれキンジ、いつもの腕時計は?」

「ちょっと修理中だ。まあ携帯で確認できるからいいが……最初は二時間ほどバラバラで探そう。通行人に聞き込みをしつつな」

 

 と提案した。時刻は午後の二時。

 最近は日も高くなってきたから、六時――つまり四時間の時間的余裕がある。

 前半は各地で探し、後半は情報を元に集中して探すということだろう。

 特に異論はなかった。

 

「オッケー。そういや猫って日当たりが良い場所を好むし、警戒心が強いから人通りが少ない場所を中心に探すといいかも。たまに猫関連のサイトを見るとそういう場所の写真が多いしな」 

「なるほどねえ、それじゃまずはその方向でいってみようかしら」

「あ、そういやアリアさんの携帯の番号知らないんだけど」

「あら、そうだったかしら? なら赤外線通信で送るわ」

 

 イエスっ! 必要だから当たり前とはいえ、女子から携帯番号とかを聞くのはなかなかハードルが高い。

 心でガッツポーズしつつ、顔は平静を装う。がっつく男はモテないからなっ。

 そしてお互いの探す区画を決めることにした。

 キンジは外周から反時計まわり、アリアさんは時計まわり、俺は中央部から捜索。

 最高の出だしに気分を上向きにしながら俺は中心部へと足を向けた。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 歩き始めて一時間。

 地方にいけばまだ肌寒い春。でも昼間になれば事情は変わってくる。

 大都会特有の百万を超える人口集中、車や機械の排熱、お天道様まで支援射撃をかませばぶっちゃけ暑い。

 歩いているからなおのこと。日差しから逃れるついでに路地裏を覗く。

 猫が四匹、丸まっていた。ぺろぺろと毛づくろいをしている。

 カメラを構えて……視点を低く、猫の目線で……十分明るいからフラッシュは無し。パシャリ。

 題名は『ニャンコの井戸端会議』とでもしようか。

 こういう写真は女子受けがいいのでたまに販売していたりする。

 あと鑑識科の人に写真を提供して欲しいと頼まれていたりもする。証拠写真の参考とか意味が判らんが、まあ可愛いは正義。写真を求められたら撮るのがカメラマンの仕事だろう。戦場カメラマンは考えてないが、中東の言葉だけでも勉強してみようかな……?

 ニャゥ、にゅっ、ふ~み? 

 さすがに気付いたのか猫たちがこちらに近づいてきた。

 シャッター音が気になったのか、小さな猫耳をクリックリッと小刻みに動かしつつやってくる。

 

「ミ―ミちゃ~ん、いませんかー。ほーらチッチッチッ」

 

 舌を鳴らして更に近づける。昔から動物には割と警戒されない。ギャグみたいに懐かれることもないが。

 でも今日は少しだけおかしい。

 すんすん、ぺろぺろ、トンッ!

 指先に鼻を近づけ舐めたあと、腰をおろしていた俺の腕を伝い、一匹の猫が登ってくる。

 首元の匂いを嗅いだあとは、ふにゃあ~といいながらズルズル落ちていった。

 ……おーい毛がくっつくからへばり付くなよー。

 とはいえ猫は好きなのでされるがまま。

 うーんモテてるな。でもこういうモテはいらんのだが……。

 ひっつかれつつ、毛色を確認するが全部外れだった。

 

「う~ん、生後一年にも満たない幼猫だから、体格的に外れだとは思っていたけどなかなかいないなぁ」

 

 そんなとき、後ろで誰かが立ち止る気配がした。

 

「ガッハッハッハァッ! そんな猫まみれになって一体どうしたのかな大石少年よ!」

 

 振り抜くと、白髪にカイゼル髭という非常にインパクトのある男性がいた。腕を組んで喜色満面だ。

 一度見たら忘れなさそうなその人の名は、

 

「警視総監さん?」

「うむいかにも! 青島大五郎であーる!」

 

 数ヶ月前の『横浜裏カジノ事件』でお世話になった警視総監――青島大五郎(あおしま だいごろう)さんだった。

 

 

 

 

 

 青島大五郎――各都道府県が実施している採用試験に合格して警官となった。高卒のノンキャリアで生粋の生え抜き警官。

 『現場を知らない奴に現場を語る資格無し!』と豪語してヤクザの抗争だろうが、犯罪組織の真っただ中だろうが鉄砲玉のように突っ込む。

 そんな暴走列車も跳ね飛ばしそうな戦い方に、子連れ狼の大五郎から『狼要らずの大五郎』と恐れられている。

 国家公務員Ⅰ種試験から幹部候補生となったエリート、キャリア組と違い、本来ノンキャリアでは警視総監から二階級下の警視長が限界だ。

 だが凶悪化、組織化する犯罪者たち、武装探偵や武装検事の躍進などに危機感を抱いた警察組織はキャリアとノンキャリアの壁を撤廃。

 先に警視総監となっていた青島氏の新人時代からの盟友であり、喧嘩友達でもあり、警察組織の体質を抜本的に直そうとしていたキャリア組の筆頭、室伏正道(むろふし せいどう)氏の活躍もあって日本初のノンキャリア警視総監となったのだった――

 

