緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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最近は二万文字以上ってのが普通になってきたり……(汗)
ちょっとずつ展開を変更したりします。



強襲科と弾丸

 昨夜はパラパラと小粒が雨が降っていたものの、早朝には止み、コンクリートジャングルに水化粧を施していた。

 とはいえこれから天候が崩れるらしいから念のため折りたたみ傘は持ってきてある。

 4時限目で使った国語の教科書を鞄にしまう。

 先日はキンジたちと依頼をこなしたわけだが、今のところ噂らしい噂もない。クラスメイトの態度に変なところもない。

 武偵生(特に女子)の依頼協力を断るか断らないか、二択に迫られないことにホッと安堵の息を吐く。

 昼休みに入って教室内の人間の半分は学食か別の場所に食べに行ったようだ。

 まずは学食でメシでも喰うかなー。

 

「武藤ー、学食いかね……っていないし」

「武藤君なら、今日は別のチームと一緒に見回りの依頼を受けたからいないよ?」

 

 前の席にいた不知火が振り向きながら言う。

 相変わらずバックに涼風が吹くような爽やかさだ。

 それにしても依頼か。車輌科は忙しいな。

 

「それにしても見回りって警察みたいだなぁ~」

「いや実際その通りだよ。どうも警察関係者が援助交際をやらかしたらしくてね。東京都内で三件目。マスコミの対応に追われて都内の警備が疎かになっているんだ」

「そんで神様仏様武偵様ってわけかー」

 

 都会の渋滞やそこら中にある一方通行、深夜でも止まないエンジン音。

 それに囲まれながら運転するって凄く神経を使うだろう。考えただけで机に突っ伏したくなる。

 両腕を下に顎を乗せながら不知火を見上げる。

 

「どーすっかなー、購買は拳銃所持した野獣共の巣窟だし……不知火はここで喰う? 弁当は持ってきてるんだろ?」

 

 購買=戦場――それが武偵高の常識、らしい。

 常日頃から身体を鍛えている奴ばっかりだしあそこは野獣の巣窟なので除外だ。外のコンビニに行くか、学食が妥当だろう。

 不知火は懐から手作りだという弁当を取りだす。

 都市伝説ならぬ学校伝説の一つとして、不知火が弁当を忘れると女子が列をなしてオカズを渡していくとか。

 ……あぁ、あのときはお裾分けしてもらった。から揚げはとてもとても塩っ辛くて、甘酸っぱい青春の味がしたなぁ……は、ははは……。

 

「な、なんか目のハイライトが消えているけど、大丈夫?」

「おぅ、ちょーっと思い出し傷心しただけだ。……どーせなら学食で喰わないか? 話し相手プリーズ」

「あーごめん。実は僕も依頼があるんだ。警察主催の一般公開日があってね。新型の敵地侵入用偽装コンテナや各種警察の備品を一般市民説明するとか。屋台も出すらしくてそのヘルプなんだ。それで昼食を取りながら相談する予定だから……」

「そうなのか? みんな依頼が多いなー」

「さっき言った不祥事が結構、波紋を広げていているらしくてね。人手が足りないって架橋生(アクロス)の子に頼まれたんだ。ごめんね」

 

 架橋生ってーと『日常的に他組織へ研修しにきている子たちの総称』だっけか? たぶん警察の関係者なんだろう。

 なーんか女子が不知火を誘うために理屈をこねている気が――といかんいかん、ひがみ過ぎは女々しくてカッコ悪い。ほどほどにしないと。

 不知火はすまなそうにしているけど、俺も強く引きとめる理由はない。

 ぶっちゃけ惰性でツルもうとしただけだし。

 

「気にしなくっていいって。なんとなく誘っただけだし」

「そっか。それじゃあ人を待たせてるから」

「おーう」

 

 不知火はひらひらと手を振りながら去っていった。

 それにしても警察か……。たしかに朝のニュースでアナウンサーが言っていた気がする。

 思い出すのは昨日会った青島さんのことだ。

 出会いは偶然だったけど、仲間想いな人だ。少しでも古巣の戦友たちのためにと見回りをしていたのかもしれない。

 あれ、ならなんで武偵弾を持ってたんだろう? 青海で出会う確率はゼロじゃないとはいえ送った方が手っとり早いのに。

 いや…………考えてもしょうがないな。案外、偶然出会っちゃったとかそういう理由かもしれん。

 過剰な悩みで頭皮にストレスという名の除草剤をぶちまけたくない。十円ハゲとか若白髪とか勘弁してもらいたい。

 よし忘れよう。それより、メシだメシ!

 

 心を切りかえるように努めながら立ち上がる。

 いつも学食に行くのもつまらないので、気分転換ついでに外のコンビニで買い物をしよう。

 そういえばキンジやアリアさんはどうすんのかな?

 今の今まで会話に参加していなかったし。ふと横を見ると、二人は二人でなにやら話し込んでいた。

 

「キンジ、今日という今日は来てもらうわよ!」

「そりゃあなんでも協力するとはいったが……別に探偵科のままでも良くないか?」

「ふぅ……アンタはなに言ってるの? 今のキンジはバカキンジ過ぎる。バカバカバカバカの四乗よッ。だから強襲科でみっちり調教しなくちゃいけないわ!」

「どれだけ俺はバカなんだよ!? お前な、もう少しは言葉ってもんが――」

「どーしたんだよキンジもアリアさんもさ」

 

 なにやら揉めているようだったので話しかけてみた。

 まあ単純に美猫なアリアさんと言葉を交わすのが楽しいのもあるが。他の女子とは絡みが少ないぶん、密かな癒しなのだ。

 白雪さんとは朝以外の絡みが少ないし、レキさんは話す内容が思いつかない。

 理子さんは複数の女子と楽しそうに談笑していることが多いので輪に入れるわけない。

 そんなアリアさんは唇を尖らせながら、むすっとしていた。

 キンジが嘆息しながら言う。

 

「アリアが強襲科に転科しろってうるさくてな」

「ドレイのクセに生意気なのよ! それになんでも言うこと聞くっていったじゃないっ!」

「な、なんでも…………ごく」

「ケイも頼むから変な想像するな! アリアの戯言だからっ」

 

 お、おう、そりゃそうか……。アリアさんって帰国子女だからか、ちょっと過激な日本語も多いんだよな。

 アメリカなんて通報で「友達が倒れている、どうすればいいの?」「落ち着いてください。まずは生きているか死んでいるか(確認して)確定させましょう」ってのを勘違いし、ピストルで撃って死んだのを確定しましたっていうブラックジョークもあるくらいだ。

 ドレイも友達感覚で言っているかもしれない。

 

 キンジは迷っているのか両腕を組みながら視線を宙に彷徨わせていた。

 しかし転科かぁ~。こればっかりは本人次第だしな。

 どうして探偵科に転科したから知らないけど、今はBランクだけど、強襲科ならSランク。

 俺が口を挟むことじゃないから去ろうとしたんだけど、

 

「そういえばケイも入試のときに強襲科のSランクを取ったのよね。この際、キンジと一緒に戻ってきたら? すぐ逝っちゃいそうな身体つきなんだから、特別にアタシが死なない程度に鍛えてやるわよ」

 

 オゥ……アリアさんが獲物を狙う猛禽獣のような目でこちらをロックオンしてるし!

 だけどただでさえ、死と生の水平線ギリギリを飛行しているんだ。自分から墜落した飛行機などいない。

 ズズイと前に出るアリアさん。冷や汗をかきながら必死にこの状況を打破しようと思考を巡らす。

 

「い、いや、あのですね? こう昨日みたいな依頼ならともかく強襲科とかは、ちょーっと御免かなと」

「そういえばケイって昨日はアタシとキンジが、そのつつつつつ付きあうとか、へ、変、変な勘違いしてたわね! ついでだから、いまここで仕返ししてもいいんだけどッ!」

「あー……えー……つ、つまり」

 

 や、やばい。変なこと思い出したのか、顔を真っ赤にして爆発寸前だ!

