緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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少女たちと異端児の逆襲

 ・事件(国語辞典より)

 ①世間の話題になるような出来事。問題になる出来事

 ②裁判所に訴えが提起されている事件の略称

 

 武偵は凶悪化する近年の事件に対し新しく制定された国家資格であり、警察に準じた逮捕権も持つ。

 小さくは猫探しから大きくは世間を揺るがす連続殺人犯の逮捕まで、何でも屋として今日まで幅広く活躍している。

 だが逮捕してハイ終わり、という訳にはいかない。

 何事も形に残さなくてはいけないものだ。

 世の働く人々には聞きなれたもので耳にするだけで嫌な顔をする人もいる――――すなわち書類。

 調書でもなんでもいい。データを打ち込む会社や組織もあれど、データの喪失また流出やハッキングを考えて、紙媒体で残す会社組織は今尚多い。

 特にその手の書類作成に厳格な日本ならなおのこと。

 

 そうした中である武偵にまつわる風変わりな裏話が記されている。

 例えばそう――『横浜裏カジノ事件』。

 事件の経緯を簡単に纏めた書類があった。

 

 『横浜裏カジノ事件概要』

 合法カジノが裏で国の規定を超えたレートのギャンブル大会を開催。中には海外のマフィア、某非合法組織の重鎮も参加していると判明。

 情報をキャッチした武偵局は警察と東京武偵高校と連携して事に当たる。

 その中でK武偵は主犯とされていた合法カジノの店長が裏で娘が人質に取られ、仕方無く裏カジノに手を染めていることを突き止める。

 K武偵は他メンバーに連絡する(いとま)がなく、かつ当方の動きを察知された場合、人質の命に関わると判断。単独で救出に向かう。

 某所にて人質を発見。単独で対処は可能だが人命優先のため一度現場より離れる。

 K武偵はお忍びで観光に来ていた当時の警視総監、青島大五郎氏が横浜に来ているという事。また事件当事者である人質と大五郎氏の娘が既知の仲であるという情報を入手していたための行動と思われる。

 大五郎氏の協力の元、K武偵は囮となり、人質を無事奪還。

 さらにK武偵は敵組織のかく乱および裏カジノに詰めていた人員を割かせるため単独で囮作戦を実行。

 大五郎氏にはカジノ突入メンバーへの連絡を伝え逃走を開始する。

 路地裏にて三十余名の人員を昏倒させることに成功。一人の逃走者もなく全員逮捕。

 カジノ突入に合わせK武偵および大五郎氏以下数名が裏口から突入。

 抵抗なく全員逮捕。負傷者ゼロ。

 

 最善ともいえる結果。だがこの話にはちょっとした続きがあった。

 事件の経緯を簡単に纏めた書類を提出したときK武偵は全て偶然の産物であると書類に記入。教務科より指導を受け訂正した、と。

 その書類には『たまたま、図らずも、偶発的に』などが全文面に渡って記載されており、誰が見ても眉を顰めながら言うだろう。明らかに偽っているだろう、と。

 『おどれは偶然てぇ言葉の意味を辞書で一〇〇回引いてこいやぁ!!』という怒声が教務科から発せられ、十数枚ほど窓ガラスにヒビが入ったという与太話まであるほど。

 本来なら問題になるものだが、解決した七七件全ての事件に於いて自身の意図したことではない旨を記入し、全て訂正するよう指導されるのがちょっとした風物詩となるほど東京武偵高校では日常であった――――

 

 

 

 そんな適当に纏めた資料を一人の少女が面白くなさそうにめくる。

 

「そこまで突き抜けると尊敬しちゃうねぇ。真似はしないけどね~」

 

 ここは東京の某ホテル。

 眼下には人工の星空。悪天候で天空の星灯りは一切なく、高所から景色を望めば空と大地を反転した錯覚を覚えるかもしれない。

 三人の少女はお菓子や料理を持ちこみ、各々好きな場所に座りながら話していた。

 街中を歩けば大半の男たちは振り向くであろう、可憐で愛らしく、されど蠱惑的で危険な魅力を持つ少女たち。

 金髪の少女が中央のテーブルに頬杖を付きながら、フォークを雪のように真っ白なケーキに突き立てる。

 

「もぐもぐ……それにしてもケー君には驚かされたよ。もうちょっとでオルメス(・・・・)に怪我を負わせられたのに、かばったあげく負傷退場なんだから。お陰で足止め用の遊園地作戦他、悪天候用に用意したプランが全ておじゃんだよ。まっ、あの惚け顔のエセ昼行灯さんはアタシを疑ってるようだし、バスでも裏でこそこそ邪魔してくれたからいいザマだけどっ」

 

 彼女の作戦ではバスジャックにキンジが乗り合わせる予定はなかった。

 時刻を狂わせた仕込み時計で彼は乗り遅れ、オルメスと呼んだ少女と共に事件に当たる――その筋書きが狂ってしまった。

 結果としては自分の思い通りに事が進んだので結果オーライだったが、歯の奥に物が詰まったような……気持ち悪さと不快感だけは胸の奥にこびり付いていた。

 大石啓が普段から彼の幼馴染にアドバイスしていることは調査済み。

 それが偶然、プレゼントと称して腕時計を渡すのか?