「とまあ言うわけで俺とムロっさんは正義の警察官として悪しきシステムを見事、逮捕終身刑のムショ送りにしたってぇわけだ」

「長いっ! 話が非常に長いですよ青島さん! しかも以前出会ったときも同じことを仰ってますし!」

「おっとそうだったかな? まあ若いモンはもっと豪快に青春を送ろうや! 爺の戯言を聞き流すくらいな! ガハハハ!」

「痛いッ、痛いとッ、痛いからァ!? バシバシ背中叩かないで! ミシッって、背骨がミシっていっちゃってるからッ!!」

「ガーッハッハッハァッ!」

 

 レインボーブリッジでも封鎖しそうな名字だが、実際はそれ以上に突き抜けた人だ。

 豪快が服を着て歩いているような御仁で、いまも二m近くはあろう偉丈夫から繰りだす張り手が俺を襲っている。

 つか、マジで痛いからやめてくれッ。猫ちゃんたちはデカ声にビックリして逃げていってるけど、ついでに俺も助けてくれよ! 

 これが世に言う猫の手も借りたいというやつなのだろうか? いや違うのは判ってるけどさ!

 なんとか剛腕から逃げおおせた俺は、改めて青島さんと向きあう。

 

「いつつつつつ、腰が折れるかと思いましたよ」

「鍛錬が足らんなぁ! どうだ、警察学校に入るなら俺が直々に鍛えてやるぞ?」

「男臭そうな場所は断固拒否します!」

 

 自衛隊の新兵教育とは言わないまでも、警察学校も男男の男祭。それなら男女比率がほぼ拮抗している武偵高の方が遥かにマシだ。

 というか青島さんの出で立ちは着物に下駄という、なんというか前時代的で風変わりな格好だった。

 

「そもそも警察の超VIPがなんで平日の青海に来てるんですか。思いっきり私服ですし」

「あぁ、そーいやー言ってらんかったか。定年だよ、定年。ちっと早いがな」

「え、青島さんって六○歳超えてたんですか!?」

 

 曖昧だが公務員法だと六二歳前後が定年退職だったはず。

 でも青島さんは白髪とはいえ、シワも少なく、着物の上からでも筋肉が盛り上がっているのが判る。

 豪快なモノ言いと同じく、元気溌剌(げんきはつらつ)、気力十分といった風だ。とても六○台には見えない。

 

「ガッハッハァッ! そりゃ五一歳だから若いそうに見えるのは当然だろう!」

「なるほどそれなら納得。あれ、でも警察の警視総監って五○半ばを越さないとなれないって聞いたことがあったような」

「俺んときぁ時の運が味方したのよ。ちょうど事件で中東マフィアの首領(ドン)を捕まえたときだったし、ムロっさんの口添えもあった。頼りになる部下や背中を預け合った同僚たちのエールもな」

「じゃあなんで――」

 

 背中をぶったたいたり、若干人の話を聞かないところはあるが、この人がとても凄い人だというのは判る。

 一本の野草が成長し続けて、警察界全体を覆う大樹となった生きた伝説のような人。

 でも俺の疑問の声に青島さんは少し肩を落として寂しそうな顔をする。

 

「……黒革の高級ソファーは俺の背中にゃあ柔過ぎなんでな。パイプ椅子に雑多なデスク。固くて暗いパトカーの座席。あとはアンパンと牛乳でもありゃそんでいい。警察道は現場百回、突撃千回がモットーでな。だから思うところもあって警察人生は定年したってぇわけだ」

「そうだったんですか……」

「そうショボけた顔すんなって! お前さんにゃ感謝してんだよ。ツマラン書類にぺたぺた判子の流れ作業。あとはお偉いさんとの御相談。ムロっさんは歳もあって引退しちまってたしな。警視総監の部屋が牢獄に見えてしかたねえ。腐ってオフ日に横浜をぶらついてたらお前さんに出会ったわけだ」

「もしかしてカジノの?」

「おう、爽快で痛快だったぜぇ! 警棒片手に悪漢どもをなぎ倒すのはよ。しかも捕まってたのがウチの娘の親友と来たもんだ。裏カジノの被疑者(マルヒ)が娘の親父だっつーんだから、なァ?」

「まあ、俺は隅っこで逃げ回ってただけですけどねぇ」

 

 正確には追っかけてきた奴が転んで気絶しただけだが。でも実はマフィアの幹部で弱そうな俺を人質に窮地を脱しようとしていたらしい。

 ぶるぶる……下手すりゃ逃走中に殺されてたんじゃないか俺?

 今思うと築三○年の風雨に晒されたボロボロの吊り橋をダンスしながら渡るくらい危なっかしい。

 ボヤいた俺に青島さんはガハハと喉ちんこが見えるほどの大口で笑った。

 

「若モンが謙遜するんじゃないぞォ!」

「いや幸運とか偶然とかそんなもんで」

「男なら堂々と胸を張って『全て俺の計画通りだ!』って宣言するくらいでもいいんだぞォ。運も実力の内。時の運は俺も恵まれた! とゆーわけでお前さんは実力者! 娘もどんなゾクよりシビれてハクいぞーって言うてたしなぁ!」

霧雨(きりめ)さん? そういえば娘っていう割には年齢が離れてますね」

 

 青島霧雨は目の前の青島さんの娘。

 霧雨さんは……なんというか一言で言うとスケ番なんだよなぁ。初めて見たときには目を疑ったものだ。

 普段着が長袖、長スカートに赤いスカーフのセーラー服。腰にはチェーンとヨーヨーまで装備という絶滅危惧種的な出で立ち。

 ボサボサの長い黒髪は狼を連想させる。

 警察官の娘がこれでいいのかと疑問に思うが。

 