 頼むキンジ! ヘールプッ、ヘルプミー! ちょ、ちょっとお前、両手で合唱するな! 

 なにやらアリアの後ろで書いている。

 ぺらり……俺じゃ無理?

 あの野郎~~~今度遅刻しそうなときは放置してやる!

 

「俺はー、そ、そう! 裏方の方が得意なんだよ! 裏方一番、フロント屋の強襲科はタイプ的に合わないんだって。言うだろ適材適所って。なんの訓練も無しに突撃兵をやれとか無茶だと思うんだ!」

 

 その言葉に一考の余地があったのか鋭い目つきは変わらないまでも、少しだけ勢いを削げた。

 いくぶん落ち着いた口調で考え始める。

 

「ふぅん? でも、そうね。確かに鑑識科(レピア)通信科(コネクト)の子たちの評判は上々って聞いたことあるし。補給兵や偵察兵を前線に送るのは愚行ね」

「だろ? だったら――」

「判ったわ……アタシも少し焦っていたみたい。じゃあ今度一緒に依頼を受けましょう。強襲科(・・・)でね」

「はい?」

「だって訓練もなしにやるのはダメなんでしょ? だったら軽く一回任務をこなしてもいいんじゃない。アタシが駄目だと思ったら、もう金輪際、誘うことをしないと誓うわ」

「あー……でも依頼は極力やらないって」 

「もちろんアンタに損はさせない。他の断った人に申し訳ないってところでしょ? だから誰にもバレないようこっそり、少しだけ手伝ってもらう。怪我しないように最大限のサポートだってする。さあどうするの大石啓。レディがここまで譲歩してるのに手を掴まないのが日本紳士の流儀なのかしら?」

 

 挑発的な目が俺を試すかのように覗いてくる。

 そりゃあ、アンタ、男がここまで言われたら――

 

「確かにそこまで言われて引くのはカッコ悪いな。よしやってやろうじゃないか!」

「そうこなくちゃねっ! さあキンジはどうするのかしら? 尻尾を巻いて逃げ続けるの?」

 

 うんうんと嬉しそうに頷くアリアさん。

 煽りだとは心の中で判ってはいたものの断れなかった。孔雀や白鳥も見惚れそうなくらい綺麗な少女にここまで言われるのは……うん、男として嬉しくないわけがない。

 ただキンジは少しイラ立つようにアリアさんを睨んでいた。

 

「……お前、ケイをダシに――」

「違うわ。あとで話すから――」

「ん? どうしたんだ?」

 

 アリアさんがぱちくりと数回瞬きをすると、キンジは不満ながらも立ち上がった。

 

「転科は無し。自由履修として強襲科の授業を受ける。それでいいだろうアリア」

「まあ今日のところはいいわ。それじゃ行きましょうか」

「行くってどこにさ」

 

 二人の間でなにが決まったのか知らないが、若干蚊帳の外に置かれているようで気持ち悪い。

 だから疑問の声を上げたのだが、キンジはちょいちょいと教室の時計を指さした。

 

「そりゃあ昼飯に決まっているじゃないか」

「おわぁ!? もう三○分切ってる! 急ごうぜ!」

「言っとくけどアタシのももまんはやらないからね!」

「だーれが喰うか!」

「よっしゃ俺は席を確保すっから食券頼むぜキンジ」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 キンジとアリアさんと共に急いで学食へと向かったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてやってまいりましたのは恐怖の強襲科――通称『明日なき学科』と呼ばれる俺にとっては伏魔殿的場所だ。

 キンジとともに自由履修や装備品の確認などのためにやってきている。

 剣戟、銃声、掛け声……実家の道場とは比べ物にならないほど大勢の生徒たちが集っていた。

 なんかいきなり撃たれそうで怖い。念のため過ぎるかもだが、シグのスライドを引いて装弾しておこう。

 最近、俺には凶運の神様が取り憑かれてるかってくらい運が下降気味な気がする。爆弾事件しかり、映画出演しかり。そういえば武偵弾貰ったんだよな。帰ったら少し見てみよう。

 

 とりあえずあまり訪れない施設なので、キンジの後ろについている。

 えっと……あれだ。

 学校の校長室とか、余所の部室内とか普段いかない場所って妙な居心地の悪さを感じてしまう。アウェイ感ともいえる。

 頼りのアリアさんは外で待っているとかで入り口で別れてしまった。

 まあ彼女は綺麗だし嫌が応にも人目を惹いてしまう。

 逆に俺やキンジの野郎二人だけなら気にも止められないだろう――と思っていたのだが。

 

 外見は普通の体育館と同じ板の上にカマボコを乗せたような形の建物。

 キンジが扉に手をかけたところで立ちどまる。

 不思議そうにこちらを見ていた。

 

「どうしたんだケイ? ここに来るのは別に初めてじゃないだろ?」

「いやー、なんつーか強襲科って居づらくてさ。そこはかとないアウェイ感というか」

「良く判らないが、とっとと済ますぞ。遅いとアリアがうるさいしな」

「お、おう了解だ」

 

 キンジが勝手知ったる学び舎とばかりに躊躇いのない動作で扉をスライドさせる。

 俺は少しだけ縮こまりながらあとを追う。

 

「お、おじゃましま~す……」

 

 遅刻した生徒が教室に入る気分で中へと足を踏み入れる。

 存外大きな音をたてた扉だが、室内は騒音で満ちている。気にする奴はいないだろう。

 そう思っていたのだが、誰かの視線がこちらを向いた気がした。

 こっそりキンジの後ろから覗くとなかの奴らがこちらに気付き、次々と手を止めていく。

 …………誰だ、野郎二人なら気にしないだろうって言った奴。あーはい、俺だよバカ野郎フラグ立ててんじゃねえよ!

 誰かが呟く。

 

「キンジだ」

 

 その言葉は波紋となり、周囲へと伝播していった。

 なんかすんごく嬉しそうな顔でキンジの元へと集まっていく。

 ……お前、フツーに友人いるじゃねえか。どうみても歓迎ムードで――

 

「……ほんとだキンジじゃねえか! やっと帰って来たかッ。じゃあさっそくだが死んでくれ!」

「うるせえ、お前の方こそとっとと死ね!」

「キンジィ~一秒でも早く死ねよ」 

「お前こそコンマ一秒でも早く死にやがれッ!」

「やっと帰ってきてくれたか! 武偵はお前見たいなマヌケから死ぬものなんだぞ」

「だったらテメエはなんで生きてやがるんだ!」

 

 歓迎……ムード? 

 いや……そういや聞いたことある。強襲科ってお互いに死ね死ね言うのが挨拶だとか。

 それにしたって端から見てもキンジはたくさんの仲間たちに囲まれ、人望があるように思える。

 教室ではしかめっ面が多く、女子など事務的な会話しかしないキンジ。

 だが今、強襲科の中心に居るのは紛れもなくコイツだった。

 男子女子分け隔てなく親しげに肩を叩き、悪口を言い合っている。

 さすがの熱気にそっと後ろに下がり、距離を取ったのだが逆にそれがいけなかった。

 

「お、おい大石もいるぞ……?」

“円”(シルクロ)の啓が!?」

「いやコイツはタマ無し(ルーズバレット)でいいだろう。女子にだって負ける奴だし」

「それよりキンジと一緒にいるってことは、もしかして大石君も強襲科に……?」

「……まあ、どっちでもいいが……」

 

 頼むからそんなに注目しないでくれ。若干冷ややかな目線がお兄さんキツイっす。

 以前蘭豹に連れ去られたときもだけど、強襲科とはどうも波長が合わないというか……。

 たぶん強襲科を蹴って諜報科に所属したのが問題なのかもしれない。

 戦闘の最前線に立つ強襲科と違い、諜報科は裏でこそこそと動きまわり策略を練るタイプ。

 武将と軍師くらい違う。野球のバッターとピッチャーくらい違う。根本的な役割に差違がある。

 しかも強襲科の天敵中の天敵が諜報科らしいし、そこから拒絶反応を持たれているのだろうと勝手に推測している。

 どうにも居心地が悪い。

 どうやれば状況を打破できるかと思案していたとき、人ごみをかきわけ近づく少女たちがいた。

 