 まるで事前に申し合わせていたかのように、白雪がキンジに時計を渡す。

 ケイが裏で手引きしたとしか思えなかった。

 思えば最初のチャリジャックでも彼は現場付近にいた。UZIで追い散らそうとしたが、その隙をキンジに突かれ全部破壊された。

 邪魔が入らないよう時間をズラしたにも関わらず、あの場にいるのは今思ってもおかしいと言わざるを得ない。

 

 少女はイラ立ったようにケーキを口に放り込む。

(ほんとやんなっちゃうねー。確信はなくてもアタシを警戒してる節があるんだから。じゃなきゃあのタイミングで違う時計をプレゼントさせるわけがない。証拠品は部屋に置いてないし、武器弾薬の保管場所は尾行に気を付けてるからいいけど……それ以外でまったくアクションを起こさないのが逆にムカつく。ぷんぷんがおー、だ。相変わらず面の皮だけは厚い。そんな疑い深くて隠し事スキーなケー君は…………コロコロしちゃいたいなあ)

 おおよそチャリジャックでキンジが事件に巻き込まれたのをケイが怪しみ、盗聴器か何かしらの仕掛けを疑ったのだろうと当たりと付けていた。

 

 ならばなぜケイが彼女を捕まえようとしないか?

 確信はないがおそらく、証拠が見つからなかったのだろう。

 または泳がせてこちらの背後関係を探っている可能性もある。

 どの道彼女はそこらの犯罪者たちと違い、隠蔽工作やアリバイには細心の注意を払い、万一の場合も対処方法は何パターンも準備していた。

 こちらの思惑通りに進まないことに少し苛立ちを覚えながらも、今までのことを振りかえり、落ち度はなかったと結論付ける金髪の少女。

 近くにいた銀髪の少女が口を開く。

 

「多少の誤差はあれど風は我らに吹いている。一番の問題児に手傷を負わせたのだからな。それでXデーである明日はどうするのだ? 私も夾竹桃も天の時を待つだけで正直に言えばすることがない。手伝いは可能だが」

 

 話しながら少女は布を使い、部屋の照明できらりと光る金や白銀が装飾された煌びやかな大剣を磨いていた。

 素人目でも判るほど芸術的な剣を手入れする少女。

 ある種異様な光景だが他二名の様子からいつもの姿だと判る。

 理子は指を顎にあてて「ん~」と唸ると、

 

「ここはアタシに任せて行くのだー! って言いたいんだけど、向こうも勘づいたみたいだからねぇー。こそこそとアタシを罠にかけようとしてるみたい。まあそっちは別にいいんだけど、問題は教授からのありがたーい忠告なんだよねぇ」

 

 その言葉にベットの上で爪の手入れをしていた黒髪の少女――夾竹桃と呼ばれた少女も反応する。

 

「“円”の啓。殺す気で戦わないと、私達が立案したGGGトリプルジー作戦は壊滅するだろうっていう話ね」

 

 弓を背中に背負った表情に乏しい女が渡してきた手紙に書いてあったボスの助言。

 彼の言葉は未来予知に等しい程の精度を持つ。

 わざわざ忠告してきたということは、準備をしなければ高確率で彼の言葉通りになるのと同義。

 そうでなくても彼女たちにとって大石啓は目の上のタンコブだった。

 

 腐っても強襲科元Sランク。神崎アリアと同レベルと目される実力者。

 鑑識科や諜報科にも顔が利き、教務科の蘭豹や鉄鼠等々もその動向には注目している。

 後ろ暗い彼女たちからすれば下手な接触すら躊躇われるほどの危険人物だ。

 周囲の目もだが、依頼ではトリッキーで先の読めない行動が多い。

 諜報科時代の彼は周囲から模範的な生徒と言われるほどに奇手、そして機知ならぬ奇智に富んだ武偵だった。

 普段の原動や実技試験の評価は低く、たまに悪ノリするタイプで軽薄にも映る姿は、他の生徒たちの評判は悪くなりがちだった。

 だがもともと裏の仕事が多い諜報科は秘密主義者の傾向が強い。彼に対する評価レベルの差違は=本人の隠蔽能力の高さとも言えなくもない。

 

 そしてもう一つ。

 裏でこそこそ独自の動きをしてスタンドプレーと批難されかねない行動をするのに、他メンバーとの連携は秀逸。他者や相手の動きを将棋の盤上から見下ろしているのかと思えるほど、その対応は的確で隙が無い。

 様々な局面に於いて油断せず、針に糸を通す繊細さで絶えず変化する現場に対応し、犯罪者を逮捕する。

 

 個の力で押し通るアリアを虎とするなら、群の力を行使できるケイはさしずめ豹やハイエナの類だろう。

 ただでさえ味方の少ない彼女たちからすれば脅威以外の何物でもない。

 