「ああ……アイツぁ殉職した部下の一人娘さ。つまり義理の娘ってーやつだな。俺には妻もおらんし、家で一人ぼっちにしちまうことが多かったからちょっとヤンチャに育っちまった」

「す、すいません! 無神経なことを言っちゃって……」

 

 頭を下げて謝ったのだが、青島さんは特に気にした風はなかった。逆にしんみりしそうな空気を笑顔で吹き飛ばした。

 

「ガッハッハァッ! いいってことよ。まーなんだ? そんなチェーンをじゃらじゃらしてる女なんて誰も近づかねえ。孤立気味なヤンチャ娘の唯一の理解者が親友の日向(ひなた)ちゃんなわけだ。もしお前さんが見つけなかったら、日向ちゃんは暗い泥沼人生を送り……親友を失った娘を前に、俺は一生自分を許せなくなるところだった。だからこそ、今は空港の警備員をしているんだからな」

「警備員?」

「ああ、空港にゃ警察の警備隊もいるが、空港側の警備力強化のために羽田の総括警備部長ってぇのをやってる。マフィアのクソ虫どもの半分は空の玄関口から堂々とやってきやがる。これでも俺ァ一度見たホシは絶対忘れない。日向ちゃんと娘のためにも全力で止める。これから羽田空港の入国ゲートは犯罪者どもにとっては刑務所のゲートとおんなじってぇわけだ! ガッハッハァッ!!」

「それで警視総監を辞めて空港の職員になったってわけですか」

「平たくいえばな! 信頼できる部下に後釜は任せたし、突撃しか能がねぇ男にゃ犯罪の最前線である空港勤務の方が性に合ってんだ。ま、感謝してんだぜ大石少年。いろんな意味であの事件は良い転機になった」

「青島さん……」

 

 青島さんはニカッと白い歯を見せて、俺の右肩に手をかける。

 俺よりも遥かに大きい……父親と子供くらい差のあるごつごつした幅の広い、年季のある掌だった。

 

「世界を見下ろす神様ってーのは警察が呆れて拳銃(ナンブ)でぶっ放したいほどエコ贔屓(ひいき)が大好きなんだよなぁ。大石少年よぉ、偶然とか幸運とか言うけどな、幸運の女神がほほ笑むってぇのはそれだけお前さんが愛されているってぇわけだ。偶々ってのが気にくわないのは判る。俺だって偶然ぶっぱしたタマが的確に逃走車のタイヤを貫いちまったうえに、超幸運にも他の車輌と衝突することもなく停止したとき、俺ァ度肝を抜かされた」

「そう、なんですか?」

「応よ! だから、あー、なんての? ウチの生意気な娘なんか、昔は将来は親父を超えるサツになるとかほざいてたクセに、こないだ武偵もいいかも、とか言いやがった。拳握って殴り合い(はなしあい)したぜ、まったく! まずはテメーのおツムの弱さを直せってんだ」

「ははは……殴り合いは話し合いじゃないですよ」

「ウチ流のジャレ合いだ。まあだから大石少年よぉ、ツッパリ娘も、ソイツの親友も、親父さんも…………感謝してんだ。俺もな。偶然道の真ん中で転んでいた奴を拾い上げたのに、感謝の言葉を阻む理由はねぇ。そいつぁ相手の好意をドブに捨てる最低な態度だ。これぁ個人的なお願いだが……アイツらの言葉だけでも、ちゃんと拾って(・・・)やってくれや。感謝の言葉にゃ笑顔で返すのが出来る男の器量ってもんだぜ?」

 

 右手でグッとサムズアップした青島さん。

 俺の浮かない顔の意味を見抜いていたのかもしれない。

 当然だ……様々な人の表情、感情と接することが多い警察官。そのトップだった男が青二才な俺の内心など、子供の嘘を暴くように簡単だったのだろう。

 ……キンジたちを軽く見ているわけじゃないんだけど、肉体的にも精神的(・・・)にも年長者の言葉はとても重くまっすぐ心に浸透した。俺の心が少しだけ、軽くなった気がした。

 

「そう、っすね。ありがとうございます青島さん。こんな顔をしていたら霧雨さんや小春ちゃんに甲斐性無しって言われかねないですよね」

「ガッハッハッハァッ! 良~い面構えになったじゃねえか! でもウチのノータリン娘にゃちゃん付けで十分だぞ。バイクに乗って江の島の不良軍団をシメるんだ、とかアホなこと抜かすくれーだしな。乱闘騒ぎはやめろっての」

「あはは……さん付けしろって言われたんで。女子のお願いは出来るだけ聞くのがモットーですし」

「う~~~ん、ならたまに男の頼みも聞いてくれんかね?」

 

 元々湿っぽいのが嫌いな人だ。なにかあったらガハハと笑って済ます人だけど、ちょっと流れが変わったような……。

 

「頼み? 青島さんの頼みなら出来るだけ聞きたいですけど……内容が気になるんですが」

「おーっし! じゃあ配役は決まってっからよろしくな!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 配役ってなんのですか!?」

「あん? そりゃーおめぇ、配役っつったら映画に決まってんじゃあねぇか」

「映画!?」

 

 待った待った!? どうしてそこで映画が出てくる!?