「丁度いいところにいらっしゃいましたわ! 元Sランク武偵の大石先輩とお見受けいたします」

「……Sランクはともかく、確かに俺は大石だけど……君は?」

 

 こちらの都合をお構いなしで話しかけてきたのは――――一言でいえばゴージャスな少女だった。

 腰までかかるドリル……じゃないけど軽くカールした金髪ロング。

 赤い口紅に扇子、ロングスカートに黒皮のブーツ。ここまでお嬢様です、という看板を背負ったような風貌の女性をみたことない。

 後ろには顔のそっくりなおかっぱ頭の少女が二人。双子なのだろう。

 

 月光を浴び、触れたら霧散するような儚い美しさを持ついつかの双子と違い、こちらは活力に溢れるというかやけに刺々しい雰囲気をもっていた。

 なぜかこちらをジト目で睨みつけている。

 いや重要なのは、眼前の少女だ。

 …………失礼ながら思わず噴き出しそうになっていた。

 あまりにもテンプレートが過ぎるというか、現実でこんな人種がいるとか俺の人生、いろんな意味で意表を突かれ過ぎだろ!

 綺麗な女性にいきなり笑うとか失礼千万なので必死に顔を引きしめる。

 

「オーッホッホッホッホッホッホッ! (わたくし)は強襲科のAランク高千穂麗(たかちほ うらら)と申します。以後お見知りおきを」

「~~~~ッ!」

「……? ああ、失礼いたしましたわ。後ろの二人は湯湯(ゆゆ)夜夜(やや)。ワタクシの下僕……まあ召使いですわね。実家は武装弁護士をしていますの」

「そう、か」

「ええ! 家は高千穂ビルディングというビル丸々一つが家ですの! 素晴らしいでしょう!」

 

 バサリと扇子を広げ、またオホホホホと笑い始める。

 や、やめろ!  笑いたいのはこっちなんだぞ! どこまで定番を地で行くんだっ!? 

 と、当の本人には心から悪いと思っているよ? 笑ったら拳でぶん殴られるくらいの覚悟はある。だけど……ぶふっ!? い、イカン、ツボに入ったっ!

 全力で顔を強張らせて込みあげる笑神の攻撃を堰きとめる。

 キンジも含め、いきなり登場した少女に周囲はなにをするのかと様子を窺っているようだ。

 高千穂さんは反応の薄い俺をどう思ったのか、腕利きの芸術家が手がけたとすら思える精美な眉を怪訝そうにひそめた。

 

「……どうやら大石先輩は回りくどいことがお嫌いのようですわね。湯湯、夜夜! 例のものを出しなさい!」

「は!」

「こちらに!」

 

 はいっと少々乱暴そうに渡されたのは、戦徒の申込用紙と小切手と書かれた紙一枚。数字は書かれていない。

 ふぁさっと前髪を払うとこれまたお決まりのセリフを言ってくれました。

 

「強襲科の元Sランクに七七件の解決事件(コンプリート)がおありで。華々しい実績をお持ちの“円”の啓――私の戦兄に相応しい先輩ですわ。ですのでそれ相応の報酬を用意致しました。白紙の小切手です……お好きな額を記して構わないわ。もちろん戦徒契約をしてくれるならですが?」

 

 扇子でそっと口に隠しながら、妖しく笑う少女。念願の美少女からのお願いだ。受けてやりたいのはやまやまなのだが、それどころではなかった。

 くぅ……! ギャグじゃない……ギャグじゃないんだよな! 天然って下手な芸人より質が悪いっ。そ、そろそろ限界だ……ッ!

 あとそれは先輩に付いていっただけなんで俺の実績じゃないですけどね!

 勘違いされているようなので訂正しようと俺が声を発する――その直前で後ろから覗きこんでいたキンジが声をあげる。

 その声音はドスが効いており、目も据わっていた。

 

「おいそこのクルクル金髪。お前…………まさか金で戦徒の権利を買おうと思ってやがるのか? 先輩と後輩が切磋琢磨し合うシステムを。『エンブレム』ルールとかの試験を受ける気がない奴が何を言ってるんだ。それに偉く上から目線のようだが……それが先輩に対する物の頼み方か?」

 

 キンジがポケットに手を入れながら横やりを入れる。

 『エンブレム』ってなんだっけ? 

 確か戦徒契約に関する試験だったのは覚えてるんだが、縁がないから思い出せん。

 キンジの言葉を受けて高千穂さんが返す。

 

「アラ、そこにいらっしゃるのは一度は強襲科から逃げた遠山金次先輩ですわね。御高名はかねがね聞いておりますわ」

 

 俺の横でピキッという謎の音がした。

 

「…………最近の一年坊は躾のなっていない奴が多すぎだなァ……ッ!」

「ワタクシは本心を申し上げただけですが?」

 

 お、おーい高千穂さんやめなさいっての!? キンジがキレかけてるから!

 身体が資本の強襲科は上下関係に厳しい。平たくいえば体育会系とでも言うのだろうか?

 キンジも戦徒の陽奈さんにはちゃんと先輩後輩の態度で接している。

 そのぶんさっきみたいな気軽に悪態を言いあう竹を割ったような気質も持ち合わせているが、基本後輩に対しては厳格に対応する傾向が強い。

 そして高千穂さんだが…………どーも言葉に悪意が無い。刺は多分に含まれているが、さも当然といった風に話す。

 生粋のお嬢様みたいだし、おそらくだが蝶よ花よと育てられて、先輩に対する言葉使いや空気を読むことが不得手なのだろう。

 普通ならそれはそれで微笑ましいんだけど相手が悪かった。

 

 キンジは一般科目の成績は悪いが決して不真面目な奴じゃない。むしろ兄の一件もあって真摯に授業を受けることが多い。

 そんなキンジに対して、女性で後輩で強襲科の高千穂さんは相性が最悪だ。教育的指導も辞さないだろう。

 今も謝る気配を見せない彼女にかなり御立腹の様子だ。

 う、うぅ~ん……俺も思うところがないわけじゃないんだけど、喧嘩とかは嫌だなぁ。なんか納める方法はないのか?

 こんなときにアリアさんがいると頼もしいんだけど――――ん?

 ふと脳裏によぎるのは彼女が拳銃を持って暴れる姿。

 あぁ……あったじゃん。手っとり早い方法が。

 どのタイミングで横やりを入れるべきかを図っているとその機会はすぐにやってきた。

 高千穂さんが、そういえばといいながら目を細めて言う。

 

「ニュースで知っておりますわ」

 

 もの凄くイヤな予感がした。キンジとニュースで思いつくのはただ一つ。

 

「あん?」

「なんでも兄の遠山武偵を事故で殉職なされたとか。しかも心無いバッシングの嵐。よろしければ武装弁護士の父に頼んで弁解の機会を与えて貰っては――――」

「もういい、一度シメて――――!」

 

 案の定、言っちゃったし! 天然お嬢様の地雷原突入率が恐ろしいすぎる!

 これたぶん善意百%で言ってるんだろうけど、聞いた相手にゃ悪意百%にしか聞こえんっ。

 慌てて拳銃を上に向ける。正直、いきなり発砲するのは人としてアレな気がするけどキンジはすでに拳銃に手をかけている。こんなところで銃撃戦なんて見たくない。ましてや友人と綺麗なお嬢さんなんて。俺は勢いに任せたまま数回トリガーを引いた。

 ドンドンドンドン!!

 拳銃を天井に向けて発砲した。

 みんなが驚いたように注目するが、周りの顔を見えないように努めた。

 どういった視線で見られるか怖かったからだ。

 

 す、少し暴力的なだったかな……? でもこういう方法しか思いつかなかったんだ。

 居心地の悪さばかりが先行する。俺がいるとどうも場が荒れそうだ。離脱した方がいいな。

 キンジと高千穂さんの顔を見ないまま言う。

 

「キンジ、このあとの申し込みって別に一人でも、大丈夫だよな?」

「あ、あぁ」

「じゃあ俺はちっと先に帰るわ。居心地わりーし。あと高千穂さん」

「わったい!? じゃなくてなんですかっ?」

 

 わた……? いやそれはいいや。

 やっぱ乱暴そうな先輩に見られたかなぁ……?