 だからこそ彼を去年から不審な点がないかを見張っていた。しかし肩透かしを喰らうほどに暢気で平和な日々を彼は過ごしていた。

 無論、依頼では評価に見合うだけの活躍をしていたが。

 どちらにせよ不審な動きさえしなければ関わりたくない。虎の尾を踏みに行く馬鹿はいないのだ。無視できればするに越したことは無い。

 だが――――今回の作戦で彼は必ず立ちはだかる。

 

 キンジに仕掛けた腕時計のトラップを回避させ、バスでも邪魔をした。

 今まで動きの無かった彼が動きだすことは、彼との決戦が近づいていることの他ならない。

 金髪の少女は懐から鏡を取り出す。そこには綺麗というより、可愛い系の美少女の姿。

 だがその右耳のガーゼが目を惹く。

 それを見た彼女は途端に憎々しげに顔を歪め、可愛い口調と反比例した怨嗟の声を漏らす。

 荒々しく口汚い口調だった。

 

「あのヘラヘラ野郎……嘗め腐った真似しやがって……ッ!」

「盗聴器か。爆音で耳をやられるとはな。運が悪かった」

「運がわるい? アタシだって音量には気を付けていた。……だけど盗聴器の感度を上げた途端にドッカーン、だ。狙っていた以外あるわけないじゃん!」

「ふむ。偶然だと思っていたが……最悪を考慮した方が良いか」

 

 口元をゆがめた少女はふうっと深呼吸をして心を落ち着かせた。

 ケイが落としてしまった水晶型盗聴器。

 実は一、二発の弾丸の直撃なら耐えられるように作られた特別製のもので車に轢かれた時点ではヒビこそ入ったものの、まだ割れていなかった。

 だが直後にアリアたちの放った弾丸が車を撃ち抜き、爆発、炎上。衝撃で水晶が割れる――その直前の爆音を彼女は直に聞いていた……聞いてしまった。

 右耳のイヤホンを差しこんで。元々ぼそぼそと喋っていたのが聞き取りづらく、音量を上げたところでの轟音に耳がイカれかけるという不運。

 

 自身の失態だと笑えばそれまでだが、タイミングが絶妙過ぎるのだ。

 そして彼は盗聴器の存在に気付いていることを匂わす言動をしていた。

 あまりにも出来過ぎていた。

 偶然で片づけるなら、偶然墜落する飛行機に乗り合わせる確率とどちらが高いのか?

 チャリジャックしかり、腕時計しかり、盗聴器しかり……要所要所で狙いすましたかのように割って入る。

 ヘラヘラと笑い、隙だらけで、学校内では覗きをしたなど悪い評判も目立つケイだが……彼女は、それがフェイクであり道化を演じているだけと判断した。

 何を隠そう自分も似たようなことをしているからだ。

 ハイテンションで武偵高校に一人は居そうなぶっとんだ小悪魔系少女。だが心の内にはどろどろとした暗い感情を隠し持っている。

(こっちは……だってのに……恵まれてるクセして……ケー君は……だから――)

 ずぶずぶと泥沼の思考に沈み始める。

 しかし銀髪の少女の声が彼女の意識を引き上げた。

 

「急に黙ってどうした。結局、協力はいるのかいらないのかハッキリしてくれ」

「あー……ううんなんでもないよん! …………オルメスとそのパートナーとの決戦場にお邪魔虫(ケー君)はいらない。その他の有象無象も一緒。だから悪いけどお願いしていいかな? ジャンヌ、夾竹桃」

 

 にへらと笑いながら銀髪の少女、ジャンヌ。そして夾竹桃に頼んだ。

 余計な気は回さず作戦に集中したい。

 最重要事項は自分のターゲットとそのパートナーとの決戦だけ。

 彼女は東京の暗い景色を睨みつけながら、胸に燻るイラ立ちを無理やりもみ消す。

 過去の因縁にピリオドを打ち、祖先たちの決着を自分の手で終わらせる。

 その時こそ、自分は本当の自分(・・・・・)に生まれ変わることができる。

 そんな想いを胸に抱いていた。

 彼女の言葉に二人の少女は頷く。

 

「別にいい。こちらのターゲットも奴が居ては面倒なことになるのは変わらない。恨みはないが舞台から退場して貰おう…………永遠にな」

「……右に同じ。秘毒“鷹捲り”(たかまくり)。二年前の種がやっとのことで花開く。美しい花を愛でるのに薄汚い男は要らない。彼岸花の肥料にするのもいいかしらね?」

「あっりがとぉー! くふっ♪ やっぱり頼りになるのは気の知れた犯罪者(なかま)だねぇ~」

「喜んでいるところ悪いが、深追いはせんぞ。相手は教授も注目している“円”(シルクロ)の啓。危険と判断すれば即時撤退する。我らも己が使命を果たさねばならんしな」

「モチのろんろんだよっ! 仕込み(・・・)はもう済んでいるからね」

「ならばもう言う事はないな。ただ明日の為に全力を尽くそう」

「……ふぅ、雨が面倒ね。手早く終わらせたいわ」

 

 鋭い目つきで剣を握りしめるジャンヌ。

 自身の爪先に息を吹きかけ、だらんと退廃的な空気を漂わせて寝ころぶ夾竹桃。

 そして金髪の少女はにっこりと笑う。それは年頃の少女が見せるにはふさわしくない、獰猛な肉食獣の笑み。

 

「いいねぇいいねぇ、盛り上がって参りました! んじゃんじゃ、けっこーは明日。各自所定の位置について作戦開始ね♪ リコりんも頑張っちゃうぞ~!」

 

 金髪の少女――峰・理子・リュパン四世は邪悪な笑みを浮かべながら腕を高く掲げる。

 明日という日は新しい自分に生まれ変わる誕生日となるのだ。

 そのための手段は選んでいられない。立ちふさがる障害物は全て排除する。

 三人の妖しくも美しい少女達は各々の刃を隠し持って舞い踊る。

 嵐の東京を舞台にした戦いの火蓋が今まさに切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン!