 これでアイドルの撮影会って言うなら即断するけど撮られる側は駄目だ。そういう舞台で演技スキルがないとかじゃない。

 単純に前へ出るのが苦手な性分なんだ。役者とか顔が引きつるぞ。

 なんとか止めるためにまずは事情を聞くことにした。

 

「青島さんは空港の警備員なんですよね? 撮影とか縁遠いじゃないですか」

 

 当然の疑問をぶつけると青島さんは鼻を擦りながら口の端を上げた。

 

「ガッハッハァッ! 実はなぁ~俺の若手時代を元にしたドラマが放送決定したんだよ!」

「ほ、放送ってマジですか?」

「マジもマジ、大マジよぉっ! 『逮捕一直線! 熱血刑事闘争録』ってドラマだから暇なら見てくれよ。割と忠実に再現してあるからな!」

「再現ってもう収録してるのか……いやそれより配役って、もしかしてドラマに!?」

「いんや、さすがにそりゃあ止められた。警察人気を狙ってるタヌキどもの声がうるさくてなぁ、商売敵の武偵はストップだとよ。……でもちょっとした条件をプロデューサーが提示してきたのよ」

「もう突飛過ぎてこんがらがってきたんですけど……」

「いいじゃねえか。でだ、ドラマは警察の威信も掛かってるってんで二四話構成で丁寧に作られる。んで、視聴率が一度でも二○%を超えたら劇場版を一本。五回超えたら二本予定してんだ」

 

 ああ、うんここまで言われたら、さすがに判る。

 

「劇場版に出ろって?」

「おう! まあハショ役だから大丈夫だろう。一作目はストーリー上無理。出てもらうのは二作目だ。特別編ってぇことで俺も出演するんだぜ!」

「あー、それならまだ……いいのかなぁ?」

 

 エキストラ役ってことか。

 まあ武偵は何でも屋だから指定依頼されたら受けなくちゃいけない場合も多いし、何事も経験か。

 正直、めっちゃめちゃ苦手ではあるが。

 

「二作目の台本は出来てんだ。題して『横浜中華街を封鎖せよ! ~蠢く世界の闇に立ち向かう、ベテラン刑事と新星武偵の十字砲火(クロスファイア)~』ってなぁ!!」

「封鎖に青島ってなんて喧嘩売るタイトル……ん?」

 

 待てや、横浜中華街に武偵って。

 

「……つかぬことをお聞きしますが、その武偵って――」

「ガハハァッ! そりゃあ俺とお前さんに決まってんじゃねえか!」

「決まってんじゃねえか、じゃないっすよ!? どこからどう見ても主役の片棒担いでんじゃないですかっ」

「大丈夫大丈夫! ちげぇのは、セリフと登場とダメ出しの回数だけだ」

「いらねー! 最後は特にいらねー!」

 

 大根役者に主役とか、そもそも俳優でもない奴に頼まないでくれっ!

 人の話を聞かない青島さんとなんとか説得しようとしていたら、特徴的なアニメ声が俺の耳に届いた。

 

「ちょっとケイ、ちゃんと待ち合わせ場所に居なさい! もう四時になってるわよ!」

「アリアさん、とキンジか。悪いっちょっと話しこんでてさ」

「ケイー、協力をお願いしたとはいえ道草喰うのはやめてくれ」

「うぅ……すまん」

 

 気付くと時計の針は四時一○分をさし示していた。

 青島さんに呼びとめられていたとはいえ、これは完全に俺が悪い。

 アリアさんとキンジに謝っているともう一人の御仁が大声でキンジを呼んだ。

 

「お~う! オメエはカジノんときに居た遠山少年だなぁ! なんだ依頼でもやってんのかい」

「青島警視総監!? なんでこんなところに……」

「あによキンジ。この白髪巨人と知り合いなの?」

「アリアお前な……この人は青島大五郎、警察組織のトップ、つまり大ボスだ。数ヶ月前に横浜裏カジノ事件で話す機会があったんだ」

「ふ~ん」

 

 警視総監を白髪巨人呼ばわりとかある意味大物だなアリアさんは……。

 仕事モードらしく、携帯と数枚の紙を取り出してシャシャシャとなにやら書きこんでいる。

 たぶん目撃情報や聞き込み調査をまとめているのだろう。

 

「ガッハッハァッ! こりゃまた面白いメンツだなぁ。んでなんの依頼やってんのかオジサンにも教えてくんねえか?」

「武偵は関係者以外の者に軽々しく情報は提示してはいけない――――ってアタシの携帯とらないでよ!」

 

 頭上から携帯をさりげなく抜き去っていく青島さん。元警官なのになんかスリっぽいぞ。

 アリアさんがぴょんぴょん跳ねながら取り返そうとするも、相手の身長は二m近く。届くわけがない。

 痺れを切らしてのか彼女が、よじ登ってやっとのことで携帯を取り返したときに彼は言った。

 

「この猫なら南のテトラポット付近に居たぞ」

「え、本当ですか!?」

「おう! いったろ一度見たホシは忘れないってな! 耳とか足先がこげ茶色で珍しかったからよく覚えてる。ちんまかったしまだ付近にいるはずだぞ」

「ありがとうございます! さっそく行ってみます!」

「おうおう! 頑張れよ少年少女よ! あと大石少年、映画は決定したら部下を寄こして強制連行するから覚えとけよ!」

「――ってなにさらっと恐ろしいこといってんですか!?」

 