 上ずった声で喋ってるし。

 個人的には可愛い後輩のお願いはできれば聞きたい。いちゃこらしたい。切実に!

 だけどAランクの優等生になんちゃってSランク(笑)俺が教えられることはないだろう。尊敬とか憧れは重すぎる。無論、小切手を受けとるなんて論外だ。

 だから適当な理由を付けて断ることにした。

 

「高千穂さんの申請は受け入れられない。俺の出した功績なんて無為の評価だし、金を払う価値は一円玉の欠片も無い。だから、断っておくよ」

 

 過剰な評価で渡されるほど白紙の小切手は安くないだろう。

 背中を向けながら歩きだす。

 

「それに悪意はないんだろうけど、友人を悪く言われるのも嫌だ。金は三欠くに溜まるってな。義理や人情欠くくらいなら、俺はお金を捨てとくよ」

 

 そもそも過大評価で出されたもんだし、分不相応なお金だしな。財布は二万が限界です。お金怖い。

 彼女の返答は聞かず、俺はそのまま強襲科の扉を開き、外へと出ることにした。

 

 

 

 外に出るとすぐ右横にアリアさんがいた。

 壁に小さな身体を預けて、顔だけこちらに向けている。

 待っていたのだろう。両手を合わせてして謝罪の意を伝える。

 

「ごめん、受け付けはまだ終わってないんだ。キンジに任せたから」

「そう、じゃあアタシはキンジを待っているわ。アンタは帰るの?」

「そうだな~、このまま居ても騒動に巻き込まれそうだし、先に帰っかな」

「帰ってもすることないんじゃない?」

「買い物とかいろいろあるんだよ。それに明日の朝にはレディとデートがあるからな!」

 

 どうだと言わんばかりに胸を張ってみると呆れられた。

 

「アンタのなかでは先生に指導されるだけのがデートなわけ? じゃあアタシからも誘ってあげようか? いっぱい出してあげるわよ」

 

 まあ実際デートじゃないですけど!

 申請にいったときに運悪く蘭豹と遭遇し、明日の早朝に面かせやという、ありがたくないお言葉を頂戴した。なんで俺はあの人に目の仇にされているのか判らない。

 アリアさんはセリフだけなら魅力的で二つ返事でお願いしたいが、ジャキジャキィと二丁拳銃を取り出すお嬢さんに頼むと出してくるのは銃弾だけだろう。

 

「……色気の“い”どころか火薬と土の味しかしないお誘いとか嬉しくねぇっす」

「ま、そうでしょうね。帰るのは別にいいわよ。今日は申請その他もろもろで時間が潰れると思ってたからね」

「お、そっか? んじゃあお先に。また明日」

「ええ」

 

 俺はそのまま校門へと歩いていく。

 時計の三時三○分。探偵科には強襲科の手続きのために授業を受けない旨は伝えてあったので、今日の学業はこれにて終了だった。

 地面に落ちた桜の花びらがアスファルトの上で波を形作っていた。

 ――アンタは……アタシと…………――

 とても小さな声が耳を撫でた。呼ばれたのかと思い、後ろを振りむく。

 アリアさんは強襲科の裏手にある自転車置き場へと向かっていた。空耳だったようだ。

 そのまま一足先に学校をあとにした。

 

 

 

 

 

 とはいえこのまま帰るのもつまらない。

 途中で手作りメロンパンの移動販売があったので適当に二つほど買ってみた。

 甘く濃厚なクッキーに似た薫りに自前の腹の虫が負けたからだ。

 一つは鞄に収め、カリカリメロンパンをかじる。

 暇つぶしがてらに街の方へと向かうことにした。

 

 人間は忘れる生き物だが、ふとしたきっかけで思いだすことがある。

 その内容は取りとめもないもの、くだらないものの方が多いと思う。

 先生が語っていた雑談の内容を期末試験の途中にふと思い出したり、勉強中にネットで見たニュースの内容を思い出したりなどなど……。

 今必要なくね? っていうものに限って、記憶という名の雑多な倉庫からピンポイントで抜きだしてくるのだ。

 現在、その中から引っ張り出された情報は示していた。

 

「そうだ、ルパンを見よう!」

 

 理子さんからルパンを連想させて思い出した。一年近い前の記憶だけど唐突に観たくなった。

 運が悪いのか、たまに見るテレビ欄にはルパン再放送の文字を見た覚えはない。

 金を払ってまでは観なくていいやと思ったのだが、懐かしい名作を観ながら自室でグダグダするのも良い案に思える。

 帰宅途中の会社員や学生たちがごった返す街の中を歩く。

 半ば衝動的にレンタルショップ店へ行き、アニメコーナーを目指したのだが――

 

「ねぇし……どこにもない!」

 

 見つからない。三○分も小中学生がいる中、恥ずかしい気持ちに耐えながら探し続けたのにルパンのルの字もない。

 なぜか武偵が主人公のアニメやらは充実してるクセに! なぜこうも武装○○が豊富なんだ?

 武装探偵に始まり、武装検事、武装弁護士と様々な職業の人が武装しているアニメがある。武装すればなんでもいいのか?

 しまいに武装司書とか武装コックとか武装美容師とか現れないよな?

 特に武装コックとかリアルでライバック兵曹がやってきそうで怖い。家族を人質にとったら洩れなく相手は死亡するだろう。

 ずっと立っていたせいか両足が強張る感じがして、軽く足首を回す。

 結局、目的のブツは見つからなかった。

 一つはカリオストロの城。

 個人的に一押しだ。とっつぁんの「アイツは大切なモノを盗んでいきました――貴女の心です」とか渋過ぎ。

 一番覚えてるのは次元がカップメンを喰うシーンと、下町で食べていたスパゲッティ? パスタ? を大量にかっ喰らう場面だけど。

 あれでカップメンやスパゲッティをねだったのは良い思い出だ。

 だが一番借りたかったのは、アレだ。

 シリーズ通して唯一のオールキャスト変更で物議を醸したけど、被害総額いくらって突っ込みたいド派手なカーチェイスに地下に眠る黄金城が幼心を揺さぶった。

 もうそれが無いとかね……凄くショックだ。この世界に来て一番悲し過ぎるぜ……。

 もしかして人気ないのかなぁ……タイタニックとかプライベートライアンとかは普通にあったのに。

 

「風魔一族……ないなんて……失望したぜこのやろう……」

 

 風魔一族の野望は何度見ても飽きなかったのに。せっかく街まで遠出したのにカラ振りとかさ。

 自然と両肩が下がり、失望したまま店の入り口へと向かう。

 コンクリートの大地にまだら色の湿り気を残す都会の端。

 自動ドアをくぐる。

 

「申し訳ございませぬッッッ!! 某の未熟な技で御不快な思いをされたこと深くっ、深くっ陳謝致します故になにとぞ……なにとぞ御慈悲をーっ!!」

「…………」

 

 ガーーー

 後ろに前進する。

 ……どうやら俺は疲れているらしい。

 黒のポニーテールに茜色のマフラーを巻いた少女が往来のド真ん中で土下座するというシュールな幻覚を見た。俺はなにを言っているんだよ。

 改めて入り口に、

 

「申し訳ございませぬッッッ!! 某の未熟な技でごふか――ッ!」

 

 バック

 巷では女の子が路上で平伏するのがトレンドなのだろうか。流行の最先端を行く首都TOKYOならあり得……ないですわな。

 そして顔を見てないけど、特徴的な忍び風の装いはどう見てもキンジの戦妹の風魔陽奈さんだった。

 三度外へと出る。

 

「申し――!」

「天丼はいいから」

「あぅ?」

 

 ポコンと痛くない程度にチョップ。

 女子の中で一番付き合いが長いからこそできるジャレ合いだ。

 陽奈さんはシミ一つない額をさすりながらこちらを見上げる。

 

「大石殿ぉ~、なにとぞご容赦を~」

「いや、なんで俺が何かを許さなきゃいけない流れなのかが判らないんだけど……」

 

 とにかく立ってもらおう。

 周囲の人が「女の子に土下座させるとか最低」「通報した方がいいかな」とか不穏な単語が混ざり始めてるし……。

 手を引いて立たせながら悩む。一体全体どーして土下座されないといかんのか。

 俺はただルパンのカリオストロと風魔一族のDVDがなかったかボヤいてたんだけど……?