 授業が終わり、キンジが椅子から立ち上がる。

 チラと横の席を見る。誰もいない席が二つ。

 ケイとアリアの席だった。

 その視線に気づいたのか、武藤と不知火が各々自分の鞄を持ちつつ話しかけてくる。

 

「おーいキンジ! 最近、忙しかったし気晴らしついでにいつものメンツで飯食いにいこーぜ! どうせ暇だろ?」

「あはは、武藤君最初から予定を決めてかかるのもどうかと思うよ? ……でも遠山君、神崎さんが最近お休みしているのは何か理由があるのかな?」

 

 片手をあげてにこやかに話しかけてくる不知火は、何かを察しているかのような、含みのある言葉で問いかける。

 友人の言葉にキンジははぐらかすように答えた。

 

「知らん。俺はアイツの保護者じゃないんだぞ。あと上に用事があるから(・・・・・・・・・)先帰っててくれ」

「……そっか。うん、判ったよ。天気が悪いから()に気を付けてね」

 

 お互いに含みのある言葉を交わす。不知火の目が少しだけ細められる。ただそれ以上の追求はしなかった。

 

「上って教務科かなんかか? まためんどくさそうだな。仕方ねぇ、そんじゃ不知火と二人でケイん所に冷やかしにでもいくか。ついでに貸してたエロビデ回収すっかなー」

「武藤君も相変わらずだね」

「うるせー、轢くぞこの野郎。てめーは野郎共の悲哀と嫉妬を少しは判りやがれってんだ! ……まあ、そんなわけでまたなキンジ」

「また明日。遠山君」

「ああ、悪いな」

 

 不知火たちはキンジに別れを告げると、そのまま教室を出て行った。 

 キンジとアリアが練った『武偵殺し』捕縛作戦。

 極一部の人間を除いて話していない。

 狡猾で尻尾を見せない武偵殺しに悟られるといけないから……だけではない。

 アリアは母の為に、そしてキンジは亡き兄の為に。

 子供染みたプライドかもしれない。

 武偵失格と言われても仕方がない。

 しかし。

(これだけは誰にも譲れねぇ……ッ。あの犯罪者だけは絶対の俺の手で捕まえる! それが俺なりの供養だ。……それにアイツらに迷惑は掛けたくないないし、な)

 他の誰かが捕まえる前に自分が捕まえる。

 絶好の機会が目の前に転がってきたのだ。掴まないわけがない。

 ただしリスクはある。

 武偵殺しが来るか来ないかも問題だが、それ以上に他の乗客の安全が第一だ。

 最悪、武偵殺しの十八番である爆弾で飛行機が墜落すれば、搭乗していた武偵の責任問題になりかねない。いつかの兄と同じように。

 マスコミやネットで理不尽に叩かれ、追い回される絶望と孤独。付き合いは一年と少々なれど腐れ縁な友人たちをそんな目に遭わせたくなかった。

 キンジは密かに決意を新たにしながら教室を出る。

 生徒玄関に向かうため、階段へと歩き始めたキンジ。

 その歩みを塞ぐようにふわふわ金髪ウェーブの少女が立っていた。

 

「キー君キー君! そんなこわ~い顔してどしたのかなぁ?」

「理子か。別にいいだろ。それより今日は用事があるんだ。どいてくれ」

 

 厄介な奴に絡まれたとキンジは内心で舌打ちをしていた。

 無意味にくるりと一回転した彼女からふわっと甘い香りが漂う。

 ヒステリアモードで天然ジゴロになってしまう関係でキンジは女子との接触を極度に嫌う。なのに彼女はいつも不用心に近づいてくるのだ。

 人懐っこいと言えば聞こえが良いが、キンジには逆効果だった。

 身長こそミニマムだが、それ以外のパーツが小学生スペックのアリアと違い、理子の胸は自己主張がとても激しい。制服の上でも盛り上がっているのが判るほど。

 呆れたように溜め息を吐きながらキンジは視線を外して真横を通り過ぎようとする。

 だが理子は「くふっ♪」と怪しく笑うと通せんぼをするようにキンジの前に踊りでる。

 

「つれないなぁ~、キー君に頼まれてた『武偵殺し』についての情報を教えようと思ってたのになー。例えばぁ……シージャックの件についてね♪」

「……『可能性事件』についてならもう知っているぞ。バイクジャック、カージャックに次いで、シージャックは『武偵殺し』の仕業だってのは、な」

 