 青島さんが背を向ける。手をひらひらしながら、

 

「ガーッハッハァッ! 逃走したら元警視総監の権力を使って陸海空の総力を使って追跡するからそのつもりでな! とりあえずこれは依頼料の前払いだ!」

「国家権力乱用してんじゃねえ!?」

 

 ポーンッとなにやら四角形の箱を放り投げたのでなんとかキャッチする。

 青島さんはそのままカランコロンと下駄を鳴らしながら足早に去っていった。

 嵐の過ぎ去ったように一気に静かになる。

 あとに残ったのは今日集まっていた俺たち三人。

 

「結局、なにがしたかったのよあの失礼なカイゼル髭は!」

「さ、さあ……」

「いろいろ終わった気がする」

 

 良い話で終わりそうだったのに、なんでこうなんたんだチクショウ……。

 キンジたちの質問には適当に返して、とりあえず目的地へと向かったのだった。

 あとで箱の中身をみると一個、百万円するらしい超高級な武偵弾(試作品で割安だとメモにはあったが)が五発も入っていて腰を抜かす羽目になったのを記しておこう。

 

 

 

 

 

 猫は意外と早くに見つかった。

 テトラポット――正式名称は消波ブロック。海岸とかに行けばゴロゴロ置いてある。

 昔あの上で釣りをしたこともあるけど、落っこちると怖いんだよなぁ。

 それはさておき、

 ナァ……ナァ……?

 俺の両手にスッポリと収まる小さな子猫。

 少し泥が付いて弱々しく鳴いている。体温も気持ち低かった。

 ただ学園島のすぐ近くにある青海は武偵たちの姿をよく見かける。

 午後の四時を過ぎているから、学校帰りに散歩や買い物をする者も多い。

 運よく通りがかった武偵高の救護科一年生。しかもタイムリーに獣医学専攻という、宗宮(そうみや)つぐみさんにさっそく診てもらった。

 三つ編み眼鏡少女の宗宮さん曰く、

 

「この子はちょっとお腹がペコペコなだけです。なので暖かいミルクと安心できる寝床さえあれば、すぐ復調しますよ」

 

 とのことだった。

 宗宮さんに御礼を言ったあと依頼者である早水(はやみ)さん宅へ向かう。

 

 青海の一角にある賃貸マンション。依頼を請け負ったキンジが代表としてインターホンを押す。

 ぴんぽ~ん!

 中から「は~い!」という女性の返事とともにトタトタと足音が二つ近づいてくるのが判る。

 扉を開けて出てきたのは小学生らしい少女とその母親。

 クリっとした双眼がキンジ、アリアと向き、最後に俺の肩によじ登っていた白猫のミミミに目が向けられる。

 すると可憐な蕾はパッと花を咲かせた。

 

「ミ―ミ! ミ―ミだ! ママ、ミ―ミがかえってきた!」

「あらあら、武偵さん、こんな早く見つけてくださってありがとうございます」

「いえミミミちゃんが見つかってよかったです。少し衰弱していますが、暖かいミルクを飲ませて休ませればすぐ元気になるはずです」

 

 長い黒髪を揺らして頭を下げる母親。

 少女は数日ぶりに再開した家族を前に喜びを隠すこともせず、顔をほころばせながら猫を優しく抱きしめていた。

 やっぱり女の子は笑顔が一番だな。奥さんも美人さんだし、それだけで疲れが吹き飛ぶってもんだ。

 

(かなで)、お兄さんとお姉さんにちゃんと御礼を言いなさいね?」

「うん♪ おにーさん、おねーさん、ミ―ミを見つけてくれてありがとうございました!」

「当然のことをしたまでよ」

「ああ」

「女の子の笑顔だけでおーるおっけーってな」

「あの……ちょっとしゃがんでー?」

 

 ん、なんだ?

 良く判らないけど女の子のお願いだししゃがんでみると、

 チュッチュッチュッ!

 ミルクの香りがふわりと鼻腔に届き、頬に軽く押しつける感触。

 キンジ、アリア、俺の順番でほっぺたにキスされたようだ。

 おぉ……ちょっとびっくりした。しかし純粋な笑顔を向けられて微笑ましさしか湧かない。それ以外の感情が湧いた場合は洩れなく紳士という名の変態になるだろう。

 女の子ははにかんだように笑いながら、

 

「えへへ、ママがパパにおれーするときいつもやってたの! だからおれー!」

「奏! す、すいませんちょっとおませな子で……」

「いいんじゃないかしら? 将来有望そうなレディーね♪」

「うんうん御礼がキスとか素敵だと思うぜ!」

 

 アリアさんはよしよしと女の子の頭を撫でていた。

 今も幸せそうな笑顔で猫を抱きしめている。

 こういう笑顔を見れるなら、武偵の仕事もちょっといいのかもしれない。あくまでこういう平和的なものだけなら、だが。

 ちなみにキンジは硬直していた。初心だなぁお前…………。

 

 

 

 

 

 夕焼け空のもと、のんびりと帰る俺、アリア、キンジの三人組。

 アリアは途中で買ったももまんというにくまんの仲間っぽい食べ物を頬張りながらキンジに対しダメ出しをしていた。

 