 あ。

 もしかして。

 俺はある可能性に思い当たり、念のためにと聞いてみた。

 

「陽奈さんってもしかしてレンタルショップ内にいた?」

「ぐす……はいでござる。実は依頼で大石殿を知りたいという御仁がおり、尾行していたでござる」

 

 あぶねぇー! 勘違いじゃねえか!

 陽奈さんはなんというか、見た目は古風でクールな装い。

 第一印象だけならなんでもできる才女といった雰囲気を醸しだす子だ。物語なら主人公のパートナーとかライバルとか強敵とか、とにかく冷徹や冷静さが売りのタイプ。

 諜報科のBランクなので優等生さんなのだが……。

 実際は純情で素直な女の子なのだ。ランク考査も毎回『素直すぎる性格に難あり』という、普通の学校ならあり得ない理由で落とされるくらいだ。

 さてそんな子が土下座する状況というとさっきの発言しかない。

 

 彼女の名字は風魔だし、尾行は……穏やかじゃないが、とにかくあとを追っていたら、偶然俺の呟きを聞いてしまったと。

 キンジの教育のおかげか素かは判らないが、先輩をたてる子で俺が元諜報科ということもあり、友好的に接してくれている。

 今回の件はつまり――俺の発した偶然の呟きを「下手な尾行だと駄目出しを受けてしまった! どうしよう!?」という勘違いからの行動に違いない!

 ふ、ふふふ、俺だって日々成長しているのだ。

 自慢じゃないが伊達や酔狂で他人の過大評価を受けてはいない! 本当に自慢じゃないが!

 ならばおかしな誤解に発展する前に解いてしまえばいい。ただ目的のアニメがなかったから落胆していたのだと言えば…………。

 

「いや待てよ?」

「大石殿……?」

 

 それもどうなんだ。

 クールビューティーな一年後輩の女の子。

 学校の中ではライカと同じく知り合って長い。キンジの戦徒でたまに出会うこともある。

 先輩の俺に対してもちゃんと接してくれる素直で良い後輩だ。

 その先輩である俺がアニメがないからマジ顔で失望してた――って聞いたらどう思う?

 脳内でシミュレートしてみる。

『大石先輩……目当てのアニメがないだけでマジ顔失望とかあり得ないでござる……』

 可愛い後輩から心底蔑むように言われる男の図。あまりにも情けない。過大妄想かもしれんが俺だって見栄の一つや二つ張りたい。

 ここは別の理由で誤魔化した方がいいんじゃないか?

 しかしどういえばいいのか。

 黙りこくった俺に不安そうな目で見つめてくる陽奈さん。道端に捨てられた子犬のようで早く返答しなくてはと焦る。

 し、仕方無い。とにかく俺が凄くないっていえばいいはずだ!

 

「ひ、陽奈さんや。俺は別に失望したわけじゃないんだ」

「でも、さっき大石殿は確かにおっしゃったでござる。確かに昨今は風魔の技に陰りありと言われておりますし、某も一族の中で諜報科に向いているかどうか悩むばかりで……うぅ……」

 

 じわりと目元に滴が溜まって言ってるよーっ!?

 

「あ~~~、つまりだな…………陽奈さんだからこそ俺は判ってしまったんだ」

「某だからこそ? それは一体どういうことでござるか?」

「あーと、そのだな。アレだアレ」

「あれ?」

 

 アレアレって俺はなにが言いたいんだよ!

 いや大体の方向性は決まってるんだ。

 陽奈さんは素直ゆえに落ち込みやすい。つまりちゃんとした理由があれば、誤魔化しやすいことも意味している。

 彼女は優秀で俺は大したことないとアピールできればいいんだ。

 心理学でもあるじゃないか。人は無意識下で繋がっていると。虫の知らせで知己の危機を察知できたとかなんとか。

 無垢な瞳が見上げる。俺は嘘をつく罪悪感を感じつつも必死に取り繕う。

 

「そうあれだ! 知ってる奴ってなんとなーく判るもんじゃないかなと! つまり学校でも付き合いの長い陽奈さんだと不思議と判っちゃうとかそういう奴で」

 

 自分でもなにを言っているかよく判らなくなってきた。こう家族だと足音とかで「やばい母さんだ!? 部屋に来る前にエロ本を隠さないとっ」っていう感じで慣れた人なら判るんじゃね? ということで。

 俺の言葉を好意的に受け取ってくれたのか、彼女は驚いたようだった。

 

「つ、つまり、某の動きを完璧に見抜いておられたと?」

「そうそう! あと失望ってのは言葉の綾で、ただ先輩として厳しくいっただけに過ぎないんだ!」

 

 陽奈さんだから判った。他はダメですって論法だ。おそるおそる見ると。

 

「そ、そうでござるか? 別に失望されていないでござるか?」

「そうそう!」

「はぁ~っ……そうでござるか。少し安心したでござる。師匠と大石先輩にはお恥ずかしいところを見せたくないので……。ですが某の隠行を見破るとはさすが大石殿でござる!」

 

 誤解&誤魔化し完了!

 う~ん、やっぱり素直でいい子だなぁ~。キラキラした目でこちらを見ながら大袈裟に言ってるのはなんだけど。

 突っ立ったままだと通行の邪魔になるので、そのまま寮を目指し、一緒に歩き始めた。

 落ちついたところで尋問というか質問。内容はもちろん尾行についてだ。

 

「んで依頼者は――ってさすがに言えないか」

「……すみませぬ。ただ悪意があってのことではござらぬゆえ大丈夫かと。大石殿を知りたいという学校の女子(おなご)がおりまして――」

「なんでも聞いてください」

 

 ポロッと自白しているところがドジ可愛い後輩、それが風魔陽奈。

 野郎なら陽奈さんと天秤をかけて悩むが、依頼者も女子なら問題なし!

 

「ぬぅ?」

「あー、いやいや別に変なことじゃなけりゃ教えますよって。後輩の依頼に協力しようじゃないか!」

「それは助かるでござる。今日の夕飯にモヤシ以外のれぱぁとりぃが欲しいので」

「切ないことをサラッと……」

「忍びは耐え忍ぶもので――」

 

 きゅぅと可愛らしい音が鳴る。発生源は言うまでもない。

 彼女は世間一般でいう苦学生だ。仕送りが少なくてバイトをしながら通っているのだが、それも修行の内だとか。

 でもこんな姿を見せられたら、なあ。

 鞄から袋に入れたままのメロンパンを取りだし、陽奈さんに渡す。

 目をぱちくりしながら俺と白い袋を交互に見る。

 

「メロンパン。頑張る後輩に先輩からのプレゼントってーことで」

「かたじけないでござる! はむはむはむ」

 

 そっこーで食べ始める少女。

 ほっぺたとかにパンのカスを付けながら両頬をパンパンに膨らませていた。

 ……いや~、和むねぇ。遠慮なしにかぶりつく姿とかちょっとしたマスコットだ。見た目は凛々しいのに、なぜか小動物を想起させる。

 食べ終わったあとで早速の質問タイムと相成ったのだが、

 

「そういえば調べろ以外に内容を聞いてないでござる」

「ダメじゃねえか……」

 

 陽奈さんのうっかり侍が発動。いやこの場合、依頼主の落ち度か?

 答えようにも内容が判らないと始まらない。

 特に動揺した雰囲気もなく、手帳とペンと取りだす陽奈さん。雑誌の記者?