 『可能性事件』――それは犯人サイドの隠蔽工作または警察や武偵サイドの見落としによって事故等の判断で事件に至らなかったもの。

 キンジは情報を探していたとき、二人組の武偵にその情報を教えて貰っていた。

 アリアがなぜかその情報を知らなかったことについては首を傾げるものだったが、彼女と情報をすり合わせた結果、武偵殺しの手口を推測するに至っている。

 彼の言葉に理子は少し目を見開いて驚いた仕草をするが、おどけたように両手をバンザイしながらさも驚いたとオーバーアクションをしていた。

 

「さっすがキー君、優秀~!」

「別に……俺は教えてもらっただけだからな」

「それってアリアに?」

「アリアもだが……ケイの知り合いに青島って言う警官がいてな。その人にも裏付けを頼んだんだ。警視庁の資料に似たような事件(ケース)があったみたいだったから、な」

「へぇ……。じゃあ判ったんだ。バイクジャックとカージャックがあった事に。それに……キー君のお兄さんが巻き込まれたシージャックの件も」

「ッ! …………そうだ」

 

 理子の言葉に苦虫をつぶしたような顔するキンジ。

 そこまで調べていたのかと思うと同時に思い出してしまう。

 去年の冬。

 吹きすさぶ寒風以上に厳しい周囲の批判と批難に晒された。

 頼もしい仲間や友のおかげで割り切ることはできた。しかし何も感じなかったと言えば嘘になる。

 ドス黒い、憎悪や憤怒といった感情が顔に現れてしまうのも仕方がなかった。

 その表情に理子はうっとりとした顔で見上げ、甘くとろけた吐息を耳元に吹きこむ。

 

「いい……いいよ、キンジぃ。そのドロドロとした暗い瞳。世界の全てが憎いって感情。獰猛で野性的で……思わずゾクってしちゃう♪ だぁかぁらぁ…………ここからはリコルートなのだー」

「な……ッ」

 

 スルリと近寄り、理子は己の身体をキンジにすり寄らせる。

 左手を背中に回し抱きつく。

 二つの双丘がふにゅりと潰れ、彼女の柔らかい肢体が彼を包み込む。

 背こそ低いがアリアはおろか同年代でも豊かに育っている胸。ぷるんと艶のある唇。そして何処か引き込まれそうになる蠱惑的な瞳。

 ドクン! と心臓が高鳴る。

 だが――――

 

 ――こんの馬鹿ドレイッ! 早くしなさいよね!――

 

「――ッ!」

 

 バッ!

 キンジは理子の手を振り払った。

 桃色の暴君の、これまた暴力的なセリフを思い出し、そして今自分が何をすべきか思い出す。

 臨時とはいえ相棒(パートナー)が既に戦場で待っている。こんなところで遊んでいる場合じゃない、と。

 結果的に忌み嫌っていたヒステリアモードに入らずに済み、少し動揺しながらも理子から離れることに成功した。

 

「悪いがそういう冗談は嫌いだ、理子。お前に無駄足を踏ませたのは悪いと思ってるがな、人を待たせているんだ。もう行くぞ。じゃあな!」

 

 一方的にそう告げると彼女の返事を待たずに階段を駆け降りていく。

 彼が去ったあと。

 耳たぶが少し赤かったのを思い出しながら理子はニヤリと嗤った。

 

「……くふっ♪ 知ってるキー君? ヒロインルートに突入するといろーんな場所で偶然出会っちゃったりするんだよ? 主人公が何処へ逃げようともね。さぁ~って、次に出会うのは何処なのかなー?」

 

 くすくすと笑いながら峰理子もまたどこかへと去っていく。

 薄暗い廊下の奥へと――

 

 

 

 理子の魅力的な胸? から逃げてきたキンジはそのまま階段を駆け下り一息つく。

 靴を履き替え、玄関を抜けると夕方にも関わらず重苦しい灰色の空と湿った空気が彼を出迎えた。

 

「ったく、今日はこれから大勝負だっていうのに何やっているんだ俺は……。……早く、アリアの所に向かわないとな」

 

 女子の甘い体臭。柔らかな胸。耳元を優しく撫でる声。

 頭を左右に振りながらピンク色の映像を払う。

 びょおぅ! と強く吹き付ける風。思わず転びそうになりながらも校門で待っていた人物の元へと向かった。

 ジープの前でタバコの煙を燻らせていた男性がキンジに気付くとニカッと笑いながら手を上げる。

 

「よう、数日ぶりだなぁ! 遠山少年よぉ!」

「すいません青島さん。お待たせしました」

「いいってことよぉっ! 俺ん所もまったくの他人事じゃあねぇからなあ」

 

 キンジが軽く頭を下げる。相手はキンジの頭一つ分は高い身長の大柄な男性――元警視総監の青島氏だった。

 キンジとアリアは青海やカジノ事件の伝手を使い、彼にコンタクトを取っていたのだ。

 アリア自身はなんだかんだで信頼しているキンジと二人でやれば犯人を捕まえることは容易だと主張していたのだが、キンジの説得。そして冤罪で拘留中の母、神崎かなえの判決が近いこともあって最終的に折れた。