「いいキンジ? 今日のアンタはダメダメよ。猫探しも結果的には助かったけど推理力が足りないわ。あのときのアンタはもう少し冴えていたはずなのに……」

「んなこといっても、あれは特別というか」

「特別? なにか条件があるの?」

「そーいやーキンジってたまーにおかしくなるときがあるよなぁ」

「ばッ、それ言うなよケイっ」

「ケイそれホント? こらキンジ、ドレイならご主人さまに隠し事をしちゃダメじゃない! キリキリ吐きなさいっ」

「だーーーっ、とにかくダメなものはダメだっての!」

「もう駅に着いたんだからあんまり騒がない方がいいぞー」

 

 キンジとアリアさんは喧嘩しつつ、切符を買うという器用な真似をしながら改札へと向かう。

 キンジが通る。

 ぴっ

 ついでアリアさん。

 ぴっ

 最後尾に俺も通ろうとすると、

 

「そこの君、ちょっと待ちなさい」

「え?」

 

 駅員さんに呼び止められた。

 しかめっ面の駅員さんはちょいちょいと足もとを指さす。

 にゃあ、にあ、なァ~?

 わらわらと数匹の猫が俺を真っすぐ見つめていた。

 すごいなー、カルガモの親子みたいだー。猫が俺の後ろで列をなしていた。

 ……あぁはい、判ってます。そんな冷たい目で見ないでください。男にそんな目で見られても悲しいだけなんで。

 駅員さんの視線に冷気が伴い始めたので弁解してみる。

 

「なんかこの子たちに好かれちゃってて……」

「ペットであろうとなかろうと動物を連れて乗車する場合はケージに入れてください。それに野良なら尚のこと匂いなどで周囲が不快な思いをするでしょう。他のお客様の御迷惑になりますので極力……」

「やっぱダメっすか?」

「ダメです」

「ですよねー」

 

 途中からおかしいなとは思ってたんだ。

 歩いていると猫が妙にこちらを見ていたり、近寄ったりでたまに頭を撫でたりしながら帰っていたんだ。

 そうしたら何匹かくっついてきて……。

 アリアさんはあきれたような目でこちらを見ていた。

 

「ケイのそれは自業自得でしょ。まったく気が利くけど、それはねぇ」

「いやなんのことかさっぱりですけど!」

「とにかく男子寮まで、そこまで遠くないんだから歩いて帰りなさいっ! いくわよキンジ!」

「あ、おいアリア! すまんケイっ、とりあえず先行ってるわ!」

 

 あっさりと言ってしまった。

 猫さんを追い払えばいいのだが、上目使いのつぶらな瞳を追いはらうのは……非常に難しい。

 し、仕方ない。陸路でもそう遠くないし……うん、節約節約。

 結局、キンジたちと別れて家路を目指す羽目になった。

 

 

 

 

 

 歩いて十分。

 RPGの勇者よろしくメンバー、俺猫猫猫猫猫猫猫という非常に偏ったパーティを形成しながら青海ダンジョンを進んでいるとベルの音が鳴り響いた。

 カランカランカラン!

 「六等ティッシュで~す!」「うむティッシュありがとう」「いやそこは悔しがりなさいよ」などと女の子たちの声が聞こえてきた。

 どうも福引をやっているようだ。はっぴを着た女性がティッシュを取り出していた。

 私服のおそらく女子高生だろう二人組はキャッキャッしながら去っていく。

 ライトまで出して精を出しているようだけどそろそろ暗くなっているし終わりだろう。

 買い物をしたわけでもないし、通り過ぎようとしたのだが、

 

「ちょっとそこのおにーさんっ! 福引やっていかない?」

 

 呼び止められた。

 周囲は人通りも少なくなっており、女性ばかりで男は俺しかいない。

 明るい笑顔の女性がまっすぐこちらを見ているし。

 

「……俺?」

「そうそう! もう時間なんだけど、ちょーっと福引をやってくれる人がいなくて……六等しか出ていないの。あんまりひどい結果だと近所のおば……主婦の人もうるさくて……お願いっ!」

「いやそう言われても。福引って近所で、買い物したときにチケット貰うものなんじゃないか?」

「それならダイジョーブ! ここに携帯のストラップを売っているから! もう一品しか商品ないけど、三百円で売っちゃう♪ ……ねぇお願いっ買って?」

 

 こ、これは! 女性が下から覗きこむように見ている! だが重要なのは両手で抱え込むようにした胸!

 推定Fカップの巨大な双子山が盛り上がって…………非常に眼福です。肌色の悪魔はその存在感を遺憾なく発揮し、頭がくらくらしてしまう。

 谷間が……やばいレベルに達している。いたずらっ子の表情は明らかに狙ってやっている。

 だが、しかし、

 

「買った!」

「はい、毎度あり~♪」

 

 断ることなど出来なかった。あぁ、意思が弱いと罵りたければ罵ればいい!

 良く判らんミニ水晶玉を手渡されたがどうでもいい。今日は、とてもよい一日でした。

 満足して帰ろうとしたら、

 

「ちょ、ちょっと福引を忘れてるよおにーさんっ!」

 

 お姉さんに呼び止められて福引をやることとなった。

 福引はあのぐるぐる回して玉を出すオーソドックスなタイプ。

 一等から六等まである。だけど期待はしてない。

 この手のくじ引きでティッシュ以外を引いたことがなかったからだ。

 福引の景品=鼻をかむか夜のお供くらいしか思っていない。

 適当に回してコツンと出てきた球の色は――――銀色だった。え、銀?