 

「仕方ないので特技とかなんかないでござるか」

「特技というかカメラは趣味だけどな。あとは……突き?」

「それはリサーチ済みでござるので…………う~む」

 

 リサーチ済みかい。

 しっかしなあ、前世分の上乗せで国語とか数学なら強いけど、特技は勉強なんてアホな解答だしなあ。

 でも他に実家でやってたって言ったら、母さんとの遊びくらいしかないや。

 

「RPGでソッコークリアとか?」

「あ、RPG(アールピージー)でござるか!?」

「まあアホくさいとは思うけど」

「そ、そんなことはござらぬよ!? これはメモメモでござる!」

「うーん、まあ依頼者さんの役に立つならいいけど……」

 

 RPGをどれだけ早くクリアできるかの勝負。

 いわゆるRTA(リアルタイムアタック)――最短時間クリアタイムを競うものだ。

 うちの母さんは普段こそポワポワしてるのにコントローラーを握ると人が変わるらしくぶっちゃけ鬼強い。

 ちっちゃいころからやってたけど、実の息子にもいっさいの手を抜かない。手加減という言葉をどこかにポイしちゃったくらいにだ。

 戦略ゲーは特に凄まじく、アーケードの三国志だったかは全国ベスト10位の実力者。

 三国志や信長の野望も滅法強い。しかも手加減なし。千対三万の戦力差も簡単にひっくり返す。推理ゲーもあっという間に犯人を見つけるし。

 その中で俺が勝てる数少ないジャンルの一つがRPGのRTA。そしてもう1つが、

 

「対戦だな」

「対戦?」

「そうそう一騎打ちのガチンコ勝負。小学校の前からずっと勝負し続けて一万戦以上。お互い死力を尽くした戦いだったぜ!」

「就学前から……ガチンコ……一万……なるほどでござる」

 

 陽奈さんが感心したように頷きながら、速記していく。

 ちょっと大仰だと思うんだが……ただの格ゲーなのに。

 でも彼女の夕飯をモヤシからハンバーグやカレーにランクアップさせるためにも協力を惜しむわけにはいかない。

 思い出したことをドンドン喋ることにした。

 

「でも母さんって酷いんだぜ? 『デモニオバイラール!』とかいってとにかく避けまくったりするからさ。延々と。カウンター待ちなのは判るけどなぁ。おかげでお互いに回避&カウンター合戦で千日手状態に陥るばっかりだ」

 

 思い出すとウチの母親はいろんな意味でぶっとんでたなぁ。ゲームの技名を叫びながらかますわ(技名と実際の攻撃が九割の確率で違う)、コントローラーをぶん回すわ(ごめんと言いながら視界を遮ることも)。

 初心者じみてるのに強い。反則込みでだが。

 頭脳系はべらぼうに強いけど、動体視力や咄嗟に判断力を要する格ゲーは比較的苦手らしかった。

 強いけど戦法がめっちゃセコイ。

 口プレー、くらい投げ、カウンターヒット……なんでもいいけどとにかく一撃与えるとひたすら固まる。時間終了まで固まる。亀戦法ってくらいガード&回避に専念する。

 そうなると崩すのが不可能に近いから、自然と俺も真似して先にダメージ喰らった奴=負け状態。

 口喧嘩しながらゲームするって光景が日曜日の定番だった。ちなみに親父は遠近感が狂うからとかでほとんどゲームをやらなかった。

 さて大して話していないのだが陽奈はパタンとメモ帳を閉じた。

 

「これなら大丈夫でござる」

「そうか? 陽奈さんが良いって言うならならいいけど」

 

 質問タイムは終了したようだ。そんなに答えた覚えはないんだけど、ご本人様は満足そうにしていた。正確にはよだれが出そうなほどにだ。

 きっと報酬を貰ったあとでなにを食べるか想像しているのかもしれない。

 カァカァ……。

 カラスが鳴きながら都会の空を飛んでいく。

 鳴き声に反応したのか妄想世界から帰還した陽奈さんがコホンと咳払いを一つする。

 

「……さっきからずっと思っておりましたが某は呼び捨てで大丈夫でござる。後輩なのですから」

「あ、あ~そう? でもなぁ……」

 

 そういえば前にも言われたっけか?

 けどメンタル的なハードルがなー。

 ライカは明るくて話しやすい典型的な女友達って感じで呼び捨ても抵抗が少ない。けど陽奈さんみたいなクールさんってついついさん付けしちゃうんだよな。

 でもキンジは風魔って呼び捨てだしいいんかな?

 

「じゃあ……陽奈、でいっか?」

「うむでござる! 今後も師匠と同じく良き手本として技を盗ませていただくでござる」

「盗むほどのものはないけどなぁ」

「御冗談を」

 

 冗談じゃなくて本心だけど、まあ可愛い後輩さんに慕われるのは気分が良いのでそのままにしとこう。

 割と良い雰囲気のまま肩を並べて歩く。

 陽奈さ……陽奈はこのまま女子寮に向かうそうだ。

 途中まで帰り道が一緒なので行動を共にしていた。

 なにか話題はないかと思っていると、

 

「そういえばメロンパンの御礼がまだでござる!」

 

 陽奈が唐突に言い出した。

 

「別にただの善意だから御礼とか要らないぞ」

「それはダメでござる。大石殿から一宿一飯の御礼を返さずのうのうと帰宅するなど言語道断。なので情報を御礼にしたいでござる」

 

 とりあえず一宿はしてないと思う。

 

「情報?」

「某は諜報科ゆえいろいろ知っているつもりでござる。なにか知りたいことがあればお教えできまするが」

「情報……情報かぁ」

 

 なんとも諜報科らしい。でも困ったなぁ。特に知りたい情報がないんだ。

 普通なら女の子の情報! って言いたいけど。ポリシーというか『その人を知りたいなら出来るだけ本人に聞くべし』って決めてる。

 決して美少女限定、この世の桃源郷と断言できる学科、特殊捜査研究科(CVR)を極秘調査→袋叩きあったなんて知らない。どこかの諜報科男子と車輌男子が可憐な武偵高女子軍団のゴムスタン弾を大量に貰ったという事実を俺は知らない。

 …………男の急所を狙い撃ちとか、百合少女たちは男子に容赦しないって情報だけは持ち帰れた。……よく、生きて帰れたよな……俺たち。

 とにかくだ!

 聞くネタがない。仕方ないので無難な選択をすることにした。

 

「じゃあ雑学でも教えてくれ」

「雑学?」

 

 そう――女性と話すときに重要なものの一つがトークスキル。

 総合的には好印象を与えるために容姿や頭の回転力が、必要になるとか言う奴もいるが別の戦法だってある。

 それが雑学。へーへーへーって言われるような相手の感心を誘う話題! 天気の話などもう必要なし。

 現役女子武偵なら有益なネタを知っているはず。そんな考えから聞くことにした。

 陽奈の言葉を待つ。そして口を開いた。

 

「ではちょっとした異国のアヤカシについて一つ」

「お、いいねぇそういった話は大好きだぜ! それでそれで?」

「吸血鬼の弱点に関する話題でござる。大石殿は吸血鬼の弱点というとなにを想像するでござるか?」

「そりゃあ、十字架、ニンニク、白木の杭……えーとほかには流水、太陽、銀の弾とか?」

 

 あげて見ると弱点だらけだな。でも強キャラ扱いが多いけど。

 

「聖書もでござるな。一度招待された家しか入れないとか、鏡に映らないなどなど見分け方も豊富、なのでござるが――」

「が?」

「正直にいえばどれも効かないという話もあるでござる。元々串刺し公のヴラド・ツェペシュがドラキュラの元ネタで、人間に効くわけないだろうと」

「あー、そりゃそーだわな。心臓に杭なんて人間だって普通に死ねるし」

「でもたまに調べると面白い話も転がりこんでくるでござる。両腕や舌、胸に弱点があるとか、狼男みたいな姿だとか、聖騎士に封印されたとか。与太話の類とはいえ、意外なエピソードが結構あるでござる」