 神崎かなえの審議は既に二審。二審で有罪でも、三審制の日本なら最後の最高裁判所で争うことが可能なのだが、定員たった一五名のそこでは膨大な犯罪事件を処理しきれない。

 結果として悪い言い方をすれば事件を選り好み(・・・・)――よほどの審議するに足る理由がなければ「上告理由にあたらない」と棄却するのが今の最高裁判所だった。

 昨今の日本では凶悪犯罪が増加しており、その傾向に拍車がかかっている。

 冤罪の材料がなければ神崎かなえの判決は二審の有罪でほぼ確定。それを覆す理由(・・)としてアリアは『武偵殺し』が母になすりつけた罪を早急に晴らさなければならなかった。

 

 アリアの賛同も得られたキンジが青島の協力を取り付けた理由は二つ。

 過去の『武偵殺し』が関わっている可能性のある事件の資料を聞くこと。そして羽田空港の警備部長という立場から『武偵殺し』を罠に掛けることだった。

 だが……

 

「それで飛行機についてなんですが」

「……それか。結論を言や『何寝言を言っているんだ?』って機長や空港局長に一蹴されたよ。やっこさんも商売だからな。『武偵殺し』の犯行声明もねぇし、俺の肩書もあんまし通じねぇ。むしろ警察の方のごたごたで俺まで白い目を向けられる始末でなぁ……。女子学生に援交したとかで三件連続ですっぱ抜かれたりとかTVあったろ? お前らんとこの学校にも警邏(けいら)やイベントの手伝いとかされてるはずだ。警察のイメージアップやらで東奔西走。……ウチの上司らには関係ないらしくて、俺は冷遇気味な扱いうけてる状態だ」

「ハイジャックの可能性があるのにですか!? 日本の上空でハイジャック事件の方を起こす方がよっぽど大問題なのに……」

「お偉いさんってのは問題が起きてからじゃないと動かねーのが常だ。腸煮えくりかえる気持ちなのは俺もよくあったか判んだけどな。どの道、乗客を警官にすり変える作戦は無理だってことだな」

 

 キンジたちが考えた作戦。

 それはアリアの乗る便の乗客を密かに警官たちで固める作戦だった。

 そうすれば何も知らない一般客に危害が及ばず、かつ手練の警官なら『武偵殺し』にやられる可能性も少ない。

 爆弾処理班を動員できれば最高だったのだが……。

 青島は何処か遠くを見ながら肩を竦める。

 

「本当に悪りぃな遠山少年……。こういう時こそ大人が(タマ)張るべきなんだがよ。脳みそコンクリートレベルの上司ってーのは歳を重ねりゃ大概安定思考をするもんでなぁ……。いつもと変わらない平和な明日が始まるなんて妄想に取りつかれる奴ばっかだ」

「だけどそれじゃあ被害が――ッ!」

「起きたらそのとき対処すりゃいい。駄目なら頭を下げて責任を取りますってサヨウナラ。その手の連中は余生を暮らせる程度の資産を往々にして持ってるもんだ。野心家か責任感が強い奴ならもうちっと違うんだろうが……まあ難しいわな。かく言う俺も確たる“証拠”がねぇと説得が難しい。何人か快諾してくれそうな元同僚たちも、さっき言った警察の援交スキャンダルで自粛ムードだし、動けねえ」

「つまり俺とアリアでやるしかないってことですか……」

「他の武偵は頼らねぇのか? 例えば大石少年とかいるだろうが」

「ケイは……アイツはアイツで独自に動いているから俺がどうのこうとかは考えていないです。『武偵殺し』を出し抜く策を考えていると思います。他は……正直事件がどう転ぶか判らないんです。俺たちの我ままに他の奴らを積極的には巻き込みなくないんですよ。あの時の二の舞は嫌だからな……」

 

 武藤や不知火はともかく、ケイは病院でキンジたちにそれとなくハイジャックの可能性を示唆していた。

 ただそれ以降はキンジやアリアが婉曲的に話題を振っても見当違いの話をするばかり。

 それを見てキンジは逆に確信を深めていた。

(……ケイはおそらく狙っている。俺やアリアはおろか『武偵殺し』の裏すら掻いての必殺陣(フェイタル)を。一〇〇%捕縛できる状況の創造こそアイツの真骨頂だ。俺たちにどう関わるか判らないが、触れないってことは『手出し無用』(ノータッチ)ってことなんだろう。だったらそれに乗っかるのが一番だ)

 

「……とりあえず行きましょう」

「そうか。まあいいんだが。そんで後ろの連中はどうするつもりだ遠山少年」

「後ろ……?」

 

 クイッと親指でキンジの背後を示した。

 その方向に視線を向けると校門の影に頭が二つ。

 隠れるつもりもないのか、ニヤリとにこりの笑顔を張りつけながら二人は出てきた。

 