 カランカランカラン!

 

「お、大当たり~~~! 本日初めての二等賞だぁぁぁぁ!!」

「に、二等? 本当に?」

「はい♪ はぁ、よかったぁ、これなら近所のBBA……じゃなくて叔母様方の愚痴を聞かなくて済みますっ。景品はお一人様民宿二泊三日の旅。海辺の老舗でウニやタイなど高級な魚介類が自慢のお店ですよ!」

「お、おォォォォすげえ! 今日は本当にいい日だなぁ! ……あれ、でも一人なんだ?」

 

 こういうのって二人組とかが定番だと思ったんだけど。

 俺の呟きをどう解釈したのかお姉さんがむにゅぅと豊満なは胸を押し上げながら悩み始める。

 

「う~ん済みません、資金の問題で一人なんですよぉ。でも、そうですよねぇ……おにーさんだけだと恋人さんを連れていけませんよねぇ。でも二等賞は一つしかないし……」

「いや、俺は、そのー」

 

 恋人いない歴=年齢なんすけど……でもハッキリいうのも辛い。

 お姉さんはどう勘違いしたのかさらにヒートアップしていく。

 

「判ってます! 判ってますよぉ~~。おにーさんはモテモテなんでしょう。お姉さんの勘は良く当たりますから! …………よし、わっかりました。三等の遊園地のペアフリーチケットもプレゼントしちゃいましょう! 旅行券にチケットどっちとも持ってけ泥棒っ! どーせもう福引は終わりですし」

「ちょ、そんなダメなんじゃ――」

「大丈夫ですよ! これ期限が来週までなんで。しかもこの遊園地、来週にはレディースデイと称してイベントがあるらいんですよ! 可愛い子もいーっぱいきますしアイドルがイベントのために来園するそうですよ。ここはひとつ彼女さんを楽しませてください!」

 

 ……なぬ。可愛い子? しかもたくさん。さらにアイドルとな!

 そう言われたら男としては、そりゃ。

 

「是非頂きます!」

「はい、どうぞ~♪」

 

 いやー、情けは人のためならずって言うけど、こんな早くに良いことが自分に巡ってくるなんてなぁ。勘違いされちゃったけど、こういうパターンならぜひ来てほしい。

 二枚のチケットをいただき俺はホクホク顔で寮へと帰っていった――

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 ケイと別れたアリアとキンジは電車に揺られながら寮の最寄り駅へと向かっていた。

 キンジは先ほどのアリアの態度に疑問を抱いていた。

 

「おいアリア、さっきはなんでケイを置いていったんだ。少しくらい待ってもよかったんじゃないか?」

「キンジ、アンタはアイツの匂いに気付かなかったの? 結構判り易かったのに」

「匂いって……なんのことだよ」

「あっきれた! あのハーブに近い特徴的な匂い。間違いなくイヌハッカの匂いよ。あんなの付けてちゃ猫の一○や二○、ひっつくに決まってるじゃない」

「イヌハッカ……?」

 

 首を傾げる。

 あまり聞き覚えの無い単語だったからだ。

 アリアは相方の鈍さに嘆息しつつ、説明し始めた。

 

「イヌハッカというのはシソ科ネペタ属の多年草よ。ハーブの一種で英名ではキャットニップ――『猫が噛む草』という意味を持つ。この草にはネペタラクトンという物質があって猫を興奮させる作用があるの」

「おい……それってまさか」

「平たく言えばマタタビとおんなじ。しかもかなり強い香りがしたから成分を凝縮させてるんでしょうね。犬に比べて鼻が利かないはずの猫が列をなすくらいなんだから」

 

 マタタビと同様の効果を持つイヌハッカ。

 しかしマタタビに比べると知名度が低く、知らない者も少なくない。

 アリアはふぅと息を吐く。

 

「……ちょっとだけケイを見直したわ。すっとぼけるのは正直気にいらないけど、自分なりに最善を尽くそうとした結果なんでしょうね」

 

 アリアは相手に対し、自分と同じ実力を求める傾向にある。

 大石啓は自分には釣り合わない。彼女が信じる直感は彼を否定しているからだ。

 しかしさり気なく依頼の効率を上げるための努力をしようとしたのは評価できる。

 対してキンジは頭を掻きながら項垂れた。

 

「俺の行動は見抜かれてたってわけか……」

 

 イヌハッカなど特殊なハーブを朝に学校で話して、昼過ぎに調達できるわけがない。

 つまりキンジが自分に猫探しの依頼を協力して欲しいと申し出ると数日前には見抜いていたのだろう。

 友との力の差を感じ、浅はかな作戦で協力させようとした己に情けない気持ちが湧きおこる。

 だがアリアは毅然とした態度でそれを否定した。

 

「ホント、今のキンジはバカキンジなのね! それは勘違いも甚だしいわ!」

「勘違いだって?」

「そうよ。アタシはアンタたちと違って付き合いは短いけど……ケイは何故、アンタが依頼することを判ってて承諾したの? なぜ最善を尽くそうと努力したの? 前者は前もって構えていれば用事があるとでも言えたでしょう、後者ならやる気がないんだからする必要もない」