 

 吸血鬼なんて映画、アニメ、ドラマとかで設定が大量に足されていくから弱点に際限がないんだよな。

 俺の反応が良いからか陽奈の言葉にも熱がこもっていく。

 

「古今東西その手の話題は尽きないよなー。日本でもあるよなそういうの」

「日本といえば妖怪変化や御呪(おまじな)いとか豊富でござるな。『まじ』とは蠱。災厄を防いだり起こしたりする呪術全般を指す言葉でござる」

「おまじないか。いい雑学になりそうだな。そんで?」

「コックリさんやワラ人形に始まり、織田信長が幸運を呼ぶ鳥としてシロサギを飛ばしたのも一種の『まじ』で、近年ではインパール作戦にも司令官が行ったという記録があるでござる。あれは祈るしかないというだけでござったが」

「ふむふむ」

「他には――縁結びの特殊なタイプに『宣結び』(のむすび)などがあり、宣るとは呪る。自らの血を相手に塗りこみ行動を制約したなどがあるでござる。実際にはただの暗示なのでござるが」

「はぁ~色々あるな。陽奈って物知りなのか?」

「母上の趣味が古書集めゆえ自然と知る機会があったのでござる。他にも知りたいでござるか?」

「もちろん! そういう話は嫌いじゃないからな」

「では――――」

 

 そうして途中まで陽奈と一緒に帰ることとなった。

 ジャンヌ・ダルクが影武者とかクレオパトラの一族がいるとか眉つばな話題に花を咲かせながら。

 地味に人生初の女子と一緒の帰宅だったし、俺の運も捨てたもんじゃないのかもしれない。

 ウキウキ気分でその日は平和のまま終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 希少価値という言葉がある。プレミアでもいい。

 路傍の石ころより金銀の方が価値があるように、需要に対して供給が追い付かなければ値段は跳ねあがっていく。

 マーク・マグワイヤのシーズン七○本塁打達成時には、一個数千円のボールがオークションで二七○万ドル――日本円だと三億で落札された。

 なにも希少価値が付くのはモノだけではない。

 それは人によってさまざま。

 常に大凶しか引かない人が偶然凶を引き当てたら?

 氷のような表情が常の滅多に笑わない少女が自分に向けて満面の笑みを浮かべたら?

 

 

 

 

 

 時は遡ってケイたちが強襲科を訪れていたときのこと。

 高千穂は次第に硬直していくケイの表情に、表面上は余裕ぶっていたが内心では焦っていた。

戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)に負けた以上、アリア先輩の契約は不可能。遠山金次は風魔陽奈との契約を継続した。狙撃科のレキ先輩は契約拒否。あとは女好きだけど強襲、諜報、探偵科の三学科に精通した大石啓先輩しかいらっしゃいませんわ……絶対におとしてみせますっ!)

 高千穂麗は他者を平気で見下すし、従者の湯湯、夜夜をアゴで使うのも厭わない。

 優秀な両親に豊富な資金で家庭教師も一流揃い。英才教育を受けた典型的なお嬢様だった。

 彼女はプライドと向上心と負けず嫌いが人一倍強かった。だからこそか自身に裏打ちされた女王さま然と振舞う態度に、従者の双子は嬉々として彼女の指示に従う。 

 

 成績は常に上位じゃなきゃ納得がいかないし、上を目指し続けたからこそ強襲科でAランクの座を勝ち取った。

 次に目指すはSランク――それは世界の武偵たちが目指す一つの頂点。彼女はRさえ視野に入れる。

 そのためには自分より実力が上の先輩じゃなければ納得がいかなかった。

 強く、可憐に、麗しく、実力と美しさを兼ね備え、上を目指し続けることができる才能の持ち主。

 それこそが高千穂麗であった。

 

 彼女は大石啓を高く評価していた。

 周囲の強襲科の人間は射撃成績や格闘技能が低いこと。そして同じSランクのキンジを引き合いに出してケイの能力を疑う声が大きかった。

 馬鹿なのだろうか? なぜ判りやすい数字に目がいかないのだろうか? 

 猿でも判る経歴に屁理屈をこねて評価しない衆愚。それが感想。無能な同級生&先輩方には呆れを通りこして憐れみさえ湧く。

 強きものには相応の敬意、待遇を。Strong is beauty(強きは美なり)。彼もまた美しさを持つ男。

 なにより注目すべきは“円”(シルクロ)と七七件の事件を解決した実績。

 神崎・H・アリアに負けず劣らずの彼を放っておく法はない。

 

 大石啓に師事するためにはどんな手も辞さない覚悟がある。そのための下準備も済ませてある。

 女好きの情報を生かし、男性なら見惚れるであろう笑みを扇子で隠しながら絶妙な角度で見せつけた。

 しかし…………なびかない。片手で胸元を持ち上げて強調するも視線は一向に動かない。

(この私の魅力が足らないとでも言うの? それともホモなのかしら……)

 とても酷い評価をされていた。

 ケイが聞けば全力で弁解をし始めるだろう。

 

 それはさておき。

 色香も小切手も効果が薄いなか、焦りだした彼女の前を遮ったのは遠山金次だった。

 どうやら金で交渉することに異議を唱えているようだ。

 戦徒試験勝負――先輩が後輩に対して行う試験であり、『エンブレム』とはその名の通り星型のエンブレムを使用したもの。

 強襲科推奨の試験でエンブレムを一定時間内に先輩から奪えれば良いというものだ。だが彼女は金で解決する方法を選んだ。小さいときから問題は金で解決してきたから。

 高千穂にとってはすでに興味の対象外。東京武偵高校が誇るSランク武偵の一角ではあるので敬意は払う。

 だから親切丁寧に凄腕弁護士を紹介したのだが彼は逆に怒っていた。

 判らない。ただの親切心だったのだが。

 

 そして鳴らされる。

 四つの銃声。

 ドンドンドンドン!

 拳銃を撃つなど武偵高では日常茶飯事で気にすることでもない。

 だが問題は撃った人間にあった。

 中途半端な整髪料でボサボサの頭。鋭利な刃物のような瞳。硝煙を(くゆ)らせた一人の男が静かに立っていた。

(大石先輩が……発砲した!?)

 高千穂は動揺した。ケイ以外のその場にいた者全員がどよめく。

 なぜ驚くのか?

 それはケイにあった。彼には“タマ無し”という蔑称がある。

 射撃成績が極端に悪いことと、射撃場以外で発砲した場面がないからだ。

 彼を下に見る者たちは、どーせ碌に拳銃が扱えないから撃てないんだろうよと蔑む。

 だが逆に評価する者たちにとってはどうだろうか。

 彼はそう。

 撃てないんじゃない――――撃たない、もしくは撃つに足る場面が無かっただけではないか?

 滅多に銃を撃たない男が発砲した――それ相応に理由があるのだと。

 そしてその原因は高千穂ではないか?

 ずっと彼女の誘いに対して強張った顔をしたのは怒りを抑えていたからではないか?

 彼女は突然のことに頭が真っ白になった。

 口を金魚のようにパクパクして謝罪の一つでも言おうとしていたが、ケイに先制されてしまう。

 

「じゃあ俺はちっと先に帰るわ。居心地わりーし。あと高千穂さん」

「わったい!? じゃなくてなんですかっ?」

「高千穂さんの申請は受け入れられない。俺の出した功績なんて無為の評価だし、金を払う価値は一円玉の欠片も無い。だから、断っておくよ」

 

 コクコクコクコク!