「ようキンジ、さっきぶりだなぁ~。随分面白いことやってんじゃねえか。スタンドプレーたあ水臭いぞ!」

「あはは、遠山君と神崎さんの邪魔はするつもりはなかったんだけどね。武藤君に誘われちゃ断れなかったよ」

「お、お前らッ!? なんでここにいるんだよ!?」

「いや、帰ろうとしたんだけどな。携帯でケイに電話したら『キンジの後をつけろ!』って言うじゃねえか。こりゃもしかして面白いことでもおっぱじめるんじゃないかって思ってたわけよ。そしたら案の定――」

「俺がノコノコやってきたって事かよ……。ケイの奴何考えてんだ、俺の裏を掻いてんじゃねえよっ!」

 

 友人を巻き込みたくないと格好を付けたのに、ケイが意表を突くような形で武藤たちに暴露(ばくろ)したことに憤る。

 アシストどころかオウンゴールを受けたとキンジが思うのも無理はなかった。

 大きくため息を吐いたキンジに不知火は苦笑する。

 

「そんなわけだから何か手伝えないかな遠山君?」

「そうだぜキンジ。俺らだってバスんときゃえらい目に遭ったんだ。仕返しの一つでもする権利はあんだろ?」

 

 声音こそ落ち付いているものの、二人は真っすぐにキンジの目を見つめる。

 断っても着いてきそうな――そもそも片方は車輌科のエース。ハリウッドばりのカーテクニックをこの前見せたばかりの男から無理やり逃れるのも、もう片方の爽やか人間をやり込める話術もキンジにはない。

 ガックリ肩を落としながらしぶしぶ了承する。

 

「判った判ったよ! もしミスっても恨むなよ。文句があるなら児童相談所でも行きやがれ」

「俺らは小学生かってーの。いよっし、そうと決まらればケイも回収して空港に向かおうぜ!」

「バスジャックの次はハイジャックなんて気合が入るね」

「ガッハッハ! やっぱ若いもんはイキが良くなくちゃなあ!」

 

 和気あいあいと話しながら青島の車に乗り込もうとしたその瞬間――

 ドオォォンンンンンッッッッッ!!

 轟音。そして黒煙。

 周囲の生徒たちは突如起きた事態に対し、存外落ち着いた様子で下校をする者。電話を掛け始める者。怯えた様子で友人と話す者など様々。武偵高校ならではの光景が広がっていた。

 そして四人が条件反射で向いた方向は――大井競馬場や青物横丁方面だった。

 

「爆発だと!? 何が起きてやがるんだ!」

「遠山君! あっちはもしかして――ッ!?」

「橋だ! 俺たちのいる学園島から羽田への最短距離の橋。近くまで行かないと判らんが橋を崩落させるレベルの爆発音じゃないとは思う、が……(でも何故だ? もしかして俺たちを足止めするつもりか? だが走っても十分間に合う時間だ……クソッ、『武偵殺し』め、何を狙ってやがるんだ……ッ!)」

 

 爆発と『武偵殺し』。何も関係が無いとは言い難い。意図の読めない敵の行動に眉間のシワを寄せながら悩むキンジ。その時、誰かの携帯電話が鳴った。

 

「なんだよ爆発騒ぎが起きてるってのに! ……あー、青島だ。あ? ああヤスじゃねえか。んだよ藪らか棒に。んん? ヘリとコンテナ? あの新型なんちゃらってコンテナか。今度イギリス警察に見せるって聞いてたが、それがどうしたんだ…………はぁぁぁッ!?俺がそんなこと言う訳ねぇだろうがッ」

 

 携帯で電話し始めた青島が怒鳴り始める。

 「後で掛け直す」と言いながら電話を切った。

 

「話振りからして警察ですよね? 何かトラブルでも?」

「あ? ああ……元部下だ。あの野郎、俺がヘリに変な命令を与えたって言ってんだよ」

「命令?」

「潜入用の偽装コンテナっちゅうサーモグラフィーやら金属探知を誤魔化すシロモノを警察で独自開発しててな」

 

 不知火が「あ」と声を漏らす。

 

「この間、僕が受けた依頼に出てたモノですね? 一般市民にも公開していた……」

「そうなのか? 不知火」

「うん、ホントは警察志望の架橋生(アクロス)の子たち向けの依頼なんだけど、ヘルプでね。警察からの依頼って単位や報酬も普通の依頼より割が良いから受けたんだけど……青山さん、そのヘリに問題が起きたと?」

「んー……まあ言っていいか。その偽装コンテナをよ、ロンドン警察に見せる事になってるらしいんだわ。そのこと事態はいいんだが、問題はその後だ。手配ミスや不祥事のゴタゴタで急遽ヘリで運ぶことになったんだと。そのヘリが何故か羽田へ向かわず俺の命令でこの人工浮島、つまり学園島に向かわせたってぬかしててな……。そもそも俺ァすでに警察の人間じゃねえってのによ。たぶん勘違いとかだと思うが……まあこっちの内輪揉(うちわも)めみてぇなもんだから気にすんな。それより大石少年を拾って橋の場所まで送るぜ。多分この騒ぎじゃ車は渋滞や通行止めは確実にあるからな。急いだ方がいいだろ?」

「……そうですね。『武偵殺し』かその以外が犯人か判らないけど、相手もやる気みたいですし」

 

 運転席に乗り込む青島。他の三人も乗りこんで車は走り始める。だがキンジの中で一つの仮説が浮き上がり始めていた。

(警察……援交……学園島に向かうヘリ……橋の爆破……何かがおかしい。歴史のテストで虫喰い式の答案の答えだけ眺めているような、繋がりそうで繋がらないもどかしさが……クソッ!)