「……確かに。じゃあ俺たちの依頼を承諾したのは――」

「意識的か無意識かは判らないけど……脈はあるっていうことじゃないの?」

「そう、か…………そうか」

 

 電車に揺られながら少年と少女は学園島へと向かう。

 少年が胸に抱くのは希望。

 少女が胸に抱えるは切望。

 互いの願う目的は未だ合わされない。

 夕焼け空の向こう側には暗い海へと沈む太陽の姿があった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江東区青海某所。

 周囲は闇に包まれて、人通りも一気に減っていく。

 都会に蠢く悪意の塊。

 その一部はそこにいた。

 それはケイが先ほど出会った福引の女性――そして女子高生の二人。

 彼女たちはおもむろに顔を掴むと、

 ベリベリィ!!

 皮をはぐようにして表れた少女たちの真の顔。

 金髪と豊満な胸、そしてにんまりと笑みを浮かべる少女。

 

「くふふ♪ 第一段階せーいこーう!」

 

 長い黒髪に能面を張り付けたような少女。

 

「ホント、大石啓の側には近寄りたくないけど……大丈夫かしらね?」

 

 そしてウェーブかかった銀髪に騎士然とした少女。

 

「アレが件の大石啓か。所詮は騙すことしか能のない一族。この世の策全てを行使する私の敵ではない」

 

 銀髪の少女がそう論じると金髪の少女――理子は人差し指を振りながら否定する。

 

「ノンノン♪ ジャンヌちゃん、それはダメダメだぞー。私たちの計画で一番の不確定要素は排除するって決めたじゃん」

「無論判っている。だがそこまで脅威なのか? あの程度の変装すら見破れない輩、勇敢な騎兵に赤子を恐れよと言うようなものだ」

「それがアウトなんだよー。脅威の有無だけじゃないの。ケーくんはジャンヌのターゲットから学校で二番目に信頼されてるしぃー、夾竹桃のターゲットの親友はケーくんを尊敬しちゃってる。ウチのターゲットに至っては一緒に依頼をこなしちゃってるんだよ? 理子は正体を見破られてるしぃ犯罪者の娘を裁けないからといって、放置するわけにはいかないの。今だって疑われないよう、細心の注意を払ってるんだから」

 

 峰・理子・リュパン四世――リュパン一族の末姫である理子は下手な事件を起こせばケイから疑いの目を向けられることは判っていた。

 だからこそ細心の注意を払い、半年以上に渡って監視し続けていたのだ。

 理子の意見に夾竹桃も同乗する。

 

「……私も理子と同感だわ。アレの介入は極力避けたい。二年間かけて育てた花を摘むだけの作業……その難易度をあの男のせいであげられてはたまらない。ぶっちゃけ目がキモいし」

 

 理子と黒髪の少女――夾竹桃は揃って排除すべしと言う。

 だが今一つ納得のいかないジャンヌと呼ばれた銀髪の少女は疑義を挟んだ。

 

「だが、わざわざ遊園地に行かせるのか? ストラップは私特注の盗聴器を渡し、民宿をフェイクに使い、遊園地に誘導させるなど。さらにお前の元戦妹……島麒麟だったか。ライカとかいう女への尊敬の念まで利用するなどリスクが高い気がするがな」

「くふっ♪ べっつに理子はヘマしないよ。ただライカちゃんがケーくんを気にしてるのは納得いかないよねーって戦妹に同情するだけ。おねーちゃんの私は妹のためライカちゃんと麒麟ちゃんを呼び出す。ライカちゃんの目を覚まさせるために、ケーくんに恥をかかせる――そのために遊園地へとおびき出して指定場所に行く。だけど運悪く、ジェットコースターが何者かに遠隔操作されちゃった! 爆弾でふっとんだコースターは運悪く一人の少年に――ってね♪」

「追加でジェットコースターにプラスチック爆弾込みでか。歩兵百に騎兵千人で挑むような用意周到っぷりだな」

「あったりまえじゃーん! これでもかすり傷を負わせるかどうかってレベルなんだよ? 理子はケーくんのこととーっても信用してるの。だって…………教授(プロフェシオン)も一目置いているらしいから、ね?」

 

 その言葉に目を剥くジャンヌ。聞き流すわけにはいかない重要な情報だった。

 

「なんだと、教授が!?」

「それは私も初耳なんだけど?」

「ほぼ確定情報だよ。だって理子はケーくんの監視を怠ってないからね」

 

 ジャンヌたちが目に見えて動揺する。

 彼女たちのボスこそが教授だからだ。

 自分たちの遥か上に立つ実力者。その者が一目おいているという事実。

 より一層警戒心を持った彼女たちを横目に理子は男子寮の方向を向いていった。

 

「ごめんねぇケーくん。四世って呼んだこと、割とリコりんは根に持っちゃってるんだ。それにぃお空への招待状は二枚しかないの。だぁかぁらぁ~代わりに地獄への招待状を送ってあげるね♪ …………理子が理子となるために、絶対に邪魔させないんだから――」

 

 悪意は牙を剥く。

 その一撃はすぐにやってくる。

 誰もが望まぬ形で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の勘違い成分は薄めです。すいません。
ケイの大活躍はたぶんもう少しあとになると思います。

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