 とにかく頷く。

 申請どころではなかった。これ以上の深入りは不可能。発砲したことの真意は不明だがこちらに非があるとみて行動した方がいい。

 高千穂にはそれ以上の策は思いつかなかった。

 ケイは背を向けながら言う。

 

「それに悪意はないんだろうけど、友人を悪く言われるのも嫌だ。金は三欠くに溜まるってな。義理や人情欠くくらいなら、俺はお金捨てとくよ」

 

 彼の去り際の言葉。彼女はえ? と心なのかで疑問が浮かぶ。

(それは金より友人を選ぶということ? 金の方が大切ではないのかしら……でも、私は…………)

 最後の言葉がやけに耳に残り、彼女が忘れることはなかった。

 特注の防弾制服、職人が手掛けた拳銃、(かしず)く従者は百人以上。

 金があったからこその人生。いままでそれが当たり前だと思っていた。

 その彼女が生まれて初めて金に対して疑うことを覚えた。

 金か友か。

 まだ彼女は理解できない。心の片隅にひびが入っただけの出来事。

 そう遠くない未来、高千穂麗は生涯で一番の親友と運命的な出会いを果たす。そして数多くの事件に仲間たちと共に駆けぬける。

 損得を超えた友情を胸に抱いて。

 時に笑い、時に悲しみ、時に喧嘩して、時に仲直りをする。

 そして最後に思い出す。春の終わりに武偵高校で会ったある男の姿を。

 

『あの先輩は、きっと私のドス黒く淀んだ心を撃ち払ったのかもしれないわね……』

 

 ただの人が彼の真意を窺うことなどできはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一組の男女が通学路を歩みを進めていた。

 左肩付近に縫いつけられた校章から東京武偵高校の生徒と判る。

 男子は右手に持った鞄を背負うように持ち、女子は荷物がないのか手ぶらだった。

 春空の上で今日も一日、(あまね)く全ての人々に光を注いだ太陽が休むとばかりに沈み始めていた。

 少女が口を開く。

 

「キンジ……みんなに囲まれてるアンタってカッコよかったわ。やっぱり強襲科だといきいきしてるわね」

「な、なんだよいきなり。気持ち悪い奴だな……」

「ふんっ。アタシが珍しく褒めてるんだから素直に受け取りなさい」

「そりゃ、あんがとさん」

「ふんっ!」

 

 ぷいっと顔を背ける。少女――アリアの素直な感想だった。

 付き合いは短いが、普段よりしおらしい彼女にどう返せばわからなかったキンジは、いつもの憎まれ口でしか返せなかった。

(まったく、調子が狂う。なんでコイツが、こんなに……)

 自分の好みはもっとお淑やかな……聖母のような女性だと思っていたのに、なぜこうもコイツの笑顔を思い出すたびに暖かくなるのか。

 キンジには判らなかった。 

 この小さな猛獣がなぜか愛らしい子猫に見えてくる。

 さきほどゲームセンターのUFOキャッチャーで取ってきたレオポン――ふと眉がチャームポイントな猫のぬいぐるみの携帯ストラップがポケットの中で存在感を放つ。

 偶然二つ同時に釣れたのでキンジとアリアは分けあっていた。

 千円以上使っても取れなかったアリアに代わりキンジが取ったぬいぐるみ型ストラップ。

 『やった!』『かぁーーわぁいいーーーーー!』『一匹あげるっ。アンタの手柄だから御褒美よ。……えへへ、可愛いっ♪』

 いつものしかめっ面など何処へやら。そこにいたのは無邪気にぬいぐるみを抱きしめて喜ぶ少女だった。

 すぐにはしゃぎ過ぎたことに気付き表情を引っ込めてしまったが、朱色に染まった耳までは隠せなかった。

 自らの体温が上昇しているのか、夕陽のいたずらで頬が染まっているように見えたのか判らない。

 キンジもアリアも出会って数日しか経っていないのだから。

(なにをいっているんだ俺は。コイツがどうなるとかは関係ないだろう! それよりも本題だ。安い挑発までしてケイを引き込んだこと。Sランクのアリアがそうまでしたい目的。不透明なままにしておけない)

 変な空気を払うためにも口を動かそうとしたとき、

 

「ケイには、ちょっと悪いことをしたかもしれないわね」

 

 アリアは前を向いたまま言った。

 学校では強襲科に入れることも検討していた言動とはおおよそ考えられない。そして少女が軽々しく己の考えを翻す性格ではない。

 キンジは怪訝そうな目を向ける。

 

「どういうことだ?」

「ケイは強襲科には向いていないってこと」

「お前な……アイツは俺よりもずっと凄い武偵に――」

「だからアンタはバカキンジなのよ。別に武偵に向いてないって意味じゃないわ」

「よく判らないぞ?」

 

 どうにも要領を得ない。奥歯に物が挟まったような言い方だった。

 歩くたびにピンク色の髪が揺れる。

 なにかを思い出すように彼女は言う。

 

「キンジ、アンタは“アリア”って言葉の意味を知ってる?」

「アリアはアリアじゃないのか?」

「“アリア”はオペラの独唱曲って意味でもあるんだよ。アタシは舞台でたった一人で唄い続ける孤独のアリア。皮肉な言葉ね――ヨーロッパでも、日本でも……アタシに付いて行こうとする奴はほとんどいなくて、ついていけるレベルの人間はまずいない」

「……そうなのか」

 

 Sランクとは天才のさらに一握りの人間だけが許された特権。

 特別がゆえに肩を並べられる人間は限定される。少女のように我の強い者では背中を追うのも一苦労だろう。

 高すぎる頂きに……地上の灯りは遠すぎる。

 アリアはキンジを上目遣いに見つめる。太陽を眺めるように目を細めて。

 

「だから、仲間たちに囲まれて悪態をつき合うアンタの姿は眩しかった。スポットライトで照らされているのは果たしてどっちなのかしらね」

「な、なにいってるんだよ。それだけお前が凄いってことなんじゃねえか。そ、それよりケイが向いていないってどういうことだよ」

 

 アリアの視線から逃れるように空を見上げる。

 いつのも気の強さはなりを潜めたアリアは美少女と言っていい可憐さで彼を見つめていた。

 キンジは気持ちを落ちつけようと深呼吸する。

 沈み始めた空は夜が訪れ始めていた。

 

「アタシはアンタたちが囲まれている様を外から見ていたわ。だから気付いたけど……ケイは周囲に溶け込みきれていない」

「溶け込みきれていない……? まあアイツは成績云々でやっかみとかも受けてるからな。そりゃ気にいらない奴もいるんじゃないか?」

「違うわ。無意識かもしれないけど、ケイの持つ“空気”っていうのかしら……連帯感とか協調性とか、決定的に違うのよ。ただの勘だけど、ケイは昔から確固とした“自分”というものを持っていたのかもしれないわ」

「ちょっと曖昧過ぎてわからないな……。アイツは誰とでも連携できるから“円”って二つ名も持ったんだし、その自分? みたいなのも別に問題ないんじゃないか?」

「大人を子供たちの中に放り込んだ状態というか、自然と生まれる一体感がなにかに阻害されている感じというか……駄目判らない」

 

 アリアは少しイラ立ったように足もとの小石を蹴った。

 バラバラのピースは脳内に漂い、霧となってその正体を掴ませない。

 勘という名の手だけでは、答えが得られなかった。

 

「あー、もう判んないのよ! アタシも違和感を感じているのは確かなの。もう面倒過ぎだわ。武偵殺しだってさっさと捕まえなくちゃママが――」

「ママ?」

 

 アリアの口から意外な言葉が漏れたとき、彼らを前に通せんぼする者がいた。

 気配を感じ二人は前にいる人物に注視する。

 ぢ、ぢぢぢ

 街灯が灯り、それは照らされる。

 紅白の巫女装束。ハチマキには『泥棒猫退散』と書かれ、抜き身の刀を片手に黒髪の少女が声をあげる。

 

「……キンちゃぁ~ん。そこの雌猫ってどこの段ボールにお住まいなのかなーー。白雪が捨ててきてあげるよーー?」

「なに、この女?」

「げ……ッ! い、いや白雪これは、その、な?」

「大丈夫、キンちゃんはその子にストーカーされていたんでしょ? 大石さんからちゃあんと事情を聞いているから……」

「なにを喋ってんだよケーーーーーイッッッッ!!」

「にゃにゃにゃにゃんにゃのこの女はーーー!」

「問答無用ーーーかーくごーーー!!」

 

 彼らの一日は終わりにはまだ遠かった。

 

 

 

 


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