 助手席の窓ガラスから空を見上げる。本来ならまだ明るい時間なのに厚い雲で陽が遮られていた。

 後ろで武藤たちの話し声が聞こえる。

 

「繋がらねーなあ。ケイの野郎、さっきは繋がったってーのに。発電中か?」

「武藤君下品だよ……」

 

 電話が繋がらない。

(ケイに……? 待て。アリアは確か言ってたよな。『武偵殺し』はイ・ウーって組織にいるって。…………まさか――ッ!?)

 その瞬間。キンジの中で一本の線が、繋がった。

 曇天の空が瞬く間に青空へと変わるように。ヒステリアモードにも良く似た不思議な確信を持って断言できた。

 

「そうか、そう言うことか、『武偵殺し』!」

「ど、どうしたんだよキンジ。いきなり大声あげてよ」

 

 大声をあげて歯ぎしりするキンジに武藤が驚きながらも声を掛ける。

 キンジは一度深呼吸をしたあと、厳しい表情で言った。

 

「――『武偵殺し』は複数犯。もしくは協力者が、いる。そしてそいつ等のターゲットは……おそらくケイだ」

 

 空気が、凍った。キンジの確信めいた言葉に返す言葉がなかった。

 一瞬の沈黙の後、最初に口を開いたのは青島。いつもの朗らかな笑顔は無い。

 眼光鋭い視線。雰囲気も何処か大物然とした風格を醸し出す。知る者が見ればこう言うだろう――――警察時代の青島大五郎だ、と。

 

「遠山少年……いや遠山武偵。確かか?」

「ああ、間違いない。敵はヘリを使って何かを企んでいる。橋を爆破したのは、こちらに対し、二者択一を強いるためだ。ケイを助けるか、羽田へ向かうか、どちらか選択しろっていう『武偵殺し』のメッセージだろう。飛行機の時間も迫っているからな……」

 

 アリアの口ぶりからイ・ウーという組織が強大なのは察していた。Sランク武偵の彼女の手を焼かせるという事実から、ケイに迫っている敵も並みの犯罪者ではない。

 無論ケイなら一人でも倒せるかもしれない。しかし無視するわけにもいかなかった。

 不知火が時計を見ながら言う。

 

「……それなら二つの班に分けた方がいいかもね。時間も迫ってきているし。二兎追う者は一兎をも得ず、なんて言うけどそういう訳にはいかない」

「そうだな……」

 

 また敵に踊らされている。

 その事実に内心忸怩(じくじ)たる想いを抱きつつも、若き武偵たちと青島は向かう。未だ見えぬ犯人の元へと――――

 

 

 

 

 

 東京武偵高校第三男子寮。その屋上には普段は見ない光景が広がっていた。

 一つはヘリ。青を基調としたボディには警視庁の文字があった。

 一つはコンテナ。鈍色の箱。大人一人なら入れそうだが存外コンパクトな代物。ワイヤーでヘリに結ばれている。

 

 普段は人が立ち入ることの少ない屋上。

 そこに珍しく三人の人物が見て取れる。

 内一人は東京武偵高校の生徒。残り二人は警官の服を身に包んでいた。

 そしてガクリと、生徒――大石啓の正面にいた男性警官らしき(・・・・・・・)人物が膝を突く。

 生徒の斜め後ろ、屋上の入り口の上に陣取っていた婦警もまた茫然と立ち尽くしていた。ガシャンと音を立てて、無反動ガトリングガンがコンクリートの上に落ちる。

 ケイは余裕の表情で語りかける。

 

「どうしたんかなお姉さん(・・・・)? 舞台は整ったんだろ? そろそろ鳴らそうじゃないか。戦いのゴングをよ!」

 

 愛用のシグを片手で弄る。

 普段と変わらない暢気な姿で立っていた。しかし隙だらけでどこへでも刃を突き立てられるはずだった。

 しかし相手は睨み付けるような表情でケイの様子を窺いつつ、手を出せない。

 

「グッ……くッ! ……まさかこれほど追いつめられるとは、な」

「まだ、何にもしてない気がするけどな」

「いけしゃあしゃあと……ッ!(大石内蔵助の血を引く異端児――大石啓。かつての祖先と同じ手法でこちらを欺くとは一生の不覚……こちらの作戦をどこまで見抜いているのだ!?)」

「ホント、疫病神(やくびょうがみ)だわ……大石啓……」

 

 ジャンヌ。そして夾竹桃。

 両名は悟っていた。

 

 自分達が既に敗北同然の状態であることを――――

 

 

 




遅くなって申し訳ありません。
次話は色々修正中なので一週間以内には投稿予定。
いろいろ場面が抜けていますがしばらくはケイ以外の三人称視点で進行して、最後にケイ視点の勘違いのバラし回になる予定です。

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